自分はアニメではこの『10話』が一番好きなので頑張って書きました。
相変わらず稚拙な文章ですがよろしければご覧ください。
「ヒバリちゃん、あおいくん、どうだった通知表?」
夏休み前の終業式も終わり、教室に戻って小平先生から通知表を貰っていた。
「まあ、こんなものかしらね、あおいくんは?」
「・・いつも通りってところかな」
体育が5、それ以外は平均程度かやや下回っていて、中学時代と殆ど変わっていない。
「さあて、いよいよ明日から夏休みですがくれぐれも『林間学校』までは、皆さん体を大切にしてくださいね」
「林間学校まではって・・」
「せ、先生、林間学校て何が―」
「当日までのお楽しみです♬ ではこれで一学期の授業はすべて終了です」
先生はそう言って、俺の疑問に答えることなく教室を出て行った。
夏休みの後半に行われる林間学校について不安が募ったが、ともかく、今日から夏休みが始まる。
「うふふっ、くるくる―!」
下校中、いつもの4人で夏休みの予定について話していると、急に牡丹さんが体を躍らせるように回り出した。
「ちょっと牡丹、そんなにはしゃいだりしたら!」
「ああっ!?」
危惧した通り、止める間もなく牡丹さんは足を滑らせて転倒した。
「ああ、言わんこっちゃない!」
「牡丹ちゃん!」
慌てて3人で駆け寄ると牡丹さんは目を回していた。
「い、いかさんが回ってます~・・」
「いや、回ってるのは牡丹さんの目だよ・・」
「大丈夫?」
「とりあえず、どこかに休める所は・・あ、あそこに行きましょう」
ヒバリさんの視線の先を目で追うとすぐ近くに公園があり、丁度横に寝かせられそうなベンチも設置してあるのが目に映った。
そこで、俺が牡丹さんを背負い公園で休んでいくことにした。
「すみません、こんなクズの分際ではしゃいでしまって・・」
「牡丹さん、そんなことないって」
牡丹さんをベンチに寝かせ、少しすると顔色もさっきよりは良くなっている。
ただ、いつもの自虐は相変わらずのようだ。
「明日からの夏休み・・皆さんと山に登ったり、海に行ったり、どなたかの家で勉強会をしたり、それ以外にもあんなことやこんなことをしようと・・思っていたら・・いつの間にか・・お恥ずかしい」
そう言うと、恥ずかしさからか牡丹さんの顔が熱があるかのように赤く染まった。
「まあ確かに高校生になって初めての夏休みだし、テンションも上がるよね」
俺の場合は野球の練習に明け暮れる予定だが、それでも一般高校生として夏休みに色々遊びに行くのも楽しみにしている。
「楽しかったらみんなくるくるしちゃうよ、くるくるーって!」
「あんまり見かけないけどね・・」
「どうしたの?」
声が聞こえて目を向けるとそこには江古田さんと少し遠くに萩生さんの姿があった。
「あ、蓮ちゃんだ!」
「ええーい! 気安く蓮ちゃんなどど!」
「響ちゃんも来た!」
「だから響ちゃんなどと・・!」
萩生さんは、はなこさんが自分達を下の名前で呼ぶことが気に入らないようだがあの屈託のない笑顔で呼びかけられると怒りが削がれてしまい調子が狂うようだ。
「何してるの?」
「ちょっと熱いしここで休憩を・・」
ミーンミーンミーン・・・・・・・・
しかしよくよく考えていればこんな炎天下の中、日向すら無い公園の真ん中で休憩をするなど普通は考えられない行為だった。
しかもどういう訳かここのセミの声はやたら耳に響いてくる。
そう考えた途端、一層暑さを感じ急に汗が噴き出し始める。
「休憩・・?」
「え・・ええ」
「でもここじゃ休憩どころじゃないね・・」
「よかったらこれ行く?」
江古田さんはそう言ってカバンの中から一枚のチケットを取り出した。
「あ、カラオケ!」
「70%引き・・?」
そのチケットは最近できたカラオケ屋の割引券だったが30%の部分を二重線で消して更に割り引いて手書きで70%引きとなっていた。
「ふん、昨日頬を赤く染めたカラオケ屋の女子店員が図々しくもこれを渡したのだ・・」
「そういう訳か・・」
萩生さんが不機嫌な口調から察するに、例の如く、同性からのモテっぷりを無意識に発揮した結果、この過剰な割引をして貰えたんだろう。
しかし、この手書きのチケットが有効となるかそれだけが不安に感じる。
「行きたい行きたい、カラオケ行きたーい!」
「折角ですし、お言葉に甘えませんか?」
俺達の会話を聞いていたみたいで牡丹さんが起き上がり話に加わる。
「そうだね・・カラオケ屋なら暑さを凌げそうだしいいと思うよ」
「えっ・・、ええっと・・」
だが、その時ヒバリさんが不安そうな声を上げ全員の視線が集まり、困ったような笑顔を浮かべる。
「どうしたの、ヒバリさん?」
「それが、その・・」
「ああっ、もしや下水のごとき私の歌声を聴いてしまっては耳が腐り落ちると心配なさって!」
「そんな訳ないでしょう!」
自己評価が限りなく低い牡丹さんがとんでもない勘違いをして、それを慌ててヒバリさんは否定する。
「外道だな貴様・・」
「だから思ってないってば・・ただ私そのカラオケって一度も行ったことなくて・・」
しかし、その言葉を聞いた萩生さんは悪意ありありの表情を浮かべていた。
何を考えているかまではわからないが、カラオケ屋について何も知らないヒバリさんに手取り足取り教えようとしている訳ではなさそうだ。
「仕方ないな・・ではこのカラオケの超人響自ら教えてやろう!」
「うわーい、行こ行こ、ほら行くよヒバリちゃん!」
そのまま萩生さんは江古田さんと2人でカラオケ屋に向けて歩き出し、はなこさんも少し強引にヒバリさんの手を引いて2人に付いていく。
「お待ちくださーい!」
「あ、ちょっと待っ・・」
置いて行かれそうになって急いで追いかける。
カラオケ屋に着き、さっきの割引券も無事に使えて6人とも同じ部屋に入る。
「ではさっそく響の歌声を披露してやろう!」
萩生さんが真っ先にカラオケ屋の機械を手に取り、曲の選択を始める。
「ねえ、江古田さん萩生さんって歌は得意なの?」
「いや、別に普通」
水泳の授業の時のように江古田さんの反応はそっけなかったが、少なくとも料理の時のように致命的なほどの下手ではないと確信し肩を下ろした。
とりあえず、全員分の飲み物といくつかの料理を注文しておく。
「そういえばさ、皆はカラオケって来たことある?」
「私は何回か友達とか家族で来たよー」
「私も」
「俺もそんなところ、牡丹さんは?」
「私は初めて来ました」
丁度その時、注文していた飲み物と料理が届くと同時に萩生さんの選んだ曲が流れはじめ歌い始める。
料理の件もあり殆ど期待はしていなかったが、萩生さんの歌唱力はかなり高くテレビに出てもおかしくないと本気で思える程だった。
しかも、いつの間にか4曲ほど自分で選択していたみたいで1人で連続で歌い続けるつもりらしい。
「今のうちに俺達も曲を選んでおこうか」
「そうですね、じゃあヒバリさんが選んでみてください」
「ええ!? えっと・・どうすれば・・」
「ヒバリちゃん、この機械で曲を選べばいいんだよ」
はなこさんがヒバリさんの隣に座って簡単に操作の説明をして、ヒバリさんは少し時間を掛けながらも曲を選び終えた。
その次にはなこさんが曲を選ぶと、続いで俺が曲を選び、そして江古田さん、牡丹さんが曲を選んだ。
そこでひとまず全員が一通り曲を選び終わって再び萩生さんの歌に耳を傾ける。
「それにしても、本当にすごくお上手ですね」
「ええ、懐かしい感じのメロディーね、牡丹もカラオケは初めてなのよね?」
「いえ、実は先ほど言った通りカラオケボックスというお店自体は初体験なんですが・・自宅に歌える施設あるのでたまに使用しますが」
「し、施設?」
「自宅にこんなカラオケ屋みたいな歌える施設があるんだ・・」
自分の家も父親の職業柄、結構裕福な方だと思っていたが、以前にも聞いた話からある程度推測してみると牡丹さんの家はそれ以上に裕福な家庭らしい。
「はい、他にも様々な施設がございまして・・良かったら皆さんで遊びに来てください」
「うわーい、じゃあ明日!」
「ええ!? 明日!」
「うん、じゃあ明日」
「急だけどいいの、牡丹さん?」
自分から誘ったとはいえいきなり明日というのは都合が悪いこともあり得る。
「はい、大丈夫です!」
「まあいいけど・・」
「ってお前ら響の歌を聴いてないだろー!」
と、皆で盛り上がっていると丁度歌い終えた萩生さんが大声で怒鳴ってきた。
全員が話に夢中になって、いつの間にか誰一人歌に耳を傾けていなかったので萩生さんが起こるのも無理ないだろう。
「ほら、次はお前だ雲雀ケ丘瑠璃」
「ええ、もう!?」
萩生さんが戸惑ったヒバリさんにやや強引にマイクを押し付けてくる。
心の準備ができていなかったようだが、はなこさんの応援と萩生さんの激励?に意を決して歌い始める。
普段聞いている声とは少し違う、歌うことに慣れていない声音が新鮮だった。
それは聞いたことのない歌だったが、その歌を聴いていると何とも言えない安らぎと心地よさを感じ、すっと耳に流れ込んでくる。
ヒバリさんの綺麗な歌声も相まって皆が盛り上がることなく静かに流れてくる歌に耳を傾けている。
やがて、ヒバリさんが歌い終わるとその場のノリではなく純粋に歌をたたえる意味での拍手が起きた。
「お、お粗末様・・」
「ヒバリちゃん、上手だね!」
「何だ、普通に歌えるではないか」
「すごくきれいな声ですねヒバリさん」
「うん」
「カラオケ初めてって聞いてたけど、すごくうまいよ」
「あ、ありがとう・・私最近の曲あまり知らないから、これは昔聞いてた曲で・・」
「もしかしてCDで聞いてた曲とか?」
「ううん、母が庭いじりしながら良く歌ってたの、タイトル知らなかったけど歌詞で検索したら曲が分かって」
「そうなんですか、素敵でしたよヒバリさん」
「聞いたことなかったけど、ヒバリさんにぴったりの曲だと思ったよ」
歌を聴いていると、何となくヒバリさんをイメージして作られた曲だと言われても納得できそうな内容だった。
ヒバリさんの歌も終わりはなこさんの順番が来てマイクを握る。
「それじゃあ、次私歌うね!」
「頑張ってください、はなこさん!」
ところが、いざ歌を歌おうとマイクを口元に寄せた瞬間、甲高い音が耳に飛び込んできて皆が一斉に耳を塞ぐ。
それでも完全には防ぎきれず≪キーン≫と頭が揺さぶられているのとか錯覚しそうな不愉快な音が部屋を駆け巡る。
「何これ!? 耳が!」
「って牡丹さんしっかりして!」
隣にいる牡丹さんが魂が抜け出たかのように気を失い慌てて体を支える。
「マイクのハウリングかな・・?」
「しかし、奴は歌ってもいないしスピーカーからも遠いのに!」
「は、はなこさん、マイクのスイッチを切って!」
はなこさんがテーブルの上に落としたマイクを何とか拾い上げスイッチを切ったところ、すぐに音は止み全員の力が抜けソファにもたれ掛かる。
「やっぱりダメだったか・・」
「え・・はなこ、ダメってどういうこと?」
「今まで入ったカラオケ屋さん、私がマイク持つとキーンってなっちゃったんだよね・・」
どうやら、はなこさんの不幸体質はカラオケでも発揮してしまうらしい。
「そういえば、前家族全員でカラオケ屋に来た時も母さんは一曲も歌ってなかったな・・」
その時も、機械が異常を何回も起こしたので部屋を変えてもらったが、その部屋でも結局同じで、後日その店で聞いてみたがどちらの部屋の機械も故障もしていなかった。
多分、俺の母さんが歌っても今のはなこさんと同じようなことが起こるんだろう。
「そういえば、あおい君のお母さんも幸福クラス出身なのよね」
牡丹さんを挟んだ二つ隣にいるヒバリさんに尋ねられる。
「・・まあね、息子の俺が言うことじゃないけど変わった体質してると思う」
「・・・・そうなのね」
別に黙っていたわけではないが、いくら友達とはいえ会ったことも無い人のことを尋ねられてもないのなら言う必要もないので言わないことにした。
その後、俺は適当に好きな歌を歌い、次に牡丹さん、江古田さんが歌ってそろそろ予定時間となった。
後誰かが一曲歌えば超いい時間になりそうだ。
「やあ皆、お揃いで楽しそうだね-!」
「チモシー!」
「神出鬼没だなお前は・・」
「どうしてここに?」
知らない間にチモシーが部屋に入り込み、いつの間にかマイクをしっかり握っていた。
大好きなチモシーの登場にはなこさんは唯一喜んでいるが、他の俺達は面識はあるとはいえ突然の珍客に少しばかり驚かされていた。
「しばらくみんなとお別れだから挨拶しておこうと思って」
「お別れ・・?」
「ボク、夏休み中に壊れた所が無いか点検してもらうんだ」
「そういや、水泳の授業の時に雷の直撃受けてたもんな」
ならば当然、しっかり点検して貰った方がいいだろう。
「検査入院のようなものですね」
「あ、チモシーっとじゃあお別れに一曲!」
チモシーはそう言うと、テーブルに飛び乗り歌い始める。
聞いたことのない歌だったが、チモシーが歌い出した直後にラップだと言うことに気が付く。
「これはラップか・・」
ロボットとはいえ一応高性能なチモシーだけあって歌も人間とそん色なく、いや並の人間以上に以上にうまいと思える位だ。
「いやまあ、うまいんだけど・・何ていうか」
歌の途中で何度も『チモチモ』とリズムの良いフレーズが耳に流れ込み、それが妙に頭を駆け巡る。
不快ではないのだが、この歌を聴いていると何だか耳から離れなくなりそうだ。
「うわーい!」
はなこさんだけは喜んで聞いているが、残りのメンバーは俺と尾内感想を抱いているらしい。
「ちちち、チモチモ・・」
「やめろぉ!」
チモシーに影響されたのか、江古田さんまでが歌い出すがすぐさま萩生さんに止められる。
歌に耐えること数分、ようやくチモシーは歌い終わった。
「・・終わったか」
その時、予定時間が近づいてきたことを伝える電話が鳴る。
「延長で! はい、ではもう一曲スタート!」
だが、チモシーは勝手に電話を取り延長を伝えて再び歌い出す。
「しないから!?」
「す、すいません、延長はしませんから!」
慌てて電話を取り、延長を取り消して本日はこれで解散となった。
翌日、約束通り牡丹さんの家に遊びに行くことになり、途中ではなこさん、ヒバリさんと合流し3人で向かっていた。
「セミさん頑張って鳴いてるね」
「そうだね・・この鳴き声聞いてると夏なんだなって実感するよ」
「ああ・・また」
「どうしたの?」
日焼けを気にして日傘を刺しているヒバリさんが不意に溜息を吐きながら悩ましげな声を上げ、隣を歩くはなこさんが心配して尋ねた。
「昨日のカラオケ以来、ずっと頭の中でチモシーのラップが頭の中でぐるぐる回ってて・・」
「ああ・・俺も昨日はずっとそうだったよ・・」
「ちちち、チーモチーモって歌?」
「止めてーまた思い出しちゃう!」
「俺は昨日の夜、遅くまで集中してボールの投げ込みしてたら自然に頭から離れたけど・・参考にならないか」
別に野球みたいなスポーツじゃなくても、何か別のことに集中すれば自然と頭から離れるかもしれないが外出している今からでは難しいだろう。
「そうね、はなこ何かいい方法ないかしら?」
「じゃあ、他の耳に残る歌でチモシーの歌を忘れちゃうとか?」
「それって例えば・・?」
「ほらCMの・・
はなこさんが他に頭に残る歌や音楽を上げていくがヒバリさんは逆にそっちの歌が頭が離れなくなり本末転倒になっていた。
「でも、やっぱりちちち、チモチモだよね!」
「だからぁー!?」
「はなこさん、ヒバリさん困ってるよ・・」
「あ、ごめんヒバリちゃん」
と、その時ヒバリさんに誰かがぶつかり、持っていた日傘が飛ばされるのを見て反射的にジャンプして取っ手を掴む。
「ふう、危ない危ない」
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
ヒバリさんはぶつかってきた人の心配をしているが、そんなに強くぶつかったわけではなく、どちらも転んでもいないようなので怪我の心配もなさそうだ。
ぶつかってきた人を改めて見てみるとはなこさん同じ位、もしくはそれ以上に小柄な女の子で見た所、金髪の外国人のような風貌で少し挙動不審な感じだった。
「ご・・ごめんなさい」
辛うじてこの距離なら聞こえる消え入りそうな声で謝って来る。
「大丈夫よ、あなたも怪我はない?」
ヒバリさんの問いに女の子は静かに頷き、再び何度も頭を下げて足早に立ち去った。
「ばいばーい」
「何か、私の顔を見て怯えてたけど・・そんなすごい顔してた?」
「ううん、いつもにヒバリちゃんだったよ」
「そう・・じゃあ何でかしら?」
「もしかしたら、道に迷った旅行中の外国人だったのかもね、金髪だったし」
「そうね、でも一言しか聞いてないけど流暢な話し方してたわよ」
「それもそうだね・・」
言われてみれば確かにそうで、仮に推測通り道に迷っていたのだとしても日本語を話せるならどうにかなるだろう。
「ああ・・それもこれもチモシーのラップのせいで・・」
「まあまあ、チモシーに文句言っても仕方ないし早く牡丹さんの家に行こうか」
「そうだよ、ヒバリちゃん早く行こう!」
「そうね・・日焼けしちゃったら嫌だし、さっさと行きましょうか」
再び牡丹さんの家に向って歩き出した。
青い空、白い雲、熱い砂浜に寄せては返す波・・ここは海だ。
「海だー!」
「すごい・・」
「本当に海だ・・いや本物じゃないけどさ・・」
ここは牡丹さんの家の敷地にある言ってしまえば室内プールならぬ、室内海水浴場といったところだろう。
それだけでなく、海にいるようなカニ、カモメといった生き物が本物の海と同じように存在している。
単純に考えても、一般的な公共プール以上に金がかかっているのは間違いないだろう。
「久米川の家にも驚かされたが、自宅にこんな施設まで作るとは・・侮りがたいな久米川牡丹・・!」
何やら勝手に萩生さんが牡丹さんに対抗心を燃やしている。
昨日カラオケで誘われた萩生さんと江古田さんもこのプール?に遊びに来ていた。
「まあいい、せっかく眼前に大海原が広がっていると言うのに泳がないなど愚の骨頂! さあ、行くぞ蓮・・ってああっ!」
萩生さんが目を離していたほんの僅かの間に辺りを飛び回っていたカモメの約半数(おそらく全てメス)が江古田さんに大挙して集まっていた。
「カモメカモメカモメカモメ・・カモメェ!!」
そんな状況を萩生さんが放っておけるわけもなく、必死にカモメを追い払おうとしているが空を飛んでいる多数のカモメを追い払うのは無理だろう。
「本当にびっくりだわ、まさか全部作り物だなんて・・」
この施設自体も大きいが、牡丹さんの家はそれ以上に大きく、その上他にも施設がいくつもあり、当然敷地は広大と言っても差し支えない程広い。
「海水浴に行けない体の私の為に、妹が頼み込んで作ってもらった施設なのですが、さすがに大きすぎまして・・
なので、皆さんをお招きできてよかったです」
「ということは実質牡丹さんの為だけに作られたんだここ・・」
牡丹さんの言った通り、これだけ広いのであれば利用するのは殆ど自分だけというのは彼女の性格を考慮せずとも勿体なく思うのも当然と言える。
「牡丹ちゃん、妹がいたんだ!」
「え、ええ・・お金も手間も掛かってしまう路傍の石以下の私と違って、スポーツ万能ですし明るい妹なんです」
「うん・・もう分かったわ」
「妹さんがスポーツ万能ってことはもしかしたら、来年にでも天之御船の体育クラスに入学してくるかもね」
「ええ、妹もそれを目標としているようできっと合格すると思います」
「私、妹ちゃんに会ってみたいな!」
「そうね、はな子の言う通り妹さんのおかげで私達もここにこれたんだから、できれば一言挨拶を・・」
「えっ!?」
「どうしたの牡丹さん?」
はなこさんとヒバリさんが妹に会ってみたいと言っただけなのだが、急に驚いた声を上げ、こっちまで少し驚いてしまう。
「いっいいえぇ、・・大丈夫です!!・・挨拶とかそういうものはっ!・・そっそれにその・・妹はちょうど部活合宿に出ていまして・・」
「そう? 留守なら仕方ないわね」
「えー牡丹ちゃんの妹ちゃん会いたかったなぁ」
「・・・・うふふふ・・」
「・・・・・・」
牡丹さんのそぶりから何かを隠しているような気がしたが、いつも穏やかなあの牡丹さんが親友といっても過言ではない間柄のはなこさん、ヒバリさんにまで少し必死になってまで会わせたくないというのはそれ相応の理由があるんだろう。
気になることは気になるが、ひとまず頭の片隅に置いて泳ぐことにした。
「ぷはっ、水中にもたくさん魚が泳いでいて時々本物の海で泳いでる気になってくるよ」
「ええ、海水じゃないだけで、底の方も海藻が植えられてて本物の海みたい」
「うん、ここのお水しょっぱくなくて溺れても鼻が痛くならないから大丈夫だね!」
「溺れた時点で時点で大丈夫じゃないと思うけど・・」
今は全員で海に入り、皆で話をしながらそれぞれ好きなように過ごしていた。
主に俺とヒバリさんは少し遠くの方、はなこさん、牡丹さんは浅瀬で泳ぎ、萩生さん、江古田さんは俺達とはまた別のところで泳いでいる。
流石に今日は友達の家に遊びに来たこともあり、プールの授業の時のように全力で泳いだりせず、のんびり過ごすことに決めていた。
「あおい君、ヒバリちゃん、見て見てカニだよ!」
予想通り、砂浜のほうに上がったはなこさんが捕まえたカニに指を挟まれたが、俺が駆け付けるまでもなくすぐに手を振ってカニを払い飛ばす。
「やっぱり、はなこさんと牡丹さんは注意してた方がいいかも・・」
ここが、牡丹さんの為に作られた施設だといってもあの2人が何事もなく泳ぎ続ける光景が全く想像ができない。
「ええ・・はなこと牡丹が泳いでいるときは気を付けましょうか」
再び、泳ぎながらも時折2人の様子を確認してまったり泳ぎ、潜るなり浮かぶなり好きなように過ごす。
だが、今更ながら自分が目のやり場に困ることに気付いてしまい、落ち着かなくなってしまう。
プールに入った時に全員の水着姿を目にしていたが、その時は余りによくできた作り物の海に気を取られ意識することは無かった。
ここにいる皆はそれぞれ違いは有れど全員魅力的な女の子で、彼女らが水着姿ともなれば男としてついちらちらと目を向けてしまう。
「おい、葵坂幸太!」
「っ!? は、萩生さん!!」
そんなこんなで、
「今からあそこまで競争するぞ、雲雀ケ丘瑠璃もだ」
もしかしたら、自分、もしくは江古田さんへの視線に気づかれてしまったのではないかと勘違いしていたが、ただ俺とヒバリさんと競争するために来ただけだった。
「あ、俺はいいけどヒバリさんはどうする?」
「いいわよ、他にすることないし、ほらそれに・・」
ヒバリさんが目線で死した先を見やると今ははなこさんと牡丹さんは楽しそうに会話している。
これならこの3人で競争するのも問題は無いだろう。
「よし、じゃあ始めるぞ、言っておくが響が女だからと言って手加減はするな!」
「あ、ああ分かったよ・・」
競争を始めるために3人で、ある程度距離を離して横に並ぶ。
そして、スタート同時に一斉にゴールに向かって泳ぎ出した。
萩生さんが言ったからではなく、性分として勝負事である以上、例え女の子相手でも手を抜くつもりなど毛頭なく最初から全速力で泳ぎ続け2人とはどんどん差が開いていく。
息継ぎの合間の一瞬に後方へ目を向けてみたが後ろの2人はココから見た限りでは差が無く、
「っゴール・・と」
そのまま油断せずゴール地点にたどり着き、これで俺が一着だ。
「2人はどうかな・・てああっ!?」
後方の2人の様子を確認しようとして振り返ってみると、どういう訳か2人が途中で溺れている。
とにかく、無我夢中になって助けに向った。
「ヒバリちゃん、響ちゃん、大丈夫?」
「ええもう平気、迷惑をかけたわね」
「まあ、大事が無くて良かったよ」
流石に俺1人で2人を助け出すのは難しかったが、江古田さんも一緒になって助けてくれて事なきを得ることができた。
2人に聞いたみた所、お互いに勝負に夢中だったせいで、溺れてしまったようだ。
「ひ、響は蓮に助けられたのであって、貴様に助けられたわけではないぞ、勘違いするな!」
「あ、うんうん、分かってるって」
萩生さんも気が付いた直後は熱があったのか少し顔が赤くなっていたが、今はすっかり元の顔色に戻っていて、これなら心配なさそうだ。
その後、全員とも差はあれど泳ぎ疲れていたこともあって何となく皆で集まって今後の話をしていた。
「あの、そういえばご存知ですか、もうすぐ天之御船学園の校舎で夏祭りが開かれるんです」
「夏祭りが学校で? 珍しいね」
牡丹さんが言うには、毎年行われているらしくその日は生徒や教師だけでなく、部外者も学校に入れるとのことだ。
「わーい、皆で行こう、夏祭り!」
「そうね、行きましょうか」
「うん、行こう」
「れ、蓮が行きたいと言うなら、仕方ないな響も行くぞ!」
「じゃあ俺も行くよ、楽しみだね」
夏祭りと言えば夏休みの一大イベントだ、迷うことなく行くことを決めた。
まあ、天之御船学園でこの場にいる友人以外では休日に一緒に遊ぶような仲の知り合いがいないので考える必要が無いことも大きいのだが。
「あの・・よろしければスイカ割りをしませんか?」
牡丹さんの提案でスイカ割りが始まった。
いつの間にか、砂浜に大きなスイカが用意してあり牡丹さんのが言うにはメイドの人から聞いて持ってきてもらうよう頼んでいたらしい。
そういえば、この家に来た時もメイドの人が出迎えに来て少し驚かされた。
まあ、これだけの屋敷なら使用人がいてもおかしくないだろう。
スイカ割りでは少しだけハプニングが起きて皆で大騒ぎしたが、それでも終わってみればいい思い出になった。
夏祭りは8月にあり、一か月近く先の予定だが今から楽しみで待ち遠しい。