RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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スバルが何か凄いアイディアを思いついたのかと考えたそこの貴方。
案外そうでもないぞ。(ごめんなさい)
作戦の全貌は次の話くらいでわかります。


第二十五話 STRAIGHT BET(前編)

「……結局命張ってんじゃねえか」

 

「だから言ってんだろ、『命の危険性は少ない』だけって。無い訳じゃあないんだ」

 

「でもでも、私はその作戦いいと思うわ。それ以外に良案もなさそうだし、早速行きましょう!」

 

「はぁ、何でベティーがこんな事……」

 

「まあまあ、リアもこうして意気込んでる事だし。ボクの顔にも免じて頼むよ」

 

「にーちゃの頼みなら仕方ないかしら!」

 

「現金すぎていっそ清々しいわベア子。で、カリオストロ。これならどうだ?」

 

「……」

 

「カリオストロ……」

 

「――ちっ、わあったよ。少しは考えられてるようだしな」

 

 

 

 § § §

 

 

 景色の変わらぬ一本道。視界の隅に流れる大量の木々。

 何時間、何日、何年と往復してきた筈の道が、今では忌々しく感じてしまう。

 竜車に不必要なほど鞭打ち、最高速度を出して貰っている筈なのにもどかしくて堪らない。目的地はまだ見えないのか、森はまだ見えないのか。

 心を燃やすのは焦燥感。心の片隅で燻るのは諦念と絶望。

 だが燻り続けるソレらを無視して、私は先へと進む。

 

 昨夜森で血だらけになった自分の妹を見た時。

 そして森から連れ出し屋敷に戻った後にベアトリス様に宣告された時。

 それこそどちらも目の前が真っ白になる気分だった。

 今まで妹と二人で過ごしてきた生活を崩さなければならない? そんなの論外だ。

 私はレムの姉なのだ。唯一無二の妹を失うことなど、考えられない。

 

 妹が助かるならどんな無理難題だろうと、挑んで勝ち取って見せる。

 

 妹を助けるためならどんな代償だろうと、支払って救助して見せる。

 

 今の地位を失ってもいい、腕もくれてやる。足もくれてやる。命ですら構わない。

 

 それであの子が助かるのであれば、なんだってくれてやる。

 

 そんな使命感を糧に、いつもならすぐと思える時間を永遠にも感じながら、ようやく私は村にたどり着く事が出来た。

 村人達は砂埃をあげて近づいてきた竜車を遠巻きながら確認していたようで、竜車から降り立った普段と装いの違う私へと直ぐ様近づいてきた。

 

「ラムさん! そんな格好で、一体どうしたというのですか?」

 

「……森に行く必要が出たのよ」

 

「!? 子供達の呪いは治癒した筈じゃ!?」

 

「子供達は平気よ。こちら側に被害が出たの」

 

「……まさか。レムさんか」「あれだけの怪我だったもんな……」

「でも昨日あの女の子が回復をして……」「外傷だけは治せたが呪いが残ってたのか……」

 

 今の私の姿は外出及び戦闘時用の全身白のローブ姿。頭に被っていたフードを外して応対する私に対し、村人達は口々に(さえず)りだす。

 ……正直、こうしてくっちゃべってる時間が無駄だ。目の前で群がる人々をかき分けて私は進んでいこうとする。

 

「お、おい。ちょっと待ってくれよラムさん。まさかあんた一人で」

 

「そのまさかよ」

 

「そんなの無茶だ! この広大な森に、それに大量の魔獣相手に太刀打ち出来る訳が……」

 

「そんな事知った事じゃない。出来る出来ないじゃないの。やるのよ」

 

「せめて、昨日行った人と――」

 

「彼らはこないわ。命の危険の方が大きいし、リスクが高すぎるとの事よ。

 ……ラムでもそう思うわ。実際、正気の沙汰じゃあないもの。

 この広大な森の中で、妹を噛んだ犬を探し出して始末なんて、出来る訳がない。……でもやるしかないの」

 

「……っ」

 

 村人達は二の句を告ぐことが出来ない。

 当然だ。私のやろうとしている事はただの自殺と同じ。賞賛される筈がない。

 だが逆に批判する事だって出来ない。

 彼らは想像してしまったのだ。自らが同じ立場になった時に、どうするかを。

 そして想像してしまったからこそ、どうすべきかを迷ってしまっているのだ。

 

 『諦めろ』と自分を説き伏せるか。

 『加勢する』と自分に追随するか。

 

 そのどちらの選択肢も即座に選択できるほどの軽さは持ち合わせていない。

 肉親を諦めろと言って、諦める人物がどこに居る?

 自分の命を投げ捨てて、他人を助けようとする人物がどこに居る?

 

 加勢に来ない仲間たちを臆病者となじるのは簡単だ。だが、自分たちが仲間に加わるという理想を実行するのは重く、ましてや今すぐには決断出来ない内容だ。村人が自然と私から視線を逸らすのが見て取れた。……そんな彼らの葛藤が分かりきっているからか、私は自然と柔らかな表情を見せていた。

 

「――分かっているわ、別に助けてなんて言うつもりはない。

 彼らも、貴方達も臆病だと断じるつもりはないわ。これはあくまで私の問題なのだから。

 さぁ、そこをどいて頂戴。もう時間がないの」

 

 覚悟を決めた私に、最早どんな言葉も通用しないと理解した村人たちは、ゆっくりと道を作ってくれた。開けた視界の先には森まで続く道。それが私には死出の道に見えて仕方がない。

 

 ――だからどうした。内心の恐怖も忘れて歩みを止めず徐々に森へと向かうと、村人のうち、昨日助けた子供の親なのだろうか、女性がラムに駆け寄ってとある物を差し出した。

 

「これは……」

 

「ボッコの実よ。……貴方、確か魔法を使っていたらしいから。

 ……これぐらいの事しか出来なくて、ごめんなさい」

 

 手で包める程の小さな麻袋。そこに入っているのは複数の黒い実だった。

 彼女は視線を合わせず押し付けるように私にそれを手渡してきた。

 ……私は彼女に礼を言って受け取り、フードを被り直す。

 

 

 

 ――待っていて頂戴、レム。今お姉ちゃんが助けるから。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「あ、見えたみたいよスバル! カリオストロ!」

「ようやくかっ!」

 

「体感で10分程度だ、慌てんな。まだ間に合う」

 

「こちとらそんな肝座ってねーんだよ! う~早く付け早く付け~」

 

「リラックスリラックス。正念場はこれからなんだからさ」

 

 スバルの案に乗った一行が、屋敷にもう一台あった竜車に飛び乗り、ようやく村を視界に収めたのはそれから10分後だった。

 よく晴れた朝方の中、エミリアが運転する竜車(曰く初めて乗ったらしいが、中々様になった乗り方だった)をかっ飛ばして向かった先に見えた村は、遠目から見ても様子がおかしい。

 何故か農具や武器を持った人々が広場に集まっていたのだ。

 

「おい……アレ」「エミリア、様か」

「あの少年と少女も居るぞ」

 

「おーいみんな!! ラムはどうした!?」

 

 急ブレーキをかけた竜車が土煙をあげて止まるのと同時にスバルが飛び降り、村人へ声をかける。

 

「ラムさんならつい先程森へ」

 

「くそ、入れ違いか!

 それであんた達は一体どうしてここに集まってるんだ?」

 

「どうしてもこうしてもあるか、一人で向かったラムさんを助けて……」

「おい、だからやめとけって!俺たちには関係ないだろう!?」

「そうよ貴方! そりゃラムさんには恩はあるわ! でもそれで貴方が死んだらどうしようもないじゃない!!」

「だからってお前……」「いや、まずはラムさんを連れ戻そう。それしか道は……」

 

 どうやら村人は一人行ってしまったラムを手助けするか、連れ戻すか、放置するかで喧々囂々の騒ぎになってしまったようだ。

 後追いするようについてきたエミリアとカリオストロもスバルの元へ続き、人々の騒ぎを聞いて遅れてその事情を理解する。

 

「そう言うあんた達こそ何をしに来たんだ?

 森には行かないつもりじゃ……いや、ラムさんを連れ戻しに来たのか?」

 

「いや、そういう事じゃ「違うわ」……エミリアたん?」

 

 村人の質問に答えたのはスバルではなく、エミリアだった。

 彼女はスバルの前に立つと、村人達に自身の言葉を伝え始める。

 

「我々は今からエリオール大森林に入り、当家の使用人であるラムの加勢及び魔獣達を駆除しに行きます。その間は貴方達は村に留まり、本日の業務は中止して家で大人しくしていて下さい。落ち着くまで外出は禁じます。

 現在ロズワールは留守のため領主不在の間、エミリアが領主代行として皆さんに命令します」

 

 凛とした声が村人達に澄み渡る。

 当主留守の間、責任の所在が問われるのは当然ながらエミリア。彼女はソレが分かっているのか王選候補としての本分を発揮しようと、スバル任せではなく自ら村の混乱を纏めようとする。

 だが白銀の髪にハーフエルフであるエミリアの姿は未だ不信感があるのか、人々の目は冷たく、口々に不安を零し始める。

 

 

「一体何が起ころうとしてるんだ?」

「魔女教が来たのか……?」「こいつのせいなんじゃ」

「子供が拐われたのも、やっぱり領主様がハーフエルフなんて王様に据えようとするから……」

 

 

「な、何だこの反応……お、おいエミリアたんの話聞いてたか!?

 別にこれはエミリアのせいじゃないってのに……!」

 

「……これがこの世界のハーフエルフへの反応さ。

 はぁ、厄介だよねー。他人の空似だってのに、だからボクは人間が好きになれないよ。

 うちの愛娘が何したって言うんだい」

 

「……」

 

 ハーフエルフへの忌避感の根強さを知らなかったスバルが村人の反応に困惑し、パックが怒り混じりの愚痴を零す。カリオストロはその反応を冷めた様子で見守り、当のエミリアは口をぐっとつぐむと、

 

「お願い!! お願いだから、言うことを聞いて下さい!

 貴方達を危険に晒したくないの! 

 不安なのは分かっているわ、でも私達が絶対に解決する! ――だから、お願いします!」

 

 目の前で大きく腰を曲げて頭を下げた。

 銀髪を振り乱して、恥すらも顧みずに頭を下げる彼女に流石の村人もスバルも度肝を抜かれてしまう。

 ――そしてスバルもエミリアに続けて、遅れて頭を下げた。

 

「俺からもお願いだ! 俺たちで絶対にラムも……いや、レムも救って見せる!

 だからエミリアたんを信じて村で大人しくしていてくれ! この通りだ!」

 

 カリオストロは二人の様子を見てふん、と鼻をならす。

 自身の役割を理解して、出来る限りの事をやろうとするエミリアと、それをサポートしようとするスバルの姿勢に、今までの彼女達への内心の評価をほんの少しだけ上向きに修正するに至った。

 決してソレを口に出すこともないだろうが、前よりも幾分ましになった二人を手助けしてやろうという気持ちは、彼女の中で少し膨らんだのだった。

 

 ――黒髪と銀髪の男女が深く頭を下げる姿に、村人達も思う所があるのだろう。

 お互いを見てまた悩むと、三々五々、渋々とした様子で家へと戻っていく。

 しかしガタイの良い一人の男性は、戻ることなくスバルとエミリアへと近づき……こう告げた。

 

「……正直だ、正直嬢ちゃんの事をまだ信頼する事が出来ない。

 だけど、自分と同じ人間が嬢ちゃんの事を信じてるんだ。

 一回ぐらいは信じて見ようと思う」

 

 男はほれっと手に持っていた高そうな片手剣を投げ渡し、スバルが慌ててそれを受け取った。

 

「おわっ!?」

 

「おいおい、落とすなよ?

 兄ちゃんが何を得意としてるかわからないが、流石に丸腰は厳しいだろ?

 せめてもの餞別だ。それで頑張ってくれ」

 

 剣を渡すと、村人は背を向けて改めて自分の家に戻っていく。

 スバルはこの異世界で初めて渡された剣を確かめながら、その後姿を眺めた。

 

「……あの人格好いいな。何か俺より主人公っぽい感じだ」

 

「浸ってる場合か? おら行くぞ。時間はないんだ」

 

「第一スバル、キミって剣は使えるのかい?」

 

「剣道ならちょびっと中学の授業で……え、ん? どうしたエミリアたん?」

 

「……」

 

 くいくいとジャージの袖を引くエミリアに対し、振り向いて訝しがるスバル。

 エミリアは少し伏し目がちになりながらも、ゆっくりとスバルに目線を合わせれば、 

 

「その……ありがとう。一緒にお願いしてくれて」

 

「……ッ!」

 

 顔を赤らめながら礼を告げた。

 少し上目遣いになったのも一因だろうか、彼女の珍しい表情を見て、スバルは一瞬で顔を赤くしてしまう。そしてソレを悟られないようにと直ぐ様振り向いて背を向いて、早口で呟き出す。

 

「お、おぉおおぉお!、どど、ど、どーって事ないぜエミリアたん!

 俺、俺はいつでもエミリアたんの味方だからな! ……あー、やばい。不意打ちのEMTだコレ。こんなの惚れるしかないだろ。もうこの場で結婚申し込んで」

 

「あ。待ってカリオストロ! 私も行くから!」

「ほらスバル。くねくねしてないで早く行くよ」

 

「エミリアたん切り替え早いな?! って言うかせめて浸らせて!?」

 

 痺れを切らしたカリオストロがずんずんと先導する中、エミリアも後追いし、スバルも遅れて後に続き、結界が結ばれた木を超えた森へと侵入していく。

 

 森の中に入った一行を迎え入れるのは鬱蒼と生い茂る草木、仄かに届く木漏れ日と聞きなれない鳥の声、そしてむっとする青臭さであった。手入れがされていない森は樹海と言い表してもいい程の荒れ模様で、無秩序に伸びた木々だけでなく、倒木や岩石がまばらに存在していた。

 

 目印がないとすぐにでも迷ってしまいそうな森の中、エミリアを先頭、スバルを中央、カリオストロを後方という隊列で三人は進む。

 

「ラムー!」

「ラーム!」

「お願い出てきてラム!」

「おーいラム、出ておいでー」

 

 三人と一匹は森の中で声を張り上げ、先走ったラムを探し求める。だが彼女は反応を返す事はない。聞こえない距離に居るのか、それとも暴挙を止めに来たと思われて、意図的に無視されているのか。ともあれめげずに、一行は声を上げながら森の奥深くへ誘われるように歩む。

 

「しかし……よっと、行ったことねーけど、富士の樹海を思い出すな。

 これ、どっかで自殺死体とか吊るされてねーだろうな」

 

「行ったことないのに思い出せるの? それもスバルの予知の力か何か?

 と言うかフジ、って何なのかしら……」

 

「あー、そういうアレじゃなくてただ場所を知ってるっていうか……」

 

「そもそも何で自殺死体なのさ? まあそんなもの吊るしてたら魔獣が食べて跡形もなくなるから、きっと見当たらない筈だよ」

 

「……物騒過ぎて参るぜ、ここで自殺すんのは勧められねえな」

 

「そもそも、自殺そのものが勧められないと思うんだけど……」

 

「くっちゃべってないで歩け歩け、遅えぞスバル」

 

「あ、いちっ! だ、だってよこんな場所滅多に来ないから転けそうになって……ぶわっ!?」

 

「わ! 大丈夫!? もう、カリオストロもそんなに急かさないの。

 確かにここ、歩きづらいのは分かるから仕方ないわ」

 

 行き先は根が張り巡らされたり、小石だらけだったり、ぬかるんでいたり、岩石が阻んでいたり、またその複合だったりと枚挙に暇がなく、まさしく悪路と言ってもよかった。

 だが根気よく進み続けることで、やがて開けた場所へとたどり着き……そこで一行は目を見開く事になる。

 

「これって……」

 

「あぁ、ウルガルムの死体……だな。どうやらもう交戦は始まってるようだ」

 

 開けた場所中央に、数匹のウルガルムの死体があった。

 ラムの風魔法によるものだろう。首を断ち切られたものと、胴体ごと真っ二つにされた遺体が血溜まりの中に転がっていた。

 

「く、じゃあ急ぐしかねえな」

 

「あぁ。場所的にもこの辺りがいいだろう。――よし、スバルやれ。

 ……ちなみにさっきも言ったが、危険だと思ったらすぐに撤退するからな」

 

「了解、了解。正直やりたくない気持ちもあるけど、まあ任せておけって。

 それじゃエミリアたん、パック、カリオストロはよろしくな」

 

「うん。やるのね。こっちも守るのは任せて頂戴」

「リアがやる気ならボクも頑張らないとだね」

 

 スバルが()()()()()開けた場所の中央に立ち、カリオストロ達がそんな彼を守るように辺りを固めると、スバルは目を瞑りながら数度深呼吸をし始め――やがて、目を見開いて叫び始めた。

 

 

 

「俺は死に戻りを――――」

 

 

 

 直後に、世界がモノクロに色あせ、カリオストロの鼻に腐臭が届き始めた。

 

 

 

 そしてお決まりの黒い手がどこからともなく現れ、

 ぐるりとスバルとカリオストロを囲うように周りを回る。

 

 何もかも吸い込みそうな闇色のソレは何かを示威するようで、

 しばらく二人の周りを回った後、スバルの心臓へと向かっていく。

 

 ソレは彼の心臓をひとしきり愛おしそうに撫で回すと、

 そのまま彼の心臓を手が沈むほど握りしめ――

 

 

「――――ッッ!!」

 

「スバル!! 平気かっ!?」

 

「かはっ、あ゛っ、ぐ……!!

 平気、だっ、くっそ、やっぱ、め、ちゃくちゃ気分悪くなるなコレ……ッ!」

 

「スバル、大丈夫!?」

 

「本人が平気って言ってるなら大丈夫さ。

 ――そんなことよりリア、気をつけて。本当に魔獣達が集まり始めてる。すごい量だよコレは」

 

 

 死に戻りのペナルティが発動したと同時に、スバルが纏う魔女の残り香が強くなり、その匂いに誘われるように森中から魔獣達が集まってくるのがカリオストロにも分かった。

 これはスバルの作戦のうちの一つ。自身の魔女の残り香を餌にした魔獣の誘き寄せ(改)である。それは「平時でさえヘイトが高いなら、ペナルティで残り香が強まった直後はどれだけヘイトが高まってしまうのか?」という考えから来た作戦だ。して、実際の所どれだけ集まるのか?

 

 その答えは『入れ食い』である。

 

 森に潜む多数の悪意の群れは、あれよあれよとこちらへ近付いて来ていた。

 奇しくもカリオストロに叱責される事で考え付いたその案は、当然の事ながらペナルティ利用をするために彼女に最初却下されたが、二人だけで喧々と、さりとて小声で協議を重ねて、精々心臓が痛むくらいだからとスバルが何とか説き伏せたものだった。(当然ながら他エミリア達にはこの事を詳細はぼかして伝えている)

 

 刻々と近付いてくる脅威に、カリオストロも自身の魔導書を広げて、出し惜しみはなしだと準備を万端にさせる。

 

「おわっ!?」

「ッ!?」「うわわ」

 

 直後、彼女の隣に現れたのは朱と蒼の竜(ウロボロス)だ。

 忠実な従者達は以前と同じようにカリオストロの隣に前触れもなく現れ、これから姿を見せるであろう敵へと静かに牙を向いて敵意を表していた。

 当然その存在すら知らなかったスバルとエミリア、パックは驚き、つい振り返ってしまう。

 

「なな、なんだなんだ!? 味方だよな!?」

「これって……トカゲ?」

「むむ、これもツクリモノだね? 歪というか、何というか…」

 

「詳しい質問には答えてられねえが、味方だと思ってくれていい。

 それよりも備えろ。スバルはその場を動くなよ!」

 

「お、おうガッテン!」

 

 剣の心得こそないが、ないよりましか。村人に渡された剣を握りながらスバルは警戒し、その周りをエミリア、パック、カリオストロが囲うように立つ。

 三人と一匹の視線は目の前にある森に固定され、身体は何が飛び出して来てもいいような臨戦態勢を自然と取り初める。一斉に集中し始めれば一行から言葉が消え、風が草木を揺らす音だけが周りを支配し、緊張は否応なく高まっていく。

 

 ――やがて三人を囲う森からはっきりと知覚出来る程に枝を踏む音、地を踏みしめる音、獣の息遣い、そして唸り声が聞こえ始めた。

 暗がりの奥からは目と思われるものが光に反射して赤く輝き、今や獣臭までもが漂い始めており、その数と来たら10で収まらない。20、30……いやソレ以上あるのではと思える程だった。

 

「……はは、なんつーか……囮、効果ありすぎ?」

 

「予想以上という言葉が一番しっくり来るな。

 もうちょっと調整出来りゃ文句なかったんだが」

 

「でもこれだけ居るなら、ひょっとしたらこの中にレムを噛んだのもいるかもしれないわ」

 

「全部倒せば万事事も無し。

 ちょっと難易度は高いけど……まあここはカリオストロの二匹の竜に期待をかけようかな?」

 

 余りの魔獣の量に顔を引き攣らせるスバルに、冷静なカリオストロ。冷や汗をかくエミリアに、余裕を現しながら軽口を叩くパック。

 一行を多数の敵意の視線に晒す魔獣達は刻一刻と包囲の罠を縮めており、その包囲の輪はいつ崩壊してもおかしくなかった。

 

 

 

「――来るぞッ!」

 

 開戦は唐突だった。

 魔獣達が一斉に木々の間から飛び出して一行に飛びかかり、

 カリオストロの声を切っ掛けとして一行は各々の迎撃を開始する。

 

 

 ――エリオール大森林での死闘が幕を開ける。

 

 




《ボッコの実》
 丸く柔らかい舌触りの甘酸っぱい果物。食べると体の中のマナが活性化して傷の治りも早くなる。が、あまり数がなく、体にも良くない。
 ポッコの実ではないので注意。クコの実でもないので注意。

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