長門型とただ駄弁るだけ。   作: junk

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趣味

 私は提督だ。

 詳細は省くが、この鎮守府で艦娘達の指揮をとって長くなる。

 

 今日の業務は全て終わった。今は長門と陸奥の部屋に来ている。業務終了後、長門と陸奥と雑談する事は私の日課なのだ。

 昔、私がまだまだ駆け出しだった頃。右も左も分からなかった私は、よく世界のビックセブンである二人に業務についての相談をしに来ていた。

 あれから時は流れ、もう業務にも慣れた。今ではこうして、二人の部屋に行く習慣だけが残っている。

 

「なあ長門。一つ聞いてもいいか」

「なんだ。何でも聞くがいい。提督の質問に答えられぬほど、器量の狭い私ではないぞ」

「武道の達人とかが、眼を見れば嘘をついてるのかどうか分かるとか、拳を交えれば相手の考えが分かる、みたいなのあるだろ。あれって本当なのか?」

 

 誰もが一度は聞いたことがあるだろう。

 こいつは嘘をついていない、眼を見ればわかる。気に入った、君の眼には何かがある。拳を通して伝わってくるぞ、お前がこれまで歩んできた道筋が。

 子供の頃の私は、何とも愛くるしい事に、それらの逸話を信じていた。しかし学校の先生は私ではなく、いじめっ子の山本君が嘘をついているという真実に、私の眼から辿り着いてはくれなかったし、殴り合っても山本君とはひたすら険悪な仲だった。

 しかし、だ。

 最近になって私は、山本君と暴力以外のコミュニケーションが取れなかったのは、私の練度が不足していたからではないか、という考えに至ったのだ。

 パッと見ただけで運動してそうかしてなさそうか、真面目そうか不真面目そうかなど、我々は見ただけで大まかな人物像を把握する事が出来る時がある。

 そこで武の道を極めてる言っても過言ではない長門ならば、拳や眼で相手の心情や言葉の真偽が分かるのではないだろか、と思ったわけだ。

 

「結論から言おう、無理だ」

 

 無理だった。

 

「まず眼を見て嘘を見抜く、という方だがな。メンタリズムというものがあるが、それに近いことなら可能だ。だがしかし、眼だけではな。不可能に近い。最低でも手や口を見たり、可能なら肌や血管を触って発汗具合や脈の早さも知りたいな」

「ふむ。だが逆に言えば、それらの条件が揃えば、相手の心を読む事が出来るのか?」

五分五分(ごぶごぶ)といったところだ。実際のカウンセラーやメンタリストは、相手を入念に調べる。趣味、嗜好、交友関係、過去、家庭事情、それらを一つ一つ前例に当てていって、初めて高いレベルのプロファイリングに成功するのだ」

「なるほど。そしてあたかも何を調べていない、という顔をして、眼の動きで嘘か誠かを言い当てましたと言い張るわけか」

「そういうことだ」

 

 武道の達人である長門が言うのなら、きっと間違いないのだろう。

 ちなみに、私も提督になる時武道を習わされた。提督に選ばれると、剣道か薙刀と柔道か空手、それぞれ一つずつ武道を納めねばならないのだ。

 剣道は中学生の時部活でやっていたから、柔道だけだったが、やはりそこでも対戦相手と心が通ったことはなかった。むしろ、殴られた時などはぶっ殺したくなった。

 

「では、拳を交えて意思疎通の方は?」

「それは全く出来ないな。強いて言うなら、ボディ・ブローが腹筋を貫いたな、と思う程度だ」

「なるほど」

「何の会話してるのよ……」

 

 湯呑みと急須を持って、陸奥が話に入ってきた。

 私と長門が淹れるお茶より、陸奥が淹れたお茶の方が格段に美味しい。同じ道具とお茶っぱを使ってるのに、何故だろうか。

 陸奥が湯呑みにお茶を注ぐ。

 ふむ。陸奥のような身体のある一部がふくよかな女性が屈んでお茶を淹れると、色々とおいしいな。

 

「時に、陸奥。長門は筋トレが趣味らしいが、陸奥は何か趣味はあるのか?」

「趣味? うふふ、お姉さんの趣味がそんなに気になるのかしら」

「気になるから質問してるんだろ。バカか?」

「ねえ、ちょっと辛辣すぎじゃない……?」

「それで、陸奥の趣味は何なんだ」

「謝罪もなしで進むのね。まあいいわ。私の趣味は──」

「待て!」

「ヒデブッ!?」

 

 長門が陸奥の喉にチョップを入れ、言葉を止めた。長門の力は82000馬力、ついでに息の根も止まりそうだ。

 

「ここは陸奥の趣味を当てゲームをしようじゃないか」

「語呂が悪いな」

「やっぱり、今日私の扱い雑じゃない?」

「では、この長門から行かせてもらおうか! ズバリ、井戸掘りだ!」

「うん。普通に不正解。なぁに、その訳のわからない趣味は。そもそも、趣味と言えるの、それ」

「よし、次は私だな。そうだな、ハーブティーを飲むこととかか?」

「残念ながら、不正解よ。……今更だけど、提督の中の私のイメージって完全に婦人よね。いえ、婦人の方がハーブティーを飲んでるのかどうかは知らないけれど」

 

 不正解だったか。だが飲んでそうじゃないか、ハーブティー。

 ちなみに、今三人で飲んでいるのはほうじ茶だ。

 

 陸奥の趣味を当てゲームだが、ヒントも何もない状態では、推理も何もあったものじゃない。

 数うちゃ当たる。長門、私、長門、私の順番でどんどん答えていく事にした。

 

「リンボー・ダンス」

「不正解」

「カフェ巡り」

「不正解」

「水芸」

「不正解」

「昼ドラ鑑賞」

「不正解」

「リンボー・ダンス」

「不正解」

「新人男アイドル掘り」

「不正解」

「西瓜割り」

「不正解」

「観葉植物の育成」

「不正解」

「リンボー・ダンス」

「不正解」

「リンボー・ダンス」

「遂に提督まで!? まって、ちょっと待──」

「リンボー・ダンス」

「待ちなさい!」

 

 陸奥が長門の肩を掴んで止めた。あんなに興奮して、一体どうしたのだろうか。

 

「先ず、長門! 貴方の答えを最初から順に言ってみなさい!」

「それはいいが……口調がおかしくなっているぞ」

「そこは今どうでもいいのよ! それに可笑しいのは、貴方の頭の中よ! もういいから、さっさと答えてちょうだい」

「うむ。リンボー・ダンス、水芸、リンボー・ダンス、西瓜割り、リンボー・ダンスだな」

「もう何処からツッコンで良いのか分からないわ……。先ず、リンボー・ダンスや水芸、西瓜割りが趣味の人ってこの世に三人も居ないわよ、きっと。それから! なんで不正解って言われたリンボー・ダンスを定期的に挟むのかしら?」

「だってよ、長門」

「提督、ドヤ顔で長門の事見下してるけど、貴方も最後乗っかってたわよね? それに、提督の答えは嫌な意味で一貫してるのよ! 全部暇を持て余した専業主婦の趣味じゃない! いえ、あくまでイメージだけど」

 

 陸奥に怒られてしまった。

 私としては割と本気で答えていたのだが。長門は知らん。

 

「ふむ。もしや陸奥、お前の趣味はエロい事なのか?」

「ごめんなさい。どうしてそういう結論に至ったのか、全く分からないのだけれど」

「この間扶桑と買い物に行った時に、全く同じ話になってな。あいつの趣味はオナ──」

「待て。待ってくれ。私の中の扶桑が壊れる。その話は止めてくれ。提督からのお願いだ。それから、直接的な単語を使うとR─18になる。これからアレのことは、そうだな……“格納庫整備”と呼ぶ事にしよう」

「ああ。“夜戦”みたいなものか」

「正にそれだ」

 

 今日一番知りたくなかった情報だ。

 あの大和撫子を体現した様な船である扶桑が“格納庫整備”に勤しんでいたとは……。

 

「それで、正解なのか?」

「えっ?」

「陸奥の趣味は“格納庫整備”なのか?」

「違うわよ!」

 

 違うらしい。

 陸奥の趣味が“格納庫整備”だった場合、私は5分ほど厠を占拠しなければならなかっただろう。

 

「もう当たらない、いえ当てる気がないみたいだから言っちゃうけど、私の趣味はパチンコよ」

「えっ?」

「うん?」

「なによ」

 

 不思議そうな顔でこっちを見てくる陸奥。不思議なのはこっちだ。ボケてるのか、マジなのか区別がつかん。

 

「言ってなかったかしら。私、艦娘になる前は無職だったのよね。バイトして、パチンコして日々を過ごしていたのよ」

「ええぇ……」

 

 艦娘は適性があった人間が艤装をつける事でなるものだ。当然艦娘になる前の人生がある。しかし、これはちょっと……

 

「写真もあるわよ。はい」

 

 貞子みたいな女が写ってた。

 黒い髪は伸びっぱなし、服は上下黒のくたびれたジャージ、靴はクロックスのパチモン、死後二週間は経過した魚の様な目をしている。

 

「これ、ホントか?」

「ホントよ。私もビックリしてるのよね。陸奥になったら、先ず容姿が変わって、性格もどんどん変わっていったのよ。今ではこんなお姉さんキャラだけど、昔の私は人の前に5秒経っていると、灰になるくらい話すのが苦手だったのよ」

「それはなんというか、大変だったな」

「そのせいで面接しか試験のない、合格率99%の専門学校に落っこちたわ」

「おおう……」

 

 それは何と言うか、筋金入りのコミュ症だな。

 

「長門にも、前世というか、昔があるのか?」

「当然だろう。私にも中の人はいる」

「中の人?」

「艦娘になる前の人格の事を、私達は中の人と呼んでいるのだ」

「ほお。それで、長門の中の人はどんなだったんだ?」

「うむ。表参道にあるネイルサロンで働いていた」

「ええぇ……」

 

 長門が写真を見せてくれた。

 髪の毛を栗色に染めた、写真慣れした笑顔を見せる女性が写っていた。

 

「ちょっと、ちょっと待ってくれ。えっ? いや……えっ?」

「私も長門になってからというもの、性格の変化が激しくてな。昔はもっとキャピキャピしていたのだが、今ではこの有様だ」

「すまん。頭が追いつかん。こらから先、お前達とどうやって接していいのか分からなくなりそうだ」

「私などマシな方だ。大井は元々男好きだったのに、段々とレズに侵食されていったらしい。瑞鶴は元々おっぱいが大きかったのに、貧乳に格下げされた。睦月などは60を過ぎたおばちゃんだったが、今では「にゃしい」とか──」

「ヤメロォ!」

 

 自分でも驚くほど、私は大きな声を出した。天使の睦月が60を過ぎたおばちゃんだった事なんて、少しも聞きたくなかった。

 

「提督はどうなのだ?」

「ん、なにが?」

「提督にも中の人はいるだろう」

「まあ、な」

「なぁに、あんまり話したくない感じなのかしら?」

「少なくとも、聞いて楽しいものではないな」

「そうか。ならば良いさ。この長門、秘密の一つや百あったところで気にするほど、器量の狭い船ではないさ」

「そうねえ。あっ、この間加賀さんに仕掛けたドッキリの話をしましょうよ」

「うむ、良いぞ。ディナーに誘ったんだ。店は驚かせたいから秘密、ただラフな格好で良いと言ってな。それで、私は真っ白なタキシード姿で、薔薇の花束を持って向かって行った。勿論、リムジンに乗ってな。加賀はジーパンにセーターだった」

「ンフッ」

「で、どの店に行ったんだ?」

「吉野家だ」

「か、加賀はどうしたの?」

「普通に特盛頼んでたぞ」

 

 陸奥がお腹を抱えて笑いだした。長門もいつもの仏頂面をほんの少し歪めている。

 

 この二人は、私が少しでも踏み込んで欲しくないところには、まったく踏み込んでこない。

 二人の優しさに甘えてると思いながらも、この空間はとても居心地が良い。ついつい甘えてしまう。

 中身のない話をすることがこんなにも楽しい事を、私は今まで知らなかった。

 ──ああ、提督になってよかった。

 この二人の笑顔を見ると、私はそう思わずにはいられない。

 

 

 

※この後めちゃくちゃ“夜戦”した。


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