「いった……くねぇわー。全っ然、痛くねえわー」
「……大丈夫?」
姪っ子ちゃんと一緒にティガのいるエリアから飛び降り、どうにか逃げることに成功。
ティガがぶっ飛ばしてきた岩を小さなシールドで無理やりガードしたせいで、身体はボロボロ。ガード性能スキルでもあれば違っただろうが、そんなスキルをつけている余裕なんてない。
それに、こうしてふたりとも無事だったんだ。今はそれだけで十分だろう。
「別にこれくらいなら大丈夫だよ。ほっときゃ直ぐに治る」
なんてやせ我慢。先程から左腕の燃えるような痛みがなんとも鬱陶しい。折れてはないと思うが、何かしらの怪我を負ってしまったのは確か。
ま、利き腕じゃなかっただけマシだ。
「……ごめんなさい」
さて、こっからどうすっかと思っていると、姪っ子ちゃんが小さな小さな声でそんな言葉を落とした。
俯き、心の底から後悔しているその姿は庇護欲を掻き立てられる。かわいい。今なら極々自然な流れでそっと抱きしめることもできそうだ。
「反省はまた今度にしよう。今はとにかくアイツと合流することが優先だな」
「……わかった」
と言うか、悪いのは俺とアイツであって姪っ子ちゃんは悪くない。
アイツは自分の不注意で吹き飛ばされるし、俺も俺で慌てていたのか、その後のフォローが上手くできなかった。
姪っ子ちゃんはまだ2回しか大型種と戦った経験がないんだ。それならテンパるのも仕方無いだろう。
それに、分かったこともある。
――頭のネジが飛んでる。
なんて随分と失礼な表現を姪っ子ちゃんにしてしまったが、そんなことはなかった。この子は極々普通の14歳の女の子だ。怖いことがあれば固まってしまうし、どうして良いのか分からなくなる。
大人びて見えもするが、中身はきっと普通の女の子。
それが分かっただけで、今回の成果は十分かもしれない。
そんじゃ、さっさとアイツと合流してこのクエストもサクッと終わらせようか。
「……あっ、サイン」
そして、アイツが出したと思われるサインが響いた。良いタイミング。
「ベースキャンプにいるっぽいな。んじゃ、俺たちも行くか」
「うん」
◆ ◆ ◆
「申し訳ないね。まさかあんなことになるとは思わなかったよ」
姪っ子ちゃんとベースキャンプへ向かうと、とても元気そうなアイツの姿。
無事だろうと思っていたが、まさか無傷とは。化物かコイツ。
「うん? アンタ、その左腕どうしたんだい?」
流石、鋭いことで。
バレないようにしようと思っていたが、もうバレてしまった。恥ずかしいったらありゃしない。
「ティガから逃げるとき、転んで変に手をついてな。その時にちょいとやらかしたらしい」
本当のことなんて言えるわけがない。こういう時ばかり俺の中にあるちっぽけなプライドが邪魔をする。
しっかし、この腕は鬱陶しい。曲げようと思っても全然曲がってくれない。もしかして、骨まで逝ってんのかな。
「情けないねぇ。ほら、見せてみな。それくらいなら直してあげるから」
おろ。そりゃあ助かるが、お前って医学的な知識を持っていたか?
他人のことを言えたもんじゃないが、コイツも俺みたいに、ほっときゃ治る理論の持ち主だと思ったが。
アイツに言われたから、とりあえず痛む左腕をアイツへ向かって伸ばした。
「ふんっ!」
パキン――っと心地良い音が響いた。
「あ゛ーーーーっ!!」
腕が曲がった。
曲がっちゃダメな方へ。
「なんだい、ちゃんと曲がるじゃないか。それなら大丈夫だね」
え。えっ? これ、マジで? 嘘……だろ……? さっきまではどうにか動かせたのに、全く力が入らなくなったんだが。これ逝ったよね? 完全に腕逝きましたよね。
「バカ? バカなのお前。いや、お前がバカなのは知ってたけどさ! これはダメだろ!」
「ああもう、ギャーギャーうるさい。ほら、さっさと倒しに行くよ」
ダメだ。会話が成り立たない。流石は牙獣種。此処に来て種族差という厚い壁がコミュニケーションの邪魔をする。
この腕じゃヘビィは使えないし、もうこのままベースキャンプにいようかと思ったが、閃光玉や罠くらいなら使えるだろってことで、無理やり連れて行かれることに。鬼だ。
そんな俺とアイツのやり取りを姪っ子ちゃんは笑いながら見ていた。俺は泣いていたけど。
まさに満身創痍(俺だけ)。どうしてこうなった。
ただ、まぁ、反撃開始と行こうか。
「……ふん。こんなところさね」
「いや、疲れたな。おい……」
「お疲れ様」
3人が合流してから、再びティガの元へ。
最初はアレだけ掻き回された相手だが……まぁ、普通に倒しました。挑戦者が発動したアイツは引くレベルで強いんだ。強靭なはずのティガの頭が半分も吹き飛んでいる。どれだけの力があれば、ああなるのやら……
現時点で氷海の生態系ピラミッドの頂点は間違いなくこのラージャンだろう。
「さて、そんじゃ帰るとするか」
倒したティガから剥ぎ取りも終え、やり残したこともない。
前回のクエストはほとんど何の収穫もなかったが、今回は違う。姪っ子ちゃんのことを理解することができたのは本当に大きい。
あんなことがあったため、もしかしたらまた固まるかもと思ったが、流石というべきかティガの動きをしっかりと見ながら安全な立ち回りもできていた。其処らの下位ハンターよりもこの姪っ子ちゃんの方が上手いかもな。
ホント、優秀なハンターになってくれそうだ。
ただ、まだまだ姪っ子ちゃんは新米のハンター。学ばなきゃいけないことが沢山ある。
でも、安心してほしい。これからは俺がつきっきりで手とり足取り、しっかりと教えて上げるのだから。ギルド? 知るかそんなもん。俺は姪っ子ちゃんとともに人生を歩むんだ。
そして、氷海からバルバレへと帰る飛行船の上。
ラージャンに持っていかれた左腕が痛む。完治するまでどれくらいかかるだろうか……その間、姪っ子ちゃんと一緒にクエストへいけないのが本当に残念でならない。
それにしても、姪っ子ちゃんにはいつ告白しようか。今告白してもいける気もするが、姪っ子ちゃんはまだ14。流石に早すぎる。とは言え、もたもたしている間に、誰かに取られてしまう可能性も……
「……あの」
そんなことを考えていると、姪っ子ちゃんが声をかけてきた。
「どうした?」
「えと……ありがとう」
そして、何処か恥ずかしそうにしながら、そんな言葉。かわいい。天使かと思った。
「ん、別にこれくらい気にすんな。俺がやりたくてやったことだしな」
正直に言おう。俺には姪っ子ちゃんと仲良くなりたいという下心しかない。優秀なハンターを育てるとかぶっちゃけどうでも良い。
「……私は貴方や姉さんほど上手くない」
そりゃあ、そうだろ。あの牙獣種は別として、俺だってそこそこの経験を積んでいる。ハンターに成りたての人間よりは上手いさ。
でも、大丈夫。これからはこの俺が君とともに歩んで行くのだから。それなら姪っ子ちゃんを危険な目に遭わせることはしないし、きっと君を優秀なハンターに育ててあげられる。
そして、落ち着いたら結婚しよっか。
「貴方のおかげで私は前に進むことができたと思う。それで、もしだけど……」
顔を下へ向けてしまっているせいで、その表情を見ることはできない。
けれども、僅かに見えたその頬は赤く染まっていた。
トクリ、トクリ――と俺の中の何かが跳ねる。えっ? これはもしかしてアレですか? アレですよね?
あ、愛の告白……的な。
「もっと上手くなったら、私とパーティーを組んでくれますか?」
それは思っていたことと少しばかり違うものであったけれど、俺たちは出会ってまだ二日。だから、今はそんな言葉だけで充分なんだろう。
「……もちろん。その時が来るのを楽しみにしているよ」
俺の中はまさにお祭り状態。飲めや歌えや大騒ぎ。
だって、流石にこれは愛の告白と何も変わらないだろうから。
そして、姪っ子ちゃんの言葉に俺がそう返すと、彼女は本当に可愛らしく笑ってくれた。惚れました。いや、もう惚れてます。
ホント、生きてて良かった。
今までにないってくらいのウキウキ気分で、バルバレへ帰還。
姪っ子ちゃんが俺の隣に立ってくれるまで、どれくらいの時間がかかるか分からない。しかし、あの姪っ子ちゃんの実力ならそれほど遠くないはずだ。俺の未来は明るい。
「……なに気持ち悪い顔をしてるんですか? こちらが今回の報酬となります」
いつもなら心に突き刺さる受付嬢の辛辣な言葉も全く痛くない。なるほど、これが持った人間の強さか。
「ありがとう。そして俺、結婚することになったんだ」
「あら、それはおめでとうございます。お相手はババコンガですか? ラージャンですか?」
人間だよ。
俺をなんだと思ってるんだ。
ふふっ、しかし今の俺はそんな受付嬢の言の葉ですら、さらりと躱すことができる。
「ほら、昔ガンランスを担いでいたマッチョがいただろ? アイツの娘と今度、俺は結婚することになったんだ」
姪っ子ちゃんとは少しばかり年が離れてしまうが、なに愛の力の前にそんなもの関係ない。きっときっと幸せな家庭を築いてみせるさ。
「なるほど、あの子と……うん? いや、でも、あの子って確か……。えと、ああ、ありました。これをどうぞ」
何がなんだか分からんが、受付嬢から一枚の手紙をもらった。
嫌な予感。
「……結婚式の招待、状?」
「はい、今度とある加工屋の男性と式を挙げられるらしいです。おふたりは仲も良く、この前はふたりで闘技大会を見に行っているのも見かけました」
ちょっと待ってね。
なに言ってるのかよく分からんぞ。え? 何ですか、これ。
「はぁ……やっぱりアンタはあの子を狙っていたのかい」
アイツの声が聞こえた。
「おい、ラージャンどういうことだ」
「もっかい言ったら次は右腕だからね。……だから、あの子には婚約者がいるんだ。そうだっていうのに、あの子と言ったらハンターになると聞かなくて……大変だったんだよ?」
婚約者……?
あと、流石に右腕はやめてください。
「え? いや、だってお前、姪っ子ちゃんに彼氏はいないって……」
「いるなんて言ったら、アンタが手伝ってくれないことは分かっていたからねぇ」
あれ? おかしいぞ。室内なのに雨が……
「……つまり?」
「式は来月。アンタが来ればあの子も喜ぶだろうからちゃんと予定を空けときなよ」
泣きました。
◆ ◆ ◆
畜生、煙草の煙が目に染みやがる。いつもならなかなかの景色なはずが、ボヤけてしまっているせいで、その景色を楽しむことすらできない。何が婚約者だクソが。
あれから流石に申し訳ないと思われたのか、アイツが飯を奢ってくれると言ったが、丁重にお断りした。今、飯を食べたってどうせ塩味しかしない。塩っ辛いのは苦手なんだ。
結局、また俺はひとりで舞い上がっただけ。もう乾いた笑いすら出てこない。
いや、そりゃあ、そんな上手くいかないことくらい分かっているさ。でも、これはあんまりだろう。俺が何をしたというのだ。
なぁ、神様。俺のことどれくらい嫌い?
溢れた涙が煙草を湿らし、何とも不快な味がする。
まさに骨折り損のくたびれ儲け。ホント、どうしてこうなった……
「あっ、やっぱりこちらでしたか」
そんな受付嬢の言葉が聞こえたが、どうしてなのやら嬉しくない。ひとりにしてくれ。
「……どしたの?」
「あの方に、様子を見てくるように言われたので。自殺でもされたら堪りませんし」
そりゃあ、ご苦労なことで。
放っておいても流石に死ぬようなことはしないんだがなぁ。まぁ、それだけ信用されてないってことか。
「……貴方の行動は決して無駄でなかったと思いますよ?」
慰めるような受付嬢の優しい言葉が傷口に染みる。今ばかりは優しさが痛い。
「そうだと良いんだがなぁ」
姪っ子ちゃんやアイツが悪いわけじゃない。俺が勝手に勘違いして舞い上がってしまっただけ。ただそれだけのこと。
けれども、流れ出る涙は止まらない。どうして俺の人生はこうも上手くいかないんだ。
「えと……それにほら。世の中には星の数ほど女性はいるわけですし、きっとそのうち天変地異的な何かが起きて貴方も素敵な方が見つかりますよ」
「それが難しいんだよなぁ。好きだ結婚しよう」
引っ張たかれた。
目の前で輝く星にすら手が届かないというのに、遠い空で瞬く星々にどうやったら手が届くというのだ。
「はぁ、ホント貴方は……それと、また貴方宛に手紙が来てましたよ」
「……内容は?」
「いつも通り、戻って来ないか。だそうです」
よくもまぁ、何度も手紙なんて送ってくれるものだ。向こうも人が足りていないってことなんかねぇ。
「戻る気はないって伝えといてくれ」
「はい、分かりました」
バルバレだってハンターが足りているわけじゃない。
それに、今更俺なんかが行ったところでなぁ。こちとらハンターなんてさっさっと引退したいんだ。向こうへ行ったら、それこそ死ぬまでハンターをすることになりそうだ。
それは遠慮したい。
「……とりあえず、さっさと戻ってきて下さい。貴方にはいつも通りバカやってる方が似合ってますよ?」
決して優しくはない言葉を受付嬢からいただいてしまった。
けれども、そんな言葉は今までのどんな言葉よりも元気をもらえたと思う。
「了解。そうさせてもらうよ」
「ふふっ、それで良いかと」
さてさて、次はどんな出会いがあるんでしょうね?
不安だらけの人生ではあるけれど、とりあえず前向いて進んでみようか。