あんハピ♪ 目指すは7組脱出!   作:トフリ

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11話 はなこのお見舞い 前編

幸福実技の開運オリエンテーリングが終わって約1週間程が経ち、梅雨の時期に入っていた。

 

「今日も雨か・・さすがに滅入るわね」

 

「最近雨ばかりですもんね」

 

「梅雨だからね、天気予報でもしばらく雨の日ばっかりで部活でも屋内練習しかできなくて参ったよ」

 

「ところで、はなこさんは・・?」

 

みんなではなこさんの席に目を向けるがそこに姿はなく空席になっている。

もうそろそろ朝のHRが始まる時間だが遅刻しているみたいだ。

 

「どうしたのかしら?」

 

ヒバリさんがそう言った直後にチャイムがなり、担任の小平先生が教室にやって来る。

 

「みなさん、おはようございます」

 

「「「おはようございまーす」」」

 

「ええと・・花小泉さんはまだですか、珍しいですね」

 

先生の言う通り、入学してからまだ日が浅いがはなこさんが遅刻したのはこれが初めのはずで確かに珍しい。

 

「さて、本日皆さんのお出しする新たな幸福実技は『願いを叶えるです』みなさん叶えたい願いはありますか?」

 

「願い?」

 

そう聞かれれば考えるまでもなく、体育クラスに移動することだ。

他にも将来の夢や、やりたいことはあるが現在の第一目標としてそれは揺るがない。

 

「そもそも願いというのは・・

 

その時、教室の扉が開いてはなこさんが姿を見せた。

 

「ハア、ハア、おはようございます!」

 

よく見ると、全身がずぶ濡れで顔も赤く熱が出ているように見える。

まるで登校途中で川に落ちたように・・いやきっと川に落ちたんだろう。

断言はできないが9割方そんな気がする。

 

「まあ花小泉さん、いったいどうしましたか、すごい格好ですが?」

 

「えへへ。すいません、あの朝家を出たらものすごい猫が降って来て、傘がにゃーっと逃げて、そしたら川に落ちたら雨がバサバサっと飛んで・・それから・・」

 

途中から意味が分からなくなっていたが、予想通り川に落ちてずぶ濡れになったのは間違いなさそうだ。

 

「なるほど正直訳がわかりませんが、色々大変だったのは分かりました、タオルは持っていますか?」

 

「はい!」

 

はなこさんがそう言ってリュックのを開けると大量の水と水を吸取れるだけ吸い取って膨らんでいるタオルが出てくる。

川に落ちたのだから当然といえば当然なのだが、タオルもとっくに使い物にならない状態になっていたようだ。

 

「うわあビシャビシャだ、あれれ、おかしいな・・」

 

「先生、私タオル持っています」

 

そんな様子を見かねてヒバリさんが手を挙げた。

 

「では体を拭いて下さいね、先生はその間に課題に必要なものを配ります」

 

はなこさんの体を拭くためと代えの制服を着るためにヒバリさんと牡丹さんの3人は教室を離れ保健室に向かった。

男子である俺は着替えを手伝うわけにもいかず、教室を出ていく背中を見守るだけに留めておく。

先生が課題の説明とそれに必要な短冊を配り終わった頃3人が戻ってくる。

 

「ふう・・・」

 

「大丈夫なの?」

 

「うん、大丈夫! ありがとう」

 

はなこさんはそう言うがその顔は明らかに普段より赤く火照っていることが見て取れる。

 

「えへへ・・なんだか、体がふわふわする」

 

「はなこさん、いつもの髪飾りはどうされたんですか?」

 

「あ、そう言えば」

 

牡丹さんが言うまで気がつかなかったがいつも付けているクローバーの髪飾りが見当たらない。

 

「それが来る途中で外れちゃったんだ、止めるところが壊れたみたいで・・」

 

はなこさんが出した手の上にいつもの髪飾りが置いてあり、確かに止めるところが壊れているのが一目瞭然だった。

 

「ん・・何だ?」

 

急に何やら部屋が軋むような音が聞こえて来る。

ヒバリさんと牡丹さんも音に気づいたようであたりを見回すが音の発生源らしき所は見つからない。

その時、突然天井からまるで巨大なドラム缶一杯に溜まった水をひっくり返したかと思うような量が一気に降り注ぎ、その水がピンポイントにはなこさんに直撃するのを見入ってしまう。

時間にしてみれば精々3秒も無かったが、はなこさんが少し前のように全身ずぶ濡れになるのには十分だった。

そして、はなこさんは目を回して教室にできたばかりの水たまりに倒れ込む。

 

「はなこさん!」

 

「はなこ、大丈夫!」

 

「はなこさん!」

 

俺達は慌ててはなこさんに駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「願いを叶えろだなんて、本当に無茶苦茶な課題ね、しかももうすぐ七夕だからってこんな物まで・・」

 

ヒバリさんの手には先生からクラスの全員に配られた短冊がある。

 

「そうですね、私など願い事することすらおこがましいのに」

 

「まあこの前の課題と比べれば簡単だよね、願い事を書けばいいだけなんだから」

 

初の幸福実技の日に最下位となった際に出された課題は3人ともそれぞれ異なるものであったがそれと比べても非常に簡単だ。

まだ書いてはいないが、俺の願いは当然体育クラスに移ることで決まっている。

 

「大体、願いなんてそう簡単に叶うわけ・・」

 

「それにしても、いつも元気なはなこさんが早退なんて少し心配ですね」

 

「普段から危ない目に合ってるけど早退したことは一度も無かったし、あ、それって、はなこさんの短冊だよね」

 

ヒバリさんの手には短冊が2枚あり、1枚は自分、もう1枚ははなこさんの分があぅつた。

 

「そうよ、こっちもあるし・・」

 

ヒバリさんがカバンから包んだハンカチを取り出す。

その中にはあの騒ぎではなこさんが持って帰るのを忘れていた髪飾りがあった。

 

「短冊と一緒にはなこに届けてあげましょうか」

 

「ええ、お見舞いに行きましょう、何かはなこさんが喜びそうなものを持って!」

 

「そうだな、うん、じゃあ3人で行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校を出た俺達ははなこさんの家の途中にある商店街ではなこさんのお土産を探すことにした。

何がいいか3人で話し合っていたがなかなか決まらずに今は通りがかったペットショップの犬を眺めていた。

 

「さすがに犬や猫はお土産に持っていけないわね」

 

「ペットのレンタルってのもあるけど、返さなきゃいけない物をお土産にする訳にもいかないしな」

 

はなこさんならそれでも喜んでくれるのだろうが、そのペットに襲われる姿が容易に想像できて

 

「ええ、はなこさんどんなものが嬉しいのでしょうか?」

 

「はなこが喜んでる時って・・」

 

ヒバリさんの言葉で記憶を辿ってみると大抵の場面ではなこさんは笑っていた。

きっとはなこさんならどんな物でも喜んでくれるのだろうが、それはそれで何をお土産にしようか悩んでしまう。

母さんは夕食の献立のリクエストで「何でもいいは困る」とよく言っていたが今ならその気持ちがよく分かった

 

「行けー侵略だー!」

「進め、進めー!」

 

その時、黄色い雨合羽を着た2人組の小学生が俺たちのすぐ側を走り去って行った。

侵略だとか言っていたので、何かのアニメの影響を受けているのかもしれない。

 

「いつもだわ」

 

「いつも笑ってますもんね」

 

「うん、いつもだな」

 

「とりあえず自分が貰ったら嬉しいものでも探しましょうか」

 

「ええ」

 

「そうしよっか」

 

俺達は近くのスーパーへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーパーに入ると、それぞれ別れて自分が貰ったら嬉しいものを探し始めた

 

とはいえ、相手が男子ならともかく女の子相手に自分が貰ったら嬉しいものをあげてもしょうがない。

結局何も選べず諦めて、ヒバリさんと牡丹さんに合流することにした。

 

「これなんてどうです?」

 

牡丹さんが選んでいたのは『大蛇パワー』と書かれている栄養ドリンク?だった。

 

「ヤマタノオロチ・・」

 

「効果はありそうだどさ・・」

 

少なくともお土産にとしては間違ってる気がする。

 

「確かに自分が嬉しいものとは言ったけど・・」

 

「お嫌いでしょうか・・?」

 

「多分はなこさんはあまり喜ばないと思うよ」

 

「じゃあこれは自分用で・・」

 

牡丹さんは買い物カートにどんどん栄養ドリンクを積みあげていきまるで大安売り

の商品の積み方のようにちょっとしたタワー状になっていた。

ざっと数えても100本以上はあるだろう。

 

「3日は持ちそうですね」

 

「3日・・」

 

「用量用法を余裕で無視・・」

 

逆に身体を壊すんじゃないかと思ったが、牡丹さんの体質から考えればこれくらいは普通なのかもしれない。

しかし、これだけ積むと重量もかなりあるだろうし牡丹さんにはきついかもしれない。

 

「牡丹さん、良かったらカート押すの変わろうか?」

 

「え、でもご迷惑じゃ・・」

 

「大丈夫だよこれくらい、」

 

「じゃあ・・お願いします」

 

牡丹さんからカートを受け取りゆっくり推し進めて行くが、思っていた通り結構重い。

これだと俺はともかく牡丹さんにはすごい負担になっていたんだろう

 

「ありがとうございます、あおいさん、やっぱりあおいさんは優しいですね」

 

「い、いや別にそんなことは・・」

 

隣を歩く牡丹さんから眩しいくらいの笑顔で褒められると嬉しいが恥ずかしい。

 

「他に何か・・あっ」

 

3人でスーパー内を物色してくとヒバリさんが立ち止まりあるものを見つめる。

それはとても可愛らしいパジャマ・・いやネグリジェというものだろう。

ヒバリさんはそれを手に取りうっとりとした目でそれを眺める。

誰が見ても一目で気に入ったことが手に取るように分かった。

 

「はっ! あ、ああえっと・・」

 

ヒバリさんはふと我に返ったように狼狽えると俺たちの方に向き直り

 

「わ、私には似合わないけどはなこなら!」

 

と、言い訳するかのように

 

「いえいえ、ヒバリさんにもきっとお似合いですよ」

 

「うん、」

 

ヒバリさんがそのネグリジェを着ている姿を想像してみたがものすごく似合っている。

 

 

「そ、そんなこと・・」

 

「それに比べて・・私が着たら可愛いリボンやレースが一転世にもおぞましい奇怪なものに・・」

 

「いやいや、ならないならないって!」

 

牡丹さんがそのネグリジェを着ている姿を想像するとグラマラスな体つきなだけあってかなり色っぽく、考えるだけでちょっと落ち着かなくなってくる。

それはともかく、きっとはなこさんにも似合うと思ったが、サイズが分からないので結局見送ることになったが、迷んだ末にヒバリさんは自分用にそのネグリジェを買うことにした。

その他にも色々みて回ったが決まらずに店を出ることになった。

 

「結局見つからなかったわね・・」

 

「うん、どうしようかお土産・・」

 

「ありがとうございましたー」

 

ふと声が聞こえた方向に視線を向けるとそこにはジュースの専門店があった。

 

「あれがいいんじゃないかな?」

 

あれなら疲れていても無理なく美味しく飲めるだろう。

ついでに俺たちも自分の飲みたいものを選ぶことにした。

 

「蓬莱人参山かけミルクで」

 

「美味しいの・・?」

 

「というか、なんだそのジュース?」

 

ジュース自体は美味しかったが変なメニューもある謎の店だった。

 

「よし、お土産も決まったし急ぎましょう」

 

「ええ」

 

「ああ、確かこのアーケードを抜けた先がはなこさんの家・・」

 

3人ともアーケードを抜ける直前、誰ともなく立ち止まる。

 

「雨こんなに強かったっけ?」

 

「いや、雨だけじゃなくて・・何か様子が変な気が・・」

 

なんと言えばいいのか、嫌な雰囲気があたり一帯に漂っていてまるでここからホラー映画の世界のようだ。

意を決して進んでいくが、途中に居たやけに禍々しいカラスの存在のせいで一層不気味さは増していく。

しかも、はなこさんの家に近づくごとにだんだんと強くなっているような気さえしててくる。

それでも、俺達はあえて考えないようにして間も無くはなこさんの家の前にたどり着いた。

 

「はなこの家、ここよね・・」

 

「うん、ここであってるはずなんだけど・・」

 

表札を見るまでもなく一度ここに着たことがあるのでここで間違いない。

しかし、天気や時間帯が異なるとはいえ以前に来た時はこんな禍々しい雰囲気じゃなかったはずだ。

 

「なぜだか・・家の周りにとてつもない負のオーラを感じるわ・・」

 

もし、この家に来たことがなく誰かからいわくつきの灰屋だと言われたら一も二もなく信じ込んでしまうだろう。

作り込まれたお化け屋敷が裸足で逃げ出しそうなほど不気味で、今にも怨霊や悪霊が出て来てたとしてもおかしくない。

だが、ここまで引き返すわけにもいかないので覚悟を決めて、一度来たことのある俺が先導しインターホンを押した。

 

「はいはーい、あら、あおいくん一体どうしたの?」

 

「こんにちは、今日ははなこさんのお見舞いに来ました」

 

「あら、わざわざどうもありがとう、そちらの方は?」

 

「あ、はい、天之御船学園1年7組の雲雀丘瑠璃です」

 

「私は久米川牡丹と申します」

 

俺とはなこさんの母親のさくらさんと自己紹介をすることなくあっさり会話していたのをあっけにとられて眺めていた2人も慌てて自己紹介をする。

 

「あの、今日早退したはなこさ・・すみません、ちょっと!」

 

ヒバリさんは突然言葉が詰まったようで急いで俺と牡丹さんを近くに引き寄せる。

その瞬間、ヒバリさんから女の子特有の、まあ石鹸の匂いなのだろうがいい香りがして思わずドキッとしてしまう。

 

「はなこの本当の名前なんだったかしら?」

 

「え、は、はなこさんの名前・・?」

 

匂いに気を取られてしまったが、質問の意味は理解できる。

いつも、《はなこ》とあだ名で呼んでいる為なんだったか思い出せない。

 

「杏のお友達のヒバリさんと牡丹さんね」

 

桜さん本人は何の意図もなかったのだろうが、偶然にも助け舟を出されて内心ホッとする。

よく考えてみれば、俺がここで『はなこさん』と呼んでいるのでわざわざ本当の名前を言う必要もなかったのかもしれないが後の祭りだった。

 

「は、はい」

 

「3人の名前、最近よくあの子の話に出てくるんですよ」

 

「あの、杏さんのお姉さんですか?」

 

「お姉様・・!」

 

牡丹さんのその言葉を聞いた途端、桜さんの動きが止まり言われた「お姉様」という言葉を復唱し、そしてすぐさま3足分のスリッパを用意し旅館の女将さんのように三つ指をついて正座した。

 

「私、杏の母でございます、こんな所で立ち話もなんですからどうぞ中へ・・」

 

その表情から察するに、姉と間違えられたことが恥ずかしくもあるが嬉しくもあるらしい。

女の人にとっては若く見られることは嬉しいことなのは理解しているが、これだけ幼・・若い見た目なら普段から頻繁に間違えられてても不思議じゃなさそうなのだがひっとしたら初めてのことだったのかもしれない。

 

「杏ー、杏起きてるーお友達がいらっしゃったわよー」

 

「いえ、杏さんにこれを渡していただければ・・」

 

「あーヒバリちゃんに牡丹ちゃんにあおいくん! みんな来てくれたんだうわっ!」

 

はなこさんは階段から足を踏み外しそのまま大きなクッションに頭からツッコんだ。

 

「あらあら」

 

「だ、大丈夫はなこさん!?」

 

とっさのことで助けられなかったが幸いにも、いやこういう時のためにおいてあるクッションの陰で無事みたいだ。

 

「どうしてこんなところにクッションが・・?」

 

「この子ったら昔っからおっちょこちょいでよく転んだりするものですから危ない所には対策をしてあるんですよ」

 

はなこさんはゆっくりと体を起こしてくるが、やはりクッションのお陰で怪我はないようだ。

 

「杏、大丈夫全く誰に似てこんな・・きゃあ!」

 

「うわっと!」

 

桜さんが足元にあった別のクッションを踏んでバランスを崩し、丁度はなこさんの前でかがんでいた俺の後頭部に頭がぶつかって、突然のことで俺も踏みとどまれずはなこさんに頭をぶつけてしまう。

結果、はなこさん←俺←桜さんといった形で倒れこむこととなった。

 

 

「遺伝だわ・・」

 

「遺伝ですね・・」

 

「みたいだね・・(親子サンドイッチ・・)」

 

普段から妙な目にあってはいるが不可抗力とはいえ母親とその娘に挟まれる形になったことは初めてなので、つい変なことを考えてしまったがこのことは墓場まで持っていくことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいしー!」

 

はなこさんは早速お土産の苺ジュースを飲んでおり、口にあったみたいだ。

自分だけで選んだわけではないが喜んでもらうのは素直に嬉しい。

 

「ごめんね、騒がせちゃって」

 

「ううん、来てくれてすっごく嬉しいよ!」

 

「思ったよりお元気そうで良かったです」

 

「もう熱も下がったし、朝はびっくりさせてごめんね」

 

「いや、あれははなこさんのせいじゃないよ、教室にいるときに天井から水が落ちてきてずぶ濡れになるなんて普通あり得ないから」

 

まあ、今までの経験上あのクラスじゃそこまで驚くようなことでもないかもしれないのだが。

そのとき部屋の扉が軽くノックされ、桜さんが姿を見せる。

その手には4つのティーカップとティーポットがあった。

 

「お茶でもいかが?」

 

ありがたく頂いてお茶を飲むと、雨の中歩いて来たこともあって冷えた体に温かいお茶が染み渡っていく気がして

 

「その制服を見ていると、私のお友達が来ている気がしちゃう」

 

ふと、桜さんがヒバリさんと牡丹さんの方を見て

 

「あのね、お母さんも天之御船学園の生徒だったの」

 

「そうなんですか?」

 

「もしかしてクラスは・・?」

 

「7組よ」

 

とっくに知っていた俺は特に驚かなかったが、2人は驚くというより納得した表情を見せている。

普段からよく見ているはなこさんの不運さと、さっき見たばかりの母親のドジっぷりを見たら何となく分かってしまうのかもしれない。

 

「私たち一緒なんだよね」

 

「うん、ラッキー7!」

 

(ラッキーじゃないよ)

 

仮に自分の母親が言っていたら絶対思うだけではなく口にしていただろう。

 

「私、この前まで知らなかったんだけどあおいくんのお母さんと私のお母さん、天之御船学園で親友だったんだって」

 

「え、そうなの?」

 

「そうなんですか?」

 

その言葉にヒバリさんとと牡丹さんが同時にこっちに顔を向けてくる。

 

「ああ、俺もこの前聞いてさ・・母さんあんまり天之御船の卒業生だと思われたくないらしくて、卒業生だってことも入学してから聞いたんだよね」

 

母さん曰く、天之御船学園の卒業生というだけで父さんのようにすごい実績があるように思われるのが耐えられないらしい。

入学式初日に父さんが何か言いたげな様子だった記憶があるが今思えば、俺も母さんと同じように幸福クラスになることも予想していたんだろう。

 

「同じ7組で、あの学校に行ってから初めてできた友達だったの、今でもたまに2人でお買い物に行ったりするわ」

 

「そうなんですか」

 

自分の母親と友人、特に女の子の母親が知り合いというのは少しばかり気恥ずかしい感じだ。

 

「ところでこの子、皆さんにご迷惑をおかけしてるんじゃないかしら?」

 

桜さんが急に心配そうな表情で俺たちに向かって尋ねてくる。

 

「え、迷惑って・・」

 

「この子、とってもドジだから・・」

 

「えへへー」

 

「いえ、そんなこと」

 

「あ、そうそうドジって言えばね・・」

 

桜さんはそう言って立ち上がると部屋の中の棚に向かい、棚を開けてその中から3冊ほどの分厚い本を取り出すとこっちに戻ってくる。

 

「きゃあっ!?」

 

その途中で転倒してしまい、持っていた分厚い本が空を舞い、桜さんも床に頭をぶつけそうになったがクッションのおかげで怪我はなかった。

桜さんが持ってきた物ははなこさんのアルバムだった。

 

「まあ・・」

 

「これは・・」

 

「アルバムですよね・・」

 

アルバムにははなこさんがまだ赤ん坊の頃の写真もあり、生まれてからの成長の様子の数々が写されていた。

 

しかし、見ていくうちに気になったのは入園式、入学式の写真だった。

両方とも噛まれた後、そして何匹もの犬や猫が一緒に写っている。

 

「写真を取ろうとすると動物が襲ってきてたのよね」

 

「うんうん」

 

「でも、入園式も入学式も無事に参加出来て良かったわ」

 

「うん!」

 

「そ、そうですね」

 

動物に襲われた時点で無事とは言い難い気がしたが、はなこさんも桜さんも自虐でもなんでもなく本気で話しているので黙っておくことにした。

ヒバリさんも牡丹さんも

 

「あら、ごめんなさいね、お茶を持ってきただけのつもりが」

 

桜さんはそう言って部屋の扉まで行くと

 

「じゃあごゆっくりね」

 

と言って出て言った。

 

「はなこのお母さん、はなこに似てるわね」

 

「本当に楽しいお母様ですね」

 

「何というか、見た目若いよね、姉だって言われても十分通じそうだし」

 

「えへへー」

 

「それにしても、あおいくんのお母さんと花子のお母さんが知り合いだったなんて・・すごい偶然ね」

 

「うん、俺も初めはびっくりしたよ」

 

あの母さんと桜さんは仲が良かったってことはきっと俺に言わなかっただけで間違いなく色んな災難な目にあっていたんだろう。

母さんのあの体質と桜さんのドジっぷりを見ていれば自ずと想像できる。

 

「それにしても・・やっぱりはなこさん髪型が違うと雰囲気が変わりますね」

 

「そ、そうかな」

 

「え、髪型?」

 

牡丹さんがそう言ってまじまじとはなこさんの髪を眺めてみると確かにいつもとは微妙に違うことに気づいた。

 

「いつもは横髪の長いところを結んでお団子にしてるんだよ」

 

「へえ、いつもはそうやってたんだ」

 

大して髪の長くない大半の男にとっては無縁な話だ。

 

「そういうヘアアレンジもあるのね」

 

「ヒバリさん、興味がおありなんですか?」

 

「べ、別に可愛い髪型に興味があるってわけじゃ・・それに私、可愛いものは似合わないし・・」

 

ヒバリさんはそう言って顔を赤らめる、その表情はつい見とれてしまいそうになるほど可愛かった。

個人的には、ヒバリさんならきっと可愛い髪型だって似合いそうだがそれを口に出すのは少し恥ずかしい。

突然、はなこさんと牡丹さんはそれぞれ視線を向け合い、お互いに頷きあい手をワキワキと動かして、

 

「そんなの、やって見なくちゃわからないよ!」

 

と言って2人でヒバリさんの飛びかかるように抱きついた。

ヒバリさんの髪を2人が手慣れた様子で弄っていくのをつい呆然と眺めているとすぐにそれは終わった。

そこにはさっきまでとは違う髪型になったヒバリさんの姿があった。

いつもはシンプルなストレートの髪型だが、今は普段のはなこさんと同じで頭の後ろにお団子がありまるでファッション雑誌に出ていても全くと言っていいほど美しく、正直言ってすごく似合っている。

 

「ヒバリさん、とっても可愛らしいです! サラサラの黒髪が美して・・生まれつき色も薄くて天パの私からすると月とドブネズミです」

 

「天パも可愛いよ、牡丹ちゃん!」

 

「天パがいいと言ってくださる方々は、天パではない方ばかりなんですよ・・」

 

「いや、そりゃ天パの人が言ったら自慢になるから言わないだけじゃ・・」

 

誰に対してか自分でもよく分からないが、擁護するつもりで言っていたが声が小さかったせいか牡丹さんには聞こえなかったようでスルーされる。

 

「あ、でも牡丹の緩めの三つ編み似合ってるしいいと思うわよ」

 

「でも、下ろしたところも見たいなあ」

 

はなこさんとヒバリさんは2人して向き合うと不意にいたずらを考えついたような笑みを浮かべる。

 

「え、何ですか・・?」

 

牡丹さんはそんな2人に戸惑ったように一歩後ずさる。

2人はさっきと同じように牡丹さんに抱きついて三つ編みをほどいていく。

 

「だ、だめです! 私なんてそんな・・」

 

すぐに2人が牡丹さんの髪をほどき終わるとそこには、勢い余ってメガネが外れてしまった牡丹さんの姿があった。

メガネを外したその姿はまさに美人のお嬢様そのもので(実際事実だが)目が離せなくなってしまう。

 

「い、いけません! 私髪を解いたら自分で結べませんし、メガネがないと何も見えなきゃあ!」

 

と急に牡丹さんは慌てて足元を手探りながら四つん這いになって辺りをうろうろし始め、その最中に壁に頭をぶつけてしまう。

 

「ぼ、牡丹さん、メガネこっちだよ!」

 

見ていられなくなり足元にあったメガネを拾って牡丹さんに呼びかける。

 

「え、ど、どこですか!?」

 

牡丹さんは声だけを頼りに俺の方に向かってきて、俺のすぐ後ろには壁もあり避けることもできず正面から牡丹さんを抱きとめる。

以前と同じ柔らかな双丘が密着しその感触が薄い夏服越しにしっかり伝わってくる。

 

(や、やっぱり柔らかい・・!)

 

体力測定の時も同じようなことがあり、こういう経験は何度もあるが牡丹さんほどの大きさ持ち主はいなかった。

 

「あ、ごめんなさい、私またご迷惑をおかけして!」

 

こんな綺麗な人から抱きつかれ、さらには見上げられるように見つめられると今までにないくらい興奮してしまう。

心臓が全力疾走した後と遜色ないほど激しく動き呼吸することすら苦しい位だ。

 

「あ、いや、だ、大丈夫、はいメガネ!」

 

動揺しているのを誤魔化すように牡丹さんにメガネを渡す。

 

「はなこさんこそ、もっと違う髪型を・・」

 

「牡丹ちゃん・・?」

 

牡丹さんの言葉がきっかけで、この場にいる俺以外の3人がまるでファッションショーのようにそれぞれいろんな髪型を試し始めた。

はなこさんは髪をツインテールのように結んだり、ヒバリさんは普段の牡丹さんのように三つ編みにし、牡丹さんはさっきのヒバリさんのように髪をまとめてポニーテールにしている。

生まれてから寝癖以外は殆ど髪形を気にしたことのない俺には到底入り込めない世界を作っていたし、もとより入り込む気などなかった。

でも、こうしてみるとはなこさんはもうすっかり元気になっているように見える。

もう熱も下がったようなのでこのまま今日一日安静にしていれば明日には登校できるだろう。

 

「あ、そうだ、あおいくんも髪型を変えてみない?」

 

「え、いや俺は別に・・髪短いし、いじったことないからいいよ」

 

はなこさんから急にそう言われて戸惑ってしまう。

 

「それなら、今日いい機会だしやってみようよ」

 

「そうですね、やってみましょう」

 

そんなこんなではなこさんと牡丹さんに髪をいじられることになった。

とはいっても、やはり男子としてはごく普通の長さの髪だと女の子みたいに大胆なアレンジはできないが、それでも2人は色々試している。

それに、こんなに2人が近くにいるため体が密着とまではいかないまでも時折、体の一部が当たりそうになるのでちょっと落ち着かない。

しかもヒバリさんは既にいつもの髪形に戻して1人休んで、こっちを眺めている。

それを意識したとたん、心の中まで読まれているよな気さえしてしまい、羞恥心で動けなくなってしまった。

間もなく、はなこさんと牡丹さんは髪をいじり終わる。

 

「こんなのどうかな?」

 

「お似合いですよ、あおいさん」

 

「そ、そうかな?」

 

俺の髪型はちょっといつもと違う感じで少しだけ新鮮に思えた。

その後も、3人で色々な話をして過ごし、そうして少しずつ時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと時計を見るといつの間にか既に午後6時を回っていた。

 

「やだ、もうこんな時間!」

 

「あら、本当ですね」

 

「じゃあそろそろ帰ろうか」

 

思っていた以上に長居をしてしまって、俺達は急いで帰り支度を始める。

 

「ごめんなさい、すぐ帰るつもりだったのに」

 

「ううん、みんなとお喋りしたらすっかり元気になったよ」

 

「そうだ、これ」

 

そう言って、ヒバリさんはハンカチに包んでいたはなこさんの髪飾りを取り出しはなこさんに渡した。

 

「ありがとう、これお母さんにもらった大事なものなんだ!」

 

「じゃあそろそろ行くわね」

 

「うん、また明日ね、ヒバリちゃん、牡丹ちゃん、あおいくん」

 

「ああ、じゃあねまた明日学校で、バイバイ」

 

そうして、俺達は、はなこさんの部屋を出た後、桜さんに見送られ家を出た。

家を出た瞬間、雷が落ち思わず体がビクッとなってしまう。

いや、今感じたのは決して雷だけじゃなくもっと何か危険なモノを感じた。

帰る前に何となく、全員でもう1度家を見上げる。

 

「なんか今ゾクッてしたわ」

 

「この禍々しい雰囲気は一体・・」

 

「本当に何ていうか・・ここだけ別の世界みたいだ・・」

 

俺は何とも言えない違和感を覚えながらも、ヒバリさんと牡丹さんと別れそのまま帰路に就いた。


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