そ、その代わり今回はちょっと長いよ。
でもグロテスクなシーン注意です。
一番書きたかった所だったけど何でこんなグロくなってんだろね……(震え声)
エミリア様は王都から戻られた際、二人のお客様をお連れになられました。
1人はスバルという珍しくも黒髪の少年。もう1人はカリオストロという見目麗しい金髪の少女でした。
お二人が屋敷に来た当初、少年の方は怪我の影響で気を失い続けていたようなので姉様に部屋に運ぶように言われましたが……近づいた時、少年が非常に不快な香りを纏っているのに気付きました。その香りは忘れることも出来ぬあの悪夢を想起させます。悪辣で、傲慢で、残忍で、思い出す事さえ憚られる憎き集団。
魔女教。
姉様から角を奪い、私から故郷を奪い、
その後。目出度くないことに目が覚めてしまった彼は此度の件の褒章を、この屋敷で雇用して貰うという、普通に考えればありえないお願いをしました。
私は彼に不審を募らせます。願おうとすれば大抵の願いが叶うという状況なのに何故わざわざその様な事を願うのでしょうか?
当然ながらロズワール様から素性の分からぬお二人について警戒と監視をするように言い含められた私達は、怪しげな二人を監視し始めました。
私は特にスバルと言う少年を監視していきました。
二日目。
屋敷で労働をし始めた彼の様子は、一言で言ってしまえば……「道化」でした。
炊事も洗濯も掃除も、可がなく不可ばかりの出来栄えの彼は、事あるごとに聞いてもいない事を口に出し、あえて自分を下げて私達からこき下ろされる事を望んでいるような振る舞いをします。何かの情報を聞き出そうとする素振りもなく、私達と会話する事を目的としているような……。兎に角不可解です。姉様もそんな彼に合わせるように軽口で警戒を解いたような素振りを見せると、ますます調子に乗って話しかけてきます。
……まんまと乗せられているとはいえ、姉様に気軽に近づく彼には……正直、殺意が沸きます。
何度自制が解けそうになり、何度この鉄球で、彼を砕いてやりたいと思ったでしょうか。
その匂いを振りまきながら、姉様に近づくな。
彼はそれ以外に怪しい素振りこそ見せないものの、まるでこの屋敷を知っているかのように振舞うことが何度もあり、それがまた疑惑を募らせます。
初対面の時に私と姉様の名前を知っているような素振りを見せた事もありますし、事前に私達を調べていたのでしょうか?
更なる不信感を募らせながら、私は彼を監視し続けて行きます。
三日目朝。
不機嫌になっていた姉様に何があったか聞くと……カリオストロ様との話を教えて頂きました。
姉様いわく、あのお方が私達姉妹の事を探っていると。……あの方は屋敷に来て早々、ベアトリス様と意気投合し様々な書物を読みふけっておられるようで……特に行動が読めないお方です。
ただあの方は何かのメモを、走り書きを本に挟んでいたとの事。それが何かは分からないですが、何かを狙っていることは間違いなさそうです。彼が私達を知っている事と何か関係があるのでしょうか? 私は二人に、更に疑いの目を向けます。
三日目夜。
仕事を終えた彼がカリオストロ様の部屋で話をした後、屋敷の外に出るのが見受けられました。
当然、私は彼の後を付けていきます。
彼は外に出るとしばらくきょろきょろと誰かを探しているようでしたが、一体誰を探しているのでしょうか。エミリア様でしょうか?
しばらく彼は手持ち無沙汰気味に独り言を呟くばかりで、誰にも会えないと悟ると帰ろうとし始めます。
そして彼は大きく背伸びをし……瞬間、彼は胸を抑えて体を縮こめました。
何があったのか。などと考えることはできませんでした。
何故なら彼は全身から、今まで以上に濃い魔女の匂いを振りまいていたからです。
その瞬間、私の視界が、意識が。赤く、紅く、赫く。憤怒の色に彩られました。
あぁ、駄目だ。
彼は、駄目な人だ。
彼は忌むべき存在なのだ。
彼は生きていてはいけない人だ。
彼は殺すべきだったのだ。
彼は殺されるべきだったのだ。
何故最初から殺さなかったのだろう。
最初から殺すべきだったのに。
エミリア様が襲われる前に。
ベアトリス様が襲われる前に。
ロズワール様が襲われる前に。
姉様が襲われる前に。
姉様が襲われる前に。
姉様が襲われる前に。
姉様が襲われる前に。
姉様が襲われる前に。
気付けば、私は隠れていた木陰から出て彼の前に出ていました。
彼は私を見て戯言めいた挨拶をしました。 気色が悪い。
鉄球を懐から取り出すと彼は驚いた様子で道化のように振舞いました。 反吐が出る。
そして鉄球を体に投げつけると彼は呆けた顔をしたまま吹き飛びました。 ざまあみろ。
しかしながら当てた感触がおかしい事に私は気付きます。
普通なら死ぬ筈の一撃、だが彼は噴水近くまで吹き飛んでも五体満足でした。
よく見ると彼の周りを小さな膜のような物が覆っていたのでした。 小賢しい。
目を回す彼は、倒れながらどうして、と言っています。
どうして? それは私が聞きたい事です。
どうして貴方方は私の故郷を襲ったのですか?
どうして貴方方は姉様から角を奪ったのですか?
どうしてまた我々の目の前に姿を現したのですか?
今回は思い通りにはさせません。
今回は私が姉様を、守るんです。
私は彼に鉄球を投げつけました。
彼は目を見開き、体を転がせて一撃を避けました。
私は彼に鉄球を投げつけました。
当たることはありませんでしたが、衝撃が彼を吹き飛ばしました。
私は彼に鉄球を投げつけました。
どうして、何でだと煩い彼は、私に背を向け無様な格好で逃げようとしました。
私は彼に鉄球を投げつけました。
鉄球はようやく彼の右の肩と腕をもぎとり、私は嬉しくなりました。
止め処なく血を流し、痛みに悶えて聞き苦しい叫びをあげる彼に私は近づきます。そして慈悲深くも止めを刺してあげようとして――
気付けば、私は吹き飛ばされて木々に全身を打ち付けられていました。
§ § §
満身創痍のスバルとそのスバルに今にも止めを刺そうとするレムを視界に納めた直後、カリオストロは半ば無意識に魔法を行使。即席の石の鞭を作り上げると生死を考慮しない痛烈な一撃をレムに加え、吹き飛ばしていた。
「スバル! おい、しっかりしろスバル!」
「あ゛…ぁ…が、ごぼ……ご」
急ぎ彼の元に向かったカリオストロを迎えたのは濃密なまでの魔女の香りと、それに負けず劣らずの濃厚な血の臭いだった。うつ伏せで倒れているスバルは体を小刻みに痙攣させており、失った右肩の断面からは止め処なく赤い命の源があふれている。視線は虚ろで、空いた口からは血液が逆流しており、呼びかけにも満足に応じることは出来ない。まさしく風前の灯だった。
一刻一秒を争う容態にカリオストロが全力で治癒魔法を掛けようとした瞬間、背後からの風切音を耳に捉えて彼女は振り向きざまに全力で障壁を展開する。
響き渡る奇妙な甲高い音。
カリオストロが振り向きざまに見たのは、展開した障壁に阻まれ顔面間近まで近づいた血に塗れた鉄球。そしてそれを投げつけた下手人であるレムの姿だった。
その腹部は石の鞭による殴打でメイド服ごと切り裂かれ、少なくない血を滲ませていたが、彼女は痛みすらも感じさせない…いや、感じ取ることの出来ない、冷徹な表情でこちらを見据えている。
頭部には光り輝く一本角。角にはカリオストロでなくても認識できるほど、マナが集まっているのが分かった。
「そこをおどき下さいカリオストロ様。その方を殺せません」
「そいつは無理な相談だな。
オレ様が納得出来る理由もなく、こいつを殺させる訳にはいかねえ」
「理由ですか? それであれば簡単です。理由はその男が魔女教徒だからです」
魔女教徒? スバルが?
ただ異世界に放り込まれただけの一般人が魔女教徒な訳がない。
しかしカリオストロの頭脳はただ断じるのではなく、レムの言葉から真意を推察しようとする。その時、咄嗟に脳裏に浮かんだのはベアトリスに告げられたある言葉だった。
”あいつ、ベティーに出会った後から、また更に魔女の残り香が強くなってるのよ。最悪の香りかしら”
(もしかして、スバルの魔女の残り香から……!)
「彼は危険です。当屋敷に足を踏み入れて何をするつもりか分かりませんが、危険因子は早めに排除するに限ります。どうかそこをおどき下さい」
「……こいつは魔女教徒じゃねえ、それはオレが保証する。
お前こそ下がれよレム。……いいかこれはお願いじゃない。警告だ。下がれ」
「保証? 如何にカリオストロ様の保証を頂いても、信用することなど出来ません。濃密なまでの魔女の臭いを振りまくその存在が魔女教徒でないとでも?
カリオストロ様こそお下がり下さい。どかなければ諸共、排除するだけです。
何を持って彼を庇うつもりか分かりませんが、私には彼がこの屋敷に居る事を許容出来ません」
どうやらカリオストロの推察通り、レムはスバルの匂いから彼を魔女教徒だと判断したようだ。
カリオストロは歯噛みする。
間違いなくこの状態を生み出したのは自らの不手際によるものだと分かってしまったからだ。あの手を呼び出してしまい、同時にスバルが魔女の臭いを濃くした結果、偶然か、それとも監視をしていたのか――その場に居たレムが激昂して断じてしまったのだ。
しかし何故そこまで魔女教を目の敵にする?と疑問を浮かばせながら、この場を脱出する方法を模索するカリオストロ。しかしながら目の前のメイドは思考の暇を与えてくれないようだ。じゃり、と鎖がこすれる音を立てながらまた一歩、レムが近付いてくる。
「許せない。そう、許せないんです。その臭いで私の近くに存在することも。
エミリア様に近づく事も。ロズワール様に近づく事も。姉様に触れることも。
姉様に話しかけることも。姉様に近づく事も。姉様の視界に収まる事も。姉様に。姉様に。姉様に。姉様に。姉様に。姉様に。姉様に。姉様に。姉様に。姉様に…っ!」
煌々と光る角を持つレムの目はとても冷たく、ただ無機質な殺意だけを孕み、全身を巡る魔力は禍々しいの一言。そして何故か冷静を失い、狂気のみに囚われた彼女を言葉で説得する事は不可能であることは明白だった。
だが、カリオストロも最後まで言葉で説得するつもりは元よりなかった。
彼女は悔いていた。
自らの浅慮が招いた事態に。
自らの約束を守れなかった不甲斐なさに。
守ると約束した彼の惨状を見て、過去の自分を縊り殺したくなるほどに悔いていた。
だがそれ以上に、彼女は怒っていた。
天才を自称する自分の失敗に。
約束すら守れない自分の行動に。
そして彼を傷つけたレムという存在に。
「いいか。オレ様は警告したぞ。
一体お前が何をとち狂ってるか知らねえが、もう容赦も恩情ねえ。
――ここから先は一方的なオシオキだ。
しっかりと体で分からせてやるよ、お前が犯した罪って奴を」
カリオストロの手から離れた魔術書が傍らに浮くと、ひとりでに頁がめくれ始めた。レムの元に集まっていたマナが気付けばカリオストロの方へと強引におびき寄せられ始め、風が彼女を中心に収束していく。
辺りに流れる強い風の流れ。木々が騒ぎ、草葉は戸惑い、その勢いにレムも思わず目を細める。――そして、風の流れが最高潮に達した時、カリオストロの背後の空間に突如、二つの黒い穴が開き、それぞれから何かが顔を覗かせた。
淡い赤色と涼しげな青色をしているその存在を見た者は、それを竜と称するだろうか。
頑強な鱗で包まれた顔。カリオストロくらいは軽くひと飲み出来そうな程の大きな口。口から覗く凶悪な牙。その眼はギョロリと主人を害なそうとする存在を睥睨しており、広がった穴から頭に続いて長い首が現れた。
その存在が、竜として決定的に違うのはその顔や首に突き刺さった巨大な杭。そして、その存在に手足がなく背中に翼が生えている事だった。
竜というより、蛇。蛇というより虫、虫というより、未知の魔物。
金糸のような髪をたなびかせなる彼女はそれをこう称した。「ウロボロス」と。
全貌を見せた二対の「ウロボロス」は、主人を守るかのようにその周りでとぐろを巻き、首をもたげてレムを睨み続けていた。彼女は庭に現れた二対の存在を見て、その存在感と発する圧迫感に冷や汗を流した。種族の違い、そして何よりも生物の格の違いがただ見ただけでまざまざと感じられたのは生涯で初めてであり、それは狂気に浸された彼女の精神が揺れる程の衝撃だった。
「一度で理解しろ。それが無理なら死んで詫びろ、クソメイドが」
カリオストロの無慈悲な宣告を切っ掛けに、二対の竜が瞬く間にレムへと飛び掛る。
うろたえて居たレムは反応が遅れ、第六感だろうか、脳裏に走った危機感から咄嗟に全身を芝生に投げ出して差し迫る二対の竜を避ける。
レムがそれを避けれたのは奇跡と言っていいだろう。彼女の頭部と腹部があった場所を颶風を纏ったウロボロスの牙が凄まじい勢いで通り抜けていった。
だが一時的に避けれただけで、二陣、三陣はすぐ様襲い掛かってくる。そう判断した彼女が次なる攻撃に備えようと動き出す――前に、その体が宙に浮いた。
その瞬間にレムが感じたのは、腹部への熱と、体から何もかもが押し出されるような圧迫感。腹部を突き上げた物の正体は巨大な土の杭だったが、あまりの衝撃に彼女は何をされたか判断することは出来なかった。
しかし、レムも負けてはいない。
角が光を増し、血の混じった吐しゃ物を撒き散らしながらも痛みに歯を食いしばり、空中で姿勢を変えて鉄球の一撃をカリオストロへ浴びせようとし――すぐにそれを中断せざるを得なくなった。
同じく空中で頭部を方向転換し、再度食らいつこうとした紅いウロボロスが牙を煌かせて襲い掛かるのに気付いたからだ。レムは咄嗟に手繰り寄せた鉄球で紅竜を殴打。間一髪。一撃が竜の顔の方向を変え、空虚を噛み砕く音だけが虚しく響き渡り、レムは一時的に死を紛らわすことが出来た。
しかしながら、後方から飛びかかっていたもう一体のウロボロスには対処は出来なかった。
「あ゛っ!?」
未だ地に足着かぬ空中戦。紅竜を一時的に退けたレムは蒼竜によって鉄球を持つ右腕を肩ごと噛み付かれていた。
その鋭利な牙が柔らかな皮膚を、筋肉を、骨を難なく貫通し、脳を貫くような痛みに彼女から呻き声が漏れる。
宙で噛み付かれたレムは痛みに歯を噛み締めながらも、空いた左手でもって竜の目を突こうとするが――その前に彼女の視界が急激に変化し始める。
見えていた夜空が――光の軌跡を残して庭の木々――そして芝生へと移り変わり――やがて彼女の全身に鈍痛が走った。
「あぐっ、あっ」
星が瞬くかのように明滅する視界の中、思考する暇もなく再び彼女の視界が芝生、庭の木々、夜空と切り替わり――その後高速で芝生へと移り変わる。
三度、四度、五度、六度――
レムが対抗する手段も、その思考すらも与えない、哀憫も容赦も一切ない攻撃。
やっている事は単純に体を地面に叩きつけているだけだが、叩きつける度に轟音と共に地面が陥没する事からその威力が伺えるだろう。
鬼化――身体能力が普段より格段に上がったレムであったとしても、その一撃一撃は耐え難いものであり……。
――途切れることのないその攻撃は、レムが宙高く吹き飛ばされたことで終わった。
いや、終わらせるつもりはなかったのだろう。急激な動きに耐え切れなかった腕が彼女から千切れ、体が切り離されただけだったのだから。
おおよそ人のものとは思えぬ落下音の後、レムは身じろぎも出来ずにその場で倒れる事しかなかった。
無残にも芝生の上で体を小刻みに痙攣させるレムは、右肩が腕ごともがれ、全身を打撲し、また左腕、右足、胸部と至るところを骨折した痛々しい姿。半死半生……いや、生きている事がおかしい状態になっていた。
そんな彼女が再度、ウロボロスによって空へと引き上げられる。
だが今度は叩きつけられるのではなく、腕を組み、冷淡にレムの様子を観察するカリオストロの元へと運ばれた。
彼女の竜は何の命令を受けずとも主人の顔の近くに、ぼろぼろになったレムを銜えたまま運んで来て――
「……ああ、何だまだ生きてんのか。
運が良いのか、この世界の奴は全員頑丈なのか……まあいい。
それで、理解したか? お前の罪深さを」
今にも途切れそうなか細い息をする、無残な状態のレムの顔を覗き込みながらカリオストロは告げる。銜えられたままのレムはそんなカリオストロの言葉に最初は反応がないように見えたが、しばらくして微かに、そしてゆっくりと反応し始めた。
レムの反応。
それは折れた手をカリオストロに向けようとしながら、切れた口角で、何かを呟こうとする事。
……そう、レムが選んだのは謝罪でも、命乞いでも懇願でもなかった。
それは抗戦。
彼女の目に映るのは未だに折れぬ、敵意。
自らが死そうとも相手を倒そうとする、狂気の意志。
弱弱しくも輝く角と共に、その掌が光を帯び――
「馬鹿が」
心底の呆れを含んだ呟きとともに、カリオストロは完全にレムから興味をなくし、背中を向けてスバルの元へと向かった。
彼女の背後からは水っぽい
「放っといて悪かったスバル、今から治療するからな」
時間にして1分も立たない一方的な虐殺劇。だが腕を捥がれたスバルにとっては生死を彷徨う一分間だっただろう。申し訳なさそうな顔をしながらカリオストロは立膝をついて全力で治療を行い始めた。
患部に当てられた掌から発せられる癒しの光は、無残にももぎ取られた傷口を元に戻していく。すると、土気色をしていたスバルの顔も、青白い色へと若干和らぎ、彼はうっすらと目を明けてカリオストロを見て―――
「――ごほっ、ご、ぉ、か、がり、かりぉ、すとロ」
「あぁオレ様だ。大丈夫だスバル。
お前を脅かす奴はとっちめた。今すぐに治してやるからな」
「あ、あ゛ぁぁ……!」
血を吐きながらも痛みに涙を讃えて、こちらに腕を伸ばそうとするスバルを抑えながらカリオストロは治療を続ける。
一刻一秒を争う容態もあって全力で回復せざるを得ない状況、カリオストロはウロボロスに使っていた魔力を回復に傾けると、口元を何かで汚した二対の竜は世界から掻き消えた。
そんな治療の中、スバルは何度も何度もカリオストロへと腕を伸ばし、何かを伝えようと話しかけ続けていた。
「ちが、かり、ちがぁ、あ、が」
「大丈夫だ。大丈夫だスバル。血もすぐに出なくなる。
痛いのは分かるが、もう少っ、しひゅ、きひゅ」
強風が二人の間を通り過ぎたと思った時には、彼女は急にうまく喋れなくなっており――見下ろしていたスバルの体が更なる血で塗れていった。
止め処なく広がるのはスバルの血か……? いや、この血はスバルのものではない。カリオストロは遅れた知覚で咄嗟に発生源を手で抑えた。
そう、発生源は自らの首だった。シミひとつない白磁の首がぱっくりと開いており、こひゅ、こひゅという音ともに血が激しく噴出していたのだ。
「――よくも、よくもラムの妹をッ!!」
スバルは痛みに悶えていたのではない。必死に伝えようとしていたのだ。
後ろに立つ、憤怒の形相のラムの事を。
治療に専念していたカリオストロは奇しくも、ラムの存在に気付いていなかった。
(――く、そ!)
首筋を割かれたカリオストロは傷口を手で抑えながら、咄嗟に迎撃しようとするが、ラムの二撃目の方が早く、彼女が翳した手から放たれた真空の刃が先にカリオストロへと到達していた。
ぱきゅっ。
間抜けな音と共に、カリオストロの金糸の髪諸共、あっけなく首が飛んだ。
そして頭部を失った体は力を失い、そのままスバルの体に倒れ伏した。
「あ、あぁぁぁ……!! あああああああああああ――――――――ッ!!!」
失った。あれだけ強かった、アレだけ頼りにしていたカリオストロを目の前で失った。
スバルの拠り所になりかけていた少女を、失ってしまった。
自分ではない、見知った人を失う哀しみ。
それは異世界で危うくも繋がっていたスバルの精神の均衡を、容赦なく粉砕していた。
スバルの痛々しい慟哭が響き渡る中、ラムも滂沱の涙を流しながらも、怒りに満ちた表情でスバルに乗っているカリオストロの体を蹴り出し、怪我の癒えてないスバルを引き起こした。
「お前らが――お前がこの屋敷に来たからだッ! 何でお前はこの屋敷に来た!?
お前がッ、来なければレムはッ、レムは死ななかったのにッ!!」
カリオストロを殺しただけでは収まらぬ怒りの矛先は自然と望まれぬ客人、スバルへと移っていた。治癒されかけていたとは言え未だ重症には違いない少年へと憎しみを込めた暴力が振るわれ始める。殴り、蹴り、叩きつけ……遠慮も容赦もない、怒りと憎しみを込めた一撃一撃は少年の命の灯火を確実に削って行く。
――肩で息をしたラムが収まらぬ溜飲を無理矢理納めた時には、スバルは芝生の上で血だらけで横たわった状態で既に虫の息。
夜の庭は濃厚な血の匂いが立ち込める、凄惨な現場になっていた。
その場所でただ涙だけを流して立ち尽くすラムが、レムの亡骸を回収しようとした矢先に……「スバル……カリオストロ?」かの少女の声が響いた。
ラムがゆっくりと振り返った先に居たのは、顔面を蒼白にしたエミリアの姿だった。エミリアの視線は庭に広がる、凄惨な光景で固定されており――彼女はよろよろとラムを通り過ぎ、転がっていたカリオストロの首まで移動すると、やがて、正気を失った目でその場でへたりこんだ。
「エミリア様」
「カリオストロ……嘘……でしょ……? ……いや、イヤだ、イヤぁ!
何で、何でカリオストロが……スバルが……!!
ねえ何でなのよラム!? ここで何があったの!? どうして二人がこんな目に……!」
「エミリア様。カリオストロ様は、いえ、アイツはラムの妹を殺したんです。
故に殺しました。……私たちは、いえロズワール様もあの二人を怪しんでいましたが、悪い予感が的中したんです……ッ!」
「そんな、そんなの……嘘よ! カリオストロがレムを殺すなんて……ありえない!
だってスバルもカリオストロも私をっ、私を助けてくれてっ! あ、あんなに優しくしてくれて……っ!! なんで、何で殺したのよ! ラムの人殺しぃ!!」
子供が癇癪を起こしたかのように、ラムへと両手を伸ばし、食いかかるエミリア。だが、ラムはそんなエミリアを冷たく突き飛ばした。
まさかの反抗にエミリアは突き飛ばされるがまま血に塗れた芝生に尻餅をついてしまう。
「え……?」
「……元はと言えば」
呆然とするエミリアを見下すように、ラムが涙すらも拭わずに吐き捨てた。
「元はと言えばお前がこいつらをこの屋敷に連れてきたからだ……!
人殺しはお前だハーフエルフ! これはお前が原因なんだ!!
お前が徽章なんて盗まれるから……お前が、こいつらを屋敷に連れてきたから……レムが……っ、人殺し! ラムの、ラムの妹を返して!!」
「そんな、だって……嘘……嘘よ、いや、いやだ……!! い、や、いやぁぁあああ!!」
容赦なく責めるラムに頭を抱えて泣き崩れるエミリア、そしてラムが怒りのままにエミリアにも拳を振り上げようとした所で、予想だにしない事が起こり始めた。
カリオストロの亡骸が光り輝き始めたのだ。
最初に異変に気付いたラムに遅れて、エミリアもその眩いばかりの光に目を奪われる。
よく見れば持ち主を失ったカリオストロの本が一人でに頁を刻み、強い強い魔力の波動を放って、切り離された首と残された胴体を光で包み込んでいた。その光は次第に強さを増し、二人は怒りも悲しみも忘れてその様子を見守り続けていき――そして、次に起きた出来事に意識すらも奪われた。
死んだばかりの彼女の身体が目の前で小さな粒子のような物に分解されたと思えば。その次の瞬間には、元の体を取り戻したカリオストロの姿があったのだ。
「嘘……」
「どう、して」
傷跡すらもなく、首と頭も繋がった状態で現れたカリオストロは、唖然とする二人を尻目にゆっくりと片手を翳す。
翳した先に居たのは――ラムだった。
「あ」
エミリアの間の抜けた声と同時に、彼女の隣にいたラムの全身が予兆もなく、文字通り粉々に
温かな血肉が辺りに飛び散る中エミリアは全身にそれを浴びて、ラムが殺されたという事実を認識しても尚、復活したカリオストロをじっと見据えていた。
「カリオストロ……」
それはとてもとても、安心しきった声だった。
だが直後にエミリアの表情は、いや。世界は歩みを止めた。
記憶だけを残し、痛みが、傷が。再度、屋敷の記録点へと戻り続けていく――――
「エミリア様、お客人。どうやらもう一人のお客人が目覚めたようだ……おやぁ?」
三度目の屋敷の一日目が幕を開けたと同時に、カリオストロは執務室を飛び出し迷いのない足取りで廊下を走り抜けていった。
全身を蝕む嫌悪感も、吐き気も押さえ込み、後ろから聞こえるエミリアの驚いた声、呼び止めるレムとラムの声すらも振り切り、進んで行った先は――
「あ、ぁぁああ、ぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「スバル!!」
ベッドの上で存在する右腕を抑えて悶え苦しむスバルの側に駆け寄り、カリオストロはスバルを抑えるように強く抱きしめた。
「落ち着け! 落ち着けスバル!!
もう大丈夫だ。もう終わった、終わったんだ!」
カリオストロが呼び掛けても尚、普段では考えられないほどの力を発揮して全身を跳ねさせるスバルを、彼女はただただ抱きしめ続け、やがて――
「ぜひゅ、ぜひゅっ、か、カリオストロっ。カリオストロ……カリオストロなのか?
ひっ、あぁっ!? カリオストロ。カリオストロが……あああぁぁ……!!」
「あぁオレ様だ。大丈夫だ、生きてるぞ。
落ち着けスバル……深呼吸だ。平気だからな、もう大丈夫だからな」
スバルの意識がカリオストロを認識した途端、スバルはしゃくり上げるように泣き出し、打って変わって彼女を抱きしめ返し始めた。
苦しいほどの抱擁だが、カリオストロは文句すら言わずに、安心させるように背中を撫で続ける。
「「お客様!?」」
「カリオストロ!? 一体、どうしたの?」
「――それ以上、近づくなッ!!」
未だ泣き喚くスバルを落ち着かせていると遅れてレム、ラム。エミリアがスバルの客室に辿り着いたと同時に、カリオストロは声を荒げた
スバルはレムとラムの声を聞くと「ひぃっ!?」と強く怯えはじめ、カリオストロはその二人がスバルの視線に入らぬように、三人に背中を向けたままで……やがて首だけ振り返って、にっこりと笑った。
「……大声出してごめ~んね☆
でも今、スバルはあの事件の影響で凄いパニックを起こしているみたいなの☆
だからちょっと落ち着かせてあげたいんだ☆ すぐにそっちに行くから、少しだけ待っててね☆」
「え。えぇ……ごめんなさいカリオストロ」
「……大変失礼しましたお客様。行くわよレム」
「っ、……はい姉様」
すごすごとトンボ返りして客室から出ていく三人を、カリオストロも申し訳なさそうに、それでも手を振って笑顔のままで見届けた。
――だが最後に客室を出たレムが扉を締める間際、彼女は見てしまった。
カリオストロが笑顔ではなくレムを睨みつけていたのを。
《鬼化》
レムが怒りが振り切れた時に起きる現象。
角を光り輝かせ、身体能力が格段に上昇する。
でも暴走状態なので、意思疎通が取りづらくなったりもする。
《ラムの攻撃》
「フーラ」という風魔法によるもの。
こちらも「フーラ」「エルフーラ」「ウルフーラ」「アルフーラ」の順番で強くなっていく。
《カリオストロの復活》
致命傷を受けて肉体が死んでも、魂が残ってるなら自らの身体を素材に、
自分の身体を再構築できる。
そう、錬金術ならね。