モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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シルバ短編、後編です。

よろしくどうぞ。


後編

「シルバさん、手、怪我してますよ」

 

 シルバとフローナの共同生活が始まって二週間。

 

 フローナは本当にシルバのハンターの仕事を手伝っていた。

 本日は渓流にてドスジャギィの狩猟。ちょうどそのドスジャギィを倒し、ベースキャンプに戻る最中である。

 

「え?……ホントだ」

 

「ふふ、しょうがないですね、キャンプに戻ったら手当しますね」

 

 記憶は相変わらず戻らないままだが、彼女の狩猟センスは目を見張るものだった。

 背中に携えたユクモノ大剣を振り回せる筋力と、的確に攻撃を躱す危険察知能力の高さ。記憶が無くても、体が動きを覚えているのかもしれない。

 

 紛れも無い「才能」、そして経験と技術。今のシルバに無いものを全て、彼女は持っていた。

 しかし、何故かシルバは彼女に対しては引け目を感じず、妬むことも無かった。いや、何故かでは無いだろう。彼は既にその理由に気づいている。

 

 フローナの事が好きなのだろう。

 

 自分の事を正面から認めてくれた、儚くも強い彼女の姿に、シルバは憧れと共に恋愛感情を抱いていたのだ。

 

 そして、フローナもシルバに恋をしていた。

 

 自分の事を助けてくれた、そしてその優しい表情や己の実力を伸ばすために苦悩する彼の姿に、少なからず魅力を感じていたのだ。

 

「さぁ行きましょ、シルバさん!」

 

「そうだね、帰ろう」

 

 いつの間にかシルバは彼女に対して畏まった話し方を止めた。その方が、彼女にとっても楽に感じられるだろうから。

 その方が、特別な気がするから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜鳥……ホロロホルル」

 

「はい。それが以前アナタが遭遇したモンスターの名前だそうです」

 

 フローナと共にドスジャギィを狩猟した後、村長に呼び出されたシルバ。その理由は以前シルバが遭遇した未知のモンスターの正体が解ったからだ。

 

「現在孤島周辺に棲息しているホロロホルルは少々気が立っているようでして……いずれモガの村のハンターが討伐に向かうでしょう」

 

 フローナは先にシルバの家に戻っている。村長に「一人で来て欲しい」と言われたからだ。

 

「で、本当のお話はここからなのです」

 

 白粉を塗った竜人族の彼女の双眸が険しくなった。

 

「この子、鱗粉を飛ばして相手の前後感覚を狂わせるという、少し変わった攻撃方法をお持ちのようで。何せ情報が少ない子だから、その鱗粉がどのように影響を与えて感覚を狂わせているのかわかりませんの」

 

「……どういうことですか?」

 

「その鱗粉が……もし脳に働きかけて感覚を狂わせているのであれば……その時に強い衝撃を受けると、記憶が飛ぶ可能性も否定できませんの」

 

「……!!」

 

 つまり、村長の話によると、フローナの記憶が失われた原因は、そのホロロホルルである可能性が高い。

 シルバの表情が一気に真剣味を増した。

 

「しかし、私はこのモンスターの狩猟を貴方には任せられません。……情報が少ない、危険過ぎるのです」

 

「…………」

 

 それは予想出来ていた答え。

 

 そう、シルバには才能も、経験も、技術も、運も。何も持ち合わせていない。「天才」では無く、「凡才」なのだ。

 

 そんな彼が無理を言ってホロロホルルに挑むとどうなるか。

 それこそ鱗粉の餌食にされ、感覚を狂わされたまま殺されるか、はたまた……フローナのように記憶を失うかもしれない。

 

 そういえば、僕はどうしてハンターを目指したんだっけ。

 

 思い出せない。

 

「……はい、解っています」

 

 悔しかった。

 

 例えそのホロロホルルを倒したとしても、フローナの記憶が戻る訳じゃない。

 それでも、シルバは自分の手であのモンスターを狩猟したかった。

 

 そうしないと、いけない気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴホッ!……ケホッケホッ」

 

「風邪だね」

 

「ですね……」

 

 ホロロホルルの話を聞いた、その次の日。

 

 フローナが朝から咳き込んでおり、ぼーっとしていた。不審に思ったシルバがおでこに手を当てると、熱い。風邪をひいて熱を出したらしく、フローナはベッドで横になることとなった。

 

 タオルに水を染み込ませ、よく絞る。それをフローナのおでこに優しく乗せ、ベッドの横に椅子を置き、そこに腰掛けるシルバ。その表情はフローナの言う、「くしゃっとした笑顔」だった。

 

「まぁ、こうして休むのもたまにはいいでしょ?」

 

「そう……ですね。シルバさんがいつもよりもっと優しいですし」

 

 熱のせいで赤くなった顔をさらに赤くしながらフローナがシルバをからかう。シルバは風邪が伝染したかのように頬を赤くした。

 

「シルバさん……私、何か思い出した気がするんです」

 

「え?」

 

 少し笑顔を浮かべながら、そう呟いたフローナ。

 まるで何か遠くの景色を観ているような……そんな表情をしながらフローナは思い出したという記憶をポツポツと語り始めた。

 

「雪……とても寒い場所です。でも、とてもあったかい……そんないい村なんです。私の住んでる村……ポッケ村は」

 

「ポッケ村……」

 

「はい。私、焚火に当たるのが大好きで……とてもあったかい……それだけしか思い出せないですけど」

 

 掘り起こされ始めた記憶に憧憬を感じているのだろうか。フローナの表情は、とても優しく、穏やかな感情で埋め尽くされていた。

 その表情は、まるで明日にもなれば消えてしまいそうな表情で。とても、とても愛おしい表情だった。

 

「シルバさんも、今度いらしてくださいね。このユクモ村のように……素敵な村です」

 

「うん、そうだね……必ず行くよ」

 

「……ふふっ。素敵な人が素敵な場所に来てくれたら……どれだけ素敵なのでしょう」

 

「お世辞ばっかり。……フローナ、もう寝た方がいいよ。風邪は早く治さないと」

 

「そうですね。お言葉に甘えてもう寝ます。お休みなさい、また明日」

 

「うん、また明日」

 

 ふと、窓から空を見るシルバ。

 

 外は、雲一つ無い夕焼けに染められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 

 窓を見る。まだ真っ暗だ。

 

 ふと、頬が濡れていることに気が付いた。

 

「……思い出してたんだ」

 

 その事に気が付いた途端、涙が溢れていくのが止められなかった。

 深夜も深夜である、その涙でくしゃくしゃになった顔を見る相手など居ない。

 

 一人、ただただ泣いた。

 

「また明日」は、叶わなかったのである。

 

 シルバは、さっきまで見ていた夢の続きを……短くて長い、二人の最後を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、目が覚めたシルバは隣のベッドにフローナが居ないことに気が付き、すぐに外へ出た。

 そこには雲一つ無い朝焼けの空を眺める、金髪の美しい女性が立っていた。

 

 

 記憶喪失とは、総じて記憶が戻る際に二つの可能性が存在する。

 

 全ての記憶を取り戻す可能性と、全ての記憶を取り戻す代わりに……「記憶を失っていた」期間の記憶を失う可能性。

 

 

 

 

 

「……すみません、どなたか存じ上げませんが、私は何故ここにいるんですか?少し記憶が混乱していて……」

 

 

 

 

 

 

 

 記憶が掘り起こされれば掘り起こされる程、掘った分の土を何処かへ埋めなくてはならない。

 その土を何処へ埋めるのか。近くの記憶がある場所へ埋めるのだ。それを、望んでいなくても。

 

 フローナは後者であった。

 

 それが解った途端、シルバはその場で何故か……笑っていた。

 

 それは、奇しくも彼女が大好きだった「くしゃっとした笑顔」だった。

 

 そしてそれを見たフローナの両目から……雫がぽつりと落ちた。

 何故かは解らない。ただ、シルバは笑顔を消すことは出来なかったし、フローナは涙を止めることは出来なかった。

 

「あれ……?何か、大切なものを忘れている気がする……その笑顔、あれ?あれ?どうして涙が止まらないの……?」

 

 その場に崩れ落ち、両手で顔を隠しながら泣き続けるフローナ。シルバの頬を、涙が伝った。

 もう、フローナの記憶にシルバという人間の存在は無い。この二週間の記憶はもう、潰えているのだから。

 

「……いえ、僕は……その辺にいる平均的なハンターその1です。泣かないでください」

 

「嘘。ならどうして貴方は泣いているのですか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんて答えたんだっけな」

 

 ベッドの上で涙を拭きながら、一人思い返すシルバ。

 

 思い出せない。

 

 もしあの時、もっと経験があったなら。技術があったなら。ホロロホルルに立ち向かい、勝てたかもしれない。

 もし、ホロロホルルを倒せていたなら。フローナは、全ての記憶を失わずに済んだかもしれない。

 

 もし、シルバが「才能」を持った「天才」だったなら。

 

「……はぁ」

 

 今、シルバがホロロホルルの素材を使った防具を着けているのも、彼一人でホロロホルルを倒せたわけじゃない。だが、倒さないと気が済まなかった。

 

 彼が胸の奥で決めていること。それは「彼女を諦められた時、ポッケ村に行くこと」だ。

 

 

「……未だに夢として思い出すなんて、まだまだ諦められないんだろうな」

 

 

 ただ、強さが欲しかった。

 才能や天才という言葉がひたすらに憎かった。

 何故、自分にはその力が無いのかとひたすらに嘆いた。

 

 二週間という短い期間だったが、どうしようもない程にフローナを愛してしまったのだ。

 

 そして、今も……

 

 気付けばまた涙を流していた。

 

 彼女の中にシルバの記憶は無い。

 

 扉越しの会話も。

 温かいシチューも。

 シルバの独白も。

 フローナの赤い頬も。

 二人で行った狩りも。

 

 くしゃっとした笑顔も。

 

 その記憶が無い以上、シルバの恋が叶うことは無い。

 

 叶わぬ恋なのだ。

 

「……本当に、素敵な人だった」

 

 平凡な僕には、釣り合わないよ。

 

 そう呟いてしまえば、本当に釣り合わなくなりそうで。

 今釣り合っているのかは解らない。

 

 だが、それでも諦められないのだ。

 

 夜は長い。

 

 また、シルバは一人涙を拭いた。

 

 

 

 夢の続きはここで終わり。

 

 銀色の追憶。






彼が見ていた夢、として書きたかったので、シーンや風景が飛び飛びなのです。許してくださいなんで(ry

次回からは本編に戻り、第3章を始めていきます。

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