RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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またせたな!
スバカリだと思っただろ?今回はスバカリに見せかけたただのカリグラ話だ!(震え声)
スバカリは次の幕間話でかくz



第三十話 束の間の訓練 【番外編】

 

 

 屋敷での生活12日目。

 エリオール大森林での激闘から早一週間が経過していた。

 あの激戦で誰一人として欠けることもなく魔獣達の脅威を取り除いたスバルとカリオストロ。

 そんな彼らの一週間がどんな様子だったのか、ここで述べていこう。

 

 

 まずスバルである。

 

 

 スバルは騒動の後、献身度MAXになったレムに医務室へと連れて行かれ、彼女から手厚い看護を受けた。

 元々自分を姉より下に見ていたレムである。彼女にとってスバルは「姉の代替品で、全てにおいて劣った自分なんかのために二度も命を投げ出そうとしてくれた大恩人」なのだ。無価値な自分を救い出した彼に報いるのならばと切羽詰まった様子でせっせと尽くしてくれていたのだが、そんな彼女にスバルは後述の言葉を紡いだ。

 

「自分を卑下するな。ラムはラム。レムはレムだ」

「角がある? 角がない? 劣ってる? そんなの関係ない」

「俺は優劣を考えて助けたりはしない。レムだから助けようと思った」

「『来年の話をすると鬼が笑う』。笑えよレム」

「笑いながら肩組んで、明日って未来の話をしよう。俺、鬼と笑いながら来年の話すんの、夢だったんだよ」

 

 何というジゴロ台詞であろうか。

 その台詞は看護を受けて先に休んでいたラムが、眠る振りをしながら内心で悶えるほどの威力。直に、面と向かって言われたレムにとっては銀の弾丸と言えるほどの凶器になっており、弾丸は真っ直ぐにレムのハートのど真ん中を貫いた。

 傷つき、不安定になっていた彼女である。偶然にも自身のコンプレックス部分を優しく梳き解す言葉が投げかけられれば、最早レムはBREAK状態(腰砕け)になるしかない。

 

 結果としてレムはスバルと打ち解けた。

 

 あの冷めた目線は何処へ、向ける視線は熱い眼差しに打って変わり。

 彼我の距離感はガンマンの間合いからボクサーの間合いへと成り代わり。

 最早打ち解けたというより心酔するレベルへと変化してしまった。

 

 一方で姉のラムはと言うと、森での無謀極まる彼の行動に少し呆れる所もあったが、そんな彼の行動によって助けられ、また彼が純粋に自分達の為に動いたことを理解したのか、お客様と従者という隔絶した関係から一歩進み、スバルへと一定の信頼を置くようになった。

 ……しかしながら最愛の妹がこれでもかとスバルにべたべたしている現状は複雑なようで、時折心配そうに二人に視線を送る姿が見られるようになったとか。

 

 そしてスバルは改めて今回の件の報酬に、"一回目"と同じくロズワールに雇用させて貰う事を提案。晴れて以前と同じ待遇を手に入れる事になる。

 現在、彼はラムとレムの二人に手厳しいアドバイスを受けながら雑事をこなす日々を続けているが、その表情は以前よりも溌剌としたもので、毎日を幸せそうに過ごしていたのだった。

 

 

 次にカリオストロについてである。

 

 

 今まで疲労を隠していたものの、緊張の連続が続けばソレもピークに達してしまい、騒動が終わった後に自然とエミリアとのお昼寝に勤しんでしまう。とは言え事件も無事に解決し、ようやく安寧を手に入れた後である。彼女は何の憂いもなくその日はすぐに眠ってしまう――事はなかった。

 

 なんと彼女、スバルの元へと向かって用心棒のように周りの警戒をし始めたのだ。

 

 『大事が終わった直後、気の緩んだ瞬間が一番危ない』と経験で知っているせいか、それとも生来の完璧主義のせいか。スバルの「もう大丈夫だから!」と言う宥めも何処吹く風で、カリオストロは彼を死なせる存在を警戒して不寝番(ねずばん)をしだした。エミリアやラム・レムはそんな彼女のただならぬ警戒に、すわ。未来に何かあるのかと同じく警戒する一幕もあった。

 ……結局のところ、2日、3日と経っても時間が巻き戻らないという事実に、緊張を徐々に解いていったが。

 

 そんな彼女の屋敷の人との交流は、悪くはないと言った感じか。

 一度は突き放したエミリアも魔獣騒ぎが終わってからすっかり元通りになり、不信感を募らせていたレムやラムとも、少しはぎこちないが、以前よりかは嫌悪も薄れた関係になった。

 騒動から数日経ってスバルが屋敷で働くことになったのに際し、彼女はやはり以前と同じく食客の身分を手に入れ、ちょくちょく禁書庫に入ってはベアトリスに勧められた本を読んだり、この世界の知識を着々と習得していく日々を過ごしているのだった。

 

 

 

 そうして時は現在――スバルとカリオストロは雲ひとつない青空の下、屋敷の庭で向かい合う形で佇んでいた。

 

 

 

「いきなり外に連れ出されて、すわ、デートか何かか!?と思ったら……戦闘訓練?」

 

「スバルのおめでたい発想はともかく、そうだよ~☆」

 

 青々と生い茂った芝生を踏みしめるスバルは、お馴染みのジャージ服姿。対するカリオストロはいつもの赤い貴族服ではなく、屋敷から支給された動きやすそうな半袖の布の服に短パンという装い。普段のブロンドは後ろで紐で纏められており理知的な印象から活発な印象へと変わっていた。

 

「いや、戦闘力が少しでもあればいいってのは分かるし、俺自身も強くならないとヤバいってのは分かる。この世界パンピーには厳しい世界だからな。だけどカリオストロ、一点だけ。一点だけ分からない事がある。……俺の武器は?」

 

「ない☆」

 

「……素手で戦えって?」

 

「そもそも戦わない☆」

 

「これって戦闘訓練だよな!? 何するっていうんだよ!?」

 

 戦闘訓練といえば剣と剣を交えたガチンコバトルを想像していたスバルは、想定との大きな乖離に叫んでしまう。カリオストロは耳に手を当てながら彼の叫びを聞き流すと、御歳17歳の夢見がちな少年に、茶目っ気ったっぷりに訓練内容を告げた。

 

「今日やるのは~、逃げる訓練ですっ☆」

 

「えぇー……逃げるぅ?」

 

 聞いた瞬間、スバルの顔に侮りの表情が浮かぶ。

 

「前も言ったけど、スバルの敵は大抵、みーんなスバルより強いの☆ スバルを鍛えて強くするのもひとつの案だろうけど、そうなると何年レベルで鍛えないといけないからね~☆」

 

「いやいやいや……ちょっと待って、ウェイト。一言物申させて欲しい。

 こう見えても無駄に木刀の素振りは頑張ってきた俺だ。剣の素質があったりするかもだぜ? 先の森林大戦でもこの豪腕を振るう事で、何匹もの魔獣を千切っては投げ千切っては投げ……」

 

「えぇー、そんなに倒してたっけ?」

 

 ちらりとカリオストロが視線を向ければ、そこには二人の人影があった。

 エミリアとレムである。

 二人は今回のカリオストロの特別特訓に興味があり、こうして少し離れたところで観戦を希望していたのだった。

 

「スバル君はレムのためにも凄く頑張って魔獣を倒していたと聞きます。

 であれば大体、1000匹は屠ってくれていたのではないでしょうか」

 

「ありがとうレム、でも流石にそこまで倒した覚えねえよ!?

 実績解除:ビーストキラーとか貰えそうな技量は持ってないからな!?」 

 

「えっと……確か、3匹くらい?」

「んー、ボクもリアもあの時は夢中だったからね、2匹くらいじゃないかな?」

 

「エミリアたんとパックは凄い客観的目線かつ現実的な評価ありがとう!?

 だけどそんなに少なくはなかったと思うんだけどなぁ!?」

 

 レムの評価はともかくとして、当時その場に居たエミリア、パックの評価が正しいようだ。実際に倒した数は4匹であったが、その実績はスバルが魔獣除けを持っており、尚且つエミリア・パックとラムの援護があってのものだ。カリオストロはやはり先の戦闘で少しは自信がついたようだが、アドバイスを素直に受け止められない辺り調子に乗ってる部分があると判断。どうしたものかと頭を軽く掻いた。

 

「うーん、数匹程度じゃあちょっとね~☆」

 

「……毎日家で無駄に素振りとかしてる分、スキルポイントぐらい溜まってると思うんだけどな? リアルではモンクタイプって言い張るつもりはないけど」

 

「うーん、援護があって精々3匹程度で鼻高々になってる程度の素人じゃクソの役にも立たないしぶっちゃけ無謀蛮勇な癖にへっぴり腰過ぎて足手まといだから戦うの止めて欲しいんだけどちょっとね~☆」

 

「オブラート!! オブラートで包み込んで傷つくから!!」

 

 カリオストロの言葉のナイフが振り下ろされればスバルがたちまち叫ぶ。

 だがやはり訓練内容に納得はしていない様子のスバルにため息をつき、ある提案をした。

 

「ったくしょうがねぇな……、じゃあまずはオレ様と一対一で戦ってみろ」

 

「おぉそうこなくちゃ! このナツキ=スバルの真の力を見せて……って、か、カリオストロとか?」

 

 彼の脳裏に、先の戦いでの鬼神のような彼女の戦いぶりが思い浮かんだ。ところどころで容赦のない彼女の事だ、訓練ですらウロボロス+魔法の波状コンボを持ち出し、戦うどころではないのでは? と引きつった顔とともに冷や汗を流していたスバルだったが、そんな心情を察したカリオストロが淡々と告げる。

 

「んなビビんなくても魔法もウロボロスも使わねえよ」

 

「ソレを聞いて安心するっちゃするが……じゃあ一体何で戦うんだ?

 ぶっちゃけカリオストロが魔法以外使ってるところ見たことないんだけど」

 

「それは勿論――――素・手☆」

 

「へ?」

 

 両手を握りしめて顎の下で揃える、いわゆる『ぶりっ子のポーズ』を取るカリオストロに、スバルはぽかんと口を開けるしかなかった。

 

「か、カリオストロってステゴロ上等系ロリっ子だったっけ」

 

「もう、そんなの上等じゃないですよーだ☆ ――それっ☆」

 

「っとぉ!?」

 

 言うが早いか近くの木に手を触れたカリオストロが錬金術で即席の木の剣を作り上げ、投げ渡す。

 スバルはソレを掴もうとして一度取り落としてしまったが、急いで剣を拾い上げた。

 

「錬金術の汎用性の高さってやべー……ってか、俺は剣装備でカリオストロは素手でやるのか?」

 

「それで相違ないよ?」

 

「相違ない、っつってもなぁ……」

 

 自分より頭2つ分くらいの身長差があり、なおかつこちらは武器を持てるというハンデはあまりにも大きいのではないか? 如何に彼女が戦闘に長けて、如何に自分が戦闘の素人であろうとも、彼女の専門は魔法のはず。ひょっとすれば怪我をさせてしまうのでは? と難色を示すスバルに対し、カリオストロはその場でとんとんと軽く跳ねながら彼に語りかける。

 

「大船に乗ったつもりでかかってきていーからね?」

 

「いや、大船っていうか背丈的にも小舟だろ……器がでかいのは知ってるけど」

 

「失礼しちゃうな~、カリオストロこれでも魔法なくても強いんだからねっ☆ ぷんぷんっ!

 ホラ早く早く! かかってきてよ!」

 

「えーっと……」

 

 スバルがちらりと横を見ればレムとエミリア、そしてパックはこくりと頷いた。

 

「スバル君。頑張って下さいね」

 

「本人がそういうんならやってみてもいいんじゃないかにゃー」

「カリオストロ、怪我しないようにね」

 

 どうやら彼女らはこの訓練を止める気はなさそうだ。スバルはため息をつくと諦めて剣道のような構えを取って対峙し始める。対するカリオストロはやはり何の構えを取ることもなく、ただただ自然体のままだ。

 

「素人だから、寸止めとか出来る気がしないんだが……まぐれで当たっても怒って八つ当たりとかやめろよな、絶対やめろよな!」

 

「その言葉だと何か逆に八つ当たりして欲しいようにも聞こえちゃうけどな~☆

 まあそんな心配は杞憂だと思うよ、当たらないし、スバルには当てる事自体が無理だから☆」

 

「っ、上等っ。そう言うなら後から文句とか絶対なしだからな」

 

 男として今の台詞はカチンと来るものがあるのだろう。

 剣を握る力を強めたスバルは小さな錬金術師を睨みつけ、機を伺い始めた。

 

 

 エミリア達が穏やかに様子を見守る中、二人は視線を交差させ続け……やがて二人の間に一陣の風が吹く。

 ソレが切っ掛けとなったか、唐突にスバルが駆け始める。

 

 

「――――せりゃあぁぁぁっっ!」

 

 剣道の型は何処へ消えたか、スバルが選んだのは遮二無二愚直な振り下ろし攻撃であった。

 彼は距離をつめた後に間合いを見計らって振りかざした木剣を叩きつけようとする。

 割りと本気目の攻撃だ。当たったら痛いで済む程度ではあるが、普通に怪我するのは違いない。しかしながらそんな攻撃が迫っていると言うのに彼女は依然として構えすら取らず、ただ笑顔を見せるのみ。

 

 それに焦ったのはスバルだ。

 よもや回避行動すら取らないなんて!? と内心で叫ぶが、自身に急制動できるほどの技量もなく、剣はまっすぐにカリオストロの顔に吸い込まれていく。

 この後手に響くであろう、他人を打つ感覚とカリオストロが傷ついてしまう展開を想起して、思わず目を瞑ってしまうスバルであったが――

 

 

 待ち受ける筈の衝撃は手に来ず、代わりに来たのは自身の体が浮かぶ感覚であった。

 

 

「へ? ――――いでぇっ!?」

 

 ふわりと空中でくるりと前に一回転したと思えば、すぐさま地面に背中を強かに打ち付けてしまい、背中から感じる鈍痛に顔を顰めるスバル。

 一体自分に何が起こっているのかが全く理解出来ていないのか、彼はしばらくぱちくりと目を瞬かせるしかなかった。

 

「ね? 心配なんていらなかったでしょ?」

 

「……」

 

 そんな彼の顔を覗き込むカリオストロの顔は変わらぬ笑顔だ。

 だがそれがどことなく意地悪気な物に見えてしまい、何ちくしょうと反骨心を浮かべながらスバルは慌てて起き上がった。

 

「い、今のはスリップ!スリップだ!

 ちょっと躓いたか何かしちまっただけだ!」

 

「はいはい☆ そういうの良いからもう一回どう」

 

「っ隙ありいいいぃぃぃぃぃ――っっ!!」

 

 何ということだろうか! 男の沽券とかそういう物を全て投げ捨てた、会話中のアンブッシュであった。

 スバルの次の攻撃は振り下ろしではなく左下から右上にかけて掬い上げるような逆袈裟。だが案の定その攻撃に手応えはなく、カリオストロが視界から消えたと思えば、胸に何かが触れる感触と共に踏み込んだ足が宙を浮き、空を見上げていた。

 

「どう゛っ!?」

 

 重力に従ってまたもや背中を打ちつけ、スバルの口からから苦鳴と呼気が漏れた。

 一体全体何が起きているのか理解できずスバルの頭の中では絶えずクエスチョンが飛び交っていたが、一連の内容を客観的に眺めていた二人と一匹は、カリオストロがスバルに何をしたのかがはっきりと見えていた。

 

「すごい……魔法みたいね」

 

「素晴らしい動きですね、カリオストロ様。

 スバル君の攻撃が雑…ごほん、素人であったとしても、あそこまで見事に捌けるとは」

 

 二人は知らないだろうが、カリオストロの技術は地球で言う「柔術」に酷似していた。

 彼女がやった事を説明するとこうだ。

 

 1:スバルの剣の軌道を見切って、カリオストロが姿勢を低くしながら懐に潜り込む。

 2:振り上げたスバルの腕に手を添えて、力の流れを上向きに助長させる。

 3:彼の胸を押して重心をずらす。

 4:重心がふらついたのを見計らって足を払う。

 

「――で、一連の動きはほぼ同時に行われていて、スバルは自分の力とカリオストロの力の両方に翻弄されてこけてしまうと。こんな感じかな? うんうん、見事なもんだね。無駄がないってこう言うのを指すんだろうね~」

 

 パックが考えを述べると、観客二人はぱちぱちとパックの解説、及びソレを実行したカリオストロへと無言の拍手を送った。

 

「まだやる?」

 

「あ、あたぼうよ!! おらぁぁぁぁぁ!!」

 

 一方でカリオストロは再度倒れ伏したスバルに問いかけ、対するスバルは顔を赤くしながら立ち上がっては三度目の突撃を敢行。直後に突撃はいなされて空を見上げて地面に叩きつけられてしまう。……しかしながら根性だけは人一倍持っているスバルである。彼は自分の活躍の機会を手に入れようと歯を食いしばって何度も何度も挑んでいく。……勿論その度にぽんぽんと投げ飛ばされ、地面と接触する音と、無様な声が都度庭に響き渡る結果になっているが。

 

「……んー、しかしあれだね。本当カリオストロって優しいね」

 

「パックもそう思う?」

 

 刺突攻撃したスバルが、くるりと一回転して地面に叩きつけられた様子を見ながらパックが呟き、ソレに対してエミリアが賛同する。

 

「やっぱり、心配なのよねスバルの事が。

 わざわざ納得するまで付き合ってあげるなんて……確かにスバルって凄く頑張り屋だけど、ちょっと我が身を顧みないところあるから……」

 

「こうして自分の実力を認識させるのは、大事な事かもね。

 ボクとしては剣ぐらいは使えるようになってもいいかなーって思うけど。

 まあスバルが自分の実力を理解してないからこそ、剣を持たせたくないのかな?」

 

「スバルは戦闘が不慣れのようだし、今回、どっちかって言うと知恵を振り絞って頑張ってくれたものね。そのせいか本人はあんまり活躍できなかったってちょっと思ってるみたいだけど……」

 

 再度視線を向けた先では、剣で地面を払って砂かけからの攻撃をしようとしているスバルの姿があったが、やはりカリオストロには通じず、そのまま転がされていた。

 

「……私としては十分に活躍してくれたと思うんだけどな。

 スバルったら結構アレよね、えっと、卑屈?

 ロズワールに求めた報酬だって『この屋敷で働きたい!』なんてすごく慎ましい物だったし……」

 

「リア、卑屈じゃなくて謙虚ね」

 

「あ、うん。ソレよ」

 

 二人が好き勝手に論評する一方、レムはと言うと投げ飛ばされ続けるスバルが気が気でないらしい。表情にこそ出ることはなかったが、手に医療箱を抱えて今にも飛び出したそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「…………」

 

「……レム?」

 

「……はっ! はい、なんでしょうエミリア様」

 

「えっと、もうちょっと我慢するのよ」

 

「……ぅぅ、はい」

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 5分……いや、10分後。数え切れないほど投げられたスバルは、肩で息をしながら全身を芝生に投げ出していた。対するカリオストロはうっすらと汗をかいた程度に消耗するだけで、まだまだ余裕が見て取れ、汗をかき、火照らせた肌にくっついた金髪を優雅に後ろに流していた。

 

「ふー……っ☆、満足したー?」

 

「…………」

 

 スバルは荒々しく酸素を求めるばかりで返答はないが、代わりに力なく挙げられた手がゆらゆらと振って返していた。どうやら満足してくれたようだ。

 

「それにしてももーっと早くへこたれると思ったんだけど、案外粘るんだねー、カリオストロ驚いちゃっ――おわっ」

 

「スバル君スバル君、大丈夫ですか? お水飲みますか?」

 

 気付けば倒れたスバルの横には先程まで居なかった筈のレムが駆け寄っており、コップに入れた水を手渡そうとしているところだった。

 

「カリオストロ、お疲れ様」

 

「エミリアも観戦お疲れ様~☆ 退屈だったでしょ?」

 

「ううん、とんでもないわ。する事なす事、全部魔法みたいで見てて飽きなかったわ」

 

「リアに同じく。面白い催しだったよ」

 

 レムに引き続いてエミリアとパックがカリオストロの元へ近寄る。エミリアは手に持っていたタオルを彼女に差出し、カリオストロはソレを感謝とともに受け取り、首筋や顔の汗をふき取った。

 

「てっきり魔法専門だと思ったから、こんな事出来ると思わなかったわ」

 

「ん、ほぼほぼ荒事専門の何でも屋みたいな真似事してたからね~☆

 一芸だけじゃやっぱりやっていけなかったり☆」

 

「ぅゎ、ょぅじょっょぃぃぃ……がぼがぼごぼ!!!」

 

「スバル君、お水おいしいですか? お代わりありますからね」

 

「突っ込みありがとうレム☆

 ……っておい待て、トドメを刺そうとするな。素でやってんのかよソレ」

 

 気遣いと献身の余りに命を奪いそうになってるレムを止め、疲労困憊のスバルに水よりも回復魔法をかけてやれ、と指示をすると。レムは慌てて水ではなく癒しの光を浴びせ始めた。

 

「ぜーはー……ぜーはー……あ゛ぁー、生き返った……」

 

「死に損なったの間違いじゃないかな?」

 

 パックの突っ込みは兎も角、回復魔法や水分補給をすることで大分落ち着きを取り戻したスバル。そんな彼にカリオストロは先程と同じく直ぐ傍で屈んで、顔を覗き込んだ。

 

「もう一回やる?」

 

「いやいやもう良いです分かりました身の程を知った次第であります!!」

 

「よろしい☆」

 

 どうやら流石のスバルも分かってくれたようだ。時間をかけた甲斐があったとカリオストロは満足そうに頷き、彼にいつものようにアドバイスを送る。

 

「まあオレ様が天・才☆なのは何度も言っただろーが、このオレ様よりも体術が強い奴なんてごまんと居るってことは覚えておけよな。言っとくがオレ様の仲間内では魔法やウロボロス抜きの強さじゃ、下から数えたほうが早いくらいのレベルだ。

 その程度の奴にこのザマなんだから、当分は生き残るための訓練を優先だ。

 強くなるんならせめてものグランと同じくらいの才能を……っと、言っても仕方ねえ話か」

 

「グラン?」

 

 カリオストロが発した言葉にエミリアが首を傾げ、パックとレムも同じ反応をすればスバルはあぁ、と話を繋げた。

 

「あれだよな、カリオストロが所属していた団の団長的な存在みたいな」

 

「へぇー……そのグランって人はやっぱり強いの?」

 

 と、エミリアが食いつけば、スバルはどこかムスっとした様子で語り始めた。

 

「強いってもんじゃないらしい。年齢は俺と同じくらいだけど、1人でも大抵の荒事を収められるくらいの猛者で、尚且つ冷静沈着、指示は的確。カリスマに溢れて、どんな物事にも才能があるスーパー超人……とかなんとか。どこのラインハルトだよ」

 

「……お前にそんなにグランの話してたっけか?」

 

「え? 今まで無意識で喋ってたの? 

 俺、事あるごとに比較するようにグランって奴の話聞かされたんですけど?」

 

 事実、カリオストロはスバルに何らかの注意、アドバイスを送る度にグランの事について語っていた。『グランならこれが出来た』、『グランならこの程度苦戦しなかった』、と。当然ながら意図してではなく無意識の内に言葉が漏れてしまっていただけだったが、長く団長と共に過ごす事で、彼女の中の同年代男子の標準がグランになってしまったようだ。当然そんな超人と比較されるスバルは溜まったものではない。本人の社会不適合性(引きこもり)も相まってスバルはグランと聞くと眉を顰めるようになっていた。

 

 本当にそんなに語ってたのか、と自分でも首を傾げるカリオストロ。

 そんな中、レムが唐突に爆弾を投げつけた。

 

「えっと、カリオストロ様とグラン様は……恋仲なのでしょうか?」

 

「ぶーっ!!」

 

「カリオストロ!?」

 

 こうかはばつぐんだ。

 いきなり噴き出した天才錬金術師に一行の視線が突き刺さり、カリオストロは紅潮した顔で慌てて弁明し始めた。

 

「ん、んな、んな訳があるか!? オレ様とアイツが恋、恋仲とかそんな事っ」

 

「では一方的に懸想している感じでしょうか?」

 

 そーいう事でもねえよ!? と必死な様相で否定する彼女は珍しく、エミリアもスバルも目を見張ってしまう。カリオストロは三人の視線に晒される中まずは冷静になろうと深呼吸を一つ、二つすると、努めて冷静に伝え始めた。

 

「……確かにあいつは頼りになる存在だがな。

 あいつは団長でオレ様は団員。関係としてはそれ以上でも以下でもない」

 

「……『アイツは団長。オレ様は団員。ただそれだけの関係だった筈なのに、傍でアイツの活躍を見ている内に、段々と惹かれちまった。このオレ様とした事が、真理は解けても恋の方程式は解け――』――がぼごぼごぼ!!!」

 

「水、飲み足りないよね? 全部飲ませてあげる☆」

 

「むぅ」

 

「あとエミリア、お前何でオレ様の腕に抱きついた?」

 

 未だ倒れたまま茶々をいれたスバルに、レムから水差しを奪ったカリオストロが口に水をなみなみと注いで黙らせる中、何故か膨れ面になったエミリアが腕に抱きついていた。一方でレムはちょっと話題を間違えたかなと申し訳なさそうに謝った。

 

「すみません、要らぬ誤解を招いてしまったようですね」

 

「全くだ。ったく……オラ、スバル。

 もうちょっと休憩したら逃げる訓練本格的に始めるからな」

 

「げっほ、げほっ! ……ぅえ、もう十二分に特訓した感が俺にはあるんだけど……続きは明日にしないか?」

 

「却下だ馬鹿。まだ始めたばかりだろーが。

 言っとくが訓練は昼までやるからな」

 

「うげぇ、明日にゃ筋肉痛で全身が動けないのも間違いないな……んっ、ぉ……?……!」

 

「ファイトですスバル君! ……スバル君?」

 

 辟易した反応を見せたスバルだったが、その顔が瞬く間に赤くなったのをレムが気づいた。そしてその反応の直後、彼は何故か顔をエミリアとカリオストロが居る方向とは真反対に背けた。

 

「あん? どうしたんだ?」

 

「あーいや、その……何でもない? 何でもないんだ!

 ま、まあちょっとだけ休憩させてくれ! な!?」

 

「? 顔真っ赤だけど、本当にどうしたの? お熱でもあるのかしら……?」

「……うーん、別に体調が悪いって事はないみたい。むしろ今のスバルのはすっごく喜んでるね。何か良い事でもあったのかな?」

 

「よよよよ喜んでなんか居なくてよ!? と、とにかくちょっと休憩するからさ! カリオストロ様やエミリア様にいたりましては少し離れた方がよろしいかと……!!」

 

「「……」」

 

 怪しい。自分達に何か原因があるようだが、一体自分ら二人に何があるのだろうか。

 二人して顔を向け合い訝しんでいると、スバルがぼそり、と小さく呟いた。

 

 

 

 

「……屈むとその、かなり無防備でその、な?」

 

 

 

 

 スバルは倒れた姿勢のまま会話していたせいで、視線が低い位置にあった。

 

 エミリアもカリオストロも、そんな彼の前に二人して屈んでいた。

 

 短パン姿のカリオストロ。

 

 裾短めな部屋着のエミリア。

 

 そこから導かれる図式は――

 

 

「だがちょっとまって欲しい。倒れ伏す原因はカリオストロにあって、そもそも俺の目の前で屈んだのは二人。つまり責任の一端は二人にもあると思うんですけdぐわああぁぁぁぁぁ――――ッッ!!!」

 

「す、スバルくーん!!」

 

 

 その日、スバルは顔を赤らめたカリオストロによって空高く舞い上げられ、人が空を飛ぶ事の意味を考えさせられる結果になった。

 

 

 

 

 

 

 

 




「……? カリオストロは何でスバルに怒ったのかしら」



《BREAK状態》
グラブルのボスのステータスの一つ。
グラブル大型ボスは攻撃を与えていくとテンションゲージのような物が上昇し、一定ダメージでOVERDRIVE状態になる。
その状態の攻撃は普段より強力な物になるが、一方でOVERDRIVE状態からある程度ダメージを与えていけばBREAK状態となり、強力な攻撃が出来なくなる。


《カリオストロの武術について》
原作じゃ触れられてなかったけど、天才錬金術師で尚且つ一流の騎空団に入ってるんなら体術くらい出来ない訳がないんだよなぁ、って思いからつけた後付オリジナル設定。
何か体の仕組みとか理解してるって事から、自然と柔術使いになりました。

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