まず、初めに、前回に続き宣言破りをしたことを深くお詫びします。
……いやあ、アスマと主人公の会話楽しくて調子のって加筆しまくった結果増量しすぎました。
あれだよ、終わらなかったよ、畜生。ていうか、今回とうとう2万5000文字近く突破だよ。どんだけ増量してんだ俺。
まあ、残りイベントも少ないですし、次回こそ完結するとは思いますのでどうぞまだお付き合いくださいませ。かしこ。
全く次から次へと問題が起こるな、とうんざりするような気持ちで男は思う。
暁の動向について内部から監視して木の葉に情報を流すのも仕事のうちではあるし、ナルトを捕らえるのは暁からの指令ではあるけど、それを本当に達成するわけにもいかないが、頑張っているように見せないといけないというのが今の男の立場なわけで。
ああ、もう本当板挟みって辛いわと思いつつ、現在の状況を戦いながら彼は確認していた。
久しぶりに干柿鬼鮫と一緒に行動していた自身の影分身と入れ替わり、2人揃って行動していたらこれだ。
まさか、鬼鮫先輩と分断されるとは、踏んだり蹴ったりだなとその男……うちはシスイは思う。
(……まぁ、お茶を濁して逃げるのは得意技だから別にいいけど)
しかし、何が面倒かって、目の前にいるのがナルトであることなんだよなーと男は思う。
「なんでだってばよ、シスイの兄ちゃん!」
何故うちは一族を滅ぼしたのか。その理由をしつこいくらいに尋ねるナルトに「自分の夢のため、邪魔だったから殺しただけだよ」と、答えたらこれだ。正直に答えてやったのに、全く納得しりゃしないとシスイはうんざりしたような思考で考える。
……ちなみにナルトっては螺旋丸片手にオレとバトりながらそんな言葉を言っていますよ。いや、別にナルトぐらいの動きじゃオレに当たらないんだけどね? オレ回避能力とスピードを徹底的に鍛えている代わりに紙防御だからね? もし当たったら一発でお陀仏ですよ? 殺す気ないっつうんだったらその辺ちゃんとわかってるんだろうか。うーん、わかっていなさそうだよなあコイツ、なんてそんな一見呑気とも取れるようなことを考えつつ、うちはシスイは遠い目をしながらナルトの相手を続けていた。
……最近は若いもんのテンションについていけないなあ、オレも歳かなぁなんて親父くさいことも同時に思いながら。
「オレは、そんな理由信じねえからな! なにか、他にワケがあったんだろ」
キラキラとした青い眼で、そんな言葉を言うナルトに対して、シスイはため息を1つ吐いた。別に嘘なんて言ってないのに信じないとは、一体ナルトの中でどんだけ自分は聖人化されているのか、怖いような思いだ。そしてシスイは極真面目な顔をして、次のような言葉を告げた。
「ナルト……オレはね、お前が思うような善人じゃないのよ」
それと同時に、まるで霧が晴れるようにこれまでの光景が一変した。
「幻術!? 一体いつの間に」
ナルトよりはまだ幻術への耐性が強い筈のサクラが驚きの声を上げる。
幻術から現実世界へ戻ってきたサクラとナルトの2人であったが、一体どこまでが幻術でどこまでがそうでなかったのか、幻術に掛けられたとしたらどこだったのかなど全くわからなかった。写輪眼対策に目を合わせないよう戦闘していたはずなので尚更だ。
見れば、とっくの昔に男は随分離れた場所にいて、ヒラヒラとナルト達に手を振りながら、「じゃあな、ナルト、野菜もちゃんと食えよ。腹出して寝るなよー」と、そんな場にそぐわない軽い言葉をかけて去っていった。
その姿があまりにも自分が知っている昔のシスイと変わらなくて、ナルトはぎゅうと右手を握りしめて、その苛立ちを体現するように地面をその手で殴りつけた。
「ナルト……」
サクラに、ナルトにかける言葉は見つからなかった。
* * *
薬師カブトは追われていた。
「ハァハァハァ」
一体何故こんなことになったのか、カブトにはわからない。
ただ、彼が敬愛せし主君、大蛇丸の元から離れたその隙を狙っての唐突の襲撃だった。
カブトとて大蛇丸の子飼いの側近だ。弱くはない。いや、寧ろはっきりと強いといっていいほうだ。
けれど、彼にとっては突然の奇襲であっても、どうやら相手にしてみればこの襲撃は予め仕組んでいたものだったらしく、最も装備が手薄で無防備な時を狙ってそれは仕掛けられた。
イニシアチブを己で握って徹底的にこちらに渡そうとはしないようなそのやり口といい、姿を見せずに仕掛け続ける戦い方といい、まるで最初っからこっちの手の内をわかっているかのような周到さだ。
「カブト、お前は此処で死んでおけ」
男とも女ともつかない、誰のものかさえわらかぬ声が言う。それで漸くカブトは気付いた。
「……幻術!?」
そう、カブトは今幻術の中にいた。
そんな馬鹿な、とカブトは思う。
一体どこから、どこまでが。こんな精巧な幻術など見たことがない。
いや、噂で聞いたことはある。こんな幻術を仕掛けることが出来る奴、それは……。
「ご名答」
その言葉を受けたとき、既にカブトの命は現実世界で酸に溶かされ消えていた。
「オレの夢のためには、お前に生きてられると困るんだよ」
低く笑って男は、うちはシスイはそんな言葉を言い放つ。圧倒的な回復力を持ち、また類い希なる医療忍術の使い手であるが故に人体急所や対処法を知り尽くしていたカブトと、真っ向から対戦する危険性は最初っからわかっていた。
まあ、シスイの場合2点特化のアンバランスな能力が故に、たとえカブトが相手でなくても、真っ向勝負、相手の土俵で勝負したら上忍級以上の相手であれば大抵の奴に負けるのではあるが。
しかし、まともにやっても勝てない相手に必ずしも負けるなんて決まっては居ないし、純粋な戦闘能力だけがこの世界の全てだとしたら、とっくの昔にシスイは命を落としている。まともにやって勝てない相手ならまともにやらなければいいだけだ。ようはやり方の問題なのである。
そもそも、大抵の奴は勘違いをしているようだが、別に幻術は写輪眼を使わなくても使用出来る。それはそうだ。うちは一族以外にも幻術の使い手で名を馳せたやつなんていくらでもいるんだから当たり前だ。
だけど、彼はうちはシスイであり、うちは一族で写輪眼持ちであることから、敵は勝手に写輪眼と目をあわせないようにさえ気をつけていればシスイの幻術にはかけられないとか、そんなこちらとしてはありがたい思い込みをしてくれることも珍しくはなくて、その先入観を利用させてもらうことも彼の手の1つである。
確かに写輪眼の睡眠眼は便利であるし、強力ではあるのだが、別に彼は写輪眼を用いない一般的な幻術も得意であったし、そっちの腕前もトップクラスであると自負している。
シスイにとっては、相手の動きに合わせて指先1つで幻術に落とすことなど造作もないことだ。基本的にはあまり印を結ぶスピードが速いとは言えない身であったが、幻術ばかり子供の頃から修練してきたせいで、幻術関連のみ、通常の写輪眼でさえ目で追えない超スピードで印を結べる自信がある。
だから、格上の敵を相手にするときは、まずは眼を用いない一般的な幻術で惑わせた後、写輪眼で上からもう一回幻術を重ね掛けしてから敵を落とすというのが男にとっての常套手段であった。ただし、この方法だと消費するチャクラ量も倍増するため善し悪しであったが。
あとは単純明快といえば単純明快。予め用意し、口寄せしていた酸でカブトが幻術にかかった隙に、溶かし殺したというだけだ。まあ、これがまた特別製の酸で、自分に被害がこないようにその筋の人間に改良してもらったりなどで色々時間が掛かってしまって、予定よりカブトを消すのに3年も余分にかかったというのが少しマヌケな話ではあったのだが。
だがまあ、目的は達成出来た。この男を将来放置しておいて、原作のようにマダラだのなんだのを穢土転生しまくられても厄介だ。倒せたのは結果オーライとして男はその場を立ち去った。
* * *
「まさか、この私が出し抜かれていたとはね」
雨隠れの里にて、天使様と呼ばれている暁コートの女は、同じく暁コートを身に纏った後ろに立つ写輪眼の男に向かって感情の宿らない声でそんな言葉を放った。
「どこまでが幻術?」
そう、此処は雨隠れの里だ。しかし此処が暁の隠れた拠点であることは、同じ暁のメンバーにさえ知らせていないことだった。
だというのに男は現れた。数多くの結界を張り、他里の介入を徹底的に排していたこの里に、まるで何事もないかのように、全てを知っているかのように彼は現れたのだ。
「さーて、どこまでなんでしょうね」
その男……暁の1人であるうちはシスイは女の醸しだつ緊迫感など意に介していないかのように、いつも通りの飄々と、けれどどこか人懐っこい笑みを浮かべて明るい声でそんな言葉を言ってのけた。
そんな男の態度を前にして、己の体を紙に変え、攻撃体勢を取ろうとする小南に対し、男はパタパタと手を上下に振りつつ苦笑しながら言う。
「って、やめとけやめとけ小南姐さん。確かにオレはオレの目的に沿って行動していますけどね、あんた達と敵対する気もないのよ。オレ、強くはないの知ってるっしょ?」
そう、確かに男は純粋な戦闘力という面だけで見るのならば彼女……暁のリーダーにして雨隠れの長であるペインの右腕である小南よりも下だ。それは女も認める事実である。
ただし、勝負の世界というのは何も戦闘力だけが全てではないし、二点特化に秀でているこの男の特出しているもの……それがまた厄介な代物なのだ。確かに破壊力はない。けれど、一体どこまでが現実でどこまでが違うのか、その境目さえ曖昧になるほどの強力な幻術の腕前は脅威としか言いようがないし、その鍛えに鍛え上げられた瞬身の術のキレもまた見過ごせないほどのレベルなのだ。男に足りないのは一気に敵を殲滅し得る火力だけといえる。
真っ向から戦っても勝ち目がないのならまともに戦わなければ良い。それがこの男……うちはシスイの指針である。故に彼は潔く、勝てないと判断するや否や、見ているほうが清々しいほどに脇目もふらず逃げ出すし、そうなれば『瞬身のシスイ』の異名を持つ男を捕まえるのは困難となる。そして、厭なことに、取れるときはきちんと敵の首をとってしまう男なのだ。経験則なのか、気が長いのか、機を見るのが上手いのだといえばいいのだろうか。
確かに男は身体的に強くはない。きっと一撃でもマトモに大技を喰らえばその時点で即死するだろう。けれどそのことを踏まえてみても、これほど厄介な男はそうは居ないし、すぐ茶を濁して危険ととるや逃げ出すこの男ほど倒しづらい奴もそうはいない。
「……食えない男」
嘆息するようにボソリと溢す。
どちらにせよ、今は大きな局面を迎えている。これからペインと共に木の葉に攻め込むのだ。こんな男に構っている暇はない。邪魔をしないというのなら捨て置くだけだ。
それに自分が手を下さずとも、組織を離れたとしれば制裁しようとするものは他にも出てくるだろう。
だから小南は振り返ることさえせず、うちはシスイを見逃した。
* * *
「さて、鬼鮫先輩、アンタとも此所までだな」
これから暁は木の葉に仕掛ける。そんな大事を前にして、天気の話でもするような脳天気さで突然と、この8年来の相方はそんな言葉を口にした。
「どこに行こうというんです。まさか裏切るおつもりですか」
それに対して案外その人間離れした見た目よりも真面目で堅い性格をした霧隠れの怪人は、見慣れていないものにわからぬほど些細な仕草でひっそりと眉を寄せた。そんな鬼鮫に向かってシスイはカラカラと笑いながら言う。
「裏切り? おかしなことを言うなぁ先輩は。オレは最初っからオレの目的のためにしか動いていない。それはアンタもわかってたでしょうに」
その台詞を全部言い終わらないうちに、鬼鮫は愛刀である鮫肌を一閃する。一瞬で泡のようにうちはシスイの姿は割れて消えて、今度はゆらりと幾人かのうちはシスイが思い思いのポーズを取りながら、鬼鮫の様子をのんびりと眺めだしてくる。
「……幻術ですか、やれやれ」
チャクラ量と戦闘能力には自信がある鬼鮫でも、流石に幻術は専門外だ。おそらくそこに見えている数人のうちはシスイとて分身の類や本物が混じっているとかではなく、未だ幻術の中に自分が引きずり込んでいるだけなんだろう。つまり、全部斬ったところで、全てが偽物である。
そんな風に脱力したため息を吐く鬼鮫に向かってシスイは「じゃあ鬼鮫先輩長いことお世話になりました」なんて口にしてぺこりと頭を下げて、手を振った。そしてそのまま去るのかと思いきや、「ああ、そうだ」なんて呑気な口調でもって鬼鮫に少しだけ振り返って言う。
「出来れば死なないで下さいよ、鬼鮫先輩。オレ、なんだかんだいって先輩のこと、結構好きでしたから」
全く嘘偽りだらけの幻術ばかり長けているくせに、何故こういう台詞を恥ずかしげもなく真っ直ぐに吐けるのか。嘘つきなら嘘つき、正直者なら正直者でどちらかにすればいいのにといつものように鬼鮫は思う。
「……本当に、喰えない小僧です。自分で言ってて白々しいとは思わないんですか?」
「あはは、そうですね、先輩。……お元気で」
そういって笑って今度こそ、干柿鬼鮫の8年来の相方たる男、『瞬身のシスイ』は1人静かに暁を抜けた。
「あー……いてー、クソやっぱ先輩は侮れないや」
8年来の相方に別れを告げて相手が追いつけないほどに一旦は離れて見せたシスイであったが、そんなことを言いながらぼやき、やがてその脇腹を押さえて木の根元にズルリと体を落とした。
見れば、左の腰上から臍の近くまで服は裂け、それなりの広範囲に渡り真っ赤な血が滴っている。
「……んッ」
そっと自分の傷口に手を当てて、さほど得意とはいえない掌仙術にて上っ面の傷をある程度塞ぐ。それからテキパキと手荷物の中から包帯と塗り薬を取りだして、徐に薬を塗りつけるときつく横腹を縛り上げた。
先ほどの鬼鮫による鮫肌の一閃、どうやら大男はシスイの姿は全て幻術で作ったまやかしであり、自分の一撃は己より年下のこの青年には当たっていないと思い込んでいたようだが、実の所まともに受けたわけではないとはいえ、あの一撃はシスイに掠め傷を負わせるには至っていた。
掠め傷とはいうが、鬼鮫の持つ大刀・鮫肌はチャクラと対象の体を削り喰らうそういう性質の刀だ。それに元々攻撃は避けるのが常套手段として、防御力は並の中忍並かあるいはそれよりも低いシスイとしてはそのかすり傷が命取りになりかねないわけで、背負ったダメージとしては、組織を抜けた代償としては安くあっても中々にキツイものがあった。
それでも、普段のシスイであれば、あのスピードの攻撃など、いくら近距離とはいえ避けれないわけじゃなかった。では何故受けてしまったのかといえば……。
「……オレ、思った以上にあの人のこと好きだったんだなあ」
情、だった。
8年間共にいたがためか、無意識のうちに気を許していたのか、どうやら随分とあの人の剣気に鈍感になっていたらしい。本当に直前になるまで斬られることを認識出来ていなかったとか不覚にも程がある。
「ま、しょうがねえか」
己はあの人に斬られて当然な立場だし、やることは山ほどある。受けた傷は浅いとは言い難いけれど、今は寝ている時間が惜しかった。
* * *
猿飛アスマは微睡みの中を漂っていた。
ゆらゆらと意識だけを暗闇に任せる。そんな中で、奇妙なことに案外しっかりとした思考で先ほどまでのことを回想する。
火の国に進入してきた、かつての同士であった地陸を倒した暁のグループの1つと対峙し、そしてその末に儀式という名の「呪い」を扱う不死身の男と戦い、そして敗れた。きっと自分は死んだ筈だ。
やり残したことはある。無念はある。
けれど、後悔も不安もない。
何故ならシカマルがいる。あいつは面倒くさがりであってもやるときはやる男だ。きっと、自分の仇を討ってくれることだろう。なら、先人である自分は後輩に後を托して逝くだけだ、そう思った。
しかし、それにしてもどういうことなのか。既に死んでいるはずなのにやけに火傷を背負った右半身と、呪いで貫かれた腹部が痛む。
『……ぃ…………』
(?)
なんだろうか、誰かの自分を呼ぶ声? 一体誰が……。
そこで男は、意識を浮上させた。
現実はあまりにリアルな痛みと共に。
「……ッ」
「あ、先輩、起きました?」
ひょこりと聞き覚えのある声の主が自分の顔を覗き込みながらそんな言葉を発してきたが、傷が大層痛むし、どうにも目が慣れずチカチカとして定まりがなくそれが誰かを確かめる余裕はない。そんな男に向かって、その若い声の主は宥めるような声で言う。
「動かない方がいいですよ。丸1日以上意識がありませんでしたから。それに、医療忍術の心得はあるといっても、オレ専門家じゃないですし、応急処置くらいしか出来ませんからね」
その声は柔らかく、優しげで。そっと暖かい手が慈しむような動きでアスマの額に沿わされる。
「まだ熱もありますから、もう少し寝ていたほうがいいですよ。あ、でもその前に水飲みます? 一応口元を湿らせたりはしましたが、素人処置でしたからね」
やがて焦点が定まって、懐かしいその姿が目に映った。
そこには思った通りの人物が、まるで昔のように笑って自分の目の前にいた。
「……っ」
言葉を出そうと思うが、喉が張り付いて上手くしゃべれないあたり、本当に水分が足りていないらしい。そんな自分の様子をわかっているかの如く、そのクセのある黒髪が特徴的な青年は、いそいそと水差しをアスマの口元へと差し出し、甲斐甲斐しく傾けた。
何口か水を嚥下し、湿った手ぬぐいで額を丁寧に拭われると漸く人心地がついて、それでも張り付いて喋りにくい喉を強引に開け、アスマはその目の前の青年……うちはシスイに問いかけた。
「……おま、えが、たすけ……くれた、のか」
ゲホリと何度か息を喉につまらせつつ、それでも案外しっかりした声と目で尋ねてくるアスマに対して、シスイはといえば……「あー」と気を抜けた声を出しながら、ボリボリと頭を掻いて、「いやまぁ、なんていうか余計なこととは思ったんだけど」と言いにくそうに口にしてから、苦笑して言った。
「まぁ、オレ、アスマ先輩のこと結構好きでしたし、ついね」
そうやって笑う顔は、本当に昔と変わっていなくて、アスマはズキンと傷とは別に胸が痛むのを感じた。
しかし、助けたといっても、一体どうやってというのか。確かにあの時自分は絶命したと思ったし、それにあの呪いをシスイが無効化出来たとは思えない。少なくとも、木の葉に居た時代、シスイは呪術関連とは無縁だった筈だ。
そこではたと気付いた。
「……幻術?」
しかし、一体どこで、いつの間にそんなものをかけたというのか。
自分の状態を確認するに、火傷や腹を貫かれた傷は普通にある。つまり、あの敵と戦い負傷したことに関して言えば実際にあった出来事なのだ。しかし、見れば……呪いでつけられた心臓を貫かれたときの傷は、ない。
「ご名答。オレが全員幻術に招待したのはアンタに二度目の呪いがかかった直後です。んでもってオレは飛段には自分の心臓を既に貫いたという幻術を、それ以外のみんなに飛段が心臓を貫いてアンタは命を落としたという幻術をかけて、こうして実は死んでなかったアンタを今匿ってるってわけです」
ネタ晴らしはあっさりと、シスイはさほど気にした風もなく正直に経緯を口にした。まさかここまで正直に答えられるとは思って無くて、アスマは一瞬面食らうが、ああしかしこの正直さは青年らしいともすぐに思い直す。
そんな男の反応など気に掛けてないように、シスイは次いで、今度はやや口調を乱して、あーもうとぼやきながら、後ろ髪を掻きつつ言った。
「ていうか、自分で乗りかかった船とはいえ、幻術にかける対象が多くて参ったぜ。しかも増援まで来るしさあ。広範囲でかつオレの正体バレねえように全員に同じ幻術プレゼントするとかさぁ、いくらオレでもきついっての。おかげで流石のオレもチャクラ切れですよ。あー、くそ、割に合わね」
そうやってドカリと地面に腰を降ろして愚痴る割には、シスイにイヤそうな色はなく、寧ろどこかサッパリとした清々しい雰囲気さえあった。
「お前……なんで、そんな真似……」
先ほどよりはまだスムーズに動くようになった口で、アスマはそう尋ねる。それにシスイはムスッと眉を寄せると「仕方ないでしょ。目の前で見殺しにするのは後味悪かったし。オレアスマ先輩のこと好きだしさ」といってプイと横を向いた。その頬は若干紅い。どうやら自分で言った台詞に今更ながら照れているらしい。
「いや、そうじゃなくて、なんでそんな回りくどい真似をだな……」
そう尋ねるアスマを前に、シスイは「は?」と理解不能なものを見た目をすると、「ああー」と次いでなにやら自分で納得したのか、ふむふむと何度か頷いてから、あっけらかんとした顔で「オレ、暁辞めたんだわ」なんてことを告げた。思わぬ告白に今度はアスマが目を見開く。
「で、あるからして飛段と角都にオレの存在気付かれるわけにはいかねーし? なにせオレ裏切り者よ? まぁそうでなくても暁のメンバーたるオレがアスマ先輩助けてたらその時点で裏切り者だったわけなんだけどね。しかもオレ暁辞めたっつっても、オレが依然木の葉の抜け忍でかつS級犯罪者である事実が変わるわけじゃないし、そんなオレが堂々と姿を晒して先輩を助けられる立場にいると思います? どう考えても、どっちにも見つかるわけにゃあ行かないじゃないですかー」
明るい調子であっけらかんと言っているが、内容自体はよく考えてみれば深刻だ。久しぶりに会ったはずのこのかつての後輩はあまりに昔と変わっていなかったものだから、アスマはシスイの今の立場についてどうやら忘れていたらしいと気付く。そしてそんな無理を通してまで自分を助けてくれたのだと言うことを改めて感じて、何も出来ない自分を悔しく思う。同時にやはり思うのだ。何故、こんな気の良い奴がS級犯罪者として木の葉から追われる立場なのだ、と。
いや、わかってはいるのだ。こいつは自分の育った一族を滅ぼして抜け忍となった、少なくとも事実はわからないがそういうことになっており、本人もそれを認めている。それだけで充分すぎるほどに重罪を犯しているんだと。だけど、こんなにこいつは昔と変わらないのに、なのに何故こんなことになったのか、アスマは思わず苦しげに眉を寄せる。
そんなアスマの気持ちを知ってか知らずか……おそらくは後者だろうが、変わらず呑気な調子でシスイはこんな言葉を続けた。
「因みにですけどね、死んだと思われている先輩を木の葉に渡すんじゃなくて、此処に連れてきたのも、オレの関与が双方にバレないようにですよ。隠蔽工作って奴ですね。ていうか、オレとしてはマジで見つかりたくないんで、出来ればアスマ先輩には暫くの間大人しくしててほしいんスけどねえ」
どちらにせよ、アスマが負った傷の具合からして、暫く動けないことはわかっているだろうに、シスイはそんな風に言った。そんなシスイに向かって次のような台詞を男が口にしてしまったことは半分無意識だった。
「なぁ、シスイ……お前は木の葉に、帰っては来ないのか」
その言葉に、再び目を丸くして、マジマジとアスマを見つめつつ青年が言う。
「は? いやいや、先輩何言ってるんスか。オレ犯罪者ですよ? 暁辞めたつっても木の葉の敵に依然変わりないんすよ? マジで言ってるんですか。それとも、それオレに裁かれろって言いたいの? 悪ぃけど、オレも忙しい立場なんでまだご遠慮願いたいんすけど」
「違う、そうじゃない」
アスマは、耐えるように拳を強く握りしめながら、苦々しい声で言う。
……どうしてこいつはこんな明るくこんなことを言えるのだろう。自分で犯罪者だと、敵だといいながら、見捨てるのは後味が悪かったからと、好きだったから助けたんだと臆面もなく言う。本当に敵だというのなら救おうとすらしないだろう。増して、危険を冒してまで敵を助ける奴が一体どこにいると言うんだ。
こいつを敵と思えなんて無理だ、とそうアスマは思う。
変わっていたのなら良かった。昔とまるで別人のような変貌を遂げていたのなら、きっと割り切れたのだろう。恥ずべき犯罪者で、倒すべき敵になったのだと思えたのだろう。
しかし、3年前に再会を果たしたときも、今でさえ何1つこいつは変わっちゃ居ない。敵わないとわかれば脇目もふらず逃げ出しながら、それでも本当の意味で仲間を見捨てたことはなく、最良のタイミングで必ず助けに戻り、救いの手を差し伸べることを躊躇しなかったあの頃と、何1つ変わっていないのだ。
猿飛アスマにとってうちはシスイとは、飛びっきりのお人好しで、一流の忍びとは思えぬ程に甘くて、人懐っこくて、いつも笑顔を絶やさず、情が深く、本当に敵だと認識している相手に対しては割り切ることが出来ても、無意味な争いを嫌い、平和と無垢な子供達を愛するそういう男だった。それは今でも変わらないと思う。だってこいつは自分が木の葉の『敵』といいながら、事実木の葉を『敵』としては見なしていないのだから。なのに、どうしてこうも遠いのだろうか。
と、その時、はたとアスマはそれに気付く。
「お前、その傷……」
よく見れば、シスイは上に一枚コートを無造作に羽織ってはいるけれど、上半身には素肌に直接包帯を巻いているだけで、左横腹部分はじわりと紅い血が付着している。それは自分ほど重傷というわけでなくても、軽い傷には到底見えない。
アスマが一体何を見て驚いたのかわかったのだろう、シスイはばつの悪そうな顔をして、仕方なさそうに言った。
「別にこれは先輩を助ける際についた傷とかそんなんじゃないですよ。なので、気にしないで下さい」
「そういう問題じゃないだろうが。なぁ、大丈夫なのか……ッィ」
そういって、自分の状態も忘れ身を乗り出しそうになって、アスマは思わず怪我の痛みを前に声にならぬ声で呻く。それに大して、「ああ、ほら急に動くから」とシスイは小さな子供に注意するような声で言葉を漏らして、それから清潔なタオルを取り出して、それでアスマの額の汗を拭った。
「少なくともアスマ先輩よりはよっぽど軽傷ですよ。全く、今から食事用意しますんで大人しくしていて下さいね。寝ててもいいですから」
そういって、シスイは備え付けの簡易キッチンで調理を始めた。
そうして出てきたのは塩だけで味付けされたシンプルな粥だった。いや、けが人が相手だと思っているからだろう、正確には粥というより重湯のようであったが。しかし口に含んでみると食感といい、仄かな味付けといい丁度よく、スルスルと食べられた。そして水差しから水をまた受け取ると、随分と調子は良くなった気がした。
「……ん、食欲はあるみたいっすね。あ、これ飲んどいて下さい」
そういって渡されたのは、見覚えのある丸薬……まあ、所謂増血丸という奴だった。もう2つは形状からして解熱剤と抗生物質系の薬剤だろうか。
「とりあえず、もう1回包帯変えますけど、傷の割に結構先輩元気そうですね。この調子なら全快とはいかずとも、3週間もあれば動き回れるくらいには回復出来るんじゃないっスか? あー、クソその回復力羨ましいなあ。まあ、とりあえず怪我が治るまでは大人しくしておいて下さいよ」
「なぁ、シスイ」
「なんですか? 此処がどこかなら答えれませんよ。報告されたら困るんで。あ、それと薬塗るんで痛みますよ」
シュルシュルと慣れた様子でアスマの包帯をほどき、これまた慣れた調子で薬を丁寧に塗っていくこのかつての後輩に対して、アスマは硬い口調でその名を呼ぶ。しかし、青年は気にする様子もなく、いつも通りのどことなくのほほんとした口調で返事を返しながら、淀みなく手を動かし続けた。
思えば、昔から医療忍者が随伴していない任に当たる場合、怪我人の手当はシスイが一手に引き受けていた。シスイは初歩的な医療忍術とその知識も修めているからだ。まあ、本人曰く本当に初歩の初歩しか扱えないらしいが、専門家ほどでなくとも、それを考えれば怪我人の対処に慣れているのは当然だと言えるのだろう。
そんな過去に懐かしさと胸苦しさを感じながら、アスマは問う。
「お前は、なんでうちは一族を滅ぼして里を抜けた。理由あるんだろう。少なくともオレはお前が理由なくそんなことをする男じゃないことくらいは知っている。そのくらいの見る目はあるつもりだ」
ピタリと、シスイの手が一瞬止まった。
「なぁ、どうなんだ」
「……ナルトといい、アスマ先輩といい、どうしてオレなんかに拘るのかねえ? オレ、なんかしたっけ?」
はぁ、とため息をつきながらそんな言葉を吐く青年であったが、寧ろその反応の方がアスマには余程わからない。なんで拘る? 何かした? 充分過ぎるほどこちらが気に掛けずにはいられないことをしてきただろうに。
たとえば、今だってこうして助けてくれたばかりか、甲斐甲斐しく世話を現在進行形で焼いて居るではないか。自分を助けてくれた相手を気に掛けるのはおかしいことでもなんでもないだろうに、なのに何故この男はこんなことを言うのか。
そんな風に思うアスマに対して、怪我の手当を再開させながらシスイは言う。その手つきは話す内容とは裏腹に優しい。
「あのね、アスマ先輩、アンタオレのこと誤解しているみたいだから、はっきり言いますけど、オレはアンタが思うような人間じゃねえのよ」
それはやけにはっきりした言だった。
「オレはね、自分の意志で、自分で決めて、自分のためだけに自分を育ててくれた一族を滅ぼした、そういう最低の男なんです。誰かのためなんかじゃない。オレは結局オレのためにしか生きていない。オレはアンタが思っているよりよっぽどエゴイストなんだよ」
あまりに真っ直ぐ過ぎる声で淀みなくそんな言葉を吐く。
「オレは、アンタが思っているような善人じゃない。自分勝手なクソ野郎だ」
その声はそれが冗談でもなんでもなく、本気で自分に対しそう思っていることを告げていて、思わずアスマは息を飲んだ。しかし、その青年の言い分に納得したというわけではない。だから。
「いや、お前が善人じゃなかったら、世の中善人なんて殆どいないと思うぞ、オレは」
そうぼやくような声で告げた。そんなアスマの発言に、シスイは思わずため息をついてそれから言った。
「なんつうか、このまま話してても平行線ですね。と、はい、怪我の手当は終わりです」
そういってシスイはその話を打ち切った。
そして何度目かの微睡みに落ちる。見れば、シスイもまた、自分が占領しているベットの横にある床の上に体を置いて座り込み、壁にもたれ掛かるようにして体を休めている。よく見れば若干息が荒い。何事もないかのようにテキパキと自分の面倒を見ていたから忘れそうになっていたが、シスイもまた怪我人なのだ。そのことを話す内に忘れかけていた。
「ねぇ、アスマ先輩」
自分が見ている気配に気付いたのか、体勢も変えず、視線すら合わせずにシスイが声をかける。
「イビキ先輩は、お元気ですか?」
「……あ、ああ。元気にしている筈だが、どうした?」
唐突に出た名に一瞬言葉に詰まるも、アスマはその質問に是と答える。それに、シスイは眉根を寄せて瞼を伏せながら、子供のように膝を抱えつつ言う。
「いえ、元気ならいいんです。ちょっと先輩と話してて懐かしくなっただけですから」
その様子を見て、もしかして怪我をしたことによって気が弱っているのかも知れないとそうアスマは思った。
思えば昔隊を組んで共に任務をこなしていた時代から、シスイが怪我を負う姿は滅多に見たことがない。
それはシスイが大抵の敵の攻撃はその目と身体能力によって容易に回避行動が可能だったということもあり、怪我らしい怪我をしたという経験自体が少なく、だからこそこいつは自身が怪我をするという事に慣れていないのかもしれないと思った。そんな珍しく弱みを見せた奴を少しだけ微笑ましく思いつつ、アスマは青年の話に乗る。
「そういや、お前は奴と仲が良いんだったか」
「みんな怖がるけどイビキ先輩、良い人ですよ。顔怖いけど。オレ、イビキ先輩のことも好きだったからなあ」
「お前はすぐに人に「好き」って言うなァ。あまりそういうこと言ってると誤解されるぞ」
そうやってどこか力なく気怠げに笑いながら言うシスイに、苦笑しながらアスマも返す。
「えー……だって好きなもんは好きじゃないですか。まぁ、最優先順位は決まっていますけど、それでもやっぱり好きな人は死んで欲しくないし、救えれたら救える方が嬉し…………」
「……おい、シスイ?」
突然不自然に切れた声にアスマは今まで話していた相手である青年に顔を向ける。見れば青年は青い顔をして、脂汗を額から滴らせながら、ズルズルとそのまま横に倒れ込んだ。その息は荒い。
「……! この馬鹿」
思えばこの小屋にはベットは1つしかないし、4畳半くらいのこの部屋は元より1人だけの生活を想定したものになっている。それに包帯にじわりと滲んでいるまだ新しい血といい、その傷の様子から察するに、おそらく怪我をしてからまだ数日くらいしか経っていないだろう。つまり本来この場所はシスイが自身の療養をするために用意していた場所なのだ。
だというのに、いくら自分より重傷を負っていた相手がいたとはいえ、他人を優先して倒れてどうする。
「……っく」
気力だけでアスマは体を起こした。1度は土手っ腹に穴が空いたこともあってそれだけでも随分な痛みを感じたが、それでも男は結構タフだ。それに、目の前の男よりかは痛みへの耐性も強い。動く度に傷口が開いて折角まき直した包帯に血が滲んでいくようだったが、今はそんなことを気にしてはいられない。
そのままズルリと這うようにしてベットから抜け出した。その際、呪いで1度は貫かれた左足が痛んでバランスを崩すが、なんとか持ち直して、シスイの元に行く。
どうやら傷が元で発熱しているらしい。この顔色の悪さや目の下にほんのり浮いた隈等を思えばろくすっぽ睡眠も取らず疲労をため込んでいたと見て良いだろう。
傷を包帯越しに確かめれば抉れたように付けられたその傷は思った以上に深い。見たところ命に別状があるような傷ではないとはいえ、こんな状態で殺されかけていた己を助けにきて、其れを成し遂げ、自分をこの小屋に運び込み、誰にも知らせずたった1人で看病を続けていたなど正気の沙汰ではない。なんでもっと自分を大事にしないというのか。
アスマは不安のような苛立ちのような悲しみのような、なんとも言えない複雑な気持ちを抱えつつ、自分に比べると幾分華奢な体格をした青年を腕に抱え、冷たい床からベットの上へと横たえた。
見れば、自分の看病をするため用意していたのだろう。すぐ側には水の入った桶といくつかの綺麗な手ぬぐいが几帳面に畳んで置いてある。それの1つを掴み、上手く動かない手を苛立たしげに動かしながら手ぬぐいを水で濡らし、それで青年の汗をぬぐい取り、額に載せる。
それから自分も食後に飲まされた解熱剤を僅かに開いた唇の隙間から入れ込み、顎を掴んで上に傾け、水差しを青年の唇の間に差し込んで、斜めに傾けた。これでちゃんと飲み込んでくれるかは自信がなかったが、こくりと喉が動いたのでキチンと飲み込んだようだと安心し、水差しを外す。
が、元々アスマはシスイよりも重傷を負っていた身である。気力が持ったのもそこまでで、男はそのまま青年の顔のすぐ横で、突っ伏しダウンした。
次の日の朝、目覚めたシスイは困惑した。それはそうだろう。誰だって起きたら自分の顔の真横にひげ面の良い歳こいた男のドアップがあって、しかもそいつが自分の体に覆い被さるようにして眠っていたら、誰だってそうなる。
それに確か昨夜は、一昨日同様自分は床で休み、ベットの上に寝ていたのはこの男1人だけだった筈だ。なのに何故床で寝ていた筈の自分はベットの上に横たわっており、この男が自分に覆い被さるようにして寝ているのだろう。これは一体どういうことだと、シスイは回らぬ頭でグルグルと考えた。
「……ぅ」
そうこうしているうちにもう1人の当事者たる男も目が覚めたらしい。小さく呻きながら、体を起こすことは億劫なのか顔だけを起こしている。どうでもいいが、どうせなら体もさっさと起こしてくれないかなと青年は思う。
「……シスイ」
何故か、アスマはどこかほっとしたような顔で、目と鼻の先にあるシスイの顔を見下ろしつつ青年の名を呼んだ。その安心しきったみたいな反応を怪訝に思いつつシスイは言う。
「あの、すみません、アスマ先輩。なんでこうなってんのかわからないんスけど、とりあえずどいてもらえません? オレ、男と抱き合う趣味ないんで。あと重いし」
「ッ、この馬鹿野郎ッ」
そんなどこか呑気な様子の青年に向かって男は開口一番怒鳴った。え? なんで当たり前の主張したのにオレ今怒鳴られてんの? ていうかいい加減本当どきましょうよ、唾かかるじゃないですか。なんてことを思いながら、シスイは益々困惑しつつかつての同僚を見上げる。そんなシスイに向かって怒った顔をしたまま、アスマは言う。
「自分の調子も悪いくせに、人の面倒ばっかり背負い込むな! なんでお前はこう、あー……ともかく、もうちっと自分を大事にしろ! 人を助けて自分が倒れちゃ世話ねえだろうが」
ビシッと指を突きつけながらいう男に対して、青年はマジマジと男を見返しながら、おそるおそるといった口調で口を開いた。
「あのー……もしかして、アスマ先輩」
「なんだ!」
「ひょっとして、オレのこと心配してくれたんですか?」
その言葉に、ピタリと男は動きを止めた。そんなアスマを見てどうやら自分の言葉が図星であったらしいとシスイは判断する。つまりアスマが自分に怒っていた理由は……。
「ありがとうございます。まさか、オレみたいな犯罪者の心配をしてくれるとは思わなかったですけど、嬉しいです」
そういってはにかむようにシスイは笑う。
けれど、その言葉に再びズキンと男は再び胸の痛みを覚える。
(なんでそんな風に笑って自分を「犯罪者」なんて言えるんだ)
春の日だまりのような暖かで穏やかな顔で微笑み、子供を慈しみ、仲間が傷つくことを誰より厭うこの男が、何故犯罪者などと呼ばれるようなことになったのか、なんでそれを笑って受け入れているのか、何度考えてもアスマにはわからない。
だから……。
「なぁ、シスイ……お前が一族を滅ぼしたのは、誰かを助けるためなんじゃないのか?」
自分で考えつく限りの可能性を口にした。
「アスマ先輩?」
青年はどこか驚いた目で男を見返す。それに対して、アスマは当時……8年前のことを回想する。
当時、うちはシスイがうちは一族をただ2人を除いて皆殺しにして里抜けをした事件は、世間を震撼させた最大のスキャンダルだったといえる。まさか、「あの」シスイがそんなことをするなど一体誰が想像出来ようか。シスイについてよく知らない人間は彼について罵倒し木の葉史上最悪の犯罪者だなどと嘯いたが、シスイを知る人間はやはり何かの間違いでないかと、その事件を信じられなかったのだ。
何故なら、あれほどに人に好かれる忍びなどそうはいなかったのだから。
忍びとは人に恨まれ、嫌われるのが生業とすら言えるし、シスイは偏っている能力が能力故に、確かに汚れ仕事もそれなりに回されてはいたようだが、だからといって奴が汚れに染まりきることはなかったし、その人となりと優しく明るい笑顔に救われた奴は多かったと思う。奴が人懐っこいというのもあったのだろう、まんま隊では弟のような扱いだった。
軽快だけど軽薄ではなく、大嘘つきだけど正直者。お調子者のようでいて気遣い屋。夜の月よりも昼の太陽のほうがよく似合い、どこか眩しく感じる存在でもあった。
能力的には暗部にも向いていたように思うが、性格がどうしようもなく向いていない。父である三代目火影猿飛ヒルゼンもまた同じく思ったのかは知らないが、奴には時々アカデミーでの代理教員のような仕事も回されていたあたり、もしかすれば将来的に教師の道に進んで欲しいと思われていたのかも知れない。
そして奴は教え子である子供達に誰よりも好かれ、誰よりも子供達を慈しんだ。
先輩である自分たちに見せる顔とはまた違うぶっきらぼうな兄貴然とした顔で、多少口が悪くても子供1人1人を真っ直ぐ見て、偏見にとらわれることなく自然体で接していた。その顔があまりに嬉しそうで、幸せそうで、本当に子供の相手をするのが好きで好きで仕方ないのだと思ったものだ。
ああいうのを無償の愛というのだろう。
あんな幸せそうな顔で笑える奴にあったのは初めてだった。その笑みを見る度、自分も少し幸せな気分になれた。それは自分だけではなかった。奴は多くの人間に好かれ、慕われていた。
そんな人間が、あんなに人というものを愛せる人間が、一体どうして己の一族を皆殺しにして里を抜けるということになるというのか。確かに任務でありなおかつ「敵」という条件がつけば子供さえ殺められるやつであったのも確かだが、それでも子供の死や、無意味な争いを何より嫌っていた奴だった。
あいつはそんな奴じゃない。きっと何か理由があるはずだ。或いは、誰かにハメられたのではないかと、奴をよく知る仲間達は皆思った。
それでも、ただ2人生き残ったという姉弟のうち、弟は証言する。あの男こそが犯人だと、許せない憎いんだと。奴の婚約者だったという姉もまた、奴によって暴行を加えられている現場を見たという証人が幾人もいた。そして実際に姉には強力な幻術を初め、いくつもの暴行の後がその身には残されていた。しかし、それでも奴が犯人という証拠も生き証人も居て尚、それでも信じ難かったのだ。
婚約者であったとされる被害者の少女、当時暗部の分隊長を務めていたうちはイタチは奴によって手籠めにされかけたのだと言う。しかし、アスマはよく覚えていた。
非番の日の昼下がり、甘味処で当時まだ幼かった少女と共にお八つの時間を楽しんでいたシスイの姿を。たまたま見かけただけだったし、当時はあいつが共に連れていたあの少女がうちはイタチだとは知らなかったが、それでも一目見るだけで、あいつが誰よりもその少女を大切にしていたのは一目瞭然だった。優しい表情と柔らかい仕草でそっと髪を梳くその様はそれだけで慈しみに満ちていた。
果たして、そんなに大切にしていた対象を、本当に一時の欲求だけで襲えるものなのか?
「本当は、お前がイタチを襲ったなんて話、嘘なんだろう」
シスイは誰が見てもイタチを大切にしていた。そして、こいつがなんの理由もなく人を傷つけられる男でもないことを知っている。だからその推測をアスマは並べ立てた。
「イタチはお前じゃなく、本当は別の誰かに襲われたんじゃないのか? なにせあれだけの別嬪だ。血迷うやつが出てもおかしくはない。しかしイタチは強い。一対一でどうにかなる相手ではないし、そこで徒党を組んでやつらは計画的にイタチを襲い、許嫁の危機に逆上したお前は奴らを皆殺しにした。しかし理由はどうあれ殺しは殺しだ。罰としてお前は何も告げないことを決め、殺してしまった相手へのせめてもの償いにイタチ暴行の罪も自分のものとして里を出た……というのがまぁ、オレの立ててみた推測なんだが、どうなんだ?」
自分で思いついた中では、これは中々の考察なのではないかと思ったアスマであったが、しかしその自信は数秒と経たず崩れる結果となった。
乾いた笑みを浮かべながら、遠い目をしつつシスイは言う。
「えーっと……アスマ先輩って結構妄想逞しいんですね。オレ吃驚しちゃいました。ていうか、ちょっと引いた。ていうか、一体マジでどこからそんな発想出てくるんですか……」
うわー……ありえないわーと言わんばかりのそんな後輩の反応にアスマは地味に傷ついた。
いや、確かに無理のある推論だったかもしれないが、それでも言ってみただけでそんなに引かなくてもいいんじゃないのかと男は思う。
「ていうか、先輩のそれがマジだったら何故女子供まで殺す必要があったってんですか。自分の許嫁が襲われたからってそれで一族皆殺しとか、その場合オレどんな恋愛厨のはた迷惑八つ当たり野郎よ。もし実際イタチがそんなことになったとしても、殺すとしても普通犯人だけっしょ……マジないわー」
ていうか、そこまでフルボッコに言わなくてもいいじゃないかと若干いじけそうな気持ちもあったアスマであったが、ふとその言葉の中に聞き逃せない単語もあり、「待て」と待ったの声をかけた。
「シスイお前、今「女子供まで殺す必要があった」って言ったな」
言われた青年のほうは「しまった」と言わんばかりの顔を一瞬浮かべるが、すぐに視線を逸らす。
「やっぱりお前、何か理由があって一族殺しをしたんだな? それも私怨なんかじゃないでかい理由が」
その追求を止める気がなさそうなアスマの態度を前に、シスイはため息を1つ落として言う。
「聞かなかったことにしようとは思わないんですか」
「思わねーよ」
きっぱりとした声でアスマは断言する。それに対してシスイは言う。
「……私怨ですよ。オレ、一族のこと恨んでいましたから。これでいいですか?」
「信じられねェな」
「信用ないっすね」
「お前は正直者だが大嘘つきでもあるからな」
確かにアスマはシスイの言葉を信用なんてしていない。けれどその人となりを信頼をしている。だからこそ私怨で殺したなどとは信じない。でも流石に、これ以上追求しても結局青年が理由を述べることはありえないだろうということもまた、いい加減理解はしていた。
だから……。
「シスイ」
「なんですか」
「お前が一体何をしようとしているのかは知らねえが、オレはお前が敵じゃないと信じている」
その言葉に一瞬虚を突かれた顔を青年は浮かべるが、次にフワリと微笑んで「駄目ですよ、オレみたいな悪人を信じちゃ」とそう言った。
「でも、ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきます」
シスイが小屋を出て行ったのはその次の日だった。包帯と薬を取り替え、食事を取ったあと、眠っている隙に出て行った。まるでいつものように笑ってそれが最後に見た姿だ。机の上に置かれた書き置きには、『オレはやることがあるのでもう行きますが、忍鳥に薬と食事は届けさせますから3週間は安静に大人しくしておいてください』、とそう書かれていた。
「たく……あの馬鹿」
答える声はない。
* * *
ペイン長門による木の葉急襲事件。それは2人の英雄によって終止符を迎えることになった。
英雄の名前はうちはイタチと、うずまきナルト。最後は兄弟弟子であったことによってナルトと長門の和解により、大戦で亡くなった多くの命は蘇ることとなったが、それでもその事件に置いてうちはイタチが果たした貢献は大きい。
何より、イタチが木の葉の危機を救うのは2度目なのだ。1度目は3年前の木の葉崩し事件、そして今回のペイン襲撃だ。それを受けてとうとう渋る上層部の声も民意が押しのけ、うちはイタチが1ヶ月後の追悼式が終わった後に、5代目火影と相成ることとなった。初のうちは一族出身の火影にして女性火影だ。
三代目は漸く肩の荷が降りたわいと、やれやれといわんばかりの仕草で笑って言った。3年前の襲撃といい、今回の襲撃といい、めっきり老け込んだ三代目は、既に現役として戦える身ではなかった。あとは若い者に全て任せて孫と遊んで暮らそう、そんな心算である。
けれど、その里に、最もイタチが火影になることを望み、夢とさえ言い切った男の姿は無かった。
1ヶ月後、イタチが火影に就任することが決まったとはいえ、未だ火影の座は依然三代目火影である猿飛ヒルゼンが預かっている。引き継ぎのゴタゴタもあり、忙しいと言えば忙しいわけだが、どちらかといえば真に忙しいのは次代の火影に決定したイタチのほうであり、ヒルゼンは束の間の休息を味わっている。
なにせ、歳が歳だ。いい加減、無理が利かなくなってきた。その三代目を気遣ったのだろう、今は仕事もあまり与えられていない。
ペインの襲撃からは未だ1週間しか経っていないが、それでもイタチが有能なおかげなのだろう。大分後処理も終わってきた。そしてそんな三代目の元にナルトが尋ねてきたのは果たして必然だったのか。
ただ、猿飛ヒルゼンは来るときが来たと、そう思った。
「なぁ、三代目のじっちゃん、教えてくれってばよ」
ナルトの他に、シカマル、いの、チョウジといった元10班のメンバーと、おそらくは保護者のつもりなのかカカシがいるとなればなんの話なのか、なんとなくの予想はついていた。
まず、初めにシカマルが言った。
「2週間前、遺体が行方不明になったとされるアスマが生きている可能性がある。おそらくあの状況でそれを出来たとしたら1人だけだ」
次にカカシが言った。
「思えば敵を名乗りながらアイツはおかしなところだらけだったからね。アイツは木の葉の人間に怪我を負わせたり、幻術でお茶を濁すことはあっても、決して命を狙ったりマトモに戦おうとはしなかった。アイツが暁に入ったのは上からの指示だったんじゃないですか?」
「なぁ、じっちゃん。じっちゃんなら何か知ってるんだろ? なんでシスイのにいちゃんは事件を起こして里を抜けたのか」
うちはシスイ。その名を持つ人物にどんなイメージを持っているのか、それは人によって大きく異なる。
ナルトにとってはシスイは唯一子供の頃、誰からも疎まれていた自分を正面から見てくれたただ1人の大人だったし、元10班のメンバーにしてみれば、アカデミー時代うちはシスイは身近な人物であったし、自分たちの担当上忍だった猿飛アスマからもその話は色々聞いている。少なくとも悪人とは思っていない。カカシにしてみれば、殆ど関わりになったことがないこともあってイメージは里の裏切り者であったし、自分の一族を2人を除いて皆殺しにした最悪の犯罪者という印象があった。なにせ、奴はやったことがことだ。
しかし、カカシは同時にシスイと何度も過去に組んだことがあるというアスマから聞かされたシスイ像についても留意はしていた。
世間的にはお尋ね者であり、最悪のS級犯罪者であるうちはシスイであるが、それほどの汚名を持ちながらも、今でも木の葉には彼を慕い、信じる人間も多い。それは彼がかつて面倒を見てたアカデミーの生徒であったり、同僚であったりもした。
あれほどの犯罪を犯しながら、なのに冤罪を被せられただけなのではないかと、シスイの無罪を信じる人間は多いのだ。それは人徳……というやつなのかもしれない。
けれど、本人は自分が犯罪者であることも、一族殺しをしたことも肯定している。それはナルトやカカシも確認済みだ。ならば、自分たちでは何か想像も及ばない理由がそこにあったのではないかと疑ってしまうのは考えすぎではないのではなかろうか。
「三代目、貴方はうちはシスイの真実について、何かご存じなのではないんですか?」
それにポツリと、老人は震える枯れた声で、苦々しく言葉を落とす。
「……知っている。あやつの真実も、想いも。何故あやつが一族を手に掛けることになったのかも」
「じっちゃん!」
それにナルトは一瞬喜色めいた声をあげる、しかし三代目はそのナルトの声を遮って「しかし、ワシはそれを決して言うことは出来ん」そう断固とした声で答えた。
「何故なの?」
思わずといった調子でチョウジが尋ねる。
「それが、あやつの望みだからだ」
そう、苦しげに三代目は吐き捨てた。
「確かに理由はある。あやつが己の同胞を手に掛けることになったのはワシにも責任がある。だがな、決してあやつはそれを認めんよ。それにワシの口から真実を明かせば、アレは決してワシを、それを聞き出したおぬしらのこともまた、決して許さぬ。あれはおぬしらが思うよりずっと激しい男じゃからな」
三代目は今でもよくあの時のシスイの表情と声をよく覚えている。
『頼む、三代目。他は全部殺すから、禍根なんて残らないようにキチンとオレが全部殺すから、だからイタチとサスケの2名だけは助けて下さい……!』
そういって、あの日、あの男は自分へと頭を床にこすりつけながら懇願した。
……危うい男だとは知っていた。けれど、あの時ほどそれを思い知らされたことはなかった。
「あやつはな、人を愛し、人を敬い、人を恨み、人を憎み、人を慕うが、それは決して見返りを求めぬ、そういう愛なのだ。あやつは人を慕っても、自分もまた人に慕われ愛されることなど初めから思っておらん。そもそもそういう意識自体がないのだ」
その危うさに初めに気付いたのはいつだったのか。それはあの日、幼いイタチに己の『夢』を語ってたその日か、それとも……。
「人を望み、人を愛しながらも、己もまた人に望まれているということに気付かぬその矛盾、ついぞあやつはそれに気付かなかった……」
報酬なんていらないと、イタチはまだ子供なのだから子供であれる時間をもう少しあげて欲しいと言いながら、仕事の代替わりを望んだ姿をよく覚えている。己もまたその『子供』であるところのイタチと同年齢の時には既に戦場に放り込まれていたということさえ、頭の片隅にもないようだった。
そしてどうせ長続きはすまいと、いずれ気付くだろうと思い、奴の懇願を許可したが、結局のところシスイはその許可された本当の理由に気付くことも泣き言をいうこともなく、まるで「いつも通り」「何事もないかのように」在り続け、結局其れはイタチ本人による嘆願で取り消しにされるまで、ついぞ文句1つすら漏らすことはなかった。
誠実で、正直者で、明るく笑みを絶やさなくて、皆から好かれる飛びっきりのお人好し。善人の中の善人。果たして本当にそんな男がいるのか? そんな男が忍びとしてやっていけるのか? 違ったのだ。
本当は、ただあの男は……只単に……―――――。
「あやつが見ているのは只1つ。昔夢見たたった1つの夢。其れだけを求め生きている。そんなあやつを、一体どうして変えられる?」
情が深すぎた少年は、故にこそ1人の少女に夢を見た。
そしてそれに縋ることを生きる免罪符にしたのだ。
「たとえ、真実が明るみになったとして、あやつが自分を罪人ではないなどと思う日は来んよ」
それでもいいのならば、三代目はうちはシスイに会うがいいとそう言った。おそらく何を話しても、たとえ指名手配が解けたとしても、シスイがそれで木の葉に戻ることはないだろうし、真実を自らの口から明かすことも、夢を明かすこともないだろうが、それでもいいのならば会うがいい。
三代目火影の名の元に許可すると、それがきっと自分の火影としての最後の仕事であるとそう言って。
そうして集まったメンバーはかつてのアスマ班であるシカマル、チョウジ、いのと、カカシ班、サスケ、ナルト、サクラ、そして担当上忍のカカシの7人で行くことに決まった。尚、表向きの任務内容は消えた猿飛アスマの捜索だ。
先ほどまでの三代目の言葉に思うところは多くあったが、それでもナルトは敢えて明るい声でその出発の音頭を取った。
「よし、絶対にシスイのにいちゃんを連れ戻すってばよ!」
「……」
晴れやかに笑うナルトは、しかしすぐ側にいるサスケのその殺意が滲んだ瞳には気付かない。この任務を与えられて、漸くやっとあいつを殺せるその機会が回ってきたのだと、暗い愉悦に浸るその感情も。
思えば当然なのかもしれない。サスケがシスイに殺気を向けてぶつかったのを目の当たりにしたのは3年前が最後であり、またナルトはシスイが一族殺しを行った夜にサスケにした行動や言動も知らない。親が殺されてることも、所詮は他人であるナルトにはその気持ちはわかりようがない。
唯一それに気づける立場であるはずのカカシもまたサスケの闇を過小評価してしまっているのだ、ナルトが気づけなくても責められはしないだろう。
そうして出発しようとするナルト達一行の前に、3人の暗部が現れた。
「待ってください」
暗部の常として仮面を被っているから顔はわからないが、1人は肉付きの良い女性で、残りの2人はのっぽの男と、チョウジほどではないがややぽっちゃり気味の男だ。彼らはすっと頭をナルトの前で垂れると、3人の中でリーダー格らしきくノ一が前に出て、面を外した。
それは20歳くらいの若い女だった。やや釣り気味の意志の強そうな目をしており、美人と言うよりは可愛いと格好いいの中間くらいの印象をした顔立ちをしている。外見的には意志が強く活発タイプに見えるが、落ち着いた雰囲気のおかげで、そのきつそうな印象が緩和され、彼女を大人の魅力ある凛とした女性に見せていた。
そして、彼女は言う。
「ナルトさん、貴方がシスイ先生を連れ戻す任にあたるのだと聞きました」
「えーと、ねえちゃんは?」
ナルトは目を丸くしながら問う。それに対して彼女は、微笑んで言った。
「私たちは元シスイ先生の班員だったものです」
そして彼女は語る。
「シスイ先生は、アカデミーを出たばかりの私たちを受け持ってくれた最初の担当上忍で、班の大切さやチームワークなどについて色々教えてくださった恩師でした」
そして彼女はうちはシスイとの思い出を回想する。
初めましてと笑ったときの顔や、ちょっとしたことで怒ったり笑ったり照れたりとコロコロ表情が変わるその様は男の人に対する評価としてはそぐわないのかもしれないがなんだかちょっと可愛くて、でも自分たちの危機に颯爽として現れ助けてくれるその姿はとても男らしくてかっこよかった。
優しい先生だった。口ではなんだかんだいって大切にしてくれていたと思う。1人1人に合わせて課題を与え、どうすれば強くなれるかを一緒に考えてくれたり、些細なことでも面倒くさがらずに真面目に相談に乗ってくれた。笑って頭を撫でてくれるその感触が好きだった。
きっと初恋だったのだろうと思う。でも好きと何度言っても取り合ってくれたことはなかった。子供だとしか見られていないことは知っていた。何故ならうちはシスイという男は、子供に対しては「可愛い」だの「別嬪」だのと臆面もなく口にしていたけれど、大人の女性に向かってそういう口を聞いた姿は見たことがなかったからだ。
ある日、婚約者という少女と一緒にいる姿を見たことがあった。同じくらいの年頃と聞いていたのに、その子は自分と全然違って、とても大人っぽくて綺麗な人でお似合いだなと思った。嗚呼、負けたなと、完敗過ぎて嫉妬する気にもなれなくて、でも悔しくてその日は1日泣いて、次の日顔を真っ赤にして任務にいくと、何も聞かずただポンポンと頭を撫でてくれた。そんな気遣いが凄く嬉しかったのだ。
あの頃はまだ自分は下忍になったばかりで平凡で退屈な任務ばかりを与えられていたけれど、それでもその平和を噛み締めるように幸せそうに彼が笑うから、その気持ちを貰ったかのように自分もまた幸せな毎日だった。なにより、自分たちの頭を撫でるその手が本当に愛おしそうで大切にされていることがわかって、それがたまらなく嬉しかったのだ。何気ない日々が喜びだった。
『ねぇねぇ、先生、オレ達中忍テスト受けたいでーす』
『却下、オマエラには早い。せめてオレの瞬身を目で追えるようになってから言うんだなー』
『えー、先生それ超無茶ぶり』
『横暴だー』
『ええい、ひよっこがピヨるんじゃない! ってもまあ、オマエラも順調に成長していっているからなあ……うん、そうだな。今年は無理だけど』
『……まぁ、来年、な』
……その約束が果たされることはなかったけれど。
「シスイ先生は本当に優しい人でした」
女は懐かしさに目を細めながら其れを言う。
(優しい?)
その言にピクリとサスケは頬を引きつらせる。けれどそれにやはり気付かずナルトはニコニコとした笑顔で少女の言葉に同意する。
「うんうん、それオレもわかるってばよ」
(あいつは、オレの両親と一族を殺した仇だ)
「私たちは私たちのやることがあり、あたしは先生を追える立場にはありません。だけど、やっぱり大好きで、出来ればもう1度会いたいんです。あんなことをした理由も……知りたい。だから……ナルトさん、シスイ先生をどうか宜しくお願いします」
そういって彼女はペコリと頭を下げて話を終わらせた。
(あいつは姉さんを裏切り、一族を裏切り、オレを裏切ったんだ)
「おう、このうずまきナルトにぜーんぶ、まかせるってばよ!」
笑い、前を見つめる彼らは、その漆黒の瞳より尚深く暗いサスケの闇が更に深まっていくことについぞ気付いていなかった。
後編へ続く