あんハピ♪ 目指すは7組脱出!   作:トフリ

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大変遅れました・・前回の投稿から約100日ぶりの投稿です。
さらに、13にあたる「戦う期末試験」の後編が中々思うように書けなかったので、やむを得ず先に完成した14話を先に投稿させていただきました。
13話についてはいずれ投稿するつもりです。
次回の投稿は30日厳守で投稿させていただきます。


14話 波乱の合同授業 前編

「おはよう、ヒバリさん、牡丹さん」

 

学園に到着し、保健室ではな子さんが体操着に着替えてから教室に向かうと、既に2人が先に教室にいた。

ふと、黒板に目を向けると一限目は女子が「調理実習」男子が「技術工学」と書いてあるのが目に映る。

何故、はなこさんが体操着を着ている訳をヒバリさんと牡丹さんに簡単に説明する。

登校中にはなこさんが電灯に猫を助けようとして引っかかっていたこと、それを女の人が電灯を蹴ってその勢いではなこさんを川に落としてずぶ濡れになり、それで体操着に着替えたことを簡潔に伝えた。

 

「だから体操着に着替えてたんですね」

 

「はなこ、大丈夫なの?」

 

「うん、かっこいいお姉さんに助けてもらったんだよ!」

 

はなこさんが身振り手振りで嬉しそうにそのことを伝えようとしているが、当然のことながらヒバリさんは少し引いてしまっている。

 

「それって・・助けたって言うのかしら?」

 

「まあ、助けて貰えたのは有り難いんだけどさ、全く説明も無くいきなり落としたから滅茶苦茶びっくりしたよ」

 

「確かにこの時期なら風邪は引かないとは思うけど、凄いことするわねその女の人」

 

その時、牡丹さんがノートに書き込んでいるのが目に入った。

何を書いているのか気になり尋ねてみることにする。

 

「牡丹さん、何書いてるの?」

 

「これですか、これは夏休みの計画です」

 

「夏休みの・・?」

 

牡丹さんのノートには、『遊園地、植物園、水族館、海、お祭り』といった様々な行事、施設が書かれている。

そういえば、この前夏休みに皆でどこかに行こうかと話をしていた。

 

「他にご希望はありますか、夏休みのイベント?」

 

「じゃあ私、動物園に行きたい!」

 

「動物園・・?」

 

動物好きのはなこさんなら別におかしくない提案だが正直嫌な予感しかしなかった。

 

「その動物園はふれあいコーナーがあって春に生まれた小ジカとか、子ウサギとか・・あと子トラとか子ライオンとか子ワニとかがいてねっ!!」

 

「却下」

 

「ごめん無理」

 

「何でー!?」

 

「スミマセン、ちょっと同感です・・」

 

目をキラキラさせながら説明していたはなこさんだったが俺とヒバリさんにはあっさり、牡丹さんにすらやんわりと断られものの見事にショックを受ける。

子ジカと子ウサギはまだともかく、子供とはいえ獰猛な肉食獣をはなこさんが見に行くのはどう考えても危険でしかない。

 

「大体、普段から猫にだって引っかかれているのにトラを見に行くだなんて・・」

 

「うん、少なくとも直に触れに行くのは諦めた方がいいって」

 

「でしたら、ふれあいコーナーを我慢して動物を見るだけにすればいいんじゃないですか、それなら・・きっと・・」

 

はなこさんに助け舟を出した牡丹さんだったが段々言葉が小さくなっているのが明らかで、牡丹さん自身もはなこさんは動物を見るだけでも安全とは言い切れないと思ってしまったんだろう。

 

「な、夏休みのイベントといえば・・やっぱ俺は甲子園かな?」

 

話題を変えるべく、話を振ってみた。

夏休みと言えば、俺のような高校球児にとっては甲子園が最大のイベントだ。

まあ、今の俺は2軍の一選手(実力が認められて、3軍から昇格した)に過ぎないので今年、天之御船が甲子園に出場したとしても試合に出ることは夢のまた夢でしかない。

今年は大人しく観客席で部員の1人として応援に徹するほかないだろう。

 

「いいですね、甲子園、それも書いておきますね」

 

「野球かぁ、私野球の試合って見たことないんだよね、ヒバリちゃんと牡丹ちゃんは?」

 

「私は無いわ」

 

「私もありません、葵さん以外は初めてですね」

 

「ああ、でも甲子園って屋根が無いから一日でかなり日焼けするらしいから日焼け止めとか準備しておいた方がいいよ」

 

「そうですか・・なら私は頭に氷を載せてほっかむりをしてサングラスで白い日焼け止め防護服を着た方がいいですね」

 

「・・・・」

 

体の弱い牡丹さんなら最低限そのくらいの準備は必要なんだろうが、想像するまでもなく悪目立ちしそうだ。

 

「いや、牡丹、そんな恰好してたら日焼け以前に暑さで倒れちゃうんじゃなの?」

 

「それもそうですね・・私は大人しく球場の日陰にでも錆の如く張り付いておくことにします」

 

牡丹さんがいつものようにネガティブなオーラを発するが、炎天下の中だと5分も持たなさそうな牡丹さんだとそれがいいんじゃないかと思ってしまう。

 

「あ、そういえばヒバリさんは行きたい場所ってどこかある?」

 

「私は・・・・海に行けなかった時はせめてプールに入りたいわ」

 

「いいね、プール!」

 

「プールか・・」

 

俺も泳ぐのは嫌いじゃないので、夏には1度位は海かプールのどちらかは行ってみたい。

 

「でも、学生の本文は勉強なんだから遊んでばっかりじゃダメでしょ」

 

「うっ、そりゃ確かに・・」

 

体育以外の成績は決して良くない自分にとっては耳が痛い話だ。

仮に、将来無事にプロ野球選手になれたとしても勉強もできた方がいいに決まっている。

 

「あ、そうだね・・じゃあ誰かのお家で宿題しようよ!」

 

「わあ、お泊り会も素敵ですね!」

 

「何だ、何の話をしている?」

 

「やあ」

 

そこに萩生さんと江古田さんがやって来る。

 

「響ちゃんと蓮ちゃん、どうしたの?」

 

「貴様たちがやけに楽しそうに騒いでいるのが耳に触ったのだ」

 

萩生さんはいかにも[仕方なくだぞ]という感じで言ってはいるが、きっと何だかんだで俺達が楽しそうに話しているのが気になってつい話しかけてしまったみたいだ。

 

「実は夏休みにどこに行こうか話し合っていたんです」

 

牡丹さんが代表する形で答える。

 

「何だ、そんなことか」

 

「萩生さん達は夏休みって予定はあるの?」

 

「無論あるぞ、この響に抜かりはない、まずは蓮と共に」

 

ヒバリさんの問いに萩生さんは胸を張って鼻を鳴らしながら得意げに答える。

 

「私は出かけずに家で寝ていたい、夏は暑いし」

 

「そんなっ、蓮っ!?」

 

「あーでも動物園なら行ってもいいかな?」

 

牡丹さんのノートに視線を向け、はなこさんが提案した『動物園』を見て頷きながら呟く。

 

「ほんとっ、じゃあ一緒に行こう!」

 

「うん、行こうか」

 

「れ、蓮がそう言うのなら響も行くぞ、響は動物など」

 

「ところで、動物園ってどこの動物園?」

 

「こないだ登った山の近くにあるんだけどそこにはふれあいコーナーっていうのがあって・・・・・・

 

はなこさんが再び目をキラキラさせてそのことを2人に説明する。

 

「貴様、死ぬ気か・・?」

 

「え、そんなことないけど何で?」

 

「何でと聞かれても・・」

 

萩生さんもはっきりと「確実に襲われるから危険」だと言えないようだ。

ふと気づいたが江古田さんがそのふれあいコーナーに行くとはなこさんとは別の意味で大変なことになる可能性がある。

体質から考えてその場の動物の半分が江古田さんに向って来ることになるのだから小動物や鳥ならばうっとおしいで済むのだろうが、子供だけとはいえ肉食獣に纏わりつかれればさすがに命が危ないかもしれない。

 

「そういえば、一限目って7組だけじゃなく、勉学クラスと体育クラスと合同なんだよね」

 

「ああ、確かそういうことらしいな女子が調理実習で男子が技術工学だとか」

 

「じゃあ、あおい君だけ別になっちゃうんだね」

 

「うん、まあそうなるね」

 

「あの・・実は私全然料理の実体験が無いものでご迷惑をおかけするのではないかと心配で・・」

 

「大丈夫だよ牡丹ちゃん、平気平気、私もだから!」

 

「いや、それ平気じゃないって・・」

 

そういう俺自身も料理はほとんどしない、しても本当に簡単な手伝い位で人のことを言えない立場なのだが。

 

「そういえば、ヒバリさんにお聞きしたかったのですが『おたま』と呼ばれる器具は一体どのようなもの何でしょう、『たま』という位ですし材料を入れる丸い物なんでしょうか?」

 

「そんなレベルなの!?」

 

ヒバリさんの勢いのあるツッコミに激しく同意だった。

その位の料理器具ならさすがの俺も一応は知っているだけに不安がより一層深まる。

 

「もしかしたらひっかけかもしれないよ牡丹ちゃん、丸い形じゃなくて卵焼きとかをひっくり返すときとかに使うものかもしれないし!」

 

「いやそれも違うって! はあ、『おたま』ってのは味噌汁とかをすくって器に移す時に使うもので、簡単に言えば少し曲がった大きなスプーンみたいな形してるんだよ・・」

 

おそらくはなこさん、ヒバリさん、、牡丹さんの3人は同じチームになるのだろうが、この様子だと実質料理はヒバリさん1人で担当することになりそうだ。

ヒバリさんの料理の腕は確かだが、はなこさんと牡丹さんの場合料理の経験以前に何が起きても不思議じゃない。

今までなら心配で放っておけなかったということもあり大抵は同じチーム入っていたが、男女別れての授業ではそういうわけにもいかない。

調理実習ではヒバリさんはきっと今まで以上に苦労することになるだろう。

 

「今日はあたしが料理をするから、2人は手伝いをお願いするわ・・」

 

「やった、ヒバリちゃんがいれば百人力だね!」

 

「よろしくお願いします、ヒバリさん」

 

「くっくっくっ、雲雀ケ丘瑠璃、あの山登りでは不覚にも引き分けだったが今回はあの時のように行かんぞ、覚悟しておけ!」

 

「え・・引き分けってもしかしてあの料理のことか?」

 

「当然だ、調理実習では響の全力で完膚なきまでの圧倒的勝利を収めてくれる!」

 

あの時は、見た目からしてまずそうなサンドイッチを作ってきていたが、この様子だと別に料理の腕を磨いてきたわけでもないんだろう。

しかも、萩生さんが一口食べただけで引っ込めてしまったので勝負すら成立していなかったはずだ。

 

「・・私も雲雀ケ丘さんのチームに入れてもらおうかな」

 

「蓮、何故だー!!」

 

流石に面倒くさがりの江古田さんも萩生さんの作った料理を食べるのは嫌そうなのは間違いないらしい。

そろそろ時間になったのではなこさん達と別れてそれぞれの教室に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、ようやく終わった・・」

 

合同授業の技術工学が終わり、同じ班の男子と別れて調理室に向っていた。

他のクラスはほぼ問題なく進めていったが、7組だけは上手く行かず火花が散ったり、機械が触ってもいないのに動き出すなどのトラブルが多発し殆どの班が及第点を得られないまま終了となった。

不幸中の幸いか、7組は怪我人までは出なかったものの1人の例外なく疲れ果て、授業が終わった喜びの欠片もないまま昼休みとなった。

早く一休みしようとも考えたがヒバリさん達の様子が気になり少しだけ覗いてみることにした。

調理室を覗いてみると、女子達も既に授業は終了したようで生徒は少数しか残っていなかったが、そこに残っている生徒の殆どが7組の生徒ではなこさん、ヒバリさん、牡丹さんと萩生さん、江古田さんも残って後片付けをしている最中だった。

どういう訳か料理の上に緑色の液体がぶちまけられている状況から察するに男子と同様に上手く行かなかったみたいだ。

 

「みんな、お疲れ」

 

声を掛けようか迷ったが、このまま自分だけ先に教室に戻ってもすることがないので声を掛けてみる。

 

「あ、あおい君、男子もおわったの?」

 

丁度一番近くにいたヒバリさんが反応して答えてくる。

 

「まあね、ちょっと色々あったけど何とかね、ええと・・女子はどんな感じだったの?」

 

「こっちもいろいろ大変で、失敗しちゃったわ」

 

聞くまでもなかったようで、やはり男子だけでなく女子の方も散々だったようで、はなこさん、牡丹さんを除けば残っているクラスメートは一様に暗い顔をしている。

 

「あ、あおいくん、男の子の方も終わったの?」

 

はなこさんと牡丹さんの2人も俺に気付いて駆け寄って来る。

 

「終わったよ、はな子さん達はどうだった?」

 

「すっごく楽しかったよ! 途中で火が出でびっくりしたけど、友達と料理するなんて初めてだったし!」

 

「私は足を引っ張ってばかりでしたがヒバリさんのご尽力で最後まで参加できたので感謝してもしきれません」

 

「そ、それはよかったね」

 

「でも、私が野菜ジュースをカレーにこぼしたせいで鷺ノ宮先生に評価してもらえなかった・・」

 

「え、ヒバリさん・・」

 

ヒバリさんは牡丹さんとはなこさんとは対照的に落ち込んで暗い顔をしていた。

確かに自分のミスで料理を台無しにしてしまったなのならそんな表情になるのも無理ないだろう。

 

「そんなことないよ、ヒバリちゃんがいなかったら料理も最後まで作れなかったんだよ!」

 

「それに、このカレーもとても美味しくできていて本当にヒバリさんは料理がお上手なんですね」

 

「・・・・ありがとう、今度は気を付けるわ」

 

2人の言葉にヒバリさんは笑みを浮かべるが完全には吹っ切れてないのが何となく見て取れる。

でも、2人が気にするなと言っている以上、俺が今口を挟んでも仕方ないので何も言わないことに決める。

ともかく、俺のせいで中断してしまった後片付けの手伝いをすることにした。

 

「あ、そういえばあおい君、聞いて聞いて! 今朝助けてくれたあのお姉さん、この学校の先生で調理実習の担当だったんだよ」

 

「え、マジで!」

 

「うん、私もびっくりしちゃった」

 

「普段は勉学クラスを担当しているようですよ」

 

「へえ、身体能力もあんなにすごかったのに頭もいいんだ・・」

 

この名門、天之御船の教師でしかも『勉学』クラスを受け持っているということは教師の中でも超一流の頭脳を持っている証拠だが、今朝のあのキックを見る限りでも体育クラスの担当できそうな程身体能力が高いのは正直かなり驚きだった。

4人で協力して片付けを終えると皆が作ったカレーを少しだけ食べさせてもらったがとても美味しくできていた。

ヒバリさんの言った通り野菜ジュースが混ざってしまったせいで味が少し変わっていたみたいだがそれでもしっかり作られているのがはっきり伝わってくる一品で、もし、失敗が無ければきっと満点だって取れていたかもしれないとすら思う程だった。

余談だが、同じ調理室にいた萩生さんと江古田さんの作ったおにぎりも食べてみたが一口食べた瞬間反射的に吐き出しそうになってしまった。

その理由はおにぎりには具材としてスイカが入っていた上に塩の代わりに砂糖が入っているというおぞましい代物だと言うことが判明した。

あの萩生さんが作ったモノを不用心に口に含んだ自分が悪いので何とも言えなかったが、江古田さんに鷺ノ宮先生から―300点というとんでもない点数を付けられたことを教えられ、実際に食した後なら十二分に理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後 ホームルームも終わり下校の準備を進めていると教室に鷺ノ宮先生が現れ少し話があるとのことで職員室に呼び出しを食らった。

特に思い当たるようなことは無かったが、それでももしかしたら、叱責でも食らうのかもしれないと緊張しながら職員室に足を踏み入れ、そのまま先生の机の前で話を始めた。

 

「鷺ノ宮だ、突然呼び出してすまなかったな」

 

「いえ、それにしてもここの先生だったんですね」

 

「まあな、早速本題に入らせてもらう、葵坂、お前は幸福クラスについてどう思っている?」

 

「どうって・・まあ変わったクラスだなとは思っていますが」

 

「それだけか・・?」

 

「・・・・それは・・」

 

言葉に詰まり黙り込んでしまう。

その質問はとっくの昔に自分で考え答えを出していたがそれを口に出すのは気が引けた。

 

「聞き方を変えよう、お前はあのクラスは自分にとって相応しい所ではないと感じていないか?」

 

「・・・・・・」

 

「葵坂、お前について調べさせてもらった、入学後の体力テストの結果から入学前の実績もだ、はっきり言ってお前の実力ならば体育クラス内でも最上位の1組内でも十分通用する、だが不幸だからと7組に入れられたのは実に不可解だ」

 

「・・はい」

 

その言葉はいつの間にか心の奥底にため込んでいた不満をやわらげるのに何よりも効果的だった。

 

「正直に言って私は幸福クラスの存在に疑問を抱いている、特別な才能を持っているわけでもなく他のクラスのような努力も見られないあのクラスをこれ以上放置する気はない、天之御船学園を守るため7組を潰そうとも考えている」

 

「そ、それはいくら何でも!」

 

だが、あのクラスの存在まで否定されるのは流石に受け入れられない。

7組には友達や楽しい思い出もある以上、入学前ならいざ知らず、今の俺にとってかけがえのない場所を潰されるというのは到底肯定できなかった。

 

「勘違いするな、私は別に7組の生徒を追い出そうとは毛頭考えていない、代案として新しく普通科を設立し全く別のカリキュラム組み、生徒の成績次第では勉学クラスの3組、もしくは体育クラスの6組への移動も考えている」

 

「そ、そうなんですか、すいません」

 

「気にするな、だがもし仮にそうなった場合私はお前の体育クラス、それも1組の移動を強く主張するつもりだ、それだけは忘れないでもらいたい、この天之御船においてお前のいるべき場所は7組ではないのだから」

 

「・・はい、分かりました、失礼します」

 

先生の一連の発言に頭が混乱し、うまく答えられないまま職員室を出て皆で一緒に帰ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でね、そのにゃんこがね・・」

 

「はい」

 

「首怪我してたからね、こうやって膝から」

 

はなこさんが普段通り大好きな動物のことをニコニコしながら話し、それを聞きながら帰路を歩んでいくが先ほどの鷺ノ宮先生の話が一向に頭から離れず、完全に上の空だった。

あの先生の話は自分にとって願ってやまないことで、もし本当にあの先生の言う通りに幸福クラスが無くなれば確証はないものの俺は体育クラスに移動が叶うことになる。

他のクラスメートも先生が言った通りに新しく設立される普通科に入ることになれば、きっと今まで受けてきた変な授業も無くなるんだろう。

第一、先生の言葉は確かに一から十まで正論であの時は返す言葉が無かった。

でも・・本当にそれでいいのだろうか?

俺も含めた7組の生徒は不幸を見出されたとは言われたが、だからこそ天之御船学園に入学できたという事実は揺るぎようがない。

それに、入学式後の小平先生の言葉の中に『不幸のせいでせっかくの才能を発揮できない人もいる』というものもあったのを覚えている。

あの言葉は解釈を変えてみると俺達7組の生徒は不幸を克服さえすれば、自分でも気付かなかった才能を発揮できるようになるということではないだろうか・・?

もちろん、あの発言が本当のことなのかは分からないし、あの幸福実技を受けていけば不幸を克服できる確証もない。

 

「ねーねーあおいくんってば!」

 

「え、うわっ、な、何!?」

 

考えるのに集中しすぎたせいで、いつの間にかはなこさんが目の前にまで近づいて声を掛けてきていることに気がつかず、かなり驚いてしまった。

 

「実はね、さっきヒバリちゃんと話をして今日ヒバリちゃんちでお泊りすることにしたんだ」

 

「え、何でまた?」

 

「この前、ヒバリちゃんちに遊びに行きたいって言ってたし、それに今日行ってみたいって思ったからだよ」

 

「即断即決だね・・でもそれがどうしたの?」

 

「だから、あおい君も来れないかなと思って」

 

「え、いやいや俺は!」

 

恋人ならばともかく、単なる友人でしかない俺が女の子の家に、ましてやヒバリさんの話では一人暮らしで両親もいない家に泊まるなんて絶対に無理だ。

 

「か、勘違いしないで! 泊まるのははなこと牡丹だけよ、でも折角だからあおい君も一緒に来てもらおうかなと思って、ほらだって一人だけ仲間はずれってのは何だか嫌な感じだしね」

 

ヒバリさんが慌てて俺の盛大な勘違いを訂正してくる。

 

「あ、ああそういうこと! ごめんごめん、大丈夫、今日は何も予定ないから俺も遊びに行こうかな」

 

「ほんとっ!? じゃあまだ今日はもうちょっとみんなでいられるね!」

 

「そうですね、私も急いで帰って両親に許可を頂いてきます!」

 

「牡丹・・はしゃぐのもいいけど、転ばないようにね」

 

俺達はそれぞれの家路に分かれ、帰宅してすぐに両親に「今日は友達の家で遊んでくるから夜遅くなる」と伝え、

準備を手早く済ませると、すぐに家を出てヒバリさんから聞いた住所へ向かいだす。

ただ、心配を掛けたくなかったのでその友達が女の子であることは黙っていることにした。

ふと、自分が人生史上初めて女の子の家に行くことになることに気がついたが、自分の例の体質もあり小・中共には殆ど女の子と関わることはなかったので迷いが生じる。

この期に及んで、行くことにためらいを覚えたがこんなことで立ち止まっていては不幸をいつまで経っても克服できないと考え覚悟を決め、再び足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐという所で行き倒れている牡丹さんとそれを見つめているはなこさんを発見し、急いで担いでヒバリさんの家に運び込んだ。

 

「・・も、申し訳ありません皆さん、浮かれて歩いたせいか立ちくらみが・・」

 

「無事ならもう気にしなくてもいいって」

 

「牡丹、お薬飲むんでしょうから水置いておくわね」

 

「ありがとうございます、よろしければお2人とも気分がとっても良くなるお薬や身体にすごく力がみなぎるお薬はいかがですか?」

 

「気持ちだけ頂いておくわ・・」

 

「俺も遠慮しておくよ・・」

 

断定はできないが、使っているのがばれたら試合に出られなくなるような成分が含まれている気がしたので断っておく。

 

「では、この通常の3倍の速さで動けるようになるお薬はいかがですか?」

 

「いいってば・・」

 

「やめておく・・何か怖いから」

 

「あ、そういえば私お土産持って来たんだ!」

 

そう言って、はなこさんはカバンから大きな箱を取り出した。

 

「そんな、気を使わなくてもよかったのに」

 

「はいっ、サラダ油とオリーブオイル!」

 

はなこさんが持ってきたのはまるでお中元みたいなお土産だった、まあ確実に使う物だから貰った側も困ることは無い物なので丁度いいかもしれない。

 

「・・ありがとう」

 

「それにしても・・ヒバリちゃんち、すっごくかわいいねー♬」

 

ヒバリさんはそれを聞いた途端、急に表情が赤くなる。

 

「ほんと、小物使いも愛らしくて素敵ですよね♡」

 

確かにそう言われると、この家には多くの小物が使われていてその一つ一つがいかにも女の子が好きそうな可愛らしいデザインの物ばかりだった。

 

「お、親がインテリアに昔から無頓着な人達だから・・そう、あたしが子供のころから選んできた物ばかりで、だからちょっと幼すぎちゃって・・!!」

 

真っ赤になって狼狽えながらヒバリさんは説明してくるが、あの様子だと半分くらいは本当、残りは嘘でヒバリさんが子供の頃から選んできたものもあるのだろうが、今でもこういう小物を選んでいるんだろう。

それに1人暮らしともなれば、自分の好きなもので部屋中に置くのは普通のことに思える。

 

「ヒバリちゃんの思い出が全部に詰まってるんだ!」

 

「ピンクがお好きだったんですね♡」

 

「あーほんとだ、ピンク色のクッションとか多いね」

 

「え、ええ昔小学生の頃はね」

 

少なくともピンクが好きなのは間違いなさそうだ。

その後も、この家のことや普段は1人で何をしているのかなど主にヒバリさんのことを中心に色々話をしていく。

これが、男子だけの集まりならゲームなり漫画を読んだり共通の趣味で盛り上がったりするのだろうが、これでは普段教室で話をしているのと何も変わらない。

それでも、こうやってただ皆で過ごすのは性別の関係なく落ち着ける。

時間が立って日が落ちてきたころ、ヒバリさん達は一緒に風呂に入ることなり3人で脱衣所に向かった。

当然、俺はここで1人皆が戻ってくるのをテレビを見ながらじっと待つことになる。

3人が入浴に向かう時も信頼されているのか、それとも男子として意識されていないのかは分からないが一言「覗くな」と釘も刺されることも無かったのは複雑な気持ちだった。

覗くつもりなど欠片もないが、本音を言うと興味がないかと聞かれればそんなことはない。

特に変わった嗜好もない男子高校生として見て3人共かわいい女の子で、それぞれ誰かと一緒に過ごす時も楽しく思える。

だが、今のところは3人も含め誰か特定の相手の好意は抱いたことが無く、それ以前に自分の体質を直す方が先決だろう。

やがて、風呂上がりのはなこさん、ヒバリさん、牡丹さんは普段の見慣れた制服や以前見かけた私服とは違う無防備な寝間着に少しだけ心臓の鼓動が早くなる。

 

「どうしたの、あおい君?」

 

「あ、何でもない、ちょっとぼーっとしてただけ」

 

呆けている俺をはなこさんは不思議そうな目を向けていてはっとなって誤魔化す。

 

「はなことあおい君は何か飲む?」

 

「カフェオレ! 牛乳たっぷりで」

 

「はなこさん牛乳お好きですもんね」

 

「学校でもよく飲んでるねそういえば」

 

「うん、ねえねえ牡丹ちゃん、牛乳たくさん飲んだら身長が伸びたり、胸がおっきくなったりするのかな・・?」

 

「どうでしょうね? 私はおなかを壊してしまうのであまり飲まないのですが」

 

「え、そうなんだ!」

 

話の内容だけに声には出さなかったが、俺も今の言葉には少しだけ驚いた、牛乳をたくさん飲んだからと言って背がよく伸びたりするとは限らないことは知っていたが、牛乳をよく飲んでいるはなこさんは辺り成長せず、逆に殆ど飲まない牡丹さんは色々成長していてお互いにそれが悩みになっているのは何とも皮肉だろう。

牡丹さんの話は続き、「コーヒーをよく飲む女性は飲まない女性に比べて胸のサイズが17%小さくなる」というトリビアを披露したがそれでもはなこさんはコーヒーは好きということで飲むことにしていた。

これからもコーヒーは飲み続けるのか分からないが、しばらくはコーヒーを飲むたびにこのことを思い出して落ち込む様子が見てとれた。

そんな調子で皆と話をしているといつの間にかすでに外は暗くなり、帰るべき時間になっていて帰ることにする。

 

「そろそろ帰ろうかな、もう遅いし」

 

「あ、ちょっと待ってあおい君」

 

「どうしたの?」

 

「帰られる前にお話ししたいことがあるんです」

 

「話・・?」

 

「実は今日あおい君も誘ったのは、はなこと牡丹があおい君も誘ってほしいって言ってきたからなの」

 

「そうだったんだ・・」

 

「べ、別にあおい君を呼ばないつもりじゃなかったのよ、ただ男の子を家に入れるのって初めてだったから自分からは言い出しにくくて・・」

 

「だ、大丈夫だよ、俺も女の子の家に来たのは初めてだから・・」

 

「今日、鷺ノ宮先生に呼ばれた後から落ち込んでいるような感じだったからあおい君も一緒に来てほしいなって思ったの」

 

「え・・・・それは・・」

 

正直言って2人が元気がないことに気づいているとは夢にも思わずかなり驚かされた。

帰る時は上の空だったとは思うが、それでもずっとではなかったし、2人の様子もいつもと変わらなかったので全く気が付けなかった。

 

「もしかして、先生に怒られたの?」

 

「何か悩みがあるんでしたら私たちで良ければお話しいただけませんか?」

 

「力になれるか分からないけど話をするだけでも気持ちが楽になるかもしれないわよ」

 

はなこさんも牡丹さんもヒバリさんもじっと俺の目を見つめてきて返事を求めてくる。

 

「別に悩みってわけじゃないんだけど・・ごめん、まだ言えないことなんだ」

 

正直に言ってしまいたかったが、鷺ノ宮先生にこの件は黙っていて欲しいと言われたので説明はできない。

7組の生徒には大事な話だが決まってもいないのに騒ぎ立てれば学校全体に迷惑がかかることにもなる。

 

「そうなんだ、でももし何かあったら私達に相談してね」

 

「そうですよ、普段は私の方がご迷惑をかけてばかりなんですから」

 

「わ、私も!」

 

「私もあおい君に助けられること多いから」

 

「ありがとう、もう少ししたら話せるかもしれないから待ってて欲しいな」

 

「じゃあ、そろそろ寝室に行きましょうか」

 

「あ、まだ待って、ヒバリちゃんにも話したいことがあるの」

 

「え?」

 

「今日の調理実習が終わってから気が沈んでらっしゃるようでしたから」

 

「あ、あれは――」

 

どうやら2人は俺のことだけでなくヒバリさんが落ち込んでいることもしっかり

俺自身もあの時以来ヒバリさんが気が沈んでいるのが伝わっていたが結局何もできていない。

 

「少し・・嫌気が差していただけよ、自分自身に・・」

 

「いつでもしっかりしているフリで肝心な時にいつも迷惑を掛けたり裏目に出たり、そんな自分がすごく――」

 

「ヒバリちゃん! 迷惑かけていいんだよ、だって好きだもん!」

 

言葉を遮るようにはなこさんがヒバリさんの目の前までやって来て力強く言い切った。

 

「そうですよ、ヒバリさん、いつもは私の方がご迷惑かけてばっかりなんですから」

 

「わ、私も!」

 

「ちょっとは頼って下さったり、弱音を吐いたりして下さい、頼りない相手かもしれませんが」

 

「――確かに、あなたたち2人じゃあの学園一頼りないかもね。 ね、あおい君」

 

「え!?」

 

「!?」

 

ヒバリさんから予想だにしない衝撃の一言が飛び出て俺もはなこさんも体が固まる。

 

「ふふ、冗談よ」

 

だが、すぐにヒバリさんは笑みを浮かべその言葉を取り消す。

 

「そんな恥ずかしい言葉言ってる暇があったらもう寝るわよ、明日も普通に平日なんだから!」

 

「あ、そういえば明日プールだった! 帰ったら準備しないとな」

 

明日はプール開きで当然水着も用意しなければならない。

 

「じゃあ俺帰るね、また明日」

 

「ばいばーい」

 

「忘れ物しないようね」

 

「お気をつけて」

 

ヒバリさんの家を出て何事もなく自宅にたどり着き、日課の野球の練習や明日の諸々の準備を終えて寝ることにした。

寝る前に今日起こったことを振り返ってみると、いろんなことがあってとても濃い一日だった。

合同授業の技術高額で何度もトラブルがあったこと、鷺宮先生に言われたこと、ヒバリさんの家に初めて行ったこと、はなこさんと牡丹さんに元気づけられたこと。

その中でも特に驚かされたのははなこさんと牡丹さんの2人が俺が悩んでいることを気付いていた事実にはかなり驚かされた。

はっきり言えば、2人を頼りないと心の奥底で思っていたのは否定できない。

それに、俺ははなこさんと牡丹さんを『助ける』ことは常日頃から考えていたが『助けられる』ことを考えたことは一度もなかったが、2人の言う通り俺達は『友達』同士何だから助け合うのが普通だ。

自分が『助けなければいけない』という考えは結局は自分の思い違いに過ぎないんだろう。

色々疲れはしたがそれ以上に大切なことに気付くことができた日で生涯この一日を忘れることは無いだろう。

時計を見てみると既にもういい時間なので、いい加減目をつむって寝ることにする。

明日は天之御船に入って初となるプールの授業で楽しみだった。

 


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