RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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プロット通り書いてたら気に食わなくて何回も書き直しました。(半ギレ)
戦闘終了です。


第二十八話 JACK POT

 魔獣ギルティラウは、非常にプライドが高い魔獣である。

 彼はそもそも森の静かなる王と言われており、自身の縄張りである森から出ることはなく、また一つの敵を絞って襲うことがない。何故ならば自分は絶対的な強者であると自負しており、常に敵は挑戦者か餌でしかないと考えているためだ。

 だが現在。ギルティラウは縄張りではないエリオール大森林まで出張り、更に自ら敵へと襲いかかっている。

 

 何故か?

 

 本人にとって甚だ不本意ではあるが自身の角を折られ、従わざるを得ない『主人』が出来た為である。

 強者である自身が誰かに従うという事はいたくプライドを傷つけるが、今の自分は象徴でもある角を折られた敗者でしかない。自分より立場が上の『主人』に従わないという事も、また彼のプライドを傷つけるものであるため、大人しく命令に従っているのだ。

 

 ギルティラウは従うに際しこう考えた。

 自分が強者であり続けるためにも、せめてもの完璧なる勝利を物にし続けよう。

 敵の強さに関わらず、一切の容赦もなく、一切の出し惜しみもなく。興が湧かずとも、つまらぬ作業になろうとも、『主人』が他に従えるどの魔獣よりも強く有能である事を示す。それが今のギルティラウが目指す目標であり、生き方であると定めたのだ。

 

 そうして遠路から足労し、『主人』が与えた敵を自らの力で一蹴しに来たのだが、ギルティラウがそこで出会った敵は、幸運な事に今までのどの敵よりも強い存在だった。

 

 それは『主人』と同じく二足で歩く生物。体躯は自分よりも遥かに小さく、爪の一振りで容易く刈り取れる相手に見えた。だがそいつに付き従う二体の生物。……いや生物と言うのはおこがましい「人形」。ソレが厄介極まりなかった。

 意志を感じさせぬ面構え。異形の体躯。その体躯に相反した素早さ。そして内包する力は自らをして本能が警鐘を鳴らすほど。

 今まで通りつまらぬ仕事になると考えていたギルティラウは、ひと目見て興奮を覚えた。

 しかし相手がどれだけ力を内包しようとも上手く使えるとも限らない。ならばと自らが得意とする奇襲を行った。願わくば自分の思う強者であって欲しいと、微塵の気配すら感じさせない、絶対の初撃で襲いかかった。

 

 ――果たして、その願いは叶えられた。

 

 人間は自分の一撃を防いだのだ。

 初めはまぐれかと訝しみ、しかしながら感じる歓びを抑えつつも、意識を逸らした瞬間を狙って再度襲いかかった。すると次は一撃を完璧に抑えられ、お返しにと的確な一撃を放ってくるではないか。

 

 ギルティラウは確信した。この人間は強者であると。

 自分が倒すに相応しい、自らの敵足らんとする敵なのだと。

 相手が自分と同じ強者である事を実感すれば最早喜悦を抑えられなかった。

 これほどまでの敵を用意した『主人』へと脳内で感謝をしながら、ギルティラウは怒涛の勢いで襲いかかった。地から。空から。近距離から遠距離から。自分の強さを示そうとその人間へ余すこと無く自分の力を見せつけていった。だが当然とばかりに相手は自分の力を全て受け止め、ギルティラウですら唸らせる一撃をお返しに放つ。

 

 殺意溢れる、何びとたりとも邪魔できない甘美な空間に、猛りが止められない。

 だが、この応酬は決め手に欠けているとお互いに気付いていた。

 願わくばもっとこの応酬を楽しみたいが、互いに千日手など望んではいないと分かっていた。

 望むのは明白な勝敗。互いに新手を仕掛ける準備がある。

 後はそのタイミングを見計らうだけ――ギルティラウが茂みに再度隠れて、人間の隙を見定めようとした直後の事だった。

 

 何故かは分からないが、人間が警戒を忘れて胸に手を当てているのが見えた。

 

 敵が初めて晒した明確な隙。

 ソレを逃すほどギルティラウは甘い存在ではなく、コンマのずれもなく森から飛び出した。

 相手も致命的な隙である事を自覚しているのだろう。

 見事な反応力で自分のすぐ近くで大きな爆発を起こし、粉塵を辺りに撒き散らした。

 途端に視界が土煙で塞がれる。

 成る程。一旦仕切りなおしにする魂胆か。と判断する。

 確かにこの土煙の中では正確な一撃を繰り出すのは厳しいかもしれない。

 ――()()()()()()()()()()()()()()、だが。

 不運にもギルティラウは他の魔物よりも遥かに高精度な五感を持つ存在であった。

 その五感を前にすればこのようなカモフラージュはほとんど意味を成さない。

 煙が立ち込める中、不自然な音を拾い上げたギルティラウは瞬く間に飛び掛り、それへと噛み付いた。

 

 べきり。

 

 肌を切り裂き、肉を噛み締め、骨が砕ける音が牙から広がる。

 ナニカを噛み締めたまま反撃を警戒して煙から飛び出るが……それはなかった。

 自分が口に咥える人間から血が毀れていき、口内にそれが溢れるのを感じる。

 噛みしめた感触は以前も食い荒らした人間の物と同様。

 そして自分の一撃は人間にとってどう足掻いても致命傷であると理解出来た。

 

 良い戦いだった。

 久しく昂ぶる一時を過ごせたことをこの亡骸に感謝し、餌としてこの身に取り込んでやろうと口内に溢れる血を飲んだその時だった。

 

 

 ギルティラウは直後、自らの失態を悟った。

 

 

 

§ § §

 

 

「嘘、そんな……っ」

「リアっ!」

 

 唖然自失と言った様体でその場で膝から崩れ落ちたのはエミリアだった。

 無理もない事かもしれない。折角仲良くなれそうだと思っていた少女が目の前で無残な姿になっているのだ。その様子を深刻に思ったパックは慌て彼女に縋りつき、「気を確かに!」などと声を荒げている。が、その声は彼女には届いていなかった。

 

「くっ……!」

 

 ラムはつい先日まで疑ってかかっていた客がやられてしまった事に、悔しさと怒りを感じていた。このままでは終わらせない。だが怒りにかまけてしまえば全滅は必至。

 まずはエミリア様を退避させねば、と理知的な光を目に宿らせながら、憔悴した体に更に鞭打つようにもう一口ボッコの実を食むと、スバルへと向き直り提案する。

 

「……スバル様。今は悔しいですが、一旦屋敷へと戻りましょう。

 あの魔獣に太刀打ちする手段は現状の私達にはありません。――スバル様?」

 

「――――ぁ」

 

 そのラムが見たのは顔を真っ青に染めたスバルだった。

 彼が浮かべる表情、それは親しい人を亡くした故の失意ではなく、悲しみにも見えない。

 むしろ大変な事をしでかしてしまった事による後悔と絶望で満ち溢れているように見えた。

 

「す、スバル様……?」

 

「お、俺……俺が、やってしまったせいなのか……?」

 

 スバルは目の前の惨状を見て、ある事に思い至っていた。

 最初こそカリオストロでも倒せない相手なのか? と考えたが、それならばカリオストロは直ぐ様、即時撤退を皆に言い渡していただろう。であれば倒せる相手だった筈。だが――現実にカリオストロはこうしてやられてしまった。

 油断? それとも敵の力を見誤った? カリオストロに関して言えばそれも考えられづらい。……ならば他の要因が切っ掛けで倒すことが出来なかったとしたらどうだ?

 例えば自分が起こした、ペナルティなどが理由だとしたら?

 

 彼女は自らに起こるペナルティを見ることが出来る唯一の存在だ。

 そして仕方なかったとは言えそのペナルティを立て続けに、唐突に二連続で使ってしまった。そう、唐突にだ。自分は頭ごなしにペナルティが自分だけに害を及ぼすと考えていたが、もしペナルティが自分だけではなく、カリオストロにも影響を及ぼすものだとしたら?

 

 

 だとすれば今起こっている現状は、誰の仕業だ?

 

 

 その疑念に辿りついてしまった事で、スバルの足元から嫌悪感と、悪寒、不快感が湧き上がり、全身を震わせ始める。

 全てを拒絶するような信号が働きかければ、胃の腑から急にこみ上げてきた酸っぱいモノが出口を求め、彼は咄嗟に口を押さえた。

 

「―――ぅ、ぷっ」

 

「っ、スバル様っ!! 今は堪えてください、まだ目の前には脅威が――!」

 

 エミリアとスバルがここまでカリオストロに依存していた事に気付かなかったラムは焦り、身体を折り曲げて不快感を抑えようとする彼に直ぐ様近づき、背を撫でて労る。

 折角ウルガルムの群れを倒し、レムは恐らく助け出したというのにこのような展開になるとは。……最早二人は役に立たないだろう。早急に撤退する必要があるとスバルの背を押して必死に下がろうとするラムだったが――

 

 最悪は続くものだ。

 カリオストロを仕留めた魔獣は既にこちらへと顔を向けていたのだ。

 

 先ほど倒した大型の魔獣よりはスマートな体型をしているその敵は、首筋に噛み付いていたその亡骸を口からぼとりと落とすと牙を軽く剥いてこちらを睨みつけて来た。

 ラムは敵に睨まれながら同時に疲弊した脳で冷静な判断を瞬時に行う。

 

 自分は攻撃できても、あと魔法二発程度で打ち切りだろう。

 一番頼りになるエミリアは失意の淵。戦力になるかどうかが怪しい。

 スバルは端から戦闘力がなく、囮としての役割が果たせるかどうか。

 唯一パックが動けるが、あの方もエミリアに付きっきりだろう。

 戦況は非常に厳しい。ならばとラムは冷徹な結論を出す。

 

 『最悪でもエミリアだけは助ける。

  例えソレ以外の誰もが犠牲になろうとも』

 

 この陣営にエミリアは必要不可欠なのだ。

 それが自らの主人の意志であり、その意志に背く事は自分の命でも贖えない重い罪だ。

 唯一心残りであったレムも、きっと助かっている事だろう。……ならばここで命を燃やし尽くしてでも、エミリアを屋敷に送る。ソレがこの場で求められる事だとラムは断定した。

 悲壮な決意を胸に抱いたまま戦えない二人の前に立ち塞がり、なけなしのマナを振り絞ろうとした――直後。ラムは異常に気づいた。

 

 魔獣の様子がおかしいのだ。

 憔悴しているかのように大きく息を乱し、その屈強な身体を這い回る血管は不気味に浮き出て、不規則に脈動を繰り返している。その眼は自分たちの方向を向いてはいるものの、自分たちを見ていない。あるべき筈の黒目がなく、煮だったかのように白濁していた。

 

(……カリオストロ様は無力に敗れたのではなく、死ぬ前に手痛い一撃を加えていたのかしら? それにしては外傷が見えないけれども……)

 

 そう考えながらもラムは油断を崩さずに構えていたが、唐突に、魔獣が居た辺りの地面から数え切れないほどの石槍が飛び出した。

 魔獣はその一撃を避けることも出来ず、その巨躯を全身貫かれて、空中で串刺し状態となってしまう。

 

 唐突な展開に唖然とするラム。

 そして直後、彼女のすぐ傍から聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「――そっちは随分と無理したようだな? まあ全員五体満足のようだが」

 

 均整の取れた矮躯に、見るものが羨む美しい黄金色の髪。そして誰もが振り返る絶世の顔を持った少女、カリオストロがウロボロスと共に隣に立って居たのだ。

 やられた筈の彼女が何故ここに居る? ラムの脳内に浮かんだ当然の疑問も衝撃のあまりに口から出てこない中、彼女はそのまま横を通り過ぎ、串刺しになった魔獣へと散歩するかのように歩み寄れば、

 

「《コラプス》」

 

 カリオストロが手を向け、自身の傍らに浮かぶ本が淡く光を発すれば、口から止め処なく血を零し、未だ抜け出そうとする魔獣を中心に渦巻く闇が現れる。

 光を通さぬ闇の渦は死に体の身体全てを包む程大きくなると、急速に収束を開始。その中にある存在を末端から小さな粒子状にまで分解していく。

 獣は自身に何が起こっているのか理解できてはいないが、さりとて自分が迎える末路を本能的に理解しているのか、存在が消えてしまう事に恐怖して魂から悲鳴をあげてもがく。だが傷ついた身体では抵抗も出来ず、何よりこの闇は自分を決して離さない。

 尻尾が消え、両手両足が消え、腹部と胸部、そして頭部が闇に飲み込まれ――やがて世界から切り取られたかのように貫く石槍ごと、その場から消滅してしまった。

 

 カリオストロはその様子をつまらなそうに眺め終えると、従えた竜二匹と一緒に一行へと向き直った。 

 

「……生きて、生きていらしたんですか?」

 

「あん? 見て分かるだろ。オレ様は死んでねえよ」

 

「では先程我々が見たあれは何だと言うのです?」

 

 あぁ、とその言葉で合点がいったカリオストロは、視線を自分とそっくりの死体へと向けてラムに語りだす。

 

「あれは囮だ。オレ様に滅茶苦茶そっくりの、な。

 ……どうにもあの獣が素早くて中々捉えられないから、ならこちらから待ち構えてやろうと思ってな。爆発でわざと粉塵を上げて、その間にオレ様そっくりの囮を作った」

 

 粉塵が上がる間にあの囮を作った? 視界が不明瞭なのはどうあがいても数十秒程度だろう。その短時間でアレほど精巧な囮を作り上げたカリオストロの力は、はっきりといって底知れないとラムは戦慄した。その間にも二人の視線の先にある、死体もどきは目の前で身体の端から砂となって崩れていった。

 

「囮……ですか。何であれ心臓に悪い囮です。そっくりなのはまだしも血まで流れているのですから」

 

「そこはオレ様が天才たる所以だな。

 囮は精巧であればある程騙しやすいし、幸いにも元となる材料(ウルガルムの死体)はこの場にたんまりあった。

 ……ま、あの囮は精巧なだけじゃあないんだがな」

 

「精巧なだけじゃない?」

 

 カリオストロは小さく嗤った。

 

「特製の囮なんだよ。あれは。

 身体の構成物としてオレ様の知識にある、ありとあらゆる毒物を仕込んでやった。

 ――そんな毒まみれの物に食いつけば、どうなるかなんて……自明だよなぁ?」

 

 ラムは腑に落ちた様子で頷いた。

 あの魔獣の明らかに可笑しい様子、それは囮に仕込まれた毒のせいなのだという事を理解したのだ。……ちなみに言えば囮の材料はウルガルムの死体なのだが、その点については発想が及ぶ筈もなかった。

 

 ひとしきりの慌だたしさが終われば辺りに静けさが舞い降り、ラムは今度という今度こそ張り詰めていた警戒心を解き、ふぅ、と息をつく。日は間もなく昼に差し掛かる辺り。時間にして数時間程の戦闘だったが、一生分の長さにも思える戦闘だった。

 こうして生きていられるのはスバルやカリオストロのお陰だろう。そう考え、まずはカリオストロに最上の感謝を伝えようと考えたラムだったが……何故かその場に居た筈の彼女の姿は消えていた。

 いや、正確には彼女は視界から消えただけのようだ。

 ……ラムの視界の下に、銀髪の少女によってその場で押し倒された彼女の姿があった。

 

「カリオストロぉ!!」

 

「ばっ!? お前、いきなり何しやがんだ!」

 

「死んだかと思ったじゃない死んだかと思ったじゃない!

 カリオストロの馬鹿! ばかばかばかばか! おたんこなす!」

 

 馬乗りの姿勢でカリオストロに乗るのはエミリアだ。

 銀髪を振り乱し、まさしく子供のようにぽかぽかと両手で力なくカリオストロを叩き続ける。

 カリオストロはよもやエミリアの猛攻を受けて攻撃することも出来ず、ただ両手で彼女の猛攻を防ぐ事しか出来ていなかった。

 そんな二人の様子を見てラムは主人の狼藉を止めようか、それとも紛らわしい真似をしたカリオストロを鑑みて放置するか一瞬悩んでいたが、どちらを選ぶか決めたのは隣までふよふよと浮かんで近づいたパックであった。

 

「ボクとしてはリアがここまでカリオストロに心酔してると思わなかったけど……。危うくリアの心が壊れそうだったんだ。これぐらいは罰として受け止めるのも当然じゃないかな?」

 

「……」

 

 ラムはそう言えば、と今までのやり込められた分のお返しがあったなと考えてあっさりとパックの考えに同意。放置する事を決定した。

 

「あー悪かった! 確かに紛らわしい真似はした!

 それはオレ様も少しは思う所はある! 悪かったから離れろ!」

 

「ダメ! 許さないんだから!

 カリオストロがそんな事するから私っ、私生きた心地がしなくてっ……!

 とにかくすごーく怒ってるんだからぁっ!」

 

「いたっ、痛いっ!? お、おい落ち着け! 顔はよせ顔はぁ!

 ら、ラム! パック! お前ら何とかしろ!?」

 

「申し訳ありませんがカリオストロ様。

 此度の件、非常に感謝しておりますが、エミリア様のお気持ちにも一考の余地がありまして」

 

「左に同じだね」

 

「この薄情者どもがぁ!」

 

 救いの手を差し伸べられる事もなく、哀れエミリアによって感情の任せる限りぽかぽかされ続けていたが、そこに新たな刺客が現れた。

 

「か、カリオストロ! お前生きてたんだ、へぶぅっ!?」

 

 スバルである。

 今の今まで呆けていたが、三人と一匹のやり取りを見てようやくカリオストロが生きていると実感し、堪らずエミリアと同じく感動とか怒りを分かち合おうとした。だが忠実な従者であるウロボロスはソレを許さず、頬に優しめの尻尾ビンタが見舞われる羽目になったようだ。

 

「うわぁ、痛そう」

 

「痛そうっていうか痛いよ!? 一体何するんだよカリオストロぉ!」

 

「お前が無茶しやがった分の罰だ。――っつかいい加減に離れろエミリア!」

 

「やだ!!」

 

 どうやら尻尾びんたはウロボロスの意志ではなく、カリオストロの命令であり、びんたされた理由は下心が見え隠れしていたせいではないようだ。

 彼女は未だ抱きついて離れないエミリアと共に立ち上がり、スバルへと告げる。

 

「お前無茶はしないって言ったよな? なのになんだって()()を二回も使っていやがんだ。

 予想外の事態があったのかしらないが、お前が命を張らないのを前提にオレ様が動いたってのは忘れてないよな?」

 

「エミリアたんがくっついてるの見ると途端に威厳が……あ、ハイすいません余計な茶々とか入れません」

 

 ぎろりと睨みつけられれば萎縮するスバル。

 カリオストロは勝利を喜ぶよりも、スバルの猪突猛進ぶりにどうしても言いたいことがあるらしい。

 駄々をこねる子供のようにへばりつくエミリアをそのままにし、正論を織り交ぜた説教が始まりそうになった時、ラムがそれを止めた。

 

「カリオストロ様、おっしゃる通りスバル様は多少無謀な行動を取りましたが、結果としてその行動がなければ我々の命は今ここにはなかった事でしょう。今は素直に上手くいった事を喜びませんか?」

 

 その言葉に素早く顔を上下させるスバルに対し、カリオストロは苦々しい表情になり、

 

「それは結果論だ。こいつの悪癖は早めに釘を刺しておかねーとだな……」

 

「カリオストロがスバルを心配してるのは分かるけど、そんなに心配ならもっと早くかけつけるべきだったね。

 キミの様子を見るに苦戦する相手でもなかったみたいだけど?

 少なくともボクもリアも、スバルの漢気溢れる行動には助けられたよ」

 

「ぐぬ」

 

 珍しくもパックの擁護が加わり、尚且つ痛いところを突かれてしまったカリオストロは二の句が告げなくなってしまう。

 彼女は旗色の悪さを理解したのだろう、しばらく葛藤を繰り返せば一つため息をつき、

 

「……分かった。ここでとやかく言うのはやめる。

 パックの言うとおりそっちの異常に気付けなかったのはオレ様のミスだ。

 だが、続きは後で絶対するからな」

 

「(続くのかよ……)」

「(まあ、そうだと思ったよ)」

「(この方ならそう言うと思ったわ)」

 

 若干げんなりするスバルを置いて、カリオストロは自分に未だくっつくエミリアを離そうとして――

 直後、ウロボロス達が何かに反応したのに感づいて上を見る。

 カリオストロの行動にすわ、敵かと遅れて反応した一行。……だが、そこに居る存在を見てすぐさま警戒を解いた。

 

「ロズワール様!」

 

「どーぉやら、留守の間に色々とあーったみたいだねぇ」

 

 そこには外行きの高価そうな装いのロズワールが空中に浮かんでいた。 

 彼はゆっくりと一行の前に降りると、ラムがすぐさま傍に駆け寄る。

 エミリアも流石にくっついたままは駄目だと判断したのか、名残惜しそうにカリオストロから離れた。

 

「申し訳ありませんロズワール様、留守中に不測の事態が発生しました。

 ようやくその事態も何とか収拾がついたところですが――」

 

 その場で深々と腰を曲げて謝意を表すラムに、ロズワールが鷹揚に手を上げて話を止めた。

 

「謝罪は後。ここで話すのもあれだ。詳しい話を聞きたい気持ちもあーるが……後にしよう。

 キミ達は随分と無理してしまったよーうだろうしねぇ。

 まーずは全員で屋敷まで戻るとしようか」

 

 ロズワールは特にカリオストロが侍らす二体の竜をちらりと見た後、直ぐ様そのように提案すると、スバルが賛同した。

 

「あぁそれには賛成だぜ、ロズっち。

 正直俺たちみんなヘトヘトだ、大きな怪我こそないけど今回ばかりはマジで疲れた」

 

 手もこんなんだしな!と氷で張り付いてべろんと皮の剥がれた手を見せて、ラムやエミリアが顔を顰め、パックはあー、と神妙な面持ちを見せていた。そしてカリオストロは普通に驚いていた。

 

「お前腹が丸見えになってるといい、一体何されたんだ?」

 

「おぉ聞いてくれよナツキ・スバルの英雄譚を!

 この腹は巨大なウルガルムにぶん殴られて、あいたぁっ!?」

 

 言うが早いかカリオストロは腰に据えていた緑色のポーションを投擲して、スバルに叩きつけていた。

 

「何かさっきから踏んだり蹴ったりだな!? いい加減怒るぞ!?」

 

「治療行為だ。大人しくしてろ」

 

「へ? お、おぉぉ?」

 

 スバルが全身に浴びた緑色の液体は、かつてスバルがメロンソーダみたいだと称したキュアポーションであった。それは皮の剥がれた手や細かな切り傷につけば、じんわりとした暖かさと共に傷を塞いでいき、スバルはその光景に思わず声が漏れた。その間もカリオストロは小さな手でぺたぺたとスバルを触診すれば、ふん。と一つ息をついて離れる。

 

「どうやらそれ以外は大した傷はないみたいだな。

 あのポーションが役立った、って事か」

 

「お、おぉ。本当に九死に一生を得たって感じだ。助かったぜ」

 

 あの巨大な魔獣にどう考えても致死の一撃を貰ったスバルだったが、本人は無事で服が破れるだけだった。その理由は、以前のループでカリオストロから渡された自動発動する、一時的なバリア機能を持つポーションのお陰だった。これはカリオストロが念には念をと言って渡した物であった。

 

「スバル君は大丈夫かい? カリオストロ君」

 

「あぁ問題ない。この程度の傷なら――……何だよその顔は」

 

「いーぇいえ。鈴の音のような声で気品と威厳を感じさせる口調がずーいぶんとお似合いだと思ってね。カリオストロ君の前の喋り方も良いが、そちらもいい物だねぇ」

 

 あ。と素の口調で話してしまった事をカリオストロは今更思い出す。だがロズワール以外には既にこの口調で通しているので、遅かれ早かれバレる事だと彼女は開き直った。

 

「タメ口聞いてごめんなさい☆ こっちの方が好みですかっ☆」

 

「とーんでもない。こちらとしてはタメ口の方が親しみが感じられるので全く問題ないですとも」

 

「うん、ロズワール。私もすごーくそう思うわ」

 

「まさかのエミリアたんがロズっちに同意……!?」

 

「あはぁ! こーぅしてエミリア様まで同調してくれるとは!

 皆さんには申し訳ないがこのロズワール、今日は嬉しさが止められなーいねぇ!」

 

 自身の喜び忘れないようにとその場で内容をメモしだすロズワール。

 ソレを見て呆れるパック、エミリア、スバルにカリオストロ。

 ラムは涼し気な表情でその様子を眺めていた。

 だがロズワールを除く一行が危機を乗り越えた事に、少なからず喜びの感情が溢れているのは、見て取れるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スバル」

 

「ん、何だよカリオストロ?……って説教か!?

 ちょっと待ってくれ、まだ屋敷についてないぜ!?

 いやそりゃ自分でもあの時はちょっとアドレナリンどばどばで今更考えると勇者でもねーのに何やってんだ俺とか今更思ってるけど何か輝ける主人公っぽさを出そうと考えたらこうやって」

 

「あ゛!? やっぱりテメェそう言う英雄願望抱いてやがったのか!?

 弱いうちは冒険すんなって言ってんだろうが!!」

 

「いだいいだいいだい……しゅいまへんでひほほろらっはんれふ……!!」

 

「ったく、茶々入れんじゃねえよ。話す気失せるだろうが」

 

「あー悪かった。悪かったって。

 ホラ、俺ってなんつーかギャグを入れねえと死んじゃう病みたいで……それで、一体どうしたんだ? カリオストロ」

 

「……まぁ、あれだ。お前の無茶は正直見過ごせねえが……。

 こういうのは口にするのが大事だからな」

 

「?」

 

 

 

「よく頑張ったな。褒めてやるよ」

 

 

 

 




次話で二章ラストです。


《コラプス》
・カリオストロの必殺技の一つ。
 「崩壊」という言葉の通り、対象を分解してしまう技……だと解釈しました。
 防御DOWNするしね。きっと分解されてるんでしょう。

《囮》
 グラブルイベント「アストレイ・アルケミスト」のイベおっさんから。
 クラリス特訓時にゴブリンを餌におっさんの素体を錬成してたのを見て発想を得ました。
 正直狂気を感じたのは自分だけではない筈……。
 え?毒の体なんて作れるのか?おっさんは天才ならソレくらい余裕だろ!(独自解釈)

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