えーとまずは予告日時破りと予告話数破りをしてしまったことについてお詫び申し上げます。
いや、活動報告のほうで『シスイ伝人気あるみたいだし、予告より遅れても増量するのと予告日に上げるのどっちが良い?』と聞いたところ、どうやら遅れても続編を増量して欲しい派が多かったようでしたので、つい。
んで調子に乗って増量した結果予定より文字数が倍増してしまい、あまりに長いもんだから、更に予告話数破りを承知で前後編に急遽わけることになった次第です。なんていうか色々グダグダですみません。
追記:調子に乗って更に増量した結果、前後編二部作から前中後編三部作に変更しました。読者の皆様方には色々ご迷惑おかけします。
尚、この続編は本編とは割と毛色の違う作品な気がしますので、注意事項を更に増やさせていただきます。
※ここから先は、本編の続編に当たるおまけ作品「うちはシスイ憑依伝・続」となります。
閲覧に当たって注意事項。
1、本編と違い、こちらの『続』のほうでは、主人公のイタチへの想いが疑似兄妹愛の延長ではなくなっており、TSイタチが本編とは比べものにならないくらいにメインヒロインになっています。
2、ぶっちゃけガッツリ、シスイ憑依オリ主×TSイタチです。
3、サスケがシスコン過ぎて近親相姦企みそうな勢いでヤンデレです。
4、本編のおまけとして制作した作品であるため、書きたいシーンだけを書き並べ、途中経過を除いた作品となっています。
以上、大丈夫どんとこいという方だけ続きをどうぞ
その日、木の葉出身であるS級犯罪者にして伝説の3忍の1人である大蛇丸によって周到に仕組まれ、音と砂の二里が手を組み決行された『木の葉崩し』は1人のくノ一によって早々に終焉を迎えた。
いくら彼女が優秀とは言え、たった1人の存在によって彼の大蛇丸の計画が覆されるなど、一体誰が予想し得ただろうか。
三代目火影が意識不明の昏睡に陥るはめとなったことを除けば、結局の所、『木の葉崩し』は当初の予定ほど木の葉の里に損害を与えることもなく終わりを迎え、大蛇丸もまた命からがら這々の体で逃げ出すハメとなった。果たしてあの大蛇丸がここまで命の危機を覚えたことはかつてあっただろうか。
冷静沈着、優雅にして華麗。大胆不敵にして繊細。
彼女が一度手を翳せばクナイはまるでそれ自体が一個の意志をもっているかのように、見えぬ筈の死角にまで到達し敵を抉り、その瞳が
美しく強く、その寡黙にして鮮やかなる新たな英雄の存在に人々は、彼女が今まで置かれていた立ち位置さえ忘れ、歓喜に沸き上がった。
木の葉の里に置いて、10年来の危機を救ったそのくノ一、名を『うちはイタチ』とそう言った。
『うちはシスイ憑依伝・続』
戦火の痕を残しながら、復興を始める忍びの隠れ里。
この街こそ、大陸でも1,2を争うほどの大国である火の国が有する忍びの隠れ里、木の葉隠れの里だ。
そんな喧噪に満ちた里を見下ろすように、木の葉隠れを囲む堀の上には今2人の男がいた。
彼らは黒地に赤雲模様があしらわれた揃いのコートと揃いの笠を身につけている。1人は大柄な体躯に1人の身長くらいありそうな大刀を背負っている大男なのに対し、もう1人は大柄過ぎず、かといって小柄ともいえない標準的な体躯をしている。
さて、只人とも思えぬ彼らは一体何をしにこの里に来たというのだろうか。
「『万華鏡のイタチ』か……」
やがてぽつりと、標準的な体躯をした男のほうが呟きを漏らした。案外にもその声は若い。
男が口にした名前、それは今木の葉隠れの里に置いて知らぬ者はないというほどに名を上げることとなった、
「ああ、確かアナタの元・婚約者なのでしたっけ?」
もう1人の男の言葉を聞き止め、大柄な男のほうが丁寧な口調を裏切る軽薄な声音で、揶揄するように飄々とそんな言葉を口にした。そんな大刀を背負った男に対し、若い男はただじっと、未だ復興途中の忍び里を見つめるだけだ。やがて嘆息して大男は言った。
「わかりませんねェ。何故アナタは……いえ、止めておきましょう」
そんな大男に向かって、笠で顔を隠したまま、男は笑った。
* * *
久しぶりの木の葉だ。捜し物の前に一服でもしないかという大男の提案に乗り、男達がやってきたのは1つのなんの変哲もない団子屋で、久々の甘味に標準的な体躯をしたほうの男は、正体を隠したまま本人なりには茶屋を満喫していたようであったが、そこで見かけた人々と会話たるにこのままのんべんだらりとしているというわけにも行かず、早々に連れと共にその店を後にしなければならないことになった。
何せこの元木の葉隠れの忍びであった男も、慇懃無礼な大男も、どちらも所謂世間に置いて、お尋ね人として名の通った男達であったからだ。
が、足早に茶屋を後にしたというそれくらいで木の葉の精鋭たる彼らを欺けるはずもなく……店を出た揃いのコートの男達2人を追って、彼ら木の葉の忍び達が後ろをつけてきていたことはわかっていた。
寧ろ彼らのような
そして、黒地に赤雲模様のコートを身に纏った男達のうち、大刀を背負った大男のほうではなく、標準的な体躯をした若い男のほうはスイと、連れより一歩だけ前に出て、存外に柔らかい口調でこんな言葉を言った。
「どうも、お久しぶりっスね、アスマ先輩……と、夕日紅さん?」
「……! お前は」
その声にその男が一体誰なのか気付いたのだろう。猿飛アスマは信じられないようなものを見るような目をして、その男を見た。その久しぶりの再会を前に、彼は顔を隠していた笠を外して、まるで天気の話でもしているかのような気軽な声で次のような言葉を言い放つ。
「5年ぶりでしょうか。お元気そうでなによりですよ」
「うちは……シスイ」
にっこりと笑って、赤雲コートの若き男は言う。
それは確かに5年程前、うちは一族をただ2人を除いて皆殺しにして里を抜け、S級犯罪者となった男、うちはシスイの姿だった。
「シスイさんのお知り合いですか。なら私も一応は自己紹介しておきましょうかね。干柿鬼鮫、以後お見知りおきを」
そういって、連れの男もまた笠を外し、その正体を白日に晒した。
* * *
「シスイ何故だ。なんでお前が、あんなことをした」
まるで信じられないものを見るように、しかしどこかで男を信じたいような葛藤を宿した目をして、猿飛アスマは5年ぶりに顔をつき合わせたかつての同胞に向かってそんな言葉を投げかけた。
そんなアスマの苦悩などわかっているだろうに、その今は犯罪者として指名手配されている男、『瞬身のシスイ』は、困ったような顔をしながら苦笑して、どことなく呑気に聞こえる口調で飄々とこんな言葉を言ってのける。
「わぁ意外。うーん、理由とかどうでもよくないっスか? どっちにしろオレがS級犯罪者という事実は変わらないんだし……」
そういって不思議そうにコテンと首を傾げる様は、とてもじゃないが本人も口にしているとおりの凶悪犯罪者には見えなくて、そんなわけがない筈なのに、まるであの頃のままのようだとアスマは思った。
そんなアスマの気持ちをわかっているのかわかっていないのか、シスイは場にそぐわぬ明るい声でカラカラと笑いながら楽しげにこんなことを言う。
「ていうか、アスマ先輩、オレ先輩のことだからてっきりオレの顔見たら真っ先に抹殺しにくると思ってましたよ? 『あれだけの事件起こしておいて、里に再び足を踏み入れるとは良い度胸だ。成敗してくれるー』って」
その優しげで穏やかな雰囲気も、柔らかでありながらどこかユーモラスな物言いも、あまりにも昔と変わっていなくて、アスマはギリッと痛みに耐えるように唇を噛み締める。誰が見てもわかる葛藤と躊躇い。そんなアスマを気遣ったのだろうか。シスイを相手に情を振り切れていないだろうアスマを押しのけ、前に出てきた夕日紅は言う。
「アスマ、貴方がうちはシスイにどんな思い入れがあるのかは知らない。けれど今はそんなことを問いてる時じゃない筈よ。貴方達、木の葉に来た目的を言いなさい」
「まったく……人を無視して、ウルサイ人たちですねえ。殺していいですか?」
いい加減シスイしか目に入っていない男達の態度に飽きたのだろう。丁寧な口調で物騒なことを言い出す連れに対して、瞬身の異名を持つ男、シスイは困ったように笑いながら言った。
「あははは、鬼鮫先輩お手柔らかにおねがいしまーす。多分無理だと思うけど、あんまり派手にしないでくださいね? 戦争しに来たんじゃないですから、ね?」
そうして始まった鬼鮫とシスイの2人と、紅とアスマという木の葉上忍2人組の戦いは、S級犯罪者である赤雲コートの2人を優位に進んだ。
これは、正体を考えたら当然だろう。今でこそ『木の葉一の幻術使い』と言われている紅ではあるが、瞬身のシスイといえば、『うちは最強の幻術使い』の異名も持つ男なのである。紅のアドバンテージであった筈の幻術は全てシスイによって封殺されていた。まぁ、そのシスイ自身はあまり戦闘に乗り気ではないようではあったのだが。
そうである以上、実質この戦いは鬼鮫とアスマの一騎打ちのようなものだ。しかし、元霧の忍び刀七人衆の一人でもあり、斬るのではなく敵を削る戦い方をする鬼鮫を前にしては、近接戦闘に置いて武勇を持つアスマとて苦戦を強いられぬワケにはいかず……戦況が更に不利に傾いたその時、鬼鮫が放った水遁・水鮫弾の術を相殺するようにして、アスマと紅の元に第三者たる助っ人が現れた。
「紅さんやアスマ先輩に続いて、次は天才コピー忍者のはたけカカシまで出てくるとか、あー、なんていうの今日オレ厄日?」
そんな風に首さえ傾げてぼやくシスイに対して、白銀の髪を逆立てた男……コピー忍者の異名をもつ木の葉の上忍が1人はたけカカシは、左目の写輪眼を平時のように隠すことすらせずに初めから露わにして、鋭く青年を睨み上げながら言った。
「随分と余裕そうじゃない、うちはシスイ」
「いや、まさかまさか。オレ、強くないですし? 貴方と違って……もう内心ガタガタブルブルですよ?」
軽い調子で言っているが、本人の自己申告ほどこの目の前の飄々とした男が弱くはないことくらい、男についてそれほど詳しくはないカカシとて知っている。現に夕日紅を前にのほほんと遊んで傷一つ負っていないのが良い証拠だ。
うちはシスイ。
幻術に長けたうちは一族の中でも幻術最強を謳われ、かつてあの大戦で『瞬身のシスイ』の2つ名を取った手練れだ。確かに必殺の一撃をもっているわけではない男は純粋な戦闘能力という観点から見れば、『強い』というわけではないだろう。しかしその幻術によって破滅に追いやられてきた人間の数は10や20などでは済まない。二点特化のスペシャリスト、それがうちはシスイだ。
その瞬身の術のキレはかつて己が師事した今は亡き先生に勝るとも劣らないし、幻術に至っては文字通り神がかり的な領域だ。つまりは……とてつもなく厄介な『敵』だった。
まだ、これなら只の『強い敵』のほうが対処は容易い。
そうはたけカカシは分析し、油断無く構えながら言う。
「目的を……吐いて貰おう」
「なぁに、久方ぶりに婚約者殿のご尊顔を拝見したくてね」
そんなカカシの態度に苦笑しつつ、男は叩き付けられている殺気をわかっていながら無視しているのか、飄々とした口調でそんな言葉を口にする。
面識があるどころか、過去に何度も
当時シスイによって行われたうちは虐殺事件で、たった2人だけ生き残ったとされるうちは一族の生き残りたる姉弟の姉のほう。それが当時男の『婚約者』であったということは、カカシも聞いた覚えがあった。
男の幻術を喰らい、意識朦朧の状態で男に暴行を加えられていたところを保護されたとされる、当時暗部の分隊長だった少女……そして彼女は現在最も新しき英雄と言われている、その名前は……。
「……イタチ、か」
「後はまあ、捜し物ですよ」
* * *
アスマ、紅、カカシとの戦闘から数日が経過した。
揃いの赤雲模様のコートを身につけた男達2人は今、木の葉隠れの里ではなく、火の国内にある別の町へと来ていた。そう、木の葉を出たとされるその『目的』を追って。
九尾を捕らえること、それが犯罪組織『暁』に身を置く2人、干柿鬼鮫とうちはシスイに与えられた任務だった。そして、歓楽町にて九尾の人柱力であるうずまきナルトと接触することに成功した2人であったのだが、そこで起こった応酬を前にうちはシスイは頭を悩ませていた。
「煩い小僧ですね。手足ぶった切って良いですか?」
……なんでこの相棒はすぐに物騒なことを言い出すのだろう。この男と組み出してから結構長いが、それでもこの男のこういうところについてはきっと一生理解出来ないんだろうなーとシスイは思う。
「いやいや、そうやってすぐにそっち方面にもっていくのはどーなのよと思うわけですよ、オレとしては……」
そして、シスイにはもう1つ頭の痛い問題があった。
「なぁ、シスイのにいちゃん、なんでだよ。にいちゃんがうちは一族を皆殺しにしたとかって嘘だよな。オレ、オレ……」
ナルトだ。どうにも再会するなりこっちの話も聞かずずっとこの調子である。ぶっちゃけ自分たちはナルトを連れ去りに来た大悪人だ。それにシスイがナルトと知り合い、その面倒を見たのはもう何年も前のことだし、それも気まぐれに声をかけた1日限りの縁である。その1日だけの記憶でなんでここまで慕われているのか、シスイにしてみればさっぱり意味がわからない。
思わずため息交じりにこめかみに手を当てながら、シスイは駄々をこねる子供に言い聞かすような口調でこんな言葉を言った。
「あのさぁ、ナルト。前も言ったけど、オレお前が思うような良い奴じゃねえし、お前が何を信じているのかは知らんが、オレがうちは一族を滅ぼしたのは本当のことだ。ついでに言うならオレは敵だし、もうちっとお前は狙われている立場を自覚して、警戒心持つべきだと思うぞ、オレは」
そんなやりとりをしている時だった。
宿の外からも伝わってくるほどの強烈な殺意を振りまいた、1人の少年が彼ら一同の前に現れたのは。
「……うちは、シスイ!」
端正だった顔は般若のように歪み、怒りに燃えたぎる目は写輪眼模様を描いて鋭く煮えたぎっている。
逆立ったようなピンピンと逆立った黒髪、二枚目顔というに相応しい整った顔立ち、少年特有のほっそりとした体つき、黒衣の裏に描かれたうちはの家紋。名を呼ばれた青年は顔を合わせること自体は数年ぶりではああったが、その少年のことをよく知っていたし、少年に恨まれているその理由や、殺意を向けられる由縁すら知っていたが、その上で少年の殺意をまるで柳風かなにかのように流して、まるで何事もなかったかのようにヒラリと手を振って、場にそぐわぬ軽い調子でこんな言葉を彼に投げかけた。
「よぉ、久しぶり、サスケちゃん」
「よぉ……? 久しぶり……だと? ふざけるな!」
ギンと、目に力を込めて現れた少年……うちは虐殺事件での生き残りの片割れであるうちはサスケは、それを決行した男に向かって、怨嗟の声を漏らしながら、鋭く睨み付ける。それは憎しみで人を殺せたとしたら、こういう目になるのだろうと思える、そんな目だった。
「テメエは、テメエはオレが殺す!」
「へぇ……どうやって?」
口元だけで、シスイは嗤った。
勝敗は呆気なく。
雷を纏い、破壊力も抜群に宿の壁を破壊しながら自分の元へと向かうその攻撃……軋んだその音が鳥の鳴き声に似ていることから千鳥と呼ばれているそれが、まさに男を壊そうと唸りを上げて襲いかかった。その破壊痕といい、威力は抜群だ。おそらく喰らえばあの男とて一溜まりもあるまい。
しかしそんな状況の中、千鳥を殺気と共に向けられた男たるうちはシスイは、なんでもないかのように少年の直情な攻撃を避け、そしてその雷を纏った腕をつかみ取り、そのまま流れる動作でそれをへし折った。ゴギリという音を奏でて、呆気なくもサスケの腕はあらぬ方へと曲がる。
「ぐぁああ……ぐ、う」
そんな風に折れた腕の痛みに呻く少年に対して、シスイはといえば、呆れ果てたような声を出しながらその様を見下ろしていた。
「全く、躾がなってないな。忍びたるもの激昂し、冷静な思考を欠いたんじゃヤれるもんもヤれねえぜ」
そしてそのまま、続けて少年の未発達な身体を鋭い勢いで蹴り飛ばし、それに対して受け身すら碌に取れなかったサスケは壁に身体をぶつけて意識を失った。
「サスケェ!」
ナルトが驚愕の声を上げて、慌ててサスケに声をかける。
その応酬を隣でしっかり見ていた干柿鬼鮫といえば、相方たる青年に対し、ぼやくような声で呟きながら、その飄々とした涼しげな貌を視界に映す。
「案外、容赦ないですねェ。全く、やれば出来るのに、どうして普段のアナタはああなのか私は理解に苦しみますよ」
それに対して呑気すぎるにも程があるほどノンビリとした口調でシスイも返した。
「うーん。でもほら、オレってば本来サポート専門ですし? 普段の戦闘は鬼鮫先輩にお任せますよ。っと、先輩!」
ひらりと自分より一回り大柄な鬼鮫を抱えて跳躍し、シスイは突如として我が身を襲った攻撃を避ける。その先に現れたのは現在うずまきナルトの身柄を預かっている三忍が1人、自来也だ。
「あれを避けるとは中々やるのォ。だが、まあお前らはここまでだ」
飄々とした顔に、しかし微塵の油断すら見せずにいってのける、蝦蟇仙人。自分たちは敵なので当たり前と言えば当たり前なのだが、彼はやる気満々であるようだ。
「ねぇ、先輩、あれに勝てる自信あります?」
「……伝説の三忍が1人、自来也ですか。まあ、私でもキツイでしょうねえ」
「ですよねー」
しかし、相手に勝てないと実質宣言していながら、2人とも窮地に立たされた者がもつ緊迫感や焦燥といったものはもち合わせていないようだった。その様を見ながら、自来也は言う。
「覚悟は決まったかのォ? どちらにせよお前らはお尋ね者だ……纏めて、蝦蟇の餌にしてやるでな」
そして展開されようとしている口寄せの術式、それを見て、シスイは目を見開くと、素早い身のこなしで自分より一回り大柄な男をしっかりと抱えた。
「! ……鬼鮫先輩!」
そして、そのまま脇目もふらず、風のようなスピードで逃走する。大男を1人抱えているとは思えないあまりにも鮮やかなまでの引き際の良さと、瞬身術の完成度の高さ故に思わずこれには自来也もポカンと目を見開いて驚いた。蝦蟇の胃袋を召喚した時には既に彼らの姿は跡形も無く見えなくなっていたのだ。
「アイツ、なんちゅう逃げ足しとるんじゃ……」
ひょっとすると、逃げ足の速さだけならば彼の黄色い閃光の異名をとった亡き弟子にも勝るかもしれんと、自来也はその時思ったと言う。
一方、逃走に成功した2人といえば……。
「全く、アナタは相変わらず、逃げ足だけは一級品ですね」
「そー言わないで下さいよー。おかげで助かったんでしょ? ね?」
そんな会話を繰り広げながら往来を歩いていた。その様は先ほどの戦闘や騒ぎなど忘れ去ったかのような緊張感のなさであり、疲労すら全く伺わせない。
しかし、今回はこれ以上の接触は無意味だ。どちらにせよ、命を果たすにしても出直すしかない。
そして一旦は火の国を出る方向で話は片付いた。その時だった。
シスイは5年ぶりに人混みの向こうに彼女を見た。
それは一瞬の邂逅。目線があったのは1秒にだって満たない。
嗚呼、一体何故こんな場所にいるのか。どうしているのか。
わからない、けれど、ドクリと心臓が脈を打つ。わからないはずだ。今自分は笠で顔を隠している。体型だって暁のコートで隠れている、何より5年ぶりなのだ。だけど、彼は彼女が自分を見ているのだと、直感した。
「……シスイ!」
鋭く叫んだ一声は、あの最後の夜に聞いた声とも似ていて。
振り返ることもせず、呼び声に気付かないフリをして、うちはシスイはただひたすらに黙々と歩く。後ろを振り向くのがどうしようもなく怖かった。
「……シスイさん?」
相棒の呼びかけに答える余裕さえなく、男はただ己の胸の内を鎮めることだけで精一杯だ。
ただ、どうしてと、自問だけを胸の内で繰り返す。なんでこんな場所に来ていたのかなんて考える余裕なんてない。
……一瞬でもわからぬものか。
あれは間違いなくイタチだった。5年の歳月を経て、少女は美しい女へと成長していた。
「……綺麗に、なったな」
* * *
自分達の担当上忍がたった2人の人間によって沈められたと聞いて、その見舞いへとやってきた第十班のメンバーは思い思いの場所に腰をかけて、俯いてガラにもなく沈み込んでいる猿飛アスマを見やった。
「紅先生に聞いたぜ。アンタなんでも敵相手に躊躇したんだそうだな。それで、うちはシスイってのは何者なんだ?」
このままでは埒が空かないとでも思ったのか、自他共に認める面倒くさがりのはずのシカマルがまずそう切り開く。それに対して、猿飛アスマは、苦しげな口調で、なんとか吐き出すように次のような言葉を口にした。
「アイツは……元木の葉の忍だ」
「それは知っている。瞬身のシスイといやぁ、アカデミーでも有名人だったからな」
当時のことはシカマルとてよく覚えている。
うちはシスイといえば、うちは一族というエリート名家出身ながらそれを鼻にかけない気さくな人物で、たまにしかアカデミーには顔を出さないというのに、上級生の間では既存の先生を押しのけて人気があり、キャアキャアといつでも生徒達に囲まれていた、遠目から見ても絶えない笑顔と飾らない態度が印象的な男だった。
優しく暖かくしかしぶっきらぼうでありながら、1人1人の生徒を真っ直ぐに見ていた、そんな誠実さが慕われた原因だったのだろう。子供を子供扱いはしても、だからといって子供を子供と見下してくるような男ではなかった。男女の別すらなく、あれほどまでに慕われてた男はそうはいない。おそらく当時アカデミーに通っていた生徒で、あの男の名を聞いたことのないものはいないのではなかろうか。
当然あの頃のことを覚えているのだろう、いのもまた戸惑いがちにアスマに尋ねる。
「ねぇ、先生。本当にシスイ先生がうちは一族を滅ぼしたの?」
その声には信じたくないという色があった。それは先生と尊称をつけて呼んでいるあたりからも明白だ。
うちはシスイによるうちは一族抹殺事件。当時、あれほどインパクトのあるスキャンダルは他になかったといえる。
まさかよりにもよってあのうちはシスイが、うちは一族を滅ぼして里抜けするなど青天の霹靂としか言えなかった。殆ど接したことのないシカマルでさえ、そんなことをする人物には見えなかったのだ。もしかして気持ちは同じなのか、アスマもまたどこか落ち込んだような顔をして「そうだと言われているな」と答えた。その声には何かの間違いであってほしいという響きがあった。
「『無償の子供好き』それが奴と接したことのある人間が抱く、奴の印象だ」
アスマは語る。
いつもは菓子を食う手を止めないチョウジすら、真剣な顔を向けて、アスマの話を聞いていた。
「あいつはおかしな奴でな。いつもヘラヘラとした笑顔と調子の良い言葉を絶やさない奴だったんだが、それ以上に、子供の前だと本当に心底嬉しそうに笑って、本当に楽しそうな顔をする奴だった。口では「そりゃガキは別に嫌いじゃないけど、別に好きっていうほどじゃない」とか言ってな。その顔が本当にガキの世話が心底好きで、楽しくて仕方ないって言わんばかりの蕩けるようなイイ顔で……あんなに幸せそうな顔で笑える奴にあったのは初めてだったよ」
それはよくわかる。シカマルとて、あんなに優しげに幸せそうに笑える男は他に見たことがなかったからだ。神妙な顔を浮かべながらいのは問う。
「シスイ先生とはどういう関係だったの?」
「ま、何度か一緒に組んで任務を共にしたことがある。いっちゃなんだがそれだけの関係だった。でもそれだけで、こいつは信用出来る奴だと思わせられる、そういう不思議な魅力があるやつだったよ」
そういってアスマは遠くを見て、思い出を辿る。
「やっぱりシスイ先生って強かったの?」
何度か任務を共にしたというところから気になったのか、チョウジが男の強さについて尋ねる。それに対しアスマは「どうだろうな。単純な力量比べという意味でなら強くはなかったんだろうが……」そういって、苦笑した。
「奴の強みはな、誰よりもアイツは自分の欠点をよくわかっているって事なんだよ。自分に何が出来て何が出来ないのかを知っているというかな。だから、敵わないと知ったときは逃げる。誰よりも早く、いっそ見ている方が惚れ惚れするほどの逃げっぷりで……しかし、そのくせアイツが仲間を見捨てたことは1度もなかった」
そして思い出す、あの頃の日々を。
「奴は自分が強いなんて思っちゃ居ない。だから驕りもしない。今勝てないなら勝てるときに勝てばいい。そうやって行動し、成果を上げてきたそういう奴だ。実際に奴の任務達成率はかなり高かった。だからってオレ達はそんな理由でアイツを信頼してたんじゃない」
『アスマ先輩、またタバコ吸ってるんですか? あんまり吸いすぎるとお体壊しますよ』
そういって慈しむように微笑む姿をよく覚えている。別に自分だけじゃない。誰に対しても、アイツは、うちはシスイはそういった態度を取る男だった、とそうアスマは回想する。
いつも笑顔を絶やさない男だった。人懐っこくて、お人好しで情が深くて、些細なことでよく笑った。そんな明るいけれど穏やかな態度に救われていたのだと思う。
「……詳細は話せないが、ある日共に受けた潜入任務があった。その任務っていうのがまあ犯罪組織への潜り込みってやつでな。その組織がやっていたのが、所謂人身売買と小児虐待ってやつだった」
ポツリポツリと、まるで独り言のような呟き声でアスマはそんなことを口にした。
「そして、其れを見た奴は暴走した。止める間もなく組織の構成員全員に幻術に掛け、あっという間にみんな廃人行きだ。けれど奴はそんなもの見えて無くて、救うことすら出来ず目の前で死んだ女の子を抱きしめて、無表情で泣いていた。「ごめんな」と謝罪の言葉を繰り返しながら、自分の無力さを責めるように、ただ奴は泣いていたんだ」
今でもよく覚えている。人は悲しすぎるとあれほどに表情を無くすのかと、あれを見てアスマは思い知らされてたものだ。死んだ少女とうちはシスイにはなんの関係もない。ただ任務先で救えず目の前で死なせてしまったというそれだけの関係だった。だというのに、見ず知らずの人間のためにあそこまで悲しめる男がいるなんて、アスマは思っても見なかった。
「…………」
その言葉に、10班のメンバーは掛ける言葉を無くして沈黙した。
「幸いと言うべきか、相手の生死は問わない任務だったためお咎めなしになったわけだが……オレは今でもアイツの、あの時の顔が忘れられないんだ」
そうアスマはその話をそう締めくくった。
「大嘘つきの正直者。矛盾しているようだが、それが奴だ。あいつはよく嘘をついたが、人を傷つける嘘はつかなかった。だから思っちまうんだよ、本当はアイツはオレ達を裏切ってなんかいないんじゃないか、ってな。オレには、あいつが木の葉を裏切り、無意味な殺戮に耽ることだけは、どうしてかな、今でも想像すら出来ねぇんだ」
自嘲するように口にしているが、その目は今でもシスイを信じているように見えた。
「確かに奴はうちは一族を皆殺しにし、木の葉を抜けた犯罪者だ。しかしな、アイツのことをよく知っている奴は皆、多かれ少なかれ、その話自体なにか裏があったんじゃないかって思っちまうんだよ」
そんな哀愁すら漂わせて呟く担当上忍たる男に対して、いのは男の心のうちを、核心に迫るような言葉で問うた。
「だから、連れ戻したいの?」
その台詞に一瞬アスマは虚を突かれたような顔をするが、やがてゆるりと笑みに変えて、そうしてさっぱりとした笑みを浮かべながら言った。
「ああ、そうだな。うん、きっとそうだ」
「オレは、オレ達は結局の所、アイツのことが好きだったんだよ」
* * *
うちはサスケがあの『瞬身のシスイ』と交戦したという情報を入手したのはそれほど前ではなかった。その報告を受けるより前に、シスイが現れたという情報を聞いて我先にと飛び出したという弟の話を既に彼女は聞いていたからだ。
サスケがシスイの元に向かったというのなら、この結果になることは当然予測出来ていた。
そのことに何も感じないといったら嘘になる。正直言うなら彼女にとって弟とは可愛いものだったし、何かがあれば守ってやりたい対象ではあるが、それでも自分の弟であると同時に男であり忍びでもあるのだから、あまり無様を晒すようなら愚弟と口にしたくもなるし、アカデミーを卒業してからはたまの手合わせで容赦したこともなかった。つまり弟への指導という面ではイタチはスパルタだったし、愛する弟には誰よりも強くなって欲しいという思いもあった。
しかし、今日に限って言うのなら、敵に負けたという弟に対し、その顔に浮かべている表情はいつもとは毛色が違っている。
うちはイタチは弟が検診入院をしている病室にやってくると、右腕を骨折し、全身打撲状態の弟を前に、いつものようなキツイ一言ではなく、諭すような声で「サスケ、あの人の命を狙うのは、やめておけ」と開口一番にそう告げたのだ。
その姉の言葉に信じられないように目を見開いて弟は叫ぶ。
「なんでだ、姉さん!? アイツはみんなの、父さんや母さんの仇だぞ!!」
イタチはその作り物めいた美貌を、やや辛そうに瞳を伏せて見せると、ただ静かに首を横に2度、3度振り、黙した。
そんないつもの姉とは思えぬイタチの態度に、カッとサスケは頭に血を昇らせる。
「姉さんは悔しくないのか! あいつが、あんなやつが、堂々とのさぼって生きているんだぞ! アイツは、アイツが……! 姉さん、アンタは、かつてあいつに姉さんがされたことを忘れたってのか!?」
サスケは今でも鮮明に覚えている。今でもあの5年前の夜のことは忘れない。
一族郎党、あの男の手によって自分たち姉弟の両親も合わせて皆殺しにされた。いや、あの男はそればかりではない。それだけでも殺したいほどに憎くてたまらないというのに、あの男はよりにもよって、自分の姉を、大好きな愛する姉のイタチを自分の目の前で犯そうとしたのだ。
あの光景は、思い出す度にゾッとする。
あの夜、いつもはしっかりと着込まれていた姉の服は無残にも切り裂かれ、乙女の柔肌が月明かりに照らされ男に晒されていた。そして、あの姉の白い太ももの間には男の足が割り込まされ、幻術で精神攻撃を受けた姉の眼は虚ろを描き、その意志の光を失い長い睫の影を作ったその顔は儚げで得も知れぬ程に美しかった。
自慢だった綺麗で形の良い姉の両手は、頭上で刀によって1つに固定され、動けぬよう塀に縫い止められていた。しかしそれらは姉の美しさを損ねることはなく、その貫かれた両掌から伝う鮮血が、まるで破瓜のように象牙のような肌を伝い落ち彼女を彩っていた。その光景、その年端のいかぬ少女が放つ痛ましさと毒々しいまでの背徳的な色香。それはまるでピンセットで縫い止められ、ガラスケースに収められた蝶のような……あんな姉の姿は後にも先にもサスケは見たことがない。
母に似ていつも綺麗だった真っ直ぐな姉の黒髪は、結い紐を失って、フワリとその目に痛い程に色白いうなじを前に艶めかしく咲き乱れさせていた。そしてあの男はその姉の髪に口づけながら言ったのだ。……姉を犯すのだと。今までのことは演技だったのだと。
そうだ、あの完璧なまでに美しい姉が、あんな男などを信用した末に、花を散らさせられそうになったのだ。許せるものか。
思えばあの男は昔からそうだった。
誰よりも強く美しく、優雅で気品があって、誰よりも凄い才能を持ち、多少厳しいところはあっても誰にも驕らず優しいそんな少女。サスケの姉は完璧だった。なのに、そんな姉があの男の前でだけは、時々とはいえまるで普通の子供のような顔を見せて、そしてまるで普通の少女のような顔も見せた。『特別』でも『神童』でもなく、普通のどこにでもいるような娘の貌を。
そして、あの夜……姉は泣いていた。
声を堪えて、自分の体を両手でそっと抱きしめながら、耐えるように泣いていたのだ。
いつも弱みなんて見せない人だったのに。凛とした背中でいつだってあんなに美しく力強い姿を見せ続けてきた姉が、なのにあの男のためだけに儚く脆い普通の少女のような顔を見せるなんて許せるわけがない。
姉は、イタチは完璧だったのに。
許せない。許せない。許せるものか。
ドロドロと思い出すだにおぞましく、思えば思うほど憎悪が湧く。それがうちはサスケにとってのうちはシスイという男だった。
だというのに姉は……。
「……お前はあの人には勝てない」
ぽつりと、顔を背けるようにしてイタチはサスケにそんなことを言う。
そんな言葉聞きたくないのに、なんでそんな言葉をいうのか、悔しさに唇を噛み締めながらサスケは自問する。
(なぁ、姉さん。アンタは何を今見ているんだ。アンタは、あんな目にあっても尚あんな男を信じているというのか)
悲しげに瞳を伏せ儚く口元だけで笑うその姿は、蓮の花を思わせる美しさであるけれど、貴女はそんな風に笑うような人じゃないだろうと、少年はそんな自身の姉の姿を見るだけで苦しくなる。
「許せ、サスケ」
それは一体何に対する謝罪なのか。
(姉さん、オレはアンタには応えたい。けれど、その言葉に是と返すことだけは出来ないんだよ)
* * *
「それでも、オレはシスイのにいちゃんを信じたいんだってばよ」
カカシの話を聞いて、それでも尚ナルトはそう力強く宣言した。
シスイと実際に交戦したというカカシから、うちはシスイに関する様々な話を聞いても、シスイを慕っているナルトは臆することもなく、全ての話を聞き終わった後ぐっとコブシを握りしめ、彼は曇り無き目でそう答えた。
うちは一族を抹殺したのは間違いなくうちはシスイであり、本人も認めたということだった。しかし、彼が一族を抹殺して木の葉を抜けたこと自体ならナルトだって5年前にその話を聞いてはいたのだ。だけど、本当にシスイがやったとは信じてはいなかった。
けれど、やっぱりうちは一族を滅ぼしたことに関しては本当なのだという。
だけど、思うのだ。たとえ一族殺しという罪を犯し、犯罪者として追われている人間なのだとしても、やっぱりシスイが悪人だなんてどうしても思えない。
だって、ナルトはシスイとのあの一晩限りの出会いのことをよく覚えている。
今でこそ自分を認めてくれている人は増えてきたけど、あの時代、あの頃に自分に当たり前のように優しくしてくれたのは、たとえ気まぐれだとしてもシスイだけだった。
勿論、三代目のように他に自分を気に掛けてくれる人が皆無だったわけではない。ただ、彼らのそれと、シスイが自分に見せてくれたそれは似ているようで全然違うものだった。
シスイは辛気くさい顔をしたガキがいたからなんて普通なら取るも取らないような理由で自分に声をかけて、当たり前のように頭を撫でて、カレーラーメンを作ってくれて、悪いことをしたら悪いとちゃんと叱って、等身大の自分自身を見てくれた。別にナルトだから助けたわけじゃないんだから勘違いするなと言っていたけれど、そんなところが逆に少年にとってはたまらなく嬉しかったのだ。
だって、それはつまり、自分を特別でもなんでもない、ただの1人の普通の子供として見てくれたということなのだから。
嫌悪も好奇心すらない、同情や憐憫すらない。自然体で飾らない男の態度にどれだけ救われたかなんて、きっとあの男は知らないのだろう。
少なくとも、あれほどのお人好しをナルトは見たことがなかった。
たとえ本当にシスイが世にいわれているような大犯罪を犯したのだとしても、きっとそこには何か自分では考えつかないような深い理由があったに違いないと、ナルトはそう信じている。
だからもう1度、今度こそきちんと会って話したいと、そう思った。
* * *
「良いか、イタチ。軽々しい行動はするでないぞ」
容態は安定したとはいえ、未だ昏睡状態に陥っている三代目火影、猿飛ヒルゼンを前にして、忌々しげにイタチを見ながら、ご意見番の1人であるうたたねコハルは言う。
「今やおぬしは、次代の筆頭火影候補なのじゃからのう」
全く、うちはの人間が火影候補に名を連ねるなど世も末じゃ、そう言わんばかりの口調で老ご意見番は木の葉の総意見を吐き捨てた。
「……私は」
* * *
こうして顔を合わせるのは一体いつぶりだろう。4ヶ月ぶりといって良いのだろうか。
「……見つけた」
木の葉崩し直後にも顔を見たことはあるけれど、それでもあれは一瞬だった。ならばやっぱりこれは5年……いや6年ぶりの再会となるのだろうかと男は思考する。
幻術と影分身を駆使して『オレ』は干柿鬼鮫と共にいるということに今はなっていたというのに、こうして気配を消して1人行動するオレの本体を見つけ出すとは、ひょっとしたらこの6年で感知能力と気配察知能力もまたイタチに追い抜かれたということだろか。全く出来た妹分を持つと兄貴分としての面目が立たないな、なんて苦笑しながら思いつつ、シスイは言う。
「久しぶり……イタチ」
懐かしさを前に思わず笑みを溢しながらシスイは言う。そんな男を前にして、イタチはといえば、「……ふざけるな」と色んな感情をない交ぜにしたような目で彼を見ながらそんな言葉を言った。
見ればイタチもシスイ同様1人でこの場にいる。今では、あの木の葉崩しから里を救った英雄として色んな現場にかり出され、一時的な帰郷を条件で木の葉に戻った、綱手姫によって三代目が目覚めるまでの昏睡期は筆頭火影候補とまで呼ばれていたと聞いたが……一体どうして此処にいるのだろうか。
そもそもイタチは何故こんな苦しそうな顔をしているのだろう。確かにああいう別れ方は自分で言うのもなんだがもの凄い酷かったとは思うが、こういう風にわかりやすく感情を取り乱させるというのは、いつも冷静沈着なイタチらしくない。そう思ってシスイは首を傾げるが、なにぶんあまり時間がない。あまり一カ所にいれば、いつまたゼツ達うちはオビトの手下に見つかるかわかりやしないのだ。
「ごめんな、イタチ。悪ぃがオレはもう行かないと」
その言葉を合図にして、イタチの写輪眼が万華鏡の文様を描いた。
次の瞬間、シスイはイタチと共に、幼い頃暇があれば遊びに行った南賀ノ神社を模した幻術空間へと飛んでいた。幻術とはいうが、かなり精巧でリアリティに富んだ出来映えだ。それを前にすぐ、シスイはこれが何であるか正体を看破した。
「ああ、これが例の月読の中って奴か」
あまりにも幻術特化しているせいなのか、大概の幻術は掛かりもせずにはね除ける体質を持つシスイとしては、そんな自分をこんな容易に引きずり込まれる幻術などこれ以外に心当たりはない。
まあ、最もシスイ自身は通常の写輪眼だけでも月読と似たような真似をすることは出来ないわけではないのだが。それでもイタチの月読による幻術の出来映えは並大抵のものではない。他者の幻術でここまで精巧なものに出会えるなんて、と思わずシスイは感嘆のため息をついた。
そんなシスイに向かって、感情を排した声でイタチは言う。
「この世界で何時間過ごそうと、外では一瞬に過ぎない……こうでもしないと、お前は逃げるだろうからな」
「口悪くなったなあ、お前」
昔は「お前」じゃなくて「あなた」だったのに、と思わず苦笑する。まあ、そう言われるだけのことをしてきた自覚はあったのだけど。
「6年前のことならオレは謝らないぜ」
ふいに、真面目な表情に戻してシスイは言う。
「あれはオレが果たすべき役割だった。お前に譲る気なんて欠片もなかった。オレはオレのために一族も、お前の両親も殺したんだ」
「……そして、犯罪者の汚名を被ったお前を私が殺すことで、私を火影にするつもりだったと、そう言うつもりか」
押し殺したような怒りを冷静な仮面の下に絡めながら、イタチはシスイを睨み据えるように見上げつつ言う。その瞳は見透かすように鋭く、嗚呼やはりイタチの前では隠し事など出来やしないのだと男は思う。
そして、ふっと慈愛じみた笑みを口元に偲ばせながら男は言った。
「お前に殺されるんなら本望……って言いたいところなんだけどな、悪ぃな、まだオレはやることがあるんだ」
「逃げるのか」
月読を強制的に破って逃げ去ろうとしたのを察知したのだろう。先手を打つようにイタチは言う。
「お前は昔からそうだ。与えるだけ与えてこちらの気持ちを知ろうともしない。どこまで自分勝手であり続けるつもりだ。……それほどに怖いのか」
(怖い……か)
嗚呼、……怖いね。お前の前ではオレは丸裸も同然だ。口に出さずにシスイは思う。
そんな男を見て、イタチはふと言葉に僅かな憐憫を宿しながら噛み下すような声音で言う。
「そんなに、自分が壊れていることを認めたくなかったのか……」
「……? なんの話だ」
イタチが何を言わんとしているのかわからず思わずシスイは首を傾げる。そんな男の態度を前に、イタチは数秒前まで抱えていた葛藤を淡々とした口調で隠して、しかしどこか言い聞かせるようにこんな言葉を告げた。
「そっちの自覚は無いのか。……人は皆、思い込みの中で生きている。人は自分の信じたいものだけを信じていると言える。お前を知る殆どの人間がお前の抱える歪に気付かずそれを善と呼んだようにな……。私に言わせて貰うならば、お前は世に言われているお人好しなどではない。……自覚無き破綻者だ」
己が善人ではない自覚はあった。しかし、イタチは一体何を言っているのだろうか。何故そんなに苦しそうな顔をしてそんな言葉をいうのか、わからずシスイは困惑に眉を顰める。そんな男に対して彼女は言う。
まるで縋るかのように、その白い手を男の背に回しながら。
「……お前が人でなしであることは知っていた。しかし、私はそれでも構わなかったんだ」
「イタチ?」
そしてそのままイタチはその身を擦り寄せるようにして男に預けた。
密着した女の芳香がこれが幻術だと言うことさえ忘れそうなほどのリアリティをもっとシスイの鼻へと届く。一流の忍びとして研鑽を積んできた身体はしなやかな筋肉に覆われて、けれど男とは明らかに違う女の弾力をもって、引き締まりつつも柔らかく男の体を包んだ。
一体いつの間に、こんなに『女』になったというのだろうか。予想外の出来事を前に、シスイは大きく目を見開いて、動揺を宿した眼でかつての妹分に視線を向ける。
その華奢な印象の撫で肩も、大きすぎず小さすぎない張りのある形の良い胸も、細く引き締まったウエストも、キュッとしたヒップラインも、スラリと伸びた手足も、長い睫に覆われた切れ長の目も、白い首筋も、サラリと流れる絹のような黒髪も、修練を積んできたことを伺わせる柔らかすぎないけれど細く綺麗な指先も、上品に整った美貌も、間違いなく女のものだ。
それは涼やかで、小川の清らかささえ感じさせる玲瓏たる美貌だというのに、しかしその印象と相反するだろうはずの匂うような色香と憂いを纏って、イタチは今シスイの胸板に顔を埋め、無防備にも身体を預けている。
その肌の白さに、しなやかな柔らかさに、芳しいまでの若き女の匂いに、艶めかしい黒髪に、いっそ目眩がしそうなほどの胸の昂ぶりを覚えて、知らず男はこれが幻術世界であることさえ忘れて、ゴクリとつばを飲み込んでいた。
(これは、一体誰だ)
そして刹那己が目の前の女を相手に一体何を思ったのか、気付いた男は言葉を無くして立ち尽くした。イタチは、かつての妹分は果たしてこのような奴であっただろうか。本当にこれは、自分が知っているうちはイタチなのだろうか。
男の混乱を置き去りにして、いつの間にかあどけない少女から成熟した女性へと、花開くように変わっていた彼女は、どこか懇願じみた低く擦れるような声音で囁くように男に言う。
「お前が、私の気持ちを決めるな。眼を反らすな。お前は……あなたは見えながらにして盲目だ。誰を私に重ねてあなたは私を守ると言った。それを聞いた私がどう思うのかを考えたことは1度でもあるのか。そればかりか、私がどうしてお前を想っていると、その可能性から眼を反らす……!」
そこまで言われてわからぬほど、シスイとて鈍くはない。
しかしそれは……その言葉の意味は。
そっと女から視線を逸らして、感情を抑えた声で男は言う。
「イタチ……オレは、お前を汚すような真似はしたくないよ」
「……ふざけるのも大概にしろ。私が本気でそんなもので汚されると思っているのか」
ギリッと歯を噛み締めるようにして、耐えるような表情で静かにイタチは男へと感情をぶつけた。
「ごめんな、イタチ……またな」
そんな痛々しげなイタチに対して、男は昔よくやったようにイタチの豊かな黒髪を優しい仕草で一梳きし、そして一瞬だけ抱きしめ返すと、それからこの幻術世界を強制解除して現実へと帰って行った。
「…………卑怯だ」
呟く言葉に応えるものはもう居ない。肩を震わせ顔を手で覆って俯くその様は、木の葉の英雄『万華鏡のイタチ』などではなく、1人の女の姿でしかなかった。
そして随分と元の場所から離れ、誰の気配も感じ取れなくなった時点で、シスイはずるりと大木に体を預けけながら腰を降ろし、先ほどのことを回想する。
……甘い香りがした。
綺麗になったことは知っていた。男はこの世界のイタチが女の子であることは理解してきたつもりであった。
けれど……。
本当の意味ではそのことを理解などしていなかったのだと、そう思い知らされた。けぶるような白いうなじに、形の良いあの肉厚な紅い唇に、長い睫に彩られた俯き加減の切れ長の眼に、一瞬彼は一体何を夢想したというのか。何を、望みそうになったのか。
「お前が女だなんて、知りたくなかったよ……」
膝を抱き込んだ男の姿はまるで小さな子供かなにかのようだった。
* * *
―――――あれから3年の月日が流れた。
NARUTO正史と違って、この世界でうちはサスケが復讐のために里抜けするという事件はなく、けれど来るべき日のために各自はそれぞれ力と経験、情報などを蓄えていた。
誰が言わずとも、これが仮初めの平和でしかないということは、少しでも暁やその他の実態の一端を掴んでいる者達に取ってみれば暗黙の了解だったからだ。それに、逃げ出した大蛇丸もあの時は深手を負っていたとはいえ、死んだという訃報は入ってこない。生きていると見てまず間違いないだろう。
別にサスケの件がなくても山積みだ。
ナルトはうちはシスイを連れ戻し話す力が欲しいという思いと、暁に狙われている1人であることから蝦蟇仙人、自来也の正式な弟子として彼について廻っていたらしい。サスケは常時忙しく立ち回っているイタチではなく、同じ写輪眼使いのはたけカカシに正式に弟子入りしている状態だ。サクラは、なんでも時折三代目への定期検診に訪れる綱手姫に弟子入りし、医療忍術を学び始めたとかいう話である。
そして猿飛アスマは、夕日紅とこの度正式に結婚をしたそうだ。披露宴では紅の部隊であった8班所属の3人と、アスマの担当だった10班の3人に加え、カカシ率いるナルトを除いた7班のメンバーやガイが率いる日向ネジやロック・リー、テンテンなども集まり、賑やかな席であったという。
火影の座については、一時は『万華鏡のイタチ』が継ぐかという話も出ていたが、三代目の復帰と共にその話はどこかへと流れていった。三代目が大層な高齢であるにも関わらず、だ。
どうやら上層部には未だに英雄だろうと『うちは』が火影を継ぐということには消極的であるらしい。三代目を除く上層部が望む次代の火影は、初代の孫娘である綱手か、蝦蟇仙人の異名を取る自来也のどちらかであるらしい。しかしその2人が火影の座を受け入れることはなかった。里を離れていた自分たちではなく、里の危機を救ったうちはイタチのほうが相応しいだろうとそう口にして。
そして再び時は動こうとしていた。
中編へ続く。