「待ってくれ。――サテラ!」
雑多な音が飛び交う活気ある街の中で、その少年の声だけが特別響いた訳でもないのに一瞬、街の活気がその場所だけ途絶えた。
カリオストロが目を向けた先には背を向けて立ち止まる銀髪の少女……エミリアと、彼女に声をかけるあの黒髪の少年の姿が見えた。
「無視、しないでくれ。いなくなったのは本当に俺が悪かった。でも俺もわけがわからなかったんだ。あの後も盗品蔵まで探しにいったし、それでも会えなくて……」
エミリアに向けて必死に弁明をする黒髪の少年。本当に伝えたい何かがあったのだろう、その顔には焦燥あるいは罪悪あるいは安堵の感情が複雑に絡み合って浮かんでいた。
対してカリオストロは何があったんだろう、という思いよりも、少年の発言に幾つか疑問点が浮かんだ。
(盗品蔵……? もしかしてこの少年もあの時、酒場に行った? その前に何故エミリアをサテラと呼ぶ? 何故民衆が静まり返る? それに何より――この出来事は1回目にも2回目にもなかったのでは?)
カリオストロの脳裏に湧き上がる何点もの不自然な点。内容を整理する前に、体を震わすエミリアが少年へと声を荒らげた。
「誰だか知らないけど、人を『嫉妬の魔女』の名前で呼んで、どういうつもりなの!?」
予想外の怒りの言葉をぶつけられた少年は、完全に思考が停止してしまっていた。何故彼女が怒っているのかが、そして何故周りの住人が二人に対して奇異の目を向けているかが全く理解できていない為だ。
(嫉妬の、魔女……?)
それはカリオストロも同じだった。分かるのはその名前が所謂「忌み名」であり、哀れ少年は何の冗談かエミリアをその名で呼びつけてしまった、という事だけ。
(何故あいつをそう呼ぶ? それに、エミリアはあの少年を知らない? 人違いなのか?)
更に新たに浮かぶ謎。怒りを明確に露わにするエミリアの姿は二回目の世界では想像が出来ない程であった。少年は混乱の海に溺れて狼狽する他なく、一通り怒りをぶつけたエミリアは憤慨しながらもどこかに移動しようとする。
そんなエミリアに、何者かが群がる通行人の隙間を掻い潜って近づいていた。
「フェルト!?」
少年の声にはっと気づいた頃には、その人物はエミリアから何かを盗み出して、逃走しようとしていた。
(あの黄色髪の少女……そうか、この時はまだエミリアはモノは盗まれないんだな)
思いがけず時系列を理解したカリオストロは、逃げ去る盗人へと魔法を展開しようとして――思い直して手を下げた。
(盗みをここで止めても、時系列が今までと大きく変わるだけだ。ここは見逃す他ないだろうな。それよりも──)
「貴方もグルなの!?」「おい、待て! 誤解だ! 俺は……っ」
ちらり、と視線を向けた先には諍い合う二人。しかし幾ら詰問しても埒が明かないと考えたのか、少年を置いて盗人を追いかけていく。そして少年も釣られたように路地裏の方へと走っていき……。
「──っておい、ちょっと待て!」
少年が全速力で遠ざかっていくのを見て、カリオストロは慌てて少年を追いかけた。が、体型の違いによる速度の差は明確だった。
声をかけても聞こえていないのか足は止まらず、結局は狭く入り組んだ路地の真ん中で立ち往生する羽目になっていた。
「くそ、はぁ、はぁ……火事場の馬鹿力ってやつか……け、結構早いじゃねえか。……仕方ねえ。先回りするしかないな」
どうせ最終目的地は酒場改め、盗品蔵になるだろう。一度上がった息を落ち着けると今度は目的地に向けて走り出し始める。時刻はまだ昼である。夕方にもなっていないなら、十分時間もあるはずだ。
ただあの黒髪の少年の行動……それによって「逆行」が早まる可能性はあるかもしれないが。
(しかし……アイツはこの盗品騒動にどういう関わりを持っているんだ?)
エミリアを誰かと見間違ったのか。それとも本人とそっくりな誰かに嘘の名前を教えられたのか。何であれ彼が盗品蔵で何かをしていたのは間違いない。前回の三人組の「痕跡」がこの説を裏付ける。
あの時、殺人鬼は交渉内容に不備があったと言った。「交渉相手を増やして釣り上げられた」と。つまり最終的に少年はあの盗品蔵で殺人鬼に殺されたのだろう。
そこから推察されるのは――あの少年が黄色髪の少女が盗んだモノを求める「別の交渉相手」だったという事。
(……ただ、これはただの推理であって真実ではないかもしれない。兎に角だ、盗品蔵であいつらを出待ちしてじっくりと詳細を聞くとしようか)
二回の経験から盗品蔵への足取りに迷いはない。止まることなく移動すること小一時間程。カリオストロは盗品蔵の前に立っていた。
時刻は昼過ぎで日差しが陽気に建物を照らしている。
だが、カリオストロはまたも違和感を感じていた。2回目ではあれほどまでに匂っていた、あの甘ったるい香りが全くしないのだ。
(最低でも夕方にならないと、逆行が発生しないのか……?)
何であれ盗品蔵の中を確かめるべきだと、乱れた髪を取り出した櫛で梳き直す。そして身だしなみを整え終わると次に扉に近づき、いつもの天使のような美少女顔を浮かべながら可愛らしく1つ、いや2つノック。
「……大ネズミに」
(……符丁かよ)
ノックから帰ってきた言葉に。作った顔が早速崩れそうになる。盗品蔵とまで言われたならそれくらいは当然か。とどうしたものかと考え込むカリオスロ。
大ネズミ、大ネズミね、と思考していると、扉越しにいる誰かが、何かそこそこ大きなモノを抱えた気がした。これは面倒臭い事になりそうだ。
カリオストロもまた魔導書を抱えれば、物理説得の準備は万端である。掌に光が灯り出す。
「符丁とかいいからここを開け──」
しかし口を開いた直後、カリオストロは三度目の逆行を体験してしまうのだった。
§ § §
(どうなってやがる……)
都合3度目の目眩と吐き気を味わいながら、カリオストロは道端で両手で頭を抱えて蹲っていた。およそ美少女がするような格好ではないがそれくらい脳内は混乱していた。
(逆行の瞬間が夜から夕方、夕方から昼とどんどん早まってやがる。しかもあの匂いの位置が盗品蔵じゃなくて別の位置に
脳を高速回転させ、様々な仮説を検証していく。カリオストロは盗品蔵そのものに「逆行」の原因が存在すると当初考えていた。しかし、その原因そのものは移動出来るものであり。夕方以降に別の場所に移った。そして今回は盗品蔵とは反対側の場所で発動したと来ている。
要因として考えるのは……1つ。
一日の筋書きを大きく変える奴が居る。
(今のところ、あいつだけがその候補だな──あの黒髪の野郎め)
次こそはとっ捕まえてOHANASHIしようと心に決める。
ちなみに集中のあまり彼女の思考は駄々洩れになっており、真っ青な顔した美少女が、ぶつぶつと独り言を喋り続けるという、何とも近寄りがたい存在になっていた。
「よしっ、まずはあの子を探さないとねっ! ――あれっ?」
元気よく立ち上がってみれば、さっと周りの視線が集まった。誰もが何とも言えない顔をしており、カリオストロは少し頬を染めて、無言かつ足早にその場を去る必要に駆られた。
……しかし少年が仮説どおり「一日の筋書きを変える奴」だとすれば、あの少年の居場所を突き止めるのは難しいだろう。
最終的に盗品蔵にまでいけば出会える可能性も高いが、ふとした事で逆行が起きてしまえば、何もかも意味がなくなる。
カリオストロは念のため、先程エミリアと少年が諍いあった場所まで戻っていた。当然、この場所でもう一度あの出来事が起こるとは思っていないが、何かしらの手がかりがあれば儲けものだ。
そう考えていたのだが、
「──ちゃーんちゃーちゃちゃっちゃっちゃっちゃ!」
間抜けな声が、大通りの隅っこ……青果店の近くの露天から聞こえてきた。
間違いようもない。無駄に目立つ奇妙な服装と、特徴的な黒髪の少年。そいつが奇妙な踊りをしながら、歌っていたのだ。
視認したカリオストロの口角は、自然と上がっていた。
「男にはやらなきゃならねぇときがある。そうだろ、オッサン」
「それによって破滅の道に進む事もあるけどね☆」
へ? と呆気に取られた声を出した少年が声の発生源へと視線を向けると、そこには極上の美貌を持つ稀代の錬金術師が並々ならぬプレッシャーを発しながら笑っていた。
「こんにちわお兄ちゃん☆ 早速だけど~☆ ――ちょっとツラ貸せよ」
§ § §
「人生初ナンパされたのがとんでもない美幼女なのは嬉しいんだけど、何か俺が思ってるナンパと全然違う!?」
「良かったね初めての経験がカリオストロで☆ カリオストロ~、お兄ちゃんの初めて……貰っちゃった☆」
きゃっ☆と少年の目と鼻の先で笑うカリオストロ。現在黒髪の少年――スバルと言うらしいが。スバルは顔だけ見れば世界一、ニを争う美少女に路地裏に連れ込まれているという、字面だけで言えば薄い本展開を味わっていた。
しかしその状況を喜べると言えば、NOであるとスバルは断じただろう。
何故ならスバルは首根っこを掴まれて路地まで引きづられており、あまつさえ腹を踏まれて尋問を受けていたからである。
「あの、私何か粗相めをしたのでせうか。不詳ナツキ・スバル。親には生きてきてごめんなさいレベルのことをした覚えは御座いますが貴方様にはまだ何もしてない次第で御座いまして……」
「今回はまだ」と小さく口の中で呟くスバル。双方にとって
「親に迷惑かけるのは子なら当然ありえる事だけど、生きてきてごめんなさいレベルってとんでもない穀潰しって事? 救いようがないお兄ちゃんだねっ☆」
「自分で言っておいて何だけど他人から言われるとものっそい傷つくな!? やめてくれその言葉は俺に刺さ……近い! 近い近い顔近い!!」
ノリよく突っ込んでくるスバルに戯れに更に顔を近づければ、女性自体に免疫がないスバルが面白いくらいに顔を真っ赤に染め、カリオストロはドSな笑顔を浮かべながら満足そうに頷いていた。
「解放してくれてアリガトウゴザイマス……本性滅茶苦茶腹黒そうなのにその顔だけで全部許せそうになってしまう俺マジチョロ――ふぉんどぼっ!?」
「お兄ちゃんってよく空気読めないって言われてない? さ~て、それじゃ質問だけど~スバルは今日盗品蔵に用があるんだよね?」
おしおきの蹴りが吸い込まれた後、放たれた問いにスバルのおちゃらけた雰囲気が消し飛んだ。
「ど、どうしてそれを……!! まさか――」
「いいか。質問に質問で返そうとすんな。黙ってオレ様の質問に答えてろ。……じゃあ次、スバルは盗品蔵に何の用があるのかな?」
先ほどの口調と打って代わって、幼女とは思えぬ凄みのある胆力に気圧されたスバルは口をつぐみ、続く言葉を出せない。なので、カリオストロは逆に答えを投げつけていた。
「あの黄色髪の少女が盗んだ品物が目当て?」
「!! ……あぁ。そうだ。」
やはり推測は正しかったようだ。
2回目の逆行時、スバルは盗品蔵で殺人鬼とは別の交渉人として赴いていたのだ。
現段階でカリオストロはあるひとつの確証に辿り着いていたが、先に質問を優先した。つまりはその品物を求める理由についてだ。
「ふぅん……スバルって、人から盗んだ物がそんなに欲しかったの?」
「っ、違う! ただ俺はあの子に!」
「あの子に? 別の奴に贈り物でもしたい訳なのかな?」
「そう言う訳じゃねえよ! ただ俺は――盗まれた本人に徽章を返したいだけなんだよ!!」
少し意地悪く質問をしてみれば、何とまあ大声で答えてくれたことか。ただ予想と違う思わぬ理由にカリオストロはきょとんとしてしまう。
「返す?」
「あ、あぁそうだよ」
「何の為に?」
「な、何の為ってなぁ……いや、それは海よりも高く山より深い何とかが」
「訳分からん事言ってはぐらかすんじゃねーよ。あぁ、もしかしてあの子がいい所の子だからって恩でも売ってあとで謝礼でもせびろうとか?」
「ち、違ぇよ! 俺はただ、あの子が……あの子に……。り、理由はねえよ。困ってる人は助けるのが当然ってもんだろ!」
『理由? 特にないよ。困っている人が居たら助ける。僕は昔からそうしてたからな』
――ふと、ある一人の言葉がカリオストロの頭を過ぎった。
もごもごと口ごもるスバルの顔は真っ赤に染まっており、気恥ずかしいのかしどろもどろになりながらも誤魔化している。
最初こそ怒りに満ちていたカリオストロも、その分かりやすすぎる理由を察して一瞬で毒気が抜けた。
真意は似ているようで違うが、清々しい程純粋な気持ちは怒りを吹き飛ばすには十分で、代わりに笑みが溢れていた。
「……っていうかあの子、そんなやんごとない身分なのか!? 実は俺って凄く今まで凄く失礼なことしてたのか最悪だぁぁぁ」
コミュ障にしても程があったのではとくねくねと気持ち悪く自問自答自己嫌悪に陥るスバル。
「名前も知らない子のために頑張っちゃうだなんて~☆ お兄ちゃん凄い純粋で……う~ん、誠実……いや、キモいね☆」
「今なんで言い直したんですかねぇ!?」
「いいセリフのあとで自分で評価下げるような行動するのがいけないよね☆」
「ごもっとも過ぎて何も返せねえよ失礼しましたぁー!!」
打てば響くとはこの事か。大げさに頭を大きく下げるスバル。ひねくれているようで純粋な少年に、カリオストロはようやく自然に笑うのだった。
「さて。ここまで聞いて分かった事がある」
「お、おう。お前……すいません、カリオストロさん。口調そうコロコロされると見た目美少女なのも相まってすげー混乱するんだが……というか普通に、ずっと可愛い路線でお願いします」
「何でスバルの要望聞いてあげないといけないのかな☆ っていうか一々茶化すんじゃねーよ。……それよりもスバル」
多少雰囲気こそ軽くなったが、真面目な顔で見つめてくるカリオストロに、スバルもごくりと喉を鳴らして聞く姿勢になる。しかし、
「お前、世界の逆――」
「おっ、見ろよ」
「おいおい、ガキが二人でこんな所で何してやがんだぁ?」
「こんな道で弱っちそうなガキが二人で出歩くもんじゃねえよ。とりあえず、出すもん出しな」
タイミング悪く、第三者が二人に介入してきていた。
カリオストロの話の腰を折った空気の読めない人物達。それは二回目の世界でスバルによって気絶させられたあの三人組のチンピラだった。
今まさに核心を話そうとした彼女は、青筋を立て、小さな手を見て分かる程強く握りしめた。
彼女の変化に気付いたスバルは小さく声を漏らして、怯え始めていた。
いやー進まないっすね。
《サテラ(嫉妬の魔女)》 出典:Re:ゼロから始める異世界生活
世界に大きな傷跡を残した「嫉妬の魔女」の名前。
あんまりにも酷いことしたから、今や名前で呼んではいけないあの人扱い。
サテラが銀髪でハーフエルフだったため、ハーフエルフはこの世界では肩身が非常に狭い。銀髪だとなおの事狭い。
《盗品蔵》
酒場っぽいのを改築した、盗品がいっぱい詰まった蔵。
いつもあの匂いがするわけじゃない。
《徽章》 出典:Re:ゼロから始める異世界生活
王様候補の証になるバッジ。
それを手にとって光らせたらキミも王様候補だ。(尚男性は絶対光らない)
《符丁》 出典:Re:ゼロから始める異世界生活
合言葉の事。
大ねずみに毒、スケルトンに落とし穴。
我らが貴きドラゴン様にはくそったれらしい。
《ナツキ・スバル》 出典:Re:ゼロから始める異世界生活
Re:ゼロの主人公。ひょんなことで異世界転生して、ひょんなことでエミリアに一目ぼれして、ひょんなことで死ぬ事を繰り返すとても不憫な主人公。
元引きこもりの筋トレ系ニート。空気が読めなくてテンション高くてうざい。
でもとっても心優しいナイスガイ。メンタル強すぎ少年でもある。