「制限時間は、一日と少し……それまでに……何とかする」
機動音を鳴らし続ける巨大な機械を見上げながら湊は言う。
先程までの表情は成りを潜め、今はいつも通りの無表情だ。
彼の周りには妖精がふよふよと舞っている。
その全てが不安そうな顔をしていた。
「これで、元に戻ったのか?」
「仮に……だけどね……一応は、戻ったよ」
洋は湊の顔を見る。
透き通るような水色と目が合った。
何処までも透明で、儚い色だと洋は感じた。
「一応、か」
そして、言葉を切る。
これから言うことは、とてつもなく辛いことだから。
「その、袖の下はどうなっている?」
「っ……」
「見せてくれ。約束だろう?お前の苦しみは、すべて教えてくれ」
「っ、うん……」
ゆっくりと湊は袖を捲り、その下の、男性にしては白い皮膚をさらけ出す。
それは何の変鉄もない皮膚だった。しかし、それに騙される洋ではない。
「……人工皮膚だろう?それは」
「やっぱり、ばれるね……」
そして、もう一枚を脱がす。
その下から見えてきたのは、陶器のように白い肌。
肌と認識できないほど白い。
洋は戦慄した。
湊の身体に何があったのかは理解していたが、
まさかここまでだったとは。
「僕の命は……あと少しだけだよ」
それの対処が
洋は何も言うことが出来ない。
「お前は、それでいいのか?」
洋は、何処までも白い肌を撫でる。ゆっくりと。
「これでよかったよ……翔鶴を救うためなら……」
でも、と湊は続ける。
「少しだけ……後悔はあるよ……やっぱり辛いんだ……すごく……苦しい」
洋は歯を食い閉めた。折れそうなほどに。
「いま……翔鶴の治療は何割終わっている?」
「もう九割以上は……終わってるよ……それが終われば……僕も終わり……」
思わず、洋は湊の胸ぐらを掴みあげた。
その、今にも消えそうな雰囲気に耐えることができなかった。
「どうしてだ!どうしてお前は……!」
「翔鶴には……幸せになってほしいんだ……」
胸ぐらを掴まれたにも拘らず、相変わらずの無表情でいる。
そして、優しく洋の腕に自らの腕を置いた。
洋と比べても、あまりにも白い肌だった。
「怒らないで……洋ちゃん」
少しだけ、湊の腕に力が入る。
「全ての罪は……僕が背負うべきものだよ……だから、僕のために泣かないで……洋ちゃん」
言われてはじめて洋が気づいた。
自分が涙を流していることに。
そっと手を離す。
そして、湊が触っていた所を擦る。
冷たい手だった。まるで海の水のように。
「翔鶴は、どうなるんだ?」
「幸せに……生きてほしい。あそこなら……翔鶴も幸せに暮らせる……」
人工皮膚をまた貼り直して、湊は出口へと向かう。
そして、工厰から出ていった。
「翔鶴の幸せは……お前を忘れることじゃないんだ……!」
一人残された洋は、
静かに涙を流し続けていた。
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日が落ち始めた頃、
翔鶴と瑞鶴は、ひとつの大きな部屋にいた。
翔鶴は、湊と一緒に祭りに行くということで、
かなり浮き足立っているようだ。
瑞鶴は、それを不思議そうに見ていた。
「今年はいつも以上に楽しみみたいね、翔鶴姉」
翔鶴は笑顔でうなずく。妹である瑞鶴ですら惚れ惚れとした。
「今年は湊さんと一緒に回ることになったの」
頬を赤らめてそう言う翔鶴は、
どこからどう見ても恋する乙女だ。
かなり嬉しいようで、
瑞鶴でも見たことのない顔をしていた。
「湊さん……?」
瑞鶴は記憶の中から、その名を探す。
……何故?
瑞鶴の顔が驚愕に歪む。
「瑞鶴、大丈夫?」
心配した翔鶴が瑞鶴の顔を見る。
いきなり凍りついたのだから、それも仕方がない。
瑞鶴は慌てて取り繕って笑顔を作る。
……うまくいっているだろうかと心配になる。
「ごめんなさい、翔鶴姉。ちょっとぼーっとしちゃってた」
翔鶴は不思議そうな顔をしているが、なんとか切り抜けられたようだ。
「で、何の話だっけ?」
「も、もう一回言わなくちゃいけないの!?」
頬を膨らませて怒る翔鶴。
瑞鶴も、こんな姉の姿はかわいいと思う。
想い人には全く響かないようだが。
「み、湊さんと、祭りを回ることになって……」
ああ、なんだそんなことか。
勿体ぶるから何があったかと思った。
湊と翔鶴姉が祭りを一緒に回るだけか。
………………
「ええええええええええぇぇぇぇぇ!!!!」
いきなり大声を出されたことで、翔鶴の体が驚きで飛び跳ねる。
驚きで胸にてを当てて心拍を確認する翔鶴に申し訳なさはあるが、
許してほしいと瑞鶴は思う。
「ど、どっちから誘ったの……?」
「私から……」
予想通りだ。
もし湊から誘っていたら、
瑞鶴は今度こそ卒倒していただろう。
「でも、どうしたの?翔鶴姉。何時も私と回っていたのに」
「流石に三年も一緒にいて、アタックしないとダメだって思って……」
「翔鶴姉」
瑞鶴は真剣な顔になる。
鎮守府時代から翔鶴は湊に恋心を抱いていた。
それを応援するのも瑞鶴の役目だった。
あまり自分の心を表に出すことの出来ない翔鶴。
“恋”というものが全くわからない湊。
恐らく一番成就しにくいであろう組み合わせだが、
翔鶴が誰かを好きになったことなど聞いたことないから、瑞鶴は全力で応援している。
かと思いきや、まさかの翔鶴のアタックだ。
「頑張って!」
虚を突かれたように翔鶴は一瞬ポカンとなる。
そして、真剣な顔になる。
「うん、頑張るわ。瑞鶴」
張り詰めた空気が部屋の中に満ちるが、我慢できずに瑞鶴は吹き出した。
「そんな作戦に行くみたいな顔しなくてもいいのに!」
「だ、だって……」
翔鶴自身、誘うときの緊張は計り知れなかった。
あのときのことを思い出しただけで、
翔鶴の心臓は今でも弾け飛びそうだった。
「湊さんは、私と一緒で良いのかしら……」
瑞鶴がキョトンとすると、
ゆっくりと立ち上がって翔鶴の後ろに回り込む。
そして、翔鶴の細い肩に手を置いた。
瑞鶴はすっと目を閉じる。
「大丈夫」
それは瑞鶴の心からの言葉だった。
いまいち距離感がつかめない二人。
それでも瑞鶴にとっては応援したい二人だった。
距離の縮まる速度は遅いけれど、
ゆっくりと確実に近づいている事は、瑞鶴も知っている。
「翔鶴姉なら、きっとうまくいく」
「瑞鶴……」
「湊に伝えられたら、だけどね!」
「が、頑張ってみます……」
そう言って二人で笑い合う。
翔鶴は心に決めていた。
今日、湊に伝えようと。
三年以上抱き続けてきた自分の心を。
そう思うと身体中から火が出てしまうくらい恥ずかしいが、
決めた以上は頑張らなければならない。
翔鶴は脇腹を
もうほとんど治っているらしい。
その事は翔鶴も分かる。
この様に触ったところで、痛むこともない。
湊の技術の高さがうかがい知れる。
瑞鶴が心配そうな顔をしているが、翔鶴は笑って見せる。
「大丈夫よ、もうほとんど治ってるもの」
「あんなにひどい傷を、本当に治して見せたの?やっぱり湊は凄いのね」
「ええ、あそこまで妖精さんに好かれている人も見たことないもの」
妖精には艦娘の体を治す能力もある。
普通は応急処置位のおまけくらいの能力だが、
湊の手にかかれば、それは致命傷を回復出来るくらいの力を発揮する。
翔鶴の、傷を撫でる手の上に瑞鶴の手が合わせられた。
とても温かい手だった。
「私も応援してるからね。負けないで、翔鶴姉」
「ありがとう。瑞鶴」
「もし翔鶴姉と湊が結婚することになったら湊兄になるなぁ」
「も、もう瑞鶴!気が早いわよ!」
いたずらな笑顔を浮かべる瑞鶴と、
照れながら、しかし満更でもなさそうな翔鶴。
祭りが始まるまで、もう少しだ。
翔鶴は未来を掴むために、一歩を踏み出す決意をした。
そして湊は、未来をすべて消し去る決意をしていた――――