早速、読んでみましたがやはり面白いですね。
ネタバレになるので詳しくは書けませんが、体育祭が始まり色々新しい情報が出てきて続きが今から待ち遠しいです。
今回は少し投稿が遅れました、申し訳ありません。
次は3月5日頃に投稿します。
はなこさんの家で着替えを終えた後、先ほど川に落ちたのを含めて9回も(マンホールや堀に)落ちていたことを聞いて公園まで送ることに決めた。
公園にたどり着き、時計を確認してみるとまだ12時40分前で約束の時間よりかなり早く着くことができた。
「あおいくんが送ってくれたおかげで時間前に来れたよ、ありがとう」
途中で軽く3回は落ちそうになったり、上から水が落ちて来たりしたのでその度に俺が何とかして防いだり手を引っ張ることで何とかはなこさんが濡れるのは防ぐことができていた。
「別にいいよ、また川に落ちられたら俺が助けた意味なくなっちゃうからね」
それは本音だったし、俺自身も一緒に『暁の門に咲く花』を探してみようと考えていたことも理由だ。
ただ友達の宿題の手伝いをするというならお互いにとってあまり良くないのだろうが自分も同じ目的なら手伝っても問題はないかと思う。
まあ、勝手に手伝うことを決めるわけにはいかないのでまずはヒバリさんと牡丹さんに話をしてからだ。
断られたらその時はおとなしく帰ることにすればいい。
3人の約束の時間までまだ30分近くはあるのでベンチにでも座ってはなこさんと話でもしていようかなと思ったその時。
「ん?」
ふいに近くの茂みから何やら視線を感じた。
注意して様子を見ていると微かに揺れているのが分かる。
しかもあたりに視線を向けると、どういう訳か近くの電線に鳥が何羽も集まっているみたいだ。
「どうしたの?」
「誰かがあそこにいるみたいなんだよ」
気のせいではなく、間違いなく誰かがあそこに潜んでいる。
少なくともヒバリさんと牡丹さんではない。
2人ならわざわざあんな所に隠れる必要はない、となるとあそこにいるのが誰なのかは大体察しがつく。
「萩生さん、江古田さんそこで何してるの?」
「ふん、よく分かったな、褒めてやろう」
声をかけると2つの人影が現れる。
予想通りそこには萩生さんと江古田さんが潜んでいた。
昨日に引き続き、同じように帽子とサングラスをつけているが昨日と違い、2人とも私服姿だ。
「響ちゃんと連ちゃん!」
「何でそんな所にいるんだ?」
「そ、それはだな・・」
「ねえねえ、2人で遊んでたの?」
はなこさんがそう言うと目の錯覚かもしれないが、一瞬響さんの口元がニヤリと笑ったように見えた。
「いや、そういう訳じゃ・・」
「その通りだ、分かったらさっさとあっちへ行け」
江古田さんの言葉を遮り萩生さんがはっきり言い切る。
どうしてそんな所に2人でいたのか、なぜ昨日と同じサングラスをつけているのか等、突っ込みどころはたくさんあるのだが。
「そっかせっかくみんなで遊べるかと思ったんだけどなあ」
それでもはなこさんはまるで疑うことなくそれを信じた。
「お前達と? お断りだ!」
「分かった、でも俺達も、ああいや、はなこさんも約束で待ち合わせているんだ、それはそうと萩生さんと江古田さんはここで何をしているんだ?」
「そ、それは・・そうだ! 響達はここで・・」
萩生さんは口ごもり押し黙ってしまう。
その時どこからともなく野良猫が姿を見せる。
「ニャンニャン!」
はなこさんが嬉しそうに猫に近寄って手を伸ばしたが、猫は完全に無視すると江古田さんに向かって飛びついた。
見た目から判断するとおそらく野良猫のようだが。その猫はまるで何年も飼っている愛猫のように甘えて鳴いている。
はなこさんに視線を向けると落ち込んでいる・・というよりはなんだか影を落としていた。
猫にまるっきり無視されたのが応えているようで、『愛の反対は無関心』という格言もあるようにいつもの様に攻撃すらされないのはむしろ辛いのかもしれない。
「くっ、貴様メス猫だな!」
「・・メス猫?」
なぜ今の行動だけでメス猫だと判断できるんだろうか。
「ええい、蓮にくっつくんじゃないっ! 散れ散れ〜!」
萩生さんが江古田さんに張り付いている猫を無理やり引き剥がし、地面に置くと猫は名残惜しそうに去って行った。
「こんにちわ、はなこさん」
「牡丹ちゃん!」
聞き覚えのある声が聞こえて目を向けると牡丹さんの姿があった。
他の3人に漏れず牡丹さんも私服で白いコートを着ており、見ただけで高級感が伝わってくる物で、女性物の衣服の知識は全くと言っていいほど持っていないが多分何かのブランド品ではないかと思った。
「あら、あおいさんに・・萩生さんに江古田さんですか?」
「こんにちわ」
「ば、ばれたー! に、逃げるぞ!」
江古田さんは至って冷静に答えたが、萩生さんは江古田さんの手を引いてそのまま走り去ってしまった。
「でーとしてたのかな?」
「違うと思う・・」
女の子同士だからではなく、2人とも明らかに様子も格好も変だった。
昨日と同じ様にはなこさん達のことを監視しようとしていたんだろう。
「あら、あおいくん、どうしてここに?」
「ヒバリちゃん!」
牡丹さんに続いてヒバリさんもやって来る。
「こんにちわ、ヒバリさん」
「はなこと牡丹はともかく、どうしてここに?」
「ああ、実はね・・
ジョギングの途中で花子さんに会ったこと、はなこさんが川に落ちたので助けたこと、はなこさんの家で服を借り、ついでにここに送ってきたこと、そして自分の今日の占いで『珍しい花』がラッキーアイテムで俺も一緒に探したいということを伝える。
だからさ、もしよかったらだけど『暁の門に咲く幸福の花』を俺も一緒に探してもいいかな?」
「私はいいけど・・はなこと牡丹はどう?」
「いいよ」
「私も構いません」
「分かった、じゃあよろし・・あれ?」
見覚えのある2つの人影・・萩生さんと江古田さんが公園内に入って来るのが目に入る。
「どうやら、撒いたようだな・・ん!?」
急ブレーキをかけ萩生さんが立ち止まる。
「貴様らっ一体どうやって!? さては忍びか!」
「いや俺たちは一歩たりとも動いてないんだけど・・」
「響きのアレで元に戻って来たんだろ」
「ああ、なるほどね」
ようするに例の方向音痴のせいで出来るだけ離れようとしたところ逆に同じ場所に戻って来たということか。
ある意味才能と言っていいかもしれない、役に立つことはないだろうけど。
「どうしてあんたがここに!?」
ヒバリさんが萩生さんの姿を見て驚いている。
「そ、それは蓮と遊んでいたら偶々、そこの男と女がいて」
昨日に引き続き『偶然にも』同じメンバーが揃うというのはいったいどれくらいの確率になるのだろうか?
どう考えても嘘だと思うが、無駄にそんな考えが浮かんで来る。
「そ、そうなの・・偶然ね」
ヒバリさんは明らかに信じめてない様子で、2人とも訝しんでいるみたいだが、はなこさんと牡丹さんは昨日と同じで全く疑うことなく信じて込んでいる。
まあ、今更2人が疑い出したならそれはそれで熱があるんじゃないかと心配になるだろう。
公園を出る前に話し合い、最初ははなこさんの課題である『暁の門に咲く幸福の花』を探すことに決まった。
ヒバリさんの課題はやろうと思えばいつでも終わらせられる物だし、牡丹さんの課題も途中で取ることが出来そうな物なので、1番難しい、というより聞いたこともないものを探す以上、はなこさんの課題を優先するのは当然の判断だろう。
「花子の課題を優先するとして、まずは情報収集するとして花屋で聞いた方がいいんじゃないかしら?」
ヒバリさんの提案でまずは花屋で聞いて回ることが決まった。
餅は餅屋と言うし花屋で聞けば珍しい花のことも分かるかも知れない。
「じゃあまずはここの花屋に行きませんか?」
牡丹さんが地図を確認して1番近い花屋の場所を指で示す。
「ああ、そこでいいと思うよ」
「私もそこでいいよ」
こうして俺とはなこさん、ヒバリさん、牡丹さんの4人でその場所に向かい始める。
天気は相変わらず晴天で気温も丁度よく、その上休日ということもあって俺たち以外にも多くの人が街中を歩いている。
途中で何人もの同い年位人々とすれ違い、おそらく半分以上は7組まであるマンモス校の天之御船の生徒のはずだ。
「ねえねえヒバリちゃん、その服可愛いね」
花屋を目指して歩いているとはなこさんがヒバリさんに声をかけた。
「そ、そう? 普段着ている服なんだけど・・」
「洋服も素敵ですし、ヒバリさんによくにお似合いですよ」
「確かに、よく似合ってると思うな」
お世辞でもなんでもなく正直な感想だった。
デザイン自体は特別変わったものではなく、他の人間が着れば少し地味な印象を持つかもしれないがヒバリさんだとそんな印象は全然感じずむしろ本人の魅力を引き出してるような気さえする。
「あ、ありがとう、そう言うはなこもその服似合ってるわよ」
はなこさんの服もとてもよく似合っていると思う、サイズはともかく、ヒバリさんと牡丹さんが同じ服を着た姿を想像してみたが正直似合わない気がする。
本人には言えないがはなこさんが子供みたいな体格だから似合うんだろう。
「ありがとうヒバリちゃん、この服お気に入りで1番多く持ってるんだ」
「え、1番多く・・?」
「うん、私出かけると川に落ちたりマンホールに落ちちゃうから同じ服何枚も持ってるんだ」
「そういえば、さっき川に落ちた時もこれで8回位家に戻ってるって言ってたね、服も落ちる前と同じ物だし」
「よくそれで間に合ったわね・・」
「うん、だから私、朝の8時に家を出たんだ、いつも時間掛かっちゃうから、今日はあおいくんが送ってくれたおかけで間に合えたよ」
「まあ自慢じゃないけど歩いているだけではなこさんが上から水が落ちて来て濡れそうになったり、落ちそうになったりと色々あったな」
「うふふ、やっぱりあおいさんは優しいですね」
「そ、そうかな・・」
そう言われると恥ずかしくもあるが何より嬉しい。
さっき見たときはコートの高級感ばかり目に入ったが、モデルのようにスタイルも良く高身長の牡丹さんにはとてもよく似合ってる。
「牡丹さんもその服すごく似合ってるよ、まるでモデルさんみたい」
「そんな、私がモデルだなんて恐れ多いです・・それに恥ずかしながら私まだ自分で服を買ったことがなくて・・」
「俺も似たようなもんだよ、母さんと服買いに行っても母さんが何枚か持って来てその中から気に入ったのを選んでるだけだったから」
そんな風に他愛もない話をしていると、一軒目の花屋にたどり着き、『暁の門に咲く幸福の花』について聞いてみるが聞いたことがないらしく何も情報は得られなかった。
そこからは次々に町の花屋を巡ってみるが、それでも最初に訪れた花屋と同じように大した情報は得られなかった。
巡る合間に小腹が空いてみんなでいかやきを買ったり、3軒目で牡丹さんが倒れかけたり、ヒバリさんが例の看板を見つけて見惚れてしまったり、はなこさんが野良猫を見つけて触ろうとして引っ掻かれたりするなどいろんなことが起き、俺自身も中学時代の同じ野球チームだった友人と出会って、天之御船での野球部でのことを聞かれて、正直に体育クラスではなく、変なクラスに入れられてなど言えるわけもなく適当にごまかして別れた。
それでも、友達と宿題のためとはいえこうやってみんなで歩き回るのは思ってた以上に楽しかった。
5件目の花屋で聞いた所、花に詳しい「梅お婆さん」という人がいるらしくその人に聞いてみると良いと言われた。
聞くところによると、この近くの公園で日向ぼっこをしているらしい。
他に手がかりも無いので、その人に会ってみることに決まった。
その公園にやって来て、中でそれらしき人物を探していると公園のベンチに1人で杖をついて座っている高齢の女性を見つけた。
「あの人じゃないかな?」
見ただけじゃ判断できないが、結構頑固そうなお婆さんに見える。
声をかけてみると期待した通りこの人が梅お婆さんらしい。
「『暁の門に咲く幸福の花』・・」
「ご存知ではないですか?」
「見当はつく」
牡丹さんがそう尋ねると、そのお婆さんはあっさり肯定する。
「教えてもらっても?」
「嫌じゃ」
しかし、ヒバリさんが聞いてみると断られてしまった。
「え、ど、どうしてですか?」
「最近花を粗末に扱うものが多くてなあ・・」
どうやら俺たちがその珍しい花をぬすんだりきずつけたりすると思っているらしい。
「私たちはそんなこと、ただ写真に収めるだけです!」
「お婆さん、わたしお花大好きですからそんなことしません」
「本当です、だから教えてください、お願いします」
ヒバリさんとはなこさんと俺の3人で梅お婆さんはそっぽを向いてしまい、聞く耳持たない様子で相手をしてもらえない。
気難しい人だとは聞いていたがここまでとは流石に想定していなかった。
この分だと教えてもらえる可能性はかなり低いだろう。
かといって初対面の人物に何を言ったらいいのか、どうしたら良いのかなど分かるわけがない。
どうしたら良いか考えているその時、何羽かの鳥が俺たちの後ろにある茂みに飛び込んでいった。
「うわあっ、またか、散れ〜!」
鳥が大きな音を立てて茂みから出て行くと同時に、茂みの中にいた萩生さんと江古田さんが飛び出て来る。
「あっ、響ちゃんと蓮ちゃんだ!」
「まあ、またお会いしましたね」
「・・・・・・」
はなこさんと牡丹さんは偶然また会ったと少しも疑うことなくそう思っているが、俺たちが花屋を巡っている時ずっと萩生さんと江古田さんの2人は尾行してきていた。
2人して帽子にサングラスをかけているという目立つ格好をしている上に時折動物が2人に向かって突進し江古田さんにじゃれつき、萩生さんに追い払われることを繰り返していたため気づかない方が難しいほどだった。
俺とヒバリさんは待ち合わせの公園を出た時から尾行には気づいていたが、はなこさんと牡丹さんはまるで気づくことはなかった。
まあ、邪魔して来るわけでもないのでヒバリさんと話して無視することにしていた。
「なんじゃ、なんじゃ、騒々しい、私はもう行って良いかね」
梅お婆さんが今の騒ぎがきっかけで煩わしくなったのかこの場を立ちろうとする。
「あっ、ま、待ってください!」
「おっと」
婆さんが持っていた杖を落とし、拾おうとしたがそれより先に江古田さんがその杖を拾って手渡す。
「どうぞ」
「・・!??」
江古田さんの顔を見た途端、お婆さんが銅像のように固まり、こころなしか顔が紅潮し恋に落ちた蚊のように見えた。
その時、さっき追い払った鳥が戻ってきて江古田さんの頭に1羽と肩2羽止まった。
それを見たお婆さんはお婆さんは手を合わせて「天使様ー!」と敬虔な信者が降臨した神様に会ったように拝んでかしこまっている。
「ど、どうなってるんだ?」
「様子がおかしいわね・・」
「ええ、何かに操られているかのような」
「くっ、またか」
「また・・何か心当たりでも?」
「蓮は子供の頃から特異体質なのだ、一言で言うなら・・」
「この方と友人ということなら仕方ない、特別に教えてやろう、幸福の花の場所を」
萩生さんが説明しようとしたその時、お婆さんがこちらを振り向いて強い口調ではっきりと言い出す。
何が何だか分からないが、ともかくこれで目的の『暁の門に咲く幸福の花』の情報を手に入れることができた。
梅お婆さんの話によると天之御船学園近くの川を渡った西側の小高い丘にある植物園に『幸福の花』にあるらしい。
そのまま全員で言われた通りの道を進み、花に囲まれた階段をゆっくりと登って行く。
「お婆さんのいう通り花は沢山ありそうだけど、形までは教えてくれなかったからまだ骨が折れそうね」
「私も折れそうです・・」
「いや、そこは折れる前に言ってよ、休んでいいからさ!」
俺とヒバリさんとはなこさんは特に問題なく丘を登って行くが牡丹さんにはかなりきついようで顔面蒼白になりながら段々と距離が開いていく。
このままだと倒れるのが先が骨が折れる(物理的に)のが先が時間の問題だ。
本当に危なくなれば俺が背負って登ることも考えているが、背負う際に身体測定の時に感じた牡丹さんの豊かな双丘が背中に押し付けられるの想像すると、自分からは言い出しづらい。
牡丹さんは下心など微塵も考えないのだろうが、むしろどさくさに紛れて役得を味わうようで申し訳ない気分になってしまう。
「ねえ、そういえば2人は写真まだ撮ってないんだよね?」
「そうよ、はなこの写真を先に撮るつもりだから」
「じゃあ、だから私の手伝いをしてくれたの・・ありがとう!」
「きゃあ!」
カシャ
はなこさんがヒバリさんに抱きつき、その瞬間を牡丹さんが写真に収めた。
「な、何してるの・・?」
「ヒバリさんのとびきりの笑顔のシャッターチャンスだと思いまして・・」
言葉の途中で牡丹さんが倒れかかったので慌てて支える。
「確かに今のはいい笑顔だったけど、驚きが強いから今の写真じゃ不合格になると思うよ?」
「うーん、それもそうだね・・」
「だから、私のは気にしなくていいってば!」
俺とはなこさんが勝手に納得しているとヒバリさんが顔を赤くして言ってくる。
きっとはなこさんが抱きついてまで感謝してきたことで照れているんだろう。
「私も撮りたい!・・あれ?」
はなこさんがカメラを取り出してシャッターを押すが何の反応も起きない。
「川に何回も落ちたんだからね、まず使えないよ」
「なら壊れて当然だ!」
「あ、そっか」
「写真撮れたら後でデータ渡してあげるわよ、ところで・・なんで6人行動になってるの?」
ヒバリさんの視線の先には萩生さんと江古田さんがいて、2人ともサングラスと帽子を外している。
もはや尾行してくることすら隠すことなく堂々とついてきており、はたからみれば完全に友達のグループだと思われるだろう。
「行く道が同じだけだ! この響がお前たちなどど遊びたいわけがない!」
萩生さんは強い口調ではっきり断言したが、その顔には汗が流れているのが見える。
開き直ったのかまるで隠れるそぶりをしないが、それでもついてきていることだけは断じて認めようとしない姿勢は呆れを通り越して感心しそうになる程だ。
この辺りには身を隠せそうな物陰とかないので仕方ないこともあるのだろうけど。
「・・そう」
ヒバリさんはそれ以上追求することなく向きを変えて登り始める。
俺を含めた残りの5人もそれに続く。
少ししてから登るスピードを上げてヒバリさんに並んで声をかける。
「ねえ、あの2人どう考えてもついてきているよね、昨日のカフェもそうだったし」
「そうね、この前からやけに突っかかってけど、私何かしたかしら?」
「多分、俺がいるからだと思うんだよ、昨日の幸福実技の前からなんか目の敵にされてるみたいだし」
「そうなの?」
幸福実技の朝、通学路であった時、萩生さんの名前は知らなかったが彼女はわざわざフルネームで俺を呼んでいたことがあった。
全く記憶にないが、知らないうちに萩生さんに恨まれるようなことをしているかもしれない。
何しろ、俺の体質を考えればそうであっても不思議じゃない、悲しいことではあるのだが。
この際いい機会なので思い切って聞いてみることにしよう。
「ねえ、萩生さん」
「何だ?」
足を進めながら首だけを動かして後ろを向き萩生さんの方を向く。
「前から聞きたかったんだけど、俺、萩生さんにやたら意識されてる気がするんだけど、何か俺怒らせるようなことしたかな?」
「ふっ、そうだな・・貴様にはないだろうな、だが響にはあるのだ!」
どうやら本当に何か恨まれるようなことをしているみたいだ。
「ええと・・それって何?」
「それは、貴様がクラスで1番注目されているからだ!」
「・・・・え?」
「クラスの奴らはお前の話の話ばかりしているのだ、クラスの連中だけではない
他のクラスの奴らもだ! 父親がここの卒業生でプロ野球選手だとしてもこの響を差し置いて目立っているなど我慢ならん!」
流石にそんな理由で今まで尾けられたり、意識されているとは微塵も思わなかった。
まあ確かに同級生から注目を浴びている自覚はあったが、半分以上は俺の父親のことと何故そんな奴が幸福クラスにいるのかなど、野球部の中にはもしかしたら大金を積んで裏口入学したんじゃないと・・とにかくあまりいい噂はされていないのが現状だった。
一応、体力測定の結果が伝っていて能力はあるとは思われているみたいだが野球部でも未だに球拾いや雑用しかやらせてもらえずむしろ嘲笑の対象になっている方が正しい・・かなしいことだけど。
それはともかく、俺にそんなことを言われても困るとしか言えない。
「どんな分野だろうとこの萩生響の先を行くものが存在するなど許せん! 葵坂幸太! いい機会だからここではっきり言っておく、今日ここで宣戦布告だ!」
萩生さんはそう言って俺に向けて勢いよく人差し指を伸ばしてくる。
「・・ああうん、そう分かったよ」
首の向きを戻すと、小さくため息を吐いた。
宣戦布告とかされてもどう対処していいのやら、しかも相手が女子だからどうすればいいのかまるで分からない。
男子でも同じなんだろうが、小学校以来殆ど女子とは関わろうとはしてこなかった上ああいう気の強い女子は人生の中で会ったこともなかった。
「変な因縁持たれて災難だったわね」
隣からヒバリさんが小さく声をかけてくる。
「ああ、でもこれで何でやたら意識されてるのか分かったことは収穫だよ、だかといってどうすればいいのやら・・」
「でも、何か私も萩生さんに意識されてるような気がするのよね・・」
確かにヒバリさんの言う通り、幸福実技の時も萩生さんはヒバリさんに対しても辛辣な様子だった。
しかし、ヒバリさんは人に恨まれるような人ではないので俺と同じで多分筋違いな恨みを持たれてるんだろう。
「あっ見えたよ!」
はなこさんの声を聞いて視線を上げると階段の終わりと大きな門がそこにあった。
間も無く、階段を上り終わり目的の場所に足を踏み入れる。
「おおすごいな・・」
階段を上り終わるとそこには大きな花畑が広がっていた。
多くの種類の花が咲き、風が吹くと花びらが舞い上がって幻想的な風景が視界に映し出される。
「いろんなお花いっぱい咲いてるねえー!」
はなこさんがその場でくるくると円を描くように回っている。
目を回さないんだろうか?
「このお花は?」
回るのをやめた、はなこさんが見ているのは黄色い花だがさっぱり分からない。
「タンポポかな?」
「・・どう見てもそれカタバミよ」
当てずっぽうに言ってみたがやはり違った。
強引についてきておいて情けないが花の知識なんてかけらも持ち合わせていない俺には幸福の花探しは役には立たないかもしれない。
「へー詳しいねえ、幸福の花ってやっぱり幸せっぽい形してるのかな? 四葉のクローバーとか?」
「それは葉っぱでしょう」
「そもそも、幸せっぽい形ってどんな形なんだろうか?」
「形で考えても分からないと思うわよ・・花言葉でいえば鈴蘭が近い気がするけど、そんな簡単なわけないし・・」
「す、すいませーん・・」
弱々しい声が聞こえて3人とも振り向くと地面に倒れ込んだ牡丹さんの姿があった。
そういえばしばらく、萩生さんと話したり花を見るのに夢中で牡丹の様子を確認していなかった。
「骨は無事ですが寿命をだいぶ縮めてしまいまして・・少し休憩を・・」
「す、すぐに休んで!」
「と、とりあえずどっか」
すぐさま牡丹さんを背負って近くの屋根のついたベンチに横にする。
普段の貧弱さから考えると誰の力を借りずにここまで登ってきただけでも奇跡と言っても過言ではないかもしれない。
しかし、この様子じゃ牡丹さんは戦力外なので3人で探すことになった。
ヒバリさんが時計を確認すると、現在約16時だった、閉園は18時だからあと2時間程しかなく、見たこともない物を初めて訪れた場所で探す時間としてはあまりにも短い。
とにかく、3人で辺りを見て回ることにした。
手分けして探した方が効率がいいかもしれないが、ヒバリさん以外は花の知識が無いので結局はこうするしかない。
たくさんのきれいな花はいくらでもあったが幸福の花は見つからない。
俺たちが探している様を萩生さんと江古田さんが手伝うも邪魔をするでもなくただ監視するかのような目を向けてくるだけだった。
途中で蜂に刺されそうになって大騒ぎすることもあったが全員刺されることはなく無事だった。
しかし、なんの進展もないまま時間だけが過ぎていき、幸福の花は見つからないまま夕暮れ時を迎える。
時間は17時過ぎで残り時間は1時間を切っていた。
とりあえず、1度牡丹さんの元に戻り何の成果もなかったことを伝える。
「元気になった?」
「おかげさまで、すっかり日がくれてしまいましたね・・」
「まだ半分も探してないし、このままじゃ厳しいね・・」
花畑は想像以上に広く、1時間かけても探せなかった面積の方がまだ多かった。
「そうね、ちょっとまずいかも・・」
「そうだね・・もうこんなに空が赤く・・ん? まてよ・・?」
「どうしたのあおいくん?」
突然考え込み始めた俺に向かってはなこさんが尋ねてくるが考え込んでまだ答えられない。
「夕暮れ時・・暁・・もしかして今の時間帯が関係してるんじゃないかな?」
『暁』の門に咲く幸福の花、暁って要するに夕方のことだから今なら見つかるかもしれない。
「すみません、暁というのは明け方という意味なのですが・・」
牡丹さんの一言で空気が一瞬固まった。
そうか、暁って夕方じゃなくて朝が開けた時のことをいうんだな。
「あ、ああ、ソーなんだ、カンチガいしてたよ、ごめんみんな」
できる限り平静に言ったつもりだが、自分でもはっきり自覚できるほど棒読みにしかならなかった。
「ご、ごめんなさい! こんな穀潰しな私が余計なことを言ったために場の空気を乱すという身の程知らずな行為のせいで気分を害されてしまうなんて!」
「ぼ、牡丹のせいじゃないわよ! 大丈夫だから」
「あ、みんなあれ見て!」
俺は相変わらずで牡丹さんが取り乱しヒバリさんはそんな牡丹さんを落ち着かせようとしている時に、突然はなこさんが丘の頂上に向けて指差す。
そこに視線を向けると、入口とは違う形の門があり、その門の上に太陽が重なって幻想的な光景が広がっていた。
「もしかしてあれが・・」
驚きのあまり、思わず声が出てきていた。
「・・暁の門」
「きっとそうだよ!じゃあ幸せの花はあのすぐ近くに!」
「そうね、行きましょう!」
俺たちは急いでその門へ向かって走り出した。
「も、もっとゆっくり・・」
牡丹さんを置いていかない位には。
門に向かっていると、大きな壁に行く手を遮られる。
手前に設置されていた看板の説明書きを見ると巨大な迷路らしい。
「フラワーメイズと書いてありますね、人気のデートスポットみたいです」
「で、デートスポットか・・」
友人とはいえ、女の子と一緒にそんなところを通るのは少し気恥ずかしい。
しかし、他に門への道はない、例えあったとしても見つけるまでに時間が足りない
時計を確認すると残り時間はあと30分強だ。
「ここを抜ければあの門?」
「そうみたいですね」
「よしっ、行こう!」
はなこさん、ヒバリさん、牡丹さんはデートスポットというフレーズに少しも反応せず進んでいき、俺も一緒に迷路に入った。
俺がそのフレーズを変に意識しすぎていたのかもしれない。
「蓮、我々も行くぞ!」
萩生さんと江古田さんも俺たちに続いて迷路に入ってくる。
方向音痴と迷路は相性が最悪だろうとひろかに思った。
「綺麗」
「幻想的ですね」
「ほんと、すごく綺麗だね」
迷路の壁や天井は草花で作られていて、とても美しく危うく目を奪われてしまい残り時間が間もないことを忘れてしまいそうだった。
「はぐれないように注意してね」
「はーい」
ふと、後方に目を向けると萩生さんと江古田さんがいて、俺たちの後をついてきている。
「ひ、響は蓮とロマンティックな場所を歩きたいと思っただけだ! あ、あっちへ行ってみよう」
萩生さんは尾行していることを誤魔化す為に江古田さんの手を引いて、俺たちはまっすぐ通った分かれ道を曲がって進んでいく。
「あの2人絶対迷うな」
「そうね」
「そうなりますね」
はなこさん以外の全員がそう思っただろう。
「まあいいわ、先を急ぎましょう」
ヒバリさんの一言で止まっていた足を再び動かし始める。
「うーん・・」
「はなこさん、どうしたの?」
はなこさんは萩生さんの進んだ道を見て何やら考え込んでいた。
はなこさんが「やっぱりみんなで歩きたい」と言ったので俺とはなこさんの2人で萩生さんと江古田さんを探しに行くことになった。
時間は残り少ないがはなこさんがそれでも一緒に行きたいと言うので特に俺たちも反対することはしなかった。
ヒバリさんと牡丹さんは先に出口に向かってもらい、そこで待ち合わせることを決めて二手に別れる。
萩生さん達が進んで道をたどって行くが小さいとはいえ迷路なので油断しているとこっちが迷うことになるので慎重に進んでいくと、間もなく萩生さんの後ろ姿が見えた。
やたらその場を右往左往しており、その上江古田さんの姿はない。
おそらくは道に迷っているんだろう。
「おーい、響ちゃーん!」
「な、お前達! 何故ここにいる!」
はなこさんが声をかけると萩生さんは驚いてこっち振り向いた。
「やっぱりみんなで一緒に歩きたいなって思って探してたんだ、響ちゃんも一緒に行こう」
「そ、そうだな・・」
普段の萩生さんであればはなこさんだかならともかく俺と一緒にいくなんてすぐに断っていたんだろうが、江古田さんとはぐれて困り果てているところなので無下にはできず考え込む。
それでも、じゃあ一緒に行こう」とは言えないのは何とも萩生さんらしい。
「実は、俺たちじゃ出口まで迷わず行く自信がないんだよ、だから一緒に来てもらえないかな?」
こう言えば、萩生さんのプライドを傷つけずに一緒に行くことができる。
「そ、そうだな、そんなに言うなら響が一緒に行ってやろうではないか」
「うん、じゃあみんなで行こう!」
俺の読み通り萩生さんは話に乗って来て、3人で出口に向かって足を進めることになった。
「そういえば江古田さんは? 姿が見えないけど」
「いつの間にかはぐれてしまったのだ、まあ蓮は迷ったりしないだろうから出口に行けば合流できるだろう」
正しくは、萩生さんがはぐれたんだと思ったが心の中だけの留めておく。
それから大して時間もかからずに出口にたどり着き、そこにはヒバリさんと牡丹さん
の姿があった。
「あ、来ました!」
「ごめんね、また待たせちゃって」
「別にいいわよ、バラバラに行動するのも変だしね」
「後は江古田さんだけか・・」
「やあ」
俺がそう言うと、後ろの通路から江古田さんが姿を見せた。
「蓮、どこに行ってたのだー!」
「これで全員集合か・・あはっ」
そう言って、いつの間にか誰が言い出すでもなく自然に同じチームとして行動しているのに気づいて吹き出してしまった。
迷路の出口を抜けるとそこには見渡す限りの広大な花畑・・流石にそんなに広くはないが少し前まで幸福の花を探していた花畑と同じほどの広さがあった。
しかしそれでも、色とりどりの花が咲き乱れ、残り時間のことも忘れてしまいそうな程、非常に幻想的な光景に目を奪われてしまう。
「これはまた美しいですね・・」
「ここまで来たんだから、絶対に幸福の花を見つけるわよ」
「うん!」
「よし、探すか!」
今度は牡丹さんも含めた4人で探し始める。
とはいえ、人数は増えたものの、残り時間が圧倒的に足りない。
野球なら試合は9回裏2アウトからという言葉があるがこっちは時間制限がある。
探す範囲も門の近くに絞っているがそれでもとてもじゃないが調べきれないだろう。
見つからないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
「うーんこれかな?」
「違うんじゃない」
「これじゃないかな?」
ピンポンパンポーン
「間も無く、閉園時間です。 本日は御船植物園にお越しいただきありがとうございました」
閉園を伝える放送が流れて来て、
「あらまあ・・」
「もうちょっとだったのに」
「見つからなかったか・・御船植物園?」
どこかで聞いたことあるような・・?
しかし、どこで聞いたかは思い出せない。
「だめか・・」
「くっくっくっ無様だな」
萩生さんが落ち込んでいる俺達に向かってやた勝ち誇った声をかけてくる。
「お前たちが罰ゲームの宿題をしていることは最初から分かっていた、万が一ラッキーアイテムを手に入れそうになったら邪魔するつもりだったが、響が手を下すまでもなかったな」
「まあ」
「そういう魂胆だったの」
「道理でついて来ていたわけだ」
本来ならば怒る所なんだろうがわざわざ正面きって言われて逆に感心してしまった。
「怒らないのか!?」
「呆れてはいるけどね」
「んなっ!」
「今日はヒバリちゃんと牡丹ちゃんだけじゃなくて、響ちゃんと蓮ちゃんと一緒に遊べたから楽しい1日だったよ」
はなこさんはそう言って満面の笑みを萩生さんに向ける。
それは皮肉でも負け惜しみでもなく心の底からの笑顔だった。
「っカメラを貸せ」
「どうぞ」
牡丹さんはあっさりと萩生さんにカメラを渡した。
何の写真を撮るつもりなんだろうか?
「お前らの間抜け面を響の写真に収めてやる、ほら全員そっちに集まれ」
言われるがまま門の前に俺達4人で並ぶと萩生さんはシャッターを押した。
「どうせなら、タイマーで6人で撮ればよかったのに」
「う、うるさい! もう響たちは帰るからな、行くぞ蓮」
「・・ああ」
萩生さんは俺にカメラを押し付けるように返すとそそくさと自分たちだけ行ってしまった。
「また写真を撮る機会はいくらでもあると思いますよ、クラスメートですから」
「そうだねっ!」
「はは、えっと・・あ、これは・・」
何となく今撮ったばかりの写真を確認すると何故萩生さんが写真を撮ったのか理解した。
萩生さんの撮った写真には俺たち4人の後ろに『幸福の花』がしっかり写っていた。
そして、牡丹さんの友達との素敵な思い出、ヒバリさんの笑顔がこの1枚の写真に収まっている。
これなら、きっと3人は合格できるだろうけど、それはみんなには言わないでおこう。
俺自身も最後には珍しい『幸福の花』を見つけることができて、これで俺も幸せに・・いやもうとっくに今日という1日はとても楽しい思い出が作れた幸せな1日だと心の底から思えた。