モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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弾丸は氷を貫く

 ──あまりにも、戦いやすかった。

 

 ドスバギィというモンスターは、決して楽に戦えるモンスターではない。鳥竜種特有の軽快な動きに時折挟まれる全体重を掛けたタックル、際限なく呼び寄せられる子分のバギィ達、そして睡眠液。更にはこの凍土という狩場は吹雪で視界が非常に悪く、足下は凍った大地であれ、雪が降り積もっている状態であれ、ある程度の慣れがないと碌に踏ん張ることすら出来ない狩場だ。

 ヤマトは数度この凍土でも狩猟を行っていると言えど、彼が最も出向く狩場は渓流だ。この凍土での狩猟は完全に慣れている訳でもなく、更にドスバギィは初めて相手にしている。

 

 だというのに、驚く程に自分のペースで戦うことが出来ていた。

 鳥竜種の主と戦う際、最も気をつけなくてはいけない子分達が、一切ヤマトに向かってこない──否、ヤマトに向かってくる前に全て撃ち抜かれているのだ。

 

 ライトボウガンを構えて少し後ろから黙々と射撃を続けるロックス。その射撃精度は驚くもので、文句無しの百発百中だった。ヤマトがどれだけ好きに走り回っていても、どれだけイレギュラーな動きをしても、誤射は起こさない。

 

「ゴァァァアッ」

 

 ドスバギィのタックルをいなし、返す刀で足の付け根をヒラリと斬り裂く。同時にパシュン、という音が鳴り響き──ドスバギィの顔面にボウガンの弾が命中した。二方向からの痛みにドスバギィは一瞬怯み、動きが止まる。

 

「──せぁっ!!」

 

 そこを見逃さず、ヤマトは溜めていたボルテージを解放し、怒涛の連撃を行う。袈裟斬り、横一文字、斬り上げ、最後は一息に振り下ろし──全身を捻り、滑る地面を無理矢理捉えて勢い良く回転。その遠心力でドスバギィの鱗諸共斬り払う……鬼刃大回転斬り。勢い流れのままに納刀し、すぐ様ドスバギィの反撃をステップで躱す。そのまま更にもう一歩後ろへ下がり、距離を取ってから再度抜刀。自分の中のボルテージが、殺意が、闘気が。湧き上がりつつも自分の支配下に置けていることが解る。テンションは間違いなく良い方向だ。

 

 

 

「……成程なぁ。どんどんテンションを上げていけばいくほど動きが良くなるタイプか」

 

 ライトボウガンに次の弾を装填しながらロックスはそう呟いた。

 上位ハンターであるロックスの目から見ても、ヤマトの運動能力と太刀筋の鋭さ、そして一瞬の踏み込みの勘の良さは目を見張るものがあった。純粋な身体能力だけで言えば、既に上位ハンターのそれと遜色ないようにすら見える。当然、甘い所も多々あるが、それでもやはりヤマトは所謂「天才」の部類に入るのだろう。間違いなく、あと十年以内には自分が何もせずとも、どれだけヤマトが停滞しようとも、上位ハンターの仲間入りを果たしているだろう。

 

「全く、末恐ろしい奴がいるもんだよ」

 

 照準を定め、ボウガンのトリガーを引く。狙うのはドスバギィの足下。ギリギリドスバギィには当たらない地面を撃ち、雪と氷を撒き散らす。それが一瞬ドスバギィを怯ませ──同時に一歩踏み出すヤマトをドスバギィから隠す煙幕になる。当然それはヤマトに対しての煙幕にもなり得るが、ヤマトは恐らく視覚だけで敵の姿を知覚していない。五感の先──第六感と殺気でドスバギィの形を捉えているのだろう。だからこそ、この煙幕は「ヤマトにとっては」敵から太刀筋を隠すカーテンの役割になり、邪魔にはならない。そうロックスは判断したのだ。

 

 その判断は大正解であり、踏み込むヤマトからは煙幕が張られたことすら気付くこと無く、踏み込みからの鋭い一撃をドスバギィに叩き込んだ。ドスバギィはその一太刀目が何処から襲い来るのかが見えず、諸にその一撃を食らうしかない。鱗が剥がれ、肉を裂かれる痛みを経て初めて、何処からその刃が向かってきていたのかに気付くのだ。しかしドスバギィも伊達にバギィ達を統べる主をしている訳では無い。弱肉強食の世界で強者であるモンスターが、更にその中で主として上に立つ──それは、純粋なる「強さ」の証明たり得る。ただの人間にいいように傷痕を増やされ続けるだけで終わるはずが無いのだ。

 ヤマトが返す刀で二撃目を叩き込もうとする瞬間に、ドスバギィは巨体を先程のヤマトのように捻らせ、鋭い爪で地面を無理矢理捉えて遠心力を使い、尻尾を鞭のようにしならせて振り抜いた。

 

「なっ──」

 

 攻撃の準備を即座に受け流しの姿勢に切り替え、鞭という名の重厚な一撃をやり過ごそうとするヤマトだが、如何せんドスバギィの動きがイレギュラー過ぎた。受け流しの姿勢は間に合わず、その勢いを殺し切ることは出来ず、全身に重く鈍い振動を受けながら地面を転がる。口から一気に抜けた空気を吸おうと呼吸が乱れるのも構わずにすぐ様起き上がり、衝撃が残り痺れる手足を無理矢理動かして次に備える。息を整えるのは後からでもいい。一度相手のペースになったらその時点で弱者である人間は死の階段を駆け上がることになる。先決は相手の次の一撃をなんとしても躱すことだ。

 ドスバギィは喉を鳴らしながらヤマトに向かって液体を吹きかける──それは紛れもない睡眠液。軋む全身を落ち着ける為に呼吸を整えていたなら、まず間違いなく不可避の攻撃となり、永遠の眠りに誘われていたであろう攻撃だ。ヤマトはすぐ様その場を飛び退き、降り掛かる眠狗竜最大の武器を躱す……が、流石に手足が痺れた状態で最大級のパフォーマンスを続けることは不可能だった。上がり続けるテンション、ボルテージから差し引いた身体の軋み。そのほんの少しのマイナス分が、地面に到達し、飛び散った睡眠液の一部を身体に浴びてしまう原因となってしまったのだ。

 

「ちっ……!」

 

 無論、浴びた量は微量に等しい。だが、ドスバギィの睡眠液の恐ろしいところは少量であっても効果がある催眠作用の強さと、その即効性にある。この少量であっても、その成分、匂い、感覚全てがヤマトの眠気を少しずつ誘う。

 

「クソっ、思ってたより思考が……!」

 

 ある意味、ドスバギィというモンスターはヤマトと最も相性が悪い相手……と言えるかもしれない。睡眠液は少しでも浴びれば思考能力を妨げ、眠気を呼び起こし、ほかの感情、感覚を奪い始める。それは当然戦いの中で研ぎ澄まされていく剣気、殺気、闘気。これらも例外ではなく奪われていくのだ。ボルテージが上がれば上がるほど動きにキレが増していくヤマトからこの要素を奪うということは、最大のデバフと言っても過言ではない。

 必死の気力で、眠気に抗うことが精一杯だった。ドスバギィは勝ち誇ったように雄叫びを上げ、その鋭利な牙でヤマトの身体を噛み砕こうと──

 

 

 

 ──パシュン、という乾いた音。

 

 

 

 その一瞬後、ドスバギィの全身に細かい傷が大量に刻まれた。一発一発の傷は微々たるものだが……ドスバギィを怯ませ、尚且つその傷を作った相手──ロックスに意識を割かせるには充分なものであった。

 放たれたのはライトボウガンの弾の一つ、散弾。その名の通り発射されると弾が散り、広範囲を射撃することが出来るものである。面攻撃となる為、狙いを定めずとも標的に当てやすいのがポイントだが、その分味方に当てる可能性も高くなる為、チームハントではあまり好まれない弾丸である。が、ロックスはその散弾であったとしても、ヤマトに一発たりとも誤射は起こさなかった。

 

「落ち着け、ヤマト。一瞬注意を引いてやる、調合した元気ドリンコの出番だ」

 

 そう言うとロックスは引鉄を引き、弾丸を発射する。その一瞬後、ドスバギィの横腹が爆発した。徹甲榴弾だ。その火力にドスバギィは大きくよろめき、そして怒りに血走った目でロックスを睨む。

 

「ゴァアォッ、クァァ、グァァア!!」

 

 子分のバギィ達を呼ぶような叫び声をあげ、一直線にロックスに突撃するドスバギィ。その動きは怒りで先程ヤマトと戦っていた時よりも更に鋭くなっている──が、怒りで動きが文字通り一直線だった。そうなればロックスからは狙いを定める必要も無く、ただ引鉄を引くだけでいい。そうすれば……確実に次の一撃も命中させることが出来るから。

 ロックスが再度引鉄を引き、そしてそれは予定調和のようにドスバギィの顔面に命中する。放たれた弾丸は先程と同じ、徹甲榴弾。当然それは爆発を引き起こし、立派なドスバギィのトサカは無残にもへし折られてしまった。

 すぐ様ロックスは後ろにステップしながら弾薬ポーチを開き、人差し指と中指で次に使う弾丸を掴み、流れるような動作でリロードを終わらせる。同時に現れる、先程のドスバギィの叫び声で集まったバギィ達。顔面の爆発で怯んだドスバギィには一瞥もくれずにやってきたバギィ達に照準を合わせ、素早く二度引鉄を引く。次に放たれたのは先程も使った散弾。二連続で放たれた散弾は弾幕と化し、バギィ達の全身を引き裂く。群れで現れたバギィ達は固まっていた為、その散弾の餌食にならなかった例外はおらず、ドスバギィの呼んだ子分達は断末魔をあげることすら許されず、一瞬でその命を奪われた。

 

「ふぅー……次」

 

 先程ヤマトは息を整える暇すら無かったが、今のロックスは深呼吸をする余裕すら見えていた。当然、深呼吸をする余裕を全て呼吸を整える為に使う訳ではなく、小さく息を吐くとすぐ様次のリロードの為に弾薬ポーチを開き、二本の指で弾丸を取り出す。次は何のクセもない代わりに威力が高い通常弾。爆発の煙を振り払って突撃にくるドスバギィの足下を狙い一発撃ち込む。その一撃は見事狙い通り左足に命中し、バランスを一瞬崩すことに成功する。バランスさえ崩してしまえばそれでいい。そうすれば、ロックスにドスバギィの牙が、巨躯が、爪が届くことは無いと確信していた。何故なら──

 

 

 ──何故なら、元気ドリンコを飲み干して眠気を吹き飛ばしたヤマトが、ドスバギィの後ろから凄まじい速度で迫ってきているのが、見えたから。

 

 

「疾っ」

 

 

 太刀筋が氷に反射して見えるのではなかろうか、という程に美しい斬り上げ。悠々とドスバギィの鱗を貫通し、肉を斬り裂いたヤマトの一撃は、怒りでロックスしか見えていないドスバギィからすると完全に思考外からの一撃、謂わばクリティカルヒット。一瞬前にバランスを崩されていたこともあり、ドスバギィは勢い良く倒れ、陸に打ち上げられた魚のようにもがくしか出来なかった。

 

 ヤマトが睡眠液を微量ながら浴びてしまった時点で、ロックスの脳内にはこのビジョンが完全に見えていた。一旦意識を削ぐ為に散弾で攻撃、意識が削がれた瞬間に瞬間火力と衝撃の大きい徹甲榴弾。確実に狩れる、と確信していた所での横槍だ。ドスバギィは間違いなく怒りが頂点に達し、そのまま「狩れる」筈だったヤマトではなくロックスの方しか見えなくなる。そうなれば、元気ドリンコを飲んで眠気が飛んだヤマトが意識外から一撃を決めるまで適当に遊んでやればいい。その目論見は見事に当たり、一瞬ドスバギィに行きかけた流れを「ヤマトの一撃」でヤマト側にもう一度引き戻すことが出来た。

 

 ドスバギィはもがきながらも立ち上がり、痛みに耐えながらも一旦この場から逃げようと足を引きずりながらハンター二人とは別の方向へ走り始める。

 

「ヤマト、追うか?」

 

「……いや、一旦こっちも整える。向こうにも落ち着く時間を与えてしまうけど、それよりもこっちが万全になる方が大事だ……と思う」

 

「……正解。オッケー、場を整えようか」

 

 ヤマトは一旦太刀を納刀し、アイテムポーチから回復薬を取り出して一気に飲み干す。傷口が塞がる……というような魔法地味たものでは無いが、痛み止めと止血、リラックス効果がある薬だ。先程尻尾で吹き飛ばされた痛みはしばらくすればこれで止まるだろう。次に砥石を取り出し、丁寧に太刀を研ぎ始める。

 ロックスは内心、少しだけヤマトに感心していた。大概、ロックスと初めて組んだハンターは自分の戦いやすさに舞い上がり、多少の無理に気付かずモンスターを深追いし、結局痛みを伴うことが非常に多い。そこで一旦足を止め、落ち着いて次の戦いを万全で挑もうとするのは、文字通り何度か死線を潜り抜けてきた証拠だ。

 

 実際、このまますぐにドスバギィを追って戦ったとしても、無事にドスバギィを狩猟するのはそう難しい話では無いだろう。だが、それでも先程ヤマトが尻尾で吹き飛ばされた時のような「イレギュラー」は必ず起こる。そのイレギュラーのリスクを限りなく減らす為の行動というものは、上位ハンターになる為には必須条件だ。

 

「…………初めてチームハントをしたのが、アマネとだったんだけどさ。ロアルドロス相手に、俺が深追いしようとした所をアマネが止めたんだ」

 

 太刀を研ぎながら、ヤマトがふと話し始めた。

 

「今は、よく四人でチームを組んで狩猟に行くけど。リーダーが要所要所でしっかり場を整える時間を作って、作戦会議をするから……悪いな、ロックスさん。今一気に行った方が多分楽だったんだろうけど、時間をかけさせてくれ」

 

「…………ククッ、ああ勿論。まだまだ狩猟制限時間はあるぜ、確実に行けるようにしようか。なんなら作戦を考えてくれてもいいぜ?」

 

「悪い、俺は作戦を考えるのは……苦手だ」

 

「だろうな」

 

 ──つくづく恐ろしい若手だなぁ。ハンターにとって必要な天性の才能……「人に恵まれる才能」まで持ち合わせてやがる。


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