「あの~…、食欲はまだ出ませんか? あれからずっと寝込んでいらっしゃったので、何か食べる物を…」
「あ、え、い、良いんですか!?」
「はいっ! も、もちろんです。 すぐに持ってきますね。」
いきなり幹比古がテンションを上げたため、驚いた美月(仮)は、そのままそそくさと部屋を後にする。その後ろ姿に幹比古が手を伸ばし、何かを言おうとするが、良い言葉が浮かばずに、見えなくなってしまった。
せっかくいい雰囲気になるかもと思った矢先に怯えさせてしまった幹比古は、自分の頭を思い切り殴る。ただし、熱と気怠さで思うように力は入らず、瘤にもならなかったが、それでも頭を揺らす効果はあり、熱で火照った脳にダメージを与えるには十分だった。
「どうして僕はいつも……!」
激しい後悔が自分の中で湧き上がってくるが、それよりも美月(仮)の前で醜態を曝し続ける自分に対しての羞恥心の方が勝って、自分が情けなく思えて仕方がない。
もしかしたら美月(仮)の手料理が食べれるかもしれないという嬉しさが隠しきれなかったために彼女に距離を置かれてしまう結果になろうとは…。
深い溜息を吐き出し、かなり落ち込む幹比古。
相当ショックだったようだ。
それでも今の状況がある程度理解できてきたためか、すぐにポジティブに物事を誇んでいく。…いつもはもっと冷静に物事を捉えて備えを蓄えるように動くが、今は熱と貧血で思考が働かないばかりか、目の前の幸運と夢にまで見た美月(仮)とのシチュエーションで、いつもの幹比古とは違って、美月(仮)と今まで以上の関係を築こうと考えているのであった。
「これはあくまでも親睦……! 親交だ!! な、何も美月さんといい雰囲気になってむ、結ばれ……、とか、そんな大したことは考えていないから…!
ただ、さっきの挽回はして、良い所を見てもらいたいっていうだけだから…!」
幹比古以外誰もいない部屋で弁解する幹比古。もしここにエリカがいたら、「やっと美月に告白する気になったんだ~~? ふ~~~ん? ミキの事だからずっとウジウジするだけで終わっちゃうって思ってたんだよね~~!」と人の悪い含み笑いを見せながら、いつものようにからかっていただろう。
「エリカには関係ないだろ!? それに僕の名前は幹比古だっ!」
そしてそれは幹比古にも感じ取ったのか、脳裏にエリカの「からかっています」という笑みを隠そうともしない姿が過った幹比古がいつものように妄想のエリカに言い返す。
「え? 誰か来てました?」
そこへタイミングがいいのか、悪いのか、美月(仮)が入ってくる。
幹比古の独り言が廊下まで響いていたらしく、襖を開けた美月が部屋に入るときょろきょろと人の姿を探す。幹比古は慌てて話を逸らしにかかる。
「い、いえ! ちょっと……、は、発声練習していただけですので! ずっと寝込んでいたせいで、なんだか喉が詰まった感じがしていたので。」
「そうだったんですね。 それなら食事の前にお水でもお飲みください。」
内容まではしっかり聞こえていなかったようで、すぐに幹比古の苦しい言い訳を信じる美月(仮)。微笑みながら水をくれるその姿に一度気合を入れるために咳払いするほどときめいた幹比古は、水を飲む事で理性をコントロールする。
そこで、そう言えば美月(仮)が自分の事を”吉田君”とは言わないと気づき、もしかして自分だと気づいていないのかという疑問から、お礼すると同時に名を言っておこうと口を開いた。
「そう言えばまだお礼を言えてなかったよね?
助けてくれてありがとう。僕の名は……」
「あ、”幹比古”さん………ですよね? さっき廊下で『僕の名前は幹比古だっ!』って言っていらっしゃいましたものね~。 すごく貫禄があって、良かったです! 日頃から言い慣れているみたいな……。」
「あ……、はい……、僕……、吉田幹比古……と言います。」
にこにこと笑顔を浮かべて幹比古を見ている美月(仮)の空気を呼んでいない天然発言に幹比古は、告白する勢いで名を語るつもりがまたしても羞恥心を感じる事になり、激しく落胆する。
一回り程年を取ったのではないかという落ちこみ様に、美月(仮)がおろおろとしながら「どうしました?幹比古さん? もしかして体調が悪化して…」と話しかけるのであった。
うんうん、美月はこういうキャラだよね~。