ただ、そこにいるだけで   作:ふぃあー

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 鎮守府近くの駅に到着した。

 

 

 

 流石に挨拶をしないのは悪いと言うことで、

 

 

 

 翔鶴と湊は鎮守府へ行くことにする。

 

 

 

 しかし、湊がやることがあると言うので、

 

 

 

 翔鶴が先に鎮守府に訪れる形になった。

 

 

 

 湊も後で来ると言うことだ。

 

 

 

「そういえば、瑞鶴にもあまり会えていないわね……」

 

 

 

 翔鶴に気を使ってかはわからないが、

 

 

 

 あまり翔鶴たちの住む田舎には訪れない。

 

 

 

 前に会ったのは正月の時だったか。

 

 

 

 どうも瑞鶴は翔鶴と湊の関係をからかうのが好きなようで、

 

 

 

 今回も何を言われるのか気が気ではない翔鶴だった。

 

 

 

「お、翔鶴さん!お久し振りです!」

 

 

 

 ……瑞鶴以上に湊との関係をからかうのが好きな艦娘が来た。

 

 

 

「お久し振りです、青葉さん」

 

 

 

 若干唇の端がひくついているが、なんとか挨拶を返すことができた翔鶴だった。

 

 

 

「どうしたんですか?何だかぎこちないですけど」

 

 

 

 どうしたんですか?ではないだろう。

 

 

 

 からかう気は満々のようだ。

 

 

 

 翔鶴は少し警戒する。

 

 

 

 これでもあの人とは三年以上の付き合いだ。

 

 

 

 ――――別に“付き合い”とはそういう意味ではなく――――

 

 

 

 ……恐らく、多分、狼狽えるようなことは無いだろう。

 

 

 

 赤面くらいはするかもしれないが。

 

 

 

「それからはお変わり無いようですね。青葉、あまり翔鶴さんには会えないので安心です~!」

 

 

 

 拍子抜けした。

 

 

 

 青葉が翔鶴のことをからかわないとは。

 

 

 

 もう、翔鶴のうぶな反応には飽きたということだろうか?

 

 

 

 何とか助かったようだ。

 

 

 

「いえ、湊さんと一緒なので色々なことで支えてもらってます」

 

 

 

 青葉の瞳が、怪しく光る。

 

 

 

 それを見て、翔鶴はようやく自分の失言を自覚した。

 

 

 

 何てことを言っているのだろうか。

 

 

 

 これではぜひとも弄ってくださいと言っているようなものではないか。

 

 

 

 青葉が、邪悪な笑顔で翔鶴ににじみ寄る。

 

 

 

 翔鶴の首筋を、一粒の汗が伝った。

 

 

 

「翔鶴、ここにいたのか!」

 

 

 

 突然届く凛とした女性の声。

 

 

 

 翔鶴が振り向くと、息を切らせながら洋が走ってきていた。

 

 

 

 相当走り回ったのだろうか、

 

 

 

 翔鶴たちの元に着くなり、膝にてを当てて肩で息をしている。

 

 

 

「全く……着いたら直ぐに私のところに来てくれと言っただろう?」

 

 

 

 そうだったと翔鶴は思い出し、慌てて頭を下げる。

 

 

 

「すみません、忘れてしまっていました……」

 

 

 

「大方、瑞鶴にでも会おうとしたんだろう?生憎彼女は今留守でな。明日には帰ってくると思うが」

 

 

 

「そう、ですか……」

 

 

 

「そういうわけで、すまないな青葉。翔鶴の取材はまた今度だ」

 

 

 

 青葉は不服そうに唇を尖らせる。

 

 

 

 しかし、翔鶴に笑いかけると一言。

 

 

 

「それでは翔鶴さん。貴女と湊さんの関係、後程ちゃんと聞かせていただきますよ~!」

 

 

 

「う……お、お手柔らかにお願いします」

 

 

 

 そして、洋と共に執務室へ向かう翔鶴。

 

 

 

 その背中を、青葉は見続けていた。

 

 

 

 この上なく優しい笑みで。 

 

 

 

 綺麗に伸ばした翔鶴の銀髪が、風に舞う。

 

 

 

 青葉はシャッターチャンスとばかりに、その瞬間をカメラに納める。

 

 

 

 写真の中で、翔鶴の姿は美しい女神のように見えると青葉は感じた。

 

 

 

「こんなに綺麗な人をあそこまで惚れ込ませるだなんて……“湊さん”か、一体どんな人なんだろう?」

 

 

 

 写真を見下ろして、青葉は笑った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 執務室。

 

 

 

 来客用の机に翔鶴は座っていた。

 

 

 

 暫くすると、洋が湯気を放つお茶を持ってくる。

 

 

 

 ちょうどいい渋みを持った洋の淹れるお茶は、

 

 

 

 翔鶴のお気に入りだった。

 

 

 

「しばらくぶりだな、翔鶴。それから変わりが無いようで何よりだ」

 

 

 

「ええ、本当に平和に過ごしています」

 

 

 

 その後、もごもごと小さな声でなにかを言う翔鶴。

 

 

 

 洋にはちゃんと何を言っているのか“見えていた”。

 

 

 

「湊との距離も、相変わらずか?」

 

 

 

 ぎょっとして振り向く翔鶴。

 

 

 

 まさか聞こえているとは。といった具合か。

 

 

 

 そんな翔鶴に洋は優しく微笑む。

 

 

 

 そして、翔鶴の正面に机を挟む形で座る。

 

 

 

「ゆっくり近づいていけばいい。あいつは、そういう性格だ。」

 

 

 

 恐らく、翔鶴の気持ちに気づいてすらいないだろうからな。と笑う洋。

 

 

 

「実は」

 

 

 

 翔鶴が口にする。

 

 

 

 洋が翔鶴の顔を見る。

 

 

 

 黙って先を促す。

 

 

 

「湊さん、今年の秋祭りには行かないって言ったんです」

 

 

 

 洋が、眉を潜める。

 

 

 

 その瞳には、悲しみの光が宿っていた。

 

 

 

 しかし、翔鶴がそれに気づくことはない。

 

 

 

 言葉を続ける。

 

 

 

「私、今年こそ頑張ろうと思って湊さんを誘ったんです。今年は一緒に回りましょうって」

 

 

 

 洋の目が見開かれる。

 

 

 

 翔鶴がそこまで積極的な行動に出るとは思ってもみなかったから。

 

 

 

 翔鶴が膝の上で拳を握る。

 

 

 

 その瞳は、何かを決意したかのように細められている。

 

 

 

 まだ、翔鶴は続ける。

 

 

 

「私ね、訊いたんです。私と祭りを回るの嫌なのかって」

 

 

 

 ……なるほど

 

 

 

 洋は合点がいったような表情になる。

 

 

 

 そうすると、この間の“あれ”はそういうことか。

 

 

 

 あの、湊から突然かかってきた電話の意味は。

 

 

 

「そしたら、湊さんは『そんなことない』って言ったんです。」

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

「私、思ったんです」

 

 

 

 一度言葉を切る。

 

 

 

 目を閉じる。

 

 

 

「やっぱりこの人のことが好きだって」

 

 

 

 ……やはり言うことは出来ない。

 

 

 

 絶対に、言ってはならない。

 

 

 

 しかし、言いたいことはあった。

 

 

 

「そういうことを堂々と言って、恥ずかしくないのか?翔鶴は」

 

 

 

 ぼん!と音をたてるくらいの勢いで翔鶴の顔が赤く染まる。

 

 

 

 おお……と簡単の声を漏らす洋。

 

 

 

 あわあわと慌てまくる翔鶴に、

 

 

 

 洋は、落ち着けるために手を当てる。

 

 

 

「頑張れよ」

 

 

 

 そうとだけ言い残して執務室から出ていく洋。

 

 

 

「うう……」

 

 

 

 青葉による追走から逃げたと思いきや、

 

 

 

 まさかの自爆。

 

 

 

 暫く執務室のなかで悶絶する翔鶴。

 

 

「……あ」

 

 

 

 そしてひとつのことに気づく。

 

 

 

「荷物、湊さんに持たせっぱなしだった……」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 工廠に湊がいた。

 

 

 

 そこの扉を開けるものがもう一人。

 

 

 

 凛とした雰囲気の女性。

 

 

 

 洋だった。その目は先程執務室で見せた悲しい目をしている。

 

 

 

 口を開きかけ、一度閉じる。

 

 

 

 湊の目の前には、巨大な機械が鎮座している。

 

 

 

「これは?」

 

 

 

「……解除装置」

 

 

 

 湊が拳を握りこむ。ぎちぎちと拳が音を立てていた。それほどに力を込めているのだろう。

 

 

 

「……矛盾を、生むわけには……行かないから」

 

 

 

 洋は湊の横顔を見た。

 

 

 

 泣きそうな顔をしていた。

 

 

 

 普段の感情の起伏は小さいのに、

 

 

 

 その表情は幼馴染みの洋ですら見たことがなかった。

 

 

 

 ……それほどまでだと言うのか

 

 

 

 お前が溜め込んでいる、“それ”は。

 

 

 

「……何で洋ちゃんまでそんな顔に……なるのさ……」

 

 

 

 柔らかく微笑む。

 

 

 

 悲しさを表に出さないためだと言うのは明白だった。

 

 

 

「……湊は」

 

 

 

 これ以上暗くならないために、話題を変える。

 

 

 

 そうしないと、洋まで潰れてしまいそうだった。

 

 

 

 湊の背負う業に。

 

 

 

「よく笑うようになったな」

 

 

 

 その言葉を聞き、自らの顔をさわる湊。

 

 

「自分では……あまり、自覚がない……」

 

 

 

「だろうな」

 

 

 

 そうなった理由も明白だった。

 

 

 

 本人は気づいていないようだが。

 

 

 

「翔鶴と暮らすようになってから、お前はよく笑うようになったと、私は思う」

 

 

 

「そう……かな……」

 

 

 

「ああ、そう思う」

 

 

 

 ほら、また笑った。

 

 

 

 今度のは無理矢理じゃない、ごく自然に出たもの。

 

 

 

 湊はうなずく。

 

 

 

 洋もうなずき返す。

 

 

 

 言葉のないやり取り。二人にとってはもうなれたこと。

 

 

 

 だいぶん前から翔鶴もこの域に達していると、洋は気付いていた。

 

 

 

 湊がレバーを押す。

 

 

 

 起動音が鳴り響き、青い光が漏れ出す。

 

 

 

「僕は……必要だから選択した……」

 

 

 

「分かっている。だが……」

 

 

 

「翔鶴にだけは言っちゃダメ……洋ちゃん、危なかったでしょ……?」

 

 

「……」

 

 

 

「僕は……言ったよ?全部の責任は……僕に……ある」

 

 

 

 洋は、ただ湊を見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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