「姪っ子ちゃんは狂竜化個体ってのを知ってるか?」
姪っ子ちゃんに狩りの指導をするようになって二日目。今日もまたヘビィの使い方を学んでもらうため、クエストへ出発。
そんな今日のクエストは、氷海にいるティガレックスの討伐だそうだ。先日戦ったレイアよりも危険度は高く、またかなり手強いモンスター。分類的には一応飛竜種だが、飛ぶことは苦手らしく、地上戦が得意。
また、別名は轟竜なんて呼ばれるように、アイツの咆哮はちょっとヤバい。暴力的なまでの音量の咆哮はその音自体が衝撃波となり、周囲を吹き飛ばす。高級耳栓を付けていようが、アレばっかりは防げやしない。
「……見たことないけど、聞いたことくらいは」
今回はそんな奴が相手だ。
そして、更に今回は“生態未確定”のクエスト。つまり、普通とは違うティガレックスが相手となるかもしれない。
「了解。ティガレックス自体と戦ったことがないから、イメージできないかもしれんが、狂竜化個体は本当に気をつけてくれ。攻撃力は上がり、動きも滅茶苦茶速くなるから」
「……わかった」
狂竜化個体とは何度も戦った経験はあるが、アレはキツい。それまでしなかったような動きはするし、とにかく動きが速い。
そして本当に厄介なのが、狂竜化した個体の訳が分からない行動だ。当たり前だが、普通のモンスターってのはハンターを狙ってくる。ハンターを無視して草食獣を狙う時もあるが、何かを狙って行動するのは確かなこと、しかし、狂竜化個体は違う。何もいない場所へ攻撃しだす時もあれば、崖に自分から突っ込んでいく時もある。一見それに危険なことは感じないが、何を狙っているのか分からないのは本当に怖い。出鱈目な攻撃は避け難く行動を予測できない。つまり、不測の事態がよく起こる。
そんなこともあって狂竜化個体は苦手だった。アイツら、何考えてるのか分かんねーんだ。
ドンドルマの方じゃ、狂竜化に関する研究が進められているものの、未だ解明できないことは多いらしい。
「前回は安全に戦うことができたけれど、今回はあんなに上手くいかない。だから、本当に逃げることに専念してくれ。とにかく無理だけはしないようにな」
「……うん」
本当に分かってくれたんかねぇ。
アイツもいるんだ。負けることはまずないと思う。けれども、相手が相手だけに何が起きてもおかしくない。狩りを覚えるのは大切だが、それで死んじまったら意味がない。
頼むから、無茶だけはしないでくれよ。
「ほら、そろそろ着くよ。気合入れて行きな!」
ああ、分かってる。
こちとら、大切な未来のお嫁さんの命が懸かっているんだ。気なんて抜いている場合じゃない。
氷海のベースキャンプへ到着し、ホットドンリクを飲んだり、弾を装填したりして準備は完了。
姪っ子ちゃんには通常弾を装填するように指示し、俺は前回と同じように麻痺弾を装填。
「出会って直ぐに閃光玉投げる。スタンは任せたぞ」
「あいよ!」
閃光玉で怯んでいる間に、アイツがスタンを奪い、俺が麻痺弾を撃ち込む。そして、前回と同じようにシビレ罠を使う。今回もそんな流れ。
普通の下位個体ならそれで倒しきることもできるが、今回の相手は狂竜化個体かもしれない。そうなると……流石に倒しきれんよなぁ。
「よしっ、行くかっ!」
ま、気合入れていこう。
狩りなんて上手くいかないことの方が多いんだ。考えすぎたって禄なことにならないのだから。
準備を終え、ベースキャンプを出て直ぐ。ティガがいると思われる崖を登ることに。
そして、崖を登り終わると、ポポの集団の先に、ティガの姿が見えた。
「あら? 寝ているみたいだね」
しかし其処にいたのは、まるで死んでいるんじゃないかってくらいピクリとも動かない姿のティガ。その身体を見る限り、狂竜化個体ではないらしい。
んー……寝ている? こんな場所で?
「とりあえず、叩き起してくるからその後、フォロー頼んだよ」
「あ、ああ。任せろ」
モンスターだって生き物だ。そりゃあ寝るときもある。だから、これはなかなか訪れない大きなチャンス。
しかし、どうしてこんな場所で……なんとも嫌な感じがする。
そして、寝ているティガへアイツが近づき、背中に担いでいたハンマーを抜刀した時だった。黒い靄のようなものがティガの身体からチラリと見えた。
つまりそれは――
「逃げろ! ソイツ、寝てるわけじゃない!」
「は? 何を言って……っつ!」
まるで狙ったかのようなタイミングでティガが起き上がり、間髪を容れずあの大咆哮を響かせた。
咆哮を受け吹き飛ばされたアイツは、崖から落ちその姿を消すことに。
「ね、姉さんが!」
「落ち着け。あれくらいでアイツが死ぬか。アイツなら大丈夫だよ」
俺もしぶとい方だが、アイツはそれ以上。アイツなら例え、ラージャンのデンプシーを正面から受けようが平気で起き上がってくれるさ。
それに、ギリギリで異常に気づいたのか、回避行動も取っていた。少なくとも直撃はしていないだろう。
そんなことよりも今は目の前のティガが問題。このままじゃ一気に崩れる。
一度体制を整えるため、急いでアイテムポーチから閃光玉を取り出す。
「姪っ子ちゃん! 目を守れ!」
そう言ってから、ティガの顔の前へその閃光玉を投げつけた。
投げつけた閃光玉は空中で破裂。そして、視界が真っ白に。
閃光玉が無事、ティガに入ってくれたことを確認してから、姪っ子ちゃんの手を引き、洞窟の中へ避難。あのまま戦ったところで、上手く戦える気がしない。
ったく、せっかく可愛い女の子の手を握ってるってのに、楽しんでる余裕もない。
洞窟の中へ避難してから、とりあえず一息。
あー、煙草吸いてなぁ……ま、そんなことしている場合じゃないわけだが。
「こ、このあとは?」
「そうだな。アイツと合流したいところだが、何処に吹き飛ばされたのか分からんしなぁ」
じゃあ、ふたりでティガと戦うか? いや、流石にそれは危ないよな。ヘビィふたりのパーティーじゃお互いのフォローが難しい。
アイツへ俺たちの場所を知らせるため、サインを出しても良いが、ソレに反応してこの狭い洞窟の中にティガが来たらもう笑うしかない。
だから、本当はアイツがサインを出してくるのが一番なんだが……
「……私、戦ってみたい」
いや、マジですか? あんなことがあってよく言えるな、おい。
「だって、このままじゃ私は成長しない……」
あー……それを言われると、俺としてもかなり痛いと言いますか、何も言えないといいますか……
今まで姪っ子ちゃんの意見は何も聞いていなかったのだから。
さて、どうしたものか。
最悪、俺ひとりでもあのティガ程度なら倒すことができる。だから、姪っ子ちゃんが安全に立ち回ってくれさえすれば、どうとでもなる。
これは、良い機会なのか? どうせこのままじゃ俺は姪っ子ちゃんにちゃんと教えてやることができない。いや、でも……
「お願いします」
ああもう! はいはい、分かった分かりました! 俺が可愛い女の子の頼みを断れるわけがないんだ。
「了解。ただ、頼むから無茶なことだけはしないでくれ。例え……俺が目の前で殺されようが、自分の命だけは大切にしてくれ。それを約束してもらえるか?」
「……わかった」
頼むよ。君はこんなところで落ちて良い人間じゃないのだから。
何より、目の前で仲間が死ぬのはもう充分だ。
さて……そんじゃ行くか。この洞窟だって安全が保証されているわけじゃない。動くなら早い方が良い。
「とりあえず、俺が麻痺弾を撃ち込んで麻痺を取る。それまで姪っ子ちゃんは納刀したまま、逃げることに専念してくれ」
「了解」
もういっそ、閃光玉を投げまくるのもありかもしれない。残りは4個しかないが、閃光玉を投げれば、はぐれてしまったアイツも俺たちのいる場所が分かるし。
そんなことを考えつつ、洞窟を抜け、ティガがいるはずの外へ。
そして、洞窟を抜けるとローリング5回分ほどの距離に――ティガがいた。
近すぎる。いや……こりゃあ困ったね。……クソがッ!
「逃げろッ!!」
姪っ子ちゃんに向かって叫んだ。
ティガが待ち伏せしていたとは考えにくい。きっと本当にただただ運が悪かっただけのこと。
けれども、そんな運の悪さだけでハンターは――死ぬ。
「えっ……あっ……」
突然の事態についていけなかったのか、姪っ子ちゃんは固まったまま。
一方、ティガはその右腕を大きく振り上げた。それは、ティガが地面を掘り起こし、岩を飛ばしてくる攻撃をするための準備。
考えている暇はない。
何かを思う前に背中に担いでいたヘビィを両手で掴み、ローリングをして姪っ子ちゃんの前へ。
ティガの雄叫びが聞こえ、次の瞬間、俺の身体と同じくらいの岩が飛んできた。もうどうとでもなれ。
その岩に向かって真っ直ぐヘビィを向けた。
聞いたこともないような低く不快な音が響く。飛ばされた岩は俺のヘビィのシールドに直撃。シールド越しに届いた衝撃は身体を突き抜けた。
飛びそうな意識をどうにか捕まえ、ガードしてから直ぐに、麻痺弾をティガへ撃ち込む。
「よしっ、麻痺取った! 逃げるぞ!」
痺れたティガを確認して直ぐに、ヘビィを納刀。左腕の感覚が怪しい。
右腕で未だ固まったままの姪っ子ちゃんの掴み、痺れているティガの脇を抜けダッシュ。
そして、姪っ子ちゃんを連れたまま、崖を飛び降りた。