「いやーごめんねカリオストロ。うちのリアの勘違いだったみたい」
「だからさっきから言ってんだろ。ったく……オレ様の貴重な時間、返せるものなら返して欲しいくらいだ」
「ごめんなさい……」
あの後、戦闘の余波で傷つき、凍りついていた三人組を二人がかりで傷を癒やした。そしてようやく気絶から回復した三人に事情を聞いて、何とか誤解を解くことが出来た。
三人組曰く、変な服装をした目つきの悪い、謎の黒髪の男によって気絶させられたのだという。
彼らはしどろもどろになりながらも身振り手振りで、自分達が如何に無辜で、無害な存在で、一方的に暴力を振るわれた事を説明していた。雪色の少女……エミリアはその説明に真摯に耳を傾け、真犯人へと怒りを露にしていたが、カリオストロと謎の小動物……パックは男達が真反対の事を言っていると見抜いていた。
なので「正直に言って?」とパックと息を合わせて片手を向けて(詠唱発動一歩手前)可愛くおねだりした所、男達は「すいませんでしたー!」と叫んで慌ててこの場から去っていった。残ったエミリアは見抜けぬ事にショックを受けていたとか。
(しかし、黒髪の男ね……街でぶつかったあいつか?)
変な服装で黒髪と来れば記憶の中の存在と一致する。目つきの悪さまでは見てなかったが、意外と武闘派なのだなと認識を改めていると、少女の隣で浮遊していたパックがふよふよとこちらに近づき話しかけてきた。
「それにしてもキミの魔法は面白いね。土や石、物質そのものの構成を紐解いて別の形に組み替えるのかにゃ? 今まで長く生きてきたけど、そんな変な魔法初めて見たよ」
「褒めてんのか褒めてねーのか分からねえけどここじゃ珍しいのは違いないだろうな。そっちこそ無尽蔵に氷を作り上げて、ばかすか撃ってきやがって……」
「いやーそれほどでも」
「褒めてんじゃねーよ。文句言ってんだよ!」
「ごめんなさい……」
こちらの鼻先で照れて見せるパック。牽制と言いながらもカリオストロを殺す気満々の攻撃をしておいて、なお全く悪びれた様子を見せない彼(?)は「本当は誤解だって気付いてたけど、リアに教えて上げる前にキミが攻撃するから、まずはおしおきかなって思っただけだよ。ソレにほら。キミは無傷だっただろ?」としれっと釈明し、カリオストロは思わず土に埋め立てたくなる衝動に駆られた。
「ところで……エミリアだったか。おい。そんな申し訳なさそうな顔でオレ様の美貌を見つめるな。せめてうっとりしながら見つめろ」
「ごめんなさい……」
「……パック何とかしろ。さっきからお前の娘、壊れた蓄音機みたいになってやがる」
「ちくおんき? リアは今罪悪感の真っ只中だね、人の話を聞かずに悪い人認定したのが相当応えてるみたい」
聞けばこの謎の生き物、人の心情がある程度分かるらしい。ただ今の状態なんて心読まなくても分かる。
顔を真っ青にして人の顔を窺いながらこちらの一言ごとに謝罪を繰り返すエミリアに、流石に怒る気力が失せたカリオストロは頭を掻きながらため息をついた。
「おいエミリア。謝罪も釈明ももういい。気にすんなとは言わないが、今後はちゃんと人の事情も聞けよ。今回は割と勘違いしてもおかしくない事情だったけどよ。……兎に角、オレ様はもう行くぞ。ただでさえよく分からない事態になってるからな」
「待って、あの……ごめんなさいカリオストロ。あなたは凄く可愛いけど、口調が怖くてあんな力持っててあんな状態だったからてっきりって思って…………あう。ごめんなさい、もう謝罪と釈明はしません」
凄みのある顔でカリオストロに睨みつけられて、更に申し訳なさそうな顔をするエミリア。そんな彼女が言葉を連ねる。
「あの、そのお詫びになるか分からないけど……わ、私何か手伝えることないかしら!」
「な・い☆
……何でそんな誰からも見放されたような絶望そうな顔するんだよ! まるでオレ様が悪いことしたみたいじゃねえか!」
第一オレ様に関わる暇あったらお前も盗まれたもの取り戻しに行けよ、と言うと「あっ!」声を出して慌て始めた。どうやら本当に忘れていたらしい。
「うぅ。何もお詫びできずに心苦しいわ……あ。そうだ!もしも何かあったら、この場所に来て。きっと頼りになれると思うの」
エミリアはメモ用紙の切れ端に何事かを書き、カリオストロに手渡す。この国の字を知らないカリオストロには内容は全く分からないので聞き返すと、「メイザース領 エミリア」と書かれているようだ。
「ふぅん。エミリアって有名所のお嬢様なのか?」
「ううん。ただの後ろ盾を持ってるだけだよ。長くもない付き合いだけどね」
「ちょっと色々あって、えっと、そこの偉い人に気に入られて。それで、あっ……。その。色々するために、今その場所に泊まってて」
「説明できないなら補足しなくていいからな!」
使うかわからないツテを手に入れたカリオストロは今度こそ踵を返し、最初の方角に沿って進んでいく。
時の逆行を行う存在が一体なんなのか、まず見定めないといけない。自分には帰るべき場所があるのだ。怒りと使命感を糧にずんずんと先へと進む。
……進むのだが。
「……何でついてくんのお前ら」
「だってあの子が逃げた道もこの先なんだもの」
§ § §
ついてくんなよ。
そのつもりはないけど、あの子の行き先が一緒だから仕方ないよ。
もしかして貴方も何か盗られたのかしら。
はっ、オレ様がそんなつまんないヘマする訳ねえだろ。……いちいち凹むなよ面倒くさいなお前!?
二人と一匹は細い路地を先に進む。どうやら本当に行き先は同じようで、カリオストロは仕方なく。パックは我関せず。エミリアは申し訳なさそうに道中進む。
土地勘もなく、入り組んだ路地をああでもなくこうでもなくと時に道を間違えながら進んでいたため、既に日差しは暮れて夕方になってしまった。
カリオストロは焦燥感を覚え始めた。
もしも同じ時間に逆行が起こるとすれば、残り時間は数時間もない事になる。内心の焦りを覚えながら先へ進んでいけば――彼女達の足取りはとある場所に近づいて、止まった。
「……」
「ん。ここだね、あの子のマナが感じられる」
「カリオストロ? ……もしかして貴方の目的もここ?」
三人がたどり着いた場所は、他の家に比べれば造りがしっかりした、そこそこ大きな酒場のような建物だった。明かりも見えず、扉も閉められ、今も酒場として機能しているかは謎だが、パックの目的が此処であると同時に、カリオストロの目的地もここだと直感で分かった。
あの黒くて甘ったるい香りが今も尚、この酒場の奥から強く発せられているのだ。また、その香りとは別の
「あ、待ってカリオストロ」
小さな錬金術師は無言で酒場の入り口に向かう。二つの香りは次第に強く、混ざり合うようになってカリオストロの神経を逆撫でする。慌ててエミリアが後ろから声をかけたが、道中とは雰囲気を変えた彼女に気圧され、追随することは出来なかった。
そしてカリオストロは自然な動きで手を入り口に向けて翳すと――地面から唐突に現れた巨大な土の槍が、酒場の入り口を屋根諸共粉々に吹き飛ばした。
ほぼ同時に破壊された酒場から飛び出してくる黒い影。影はエミリアとカリオストロの間に、転がりながらも獣のように四足で着地する。
「あらあら過激なご挨拶。精霊も揃って私に会いに来てくれたのかしら――本当、素敵」
現れたのは全身を黒いドレスで身を包み、更にその上から黒いコートを着た妖艶な女性だった。先程の不意打ちを気にせず、むしろそれを嬉しそうに、舌なめずりをしながら喜んでいる。
その手に持つのは二振りのナイフ。既にその凶器が血に濡れていたのをカリオストロは見抜いていた。
「ねぇ、キミってこの人と知り合い?」
「……こんな物騒な知り合いはいねえよ」
「では今から知り合いね。貴方の力も、そして精霊使いも魅力的――今日は本当に楽しい日だわ」
すっくと立ち上がった彼女はナイフについた血を舐めとると、状況に付いていけず、混乱の極みにあるエミリアの元へと自然体で近寄る。
黒髪の女性は殺意を感じさせない友好的な笑みをエミリアに見せると、おもむろにその凶器を振り上げ――、
「はいダメー!」
──パックの力によって空中に現れた氷の盾が、小気味いい音を立てて一撃を防ぎ、更に返す刀で彼女に向けて放たれた三振りの氷柱が女性を貫こうとする。しかし女性は即座に飛び跳ねて軽々と、楽しそうにそれを回避した。
「つれないわ。彼女と同じ挨拶をしようとしただけだと言うのに」
「そう言う挨拶は狂人同士でしてくれるかな? ……ほらリア、キミ襲われてるんだよ。しっかりしないと」
「う、うん。ごめんなさいパック……でも、あなたもカリオストロも。何でいきなりこんな事を」
まだ混乱しているがようやく戦闘態勢に入ったエミリアは両の手を翳して目の前の黒い女性を睨みつける。この場で名前を呼ぶんじゃねーよと内心で舌打ちしながらも、カリオストロはエミリアへ説明し始める。
「……血」
「?」
「血の匂いだよ。こいつ、何人か殺してやがる。多分今さっきもやってるな。狙いはなんだ? 盗まれた物と関係あるのか? ……もしかして盗品の強奪が目的か?」
エミリア達と自分が目指す目的地が同じだった事を考えて、カリオストロが推察を口にするとエミリアがハっとなって破壊された酒場に目をやり、その後もう一度女性に視線を向ける。向けられた女性は苦笑しながら肩をすくめた。
「私はただの依頼人。別に強奪する予定はないわ……でも少しだけ、依頼内容に不備があったのよね」
「不備があっただけで殺すんじゃねーよ」
「あら、交渉というのはシビアなものよ。私は口を使うのは本職じゃないけど、あの子は欲張りすぎたわね……交渉相手を増やして釣り上げようとしちゃって」
「……もしかして、あの黄色髪の子……?」
「知ってるのね――えぇ。もう一人の交渉相手より先に
恐らくその少女含めて関係者が全員中で死んでいると悟り、エミリアは苦々しい顔で女性を睨みつける。溢れる強い義憤が、少女の体からマナとなって迸っているのがカリオストロに見えた。
対してカリオストロはその事自体は有り触れた事だと理解して、冷静に相手を見極めながらも、別の要因によって事態に本腰を入れて意識を割くことが出来ないでいた。
何故なら血の香りではない、あの甘い香りが今も尚あの酒場の中から漂い、そして香りそのものが先程よりも酷く濃いものに変わっているからだ。
(誰も気付かねえのか…!?)
これだけの距離でも感じられる香りに顔を顰めるカリオストロだが、殺人鬼もエミリアも、パックすらもその様子に気付いていないのだ。
あの酒場で起きている現象が気になる。しかしあの女に背を向ける事も出来ない。ならばさっさとこの狂人をぶっ倒すに限ると意識を切り替え、カリオストロも魔導書を開いて殺人鬼へと敵意を向けた。
そして黒服の女性が駆け出し、エミリアとパックが氷柱を放ち、カリオストロが武器を放とうとした所で、
世界が
歩みを
止めた。
(お。い、まだ夜じゃ――)
一瞬で世界を包み込んだ、黒くて甘い香りが世界から色と、時の歩みを奪い、為す術もない時間の巻き戻しにカリオストロはまたも巻き込まれてしまう。
放った土の槍が、氷柱が、殺人鬼の走りが、ゆっくりと。しかし徐々に徐々に加速して戻っていく。崩壊した酒場が一瞬で元に戻り、酒場から路地裏へと歩みが戻りついてくるエミリアやパックとの会話が肺に回収される。謝罪の言葉が。蟠りが。路地裏での余波が。三人組の傷が。二人との関係性が立ち消える。黄色い少女もぶつかった黒髪の男性も、全て全てが収束点に戻っていく。
モノクロの空間で意識だけを残して、この日に為した実績が台無しになっていく様をまざまざと見せつけられることのなんと口惜しい事か。なんと苦しいことか! そして絶えず立ち上る黒く甘い香りの、なんと腹立たしい事か!
カリオストロは拷問のように続く逆光の流れの中、漂う事しか出来なかった。
──そして、最終的にカリオストロは二回目と同じ位置で立ち竦んでいた。
§ § §
吐き気と目眩を堪えながら、カリオストロは今までの事象を反芻する。
逆行するタイミングが夜ではなく夕方に変わった理由は何故だ? 自分が違う動きをしたせいで条件が変わった? そうなのであれば何が鍵になった? そして、あの酒場に一体何があるんだ?
振り返って分かる事は、恐らくあの酒場に逆行の原因が存在するという事。そして自分、あるいは別の理由で逆行の条件が変わるという事。
逆行した人物がもしも前回と同じ動きをしないと考えると、途端にランダム性が高まり、それを加味するととてもではないが毎回夜に逆行が起こるとは結論づけがたい。しかし繰り返される1日で変わらないものもある。
それは「あの黄色い髪の少女がエミリアからある物を盗む」「少女はそれを黒髪の殺人鬼に届ける」「盗まれたエミリアがその少女を追いかける」という一連の流れだ。
(そこを突くしかないな……まずは酒場に速攻で移動し、逆行の原因を調べる事が先決だ)
「お嬢ちゃん、立ち止まってどうしたんだい?」
「あ。ごめんなさい、ちょっと考え事しちゃって☆」
にっこりと満点の作り笑顔を見せると、心配した男が頬を染めて、それならいいんだと照れながら通りすがっていった。道の往来で美少女がぼーっと突っ立っていたらそりゃ声も掛けられるわな、と思いながらまたも酒場へ早足で急ぐと、
「待ってくれ。――サテラ!」
往来から聞こえてきた声と、それによって一瞬で静まり返る往来。そして、その音の中心で銀髪の少女に向けて話しかける、あの黒髪の少年という光景が目に入って来るのだった。
《エミリア》 出典:Re:ゼロから始める異世界生活
銀髪ハーフエルフのぽややん精霊術師。
困った人は見捨てられない超のつくお人よし。精霊のパックを従えてる。
発育の良い体をしているが、中身は子供である。
実はこの国の王様候補で、ロズワールという貴族がパトロンについてる。
《メイザース領》 出典:Re:ゼロから始める異世界生活
ロズワールという貴族が所有する領土。