「……さて、どうやってジンオウガを見つけようか」
予定通り一時間の休息を取り、体力気力共に回復させた後の事である。
四人はまずロストしたジンオウガを捜索するところから始まった。緊急脱出のようにモドリ玉を投げてしまった為、ジンオウガにペイントボールを付けられていないのだ。
「簡単だぜ、シルバ。雷光虫が集まっている方に向かえばいい」
「理には適っているけど、どこもかしこも雷光虫だらけなんだよね、今日……」
ディンの言う通り、シルバも雷光虫が向かっている方向等で居場所を突き止めたかったが、今日に限って雷光虫が異様な程に多い。いや、ジンオウガが活性化しているからこそ、雷光虫の数も同時に増えているのだろう。夜も更けた暗がりの道を照らしてくれるのは有難いが、道標にはなってくれそうにない。
「リーシャちゃんは、こう、血の匂いとかで解ったりしない……よね?」
「流石に解らないですね」
「だよね、犬じゃあるまいし……」
リーシャの野性的な勘にも縋りたい気分である。何せシルバは武器が実質無いに等しい。いつ不意打ちのようにジンオウガが現れるか解らない状況から早く抜け出してしまいたいのだ。先に見つけてしまえば、この恐怖から逃れられる。
武器の無い人等、モンスターにとっては羽虫に等しいのだから。
「……っ!来るぞ!」
「えっ?」
ヤマトが振り返った。その方向には木々が生い茂っているのみであり、ジンオウガのような巨大な影は見えない。だが、ヤマトの表情は真剣そのものであり、得物である太刀に手を掛けている程だった。
リーシャの野性的な勘では無い。ディンやシルバのような、自然の動きから察知している訳でも無い。
ただ、己の鍛錬と修練により身につけた技術のようなもの……「殺気を読んだ」ただそれだけである。
確実に巨大な気がこちらに向かって動いている。向こうも野性的な勘だろうか、恐らくこちらに気がついている。
神経を張り巡らせるヤマト。これ程の殺気だ、血が頭に昇っているかもしれない。つまり……。
「超帯電状態で来るぞ!シルバ、ディン!下がれ!」
ヤマトがそう叫んだ瞬間、木々が揺れた。同時にあの翠色の、碧色の雷光が視界に映る。
「リーシャ!横に跳べっ!」
「はいっ!」
シルバとディンは早々に背後へ退避、ヤマトとリーシャは二人で横っ飛び。ジンオウガは木々から勢い良く飛び出し、そのままプレスで押し潰そうとした。しかし、狙った場所に人間の姿は無い。躱された、と気付いた瞬間に立ち上がり、大きく咆哮した。
「ウォォォアアアアッ!!」
「ほんとに、来た!」
ヤマトの殺気による索敵は見事に決まった、と言っていいだろう。常に感覚を研ぎ澄ませて戦い続けてきたヤマトだからこそ、自らの身体を鍛え続けてきたヤマトだからこそ成し得たと言える。
「ヤマトさんキレッキレー!」
「そっち側カバーする!合わせろよっ!」
「はいっ!」
二人が対になるようにジンオウガのプレスを躱した為、ジンオウガはどちらかしか狙いを付けられない。ジンオウガは逡巡もせずにリーシャに狙いを付け、前脚で踏み潰そうと踏み込んだ。リーシャは直ぐにバックステップでそれを躱し、ハンマーを構える。
踏み潰しを躱されたジンオウガはならばもう一度、と今度は逆脚の左で潰そうと再度前脚を上げた。
「せぇー……のっ!」
「ぐーてんたーくっ!!」
そしてその脚を勢い良く下ろす直前にリーシャがその前脚を外側に向かって殴りつける。同時にヤマトが後脚を斬り裂いた。
ジンオウガは急な後ろの痛みと前脚を殴りつけられた反動、そして踏み潰すために「脚を上げていた」ことが仇となり……その場にズシンと倒れてしまった。
「ワンダウン!ディン!」
「待ってたぜッ!」
その隙を待っていた、と言わんばかりにガンランスを振りかぶりながら突撃してくるディン。爆風に巻き込まれないようにすぐにヤマトとリーシャは退避し、それと同時にディンがガンランスを思い切りジンオウガに叩きつけ、そのまま勢い良く引鉄を引いた。フルバーストだ。
「俺の仕事終わりっ!引くぜ!」
「ああ!」
一撃入れたら即守備に回る。そしてジンオウガが起きる直前にヤマトがもう一撃尻尾を斬る。これでジンオウガの意識はヤマトの方へ移ったはずだ。
「ヴェアアアアッ!」
ジンオウガは倒れた姿勢から立ち上がるのではなく、勢い良く身体を捻って辺りを薙ぎ払うかのように回転し、その勢いを使って跳躍。そしてそのまま着地した。近くにいたヤマト、リーシャは咄嗟に後ろに飛び退いたものの、風圧とジンオウガそのものの圧に吹き飛ばされる。
「うぉっ……!?」
「けほっ」
そして体勢を崩したヤマトに照準を合わせ、猛突進の姿勢を取った。
「ヤマト君!」
そしてそのまま勢い良く突撃……をしようかという所でジンオウガの目の前を何かが横切った。鼻先を斬り裂いて、「それ」は再度目の前を通り過ぎる。
ブーメランだ。
「やっぱ弓みたいに狙った所には当たらないか……!」
投げたのはシルバ。普段リーシャが相手の意識を逸らしたり、弱った相手の尻尾を刈り取る為に使っている道具だ。目を狙うつもりだったが、当たったのは鼻先。それでも初めての投擲でしっかり「相手の注意を逸らす」という役割を果たせたのは流石ガンナー、と言うべきだろうか。
「なんで一発でそんな綺麗に投げられるんですかっ!?私最初はもうちょっと下手くそでしたよ!」
「いちゃもんつける暇があるなら体勢立て直せバカ!」
「叫ぶ暇があるならお前も防御姿勢取れバカ!来るぞ!」
「解ってる!……っるぅァアッ!」
よく分からない愚痴を零すリーシャに怒鳴り散らすディン。しかし叫びながらもしっかりシルバの正面に立って盾を構え、ジンオウガの突進を正面から受け止めてみせた。
「痛ってぇぇ……けど!シルバッ!止めたぞ!」
「流石ディン君!作戦成功……だっ!」
そしてディンの後ろから素早く顔を出したシルバは右腕を大きく振りかぶり、今度はブーメランではなくボール状のものをジンオウガの鼻先に投げつけた。先程よりも至近距離であることも相まって、今度はしっかりと狙った鼻先に命中。ボールは弾け、中のペイント液がべっとりとジンオウガの鼻を覆った。ペイント液からは独特の刺激臭が漂い、ハンターはこの臭いを頼りに見失ったモンスターを索敵する。ペイントボールだ。
「よしっ、普段は矢でペイントしてるから少し焦ったよ……!」
そしてすぐさまシルバは後ろへ退避。ディンもバックステップでジンオウガから距離を取る。それを追いかけようとするジンオウガだが、追撃を阻むかのようにヤマトの太刀が間に割り込む。前脚であしらおうと体を動かすも、その動きをいなしたヤマトは逆に懐に潜り込む。そのヤマトに一瞬気を取られたら、リーシャの打撃がジンオウガを襲う。
「第二段階行くよっ!」
「お願いしますっ!」
「リーシャ、右行くぞ!」
シルバの掛け声と共に、ヤマトとリーシャの二人が同じ方向へ走り出す。ジンオウガもそれを追うように走り、シルバとディンはそれとは逆方向に走り出した。
ヤマトとリーシャが、シルバの囮になったのである。
「ただの囮で終わらせねえ……!」
「勿論ですっ!ぐっどいぶにんぐー!!!」
囮役となった二人のボルテージも上がっている。ヤマトは狩りの中でいなしや鋭い太刀筋を繰り出す度に集中力を上げ、エンジンをかけていくタイプだ。そしてリーシャは押せ押せの精神で果敢に走り回り、ノリと勢いでパワーアップするタイプである。「勢いに乗せると怖い」典型的な二人。第一ラウンドの時のようにリーシャが一人だけで突っ走るような事も無い為、息切れもまだ当分は気にしなくて良い。
「ヤマト、リーシャ!逆サイド頼む!」
「解った!」
「りょーかいですっ!」
先にリーシャが走り出し、ジンオウガが叩きつけた尻尾はヤマトがいなして軌道を変える。そしてヤマトが走り出した時、ジンオウガの視界からリーシャの姿が「消えた」。そして次第にヤマトの姿も朧気になっていく。ジンオウガ、そしてヤマトの目の前の視界は月に照らされた紺碧の空では無い。「灰色」、もしくは「白」だ。
本来は飛竜の卵等の運搬や、モンスターに気付かれる前になるべく見つかりにくくする為、狩場を煙で隠し、視界を奪う道具、「けむり玉」だ。本来モンスターに認識された状態でこのけむり玉を使ったところで、視覚以外の感覚、つまり嗅覚、聴覚、触覚。そして野性が生み出した気配を察知する能力で居所にアタリを付けられてしまうのだが、先程その一つである「嗅覚」は鼻先にペイント液が付着していることで無力化している。独特の刺激臭はかなりキツく、匂いで四人を見つけ出すことは不可能だろう。
いつの間にかジンオウガの周り一帯は煙で囲まれていた。ヤマトとリーシャが気を引いているうちに、シルバが複数個ばら撒き煙のカーテンを作り出したのだ。視覚と嗅覚を封じられたジンオウガ。残るは触覚、聴覚、そして気配や殺気で相手を察知するしか無い。対するヤマト達は、雷光虫の輝きでジンオウガの場所を視認することが出来る。無論、超帯電状態が切れてしまえば見えなくなるのだが。
野性の勘、動物的センスを身につけつつあるリーシャ、そしてハルコという人外レベルの強者に闘気を磨かれ続けたヤマトは殺気や気配を完全に支配し、殺している。シルバはそもそもジンオウガと対等に戦う為の武器を持っていない、気配は殺し切れずとも殺気は最初から無い。
となると、狙われるのは。
「俺だよなっ!解ってたら止められるぜっ!」
大盾を持ったディンだ。ジンオウガの突撃を再度食い止めた。
その瞬間に背後から凄まじい殺気と物音。ジンオウガの意識が背後に逸れる。
次の瞬間には横腹をハンマーで殴られていた。一瞬の殺気はヤマトの囮。ジンオウガの反応が遅ければそのまま斬り、早ければ本命のリーシャのハンマーが綺麗に決まる。そして次の瞬間には物音も殺気も消えている。
「……あの二人、本当に人間かな」
シルバがポツリと呟いた。特にヤマトの殺気はシルバすら一瞬震えてしまう程だ。
ヤマトとリーシャの殺気と攻撃に気を取られたジンオウガ。視覚と嗅覚が遮断されている今だからこそ、殺気を出しては消すヤマトとリーシャの姿を追っていた。
━━だからこそ、目の前のディンはジンオウガの思考から外れてしまう。目の前にいるはずなのに、煙のカーテンで「見えていない」から。
「灯台下暗しっ!うぉらぁぁ!!」
放たれた竜撃砲。その一撃は脅威的な威力で、脅威だった超帯電状態を無理矢理解除させた。これにより視覚的なアドバンテージは失われたが、代わりに運動能力的なディスアドバンテージも解消することに成功する。
「よっしゃぁ!」
「第三段階、準備出来てるよ!」
「オッケーです!隠れます!」
煙のカーテンはあと一分程残りそうだ。ジンオウガは変わらず気配の察知と聴覚を頼りに索敵し、ディンを中心に突撃、攻撃を行うのだが。
「さっきに比べたら楽勝だぜ!?」
超帯電状態の突撃も受け止めてみせたディンだ。帯電していないジンオウガの突撃を止められない筈が無い。視界アドバンテージは無いものの、ジンオウガは人間に比べて巨大な体躯を持っている。その巨体で走ろうものなら、足音は大きい。超帯電状態の運動能力では無理でも、通常状態なら耳をすませば、攻撃のタイミングは測れてしまうのだ。
そして相変わらずヤマトが走り回りながら殺気を見え隠れさせているのも大きい。明らかにジンオウガの集中力を削いでおり、スタミナも必要以上に削っているはずだ。現に、ジンオウガの口からは涎が垂れ始めている。
そして、煙のカーテンが開けた。視覚を取り戻したジンオウガの目線は、スタミナ回復の為に後ろで休息を取っていたリーシャと、武器を持たない為に後方待機していたシルバに向けられる。そして真っ直ぐに突撃し……
「グォォアッ!?」
突撃しようとした所で、足元の感覚が消えた。謎の浮遊感。そして同時に訪れる落下感。最後に感じるのは衝撃と何かに絡め取られた束縛感。
けむり玉で視界を奪った後、シルバは辺りに落とし穴の罠を仕掛けていたのだ。そして、煙が晴れると同時に引っかかるよう、ジンオウガの居場所と、自分達の居場所のちょうど真ん中に罠があるように位置を調整した。
「ヤマト君、ディン君!今だっ!」
「流石……!」
「任せとけ!」
流れは、確実に狩人側にあった。