今更ですが、今月中にオリジナル登場人物のプロフィールを投稿するつもりです。
次回は10日頃に投稿します。
「みなさん、明日は各自お弁当を用意して下さいね」
ある日、授業が終わった後のHRが始まり、小平先生が唐突に切り出した。
「お弁当?」
先生の言葉に牡丹さんが首を傾げる。
自分の記憶が正しければ明日に何か課外授業があるなど聞いてない。
「明日は1日幸福実技の学園外授業として近くの小山に開運オリエンテーリングに行きます」
「開運?」
「オリエンテーリング!」
「要するに山登り?」
その後、小平先生から説明の続きがあり、それは集合時間と登る山のこと、前回の幸福実技と同じように2人か3人で人組のチームとなって登ること。
また、先生が言うには特に大変な山ではなく、ただスポットを巡ることのみが目的なので変なことは『まだ』しないとのことだ。
その日の夜、他の7組の生徒達と同じように明日の開運オリエンテーリングの準備を終えていつもより少しだけ早めに寝ることにした。
翌日、朝食を食べ終え、あとは母さんから弁当を受け取れば準備は完了だ。
「母さん、弁当できた?」
「あ、幸太、ちょっと待ってね・・今用意してるから・・」
台所を覗くとちょうど今母さんが電子レンジから温めたものをゆっくり慎重に取り出そうとしている所だった。
何も知らない人がこれを見れば多分驚くんだろう。
両手にゴム手袋をはめ、緊張しながらいざという時の為に素早く腕を引っ込められるように細心の注意を払いながら中から取り出し、つい俺もほっと大きく息を吐いた。
小さい頃はこれが当たり前の光景だと思ったが他の家では電子レンジから温めたものを取り出す時にこんなに怖くないと知った時は結構驚かされたもんだ。
まあ、母さんの場合は電子レンジ以外にも気をつけなければならないものは沢山あるのだが。
逆に今日俺が行くような自然溢れる山の中だとかなり安全でもあった。
「はい、お弁当、零さないようにね」
「分かってるよ」
受け取ったお弁当をリュックに詰めこれで持っていくものは全て揃った。
「今日行くのってもしかして〇〇山?」
「そうだよ、母さん時も同じ所だったの?」
「そうよ」
「・・そう言えばさ、何で入学前に母さんも幸福クラスの生徒だったってこと教えてくれなかったの? 色々知ってるなら聞いておきたかったのにさ」
いい機会だったので聞きたかったことをここで思い切って聞いてみる。
「・・幸福クラスに入るか分からなかったし、それにどうアドバイスしていいか分からなかったからね」
「まあ・・それは確かに」
俺が幸福クラスに入れられるかどうかは分からなかったし、実際にそうなったとしても色々アドバイスを受けたところで『不幸』の対策なんて立てようがないのだから。
「父さんは、今日は試合ある日だったし?」
「もう起きて球場に向っているわよ、今日は試合開始が早いしね、ところで学校で何かトラブルとか起きてない、友達はできてるの?」
「・・・・うん、大丈夫だよ」
「・・ふうん、ところであんた、時間は大丈夫?」
時計を確認して見るとそろそろ出かけないといけない時間になっていた。
「あ、じゃあ、行ってきます!」
「気をつけて行ってらっしゃい」
集合場所に行くと、もう殆どの生徒が集まっていてそこにははなこさん、ヒバリさん、牡丹さん、そして萩生さんと江古田さんの姿があった。
「おはよう、みんな」
「あ、おはようあおいくん」
「おはよう」
「おはようございます、あおいさん」
はなこさん、ヒバリさん、牡丹さんの3人は集まっている所に声をかけて合流する。
はなこさんはこの前『幸運の花』を探すときと同じうさぎのリュックを、ヒバリさんは小さなバッグを肩に掛け、牡丹さんは俺より大きなリュックを背負っていた。
「ねえ、あおいくんは今日のチーム分けどこに入るか決めた?」
前回の幸福実技の時ははなこさん達と別れて萩生さんと江古田さんのチームに入ったが今回どうするかはまだ未定だ。
「いや、まだ、みんなが良ければだけどさ・・今日は2人2組に分かれて俺を入れてもらえないかな?」
「わたしはいいよ、ヒバリちゃんと牡丹ちゃんは?」
「いいわよ」
「ええ」
「ありがとう、じゃあよろしく」
前回の幸福実技の際、実際にこの目で見ていたわけではないのだが3人とも、かなり苦労していた。
まあ、俺自身も苦労しながら結局最後まで残りワースト2位となってしまったので人のことを言える立場にはないのだが。
今日の山登りでも不幸体質のはなこさん、虚弱体質の牡丹さん、巻き込まれる形となるヒバリさんの3人だと間違いなく大変な目にあってしまうだろうし、いくら簡単な山でも3人で登れば前回の幸福実技以上の危険なことが容易に想像できる。
それなら、俺も入れてもらった方が良いかなと考えた故の判断だった。
そのこととは別に、仲のいい男子が3人のチームを組んでいたので入れそうなところがなかったことも理由ではあるのだけど。
こうして、俺と牡丹さん、はなこさんとヒバリさんの2組に別れることに決まった。
そのあとも色々話をしている内に7組の生徒全員が集まり、集合時間になると同時に先生がやって来て、生徒たちの正面に立つ。
「この小山にはいくつものパワースポットが点在しています」
「「パワースポット?」」
「今日はそのチェックポイントを巡り、運気を貯めてもらいます」
「運気ねえ・・」
ヒバリさんが小さく独り言を呟く。
俺も効果があるのかは分からないが、わざわざ授業の一環として行われているので効果があると信じたい。
「私1人で不幸なみなさんを引率するのは大変なので、今日は助っ人に・・」
「フッフッフッ・・とうっ!」
その時、上から聞き覚えのある声が聞こえてきたのかと思うとチモシーが勢いよく飛び降りてきた。
先生の言う助っ人とはこいつのことなんだろう。
チモシーは今までの姿と違い、全身を金色にコーティングしており目に悪い位で日光を反射していた。
さらには黒いサングラスを掛け、真っ黒なコートを羽織っていて人間なら間違いなく不審者として通報されるような格好だ。
「やあチモシーだよ、今日は金色の開運バージョンで登場なのだよ」
「わあ、ピカピカチモシー!」
「金なのにどうしてこんなに安っぽいのかしら・・?」
「うん、何か・・大金持ちが持て余した金を使って作った変な彫刻見てる気分だ・・」
チモシーはカッコつけてはいるがはなこさんと牡丹さん以外の生徒全員が引いてしまっている。
「3倍早いーつもりだよっ!」
「まあ、ビームを反射しそうではあるな」
「うふふ、チモシーったら無駄に動くと化けの皮が・・じゃなくて金が剥がれますよ」
「えへへーじゃあ早速スタートの順番をくじで決めるよっ!」
チモシーは大げさに体を動かして後ろからくじ引きの箱を取り出した。
「はーい、やるやるー!」
はなこさんが勢いよく手を上げて最初にくじを引き、結果はビリで出発することが決まった。
次々にクラスメートたちがくじを引いていき、俺たちの番なってくじを引くとビリ1つ手前で出発することになった。
全ての組がくじを引いて順番が決まると、1番目のチームからどんどん登り始める。
結果的ではあるが俺たち4人はほぼ同時に出発でき、最後尾なので後続から追い抜かれていくこともないのだから考えようによっては幸運かもしれない。
やがて、俺たち2組以外のビリから数えて3番目の組が残った。
その組は萩生さんと江古田さんでいざ出発しようとするときに突然、俺たちの方を振り向いた。
「お前たちは不幸すぎてもはやカウントしない、我々が1番最後に出発のチームだ! じゃあな」
そう言って萩生さんと江古田さんは進んで行く。
なんとも萩生さんらしい考えだ。
「予想してたとはいえやっぱり最後・・」
「ごめんね・・」
とにかく、次は俺達が出発する番になった。
「さあ、ビリチームとビリから2番目チーム、ボクが後ろからついて行ってみんなのことをあったか〜く見守るからね」
チモシーはもじもじするような動きで俺達を見つめてくる、正直ちょっときもい。
「なんか色々嫌な予感が・・」
「そうだね・・それじゃ俺たちも行こうか」
気にしていても仕方がないのでさっさと登ることにした。
「わぁ〜すっごいポカポカー!」
山を登り始めて数分後、花子さんの言う通り天気も晴天で雲が殆どなく、気温も丁度良いので絶好の登山日和と言っても過言ではない位だ。
「そうね」
「まだ梅雨入り前だしな」
山といってもせいぜい緩い坂道程度の傾斜で俺達はのんびりと無理せず登って行く。
「お、お待ち下さ〜い・・」
いや、1人だけ例外がいた。
後ろ振り返ると真っ青な顔をした牡丹さんが倒れてこっちに手を伸ばしている。
「みなさん、お待ち下さ〜い・・ガクッ」
「大丈夫!?」
「おーい、しっかりしろー!」
俺達3人は慌てて牡丹さんを助けに向かった。
牡丹さんを起こした後、牡丹さんのカバンを俺が持って再び登りだす。
バッグは見た目通り結構重量があっていい重りになりそうで、むしろ、これを背負ってここまで来れたことが彼女の執念の強さが伝わってくる。
牡丹さんはふらつきながらも日傘を杖代わりにしながら何とか付いて来ている。
「坂道は苦手なもので・・申し訳ありません、私のバッグを」
「いや、それはいいんだけどさ、本当に大丈夫なのか?」
「みなさんとの輝かしいイベントの思い出に食い込めない位なら、無理に参加して生き絶えた方がマシです・・!」
「うん、無理はしないでね」
ヒバリさんの言葉に俺も同意見だ。
「うわぁーかわいい!」
先頭を歩いているはなこさんの声が聞こえて目を向けるとそこにはまるでアリの行列のように黒猫が1列に並んで歩いていた。
「こんなとこも猫ちゃんいるんだね!」
「黒猫、しかも団体で・・」
「縁起悪いな・・」
「ああー靴紐が! なぜ急に両足とも!?」
牡丹さんに視線を向けると今の言葉通り屈みこんで切れた靴紐を握っている。
「靴紐が・・」
「両足が同時に・・」
「こんなこともあろうかと、予備の紐を、ああー愛用しているお茶碗が真っ二つに!」
他にも割れているものがあるらしく、「これもこれもこれも」、とバッグの中からものを取り出して、そしていつの間にかはなこさんが黒猫に襲われているが本人は至って嬉しそうに見える。
「不吉すぎる・・」
「そうだね・・」
その後、はなこさんを助けだし、牡丹さんを落ち着かせて再び登り始めた。
「はぁ、本当に開運なんてするのかしら?」
「わざわざこんなことさせてるんだから、きっとあると思うよ」
独り言かもしれないが、自分にも言い聞かせるつもりでヒバリさんに声をかける。
「ヒバリちゃん、ねえ分かる、雲雀の鳴き声だよ」
はなこさんが突然立ち止まって耳に手を当てている。
同じように耳を澄ませると、確かに鳥の鳴き声が聞こえてくた。
「嬉しいなぁ、こんな近くで聴けるなんて」
「へえ、これが雲雀の鳴き声なんだ」
鳥の鳴き声を意識して聴いたことは殆どなかったが、とても心地よい鳴き声だった。
「まあ、開運するかはさておき、せっかくなら気持ちよくいきましょう」
雲雀さんの言う通りで、せっかくこんな天気のいい日に友達と山登りをしているのだから今考えても仕方ないことを考えるよりも今を楽しむべきだろう。
「そうだな」
「そうですね」
「うん、あ、吊り橋だー!」
はなこさんが少し進んだ先に架けられている吊り橋を目指して走りだした。
「え、ちょっと!」
「はなこさん!」
「はなこ!」
【はなこさん×橋】 嫌な予感がして俺たちは追いかける。
俺たちが走り入り口まで辿り着くと、はなこさんは既に橋の真ん中近くまで進んでいる。
突然、というか嫌な予感が的中してはなこさんが乗っていた場所が抜け落ちたが両腕がつっかえ、辛うじて下の川に落ちてない状態だ。
「はなこさん!」
「ボクの出番だよ!」
いつの間にか姿が見えなくなっていたチモシーが茂みから突然現れはなこさんを助けるべく猛ダッシュしていく。
「あっ」
だが、途中で小石でつまづいてしまい、川に落ち、水しぶきを上げて消えた。
「チモシー!」
なんかもう色々大変な状況だったがとにかくはなこさんの救出を最優先し俺とヒバリさんの2人で引き上げた。
川に視線を向けると金色のチモシーが流されていくのが見えたが降りられるような場所もないので助けられそうになかった。
「だ、大脱出・・」
「間一髪でしたね」
「あ、あなたは橋と相性悪いんだから!」
「そうなの!」
「そういえば、初めて会った時も橋に引っかかってたな・・」
「ほら、手を繋いでいたら危なくないでしょ、行くわよ」
ヒバリさんが座り込んでいるはなこさんに手を伸ばす、状況はまるで異なるが確か2人が初めてあった時もこんな感じでだったこともふと思いだした。
「ヒバリちゃん・・うん!」
ヒバリさんの手を取ってはなこさんが立ち上がる。
「微笑ましい光景ですね」
「牡丹ちゃんはこっち!」
はなこさんが空いている方の右手を牡丹さんに伸ばして同じように手を繋ごうとする。
「え・・はい!」
「でしたら・・はあい、あおいさんもどうぞ」
「え、いや、でも・・」
牡丹さんが俺の方に手を伸ばしてくるが俺はその手を握ることができなかった。
「・・? はっ、もっ申し訳ありません、私なんかの手を握るなんてことしたらあおいさんの大事な手によくないことが起きてしまうかもしれないと心配に・・!」
「えっ、いやいや違うって! 俺が握ったら牡丹さんに怪我させてしまうと思ったから握れなかっただけだから!」
はなこさんや江古田さんと握手した時も骨にヒビが入ったのなら加減していても俺が握れば骨折しかねない。
「あはは、ヒバリちゃんもあおいくんも心配性だなあ」
「あなただからよ、でもあおいくんの心配は最もだと思うけど」
「こら! 手を繋いで通せんぼするな」
その時後ろから声をかけられて、振り向くとそこには萩生さんと江古田さんがいた。
「あ、響ちゃんと蓮ちゃん!」
「やあ」
俺たちより少し早く出発したはずだが、萩生さんが迷っていたせいで俺たちより遅れているんだろう。
「なんで私たちの後ろに?」
「うるさい!」
相変わらず方向音痴は頑として認めようとしない。
「ねえねえ、2人とも一緒に」
「断る! うおっ、何だ?」
突然、吊り橋が揺れて萩生さんの言葉が遮られる。
橋の入り口側を見るといつの間にか2匹の猿がいて橋を支える一本の縄をナイフで切ろうとしていた。
「猿!?」
「すごーい、お猿さんがナイフ使ってる!」
「まあ器用な、きっと誰かの落とし物を拾ったんでしょう」
「いやいや、今大事なことはそれじゃない!」
猿たちがチラリと俺たちの方に視線を向けたが、手を止めることなく橋の縄を切り続けている。
「蓮に反応しないということはメスではないようだな」
「ふああ・・眠い・・」
「言ってる場合じゃないでしょう、走るわよ!」
再び橋がぐらりと揺れる、このままだと本当に危ないかもしれない。
俺達は全力で橋の出口を目指して一目散に走り出す。
途中で牡丹さんが転びかけ、それを庇おうとしたが江古田さんが俺より早く受け止めていわゆるお姫様だっこの状態で走り続ける。
その姿は男の俺から見てもイケメンと言っていいほどかっこいい。
「あーずるいぞー!」
萩生さんが抗議の声をあげるが、状況が状況だけに江古田さんも無視して走り続ける。
そのまま全力疾走で橋を駆け抜けた。
「おーい」
橋を渡った後、道は一本道でわざわざ別れる理由もないため6人固まって1つのチームみたいに固まって移動していた。
山を登って行くと小平先生とずぶ濡れで何故かワカメをマフラーのように引っ掛けたチモシーが出迎えてくれた。
どうやら、ここが休憩ポイントでやって来る生徒達を待ってたのだろう。
「あなた達で最後ですね、どこかで不運な目に見舞われていませんでしたか?」
「いいえ、とっても楽しかったです!」
はなこさんがとても楽しそうに答えるが、残りの俺達5人は間違いなくYESと答えたいと考えているだろう。
「響達は巻き込まれただけだ!」
「はぁ・・」
「まあ色々ありましたよ、黒猫とか、猿とか、橋とか・・」
「それは大変でしたね、さあ、この丘の向こうが開運第一チェックポイントですよ」
先生の促されて丘を登ると、一面に咲き誇った花畑が広がっていた。
「うわー綺麗ー!」
口には出さなかったが俺も同じ気持ちで、これなら先生に言われなくても開運できそうな場所に思えてくる。
「ここで運気を頂きつつランチにしましょう」
萩生さん達と別れ俺たち4人2組はレジャーシートを敷いて座り込んだ。
「すごい綺麗だねーこの山一度登りたかったんだ・・あれ?」
「あれ、どうしたのはなこさん?」
「お弁当が・・無い」
横からリュックの中を除いてみたがそこにはお弁当らしきものは影も形もない。
流石にはなこさんもこれにはかなりショックを受けたようで全身から暗いオーラが見える。
いつ落としたのかは分からないが今から戻って探すような時間はないし、見つかる可能性自体が低い。
はなこさんはゆっくりと立ち上がると近くの草むらへ足を進めていく。
「はなこさん、どこ行くの?」
「ちょっと食べられる野草を・・」
「やめなさい!」
「大丈夫、無理すれば食べられるレベルの草まではいけると思う・・」
「いや、止めときなって危ないから!」
「それは毒草! それは毒キノコ!」
はなこさんがいくつか草やキノコを拾ったがヒバリさんに止められて諦めたかようで膝と両手を地面に付いてうなだれる。
「お詳しいですね」
「ヒバリさんって花以外にも植物とか詳しいの?」
幸福の花を探していた時もヒバリさんは花についても詳しかったことがあった。
「両親の仕事がらみで詳しくなっちゃっただけよ、ほら、草なんて食べないで一緒に食べましょう」
「私のお弁当もぜひ」
「俺のお弁当も分けるからさ」
「みんな・・ありがとう」
はなこさんに俺とヒバリさんと牡丹さんの弁当からおかずを分けてはなこさんに渡して食べ始めることにする。
「「「「いっただっきまーす!」」」」
いざ食べ始めようとした時萩生さんと江古田さんが通りがかる。
「響ちゃんと蓮ちゃん!」
「良かったらご一緒しませんか?」
「なんで我々がここで食べないといけな」
「そうしようか」
萩生さんはともかく江古田さんは誘われるがまま牡丹さんの隣に座る。
「あ、蓮! おのれ、食べ物で蓮を釣るとは・・」
萩生さんも続いて江古田さんの隣に座り、さらにこの場の女子が増えて少々居たたまれなくなる。
萩生さんは自分のカバンから包みを取り出し江古田さんの前に差し出す。
「蓮、これを食べるがいい、響特製サンドイッチだ!」
パッと見た限りではキュウリ、タコ、レタス、納豆、バッタ?などサンドイッチとしてはツッコミ所満載の食材を使っているのが見える。
それ以外にも、見ただけでは何が何だか分からない食材も使っているらしく食欲がそそられないどころか、万が一にも美味しそうには見えない。
「これ・・サンドイッチか?」
「見れば分かるだろう、ふっふっふっ、食べたかろうがお前達には一口たりとも・・ヴッ!」
萩生さんが自分のサンドイッチを口に持っていき咥えた瞬間変な声をあげ顔が真っ青になり一瞬白目をむく。
どんな味だったのかまるで想像つかないが美味しかったわけではないことは表情から考えれば火を見るより明らかだ。
途端に押し黙ると、萩生さんはそそくさとサンドイッチの入ったカゴをゆっくりと自分の後ろに片付ける。
「さっき走ったからちょっと味がおかしくなったか・・」
「一緒に食べない?」
ヒバリさんからサンドイッチを萩生さんは受け取ろうとはせず悔しそうに黙っている。
しかし、腹の虫の音が聞こえて空腹を実感したのか
「ふん、あえてその手に引っかかってやろう」
と、そう素直じゃない様子でヒバリさんから受け取った。
「そういえばこれってサンドイッチ? 焼いてるみたいだけど」
萩生さん以外にも全員がヒバリさんからサンドイッチみたいなものを貰っていたがそれは思っていたより固く焼いてあり別物らしい。
「これ? フレンチトーストよ」
「えっ、お弁当で!」
「サンドにするとランチにぴったりなの」
「へえ、初めて聞いたよ」
一口食べてみると確かにこれはフレンチトーストだったが食べたことのない食感でとても美味しい。
「ヒバリちゃんちも牡丹ちゃんちもあおいくんちも料理上手なんだねえ」
「うちは母が病弱なので、栄養士でもあるお手伝いさんが作ってくれているんです」
「栄養士・・?」
言われて牡丹さんの弁当をよく見てみると確かに豪華な食材が使われているだけではなく、しっかり栄養も考えて作られているようで、特にカルシウムをよく摂るようにしているみたいだ。
「あおいくんのお弁当、すごい量ね」
「そう?」
自分にとってはこれが普段通りの量なので特に思わないが、ヒバリさんのお弁当と比べると軽く3倍の量はあるだろう。
「まあ、俺は野球してるからね、体育クラスの生徒だってこれくらいは食べてるはずだよ」
やはり自分と比べると、特にスポーツをしていない女の子とはお弁当の量が全然違う
ようだ。
「ん! こ、このエビフライ、海老の味がするよ!」
「え、何それ?」
エビフライなんだから海老の味がするのは当たり前じゃないのか?
「え、しないものもあるんですか?」
「うちのお母さん、揚げ物みんな炭にしちゃうんだ」
「炭って・・」
「・・まあうちの母さんも偶に同じようなことしちゃうから笑えないけどさ」
決して料理が下手なわけではないのだが、あの『体質』だと料理は難しい。
誰にも聞こえないように独り言として静かに呟いた。
「うん! 美味しすぎる!」
「かわいいし、とっても美味しいお弁当ですね」
「今日はちょっと作りすぎちゃったから、よかったらもっと食べて」
「じゃあ、俺もエビフライを貰おうかな・・うん美味しいよこれ!」
「このお弁当もヒバリさんが?」
「うん、うちは両親が仕事で海外だから料理は自分で」
「あれ、じゃあヒバリちゃんはお家に1人なの?」
「そうよ、言っとくけど別に寂しいとかは・・」
「いいなーお父さんとお母さんがヒバリちゃんをすごく信頼してるってことだよね!」
「え・・そんなこと」
「だってヒバリちゃん、こんなに美味しいお弁当作れるしね」
「うん美味しいです」
「うん、美味い」
牡丹さんだけでなく江古田さんも同意する。
「俺だったら一人暮らししたいって言っても間違いなく反対されるだろうな・・うちの親過保護だし」
「そうなの?」
「うん、まあ俺は料理や掃除や洗濯とか1人でまともにこなす自信ないし、絶対家の中が散らかり放題になるよ」
それ以前に、小学生の頃度々女子とトラブルを起こしほんの少しの間不登校になった時期があるので、過保護な理由はそれが大きいのかもしれないが。
「私も1人で家事とかできないからヒバリちゃんってすごいよ」
「私も家のものに支えられて辛うじて生きながらえている身ですから、1人暮らしなど夢のまた夢です」
「響なら1人暮らしなど何のことはないぞ、家事は雲雀丘にだって負けないからな」
「私は自分1人で家事をするのは大変だから無理かな、響も1人じゃ買い物する度に遭難するだろ」
「れ、蓮、あれは道中走ったせいで味が・・って寝るなー!」
萩生さんと江古田さんとは何度か話したかことはあるが、こうやって話をしながら昼食をとることは初めてで、4人で食べる時ともまた違う楽しみがある。
「それに、今日はみんなで食べてるからもーっと美味しいよね」
「ええ、本当に」
「そうだね、前回が前回だけに幸福実技だからって身構えていたけど特に何てことはなくパワースポットをめぐるだけみたいだし」
先生が言うには、『まだ』変なことはしないらしいので、いずれはすることになるかもしれない。
それはともかく、こういう時間も間違いなく幸せの1つなのだから、幸福実技の目的ってもしかしたらパワースポットを巡って幸運になることだけではなく、こういう時間を幸せと・・
「みなさーん、ここの花畑は大して強い運気がないので食べたらとっとと次に行きますよ」
どうやら違うようだった・・・
「・・・・・・あーいい天気だ、ボール投げたいなぁ」