昼食後、萩生さんと江古田さんの2人と別れ、4人で手分けして後片付けをしていた。
「あれ、牡丹さん、はなこさんがどこに行ったか知らない?」
いつの間にかはなこさんの姿が見えなくなっていることに気づいた。
「はなこさんですか、先程お借りした食器を洗うと小川へ行かれましたが・・」
はなこさん+川・・嫌な予感がした。
「ちょっと行ってくるよ!」
すぐそばにある小川に向かって走り出し、はなこさんを探す。
辺りをキョロキョロと見回したがどこにもその姿はない。
「いない・・もしかして流されたんじゃ・・」
急いでヒバリさんと牡丹の所へ戻る。
もう休憩時間が終わろうとしているのかクラスのほぼ全員が小平先生の前に集まっている。
「ヒバリさん、牡丹さん!」
「あおいくん、どうしたの?」
「はなこさん・・戻ってない?」
「はなこ? いいえ戻ってないわよ」
「そう・・実は・・
小川で食器を洗うと行った後、姿が見えなくなっていることを伝えた。
「まさか・・」
ヒバリさんも牡丹さんも嫌な予感がしたみたいで誰も言うことなく、自然にはなこさんを探しに再び小川に向かい、今度は茂みの中なども注意深く探し始める。
「2人とも、ちょっと来て!」
ヒバリさんに呼ばれて向かうと、その手には、はなこさんが普段付けているクローバーの髪飾りがあった。
「これって・・はなこさんのだよね・・」
「間違い無いわ・・」
「もしかして・・川に落ちて流されたんじゃ・・」
無意識の内に考えないようにしていたが状況からその可能性が1番高い。
小川の流れは決して早く無いがはなこさんの身長だと深い所は足が届くか届かないかはあるかもしれない。
「どうしましょう・・私がはなこさんをしっかり引き止めていれば・・」
「牡丹さん・・」
「昔から母譲りの病弱な体で、自分のことだけ精一杯になってしまって・・開運オリエンテーリングだというのに、グズでのろまで亀で人間の失敗作のような私がついて来てしまったばっかりに・・ああ、はなこさんがどこかで不幸な目にあっているかと思うと・・!」
自己嫌悪と自分のせいで友人が危ない目にあっているかもしれないという罪悪感からか、いつも以上に自己否定が激しく痛々しすぎて見ていられない。
「まあ、何かあったって決まったわけじゃ無いでしょ」
「そうだよ、もしかしたらこの辺りで寝ちゃってるだけかもしれないし」
「でもあのはなこさんですよ」
「「・・・・・・・・」」
俺もヒバリさんも途端に言葉が詰まった。
「え、えっとでも・・ほらはなこって割と悪運ありそうじゃない」
「悪運・・?」
「だから、大丈夫なはずよ、ね、早く探してあげよう」
「うん、もう休憩時間終わってるはずだし、早く見つけて幸福オリエンテーリングに参加しなきゃ」
「・・その通りかもしれませんね」
ヒバリさんのとっさの一言で牡丹さんだけでなく俺も元気付けられたように思える。
ああ見えてはなこさんは結構タフだからきっと無事なはずだ。
「しかたない、どうしてもというなら探すのを手伝ってやる」
「いつの間に!」
3人とも話し込んでいたせいでいつの間にか、すぐ近くまで来ていた萩生さんと江古田さんに気づかなかった。
「いいのか?」
「巻き込まれついでだ、行くぞ蓮」
「とりあえず、小川の下流を探すから」
「じゃあ、まず2人は先生にはなこさんがいなくなったことを伝えて来て、俺は下流の奥を探してみるから」
「分かったわ、先生に伝えたら私たちも探しに行くから」
ヒバリさん達と別れ辺りを見回しながら川を下っていく。
できるだけ広い範囲に目を向けているが辺り一面草が生い茂ってるため視界が悪く、徹底的に探せば軽く一日が終わってしまうだろう。
おそらくだが、はなこさんは川に落ちて流された可能性が高い、そうだとすれば草むらの中ではなく川岸のそばにいるはずだ。
ここは一旦、もっと下流に向かいながら探すことにした。
その後も探し続けたがなかなかはな子さんの姿は見つからず、今はヒバリさんたちと合流して探していた。
「さっき萩生さんと江古田さんに会ったけど2人もまだ見つけられてないって」
「そう・・一体どこにいるのかしら?」
「はなこさーん!」
「はなこー!」
「おーい、はなこさーん!」
名前を大声で呼びながら3人で川を下っていく。
「あっ!あれはっ!!」
突然、ヒバリさんが駆け足で牡丹さんの背中に隠れる。
「え、ヒバリさん?」
「何で・・あの人がこんなところに・・」
俺も牡丹さんも訳が分からなかったが、ヒバリさんが視線を向けていた方向に目を向けると理由が分かった。
薄汚れてはいたが、それは例の工事現場の看板で、実も蓋もなく言えばヒバリさんの思い人が木陰に立っている。
「あれは、ヒバリの恋人の!」
「こ、こここ恋人ッ!!?」
ボタンさんのその言葉で看板を見つけた時から、少し赤くなっていたヒバリさんの顔がより一層赤く染まる。
「ち、違う違う! まだだから!」
「え、まだ?」
「まだなんだ・・」
「いいから早くいくわよ!」
恥ずかしさを誤魔化すようにヒバリさんが牡丹さんの手を取って歩き出し、俺も続いて歩き出そうとした。
「あっ待ってください! あの方の指示してらっしゃる矢印の辺り!」
牡丹さんの声で足を止めて看板に目を向けると確かに矢印の辺りに誰かの足がある。
考えるまでもなく急いでそこに駆け寄ると、そこには全身ずぶ濡れで目を回したはなこさんがいた。
「はなこ!」
「はなこさん!」
「はなこさん、お気を確かに!」
慌ててはなこさんを起こして声を掛けながら揺さぶってみるとすぐに意識を取り戻した。
「もう、なんであんな場所に?」
はなこさんに事情を聴いてみると、小川で皿を洗っていると髪飾りがなくなっていることに気付いて、周りを探していると川に落ち、捕まろうとしたが捕まれる所がなくその上石が落ちて流され続け、さらには大きな魚に襲われて、挙句の果てにはサルたちが笑顔で手を振ってきて(ここだけうれしそうに語っていた)このあたりでやっと這い上がれたとのことだった。
「想像以上ね・・」
「橋というより水に相性が悪いんじゃないのか、はなこさんって・・」
しかし、途中で溺れてもおかしくなかったのだから、無事?に這い上がれたのは不幸中の幸いに他ならないだろう。
「あ、見つかったか、まったく世話が焼けるやつだ!」
はなこさんを一緒に探してくれていた萩生さんたちがこの場に姿を見せた。
口ではこう言っているが、その表情から察するに2人とも花子さんが無事見つかって安どしている様子だ。
ちなみに、江古田さんの肩に3羽ほど鳥が乗っていたがそれに驚く人はこの場には誰もいなかった。
「ごめんね」
「響も迷っていたくせに」
「そ、それは響は迷っていたわけではなく・・ひ、響はただ・・」
「はい、はなこさん、気付け薬です、さあ、どうぞ」
「ありがとう牡丹ちゃん!」
「その薬、はなこさんが飲んでも大丈夫か?」
牡丹さんに確認してみると、本当にただの着付け薬のようで問題はないらしい。
ふと、視線を横に向けると、ヒバリさんがあの看板の汚れをハンカチで拭き取っていた。
(本当にその人のことで好きなんだな・・)
「それじゃあ、先生の所に行きましょう、あたし達リタイアしますって」
「えー大丈夫だよ体もあったまってきたし」
「牡丹の気付け薬でなんとかなってるだけ、また何かあったらどうするの」
ヒバリさんの言い方は少し厳しいが、正論だ。
無理に頑張って倒れでもしたら次は取り返しのつかないことになるかもしれない。
「はなこさん、今日は帰ろうよ、いつかまたみんなで登ればいいからさ」
「そうですよ、またいつでも登れますから」
「ヒバリちゃん、あおいくん、牡丹ちゃん・・・・うん、分かった今日は帰ろうか」
俺達の説得ではなこさんも考えを改めて帰る気になったようだ。
「ふん、響達が一番に頂上にたどり着くのを拝めないとは・・運の無い奴らだな」
「じゃあ、気を付けてね」
ガサガサ・・・・
移動を始めようとしたその時、急に近くの草むらが揺れて、何かの気配を感じ俺だけでなく全員が川の向こう岸に視線を向ける。
そこには大きくて黒いものがいた。
人間の倍はある身長に、凶暴さを表すように目立っている爪と牙、剛毛で覆われた分厚く腕や脚・・・・要するに、それはクマだった。
「あれって・・」
「森のくまさん・・?」
「そんなかわいいもんじゃなかろう・・」
「おいおい、嘘だろ・・」
「何でこんなところにクマがいるのよ!」
ヒバリさんのその言葉はまさに俺たち全員の言葉でもあった。
クマは突然雄たけびを上げ、俺達は蛇に睨まれた蛙のごとく震え上がった。
いつもニコニコしているはなこさんですらさすがに今は不安な顔でヒバリさんと手を取り合い、萩生さんも思わず後ずさりしており、江古田さんも固まって動けないでいる。
自分も男としては女の子の前に立って守るべきなのだろうが、恐怖で足がすくみ気を抜けば今にもへたり込んでしまいそうだ。
相手が変質者や不良ならともかく、強い人間と弱い人間の差が無いに等しい猛獣相手では自分には荷が重すぎる。
「ぱたっ」
「牡丹さん!」
「牡丹、大丈夫!?」
幸か不幸か牡丹さんが恐怖のあまり失神したことがきっかけで足が動き、牡丹さんのもとへ駆け寄る。
意識を失くしてはいるようだが、呼吸も乱れていないので問題はなさそうだ、ただしすぐ近くにクマがいることを除けばだが。
状況は変わらず、クマが俺達を無視してどこか違う場所に移動することを期待してみたが、明らかにこっちに狙いを定めている。
「やあやあみんなー」
そこに、あの特徴的な声が聞こえくる。
「おまたせー花小泉さんは見つかったんだねー良かった良かった」
クマに気を取られて気づかなかったが、いつの間にかチモシーが俺達とクマのちょうど中間あたりで泳いでいた。
しかもロボットなのにやたら器用に泳いでいる。
「う、うん、ありがとう、それよりね」
「どう、ボク泳ぐの上手いでしょー」
チモシーは自分の背後にいる最強クラスの肉食獣に気づいていないようで自分の泳ぎをどや顔で披露している。
「チモシー後ろに」
「潜ったー・・と思わせてほらー立ち泳ぎだよすごい―?」
「いいから後ろ見て!」
江古田さんとヒバリさんが何とかチモシーに危険を伝えようとするが、泳ぎを自慢するのに夢中なせいで全く気付くことなく、得意げに泳ぎ続けるその姿に思わず頭に血が上ってくる。
ついに、クマが川を渡り始めてチモシーへの距離を縮めて始めた。
「えへへー次は犬かきー」
「だから、ちゃんと後ろ見ろ!」
「おい、馬鹿チモシー! そこから離れろ!!」
「なーにー脅かさないでよ・・」
今に至ってやっとチモシーが後ろを向くがもう手遅れだった。
クマが障害物(チモシー)を排除する為にゆっくりと手を振り上げる。
「あれ・・もしかして・・?」
チモシーはそのまま微動だにせずクマの一撃をまともに食らい、空中に放り上げられる。
「チモシー、鮭のごとく!」
はなこさんがそれを見て何やらうまいことを言った。
確かに言われてみれば今のクマは獲物の鮭を捕獲する様そのものだった。
「チモチモシー!」
チモシーが某アンパンヒーローに毎度の如く、必殺の右ストレートで倒される細菌野郎のような悲鳴を上げて川の下流方向に落下した。
クマはチモシーに興味を失ったようでそれ以上深追いせず、再び俺たちに向って進みだす。
きっと今の俺達はクマにとって鮭と同じ『獲物』なんだろう・・・・
「な、何かクマよけの道具は・・!」
「そんなのあるわけ・・」
「・・っこれだっ!」
無造作に牡丹さんのリュックからこぼれ落ちていた薬の瓶を手に取ると、試合でボールを投げる時と同じ感覚で腕以外だけでなく全身を使ってフルパワーで投げた。
「喰らえええええっ!!」
それは殆ど狙い通りにクマの顔面に直撃した。
だが、少しひるんだ位で効果がなくクマは平然とこっちに向かっている。
それでも、恐怖に突き動かされるまま投げ続ける。
俺に続くように、牡丹さんを除いた全員でクマに手当たり次第に物を投げつけるがすぐに投げられるようなものはなくなり、クマは俺たちの目の前にまでやって来る。
「くっ、くそっ!」
破れかぶれになった俺はすぐ近くに落ちている牡丹さんの日傘を手に取り、自分から一歩踏み出してみんなを庇ってクマの正面に立った。
ちょっとクマが攻撃してくればの瞬間にはクマの強烈な一撃が俺を襲うくらいの距離だ。
本音を言えば、怖い、クマが怖い、死ぬのが怖い、食われるのが怖い、怖くてたまらない。
だが、それでも男としてのプライドか自分で良く分からなかったがそれだけはできなかった。
クマが俺に向って手を振り上げ、俺もつられるように持っている傘を強く握りしめ、クマ目がけて振りかぶった。
「伏せてっ!!」
突然、声が聞こえて咄嗟にその場に伏せる。
その瞬間、銃声が聞こえクマの頬から血がはじけた。
呆気にとられていると、クマのうなじ辺りに大きな針のようなものが刺さり、それが2本目、3本目と増えていく。
「グウオオオオォ・・」
クマは大きく唸りながら、ふらつきゆっくりと・・
「あ」
俺に向って倒れこんで来た。
「あおいくん、大丈夫!?」
「しっかりして!」
「目を開けてください!」
「怪我はない」
「起きろ、馬鹿者!」
「う、ううん・・・・あ」
ゆっくりと目を開くと5人の顔が俺をのぞき込んでいた。
「気がつきましたか、葵坂さん?」
「あ、先生・・・・みんな・・・・?」
ゆっくりと頭を起こすとみんながほっと安堵の表情を浮かべる。
「葵坂さん、怪我はありませんか?」
「あ、はい、大丈夫です」
体中が少し痛くて、頭がくらくらするが怪我はしていないみたいだ。
先生は肩に大きなライフルを背負っていて、さっきの銃声は先生が撃ったものだったんだろう。
視界の隅には川岸にはまだ倒れこんだままのクマがいる。
あれからほとんど時間は経ってないようだ。
「ふもとの動物園からクマが脱走したと無線で知ったときはもう本当に心配でしたよ」
「先生・・その銃は?」
「皆さんのような最高についてない不幸な生徒を守るためには、さまざまな資格が必要なんです」
「いや、資格って・・」
ヒバリさんが当然の疑問を尋ねるが、あまりにも実も蓋もない答えが返ってくる。
以前聞いた先生が過去に海外の特殊傭兵部隊に所属していたという噂を聞いたことがあり、いくら何でもただの噂だと思っていたが、今となっては真実に思えてくる。
「まさか・・ここまでとは思っていませんでしたが・・」
「よいしょと」
先生はあっさりとクマを背負った。
どう軽く見積もっても300キロは超えているであろうクマをだ。
「じゃあ麻酔が聞いてる間にこの子を動物園に届けてきますね」
「え、いや、先生・・」
それなのにも関わらず、先生は顔色一つ変えずいつもように笑顔を浮かべている。
明らかに人間離れした行為に俺たちはクマを見つけた時とはまた別の意味で真っ青になった。
「あ、そうそう他の生徒達はもう下山しましたから皆さんも早く下山してくださいね」
先生はそう言ってクマを背負ったまま歩み出した。
だが、すぐに足を止めるとゆっくりと振り向いて、
「葵坂さん、あの時花小泉さん達を庇って前に出たのはとてもかっこよかったですよ、あれはポイントをしっかり稼いじゃいましたね」
と言って今度は振り返らずに山を下りて行った。
俺達ももう今日のオリエンテーリングは中止になったことで下山を始めた。
山を下り始めて間もなく、夕焼けが始まって既に辺り一面は真っ赤に染まっていた。
「いろいろあったけど楽しかったね」
「そう、私はそれどころじゃなかったけど・・」
「うん、それに結局山のパワースポットまで登れなかったな」
期待していたわけではないが少し残念ではある。
まあ、動物園から脱走したとはいえクマが出た以上、開運オリエンテーリングは中止になるのは当然の措置だろう。
「すいません、いつも肝心な時にお役に立てなくて、やっぱり私なんて・・」
「何言ってるの、牡丹の薬と傘で私たち助かったんじゃない」
「ありがとう、牡丹ちゃん」
「そうだよ、あれが無かったら危なかったかもしれないし」
冷静に考えてみると、先生が来たタイミングだとあまり意味は無かったのかもしれないが、あれが無ければクマがひるまずに飛びかかってきた可能性もあるので
「みなさん・・」
「ピヨピヨ、ピヨピヨ」
鳥の鳴き声が聞こえてきて、後ろを向くとまたいつの間にか江古田さんの肩に鳥が止まっている。
「またメスか・・」
「本当にメス相手なら人間動物関係なくモテるんだな」
「なんだ貴様、うらやましいのか?」
「いや、別にそんなことは無いんだけどさ・・」
萩生さんがニヤッと笑って挑発してくるが冗談でも見栄でもなく本気でそう思う。
人間でも動物でも『女の子』相手なら魅了してしまい、モテまくるというのは想像するまでもなく苦労しそうだ。
それに、男の俺に置き換えてみれば、道を歩くたびに『男』にモテまくるってことだからそれは少し考えたくなかった。
「でも、鳥の鳴き声を聞きながら歩くのも悪くないわ」
「ま、まあな」
その時、急にはなこさんがニコニコしながらヒバリさんと俺の手を握ってくる。
「え、えっと、どうしたの?」
突然、手を握られて若干恥ずかしくなってしまう。
女の子と手を繋いだのは、幼稚園の頃以来でかなり久しぶりだった。
野球をしている俺と違って、はなこさんの手は柔らかい。
「またどこかに落ちたり、迷子になるといけないから!」
「・・そうね」
ヒバリさんと牡丹さんも同じように手を繋ぎ、俺の隣にいた江古田さんも俺と手を握ろうとしてきたが、割り込んできた萩生さんが俺の手を握った。
「蓮とお前が手を繋ぐなど響が許さん」
そう言って、そっぽを向いてしまう。
萩生さんにとっても俺と手を握るのは嫌みたいだが、俺と江古田さんが手を握るのはそれ以上に、いや遥かに嫌なんだろう。
江古田さんはそんな萩生さんを見てほんの少しだけ笑って手を繋いだ。
そして、6人で手を繋いだままゆっくりと歩きだす。
こんなに大人数で手を繋いだ初めてで、さらには俺以外が全員女子(しかもみんな美少女)という側から見れば羨ましい状況だ。
「あー、しかしまさか山の中でクマに襲われるなんて本当ヤバかったな」
そう考えると、何となく居たたまれなくなってしまい誤魔化すように呟く。
「でも、あの時あおいくんがクマさんの前に立ってくれたのはカッコよかったよ」
「え・・そうかな?」
実際あの時は無我夢中でクマに攻撃しようとしていたが、今思い返してみると完全に自殺行為だ。
先生が来るのが10秒くらい遅れていたら、俺は間違いなく良くて大怪我、最悪死んでいただろう。
それに、結果的には先生がクマを止めてくれたがそのクマに潰されて
気絶してしまうなど情けないにも程がある。
「はい、私は見られませんでしたが、クマの正面に立ってみなさんを護ろうとするなんて、まさに私の目標そのものです!」
牡丹さんは普段のおっとりした時と全然違い力強く力説している。
(目標・・?)
「あ、いやでも結局はクマを仕留めてくれたのは先生で、俺には何もできなかったし、それにクマに潰されて失神とかカッコ悪いだけだし・・」
「でも、あの時は本当に怖かったから、あおいくんが前に立ってくれたのは本当にカッコよかったわ」
「まあ・・少しだけは認めてやるかな」
「うん、カッコよかった」
「そ、そう・・・・うん、ありがとうみんな」
みんなから同時に褒められて、恥ずかしさと嬉しさでみんなの顔を見れなくなって俯いてしまう。
「じゃあ、行っくよー!」
はなこさんがそう言って急に駆け出し、それに引っ張られる形で俺達も走ることになった。
「うわっ、ちょっとはなこさん!」
急に引っ張られ俺以外の全員も驚いて色々言っているのが聞こえる。
しかし、決して嫌そうではなく全員が笑顔で楽しそうに見える。
今日は先生の言っていたパワースポットまで行けなかったが、またいつか機会があればまた登ってみよう・・家族と・・もしくはみんなとで登りたいと密かに思った。