―○○公園―
午後11時50分。
この公園には遊具エリア、森エリア、野原エリアの3つで構成されている公園。そして、この公園で唯一夜になって危ない場所はすぐに分かるであろう森エリアである。大量の木が密集されているこのエリアは夜中になると外灯の光を僅かしか受けつけないくらいの暗闇と化す。
その場所にある一回り大きな木に絵里と希が木に背中を預けて三角座りをしており、そこから少し離れた場所にあるベンチには青山匠が座っていた。
「……ねぇエリチ」
「…何?」
「……ごめんね。本当に・・・ウチがあの人達に捕まったりしなきゃこんな事にはならなかったのに…」
「さっきから何回謝るのよ。仕方なかったんだから…。前々に起こった事なんか気にしちゃダメよ」
「だってぇ…そのせいでエリチや隆也君に凄く…うぇっ…迷惑かけてもうたんやもん…ぐすっ…」
「大丈夫…大丈夫だから泣いちゃダメよ。誰のせいでもないんだから」
「でもぉ…」
「でももだっても無いわよ。希は何も悪くないんだから」
泣いている希を優しく抱きしめ左手で頭をゆっくりと撫でる、この公園にきてから希はずっとこうだ。自分のせいで巻き込んでしまいこんな大変になってしまった。そのせいで私や隆也が傷つく事になってしまったこと。枯れるほど涙を流しているが希の目からは今も大粒の涙が零れている。
「エリチ…隆也君に手紙渡したやん?」
「えぇ」
「絶対隆也君来ちゃうよ?」
「そうね…絶対来るわね」
「また…あの時みたいにボロボロになっちゃうよ。もうあんなのウチ見たくないよ」
「私も見たくないわよ。助ける為に自分を犠牲にしてボロボロになる隆也の姿なんて……。それなのに私は隆也に助けてほしいと願ってしまう…」
「巻き込んでしまって、隆也君からしたらほぼ巻き込まれたようなモノなのになんで隆也君はウチらを助けてくれたりするんやろ…」
私の聞いて知った限りの話と隆也と出会ってから今までの時間を思い返す。隆也は助けてくれる時はあったが助けてもらっているときは見たことが無い。自分から行動し救いの手を差し伸べる。隆也の中では自分が傷つけば他人は傷つかないと考えている。
「優しすぎるのも……良い事ではないわね…」
希とそんな暗い話をしていると、ベンチに座っていた匠がゆっくりと近付き私と希の目の前に立ち言葉を投げかけてきた。
「なに?2人はあいつが来ると思ってるの?」
「思ってるんじゃないわ。来ると分かっているのよ」
「あんな挑発丸見えの手紙読んで来るのは完全なる馬鹿だよ。チャンスをあげたのも今度こそ再起不能になるまでぶちのめすためだしね。それに俺はあいつの右足もしってる。あいつを二度と歩けない体にするつもりさ」
「匠って…武道を人を傷つけるためにしか使っていないのね」
「俺は所謂目的のためになら手段は選ばない男でね。それを達成するためならどんなモノでも使うんだよ」
「私が今も貴方とは居ないと言っているのにも関わらず?その目的になっている人の心は考えないのね」
「それは俺にとっちゃ知ったこっちゃないんだよ。俺が満足すればそれでオーケー」
「自分勝手……」
「最低やね…」
「なんとでも言え。どうせ今回も俺の勝ちは決まってる。勝つ自信しかない」
(勝つ自信…しかない?)
「これは俺の勝手な偏見が入ってるかもしれないが柔道に勝つ方法はある。それは『掴まれない』事だ。掴まれないように立ち回って動けば先にスタミナ切れするか先に潰せば楽勝だ。合気道は相手の呼吸に合わせてやる武道だ。俺にとっちゃ専売特許なわけだ」
「っ……」
「言葉も出ないか?だから言っただろ?勝ちは決まってるって」
「それでも隆也君は君みたいな男には二度も負けない!」
「勝てる算段がついて居ればな?ま、そんな事言ってもあいつ1人じゃ俺、いや…『俺たち』には絶対勝てないんだよ」
匠のいう【俺たち】。そう、匠はハナから1人で隆也を相手をするつもりなど無かった。この場所には私や希、匠だけではない。神田明神にいたあの男たちもいる。私の仮説だが匠は1人で来た隆也を全員で袋叩きにするつもりなんだ。
「………スポーツマンシップ、ナッシングね」
私はすぐさま立ち上がり抗議した。
「あん?」
「エリチ……?」
「私から言わしてもらったら貴方の方が卑怯者よ。武道を人を傷つけるために使うなんて…ありえないわ。隆也は違う。柔道で人を傷つけたりなんかしない。貴方のように【道具】として使ってない、何かを【守る】為に隆也は柔道を使っているのよ!この時点で貴方は隆也に負けてる、実力も精神も!」
(言いたい事全部言ってやるわ!)
「合気道や卑怯な手に頼らないと隆也に勝てない貴方なんか隆也の足元にも及ばないわ!そんな醜悪な性根を持ってる時点で貴方の負けよ!青山匠!」
言いたいことを全部言ってやると匠はさっきとは変わって眉間に皺を寄せて険しい顔になり図星を突かれたのか両手を強く握り締めている。
「じゃあ、その卑怯という手であいつを潰そうか」
「絶対に……隆也は負けない!だって…彼は…あの人は!」
私の……私の好きな………私の大好きな!
「私の大好きな……強いヒーローだから!」
瞬間。
眩い光が私達を照らし出した。
***
その場に居る全員、その光の方へ視線を移す。そこには眩しい光を放つモノ、いや…【ライト】があった。しかもそのライトはバイクのヘッドライトの光だ。バイクの独特の排気音が耳の鼓膜を刺激する。
その光で上手く、その正体が何かが全然検討がつかなかったが私はすぐに分かった。
隆也が来てくれたと。
だが、私の目に見えた光景は、私の予想の遥か斜め上を行っていた。
隆也のバイクはホーネットだ。けどそこには全く違うバイクがいる。更に言うとそのバイクの排気音はホーネットとは差があるほど甲高い排気音を出している。私は知っている、聞いたことがある。忘れたりしないこの【音】を。
そのバイクのライトが光を失うと一瞬、夜の闇に包まれるが公園の外灯によって【それを】照らした。
目を見開いた。そこにいたモノが、否…そこにいた【人】が居た事に度肝を抜かれた。
その一台は隆也が何時も乗っていたのは赤色のホーネットではない。そこにはそんな影すらなかった。そこにあるのは、白と黒の二色で彩られたバイク、R1Z。
そしてそこに跨っていた人は上下黒色の服を着て白いヘルメットを被っている男の人。
「ライダーさん……?」
あの頃、私を助けてくれたライダーさん本人だった。あの頃の面影が残っている。隆也の実家にある写真を見て隆也がライダーさんではないのかと疑心暗鬼だったので深く考えないようにしていた。
今、ライダーさんの秘密が明らかになった。
白いヘルメットを脱ぐとそこには見知りの顔があった。黒い髪の毛に鋭い目付き。だがとても優しい心の持ち主でだれかれ構わず助ける御人好し。そして強くて逞しい人。
私はこの人を知っている。
私はこの人を愛している。
今まで幾度となく助けてくれた私の大好きなヒーロー。
あの頃、始めてライダーさんに出会い本名を名乗った時のビジョンが頭を過ぎる。
『俺の名前は…』
「やっぱり…貴方だったのね……
『俺の名前は……横山隆也だ』
ヘルメットをバイクのシートに置き、その男はこちらを見据えてきた。
「またせたな」
***
見た感じには絵里はまだ何も手は出されていなかった。それが分かっただけでも気持ちが少し楽になった。もし殴られたりはたかれたりされていたら自分がどうなっていたか分かったもんじゃない。怒りに身を任せてそうだ。
「本当に来たんだな。あれだけボコボコにされたら普通来ないな。俺ならそうしてる」
「お前みたいな奴に絵里と希を渡したくなくてな」
「お人よしもここまで行くと馬鹿の領域だな」
「好きなだけ言え。約束通り来たんだからさっさと白黒つけようぜ」
「へぇ…言うねぇ。ならさっそくはじめる?」
さっきと居た場所から移動し拓けたスペースのある場所につく。絵里と希には俺たちとは離れた場所でこちらを見つめており、俺は青山と一緒に少し離れたスペースの中央部分に立つ。
「さてと、白黒つけると言っても俺はお前を潰せればそれでいい。ボコボコにしてやるよ」
「俺もそのつもりだ。前のようには行かない。返り討ちにしてやる。タイマンでだ」
「タイマンねぇ?悪いが………」
「俺はそんなつもりサラサラないんだよなぁ!」
青山が指をパチンッと鳴らすと、木の陰からゾロゾロと男たちが出てきた。その中には神田明神で見たことのある男たちも含まれている。出てきた男たちの数は5人。青山を含めたら6人。体ががっしりしている訳じゃないが細くは無い体を持っている。腕が太い者も居れば分厚い胸板を持っている者も、中には俺より頭1つほど身長が高い者もいる。
「予想はしていたんだが……案の定だったな。
「手紙では俺とお前のタイマンでやろうって言ってないからな。俺が手を出さなくてもこいつらにお前はやられるんだな」
「怖いのかよ」
「あん?」
「そんなに怖いのかよ俺とタイマンでやるのがよ。だから他の奴らにやらせるのか?俺に勝ったのにえらい自信が無いんだな。その程度かよお前の自信っていうやつはよ」
「……挑発のつもりか?悪いがその手は通じない。どんな手でも使うんだよ俺は。文句あるか?」
「……はぁ」
呆れた。ここまでの奴とは思わなかった。思わず俺の口から思い溜息が漏れた。
「自分の手は汚さずほかの奴にやらせる……。お前本当のクズだな」
「なんとでも言えよ。こいつらはそれでも俺についてくるんだ。なら使うほかないだろ?」
「恥ずかしくないのかよそんなことをしている自分が」
「全然全く。これが俺のやり方だ。誰にも文句は言わせない。お前らやれ」
その合図で男たちが俺に近付いてくる。その中の1人は絵里と希の側に立ち2人が逃げないように監視をしている。
こいつは数じゃないと威張れない奴なのか?それともこうやって甚振るのが好きな奴なのか。どちらかだったとしてもどっちもだったとしても男として情けない。1人で俺に勝ててはいてもどこかでビビっているのか。自分が傷つきたくないための保険なのか。
(あぁダメだ……考えただけで無駄だ。それに……【そろそろ】だな)
「なんだよ動かないのかよ。さっそく負けを認めたか?」
「いや違うね」
耳を澄ませば聞こえてくる。あいつらがこっちに駆けつけてくれた音が。
「待ってたんだよ!こいつらを!」
重々しい排気音とともに二台のバイクが飛び出してきた。まさかの登場に青山たちは驚愕の表情を露にし絵里と希は驚いたのか背中を木に任せている。
そのまま俺たちの回りをグルグルと旋回したバイク二台は離れた場所に停車。そして被っているヘルメットを外した。
そのうちの一台はかなりな大きなサイズのアメリカンバイク。そこに乗って居たのは隆也と一緒に行った里帰りで出会った身長190を超えていた男の人。『芝多櫂土』。
次に二台目は綺麗な緑色が目立つスポーツタイプバイク。それには私の大事な後輩であり大事な仲間でもある園田海未を彼女に持つ、隆也の親友である『中上翔樹』。
そう、俺の最も頼れる友達だ。俺の今回の事に力を貸してくれるとのこと。
「お前が仲間呼ぶならこっちも呼んでも構わないよな?」
「ま…まぁ、潰す奴が増えただけだけどな」
「よう隆也お待たせ」
「久しぶりにバイクなんか乗ったわ俺。しかも東京久しぶり」
「悪いな。巻き込んで」
「「全くだ」」
「少しは大丈夫だくらい言ってくれよ…」
「んで?あれが青山匠でいいんか?」
「おう」
「その回り…邪魔だな」
『あ?』
翔樹の一言が男らの逆鱗にふれた。
「おいてめえら。いきなり出てきて舐めた事言ってくれたなあ!」
「ボコボコにしても後悔すんなよ!」
(完全に釣れた…。あいつの言い方どうも人の怒るツボにズッポリはまるよな…)
「さりげなく俺も巻き込まれてる件についてやねんけど…」
「気にしない気にしない」
こんな相手を舐めるような態度で男らの言葉を無視する二人。
「無視してんじゃねえぞゴラァ!」
1人の男が翔樹左腕を掴んだ。
「大事な腕に触れてんじゃねえよ…」
瞬間、翔樹は相手の懐に潜り込み掴まれている左腕を振りほどき逆に相手の掴んできた右腕を掴む。そのまま上体を落とし男の右足を持ち上げ男を地面に押し倒す。
柔道技【朽木倒し】
「ぐわっ!」
「これで終わると思うなよ」
押し倒した直後、男の胸倉を掴み渾身の頭突きをお見舞いする。
「ふんっ」
「ぶっ!」
顔面にモロに頭突きを食らわされた男はビクビクと体を痙攣させながら気絶した。更にいうと鼻の両穴から血が流血している。
「なんだよそいつも柔道使えるのかよ!」
「そんな話聞いてないですよ青山さん!」
これで残り3人となった。
「隆也」
「?」
「俺ら2人で残りの奴潰すからお前はよ行け」
「……いいんか?」
「ええからはよ行け。やられた分倍返しにしてこい」
「絵里を助けて来い」
「……おう」
俺は他の男たちを無視し青山に近付いていく。
「おいこら!行かす思うなよ!」
「それはこっちの台詞や」
「あ?ひっ……」
身長が軽く190を超えている芝多の姿は圧巻だろう。そしてその太い腕で男の胸倉を掴んだ。
「おい、神田明神で隆也をボコボコにした1人はお前か?」
「だからなんだ!離しやがれ!!」
ジタバタと暴れるがそんなもの全く通用しない。工場で働いている芝多の握力は軽く70を超えている。ちょっとやそっとじゃ力を緩ませることなんかできない。
「俺の友達に手ェ出しとんちゃうぞ」
芝多は特に格闘技をしてる訳ではない。だが生まれつき体格や身体能力に恵まれてるその体で男を肩車する。
「うおわぁ!?てめぇおろしやがれ!」
肩車すると見た目は完全にプロレス技のアバランチ・デスバレードライバー。首と足を掴まれてる事で男は身動きが取れなくなっていた。
「オラァ!」
「がふっ!?」
芝多は腰を落としそのまま男を投げ飛ばす。その投げ飛ばした方向にはかなり太めの木があり、男は木に直撃する。
「いってぇ…」
悶絶している男に追い討ちをかける。左足を軸足にし右足を使い男をおもいっきり蹴り飛ばした。
「がっ!?」
ゴロゴロと蹴り飛ばした後、肩を掴み関節を外す。
ゴキンッと鈍い音が鳴り男が地べたに転がりまわった。
「ああああ!肩がぁあ!」
「威勢は良いくせにこんなもんかよ。調子にのんなよ小僧が」
残り2人。
「やべえよこいつら!どいつもこいつも喧嘩なれしてやがる……」
「青山さん!!」
だがそんな言葉も青山には届かない。
「良いから行け…」
そのたった一言の言葉で掻き消された。
「くそおおお!」
「クズについていくとこうなるって事だ。よく覚えとけ」
そのやけくそになった男に翔樹が立ちはだかる。
「どけこの野郎!」
「ふんっ…」
右のパンチを軽く避けて襟と右腕の袖を掴んだ。
そのまま男を自分の体の方に引き寄せ左足を踏み込む。次に腰を捻って振り返り軸足を右足に変え、男と体を密着させる。そのまま自分の体を大きく捻り腰で男の体を持ち上げ左足で男のふくらはぎを蹴り上げ、勢いよく浮かせ地面に投げ飛ばす。
柔道技【払腰】
「がっ!」
「二度と隆也たちに手を出すなよ」
地面に落ちた衝撃で強く背中を打ってしまい、痛みで動けなくなった。
「そっちも終わったか?」
芝多も最後の1人を片付けた直後だった。見るからにさっきと同じ方法でぶん投げて気絶させている。
「くそ!役立たずどもが!情けなくやられやがって!」
「少しはこいつらをねぎらってやれよ…お前のために動いたのによ」
「俺の役に立たない奴ら全員ゴミだ!んな奴らいらねえんだよ!」
「クズすぎる…」
「吐き気がするわ」
全くその通りだ。こいつらはお前の為にしたことなのになんとも思わないのかこいつは…。
「青山匠」
「あぁ!?」
「約束通り……ケリをつけようぜ。てめえ見たいなクズはぶちのめさないと気がすまない!」
「何が気がすまないだ敗北者が!両腕の骨を折ってその右足二度と使い物にならないようにしてやる!」
今までの態度はどこに消えたのか青山匠の言葉遣いが完全に変わっている。いや…これが本性なのかもしれない。絵里を騙して、希を攫って、こいつらを道具として使ってきた。そんな奴があんな偽りの優しそうな青年な訳が無い。根っこから穢れている奴はそう簡単に変わることはない。父さんが言っていた。
『性根が腐っている奴は変わることはできない』
俺のやるべき事。それは簡単な答えだ。至ってシンプル。絵里を助けに来た。希を救いに来た。そして今このシチュエーション。これが最後だ。ここでこの件の終止符を打つんだ。
「昔に絵里を傷つけて、そして今も傷つけた。その親友でもある希をも攫った。俺を傷つけるならまだしも俺の大事な女の子をここまでしたんだ。覚悟はできてるんだろうな?」
「右足を重点的に攻めてやる……二度と歩けない体にしてやる!」
絵里が心配そうに見つめてくる。そうだ、もう終わらせよう。もう…彼女の悲しむ顔は見たくない。
「タイマンでケリつけてやる。青山匠」
これで終わらせよう。
はい、お待たせいたしました。続きでございます。
たまに思うのですがこういうのを書いてたら恋愛小説が完全な喧嘩小説になってるなと思うときがあります。いや…気のせいだ…多分。ちゃんとイチャイチャさせてる部分もあるから…大丈夫だ(自己暗示)
後編はここまで長くならないと思いますのであしからず。
さてと、隆也にはもっと頑張っていただきましょう!!
そして今回新しく評価してくださった!
神埼遼哉さん!iburaさん!ルーミアは可愛いさん!
ありがとうございました!
いつも小説を読んで下さっている皆さん!本当にありがとうございます!次回また投稿に時間がかかると思いますがよろしくお願いします!
それでは今回はここまで!
感想・評価お待ちしております!
では……またな!