モンスターハンター 〜舞い踊る嵐の歌〜   作:亜梨亜

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手当て

 見た事も無いモンスター。

 

 アマネという女ハンターが満身創痍になりながら集会所に帰ってきた理由はそのモンスターらしかった。

 

「ふむ、新種ってとこかぁ?ここに住み着いたらちとマズイが……アマネ、チミの怪我も相当マズイな。まずは家に帰って手当てするべきだ……ヤマト!酔ってねえな?家まで送ってやってくれぃ」

 

 酒の入った瓢箪を振りながら、急にヤマトを呼ぶギルドマスター。ただ様子を伺っていただけのヤマトは急に指名され、驚きと呆然の表情を見せた。

 

「悪いわね、お願いしていいかしら」

 

 心底辛そうな表情でヤマトを見るアマネ。その表情は苦痛に歪んでいるが、なかなかの美人であることが見受けられた。ギルドマスターの指名となれば断るわけにもいかない為、ヤマトは席を立つ。

 

「構わないけど、おんぶ位しか出来ねえぞ」

 

「充分よ、ありがとう」

 

 アマネの目の前まで歩き、背中を向けて腰を下げる。アマネはゆっくりと体重を預け、ゆったりとヤマトの背中に乗っかった。

 ぐいっとアマネを背中に上手く持ち、腰を上げるヤマト。背中から道は私が案内するわ、と声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 集会所を出て、石造りの階段をゆっくり下りる。背中に怪我人がいるのだ、ヤマトはゆっくりと、静かに降りていった。

 

「俺、ヤマト。ハンターにはまだなったばかりだ。あんたは?」

 

「私はアマネ。ハンター歴はそこそこよ……痛っつ」

 

 少しの衝撃でも痛みを感じるらしく、アマネは時たま苦痛に顔を歪め、声を上げる。その声を聞く度にヤマトはより静かに、ゆっくりと歩こうとする。

 

 西日が石段を照らし、ゆっくりと下りていくヤマトを照らす。アマネは少し眩しいらしく、目を閉じた。

 

「見た事も無いモンスターって、どんな?」

 

「そうね……海竜種に属するのかしら。泡を使うモンスターだった」

 

「泡を?確かに聞いたこともねえな」

 

 アマネの瞼の裏には、その泡を使うモンスターとの戦いがフラッシュバックしていた。

 

 身体から分泌されている滑らかな液体。それを利用した、滑りながらの突進は軌道が読めず、上手く避けることも出来ず吹き飛ばされる。そしてあのモンスターの周りを漂う泡に触れると身体中に液体が付着し、思うように動けなくなる。奇妙で、しかし強力な攻撃を攻略出来ず、元々クリアしていたクエストの達成報告、という形で一度帰ってきたのだ。

 

「あ、そこの道曲がって。……あのモンスター、とんでもない強さだったわ」

 

 風に吹かれて紅葉が落ちる。小さな橋を渡り、分かれ道を右へ曲がる。落ちていく紅葉を眺めながら、ヤマトはその未知のモンスターを想像していた。

 

「あんたも災難だな、そんなモンスターと出会うなんて。……この道、どっちだ?」

 

「真っすぐでいいわ。……いつか誰かが戦っていたわよ、遅かれ、早かれ」

 

 指示された道を真っ直ぐ進むと、やがて小さな家が見えてきた。瓦の屋根に木製の扉。隣には庭らしきものがあり、木刀が何本か転がっている。庭には大きな木が一本生えており、やはり紅葉がひらひらと風に舞っている。

 

「着いたぜ。いい家だな」

 

「ありがとう。……悪いんだけど、手当てまで手伝って貰っていい?」

 

 ヤマトは少し考えた。初対面の異性の家に上がり、傷の手当をする……あまり良いこととは思えない。

 しかし、相手は満身創痍の同業者だ。ここで手を貸してやらないと、後々大変なことになるかもしれない。

 

「ああ。……構わないぜ」

 

 

 

 

 

 

 アマネの家の中は良く言えば機能的、悪く言えば殺風景だった。

 大きな部屋が一つだけ。キッチンとベッドが端に置かれ、真ん中には机が一つ。ベッドの近くに棚が置いてあり、その隣にはハンターにとって必要不可欠なアイテムボックス。そしてその隣には武器と防具を飾る衣装立て。それだけだ。

 

 ヤマトはアマネをベッドの上に下ろし、アマネの指示のもと棚の二段目を開ける。そこには包帯や塗り薬等、所謂医療キットが置いてあった。

 

「あったぜ……っておい!なんて格好してやがる!」

 

 医療キットを持って振り向いたヤマトが見たのは、鎧を脱ぎ、インナーのみとなったアマネの姿だった。引き締まった身体は逞しくもどこか女性的で、そこはかとないエロスを感じさせる。しかし、その体は痣、傷だらけで、痛々しいものだった。

 

「脱がないと手当て出来ないでしょ……痛っ!別にインナーを男に見られるくらい何とも無いし気にしなくていいわ」

 

 そう言いながら傷口を確認し始めるアマネ。女性側にそう言われると、男性側が躊躇するわけにもいかず、ヤマトは医療キットを開け、塗り薬を手に取った。

 

 塗り薬を塗るのは流石にアマネが自分で塗った。塗る度に傷口がひどく痛むらしく、うめき声を上げながら時間をかけて塗っていく。特に脇腹の傷はひどく、少し抉れている位だった。

 

「ダメ、めちゃくちゃ痛い。悪いけどヤマト、机の上にあるコップに水注いでくれる?」

 

 悶えながらヤマトに水を頼むアマネ。ヤマトは見ているのも痛々しかったので、それで楽になるなら、と言いながらコップに水を注ぐ。水はいいものを使っているのか、澄み切っていた。

 

「ありがとう。……久々ね、こんなに怪我したの」

 

「包帯巻いてやるよ。……こんな怪我、前もしたのか」

 

 先ずは右腕から包帯を巻き始めるヤマト。アマネは天井を見つめながら、以前怪我をした時を思い出していた。

 

「こう見えて修羅場潜ってるからね、私は。……もうちょっと強く巻いても大丈夫よ」

 

「……一緒に狩る仲間とか、いないのか」

 

 もし今回も一人じゃなかったら、こんなことになってないかもしれないだろ。暗に、ヤマトはそう言っていた。

 

 そんなヤマトの真意を知ってか知らずか、また天井を見つめながら考え始めるアマネ。

 

「そうねぇ……たまに仲間と行くのよ?でも彼、ここのハンターじゃないから」

 

 次は左腕を巻き始める。今度はアマネから質問が来た。

 

「ヤマト、あなたは普段チームとかでハンターしてるの?」

 

「俺はまだ新米だからな。先ずは邪魔にならないよう、自分を鍛えてる……包帯、きつくないか」

 

「大丈夫よ。……へえ、面白いわね。じゃあ、傷が癒えたら私と行こうか、クエスト」

 

 突如アマネから提案された、チームハント。ヤマトは今までチームハントをした事が無い。ハンターになってまだまだ新米。大型モンスターを狩った頭数もまだまだ両手で数えられる程度だ。その状態の自分がチームに居ても、足を引っ張る可能性が高い、と考えていたからだ。

 

「……さっきの俺の話、聞いてたか」

 

「私ならあなたが足を引っ張ってもその辺のモンスターなら狩れるわよ……痛った!……このナリじゃ説得力無いわね」

 

 自嘲気味に笑うアマネ。脇腹に包帯を巻きつつ、ヤマトも笑ってしまった。

 

「……じゃあ、怪我が治ったら、宜しく頼む。ご教授願うぜ」

 

「楽しみにしてるわ……痛たたた!痛い痛い!!そこ、傷口深いから気を付けて」

 

 暫く、二人は無言で傷の手当てをしていた。

 

 


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