「っだらっしゃぁぁあ!!見たか火事場の馬鹿力ァ!!」
「馬鹿力というよりただの馬鹿だろう……」
決して小さなモンスターとは言えない大きさのジンオウガの突撃を真正面から受け止め、力比べに打ち勝った。ディンは笑いながらガンランスを仕舞いつつ後ろへ下がったが、全身を襲う痛みは相当のものだろう。
精神と誇りが、彼の身体を金剛の如き堅牢さに仕立て上げた。集中と戦いのテンションから最高級の斬れ味を生み出すヤマトとはベクトルが違うものの、間違いなく彼の必殺技と言えるだろう。
問題は、見ていた周りの三人の肝が冷えたことである。
「リーシャ、スイッチだ!」
「言われなくてもですっ!」
「君は一回下がって休みつつ頭も冷やしてくれ!」
心無しかリーシャの語気が荒く、シルバの声にも棘が見える。助けて貰ったことは感謝するしかないのだが、あれ程危険な綱を渡って欲しかった訳ではなかった。
しかし、今のディンの働きが狩人側に流れを引き寄せたことも事実である。だからこそ、この流れで確実に倒し切る。ディンのダメージは、決して小さくは無いのだから。
「ヤマトさん、私が動き回ります!」
「任せたっ!」
そして前線は最も動ける二人が担当。ここで決め切るつもりで、ヤマトは集中力をさらに研ぎ澄ませた。
リーシャが動くのであれば、ヤマトの仕事は確実な一手を決めること。気配を殺し、敵を殺すその瞬間を見定める。
完全に気配と殺気を支配したヤマトは一瞬でジンオウガの警戒を薄め、ジンオウガはリーシャに釘付けとなる。そのリーシャは脅威の慣れの速さでジンオウガの超帯電状態のスピードに対応出来ている。現時点で最もジンオウガに対して「戦える」二人だ。
踏み潰そうと放ってくる前脚は無理せずに横に跳んで躱す。タックルは後ろに退く。身体を捻って辺りを薙ぎ払おうとする動きは直前の動きを見て直ぐに離れる。先程ヤマトが尻尾の先を切り落とした為、尻尾を絡めた攻撃は幾分か躱しやすくなっている。
「もう、これ以上長引かせません……!」
リーシャの瞳に炎が宿る。先刻はその想いが先走り、致命的なピンチを招くこととなったが、今は心と身体がしっかりと共鳴している。ヤマト、ディンの二人が見せた狩人の技の真髄。そんなものを見せられて、一年先輩の天才少女が、またミスをするわけにはいかないのだ。
ジンオウガの突撃は落ち着いて横っ飛びに躱す。そしてその横腹に一撃を加えようと……
「……っ!」
加えようとしたが、ジンオウガが腰を捻ろうとしていることに気がつき、直ぐに後ろへ跳ぶ。数瞬後、ジンオウガは勢い良く飛び上がり、尻尾で辺りを薙ぎ払った。着地と共に辺りに活性化した雷光虫を撒き散らし、狩人側の進撃を阻む。
その雷光虫達をいとも容易く躱したリーシャは、今度こそジンオウガの横腹を狙いに飛び掛かる。ジンオウガはそれに気がつき迎え撃とうとリーシャを正面に見据えるが、
「忘れるんじゃねえぞ?」
不意に現れる殺気の渦。ジンオウガから少し距離を置いていたヤマトから放たれた剥き出しの殺意に意識を逸らされた。
「ほっぷ!」
その隙に繰り出される大槌の一撃。それは確実にジンオウガの首元を捉える。
そのまま懐に潜り込み、二撃目を振りかぶるリーシャ。しかしジンオウガは一撃目を受けた時点で殺気を放っていたものの距離があるヤマトを意識から切り離し、リーシャに確実に狙いを定めた。そして頭を振りかぶり、角で彼女の頭を砕こうと……
「させないっ!」
ジンオウガの目が、凄まじい程の熱量で満たされた。
目を的確に狙った投擲。放たれたのはブーメラン、投げたのはシルバである。
ジンオウガの片目は潰され、少なからず痛みに怯んでしまう。その隙が、リーシャに対応する手を一手、遅らせる。
「すてっぷっ!!」
二撃目は頭に。先程の一撃目、そして二撃目、おまけに目を潰したブーメランの投擲。決して小さくはないダメージ量だ。たとえ相手がかの轟竜だったとしても、これらを一気に喰らってしまっては怯み、その場に立ち尽くすしか出来ないであろう。
──しかし、無双の狩人は恐れることに疲れ、痛みを感じていない。
「ヴォァァァアアッ!!!」
そして、攻撃が終わったばかりのリーシャ目掛けて、形振り構わずに身体をぶつけて推し潰そうとした。
「っ!?リーシャ逃げろっ!!」
「やべえ、間に合わねえっ!!」
遠くに聴こえる二人の後輩の声。彼等二人の必殺技とも言える絶技……謂わば狩技。
狩人の真髄とも言える絶技を後輩達に見せられて、先輩である私が手本を見せられなくてどうする?
彼女の瞳に宿っている意志は消えない。力強く、目の前のジンオウガを正面から見据えていた。
その視界は片目を潰されたジンオウガとは逆に、自分でも驚く程に良好だった。そう、まるで世界の全てが、狩人が戦う為に必要な、生きる為に必要な情報が全て見えているかのような。全てがスローに見えているような。
──ああ、そういえば「もうダメだ」って思った時も、こんな感じにスローだったな。
あの時は諦めていた。
今は違う。
どのように身体を動かせばいいのか、手に取るように解る。ジンオウガの全身が私に迫ってくる。簡単だ、身体を捻って、勢い良く地面を蹴ればいいんだ。そう、「今日はその動きを何度も見ている」。それを、躱す為に使えばいい。そのまま、大槌を振るえばいい。
「……じゃぁぁぁぁんぷっ!!!」
──狩人の生存本能。生きる為に躱し、狩る為の牙を研ぐ……
絶対回避【臨戦】
生き延びることこそ、狩人の真髄である──
ヤマト達は、何が起きたのか理解できなかった。
リーシャが凄まじい叫び声と共に、まるでジンオウガをすり抜けるかのように飛び抜けたのだ。驚くことに、彼女は無傷であの巨体のプレスを躱してしまった。
彼女の真髄とも言える必殺技。それを引き出したのはヤマトのような集中力の限界値であり、ディンのような誇りでもある。彼女の先輩としての意地と矜恃、そして狩りの中で洗練される動きと対応力が生み出した絶対的な回避、そして次の一撃に繋げる為の牙。
推し潰そうとした人間が瞬く間に消えてしまったジンオウガは、その手応えの無さに一瞬戸惑い、推し潰そうとしていた人間を探す。
しかし、探し始めた頃にはもう遅いのだ。
「おまけっ!!」
突如、背中に後ろ脚に鈍い衝撃が走る。絶対回避で飛び抜けたリーシャが、そのままの勢いにハンマーを振り抜いたのだ。そしてそのまま安全レンジへと退避。その代わりに……
「ヤマトさんっ!」
「よくわかんねえが……任された!」
その代わりに、ヤマトが凄まじい勢いで踏み込み、もう片方の後ろ脚をスラリと斬り裂く。そして放たれる殺気。ジンオウガは意識を切り替え、ヤマトを正面に捉えようとした。
だが、ジンオウガが痛みのした方へ顔を向けても、そこに人間の姿は無かった。殺気もそちら側からしていたはずなのに、「見えない」のだ。
「シルバ、いい仕事してくれたぜ……!」
ジンオウガの首元が斬り裂かれる。その一撃はジンオウガの「死角」から現れた。
ヤマトは脚に一撃を見舞った後、ジンオウガがこちらを向くことを予想してシルバが潰した方の目でしか見えない位置に滑り込んだのだ。ジンオウガは数十秒前まで見えていた景色に囚われ、「見えていない」部分を「見誤った」。
すぐに切り替えたジンオウガはヤマトを押し返そうと、前脚を突き出す。ヤマトは落ち着いてその前脚をいなし、後ろへステップを踏んだ。
「なら僕も……おまけっ!!」
そしてヤマトの背後から風を切り裂いてブーメランが飛んでいく。ブーメランはジンオウガの鼻先を掠め……そのまま弧を描かずに何処へと飛んで行った。
「ブーメランがっ!」
シルバは思わず悲痛に叫ぶ。当然予備のブーメランもあるにはあるのだが、返ってこないブーメランは少し悲壮感が漂うのである。
そしてジンオウガはブーメランを投げていた投擲手に狙いを定める。シルバがヘイトを引きすぎてしまった。シルバは武器も持たず、ディンのようにジンオウガを押し止めることも出来ない。そして今は、一人だ。
しかし、ジンオウガはすぐに違和感を感じた。……おかしい。何かがおかしい。
先程押し潰し損ねた、大槌の人間。今、暴れている太刀の人間。そして、苛つく投擲手。
──あと一人。槍使いは、何処だ──
「ここだぁっ!!」
突如意識の外から受ける、何かが爆裂したかのような痛み。そこでは、ジンオウガが違和感を感じた正体であるディンがフルバーストを放っていた。
シルバはヘイトを引きすぎたのでは無い。「敢えて、ヘイトを引いた」のだ。直前にディンは大きな一撃を決めるために動き出し、その動きを悟られない為にブーメランを投げる。……何処かへ飛んで行ったのは計算外だったが、これで大ダメージを与えるに至った。
「リーシャっ!」
「おまけのおまけですっ!!」
そこに間髪を入れずハンマーを振り抜くリーシャ。その一撃はあの時、リオレイアを死へ至らせた止めの一撃を想起させる威力であった。
それでも、ジンオウガは止まらない。倒れない。
「ヴォァァァアアッ!!」
天に向かって、月に向かって吼えるジンオウガ。そして辺りに撒き散らされる雷光虫、其れはまるで落雷。先刻リーシャとシルバを苦しめた、ジンオウガの奥の手だ。
「まだそんな力が残ってんのかよ……!」
「やばいぞ、ヤマト!退けねえ!」
ヤマトとディン、そしてリーシャの三人が飛び交う落雷に囚われてしまい、離れることすら出来なくなってしまった。小さな落雷達に当たる程動きが鈍くは無いが、三人は既に知っている。……この小さな落雷の直後に、凄まじい放電が待ち受けていることに。
「三人共、なんとかして離れてくれっ!」
シルバがそう叫びながら予備のブーメランを投げる。それは首元を切り裂くものの、ジンオウガの意識を逸らすには至らない。
「ヤマト、俺に掴まれ!」
「何する気だ!?」
「砲撃ダッシュで無理やり切り抜ける!」
そう言いながらディンがガンランスの砲弾をリロードする。ヤマトもジンオウガの放電の範囲から逃れることは出来ずとも、なんとかディンの傍までは行けそうだ。逡巡の暇も無く走り出す。
そんな中、リーシャはただ一人、ハンマーを納めてその場に棒立ちになり、そしてただ真っ直ぐ、ジンオウガを見据えていた。
「知ってますよ、私。……いや、解ってます」
恐らく、今回の狩りで一番前線に立っていた。
その狩りの中で、この無双の狩人というモンスターの動きに対応し続け、一度は殺されかけ、そして自らの新たな境地を開き。
この狩りの中で、彼女は相対する強敵の、ジンオウガの限界値を完全に理解し切った。
だからこそ解る。
ジンオウガが、一際高く吼えようと、そして最大の咆哮と共に最大の放電を……
「……もう、限界なんですよね」
天高く、頭を月に伸ばしたその姿のまま、雷狼竜の時が止まった。耳を割くような咆哮も、身を焼き、全身を食い荒らすような痛みを伴う放電も、そして溢れ出る生の存在感すらも、狩人達には襲い掛かることは無かった。
電気信号が、限界を越えていたジンオウガの身体を、無理に動かしていた。溢れ出る雷光虫の力が、ジンオウガに自らの限界値を見誤らせた。
ゆっくりと、ゆっくりと。天を睨んでいた双眸が閉じられ、空を割こうとしていた頭も地に堕ちる。霧散する碧の輝き。力を失った雷光虫達が、一斉に弾けて逃げていったのだ。輝きを失った雷狼竜の姿は、まさにたった今、命が尽きたことを示すようで。
──例えば、リーシャが絶対回避でプレスを躱し、そして返しの一撃を見舞った時。雷狼竜の限界は、訪れていたのかもしれない。
それを越えて尚、雷狼竜が戦い続けたのは、単純な電気信号による限界値の突破。無論其れだけである。
しかし、無双の狩人と呼ばれる雷狼竜である。或いは、目の前の四人の狩人が真髄とも言える狩技に辿り着き、新たな世界を踏み出した。ジンオウガ自身も、自らの新たな境地に挑戦したかったのかもしれない──
「……あ?」
「なんだ?」
「終わった……の?」
狩人達は、雷狼竜の最大の必殺技に身構えていたというのに、その一撃が訪れず、代わりに戦いの終わりが訪れたことに拍子抜けしてしまった。無論、あのまま最大の必殺技を受けてしまえば無傷とはいかなかっただろう、来ないに越したことは無いのだが。
唯一人、天才少女はその終わりを受け入れ、そして微笑んでいた。
「……はい、終わりです」
最期は呆気なく。
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