あんハピ♪ 目指すは7組脱出!   作:トフリ

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2話 幸福クラス?

幸せ・・?

クラスの全員が間違いなく戸惑っているのが空気で伝わってくる。

 

「戸惑うのも無理はありませんね、でも理解する時間はこれからたくさんありますから、ズバリいっちゃいましょう。 ここにいる全員は『不幸』です」

 

その途端、先ほど以上の戸惑い、いや衝撃がクラス中に走る。

不幸・・一体どういうことだ?

生徒の動揺など全く構うことなく小平先生は話を続ける。

 

「この世の中には多大なる幸運を持って生まれる者あらば、皆さんは大なり小なり不幸を背負い、せっかくの才能を発揮できない不幸側の人間なんですよ」

 

話が終わった途端、まるで蜘蛛の巣を突いたように、一気にクラス中が騒がしくなる。

まるで訳がわからない、いきなりそんなことを言われても・・まあ思い当たる節が全くないといえば嘘になるけど・・・

 

「せっかくですけど、私人に言われるほど不幸じゃありませんから!」

 

その時、ヒバリさんがいきなり立ち上がり小平先生に向かってはっきりと宣言する。

 

「学園は受験前にしっかりとした極秘調査を行います、あなたは本当に何にも心当たりがないとでも・・?」

 

先生は淡々とそう説明する。

ひばりさんはそう言い返され、たじろいでしまう。

俺も同じことを言われたらきっと同じ反応をしてしまうだろう。

 

「安心してください、そんな皆さんを一つのクラスに集めているのも不幸を克服し幸福を掴んでもらうためですから」

 

教室中がさらに一段と騒がしくなりいよいよ収拾がつかなくなってくる。

当たり前だが誰も彼も、全く今の説明を受け入れられないようでほぼ全員が不幸をを否定している。

例外は、俺の前の席にいる2人で、はなこさんと久米川さんはのんきに笑顔で、みんなで幸せになれると能天気なことを話している。

 

「そこで、7組では通常の特別幸福授業の他に毎日軽い測定を行おうと考えて・・

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

つい、堪えきれなくなり俺は先程のひヒバリさんのように立ち上がって言い放つ。

途端に、クラス中の注目を集めてしまうが今更止まることはできなかった。

 

「あら、あなたは葵坂幸太さん」

 

「お、俺はスポーツ推薦で試験受けました、不合格だったんですか!?」

 

正直言えば、自分が経済的ならばともかくとして自分の体質から考えれば不幸だと言われれば否定はできない。

だが、スポーツ推薦を受け、筆記はともかく、実技に関しては受験生の中でもトップクラスの記録を出していた。

事前に発表されていた合格基準を確実に超えてたはずで、それなのにもかかわらず、こんなわけの分からないクラスに入れられていることがまるで理解できなかった。

 

「いいえ、あなたは実技試験の合格基準を十分満たしていましたよ」

 

「だ、だったらどうして4組や6組じゃないんですか!?」

 

「はい、残念ながらあなたは・・

 

 

少し時間をおいて先生は・・

 

 

受験前の調査の際に不幸だと判断されてこのクラスに配属されました」

 

そう、あっさりと言い放つ。

 

「そんな・・」

 

そんな理由でこのクラスに配属されたのかを思うと、目の前が真っ暗になってしまいそうだった。

しかし、この学校に入るためにずっと努力してきたというのにそんな理由では到底受け入れることはできなかった。

 

「で、でも合格していたなら俺はこの7組より4組か、5組か、6組の方がいいです! 今からでも変えてください!」

 

「それはできません、一度決まったことですし、それに同じ合格でも勉学クラスやスポーツクラスよりここ幸福クラスの配属が優先されるんです」

 

「そ、そんな理不尽な、そんなこと入学前に一度だって・・!」

 

次第に、他の何人かの俺と同様に納得してない生徒達も次々に騒ぎ出す。

 

 

「そうだ、大体なんだよ幸福クラスって!」

 

「天之御船に入学できてうれしかったのに、わけ分かんねーよ!」

 

バキン!

 

 

 

先生は持っていたおそらく金属製の棒をくの字状に曲げた。

その瞬間、教室中が全くの無音となる。

 

「いいから、さっさとだまれよガキども、そんなんだからロクな運持ってねーんだろうが」

 

今までとは違うどすの利いた声で脅さ・・黙らさせられる。

 

今の・・金属の棒を・・いやいやあんな細身の先生が・・ありえないだろ・・きっと木製・・?

 

先生はその棒をポイと棄て去り、明らかに金属音が耳に届く。

間違いなくあれは金属製だということを理解する。

 

「今朝、皆さんの机の中に数字を書いた紙を入れて置いておきました、今日はそうですね、数が少ないほどラッキーとしましょうか」

 

未だに納得できてないが、これ以上言っても無意味そうなのでとりあえず、机の中に手を入れると先生の話ど通り紙があった。

開いて見ると、そこには(4)が書かれていた。

4番といえば野球の打順で例えれば、通常一番の強打者が置かれるポジションだ。

普段なら別になんとも思わなかったが、少しだけ気が滅入っている今の自分にとっては、1番を取る以上に嬉しく思えた。

ちなみに、はなこさんは40番(0部分のインクがこすれていたせいで49ばんに見えていた為、ただでさえいちばん多い数なのに恐ろしく不吉な番号になってしまっていた・・)ひばりさんは28番、久米川さんは35番だった。

 

その後小平先生からある宿題を出される。

それは、手書きのハートが書かれた卵(賞味期限切れ)を持って帰り、明日のHRまで割らずの持っておくことだそうで、無論机の中に置いて帰るのは禁止だそうだ。

そして、今日は授業は無くそのまま放課後となる。

残念ながら部活の練習もないらしく、名門校とはいえ入学式は休みなんだろう。

 

「なあ、葵坂・・」

 

帰りの準備をしていると数人の男子に子をかけられた。

まあ、大体聞かれることは予想している。

 

「お前の親父ってもしかして、メジャーにいた葵坂選手じゃねえのか?」

 

「ああ、そうだよ」

 

否定してもどうせすぐバレるのでいつもの様に正直に答える。

 

「マジで!?」

 

「本当かよ!?」

 

俺と同じ様に帰る準備をしていた急にクラスメイト達も騒がしくなる。

かつてはこの学園に通い、春と夏の甲子園の連覇を達成した投手で、複数の球団からドラフト1位指名を受けプロ野球選手となり、そして10年前にメジャー挑戦し現在は日本に戻って今でも現役として活躍しているのが俺の父親の葵坂翔太(あおいざかしょうた)だ。

息子の俺としても超が付くほどの有名人なのは理解している。

その後も囲まれて色々聞かれたりしたが用事があると言って、足早に教室を去る。

本当は何も用事などないがこれ以上女子の近くにいて、俺の『体質』によって何か起きてしまうとも限らない。

今の話を聞いて女子も何人かが集まってきているので、これ以上この場に留まることはできなかった。

 

「おーい、葵くん!」

 

教室を出ると、はなこさん、ヒバリさん、牡丹さんが立っていた。

 

「どうしたの?」

 

「みんなで一緒に帰ろうと思って、待ってたんだ」

 

「私は・・はなこが皆んなで帰りたいって言ったから」

 

「私は皆さんと色々とお話ししたいので、よかったら4人で帰りませんか? 」

 

「このあと用事があるんけど、途中までだったら大丈夫だよ」

 

ずっと女子を避けるわけにもいかないし、すでに友人となったみんなと少しはなしをしたいと思っていたので、一緒に帰ることを決めた。

それに、教室で大勢と近距離で話続けるより一緒に帰る位なら気を付けていれば大丈夫だろうし、ある程度距離を保って歩くことを心がけておくつもりだった。

 

「やった、みんなで帰れるね!」

 

 

 

 

 

 

みんなで、上履きから革靴に履き替え外に出る。

今朝は乗ってきた自転車には乗らず押しながら進み続ける。

 

「ぼたんちゃん、手は大丈夫?」

 

「ええ、いつものことですから、保健室で応急処置を自分でしましたから」

 

「いや、慣れてるとはいえとはいえ応急処置できるって結構すごいと思うけど」

 

皮肉抜きにそう思う。

 

「医者の娘ですから、自分の怪我しか手当できない役立たずな女ですよ、1人救命病棟とお呼びください」

 

本人は本気で言っているんだろうが、事情を知らない人から見ればきっと自虐ネタに見えるだろう。

当然、事情を知っている俺としては笑えないが、これがたまたま怪我をした友人などが言っていたら即座に突っ込んでいるところだった。

 

「それにしても、葵くんってあのプロ野球の葵坂選手の息子なのね」

 

どうやら、あの騒ぎは廊下にいた3人にも聞こえていたらしい。

 

「ああ、そうだよ」

 

「私、野球のことはあまり詳しくないんだけど、CMやニュースで見たことあるわ」

 

「私もCMで見たことあるよ、有名人なんだね」

 

「あおいさんも野球をなさっているんですか?」

 

「うん、だからここの野球部に入ろうと思っていたんだけど…」

 

しかし、蓋を開けてみれば『幸福クラス』という何をするかもわからないクラスへと配属させらされていた。

事前に教えて貰えば、他の高校に行くことも出来たのだろうがさすがに今更無理だろう。

 

「・・スポーツ推薦で入ったから間違いなくスポーツクラスに配属でレベルの高い練習ができると思ってたのに・・でも今更他の高校には行けないし、だいたい何だよ幸福クラスって?」

 

今日会ったばかりのクラスメイトに愚痴を言っても無意味どころかかっこ悪いが我慢できず出してしまう。

 

「それは困りましたね、私に何かできれば良いのですが…確かどのクラスでも部活は自由なんですよね」

 

「そうね、そこで頑張ってみればいいんじゃない? 上手くいけば顧問の先生がクラスを変えるよう言ってもらえるかもしれないし」

 

「私はせっかく友達になれたんだから別のクラスに行っちゃうとさみしいな」

 

みんながそれぞれアドバイスをくれる。

まあ、牡丹さんとヒバリさんの言う通りだ(はなこさんはアドバイスではなく単なる願望だったが)部活は自由なんだからまず入部して頑張ってみてから考えて遅くはないかもしれない。

小平先生がクラスを決めてるわけでは無いのだろうし、部活で結果を出せばその可能性もあるかもしれない、多分・・

そんなことを話しながら校門を出た先の正面の曲がり角にぶつかる。

 

「ぼたんちゃん、あおいくん、おうちどっち?」

 

「あちらです」

 

「俺もこっちだよ」

 

「うわー一緒だね、ヒバリちゃんは?」

 

「私もだけど」

 

「じゃあ、みんなで帰れるねしゅっぱーつ!」

 

はなこさんが歩き出したその時、急にひばりさんが立ち止まりある1点を見つめる。

視線をって見ると、そこには直売所と書かれた看板があった。

 

「ごめんなさい、寄るとこがあるの忘れてたわ」

 

「あ、そうなんだ」

 

「残念ですが、仕方ないですね」

 

「そうだな、じゃあまた明日」

 

「ごめんね、また明日」

 

そのままヒバリさんはカバンを抱きしめながら走り去って行った。

卵が割れるのが心配なんだろうか?

そのまま、俺たちは適当に話をしながら3人で歩き続けた。

 

 

 

 

途中で、たくさんの桜の木が満開で咲いている一本道を歩いていた。

俺たち以外誰もいなかったがちょっとした桜の名所のようで休日は花見をしている人がいるかもしれない。

何の気のなしに宿題でもらった卵を取り出し、じっくりと眺めてみるが、やはりハートが書いてあること以外は何の変哲も無いごく普通の卵だ。

 

「これを明日の朝のHRまで割らずに持ってればいいんだよな?」

 

「ええ、気をつけて持っておかないといけませんね」

 

「ヒバリちゃんと卵について話したかったなあ…」

 

「まあ、お互いに割らないように大事にしておかないとな」

 

そう言って卵をカバンに直す。

 

「にゃあ」

 

猫が桜の木の間から姿を現した。

 

「にゃんこだ!おいでー」

 

猫の姿を見つけるなり、すぐさまはなこさんは猫に向かって手を伸ばす。

今朝、我が身を川に落としてまで犬を助けていたことから相当な動物好きなんだろう。

しかし、猫は突然、いわゆる猫パンチをはなこさんに食らわしてしまう。

 

「は、はなこさん! 大丈夫!?」

 

慌てて牡丹さんと駆け寄るがはなこさんは今朝助けた犬に噛まれた時のように相変わらず笑顔のままだった。

もしかしたら、これくらいは日常茶飯事なのかもしれない。

もしそうなら、大の動物好きなのに動物からこんな仕打ちを受けているのであれば何て不憫な子なんだろう・・

そして、猫はそのまま走り去ってしまった。

 

「あ、待ってにゃんこー」

 

逃げた猫をはなこさんが追いかける。

 

「はなこさん待ってくださいー」

 

「もう、ほっとけって!」

 

俺と牡丹さんも一緒になって走って追いかける。

 

 

 

 

「にゃーん、にゃーん!」

 

3人で追いかけているとあの猫が何故か田んぼの中のカカシの上で立ち往生、いや座り往生していのを見つけた。

しかしどうやってあそこまで行ったんだろう?

 

「にゃんこが、今助けるからね!」

 

はなこさんはあそれを見つけると迷うことなく、靴と靴下を脱ぎ捨て田んぼの中へ足を踏み入れる。

かなり水分を含んでいるようで膝まで沈んでしまう。

 

「はなこさん、私もお手伝いを・・」

 

「牡丹さんっ危ない!」

 

大した距離では無かったが体力を消耗していたようでかなりフラついておりとっさに支えなければ倒れこんでいるところだった。

牡丹さんをしっかり支えていたため、倒れかけた時に本人が落としたカバンまでは捕まえることはできなかった。

カバンの中から卵だけが飛び出て割れてしまう。

 

「ああ、割れちまった・・」

 

その時、はなこさんが助けようとした猫がピョンと跳ねてはなこさんを踏み台にしてっさらに跳ねて俺と牡丹さんがいる所まで田んぼに落ちることなく戻ってくる。

しかも、今割れた牡丹さんの卵を美味しそうにペロペロ舐めている。

 

「美味しい?」

 

固まってるはなこさんが猫に向かって言う。

 

猫はニャーンと返事をするかのように大きく鳴き声を上げた。

 

 

 

 

 

その後は、抜け出せなくなったはなこさんを助け出す為に俺も靴と靴下を脱いで田んぼに入った。

その最中で用事を終えたらしいヒバリさんが俺たちに気づき、今は牡丹さんの介錯をしていた。

俺が2人と一緒に下校していなければいなければ、ヒバリさんがはなこさんを助け出していたかもしれない。

 

「いたーほんとたすかったよ、ここで牡丹ちゃんと一晩過ごすことになるかもしれなかったし」

 

「うん、とりあえず足を洗おうか、どっかで洗わないと靴も履けないし」

 

都合よく、近くに綺麗な小川があった為そこで泥を洗い、。足をしっかりタオルで拭いて靴を履いた。

 

「あなた達、あんなところで一体何してたのよ」

 

ヒバリさんに簡単に事情を説明する。

それを聞くと、ヒバリさんは大きくため息をついた。

 

「はなこ、あなた後先考えて行動したほうがいいと思うわ、葵くんがいなかったずっとあのままだったし、私だってこの道を通らなかったかもしれないし、それこそ本当に夜まで動けなかったかもしれないのよ」

 

「うん、でもみんな助かったし、終わり良ければすべて良しだよ、私ってやっぱりついてるなあ、本当にありがとう、あおいくん、ヒバリちゃん」

 

目の前ではっきりと感謝の言葉を言われると少しだけ照れくさかった。

 

「何言っているの、助けたのはあおいくんだし、私は牡丹の面倒を見ていただけでしょ」

 

「でも、俺がいなけりゃヒバリさんが助けてたと思うよ、そりゃ必ずこの道を通るとは限らないけどさ」

 

会ってまだ1日も経っていないが、きっとヒバリさんならそうするだろうと何となくよそうできた。

 

「うん、私もそう思うよ」

 

「べっ、別に、あんな場面を見つけたら誰だって・・」

 

「あっ、ごめんヒバリちゃん!」

 

はなこさんが突然大声をあげ、手に巻いてあるハンカチを見て顔を青くしている。

 

「借りているハンカチちょっと泥ついちゃってる、汚さないようにに気をつけていたのに…」

 

はなこさんの言う通り真っ白なハンカチが少し泥で付いてしまっていた。

でも、確かそのハンカチってもう…

 

「…ばかね、どうせ中は血が付いているだろうし、ついたのは猫の泥じゃないかしら?」

 

「あ、そっかー」

 

今朝怪我したところを巻いていたんだからそりゃ血が付いてるだろう。

そう言われてもはなこさんはしょんぼりしている。

 

「ごめんねヒバリちゃん、真っ白で綺麗なハンカチなのに・・もともとより3倍白くして返すから」

 

ひヒバリさんははなこさんの言葉を聞くと優しく微んだ。

 

「もういいわよ、ハンカチくらい」

 

「ヒバリちゃん!」

 

突然はなこさんがひばりさんに抱きつく。

 

「ひぇっ!?」

 

「怒った顔もすっごくかわいいよー♡」

 

「ばか、何言ってるのよこんな時に・・・」

 

ヒバリさんに支えられながら歩いていた牡丹さんもそのやり取りを聞いてひばりさんに抱きつく。

 

「親切な上に可愛らしくて、猫の手助けも出来ず卵も割ってしまった私とは月と虫ケラです」

 

ヒバリさんはふたりに抱きつかれて顔を赤くしている。

自分も今のヒバリさんの笑顔は可愛いと思ったが恥ずかしいので口にはしない。

もし3人が男だったら自分も加わっていただろうが、女の子達なのでそのまま眺めているだけにしておくことにした。

 

「そっそうよ卵!、今の騒動で私の卵も割れちゃってるんじゃないかしら」

 

ヒバリさんがカバンから卵を取り出そうとした時、何か四角いものがカバンからこぼれ落ちるのが見えた。

 

「ヒバリちゃん、カバンから何か落ちたよ?」

 

俺が拾おうとするより早くはなこさんが手を伸ばす。

 

「だめっ!!、それはっ!」

 

慌ててヒバリさんが先に拾おうと手を伸ばすが風が吹き、その四角いものが飛ばされて俺の横を通り抜けようとしたので片手でキャッチする。

そして、はなこさんが前をよく見ず俺がキャッチしたそれを追いかけてきて突っ込んでていた、小柄な女の子だったので難なく受け止める。

俺がいなければはなこさんは後ろにある木に頭からぶつかっていたかもしれない。

 

「はなこ、何で飛び出したの?」

 

「だってこれはヒバリちゃんの大切なものなんでしょう?、泥に落ちたら大変だと思って」

 

「ふう・・はなこさん、ちゃんと前見てないと危ないよ、俺がいなかったら木にぶつかってたかもしれないんだから」

 

「うん、でもあおいくんが受け止めてくれたから大丈夫だよ」

 

「・・はは、そうだね」

 

俺は苦笑して持っているものをヒバリさんに渡そうとした。

その時、それが四角いものが何なのかを理解し、つい手が止まってしまう。

はなこさんと牡丹さんもそれを覗き込んでくる。

それはごく普通のパスケースだったがそれにはある物の写真が入っていた。

 

「ヒバリさん・・この写真って」

 

「・・私の大切な人の写真よ」

 

ヒバリさんは何とも言えない気まずそうな表情を浮かべていた。

 

「その人に会うためだけに、1人で工事現場に通ったりして・・小中学生のころはよくそのことでばかにされたり、からかわれたりもしたわ」

 

ヒバリさんの言葉にどう返したらいいかわからず口ごもる。

 

「あなた達もおかしいと思うでしょう?」

 

「好きな人に会いに行ったり、写真をパスケースに入れるなんてロマンチックですわ」

 

牡丹さんは今までと何も変わらず普通に答える。

 

「え!? そ、そうじゃなくて普通に考えて変でしょう! ただの工事現場の『看板』に!」

 

そう、そこにはあの一般的にいうオジギビトの写真があった、もちろん人間ではなく二次元の絵の。

 

「いつも知られた途端に周囲に言いふらされて__

 

ああ、だからこれを落とした時にあんなに必死で拾おうとしていたんだ・・

その気持ちは自分にも似た経験があったのでその気持ちは強く理解できた。

 

「友達の好きな人を言いふらしたりなんかしたりしないよ」

 

はなこさんははっきりとそう言い切る。

 

「・・・俺もちょっとびっくりしたけど、言わないよ、本人が嫌がってるならなおさらね」

 

それにヒバリさんは今朝の事故のことを偶然だと信じてくれた、だからこの人を傷つけるようなことはしたくなかった。

 

「・・でも」

 

「それよりヒバリちゃん」

 

はなこさんがヒバリさんの後ろにへ指をさす。

 

 

「えっ?、あ」

 

いつの間にかヒバリさんの卵が落ちて割れていた。

 

 

 

 

 

 

次の日

 

「おはよう、ヒバリさん」

 

「おっおはよう」

 

昨日のことをまだ引きずってるようで

まあ、確かに本人からしてみればいくら俺たちが言わないと言っててもそれですぐに気にしないようにできることではないかもしれない。

 

「そういえば、あおいくんは卵どうだった?」

 

「え!? ああその・・登校中に割れちゃった」

 

「あら、そうなの・・残念ね、こんなこと簡単だと思ってたのに・・」

 

「俺も気をつけてたんだけどね、幸福クラスか・・」

 

周りから聞こえてくる声も例外なく全員が卵を割ってしまったことを話している。

もしかしたらクラスの大半、いや全員が卵を割っているかもしれない。

不幸な生徒ばかり集めた幸福クラスという肩書きは伊達じゃないのかもしれない。

少しして、牡丹さんとはなこさんも登校してくる。

 

「はなこさんは割れなかったんですか、すごいです!」

 

「えっ!?」

 

「まじでっ!?」

 

はなこさんには失礼だが心の中で勝手に割れているだろうと思っていた為かなり驚いた。

 

そして、朝のHRの時小平先生から全員が卵を割ってしまったことを告げられるが、はなこさん1人だけ割っていないことを手を上げ伝える。

その瞬間、先生を含めた全員から驚きの声が上がり、はなこさんのまわりに生徒が集まってくる。

先に知っていたため驚かなかったが、予想通りはなこさん以外の生徒が卵を割ってしまったようだった。

もしかしたら、このクラスの中ではなこさんが1番幸運ってことなのか?

 

「ん?」

 

卵が何も衝撃を与えてないのに突然ヒビが入っていく。

そして・・・

 

卵の中から黄色いものが飛び出し、はなこさんの頭の上に乗った。

 

「ピヨ」

 

出てきたのはひよこだった。

本人は割ってないのに結局割れてしまった。

はなこさんに目を向けるとまだ驚いているのか固まっている。

 

「かわいい!!」

 

だが、本人は動物好きなだけにかなり嬉しそうだった。

これって不幸なんだろうか?、それとも幸運?

俺には分からなかったが、はなこさんがとても幸せなのは分かるので幸運なんだろうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談

 

なぜ葵坂が卵を割ったのかというと、登校中に真っ白な布が顔に飛んできてそれが女性物の下着だということに気づいて驚いてしまい、うっかり転倒した際に割ってしまったのが原因であり、ちなみに今年に入ってから外を歩いている時に女性物の下着が飛んできたのはまだ7回(本人にとっては少ない回数)だけだった。

そして、小学校時代に友人と登下校中に同じことがあり、そのことを友人に言いふらされ、いつの間にか下着を盗んでいたと噂が歪み、それがまだ幼かった心に大きなダメージを与えることになった。

 


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