「喰らえや、ゴラァァアアアッ!」
遺跡平原でラージャンの咆哮が響いた。
そんな雄叫びを上げながらアイツが振り下ろしたハンマーはレイアの頭に直撃。いくら陸の女王と呼ばれるレイアでもアレは効きそうだ。
やだ、あのゴリラ超怖い。
「スタン取ったよ! どんどん攻めておくれ!」
そして、アイツのハンマーを頭に喰らったレイアは横に倒れた。
それは、スタンと呼ばれるハンマーなんかの鈍器武器にできる技。アイツが全力を込めたハンマーなんて喰らえばいくらモンスターと言えども堪らないだろう。
それに相手は下位レベルの個体なんだ。G級のラージャンが相手じゃ流石に可哀想だ。きゃー、ゴリラさん素敵。野蛮。よっ、馬鹿力。
さてさて、ゴリラは別に良いのだ。そのまま暴れててくれ。
大切なのは未来のお嫁さんであるこの姪っ子ちゃん。
「姪っ子ちゃん! レイアの頭に通常弾を撃ち込んでやれ」
「……わかった」
レイアの弱点は頭。
頭から尻尾へ抜けるように貫通弾を撃っても良いが、スタン中なら弱点をピンポイントで狙える。それに最初は通常弾を練習した方が良いと思う。
まずは通常弾で相手の弱点をしっかり狙うことを覚えるのが大切なんじゃないかな。
パシパシとレイアに向かって通常弾を撃ち込む姪っ子ちゃんを横目に、俺はまた違う弾を装填。
いくら下位個体とは言え、その攻撃を喰らえば、どうなるか分からない。だから今回はとにかく安全に行かせてもらおう。
「麻痺弾撃ち込むぞ」
「あいよ!」
安全に戦うため、レイアの動きはできるだけ封じさせてもらおう。
装填した麻痺弾を未だスタン中のレイアへ撃ち込む。そして、スタンから起き上がったところで、俺が撃ち込んだ麻痺弾のおかげでレイアが麻痺。
それを見てからレイアの元へダッシュ。
「シビレ罠置く! ラッシュ頼んだ」
「任せな!」
やるなら徹底的に。
姪っ子ちゃんにはまず逃げることを覚えろと言ったが――やはり怖い。それじゃあ姪っ子ちゃんの成長に繋がらないってことも分かっているんだが、どうにも……
他人に教えるのはやっぱり俺に向いてないのかね?
◆ ◆ ◆
「よしっ、討伐完了だね」
「ああ、お疲れ様」
「……お疲れ様です」
結局、レイアにはほぼ何もさせずに倒しきることができた。
まぁ、アレだ。ラージャン無双がすごかった。分かっちゃいたがコイツ、ホントに上手いな。ハンマーを使うハンターならバルバレギルドの中ではコイツが一番上手いと思う。
「それにしても……ちょいと過保護過ぎじゃないかい?」
あー……まぁ、それはそうなんだが、どうしても、ね。
こんな戦い方ができることは少ない。それこそ、上位になればまずできない。とは言え、失敗することだけは嫌だったんだ。
ハンターは本当に些細なことでその命を落としてしまうのだから。
ただ、こんなことを繰り返しても姪っ子ちゃんの成長に繋がらない。これはどうすっかね。
「……私なら大丈夫」
そう言われてもなぁ……
この可愛い姪っ子ちゃんを大事にしたいってのはもちろんだが、パーティーのメンバーを危険な目にはできるだけあわせたくないんだ。
もういっそのこと、ハンターは諦めて俺のお嫁さんとして永久就職してもらうのもありだが、そんなこと言ったらラージャンに何をされるか分からん。だから、どうにかこの姪っ子ちゃんに上手く教えてやりたいんだが……難しいな、教えるって。
結局、これからどうやって姪っ子ちゃんに教えていくのか答えは出ないまま、バルバレへ戻って来てしまった。
そして、明日もまた姪っ子ちゃんと一緒にクエストへ行く約束をしてから別れることに。
さて、俺はどうしようか。今とは方法を変えたいところだが、このまま考えたって良い案は浮かぶ気がしない。煙草でも吹かしながらいつものあの場所で考えていれば、何か思いついたりしないかね?
そんなことを考えつつ、集会所の上にある櫓へ向かおうとした時だった。
「ちょいといいかい?」
アイツに呼び止められた。
「どうした?」
俺はこれからひとり静かに考え事でもしようかと思っていたんだが……
「あの子のことで話があるんだ」
「つまり?」
「デートのお誘いさね」
すごい、デートに誘われたってのに、全くもって胸がときめかない。
てか、コイツはなんてことを言い出すんだ。冗談で済むことと済まないことがあるんだ。これで変な噂でも広まったらどうしてくれる。
ハチミツでもキメてるんじゃないだろうか。それかスタン中とか。
「ほら、とりあえずついて来な」
抵抗? できるわけがない。俺はか弱い人間で、相手は獰猛な牙獣種なのだから。
そして、アイツに無理やり連れて行かれた場所は、俺が向かおうと思っていた場所だった。
そもそもこの場所の存在自体が知られていないからか、此処へ来る者は多くない。つまり、まぁ、俺とアイツ以外は他に人がいないわけで……ヤバい、震えが止まらない。
「……あの子のことだけどね」
懐から取り出した煙草に火を点けつつ、アイツはぽつりぽつりと言葉を落とし始めた。
火の点いた煙草から薫る煙は俺が普段吸っている物よりもずっと濃い。
「ハンターになることは皆から反対されたんだ」
濃い煙の匂いが鼻の奥まで届き、思わずむせそうになる。
ただ、そんな煙草を吸う姿はやたらと彼女に似合っていた。
「……お前もか?」
「もちろん」
俺にはそういう存在がいないから、何とも言えないところだが……まぁ、身内がハンターを目指すなんて言ったら反対するだろう。この世界で、ハンターほど危険な職業はないのだから。
コイツの兄も昔は名の知れたハンターだった。それこそ、バルバレじゃ一番のハンターなんて言われるくらいの。
ただ、それも過去の話。どうにか命は助かったが、その右足はもうハンターとして使い物にならない。
どれだけ腕の良いハンターだろうと、何が起こるか分からない。ハンターがいるのは世界だ。
「ただね、あの子はあれで頑固なんだ。それも超がつくほどの。一度言いだしたら絶対に止まらない。どんなに私たちが反対しようが、あの子はハンターを目指すと言った」
はぁ……何があの姪っ子ちゃんを其処まで駆り立てるのやら。ハンターなんてそんな良いものじゃないってのに。俺だって、本当はこんな職業さっさと辞めちまいたいんだ。
「あのままじゃ、飛び出す勢いだった。だから、仕方なくあたしがあの子に教えることにしたんだよ」
そりゃあ、まぁ、また大変なことで。
俺が言うのもアレだが、お前だって他人に何かを上手く教えられるような人間じゃないだろうに。
「……確信を持って言える。あの子は凄腕のハンターになるよ」
「まぁ……そうだろうな」
たった一回のクエストしか一緒に行っていない。しかも、姪っ子ちゃんはまだまだ駆け出しのハンターだ。
けれどもコイツの言う通り、姪っ子ちゃんは凄腕のハンターになるだろう。それも間違いなく。
たった一回のクエストでそう思えてしまうほど、姪っ子ちゃんにはそれだけの力が見えた。
大型種と戦った経験がないというのに、あの冷静さ。言われたことを直ぐに実行できる素直さと、適応力。
そして、モンスターに全く怯むことなく戦うことのできるあの性格。
それらは、ハンターにとって非常に大きな力となってくれる。そんなものを姪っ子ちゃんは持っていた。
ただ――
「けれども、あの子は絶対に早死にする」
そんなことも今回だけで分かってしまった。
「……ああ、そうだな」
モンスターを怖がることなく、戦えるってのはハンターにとって大きな強みだ。
知識や経験があればモンスターに臆することなく戦うことはできるだろう。けれども、姪っ子ちゃんは違う。知識や経験なんてほとんどないはず。それでも、あの子は怖がらない。
正直言って、異常だ。頭のネジが飛んでると言っていい。
あの姪っ子ちゃんならきっと凄腕のハンターになるだろう。それもかなり早い段階で。あの子自身、ハンターとしての才能ももちろんある。そして、モンスターを恐れないあの性格がさらにブースト。
けれども、それじゃダメなんだ。モンスターを恐れないことは大切だが、それ以上にモンスターを恐れることが大切。
一見それは矛盾しているように感じるが、そうじゃない。だって、モンスターを狩る以上に、自分の命を守ることが大切なのだから。
「だから、あの子の教育をアンタに頼んだのさ。誰よりもモンスターの怖さを知っているアンタに」
……なるほど、ねぇ。
「あの子がちゃんと育つまで、あたしやアンタみたいなハンターが一緒にいてあげるのが一番さね。でも、あたし達が戦線を離れてしまったら、バルバレギルドにとって痛すぎる。だから、いつまでもあの子を見てあげることはできない」
分かってるさ。そんなことくらい。
今はどうにか落ち着いているが、いつまた上位の古龍種や狂竜化個体、アカムなんかが大量に現れるか分からない。
けれども、焦ったところでどう仕様も無いってのがまた困ったところ。性格を治すってのはやはり難しいのだから。
姪っ子ちゃんと一緒に行けるクエストの回数はそれほど残っていないだろう。その少ない機会のうちにどうにかできるんかね?
「明日行くクエストの内容は?」
「氷海のティガレックス。そして、おそらく狂竜化個体さね」
それは下位クエストで最難関クエストと言って良いもの。相変わらずのスパルタだ。
俺とコイツがいるんだ。まず負けることはない。でも、重要なのはそこじゃない。どうやってあの姪っ子ちゃんにモンスターの危なさを教えるかが問題。
ただ、そんなことができるかはやっぱり分からない。
「あの子のこと、頼めるかい?」
「当たり前だ。責任を持って一生面倒見てやるよ」
とは言え、大切な大切な未来のお嫁さんのためなんだ。
だから此処は俺がやらなきゃいけない時なんだろう。