RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

22 / 72
あけましておめでとうございます
本年度も今作をよろしくお願いします。あとペース遅れてごめんなさい



第二十ニ話 子供、犬、メイド、怪我人

 カリオストロがスバルの部屋を後にして屋敷玄関へ向かうと、既にレムがその場に居た。

 その装いはいつもと変わらぬメイド服。

 外であろうともメイドであろうと言う気持ちの表れだろうか。

 

「ごめんねっ☆ 待たせちゃったかな☆」

 

「いえ。レムも今この場に来たばかりですので。

 早速ですが行きましょうか、カリオストロ様」

 

 デートの決まり文句のような会話を交わし、二人の美少女は屋敷を出て歩き始める。

 屋敷に来て1回目の時はスバルと共に買出しに行ったレムだが、今回はカリオストロと買出しに行くことになる。

 当然スバルと違い、客の身分であるカリオストロは雑用のために付き添うのではなく、「知的好奇心を満たす」という名目でレムに付き添っている。

 カリオストロのレムとの外出の提案は渋られることもなく受け入れられ、当初は竜車を出そうとロズワールが提案したが、「散歩目的でもあるから」と言うそれっぽい理由でありがたく辞退した。

 当然、断った理由は1回目でレム達が歩きで移動したため、竜車で移動すると起きるイベントを見過ごす可能性があるからだが。

 

(思えば、こっち来てからほとんど屋敷で過ごしてたな……たまには外を出るのも悪かねえな)

 

 本日の天気は快晴。見渡す限りの雲ひとつない青空が広がり、暖かな陽光と涼しげな風が気持ちを穏やかにさせる。まさしく絶好の散歩日和といってもいいだろう。

 そして二人の視界の先には起伏のない緩やかで、長い長い一本道。

 道の左右は森に囲まれ、ふとすれば森林浴をしているような気分になる。

 研究尽くしで部屋に篭りっぱなしになる事も多々あるカリオストロは、ここぞとばかりに大きく背伸びをして新鮮な空気を取り入れた。

 

「~~~~っ、はぁ。今日はいい天気だね~☆」

 

「はい。レムもそう思います。まさしく絶好の洗濯日和でしょう。

 こういう日のお出かけは息抜きになります」

 

「と、言ってもレムの今日の目的は買出しだから、仕事の延長じゃない?」

 

「仕事と息抜き、無駄なく両立出来てこそメイドです」

 

 疑問も呈するが、どこか説得力のある言葉である。

 

「……しかし、本当によろしかったのですか? ここからアーラム村までは少々距離があります。歩いて……そうですね。1時間ほどでしょうか。

 村までは一本道なので、道中は代わり映えしないと思います。やはり竜車で移動すべきでは……」

 

「い・い・の☆ カリオストロの居た所とここって結構違うから、歩いてるだけでも新鮮だし☆

 見たことがないものもあって、歩いてるだけでも楽しい~☆ それに、レムとも話せるしねっ☆」

 

「はぁ。私と、ですか?」

 

 先を歩くカリオストロがくるりと、ブロンドヘアをなびかせながら振り返り、にこりと微笑む。

 天真爛漫を体現した美しさと可愛さを振りまくカリオストロ。当然この仕草も「可愛い」を追求する彼女によって計算された可愛らしさなのだが、レムも少し見惚れそうになる程だった。

 

「うん☆ この屋敷にいつまで居るかは分からないけど、お世話になってるから仲良くなっておきたいし~……そ・れ・に。聞きたいこと、あるでしょ?」

 

 一筋の風が二人を撫でた後、視線を交わす二人の歩みが自然と止まる。

 カリオストロの表情は変わらず、レムの表情は困惑した様子だった。

 

「スバルのこと、気にならない? 何でレムとラムに怯えるのか、とか」

 

「……それは、確かにありますが」

 

 

 

「それに何で魔女の匂いを振りまいているの、とかね」

 

「――ッ!!」

 

 

 レムの表情が劇的に変わる。

 先程までの困惑した様子と打って変わり、それは強い怒気と少量の殺意を孕んでおり……しかし、すぐに元の表情に戻った。

 

「……カリオストロ様も、あの匂いが」

 

「分かる☆ カリオストロ、あれが魔女の匂いって気づいたのはつい最近なんだけどね~☆

 どうやらスバルは魔女に魅入られてるみたい☆

 ……一応言っとくけど、あの子は私が知る限りは魔女教徒じゃないからね? 福音書だって持ってないし、あの匂いを纏い始めたのはつい最近だから」

 

 福音書とは魔女教徒の象徴であり、道標だ。

 魔女教徒はその書を必ず持っており、詳細は分かっていないが魔女の意思が介在され、所持者の望む未来が書かれると言われている。

 そして福音書の恐ろしい所は、ある日何ら関係のない一般人の元に送られてくる事。

 送られたものは自分の意志を塗りつぶされて魔女教徒の仲間入りしてしまい、人知れず姿を消してしまうらしく、庶民では恐怖の象徴にもなっている。

 

「申し訳ありませんが……信じられません。お話を聞くに、お二人は街で偶然出会ったとの事。彼がどこかに福音書を隠し持っているという事はありえませんか」

 

「そうだね~☆ 確かにそれもありえるかもしれない☆ 彼が本当に魔女教徒じゃないっていう保証は出来ないねっ☆ 信じる信じないはそちらの自由☆

 ――ただスバルはあれだけ苦しんでいる。魔女教と貴方達二人に魘されながらね。

 魔女教徒が、魔女教に怯える必要はあるのかな?

 逆にキミ達こそ魔女教じゃないのかな?って私は思うんだよね~☆」

 

「ッ、カリオストロ様!」

 

「気を悪くしたかな? でも、カリオストロも同じ気分☆

 私が見たスバルはどうしようもない馬鹿で不器用な奴だけど、あんな悪辣な一味に加担するほどの屑じゃあないのはあの一件で分かってる。同じに見られるのは――すこーし不愉快☆」

 

 知れず強くなった口調に気圧され、レムは黙るしかなかった。

 自分から空気をかき乱したというのに、張本人は気にすることなく先を歩み始め、レムも歩みを再開させた。

 

「……私も、姉様も。スバル様にお会いしたことはありませんし、魔女教ではありません」

 

「それを私が信じられるという材料は? ないよね?

 ラムも同じことを言ってたけど、身内の証言じゃ私は納得出来ないよ☆」

 

「……」

 

「互いに信じられない。今はそれでいいじゃない☆

 真実はそのうち分かるだろうからね~☆」

 

 

 

 § § §

 

 

 

 それから二人は特に会話がない……ということはなく、カリオストロから振られた当たり障りのない会話をしながら道を真っ直ぐ歩き続け……1時間半程で村に辿り着いた。

 着いた村は特に発展している訳ではないが、かといえば貧乏過ぎる訳でもない木造建築の家が立ち並ぶ、小さな村だった。

 寂れている様子もなく、肩に木箱をかついで運ぶ青年や、井戸前で群れる、井戸端会議をしている主婦たち。そして子供が気ままに、村の中を走り回って遊んでいる。

 どこにでも見られる平凡な村という感じだ。

 

「では私は用事を済ませて参ります」

 

「うん☆ 行ってらっしゃい☆」

 

 到着後、レムは買い出しのためにカリオストロと別れ、一人になったカリオストロも情報を集めるために、村の内部を歩きだす。

 しかし村の人々よりも華美な服装に身を包む絶世の美少女は、あらゆる意味で目立つ。

 何の気なしに歩くだけでも、様々な視線が突き刺さるのを感じて仕方がない。

 

(……可愛すぎるってのも問題だな! ま、悪い気はしねえけどよ。

 さーて、さてさて。一番情報を集めるのに適してんのは……お。アイツいいな)

 

「おじ~いちゃんっ、こんにちわ~☆」

 

「おぉ。こんにちわ可愛らしいお嬢ちゃん」

 

 キョロキョロと辺りを見回すカリオストロの目が、とある人物を狙いに定めた。

 それは大きな切り株の上に腰を下ろした老爺。背が低く、腰の曲がった頭頂部が禿げ頭、そして白い髭。あちらの世界でもよく見た、いかにも「村長やってます」と言わんばかりの人物。

 カリオストロは声をかけ、その人物の隣に座り込んだ。

 

「見ない顔だが、もしかしてロズワール様のお客人かな?」

 

「そうっ☆ 訳あって客として招かれてるの☆

 たまには外をみたいなって思って、この村に来たの☆ ここはいい村だね~☆」

 

「ほっほっほ、これはこれは。ありがとうお嬢ちゃん

 そう、小さく何もない村ではあるが自慢の村じゃ。ロズワール様のご恩恵を受けて、平穏無事に暮らせておる……何よりの幸せじゃ」

 

 時折村の光景を眺めながら、二人で何でもない話を続けていく。

 どうやらこの老人、見た目は村長っぽいけど村長という訳ではないらしい。しかし長年この村で暮らしているようで、村には精通しているようだ。そこそこに打ち解けたのを見計らって、カリオストロは自然な流れを装って探りを入れていく。

 

「この村って、犬とか飼ってるのかなっ☆」

 

「犬……? そうじゃなぁ、犬はこの村では飼ってる奴はおらんな。

 猫も同じく。この森には魔獣ばかりじゃからなぁ、猫も犬も居たとしても、こちらに早々顔を見せることもないじゃろうよ」

 

「へぇ~そうなんだ、ざんね~ん☆」

 

(これで、スバルを噛んだ犬が村で飼われていたものでないという事は確定した。村の子供が偶然、怪しげな犬を拾ってくる。という事はありえるだろうが……犬が魔獣である可能性が高まったな)

 

「……ってここって魔獣多いの? カリオストロ怖~い☆」

 

「ほっほっほ、大丈夫じゃよ。

 この村は結界で囲まれておるんじゃ、これがあれば魔獣は迂闊に村に近寄れん」

 

 そう言うと、老爺は腰を上げて村の周りの近くの木の一つまで近付き……ある部分を指さした。カリオストロが指された方向を見ると、そこには小さな鎖でぶら下げられた、拳に収まる程の透明な石があった。

 

「あれが?」

 

「うむ……結界じゃ。村の周りを覆うように、木々にぶら下げられておる。

 時折マナを補充せねばならぬが……エミリア様がいつもひとつひとつ、結界維持のために村に下りては調整をしてくださる。

 ……しかし、な。村の者はエミリア様の種族を気にして、邪険にしておる。村の為に動いてくれるというのに……嘆かわしい事じゃ」

 

 本当に嘆かわしく思っているのだろう、深い皺が刻まれた顔を更にくしゃっとさせて、遠い目で村の人々を見ている。それはまるで、今まさに住民に歩み寄ろうとして拒まれるエミリアの姿が見えているようだ。

 

 ……生まれの種族だけで疎まれる理不尽。辛いことだろう。

 エミリアと出会い、その優しさに触れたカリオストロも微々たる量だけ心痛む気分になった。だが、()()()()だ。

 スバルなら怒りを奮って村人を改心させようとするだろう。しかし彼女はそのような事を到底しようとは思わない。

 彼女自身くだらない理由で差別を受けた覚えはある。

 まだこの体でない頃も、病気という理由で。

 真理に到達した頃も、危険という理由で。

 当然最初は怒りも覚えた。怒りのままに力を振るったこともあった。

 だがそんな愚かしい人々に囲まれ、幾百年過ぎた辺りでカリオストロは一つの考えに至った。

 

「仕方がないのだ」と。

 

 人は弱い。

 弱い故に他者を比べたがる。

 そして自分と違うものを排斥し、安心を得ようとする。

 

 理由なんてなんでもいいのだ。

 種族、性別、階級、職業、言語、能力、容姿、そして怪我や病気。

 己が安心を得ようとするために、人を排斥する。

 差別とは、弱者による浅ましい心の防衛機能なのだ。

 

 下らない視点で人を区分けする弱者達に、カリオストロはただただ哀れむ心しか生まれなかった。

 

「む、どうしたのじゃ、子供たち?」

 

「ん?」

 

「えっと……」「……っ」「じーっ」「じーっ」「……」

 

 仮村長の声に引っ張られるように考えをやめると、木の陰から複数の子供達がカリオストロをじーっと見ているではないか。

 見知らぬ子供達は同じくらいの背丈のカリオストロが気になって気になって仕方がないのだろう。しかし声を掛ける勇気もなかなかなく、最終的に見つめるという手段を講じたようだ。

 カリオストロはオレ様の可愛さに子供もメロメロか、と下らない事を考えていたが、仮村長は正しい解を察した。

 

「どれ、お嬢ちゃんが良ければ村の子供と遊んでくれんかのう。

 どうやらあやつらはお嬢ちゃんの事が気になって仕方がないようじゃ」

 

「ええ~☆」

 

「何やらお前さんは村のことを知りたいようじゃし、子供の方が知ってることもあるじゃろう。

 あながち損する訳ではないとは思うがの?」

 

「ううーん☆」

 

「うっ、子供と遊んでくれぬと持病の発作が……「お爺ちゃんいつもそう言う事言うよねー」「前も言ってた……」「ずび……」「アメ欲しいって言ってもジビョーとかですぐ誤魔化すー」……ええい、折角の気遣いを邪険にするでないわい!」

 

 怒りを撒き散らす仮村長に、子供達はキャハハハ!と笑いながら散り散りになり、何だこの茶番……と渋っていたカリオストロも仕方ないなと腰を上げ、子供達のもとへと向かった。

 

「はじめまして☆ 私の名前はカリオストロって言います☆

 領主のロズワール様のお客として、つい最近お屋敷で暮らし始めたの☆

 よろしくね、みんなっ☆」

 

 スカートの端をつまんで、様になった貴族風の挨拶を子供達に向けると、皆一様に「ふわー」と感嘆してカリオストロの仕草、そして可愛らしさに見惚れた。

 子供たちの中で誰よりも先に反応出来たのは、肩で切り揃えた赤色交じりの茶髪の少女だった。

 

「あっ、あの、私はね! ペトラって言うの、よろしくねカリオストロちゃんっ!」

「あっ、ずるい、えっとおれはリュカ!」「ボクはカイン」「ダインだよー」「メィリィ……」

 

 子供の順応力と言うのは凄まじい。互いの名前を交換しあった後はあれよあれよと話が進み、カリオストロは気付けば至る所に振り回されて、本当に年頃の少女のように遊び回らされていた。

 彼女は鬱陶しさを感じながらも、情報収集、ひいては犬のためだと我慢して、一つ一つついていって回っていった。

 

 

「……カリオストロ様?」

 

「次はこっち!カリオストロちゃんとお花畑行くの!」「いいや、凄い格好いい虫がいるから、あっちの森の方!花なんてつまんねーだろー!」「団子虫とかいる場所がいいなぁ」「木の実」「……」

 

「あの、レム。ちょっと助けて欲しいなって~☆」

 

 それから賞味、30分ほどだろうか。買い物が終わった後、探しに来たレムが見たのは両手を子供達に引っ張られるカリオストロの姿だった。

 道中の一味も二味も違う姿とは対照的な滑稽さに、最初は驚いていたレムも、口を手元で隠して苦笑した。

 

「むっ、笑ったね~?」

 

「申し訳ありません、余りにも馴染んでいらしたので……。

 すみません、カリオストロ様は当家のお客様です、そこまでにして頂いてもよろしいですか?」

 

「うー」「ええ~」「「はーい」」「……」

 

 背の高いレムの言葉に、子供達は不肖不肖カリオストロから離れ、介抱されたカリオストロは服の皺を伸ばして、ついた砂埃を払う仕草のあと、ふぅと一息ついた。

 

「では用事も終わりましたし、カリオストロ様もよろしいでしょうか?」

 

「ん、こっちも大体は終わった所。ありがとみんな楽しかったよ~☆」

 

「え!? もう帰っちゃうの~? ねえねえカリオストロ、また来る?」

「絶対来るよな!っていうか来いよなー!」

「団子虫、今度見せる」「美味しい木の実ある所知ってるよ」

 

「あはは、また時間がある時にお邪魔させて貰うね~☆」

 

 出来るならもう来ねえ!元気良すぎるわ!と内心で愚痴りながら、レムとともに屋敷へ帰ろうとするカリオストロ。

 当然、犬の件について忘れている訳ではない。今回、子供達にもあえて犬について聞いていないのは、手引をしている魔獣使いが居る事を想定し慎重を期していたためだ。

 

(子供の方からのアプローチを待っていたが……今回は無い、か。スバルじゃないと駄目なのか……? ん?)

 

 服の裾を引っ張るような感触に振り向くと、そこには青髪で子供達の中では大人しい女の子……メィリィが居た。

 

「えっとね……こっち」

 

「……えーっと、レム?」

 

「構いませんよ」

 

 レムの許可も出て、少女に引っ張れるように先に進む。メィリィの仕草と、進む方向に子供達も納得いったのか、皆悪戯っぽい笑顔になりながら我先にと村の奥まで進んでいく。

 

「絶対驚くって」「可愛いよねー、あの子」「「驚く驚くー」」

 

「えー? 何があるの? 教えてってばー☆」

 

「「「「ひ・み・つーっ!」」」」

 

 あれ程ばらばらに遊び回っていたのに、何という連携感。

 レムを後ろに引き連れ、カリオストロももしや、と思いながら歩いていくと……そこは、日の当たらぬ村外れ、結界間近の付近だった。

 

 引っ張っていった少女は着くと同時にこちらの手を離し、林の木陰まで駆け出していく。

 そして、少し大人しめな彼女が息を弾ませ、ソレを腕に抱いてカリオストロの前へ戻ってきた。

 

「わぁ、可愛い~☆」

「これは……確かに可愛らしいですね」

 

 彼女の腕に抱かれていたのはスバルの証言通りの黒く、生後間もない小さな子犬だった。つぶらな瞳に柔らかそうな体毛と来たら、それはそれは保護欲を掻き立てる。ハゲているように見えるが、実際はハゲてるのではなく頭部だけ体毛が違うだけのようだ。

 

「へへーん、すげーだろ!」「可愛いでしょ?」「すごくかわいい」「木の実」

 

 二人の反応に子供達が誇らしげにする。

 どこかメィリィという少女も嬉しそうにして、ん、と子犬をこちらに差し出した。子犬はこちらを見てもくぁぁと欠伸をするだけで、まるで敵意を感じさせない。

 

「えっと、撫でていいの~?」

 

「うん……撫でると、気持ちいいよ?」

 

 カリオストロは逡巡する振りをし、レムをちらりと見た。

 

「ね、レム。先に触ってみない~?

 カリオストロちょっとだけ怖いなって~☆」

 

「大丈夫だよカリオストロちゃん!凄いおとなしい子だから!」

「こんなのが怖いのかー?だっせー」「だっせー」「だっせー」

「こら! そう言う事言わないの!」「……」

 

「はぁ……私は構いませんが」

 

 可愛らしいものに目がない、という訳ではないが人並みに可愛いものは好きらしい。少しだけ目を輝かせたレムがカリオストロの前へと出て、手をおずおずと差し伸べようとする。

 

 

 触れるまで残距離20cm。

 犬は無垢な黒目をレムに向けて大人しくしている。

 

 

 

 残距離10cm。

 メィリィはレムの様子をじっと見守り、

 カリオストロも、実験を見守るような心持ちで見つめ続ける。

 

 

 

 残距離3cm。

 触れる直前、レムの華奢で白い指が期待に軽く震え、犬が口を小さく開けた。

 

 

 

「そ、れ、ま、て、えええぇえええええええ――っ!!」

 

 

 

「え?」「? 何あの兄ちゃん」「何だあいつー」「あいつー」

 

 聞こえてきた、裏声に半分脚を突っ込んだ大声に、差し伸ばされていたレムの指が反射的に戻された。

 カリオストロもレムも、その声の主を見て信じられないような顔をし、残された子供達は唐突に現れた人物に理解が及んでいない。

 

「な、お前ッ! 何で起きて――」

「お客様!? そのような格好で一体……」

 

 そう、今頃ベッドで眠って居るはずのスバルである。

 屋敷から全速力で村に来たのだろう、息も絶え絶えで走る姿はフラフラと非常に滑稽にも思えた。

 彼の姿は寝間着のまま。そして裸足だった。あの長い道の途中で転んだのか、至る所が泥で汚れ、擦りむいたせいか膝の部分に血が滲んでいた。

 

「あははは!変な走り方!」「変なやつだ変なやつ!」

「石投げちゃえ」「投げろー!」

 

「わ、ちょ、まて……俺っ……今、すっげ……息……うぇっほ、げほっ! っげほ、ゲホーッ!」

 

 一行の前に辿り着いたスバルはその場でへたり込んで、必死に空気を吸い込んで息を整えようとする。そんなスバルの元にカリオストロとレムが駆け寄った。

 

「どうして……」

 

「どうしてもこうしても、あるか……悪いが、俺はっ……あの案には……反対……だっ……!

 人の意見も聞かずに、勝手に……げっほっ!」

 

「? 案とは一体……」

 

 事情が分からぬレムの頭に疑問符が浮かぶ。

 カリオストロはどうしたものか、と苦々しく顔を歪めると――

 

「あっ、待って!」

 

 メィリィの慌てたような声。

 カリオストロが即座に振り向くと、彼女の手から逃れた犬がレムの元へと駆けていく所だった。

 子犬の行動に慌てたレムは、途端に抱きかかえるようにして受け止めようとする。そんな犬の口は大きく開いていた――が

 

「は、い、だらああぁぁぁあああ――ッ!!?」

 

 ソレを見たスバルが、レムと犬の間に滑り込むように全身を投げ出し――

 

「あいったあああぁ――ッッ!!? へぶっ」

 

 そして、スバルの右手が子犬に噛みつかれた。

 ……だけに収まらず、そのまま木の幹に頭をぶつけ、動かなくなった。

 

「ぷっ、あははははは!」「ばかだー!噛みつかれて!頭ぶつけて!あはははは!」

「やーい、ばーか」「ばーかー!」「……!」

 

 犬は驚いたのか、そのままスバルを離して森へと消えていき、子供達は大笑いし、レムは困惑。カリオストロは大きく焦る羽目になった。

 

「ばっ、馬鹿野郎ッ! お前、噛まれやがって――!」

 

 動かなくなったスバルの傍に大慌てで近寄り、容態を確かめる。……気絶しているだけのようだ。

 頭部には大きなたんこぶが出来ており、全身に擦り傷もあるが、どれもこれも大事ではない。……右手に刻まれた忌々しい噛み傷を除いて。

 馬鹿だと思っていたが、ここまでの大馬鹿者だとは思っていなかった。心配は一瞬で怒りに転化するものの、物言わぬスバルにぶつける事も出来ずに燻るだけ。

 せめてもの心を落ち着けようと深く息を吐くと、カリオストロの背後に近寄る影があった。

 それは状況を全く理解できていない人物、レムである。

 

「……カリオストロ様。これは一体どういう事なのでしょうか」

 

「……」

 

「スバル様があのような格好でこちらに急いだ理由。そして案という言葉、更に私を犬から庇った理由に、カリオストロ様の焦り様……どれもこれも意味が分かりません。カリオストロ様は、何かご存知なのでしょうか?」

 

 レムの疑いの目がこちらに刺さり、大きく自身のプランを崩されたカリオストロは脳内で必死に次の案を模索せざるを得なくなった。

 

 懐柔――難しい、というか信頼も材料もないのに無理だろう。

 しらばっくれる――今後の展開が不利。疑惑だけは残り続ける。

 レムを行方不明にする――真っ先に疑われるし、目撃者が多すぎる。それに、今頃スバルが行方不明であることを向こうは騒いでいるだろう。愚策。

 

 一番の最善手は――

 

「……ちっ」

 

 舌打ちを一つ。そしてカリオストロは自身の頭を乱暴に掻くと、レムに向き直る。今まで見せなかったその姿と、浮かぶ表情にレムは目を見開いた。

 

「事情は後で説明する。まずは屋敷に戻るぞ」

 

「は、はい……」

 

 レムは困惑しながらもカリオストロの指示に従い、スバルを抱えて屋敷へと戻る事になった。




《仮村長/ラスフム・アーラム》
 見た目は完璧に『できる村長』といった雰囲気の村民。別に村長をやっているわけじゃなく、村長っぽい風格を持っただけの人物。でも周りからは『ムラオサ』などと呼ばれているとか。

《ペトラ・レイテ》
 十二歳。肩で切り揃えた赤色交じりの茶髪の少女。リボンが特徴的で可愛い。
 ゆくゆくはスバルヒロインの一人になるとかならないとか。

《リュカ》
 年齢は十歳に満たないような茶髪の少年。鼻水がよくたれてる。

《カイン》
 今作では虫大好き少年にしている。
 ダインとどっちがペトラをお嫁さんにするかで張り合っているらしい。
 
《ダイン》
 今作では木の実大好き少年にしている。
 カインとどっちがペトラをお嫁さんにするかで張り合っているらしい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。