終る世界の、廃墟に二人   作:K氏

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第二歌

 

―港区某所にある隠れ家。

 

 

 彼女が異変に気付いたのは、いつものように街の探索から帰ってくると、彼女の妹にあたる存在と潜んでいる秘密の隠れ家に帰り着いた時だった。

 

「…なんや、こんなんココに置いてあったか…?それに瓦礫も退かされとるし…」

 

 不思議そうな表情を浮かべるその少女―長い銀髪をポニーテールにし、頭部にカチューシャを付けた、どこかの学校指定の物と思われる継ぎ接ぎのセーラー服を着た少女。そして一際目立つのは、背中に背負った機械の翼のようなもの。

 

 対シャドウ特別制圧兵装五番機、五式ラビリス。それが彼女の名前だ。

 

 そして、そんな彼女の眼前に鎮座しているのは、漆黒のバイク。

 

 如何にも重武装といった雰囲気を醸し出すそのバイクは、心なしかこちらを見て唸りを上げている、というより唸り声のようなエンジン音を上げている。この黒いバイクは、どうも単なる機械と言うより、何か動物のように思えて仕方がない。そう、例えるなら―

 

「…ワンちゃん?」

 

 そう呟いた瞬間、かつて妹と親しかった、あのアルビノの犬を思い出した。その犬はとっくの昔に死んでしまったが。

 恐らくだが、これは以前どこかで聞いた、機械化軍用犬と呼ばれる存在ではなかろうか。

 単純なロボットやアンドロイドにサイボーグとなった動物というのは時代の移り変わりに伴いたくさん見てきたが、見た目がバイク同然に機械化された犬というのは、さしもの彼女も初めてだった。

 

「えーと、とりあえず、通してもらうで…」

 

 自分の言葉が通じるのかどうかは分からないが、とりあえず一声かける辺り、彼女は律儀であった。だが、漆黒の番犬はそうはさせじと言わんばかりにその行く手を塞ぐ。

 

「…いや、あのな?そこ通してくれんと、私らの隠れ家に帰られへんのよ…」

 

 そう声をかけてもなお、番犬は動かない。

 おかしい。何故に隠れ家に住まう自分達が、見ず知らずの軍用犬に追い出されなければならないのか。

 

 そんな事を考えていると、ラビリスも頭にくるものがあったらしい。

 

「あーもう!そこをどきぃや!どかんのやったら実力行使でどかしたる!」

 

 生憎とそこまで気が長い方では無かった彼女は、怒り心頭といった状態で漆黒のアーマーサイクルに詰め寄り、そのボディを掴む。

 

「おりゃー!」

 

 そして彼女が一声上げた瞬間、なんと重装備のアーマーボディがいとも簡単に持ち上がってしまったのだ。

 ラビリスは持ち上げたそれを脇にどけると、隠れ家の入り口から伸びる下り階段をどんどん降りていく。下り階段は、巨大な翼を背負った彼女でも易々と通れる程度には幅のある通路であり、ラビリスはひたすらにその階段を駆け降りる。後ろの方から唸り声が聞こえてくるが構わず進む。

 

「なんなんやホンマ一体…」

 

 ラビリスは湧き上がる苛立ちからブツブツと文句を垂れ流しつつ、無理矢理思考を別のほうに持って行こうと努力する。

 なぜあの機械化犬は、隠れ家の入り口の前で通せんぼしていたのか。そもそも、隠れ家は他の誰かに見つからないからこそ隠れ家なのであって、誰かに見つからないようにしてあるのにどうやってこの場所を嗅ぎつけたのか。

 

 そこで彼女は、ある結論に至った。

 

「もしかして、誰か生存者がおるんか?」

 

 彼女の考えではこうだ。機械化犬を連れた何者かが、この隠れ家にやってきた。それも、自分と妹が不在の間に。

 そしてこの隠れ家を占有しようと、機械化軍用犬を表に番犬として残しておいたのではないか。

 

「…ふっふーん。けど、残念やったなぁ。まさか相手が私みたいなんとは、夢にも思ってないやろ…」

 

 しかしながら、あのような機械化軍用犬が相手なら、自分の敵ではないと、彼女は自負している。まさかここにやってきた生存者も、相手もまた機械の存在であるとは思うまい。

 それに加え、ここの隠れ家の扉は―

 

 ラビリスは意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「なら、さっさと行って驚かしたろうやないの!」

 

 妙な方向に意気込みだしたラビリスは、フンスと鼻息を荒くすると、更に歩調を速めて降りていく。

 

 しばらく下って行くと、隠れ家と外を繋ぐ、半開きの鋼鉄製の扉が姿を現す。

 元は誰かが避難用に建造していたシェルターらしく、扉自体もパスコードが必要なのだが、長年の老朽化でそもそもパスコードを入力できない状態になってしまっており、実質この扉を開け閉めできるのは、少なくともこの近辺ではラビリスとその妹ぐらいなものである。

 だからこそ、ラビリスは訝しんだ。

 

「…なんで半開きなんや?それに明かりまで…」

 

 そう、扉が半開きになり、中から光が漏れている事が問題であった。

 パスコードが入力できない為に自動で開くことが無いこの扉の唯一の開閉方法は、目下のところ手動のみである。

 当然ながら、完全に閉まりきっていては開ける事などでき無い為、普段はギリギリ指が入る程度の隙間だけ開けており、その扉の重さゆえに普通の人間には開ける事など到底不可能なのだ。そして、どちらか片方が先に帰ってきても、常に扉は指がギリギリ入る程度の隙間にするように取り決めていた。

 彼女の予想なら、この隠れ家に入り込もうとした侵入者は必然的にここで足止めを喰らう事になる、ハズだった。

 

「それに、この感覚は…アイギス?まさか、なぁ…」

 

 扉に接近した瞬間、胸の奥に慣れ親しんだ感覚が湧き上がる。姉妹機ゆえの感応とでも言えばいいのだろうか。

 

 感応があるという事は、十中八九中に妹―アイギスがいるという事。そして、侵入者もまた然り。

 

―警戒するに越した事はないハズだ。

 

 ラビリスは静かに背中に手を回すと、背負っていた翼の持ち手を握る。すると、翼は一瞬にして機械化された巨大なトマホークに姿を変える。長年の相棒たる戦斧を握り締め、ラビリスは半開きの扉をなるべく音を立てないように徐々に開けて侵入する。

 

 入ってすぐ、開けた空間にでる。

 所謂共有空間と呼ばれるそこに、果たしてその存在はいた。

 

「アイギス!…!?」

 

 横たわるややくすみがかった白いボディは、間違いなくアイギスのそれだ。だが、その傍らにいるのは、見慣れない人影。

 

 真っ白な制服に身を包んでおり、体格的に言えば男だろう。だが、そんな事はどうだっていい。問題なのは、アイギスがその男の前で倒れているという事だ。恐らく、この男にアイギスは―

 

(けど今なら―やれる!)

 

 先手必勝。妹を傷つける者は、姉が決して許さないのだ。

 

 ラビリスは両手で戦斧を構えると、咆哮を上げながら飛び上がり、そして―

 

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 

―今から約一時間前。

 

 葉隠覚悟は、珍しく困り果てていた。

 

 機械の少女に群がっていた到達者達を撃退する事には成功したのだが、今度は少女―意識を失う直前、アイギスと名乗った彼女の身柄をどうすべきかで悩んでいた。

 

「携行している武装から見るに、民間の物とは考えにくい。となると軍属、それも特殊部隊所属か」

 

 彼女が運用していた機関銃も含め、そのボディには激しい劣化が見られてはいるが、覚悟の観点ではまだ文明が生きていた頃の新旧の技術を織り交ぜたようにも思えるものだった。

 腕部機関銃を含めた各パーツは、恐らく状況に応じてアタッチメントを変えられるのだろう。応急修理の為に調べていたところ、腕部が取り外せたのだ。

 

 覚悟とて素人ではない。機械化軍用犬をパートナーにしているだけあって馴れた手つきで応急修理を進めていたが、己の知らない技術の部分には、さしもの彼でも手の出しようが無かった。

 そして、問題はここからである。彼女は一体何者か。

 

「まずはどこから来たかを調べるのが先決か」

 

 ひとまず第一目標を定めた覚悟は、モーントヴォルフに呼びかける。

 

「センサー起動。この少女の足跡を辿れ」

 

 そう告げた瞬間、モーントヴォルフに搭載された各種センサーが起動、モニターにモーントヴォルフのセンサーを通して、地面に浮かび上がった足跡を映し出す。以前の動地憐の妹の事もあってか、あえて少女と呼んだのは彼なりの配慮だろうか。

 その足跡は、まるで馬の蹄の如き円筒状をしている。覚悟が彼女を抱えた時に感じた重みから考えてみるに、かなり高性能なバランサーを積んでいるのだろう。

 

 覚悟はその鋼鉄の少女を何の苦もなく担ぎ上げると、そのままモーントヴォルフに乗せる。この少女の重量もかなりのものだが、エクゾスカルの称号を持つ程の戦士である覚悟にとっては、大した重みではなかった。

 そして自分もモーントヴォルフに跨り、そのまま足跡を逆に辿るように走りだす。

 

 

 

 やがて、機械の少女の足跡を追う内にある建物に辿り着いた。足跡はその建物の中から伸びており、周囲の足跡を調べてみたところ、少女が此処を拠点としているのは間違いなかった。

 

「ここか」

 

 一見するとそれなりの高さのあるビルだが、この中に一体何があるのだろうか。

 

 覚悟は片腕で少女のボディを担ぐと、モーントヴォルフに一時待機を命令。そして腰部側面の装置から曳月を抜き、建物内部に侵入する。

 

 内部は大抵の建造物同様荒れ果てており、精々他の建造物より勝る点があるとするなら崩落するにはまだまだ時間がかかりそうだという事だろう。しかしながら、贔屓目に見ても拠点とするには不向きとしか思えない状況であった。

 だが、何かあるという確信が、覚悟の脚を動かし続ける。

 

 しばらく一階を散策していた時だ。ふと、覚悟の目に、不自然に積み上げられた、球体を四分の一にしたような瓦礫の山が映った。

 

「この瓦礫…人為的に積み上げられたものか」

 

 よくよく瓦礫の隙間を観察すると、大きなコンクリート片に鉄骨や鉄パイプ等が突き刺さっており、それらを組み合わせる事でドーム状になるようにし、簡単にはどかせられないような構造になっているのだ。恐らくは到達者対策なのだろう。

 

(つまり、この周辺ではこの少女のみが開閉可能な門というわけか)

 

 確かに、この機械の体を持つ少女ならば造作もないだろう。到達者と言えど、人間一人を制圧できる筋力は備えてはいるだろうが、瓦礫を撤去出来るほどではないだろうし、そもそも効率よく撤去する知能もない。レーダーで確認したところこの周囲に甲殻霊長類の生体反応は確認できず、人としての知能を持つ吸血霊長類はそもそも血の通わない彼女を襲わない。資材や生活に必要な資源さえあれば、いつまでも籠城可能というわけだ。もし甲殻霊長類が相手でも、彼女の戦闘能力なら十分対処可能だろう。

 

 覚悟は一旦少女を降ろすと、瓦礫に手を掛け、力任せに退かした。すると―

 

「これは…地下への入り口か」

 

 覚悟の目の前に、地下に続く階段の入り口がぽっかりと口を開けて姿を現す。その入り口から一寸先は闇。ずっと見ていると吸い込まれそうなその闇の先に何があるのかは、ハッキリと視認できない。

 

「直接確認する必要がある。モーントヴォルフ!」

 

 覚悟は再びモーントヴォルフを呼び寄せ、その入り口の前にて待機、警戒するよう命令。

 懐から取りだした眼鏡型の多目的アイプロテクションを掛け、再度少女を担ぎ、真っ暗な階段を降りて行く。

 

 暗闇の中を恐れる事無く突き進む覚悟だが、多目的アイプロテクションの暗視機能により、彼の視界は常に良好に保たれている。

 特に階段を踏み外すといった事故を起こす事無く、覚悟は階段を下りきった。すると現れたのは、鋼鉄製の扉だった。

 

 以前遭遇した吸血霊長生命体が住処としていた住居の扉に比べ、その扉はかなり古い物のようだ。強度面で言えば問題はないだろうが、その扉に必要な暗号認証機能は既に停止しており、その代わりやや隙間が空いているのが確認できた。

 これもまた、侵入者に対しての警戒手段なのだろう。平均的な人間の身体能力の限界を把握した上で、尚且つ自分自身が侵入できるように指がギリギリ入る程度の隙間にしてあるのだ。普通の人間であるならば、この鋼鉄製の扉はうんともすんとも動かせないのだから。

 

 だが、葉隠覚悟は普通の人間ではない。この程度の障害は、彼にとっては障害たり得ない。

 

 覚悟はその扉の隙間を覗き込み、内部の状況、及び誰もいない事を確認した後、扉に手を掛ける。そしてゆっくり力を加え、その扉を開く。

 

 開いた先も、闇。だが、覚悟の目にはそれなりに広く、生活感のある空間が広がっているのが見える。

 

 覚悟はひとまず少女のボディを空間の中央と思しき床に寝かせると、電源を探す。

 しばらく探し回っていると、部屋の奥にも扉があり、そこには『電力供給室』という表札が掲げられている。

 中に入ってみると、案の定、主電源と思しき物体が鎮座している。永久電池ではない昔の電源だが、電力はどこからか引っ張っているのだろう。

 覚悟は電源のスイッチを探り当て、それを操作する。瞬間、電力供給室を含めた部屋全てに電灯が灯り、真っ白な部屋を照らし出す。

 

(さて…)

 

 覚悟は横たわる少女の傍に膝をつく。

 電源を稼働させた事で、この部屋の構造は理解できた。どうやらここは、何者かが造っていた地下シェルターらしい。冷蔵庫に台所に風呂、更にはソファーにテレビまで設営されている辺り、非常時の際に平均的な生活を送れるようにしていたようだ。もっとも、そのような設備はアンドロイドである彼女には到底不必要なものであるのは明白であり、室内には彼女が持ち込んだと思しき武装各種や様々な器具、加えて弾薬箱で部屋の半分が埋め尽くされている。

 

(この少女が動地澪の同類であるなら、己を修理する修理装置を用意している筈だ…)

 

 そう思い、恐らくこのシェルター内にあるであろうメンテナンス装置の類を探そうとしていた時だ。

 

「ムッ。モーントヴォルフからの信号!」

 

 左腕に装着しているガントレットから、覚悟の脳に電気信号が送られる。

 

―侵入者アリ。到達者二非ズ。我ニ損害無シ。侵入者ハ、我ラガ救出セシ少女ト同類ト見受ケタリ。但シ、依然トシテ所属不明。警戒セヨ。 

 

 モーントヴォルフからの連絡を受信した矢先に、覚悟の鋭く研ぎ澄まされた感覚が、階段を駆け下りてくる何者かがいる事を察知する。恐らく、モーントヴォルフの言っていた何者かであろう。だが、油断はしない。

 

 やがて、何者かは半開きになった扉の前に立ったのを、気配だけで察知する。

 

(来るか)

 

 覚悟は背を向けたまま、曳月を手に備える。

 瞬間、背後から雄叫びと共に何者かが飛び掛かってくるのを察知。覚悟は瞬時に振り返り、曳月を構える。

 

 その時、覚悟の目に映ったのは、巨大な戦斧を振りかざした、銀色の長い髪をした少女の姿。そして、その体の関節部分等に目立つ、鋼の肉。

 

(あれは…この少女と同じか!)

 

 恐らく、彼が救助した少女の同胞なのだろう。その表情は、アンドロイドとは到底思えない程に鬼気迫っていた。つまりは、無感情にして質疑応答もできないロボットとは違うという事だ。

 

(あの表情、恐らく怒りで我を忘れていると言ったところか。となれば、話が通じる相手だろう。ここは、なるべく無傷で制圧する!)

 

 覚醒して間もない頃の覚悟なら、問答無用で相手を破壊していたであろうが、今の彼には十分な余裕がある。故に曳月を構えておりながら、『相手を殺す』為のものではなく、『相手をなるべく無傷で無力化する』為の行動に移る。

 

 咄嗟に前に飛び出し、更に曳月を構えた左腕を突き出しながら、接近してきた銀髪の少女の左腕の肘を抑える。

 

「なッ…!止められた!?」

 

 流石に人間に止められるとは思ってもいなかったのだろう。少女が驚愕の表情を浮かべるが、もう遅い。

 

 戦斧然り剣然り、武器を振るう際に威力を発揮する為には、肘を曲げて振るう事が重要だ。伸びっ放しの腕では、攻撃の威力が落ちてしまう。

 そして、肘を押さえられてしまえば、曲げる事が困難となる。

 少女―ラビリスにも当然ながら、効率的に武器を振るい、相手に有効的なダメージを与える為の情報がインプットされている。更に言えば、彼女には戦斧を利用した戦術はインプットされているが、『空手や柔術、合気道といった体術に関しては幾らか知識があるだけ』である。

 

 当然と言えば当然なのかもしれない。彼女がそれまで戦ってきたのは、基本的にシャドウか、あるいは『能力』を駆使してくる敵ばかりで、中には能力を使わない敵もいたが、大抵の場合二刀流やら銃器やらの武装をしており、更に武道や武術と思しき手段で攻撃してきたのは滅多にいなかったのだ。何故なら、『基本的に単純な膂力で押し切れる』から。

 だがこの相手は、膂力の面に置いて自分に匹敵し、尚且つ何らかの武術を有効活用できている。

 

 両手持ちの武器というのは、両手で振るう事で初めて威力を発揮する。だが、片腕でも押さえられてしまうと、それだけで威力が殺されてしまう。無理矢理振るう事はできるだろうが、今抑えられているのは、覚悟の体に近い方―左である。右腕だけで振るおうとするには、左半身が邪魔になる。

 

(なら!)

 

 ラビリスは、その体を思いっ切り捻る事で、そのまま覚悟の拘束を振りほどこうとした。だが、それよりもずっと先に、ラビリスの脇腹に覚悟の右の掌が届いていた。

 

 そして、ラビリスは二度の衝撃を受け、二度意識を喪失しかける事になる。

 

 一度目は、脇腹に届いていた拳から伝わってきた、とてつもない威力の衝撃。

 

「がッ…あッ…!」

 

 痛覚の無い機械の体とは言っても、彼女らの場合は話は別だ。

 ラビリスやその妹には心にあたる部品――『黄昏の羽根』や『パピヨンハート』を搭載している。痛みは殆どないが、受けた衝撃は『黄昏の羽根』が痛みとして認識し、ラビリスに疑似的な苦しみを与え、一瞬だがその意識が飛びかける。

 

 ラビリスの体がその衝撃で吹っ飛び、シェルター内の天井にぶつかる。十分な強度を誇る頑強なハズのシェルターの内壁に若干のヒビが入り、衝撃によって再度ラビリスの意識は吹っ飛びそうになり、彼女の体は重力に従い落下する。

 ドサリ、という重たい音と共に、ラビリスの機械の体が地面に叩きつけられる。

 

「な、なんや…強い…」

 

 先程ラビリスが受けた衝撃。その正体は、他ならぬ彼女自身が放とうとした攻撃の威力である。

 

 そして、本来その威力を受けるはずだった覚悟が放った技、名を因果という。

 

 因果とは零式防衛術に伝わるカウンター技だが、単なるカウンターではない。

 「威力は先方が備えていればいい」という理念を持った技であり、相手の攻撃の(始め)を防ぎ、その威力をそのまま、相手に撥ね返すというものである。

 ただ、この技を発動させるには条件がある。その一つに、『相手の攻撃が拳打等の近接物理攻撃である』事が挙げられる。だが、その点で言えば、ラビリスが相手なら容易に撃てるというものだ。何せ、ラビリスの攻撃は『能力』を使った物含め、物理攻撃に特化している。故に―能力を使った場合ならまだしも―ラビリスは覚悟とは圧倒的に相性が悪すぎる。

 

 先程の彼は掌底によってラビリスの攻撃を押さえ(・・・)ていたが、もしも正拳として撃っていたのなら、ラビリスの体を容赦なく覚悟の拳が貫通していた事だろう。

 

「よせ。彼女に危害を加えるつもりはない」

 

 冷静に因果を極めた覚悟は、そう声を掛けながらも、構えを解く事はない。

 もしもまた襲い掛かってくるというのならば、その時は相手の腕を文字通り外し、無力化せざるを得ない、と。

 

 そうしてじりじりと、覚悟はラビリスとの距離を詰めるが、ラビリスは衝撃により行動不能に近い状態でありながら、その敵意を隠す事はない。その時だった。

 

 

 

 

「姉、さん…」

 

 

 

 

 唐突に声を上げたのは、先程まで意識を失い、横たわっていたアイギスだった。

 

「あっ、アイ…ギス…!?無事…なん…?」

 

 意識を覚醒させたアイギスの無事を確認しようとするラビリスだったが、這おうにも、体が言う事を聞かない。

 そうしてラビリスがやきもきしていた時、手を差し伸べた者がいた。覚悟だ。

 

「無事か」

 

 ただ一言、気遣いの言葉を述べた覚悟に対し、いまだに敵意の視線を向けつつも、それよりも妹の体の事の方を優先させねばならぬと、ラビリスは不本意ながら、覚悟の手を借りるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉隠覚悟、モウ一人ノ機械ノ乙女、機体名、『五式ラビリス』ト遭遇ス。

 

 

 

 

 

 


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