翌日
次の日になってもはなこさんは休みだった。
天気も相変わらずの雨で部活での練習もままならず気が滅入ってしまう。
「今日も休みだなんて、昨日早く帰るべきだったわね」
「ええ、それにひきかえ私など昨夜からか関節痛と午前2時から始まった偏頭痛に襲われていましたのに、朝になったらさっぱり体調を取り戻し、こうしてのこのこ学校に来てしまいました」
「いやいや、学校に来れたのはいいことだって、治るのが早いってのも凄いと思うし」
「ええ、でもまたこうして学校に来て皆さんや保健室の先生のご厄介になると思うと申し訳なくてこの雨のように消えて無くなってしまいたい気持ちに・・」
「だから気にしなくていいって・・」
今更ではあるが、牡丹さんは体自体は弱くても体の回復力がすごく高い。
それでも、貧弱すぎてお釣りが来るどころか逆に赤字になっているが。
ふと、何気なく窓から景色を眺めると土砂降りとは行かないまでも強い雨が降り続いているのが見える。
「雨・・全然止まないね」
分かり切ったことではあるが、そんな独り言を小さく呟く。
「今度はお腹が・・」
「ええっ!」
「ちょっと大丈夫か!?」
牡丹さんに保健室に行くことを勧めたが、これくらいなら直ぐに治ると言ってそのまま授業が始まり、終わることには本当に治っていた。
牡丹さん曰く、この位で保健室に行っていたら授業など受けていられないらしい。
その後、昼休みに入り、はなこさんを除いた3人で集まって昼食を食べる。
いつもなら、4人で適当に雑談しながら食べるが今日は全員口数が少なくあまり会話をしないまま食べ終わる。
「奴がいないと静かだな」
そこに萩生さんと江古田さんがやって来る。
確かに、周りからしてみればいつも場を明るくしてくれるはなこさんがいない分、会話が少なかっただけでなく、普段と比べると静かに感じたんだろう。
「花小泉さん、今日も休みなんだね」
「はい、熱があるようでして」
「ああ、昨日お見舞いに行った時は体調が良くなっているように見えたんだけどね」
「たしか昨日、雨で濡れてたね」
「雨か・・」
雨の勢いは少し弱まっているように見えるが、まだまだ止みそうにない。
「昨日、はなこんちの周り、異様に雨が降ってたわね」
「空も真っ暗でしたし・・」
「何て言うか説明しづらいけど、はなこさんの家の周辺だけ空気がおかしかったて言うか・・」
あの雰囲気は自分で体験して見ないと分からないかもしれない。
「せめて・・雨だけでも止んでくれたら・・」
「」
江古田さんが牡丹さんの机の上に出していたポケットティッシュを手に取り、
「これいい?」
と尋ねると、牡丹さんは快く了承した。
江古田さんはテイッシュを何枚か取り出すと、何かを作り始める。
それを全員で静かに眺めているとすぐに何を作ろうとしているか気づく。
「それはもしかして・・」
「てるてる坊主?」
形が出来上がると今度は、マジックペンを持ちてるてる坊主に表情を書き始める。
「出来た」
そこにはモロに熟睡しているてるてる坊主が完成していた。
思わずズッコケそうになる。
「って寝てたらダメだろ!」
「そう?」
「確かにあんまり雨は止まなそうですね」
「江古田さんらしいけどさ・・そこは普通に起きてようよ」
「全く、蓮に任せるとこれだから・・」
キーンコーンカーンコーン・・
「ランチタイムは終了ですよ」
昼休みが終わったことを知らせるチャイムが鳴ると同時に小平先生が教室の扉を開けて入ってくる。
そう言われて気づいたが、教室にいる生徒は俺達しかいなかった。
「あ、次の授業・・」
「音楽か!」
「やべっ急がないと!」
「早く音楽室に向ってくださいね」
急いで音楽の教科書や筆記用具を用意して5人で音楽室に向って走り出す。
いきなり走り出したせいか途中で牡丹さんが転びかけて、俺が背負って何とか5人ともギリギリ間に合った。
放課後になり、傘をさして殆どの生徒が下校する中、萩生さんと江古田さんを含めた俺とヒバリさんと牡丹さんの5人は教室に残って、てるてる坊主を作ることにした。
「よし、じゃあ始めるか!」
そう言うと、萩生さんは大きな箱を机の上に置き、その箱を開けると何やら色々な道具が入っていた。
「それは・・?」
「響の工作セット、幼稚園の頃から使ってるやつ」
「へえ、物持ちがいいんだな、俺は幼稚園の頃の道具何て卒園までに一部を失くしちゃってたよ」
「芸術の神はいつ降りてくるか分からんからな、こうして常に持っているのだ!」
「それでは私も・・」
牡丹さんは入学式の日に使った物と同じ救急セットを机の上に用意する。
「何っ!?」
「私の治療セットです」
「まあいつも持ち歩いているものね」
「まさかそれでてるてる坊主を?」
「はい、使い慣れている包帯ならきっといい物ができそうな気がしまして」
どうやら萩生さんは牡丹さんに対抗意識を燃やしだし、そのせいかその瞳にも炎が灯っているような錯覚さえ見えてしまうになる。
「私は・・」
ヒバリさんはポケットから綺麗な布を取り出す。
「それって、ヒバリさんのお弁当を入れる大切な・・」
「うん、まあね」
「それ使ってもいいの?」
「ええ、後で戻せばまた使えるから」
「ふん、なんか普通だな」
「当たり前でしょう」
ヒバリさんは少しムッとした様子で萩生さんに答えた。
お互いに仲が悪いというわけではないようだが、萩生さんがよく突っかかっているので
「じゃあ俺も、これを使おうかな」
そう言って、バッグの中から野球の硬式ボールを取り出す。
「あおいくん、それって野球のボールでしょ、使って大丈夫なの?」
「うん、これは部活で使うものじゃなくて、私物だから使っても大丈夫だよ」
「しかし、それをどうやって使うつもりだ?」
「まあこうやって頭の部分にしてみようかなと思って、ちょっと頭でっかちになっちゃうけどね」
上手い使い方が思いつかないのでとりあえずこうしてみる。
そうして、皆で手分けしてそれぞれてるてる坊主を作り始めた。
ちなみに、江古田さんもさっき作った寝ているてるてる坊主とは違う、別のてるてる坊主を作っている。
作り始めてからちょっと時間が立って、ふと萩生さんの方に視線だけ向けると
「ふふふ・・邪悪な雨よ、この大いなる力の前にひれ伏すがいい・・!」
と、まさに中二病ようなことを言って禍々しいオーラを発していた。
その姿に、つい萩生さんの手元から火花が散っているような厳格さえ見てえてしまいそうになる。
何を作っているのか知らない人が見ればきっと危ない代物を作っていると勘違いされてしまうだろう。
今度は牡丹さんの様子を横目で伺うと、牡丹さんも牡丹さんで目に怪しい光を感じさせながら一心不乱にてるてる坊主を作っている。。
「うふふふ・・・・この包帯は別注でお願いしたんです、傷に優しく体の動きにフィットしますよー」
言っていることは別におかしなことではないが、それでてるてる坊主を作っても全く意味がないはずだ。
思った通り、直ぐに横にいるヒバリさんにそれをツッコまれた。
「良かったら、これを見本に・・」
「なるかー!」
江古田さんが昼休み中に作ったてるてる坊主を取り出すが、今度は萩生さんがツッコまれる。
「あ、ありがとう、でも結構出来上がっているから遠慮しとくよ」
形は基本的な物だから見本にはなりそうではあるが、
「ねえねえ、なにしてるのー?」
その時、天井からチモシーが飛び降りてくる。
「ああ、お前か」
まともに反応したのは萩生さん位で、全員がてるてる坊主を作りを即座に再開する。
「花小泉さんがいないと、僕に対するリアクションが薄いね・・」
「普段は、はなこさんに触らそうになると避けるくせに、こう言う反応だと寂しがるんだな」
「触られるのは嫌だけど、これはこれで複雑だよ・・確か花小泉さんは今日も休みなんだね」
「そのはなこが来れたらいいと思って」
「みんなでてるてる坊主作りを作ってるんです」
「そっかそっかー、チモッと、僕にできることがあるなら言ってよー何でもやる・・よ」
「あ、馬鹿お前!」
机に上に飛び乗ってきたチモシーが禁句を発する。
言わんこっちゃなく、途端に江古田さんがチモシーに向ける視線が怪しくなる。
「何?」
「うん」
江古田さんはチモシーの疑問に答えることはなく、大きな布を取り出した。
「え、何?」
数十分後、全員がてるてる坊主を作り終わった。
「できたぞー!」
初めに萩生さんが自信満々といった様子で取り出したのはまるでシーサーのようなお面をかぶったてるてる坊主?だった。
「それ、てるてる坊主・・?」
「どこからどう見てみてもてるてる坊主だろ、この崇高な佇まいお前達には分からんか」
(どこがどう見たらてるてる坊主なんだ・・?)
思わずそう言いたくなったが、余計な軋轢は産みたくなかったし、第1萩生さんの美的センスを考えればまだ見れる方だと考えることにした。
「私もできました」
牡丹さんが取り出したのは、RPGに出てくるようなミイラのようで萩生さんとはまた違った不気味さを発している。
「ふん、断然響の方がいいな」
「どっちもどっち・・」
「いい勝負かもね・・」
少なくとも俺には勝ち負けは決められなかった。
「私のはこれよ」
ヒバリさんが取り出したのは、一目見ただけではなこさんをイメージして作ったとわかるてるてる坊主だった。
「はなこてるてる坊主よ」
「ニコニコ笑って本当にはなこさんそっくりですね」
「これ見たらはなこさんきっと喜ぶよ」
「だが、奴の名前付けるとは・・をますます雨が止まなそうではないか」
萩生さんの鋭い指摘にヒバリさんはハッと固まった。
確かにかわいいてるてる坊主だが、そう言われると否定はできなかった。
「蓮はどうだ?」
「できた」
江古田さんが作ったのは、チモシーに無地の布を着せただけのかなりシンプルなてるてる坊主だった。
他の3人と比べると明らかに製作時間が短いのは一目瞭然で、これも昼休みに作った寝ているてるてる坊主とは違った方向で江古田さんらしいかもしれない。
「・・これで朝まで」
「マジか」
「マジ」
「うーん、何でもやるって言っちゃったしなー」
「できる君ならできる」
「うん、分かった」
結局チモシーは江古田さんに押されるようにてるてる坊主として吊るされることが決まった。
「・・お前本当にいいのか?」
「約束は約束だしねー」
「そうか、まあ、頑張れ」
ロボットとはいえ半日吊るされるのは少し哀れに感じたが本人、いや本ロボットが言っている以上俺が出る幕はないだろう。
「あおいさんはどんなてるてる坊主をお作りになったんですか?」
「俺のはこれだよ」
取り出したのは、4人が作ったものよりはシンプルなてるてる坊主だが、
頭の部分に愛用のボールを使っているのでちょっと頭は大きめで、その分全体的に大きめに作ったが、それでも、萩生さんのてるてる坊主よりサイズは小さい。
背中には背番号代わりにとして花小泉からとって87と書き、他には残った材料を使って紙でできたバットを腰にくっ付けている。
少しばかり、自分の趣味を入れすぎているかと思ったが、萩生さんや牡丹さんの方を見ればその心配は皆無だろう。
「昔はよくてるてる坊主作ってたからね、野球の試合がある日に雨の予報だと毎回作ってたから」
効果があったかは分からないが、試合の日に晴れるとすごくうれしかったのは覚えている。
成長するにつれ段々作らなくなっていったので、久しぶりに作ったが思っていたよりもうまくできた気がする。
「よし、じゃあ付けようか」
教室の窓にそれぞれ作ったてるてる坊主を付け終わると下校した。
その日の夜、筋トレとしてダンベルを上げながら窓から未だに雨が続いている夜空を眺めていた。
天気予報だと明日もまだ降り続くようで期待はできなさそうだ。
それでも、明日は晴れるようにと願ってベッド入り眠りについた。
翌日、何と天気予報とは打って変わって雲が殆どない晴天で、いつもよりかなり早く家を出た。
登校途中で、ヒバリさんと牡丹さんと合流し教室に一番乗りでたどり着き、まずはチモシーとてるてる坊主を下ろして何となく外を眺めていた。
もしかしたら、はなこさんが登校してくるんじゃないかと期待していているが、口には出さないでおいた。
「よし、今日は一番乗りだぞ!」
「おはようございます」
萩生さんと江古田さんが登校してきたが、2人も普段は遅刻ギリギリが多いのでかなり早い。
「ぐっ、一番乗りじゃないのか?」
「ずいぶん早いのね」
「てるてる坊主が気になるって響きが早く来たがって」
「言うな蓮!」
「うふっ、無事に晴れてよかったですね」
「・・カツ丼追加で、あと天丼、牛丼、うどん、それから・・・・」
「どんだけ食うんだよお前は、第一ロボットじゃないのかよ」
チモシーが食べ物の夢、しかも寝言から察するに丼もの限定で胸焼けしそうなラインナップだ。
「お疲れさま」
そんなチモシーの頭を江古田さんは優しくなででいる。
誰ともなしに、それぞれ自分が作ったてるてる坊主を手に取る。
「はなこ、来るかしら?」
「来ますよ」
「来るに決まっている!」
「うん」
「きっと来るよ、晴れたんだから」
皆で空を眺めながら祈るようにてるてる坊主を持つ手に力をいれる。
天気はこんなに晴れたんだから、はなこさんだってきっと良くなって学校に来るはずだ。
だってこのてるてる坊主に込めた願いは晴れることだけじゃない・・・・だからきっと・・
「あれ?」
声が聞こえて、一斉に振り向くとそこにははなこさんの姿があった。
「おはよーみんな早いねー」
「はなこ!」
「熱下がったんですね」
「うん、もうすっかり元気だよ」
「はなこさんも今日は早いね」
「えへへ、外もすっごいいい天気だからうれしくって早く来ちゃったんだ」
「くっくっくっ、当然の結果だ!」
「響ちゃん、それ何?」
はなこさんが萩生さんの作ったてるてる坊主を見て?マークを浮かべている。
まさかこれがてるてる坊主だとは夢にも思わないだろう。
「ふっふっふ、雨が止んだのグヘェ!」
言葉の途中で後頭部に江古田さんが手刀を食らわせて黙らせた。
「ちょ、何をするのだ蓮・・」
「響、うるさい」
すごろくの時もそうだったが、江古田さんは萩生さんに対しては容赦がない。
「は、はなこ、その髪型」
「そう、お母さんが直してくれみたい」
「あ、本当だ、髪飾りも治ってるね」
ヒバリさんが言ったことで、髪型だけでく壊れてしまっていた髪飾り元通りになっていることに気がつく。
「やっぱりはなこさんはいつもの髪形にその髪飾りが似合ってるかもしれませんね」
「えへへーあれヒバリちゃん、そのてるてる坊主・・かわいいね!」
「ありがとう」
「実はこれ、はなこさんがモデルなんだよ」
俺が言う必要はなかったかもしれないが、はなこさんには知っておいてほしかったので言うことにした。
「え、本当、ヒバリちゃん!」
「ええ、そうよ」
「えへへーうれしいな、それにしてもみんなでてるてる坊主作ったんだね」
「雨が止んだらはなこさんが来てくれるかなって思ってみんなで作ったんだ、萩生さん達も一緒に作ったんだよ」
「え、そうなの、響ちゃん、蓮ちゃん!」
「まあね」
「響は蓮が作ると言うのでついでに作っただけで、お前の為に作ったんじゃないぞ」
「おはようございます」
「もう体調は大丈夫ですか、花小泉さん?」
「はい」
「それはよかったですね、ところでみなさん課題はできましたか?」
「「「「「課題・・?」」」」」
先生の言葉に俺達は首をかしげる。
そういえば、何か大事なことを忘れているような・・・・?
「幸福実技の願い事は今日までですよ」
「あ・・!」
すっかり忘れていたが課題があってしかも期限が今日まで、さらにその課題は全く終わっていないことをその時思いだし、目の前が真っ暗になった。
他の4人も忘れていてらしく顔は見てないがきっと俺と同じようになっているのが分かる。
「し、しまったー・・」
俺はつい力が抜け、膝と手をついてその場に崩れ落ちてしまった。
これでまた一歩体育クラスへの移動が遠ざかると思うと、それだけで憂鬱だった。
「どうしました?」
「課題・・忘れてました」
「あら、そうですか?」
「え・・?」
「短冊はあくまでおまけ、願いを叶えると言うのが課題ですよ、どんなに小さな願いでも、ただかなうことを待っていては何も変わりません、願いが叶うように一歩前に踏み出す、それがいつか自分を幸福に導くカギになるはず、でしたらそれはすでにあなた方の手元にあるのではないですか?」
「じゃ、じゃあ先生・・課題は合格ってことですか?」
「はい、合格です」
「・・や、やったー!!」
嬉しさのあまり、まるで試合に勝った瞬間のようにガッツポーズを決める。
「あらあら、うれしそうですね、葵坂さん」
「はい、凄く嬉しいです!」
ハッとなってヒバリさん達のほうを見てみると全員が口元を抑えるなりして笑いを堪えている。
さすがに恥ずかしくなって咳をして誤魔化す。
「うふふ、花小泉さんはどうですか?」
「私も! 書いてきましたー!」
「ではみなさん、外に行きましょうか」
「「「「「「はーい!」」」」」」
俺達のてるてる坊主とはなこさんに短冊を取り付けるため全員で校庭に出る。
前日に先生とチモシーで植えておいたらしい。
皆で協力しながら笹に取り付けていき(その最中にはなこさんが短冊を風で飛ばされたり、牡丹さんが貧血で倒れかけたり、江古田さんに動物が集まってきたりして中断を挟みながら)何とか授業が始まる前に終わらせることができた。
こうして、つけ終わった笹をいざじっくり見てみると、ヒバリさんの作ったはなこてるてる坊主はともかく、他の呪いの人形、ミイラ男、うさぎ(まだ寝ているチモシー)、俺の作った頭でっかちといった統一感のカケラもないてるてる坊主が取り付けられているのは中々にシュールだった。
てるてる坊主のこと以外にもはなこさんの短冊に書かれた願い事をよく見てみると「いれごミルクおいしかった」と書かれていてちょっと笑ってしまった。
本当はここに自分の短冊を付ける予定だったのだが、完全に忘れていたのでここに付けられない。。
でも、またはなこさんが元気になって学校に来てくれたことだけで今は十分だった。