RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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ようやく進んだ。


第十四話 牙を剥く世界

 屋敷に来てから三日が経った。

 二人の屋敷生活は特に問題なく続いていた。

 

 スバルは屋敷内の炊事洗濯掃除を任されて、毎日生傷をこさえながらめげずに働き続けている。彼の一日は朝早くに起き、エミリアをらじお体操という謎の運動に付き合わせ、その後屋敷の雑務に勤しむ。

 職場の先輩であるラムは度々スバルを煽り、罵倒し、レムは冷たい目でじっと見続けながら、二人がかりで手厚く教育している。スバル曰く、レムの視線も初日に比べれば幾分ぬるくはなったとの事だ。

 夜になれば労働から開放され、その度に足繁くエミリアの元へ行き、自分をアピールしている。ただし、エミリアの天然っぷりも相まってほとんど空回りで終わっているようだ。

 

 カリオストロは食客として優雅な毎日を送りながらも、情報収集と勉強を行っている。暇な時間はこの国の言語を勉強し、毎日ベアトリスの元へと通い、様々な質問を投げかける。ベアトリスはそんなカリオストロを、()()()()迎えて、()()()()答えてあげているようだ。

 また、時折エミリアがとことことカリオストロの元へ遊びに来ては二人で話に勤しみ、のんびりと時間を過ごしている。

 そして夜にはスバルと互いに得た情報の擦り合わせをする。スバルはその度にカリオストロの食客という待遇を羨ましがり、更にエミリアが隙あればカリオストロの元へと足繁く通って話をしたがる様子を見て、ぎぎぎと口惜しそうにする姿がよく見られたとか。

 

 

「――っつー訳で3日目の定期報告を終わります!」

 

「わー☆ お疲れ様スバル☆」

 

 三日目の夜も暮れ。スバル達はのスバル部屋でいつものように集まっていた。カリオストロはベッドの上、スバルは椅子の上で今日一日あった事、手に入れた情報をお互いに共有しあう。それが終わると、労働の楽しさをとくと味わっているスバルは大きく伸びをして、眠そうに瞼をこすった。

 

「いやー、ネットもケータイもなしの生活がこんなに健康的になるとは思ってなかった。この俺がこんな日の浅い時間に眠くなるなんて……まだ慣れないけど、労働もたまには悪くないな!」

 

「ネット? けーたい? よく分からないけど凄い真人間っぽい台詞☆ 全く似合わないっ☆」

 

「そう褒めるなよ、今の俺はまさに真人間。心が綺麗なニュースバルにはその程度の煽り、効かないぜロリ美少女先生よぉ! ──あ、いてっ、いてっご褒美です、いでっ!?」

 

「本当っ☆ 日に日にうざくなってくねスバルってっ☆」

 

 ポーズをとって調子に乗ったスバルに、カリオストロのおしおきのローキックが襲った。

 

「ま、それでも頑張ってるのは認めてあげる☆ だから~、ご褒美のエミリアからのプレゼント☆ どうぞ☆」

 

「これマジ!?っしゃあぁぁあ! 尽きた活力が瞬時に回復するぞこれ……は…………何これ?」

 

 カリオストロから手渡された可愛らしく小さな包み。スバルは意気揚々とその包の中身を手に載せ――困惑した。

 それは薄く四角く、そして今にも崩れそうな真っ黒な物質。何であろうか、もしやこれは薬品の一種? 漢方なのだろうか? スバルが正体を暴けずにいると、カリオストロが正解を伝えた。

 

「エミリアのクッキー☆」

 

「クッキぃ!? これが?!」

 

 自らの叫びで漆黒の物体はぼろぼろと崩れ、スバルは慌てて手から溢れぬようにせざるを得なかった。そう、どこからどう見ても暗黒物質にしか見えないこの物体、実はクッキーなのである。

 ことの発端は昨日の夜。いつものようにカリオストロの元へと通ったエミリアが話をしていると、エミリアの特技の話になった。彼女によると、特技は歌と、料理と、速読らしい。それを聞いたカリオストロは社交辞令の意味合いで「へぇ~凄いね☆ いつかエミリアの料理食べてみたいな☆」と言った所、

 

「翌日に直ぐ様作ってくれたぜ、クッキーをな……!」

 

「エミリアたん、そんなテンプレヒロインみたいな特技持ってやがったのか……!」

 

 思わずつばを飲み込んだスバル。掌の上で乗せると崩壊してしまう黒い物体、それは酷い悪臭がするわけではないが強烈なプレッシャーを放っており、口に運ぶ事を強く躊躇わせる。カリオストロは逡巡するスバルをじーっと注視している。

 

「……食べないの?」

 

「……いや、ほら。冷静に考えるとこれは俺宛っつーか、カリオストロ宛だろ? 俺が勝手に食べるのは不義になるっていうか……な?」

 

「大丈夫、エミリアには『スバルと一緒に食べさせて貰う』って断っておいたから☆」

 

「その気遣い嬉しいけど絶妙に嬉しくねえ……! いやいやいや、カリオストロ先生。ここはやはり先生が先に……」

 

「遠慮しないでよ~☆ ご褒美って言ったでしょ?」

 

「レディファーストの精神でですね……」

 

「なんちゃってフェミニストぶらなくていいから☆ オラッ、いい加減食っちまえっ☆」

 

「もごっ!?」

 

 カリオストロによって強制的に口に放り込まれた粉状漆黒物体。スバルは否応なくその物質を舌で味わう羽目になり――

 

「……あ、あれ。想像していたよりも酷い訳じゃあねえな」

 

「お?」

 

「ほんのり甘いし、少しだけチョコっぽい感じがする……っそうか、チョコレートクッキーだったのか……! 匂いも味も炭っぽいし何か口の中じゃりじゃりするし、ぱさぱさもするけど一応人が食っても平気そうだぞカリオストロ!」

 

「えぇ……☆」

 

 どうやら致命的な程もでないらしい。けれども炭っぽくて食べづらい時点でアウトなのではないだろうかとカリオストロは困惑を露にした。

 食べたスバルもしきりに口の中を動かしている事から、酷くぱさつくもののようだ、ひとしきり味わったスバルは急ぎ水差しから水を注ぎ、勢いよく喉を潤すと、両手を強く合わせた。

 

「っつー訳で俺はごちそうさま! エミリアたんの味最高だったぜと伝えてくれ!」

 

「若干変態っぽい発言なのが気持ち悪いんだけど☆ の、残りはまだあるから全部食べていいよ~?」

 

「いやいやいや。俺今日は全然頑張れてなかったからこれ以上良いし。エミリアたんはきっとカリオストロにも食べて欲しいと思うぜ? 間違いなく。あと明日になったら味の感想聞かれる事になるだろうから――まずは一口。どうぞ、カリオストロ先生」

 

「ぐっ……!」

 

 ウザ顔で純然たる事実を指摘するスバルが、カリオストロの手に恭しくクッキー(黒)を置いた。音もなく掌の上で崩れた黒いパウダーは、どう見てもカリオストロの知るクッキーとは違うモノだった。

 

「おやおや、もしや天才錬金術師のカリオストロ様が友人からの、それもエミリアたんからのプレゼントが食べれないなんて事は、ないですよね~?」

 

「……」

 

 尚の事煽ってくるスバルに絶対あとで〆る。と決意を固めると、カリオストロも口内にクッキーを運んだ。直後、感じたのは苦味。まさしく炭と言っても代わりない味が広がり、噛み締めるには脆すぎる、砂のような感覚を返す。砂が口内に張り付く感覚はカリオストロの美しい眉目を歪ませるには十分だった。ただ、スバルの言うとおり、咀嚼するたび仄かな甘味とチョコの風味が広がるのを感じることは出来た。

 堪能したカリオストロはスバルから水の入ったコップを奪うと勢い良く飲み干し、大きく息を吐いて告げる。

 

「これは、断じて、クッキーじゃ、ない。炭にチョコと砂糖ぶっかけたモノだ!」

 

「うわぁ。正直に言った、正直に言いましたよこの幼女」

 

 エミリアが聞けばショックを受ける評価だったが、料理にもある程度精通したカリオストロにとっては許容できるものではなかった。あの少女は料理を特技だと言った。だがその特技がこのザマだとは! 最初はなあなあに済ませるつもりだったが、実際に食べるとそんな気は天の彼方に失せた。

 何が料理が特技だ。これを料理と認めることは出来ない。これは本人の為を思い指摘してやるしかないだろうと怒りを胸にするカリオストロは、次にスバルを睨みつけ、スバルはその迫力に身体を引いた。

 

「そう言えばお前、明日は出かけるって言ってたな」

 

「お、おぉ。何か買い物行くらしいぜ、村の方まで買い出ししに。レムと」

 

「それ、キャンセルしろ」

 

「ひょ!? ちょ、何でだよ!」

 

 スバルは驚き、その理由を尋ねる。するとカリオストロは今まで女の子座りだった姿勢をわざわざ変えて、ベッドの上で胡座をかいてその理由を告げた。

 

「言っとくが私怨で行くなって言ってるんじゃねえぞ。お前はまた忘れてるようだが、オレ様達はまだグレーゾーン。絶賛怪しまれ中だ。もしかしたら事故を装って殺される可能性もあるんだぞ? 屋敷の中ならオレ様も異変があればすぐ察知出来る。だがな、あんまりにも遠く離されて気付けるほど、オレ様は万能じゃねえ」

 

「いやいやいや、殺されるって……流石にねえよカリオストロ。あの二人と三日過ごして分かったけど、あいつらはそんな事はしねえって」

 

「たった三日で人となりが分かる程、お前は洞察力があるのか?」

 

「あるとは言えねえけど、それでも分かるものはあんだよ」

 

「……ちっ、どこから来るんだその自信は」

 

 スバルの発言にカリオストロは面倒くさそうに、ぼりぼりと頭を掻いて吐き捨てるしかなかった。いつも思う。こいつのお人好しは本当にグランそっくりだと。

 だがグランと違い、スバルには自衛できる実力も何もないというのが頭が痛い。弱っちいくせにお人好しで、すぐに自分の身を挺する。自己犠牲は美徳かも知れないが、悪徳でもある。弱者は強者に巻かれる事が幸せであるというのも事実であるのに。

 

「はぁ……ならせめてオレ様を連れていけ、そしたら万が一が有っても対処出来るだろうからな」

 

「だからその万が一なんてねえって! レムも見る目は厳しいけど、今日だって普通に笑ってくれたし。ラムもいつも口は悪いけど、何だかんだで面倒見てくれるしな。それに、カリオストロも言ってただろ? 殺される確率は限りなく低いって!」

 

「……」

 

 確かにカリオストロ自身、殺される可能性はかなり低いと見ている。恩人として招いた自分達を殺すのは愚策。まだ何かと理由をつけて追い出す方が可能性が高い。しかし恩人を放逐したという事実はロズワールにとって、ひいては王選候補エミリアとしての大幅なイメージダウンに繋がる。自分達を害するのはメリットよりデメリットの方が遥かに大きいのだ。

 

「な。ここは俺を信じてくれよカリオストロ。あいつらはそんな事しない、それは絶対間違いないんだ」

 

「お前が自衛出来るんだったらオレ様だってこんな提案しねーよ――ったく、しょうがねーな。ならコレを持っていけ」

 

 カリオストロは腰の小さなポケットから小さな薬瓶を取り出して手渡した。薬瓶には透き通った緑色の液体が並々と満たされている。

 

「メロンソーダ、じゃねえよな」

 

「キュアポーション。回復薬だ。お前の腹からモツが出るくらいの怪我ならすぐに回復することは出来る」

 

「具体的な例をありがとうでもぞっとするからやめろ!?」

 

 自分のお腹を抱えて顔を青くするスバルに対して、カリオストロは腕を組みながら朗々と語り始めた。

 

「いいかスバル。アドバイスだ。お前はウザくて気持ち悪いってのは自分で分かってるだろうが、更に自分が弱っちいということを自覚しろ。力がない奴は大抵根拠のない自信に囚われ身勝手な事を言うが、本来なら弱者は吠える権利すらないんだ。今回はお前がどうしてもと言うから仕方なく、本っ当に仕方なく折れてはやるが、万が一が起こるってのは普通にありえるんだ。それに備えない奴は総じて馬鹿だ。準備を怠って死ぬ奴はオレ様はゴマンと見てきたぞ? だからそんな弱者のお前にオレ様が色々と知恵を貸してやる。オレ様がついていくならただオレ様の後ろで震えてろ、で済むんだがな。耳をかっぽじって聞けよスバル。1つ、臆病であれ。戦おうとするな。まずは逃げろ。お前に立ち塞がる相手は全員お前より強いと考えろ。戦うのはどうしても逃げられなくなった時だ。周りがなんと言おうと生きてなきゃ意味がねえからな。そして2つ。どんな時でも自分優先だ。他の弱者に目移りするな。助けるのは自分の命を確実に確保してからにしろ。3つ、常に最悪の更に上を想定しろ。現実はお前の想像を遥かに飛び越えて襲いかかってくる。想定が足りなかった時、それはお前の死に繋がると覚えておけ。忘れるなよ、お前とオレ様はこの世界では一蓮托生なんだぞ? あぁあとそのポーションだが患部にふりかけても飲んでも良いが、味は最悪だ。飲んだ方が効きは良いだろうけどな、それに――」

 

「長っ!? 初めてのお使いを心配する母親かよ!?」

 

「んだその態度はテメー! オレ様のありがたい助言をさらっと流すんじゃねえよ!」

 

「ありがたいけど過保護過ぎんだよ!? いてっ! いててっ!?」

 

「ねぇスバル、カリオストロは……あ。また二人で楽しそうなことしてる」

 

 そこへいつものようにカリオストロを探しに来たエミリアが現れ、二人の喧嘩は強制的に終着を迎える。その後はカリオストロの怒りの矛先はダークマタークッキーを作成したエミリアへと向かい、怒りをぶつけられ涙目になったエミリアを必死に宥めるスバルの姿があったとか。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 そして屋敷での生活4日目。昼頃に買出しに出かけていったスバルとレムだが、スバルの言うとおりカリオストロの杞憂で終わったらしい。二人は夕方には屋敷へと帰宅していた。

 

「ただいま帰りました」

 

「よ、帰ったぜ我が家に!」

 

「お帰り☆」

 

 スバルは樽を両手に抱え、レムは1つ紙袋を抱えて、()()玄関の前にいたカリオストロへと言葉を交わした。スバルはそんなカリオストロを見て苦笑しながらサムズアップを見せた。

 

「随分大荷物だね。大変だったでしょ?」

 

「いえ。スバル君が手伝ってくれたのですごく助かりました」

 

「おおよ。やっぱ大荷物に関しては男の仕事だかんな! これくらいは余裕余裕……って言いたいけど、実は今結構腕と腰に来てる……足がプルプル震えてやがるぜ」

 

「スバル君は男の子なのに不甲斐ないですね」

 

「言ってくれるな、握力はあっても持久力とかはないんだよ……」

 

 イテテ、と樽を置いて両手を振るスバル。よく見るとスバルは行きとは違い全身が汚れており、その手には行く時にはなかった噛み傷がこさえられてた。

 

「ただ買い物に行くだけのなのに、何でそんな薄汚れるのかなぁ……☆」

 

「ふっ、これは名誉の負傷って奴だ。背中の傷はないから安心しろ、カリオストロ」

 

「そうですね名誉ですね。道中に道端で転び、村では子供達にたかられて弄られて、挙句の果てに子犬に噛まれる。どれをとっても名誉と言えるでしょう」

 

「ちょ、レムさんレムさん真実言うのやめて! 俺の名誉の為にもやめてあげてよぉ!」

 

 その後、レムはスバルへと休むように伝えると軽々と樽と荷物を持って行ってしまった。

 

 

「……美少女が俺より力持ちで有能って何かプライド傷つくぜ」

 

「誇るようなプライドなんてそもそもないでしょ? それよりほら。手を出して☆」

 

「え?」

 

「手、怪我してるでしょ? 治してあげるって言ってるの☆」

 

「……あ、あぁハイ。分かりました」

 

 スバルが大人しく犬に噛まれた手を差出した。その手は絆創膏や生傷が散見され、スバルの努力のあとが垣間見えた。カリオストロはそれを微笑ましく思いつつ、小さくきめ細やかな手でその手を包み込む。すると手から淡い光が零れ始めた。光はスバルの傷口を見る見るうちに癒していき、時間にして十秒も経たずに手の傷が完全になくなった。

 

「はい、おしまい☆ 全く、本当傷が耐えない男だねスバルったら……スバル? ……あれあれあれ~、顔赤くしちゃってどうしたのかなっ☆ カリオストロの手の感触にどきっとしちゃった?」

 

 癒し終えたカリオストロがスバルの顔を見ると、そのスバルは耳まで顔を赤くしており、それを見て悪戯心が沸いたカリオストロがにやにやとスバルを煽ると、スバルは慌てふためきながら弁明しだした。

 

「ばっ、ばっか、ちっげーよ! こ、これは回復の副作用って言うか!? 俺がカリオストロにどきどきするなんてそんな事万が一、いや億が一にも――」

 

「あ゛?」

 

「――ありまぁす! すっごいどきどきしましたぁ! 女の子の手ですっごい柔らかいなぁって思ってどきどきしましたぁ!!」

 

 ひと睨みで掌を返したスバルに、渋々とカリオストロも追求はやめた。

 

「はぁ……まあ何であれお前は言われた通り休め。傷は癒せても疲労まではオレ様も癒せねえからな」

 

「あぁそうさせてもらうぜ。しかし元の世界じゃ動物達のハーレムを築いた、このナツキスバルが何故子犬にすら噛まれるのか……!」

 

「動物もスバルのウザさを見極めたんだろう。それか、お前の匂いのせいかもしれねえな。動物ってのは人間より匂いに敏感だし、匂いが分かっててもおかしくはない」

 

「……てことは俺、この先動物と触れ合いできる可能性皆無!?」

 

「ま。噛まれただけで済んだのを幸運と思うんだな」

 

 ノー! と仰々しく頭を抱えて悲しみをアピールするスバルに対し、他三人は朗らかに笑うのだった。

 

 

 

 

 

「――って事があったんだけど、スバルって本当馬鹿だよね~☆」

 

「暇人……いちいちベティーにそんな事伝えるためにお前はここに来たのかしら」

 

 夜。スバルの疲れを考慮して今日の情報交換はなしになり、カリオストロは質問と暇潰しを兼ねて禁書庫へと訪れていた。勝手知ったる態度で椅子に座り、今日あった出来事をベアトリスに駄弁る。これもまた今のカリオストロの日課になりつつあった。

 

「いいや、ちゃんと質問もあって来たよ? この話はただの、ベアトリスへのお・み・や・げ☆」

 

「心底いらないおみやげに感謝のかの字も出て来ないのよ。ベティーを慮る気持ちがひとつでもあるなら、質問の頻度を減らして欲しいかしら」

 

「つれないなぁ~☆」

 

 呆れと疲れ顔で出迎えたベアトリスはしっしっと追い出すようなジェスチャーをするが、カリオストロはわざとらしくぷくーっと頬を膨らませるだけだった。

 

「で、聞きたいことってのは今度は何なのよ。王国の成り立ちから食生活、貨幣の種類と一般常識に始まり、現存する種族の事まで聞いて……なにかしら、次は道徳でも教えたらいいのかしら?」

 

「そうつんけんしないでってば~☆ 契約でしょ? 次は~魔物の事について聞きたいな☆」

 

「まもの? ……魔獣の事でいいかしら」

 

 カリオストロの世界で魔物と呼んだ存在は、こちらでは魔獣と呼ばれているらしい。ベアトリスはまた一つ本を持ってくると、カリオストロが見えるようにテーブルに開いて置いた。

 

「魔獣は……言ってしまえば人類の外敵なのよ。人類に仇為すため魔女が生み出したと言い伝えられていて、マナを主な食事としている存在かしら。それこそ400年前に災厄がある前から存在する厄介者たちで、彼らは普通の動物と違って人間相手に非友好的。今に至るまで魔獣相手の被害はなくならず。当然、魔獣相手の研究も行われて来たかしら。けれど実際の所――」

 

「実際の所?」

 

「よく分かってないのよ。いつから現れたのか。何のために存在するのか。どうやって増えるのか。全部謎」

 

 ぱらり。目の前の本をめくると様々な魔獣の挿絵が見える。犬、蛇、蚯蚓。どれもこれもが凶悪そうで、決して尻尾を振って懐いてくれるようには思えなかった。

 

「魔獣の分布は?」

 

「正確にわかってる所は少ないのよ。気候に合わせた魔獣が存在しているのは分かってるけど……そうね、例えば屋敷の麓にあるアーラム村。あの付近も魔獣の群生地なのよ」

 

「あの囲まれてる森すべてが? ってことは結構危ないところに立地してるんだね……☆」

 

「定期的にロズワールが処理をしているようだけど、気付いたら増えるからイタチごっこなのよ。当然ながら村には入れないように結界が張られているけれども、正直危ないことには変わりないかしら」

 

「結界ね。ふーん、明日その結界を見せてもらおうかな。村を包むくらいの結界なら興味あるし☆ ありがとベアトリス☆ それじゃ夜も遅いしお邪魔し過ぎもあれだから、カリオストロはこれでお暇するね☆」

 

「全くなのよ、ベティーの都合を考えて訪問して欲しいのよ」

 

「それは追々考えさせて貰おうかな☆ あ。そうそう昨日でイ文字はそれなりに分かったから、ちょっと発展的な本が欲しいな☆」

 

「…………」

 

「もう☆ 無視しないでよベアトリス――……!?」

 

 

 

 カリオストロが異変を感じた瞬間、世界が一瞬で黒と灰色で塗りつぶされた。

 

 

 

(な……どうしてだ……!? スバルが今、殺されたってのか!?)

 

 足掻くこともできずに、無常にも目の前で巻き戻っていく。ベアトリスと過ごした禁書庫での日常も、エミリアとの初々しい会話も。全て、全て、あの甘い腐臭と共に無に帰っていく。

 嫌悪感と吐き気が全身を蹂躙する感覚と共に、抵抗すら出来ず無くなって行く日々の証を見て、カリオストロは悔しがることしか出来ない。

 

 どうしてだ、何故だ。何で、こんな事をする。嫌悪感だけでなく、疑問と怒りもないまぜになり、カリオストロは混乱していく。自らの精神を置き去りにして、巻き戻される自分の体が相反した動きをとり続ける。それがたまらなく不快で、また、それがたまらなく悲しかった。

 

 やがて、逆行する世界は徐々に速度を落とし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エミリア様、お客人。どうやらもう一人のお客人が目覚めたようだぁーよ」

 

 

 ――屋敷での一日目が、再び始まる。

 

 




《エミリアの特技(自称)》
 料理:×
 歌:××
 速読:△

《キュアポーション》
 グラブル世界の標準的な回復アイテム。
 使うとHP2000くらい回復する。
 大体腕一本くらいなら即回復なんかねぇ?

《アーラム村》
 今スバル達がいる屋敷の麓にある人口300人くらいの村。
 スバルたちの買い出しもそこへ行っていたようだ。
 魔獣の群生地である森に囲まれているが、結界石のお陰で被害はほぼ皆無。

《魔獣》
 人類に仇なす恐ろしい存在。動物と違ってマナを主な食事としている。気付いたら増えたりする。様々な種類が存在する。
 

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