ただ、そこにいるだけで   作:ふぃあー

11 / 22
 山風と湊を会話させたら面白そうだと思う今日この頃。




「制限時間は、一日と少し……それまでに……何とかする」

 

 

 

 機動音を鳴らし続ける巨大な機械を見上げながら湊は言う。

 

 

 

 先程までの表情は成りを潜め、今はいつも通りの無表情だ。

 

 

 

 彼の周りには妖精がふよふよと舞っている。

 

 

 

 その全てが不安そうな顔をしていた。

 

 

 

「これで、元に戻ったのか?」

 

 

 

「仮に……だけどね……一応は、戻ったよ」

 

 

 

 洋は湊の顔を見る。

 

 

 

 透き通るような水色と目が合った。

 

 

 

 何処までも透明で、儚い色だと洋は感じた。

 

 

 

「一応、か」

 

 

 

 そして、言葉を切る。

 

 

 

 これから言うことは、とてつもなく辛いことだから。

 

 

 

「その、袖の下はどうなっている?」

 

 

 

「っ……」

 

 

 

「見せてくれ。約束だろう?お前の苦しみは、すべて教えてくれ」

 

 

 

「っ、うん……」

 

 

 

 ゆっくりと湊は袖を捲り、その下の、男性にしては白い皮膚をさらけ出す。

 

 

 

 それは何の変鉄もない皮膚だった。しかし、それに騙される洋ではない。

 

 

 

「……人工皮膚だろう?それは」

 

 

 

「やっぱり、ばれるね……」

 

 

 

 そして、もう一枚を脱がす。

 

 

 

 その下から見えてきたのは、陶器のように白い肌。

 

 

 

 肌と認識できないほど白い。

 

 

 

 洋は戦慄した。

 

 

 

 湊の身体に何があったのかは理解していたが、

 

 

 

 まさかここまでだったとは。

 

 

 

「僕の命は……あと少しだけだよ」

 

 

 

 それの対処が()()()()だとでも言うのか。

 

 

 

 洋は何も言うことが出来ない。

 

 

 

「お前は、それでいいのか?」

 

 

 

 洋は、何処までも白い肌を撫でる。ゆっくりと。

 

 

 

「これでよかったよ……翔鶴を救うためなら……」

 

 

 

 でも、と湊は続ける。

 

 

 

「少しだけ……後悔はあるよ……やっぱり辛いんだ……すごく……苦しい」

 

 

 

 洋は歯を食い閉めた。折れそうなほどに。

 

 

 

「いま……翔鶴の治療は何割終わっている?」

 

 

 

「もう九割以上は……終わってるよ……それが終われば……僕も終わり……」

 

 

 

 思わず、洋は湊の胸ぐらを掴みあげた。

 

 

 

 その、今にも消えそうな雰囲気に耐えることができなかった。

 

 

 

「どうしてだ!どうしてお前は……!」

 

 

 

「翔鶴には……幸せになってほしいんだ……」

 

 

 

 胸ぐらを掴まれたにも拘らず、相変わらずの無表情でいる。

 

 

 

 そして、優しく洋の腕に自らの腕を置いた。

 

 

 

 洋と比べても、あまりにも白い肌だった。

 

 

 

「怒らないで……洋ちゃん」

 

 

 

 少しだけ、湊の腕に力が入る。

 

 

 

「全ての罪は……僕が背負うべきものだよ……だから、僕のために泣かないで……洋ちゃん」

 

 

 

 言われてはじめて洋が気づいた。

 

 

 

 自分が涙を流していることに。

 

 

 

 そっと手を離す。

 

 

 

 そして、湊が触っていた所を擦る。

 

 

 

 冷たい手だった。まるで海の水のように。

 

 

 

「翔鶴は、どうなるんだ?」

 

 

 

「幸せに……生きてほしい。あそこなら……翔鶴も幸せに暮らせる……」

 

 

 

 人工皮膚をまた貼り直して、湊は出口へと向かう。

 

 

 

 そして、工厰から出ていった。

 

 

 

「翔鶴の幸せは……お前を忘れることじゃないんだ……!」

 

 

 

 一人残された洋は、

 

 

 

 静かに涙を流し続けていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 日が落ち始めた頃、

 

 

 

 翔鶴と瑞鶴は、ひとつの大きな部屋にいた。

 

 

 

 翔鶴は、湊と一緒に祭りに行くということで、

 

 

 

 かなり浮き足立っているようだ。

 

 

 

 瑞鶴は、それを不思議そうに見ていた。

 

 

 

「今年はいつも以上に楽しみみたいね、翔鶴姉」

 

 

 

 翔鶴は笑顔でうなずく。妹である瑞鶴ですら惚れ惚れとした。

 

 

 

「今年は湊さんと一緒に回ることになったの」

 

 

 

 頬を赤らめてそう言う翔鶴は、

 

 

 

 どこからどう見ても恋する乙女だ。

 

 

 

 かなり嬉しいようで、

 

 

 

 瑞鶴でも見たことのない顔をしていた。

 

 

 

「湊さん……?」

 

 

 

 瑞鶴は記憶の中から、その名を探す。

 

 

 

 ……何故?

 

 

 

 瑞鶴の顔が驚愕に歪む。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()?絶対に忘れることのない名前なのに。

 

 

 

「瑞鶴、大丈夫?」

 

 

 

 心配した翔鶴が瑞鶴の顔を見る。

 

 

 

 いきなり凍りついたのだから、それも仕方がない。

 

 

 

 瑞鶴は慌てて取り繕って笑顔を作る。

 

 

 

 ……うまくいっているだろうかと心配になる。

 

 

 

「ごめんなさい、翔鶴姉。ちょっとぼーっとしちゃってた」

 

 

 

 翔鶴は不思議そうな顔をしているが、なんとか切り抜けられたようだ。

 

 

 

「で、何の話だっけ?」

 

 

 

「も、もう一回言わなくちゃいけないの!?」

 

 

 

 頬を膨らませて怒る翔鶴。

 

 

 

 瑞鶴も、こんな姉の姿はかわいいと思う。

 

 

 

 想い人には全く響かないようだが。

 

 

 

「み、湊さんと、祭りを回ることになって……」

 

 

 

 ああ、なんだそんなことか。

 

 

 

 勿体ぶるから何があったかと思った。

 

 

 

 湊と翔鶴姉が祭りを一緒に回るだけか。

 

 

 

 ………………

 

 

 

「ええええええええええぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

 

 いきなり大声を出されたことで、翔鶴の体が驚きで飛び跳ねる。

 

 

 

 驚きで胸にてを当てて心拍を確認する翔鶴に申し訳なさはあるが、

 

 

 

 許してほしいと瑞鶴は思う。

 

 

 

「ど、どっちから誘ったの……?」

 

 

 

「私から……」

 

 

 

 予想通りだ。

 

 

 

 もし湊から誘っていたら、

 

 

 

 瑞鶴は今度こそ卒倒していただろう。

 

 

 

「でも、どうしたの?翔鶴姉。何時も私と回っていたのに」

 

 

 

「流石に三年も一緒にいて、アタックしないとダメだって思って……」

 

 

 

「翔鶴姉」

 

 

 

 瑞鶴は真剣な顔になる。

 

 

 

 鎮守府時代から翔鶴は湊に恋心を抱いていた。

 

 

 

 それを応援するのも瑞鶴の役目だった。

 

 

 

 あまり自分の心を表に出すことの出来ない翔鶴。

 

 

 

 “恋”というものが全くわからない湊。

 

 

 

 恐らく一番成就しにくいであろう組み合わせだが、

 

 

 

 翔鶴が誰かを好きになったことなど聞いたことないから、瑞鶴は全力で応援している。

 

 

 

 かと思いきや、まさかの翔鶴のアタックだ。

 

 

 

「頑張って!」

 

 

 

 虚を突かれたように翔鶴は一瞬ポカンとなる。

 

 

 

 そして、真剣な顔になる。

 

 

 

「うん、頑張るわ。瑞鶴」

 

 

 

 張り詰めた空気が部屋の中に満ちるが、我慢できずに瑞鶴は吹き出した。

 

 

 

「そんな作戦に行くみたいな顔しなくてもいいのに!」

 

 

 

「だ、だって……」

 

 

 

 翔鶴自身、誘うときの緊張は計り知れなかった。

 

 

 

 あのときのことを思い出しただけで、

 

 

 

 翔鶴の心臓は今でも弾け飛びそうだった。

 

 

 

「湊さんは、私と一緒で良いのかしら……」

 

 

 

 瑞鶴がキョトンとすると、

 

 

 

 ゆっくりと立ち上がって翔鶴の後ろに回り込む。

 

 

 

 そして、翔鶴の細い肩に手を置いた。

 

 

 

 瑞鶴はすっと目を閉じる。

 

 

 

「大丈夫」

 

 

 

 それは瑞鶴の心からの言葉だった。

 

 

 

 いまいち距離感がつかめない二人。

 

 

 

 それでも瑞鶴にとっては応援したい二人だった。

 

 

 

 距離の縮まる速度は遅いけれど、

 

 

 

 ゆっくりと確実に近づいている事は、瑞鶴も知っている。

 

 

 

 

「翔鶴姉なら、きっとうまくいく」

 

 

 

「瑞鶴……」

 

 

 

「湊に伝えられたら、だけどね!」

 

 

 

「が、頑張ってみます……」

 

 

 

 そう言って二人で笑い合う。

 

 

 

 翔鶴は心に決めていた。

 

 

 

 今日、湊に伝えようと。

 

 

 

 三年以上抱き続けてきた自分の心を。

 

 

 

 そう思うと身体中から火が出てしまうくらい恥ずかしいが、

 

 

 

 決めた以上は頑張らなければならない。

 

 

 

 翔鶴は脇腹を(さす)る。

 

 

 

 もうほとんど治っているらしい。

 

 

 

 その事は翔鶴も分かる。

 

 

 

 この様に触ったところで、痛むこともない。

 

 

 

 湊の技術の高さがうかがい知れる。

 

 

 

 瑞鶴が心配そうな顔をしているが、翔鶴は笑って見せる。

 

 

 

 

「大丈夫よ、もうほとんど治ってるもの」

 

 

 

 

「あんなにひどい傷を、本当に治して見せたの?やっぱり湊は凄いのね」

 

 

 

「ええ、あそこまで妖精さんに好かれている人も見たことないもの」

 

 

 

 妖精には艦娘の体を治す能力もある。

 

 

 

 普通は応急処置位のおまけくらいの能力だが、

 

 

 

 湊の手にかかれば、それは致命傷を回復出来るくらいの力を発揮する。

 

 

 

 翔鶴の、傷を撫でる手の上に瑞鶴の手が合わせられた。

 

 

 

 とても温かい手だった。

 

 

 

「私も応援してるからね。負けないで、翔鶴姉」

 

 

 

「ありがとう。瑞鶴」

 

 

 

「もし翔鶴姉と湊が結婚することになったら湊兄になるなぁ」 

 

 

 

「も、もう瑞鶴!気が早いわよ!」

 

 

 

 いたずらな笑顔を浮かべる瑞鶴と、

 

 

 

 照れながら、しかし満更でもなさそうな翔鶴。

 

 

 

 祭りが始まるまで、もう少しだ。

 

 

 

 翔鶴は未来を掴むために、一歩を踏み出す決意をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして湊は、未来をすべて消し去る決意をしていた――――

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。