「あぅ、また宝玉出ませんでした……」
少女とパーティーを組み、これでブラキも6頭目の討伐が完了。
しかし、まだ宝玉は出ない。
宝玉は尻尾から出ることもあるため、2頭目からはちゃんと尻尾を切断するようにしている。やれることは全てやっていると思う。けれども、宝玉が出ない。
うーん、そろそろ精神的にもキツくなってくる頃だよなぁ。
俺は可愛い少女と一緒にクエストへ行けるってだけで十分だが、この少女はそうではない。最初と比べ、少女ともかなり仲良くなったと思うが、目的を達成しなければ意味がない。
後は宝玉が出て、俺が告白するだけだというのに。
「出ないものは仕方無い。頑張れ」
「……はい」
ただ、まぁ、この俺の人生、そんな上手くいくわけがないんだ。
そんなこと痛いくらい分かっていたはずなんだけどなぁ……
「前も聞いたが、どうして君は其処までブラキの宝玉にこだわるんだ?」
クエストが終わったことで、いつものように打ち上げ。まだこれで6回目だが、すっかりこれにも慣れてしまった。
ただ、可愛い女の子と一緒の食事なんだ。嬉しくないわけがない。
「……実は私、ある人と一緒にパーティーを組んでいたんです」
うん? そうだったのか。それは初めて聞いたぞ。
まぁ、こんな可愛らしい少女が今までひとりで戦ってきたという方がおかしいことだが。
「でも、最近になってお前の実力じゃこの先は無理だからハンターをやめろって言われて……でも、やっぱりあの人と一緒にハンターは続けたくて……」
ふむ、どんな奴がこの少女にそんな言葉をぶつけたのか知らんが……そりゃあまたなんとも複雑なことで。
それに、この少女はなかなか上手い。ハンターなんていつ死んでもおかしくない職業だが、間違いなくこの少女は腕の良いハンターだ。経験が浅いため、どうにも固まってしまうこともあるが、このまま生き残ることができれば、その名を残すハンターとなってもおかしくない。容姿も可愛いし。
「だから、強いモンスターの珍しい素材を手に入れればあの人も私を認めてくれるのかなって思ったんです」
……おやおや? なんだか、嫌な感じがするぞ。どうか気のせいであってほしいが、すごく嫌な感じがする。
だって、この少女の言い方はまるで――
「あー……その人ってのは君とどういう関係なんだ?」
この少女とパーティーを組み、そこそこの時間が経った。
周りから見ればもうカップルにしか見えないはず。緊張のせいかどうにも硬かった少女も今じゃ、随分と柔らかくなってくれた。
それは順調過ぎること。
ずっとずっと考えないようにしてきたが、どうやらそれも此処で限界らしい。
「えと……私の彼氏です」
◆ ◆ ◆
「あー……なんもやる気が起きんな」
バルバレの集会所の上。本来なら、ダレンなんかを監視するために作られた櫓。
そんな場所で俺は、久しぶりに煙草を吹かしていた。
……なんとなくだが、分かっていた。
あんな可愛い少女が独り身のわけがないって。
けれども、クエストを誘われ舞い上がった俺はそんな考えを何処かへ追いやってしまったのだろう。そうやって自分を誤魔化し続けた。
今なら、最近になってやたらと優しくなってくれた受付嬢のあの態度も理解できる。きっと受付嬢はあの少女に恋人がいることを知っていたのだろう。だからこそのあの態度。
まぁ、俺みたいな奴が彼氏持ちの女性にあんなことするわけないしな。
ホント、馬鹿だよなぁ。どうして俺はもっと早く気づこうとしなかったのか。
遅くなればなるほど、自分が傷つくことくらい分かっていただろうに。
ゆらゆらと薫る煙が目に入り、その視界をぼやけさせた。
「あら? こんな場所に誰かと思えば、貴方でしたか」
そんな声が聞こえたところで、溢れ出た涙を拭い、声をかけてきた人物を確認。
其処には、あの受付嬢がいた。
此処は景色も良いし、人も来ない。こうやって何かしらへ想いを馳せるのには丁度良い場所。きっとこの受付嬢もそんな想いで此処へ来たのだろう。
「今日はあの娘と一緒にクエストへ行かないのですか?」
「……ああ、もう目的は達成したからな。あのクエストは完了だ」
6頭のブラキを倒したところで、結局あの少女は宝玉を手に入れることはできなかった。
けれども、俺は違う。少女には言わないでおいたが、確か4頭目を倒した時、俺の報酬の中にブラキの宝玉が。
そして、俺はソレをあの少女へ渡すことにした。
『えっ? いや、そんな悪いですよ! これは貴方が手に入れた物で私なんかがもらったら……』
けれども、そう言ってあの少女はその宝玉を受け取ろうとしない。
ホント、最後の最後まで良い娘だった。そんな優しい娘は俺にもったない。
『君はそれだけ頑張ったんだ。だからどうか受け取ってくれ。そして、もう一度君の彼氏とちゃんと話し合ってもらえると嬉しいかな』
多分だが、件の彼氏はあの少女の実力がないからハンターを辞めろと言ったわけではないだろう。
きっと、あの少女にハンターなんて危ないことを続けて欲しくなかったから、それほどに少女のことを大切に想っていたから、そんな言の葉を落としたんだろう。
本当のところは俺も分からない。ちゃんと言葉にしなければ伝わらないこともあるのだから。
けれども俺は、ソイツが悪い奴だとは思えなかった。なんてったって、あの少女が選んだ男なのだから。男は信用できないが、あの少女のことは信用できる。それくらいの仲には俺もなれたと思うんだ。
『本当に……ありがとうございました!』
そんな俺の気持ちが伝わってくれたかは分からないが、少女はちゃんと宝玉を受け取ってくれた。
『……貴方と出会えて、良かったです』
そして、最後にそんな言葉を可愛らしく笑いながらあの少女は落とした。
其処で、俺たちは別れることに。
あの少女がこれからもハンターを続けるのかは分からない。あの少女がこれからどんな物語を綴るのかも分からない。
でも、きっともう俺があの少女の物語へ登場することはないだろう。
まぁ……それで良いさ。
「そう、でしたか……それじゃあ、これからはまたソロに?」
「そのつもりだ。ホント、随分と似合わないことをしちまったな」
後悔? してるに決まっているだろう。
未練? あるに決まっている。
俺は本当にあの少女と一緒に暮らしたいと思っていたのだから。
やり切れない想いは今にも爆発しそうだ。俺はそんなできた人間じゃないのだから。全力で叫びたい。大声をあげて泣きたい。
でも、あの少女と出会えて良かったと思っている自分がいるんだ。
俺があの少女と一緒にいられるわけがなかった。それでも、あんな可愛い少女と一緒にクエストへ行ったあの時間は良かったと思ってしまう。そして、そんな思いを汚したくなかった。あの少女のためにも。
だから、今は爆発しそうな気持ちを抑え、バカな記憶として、いつもの失敗談ってことでこの物語を終わらせたい。
「……確かに、貴方には似合いませんでしたね」
だよなぁ。
ひとりで勝手に舞い上がって、ホント馬鹿みたいだ。だからどうか、鼻で笑ってくれ。お前は馬鹿だと罵ってくれ。
……そうしてくれた方がよっぽど救われる。
「ただ……あの時の貴方はカッコ良かったですよ?」
……そっか。
そうなのかな? そうだと良いんだがなぁ。
受付嬢に背を向け、何かが零れ落ちそうになったから、空を見上げてみた。
其処には何処までも続く青。
そんな青へ、吹かす煙草から登った煙が吸い込まれて消えた。
……さて、と。止まっていたって仕様が無い。
どうせまた失敗するんだろう。
どうせまた後悔するんだろう。
それでも、前向いて歩いてみようか。
何かが溢れる前にもう一度、目を拭ってから受付嬢の方へ顔を向ける。
そして、なんだかんだ、いつも俺を助けてくれる受付嬢へ言葉を送ってみる。感謝の気持ちとか、色々なものを乗せて。
「それじゃ、結婚しよっか」
「台無しだよ」
もう止まることはしない。
俺とあの少女の物語は此処で終わりだが、また新しい物語を書き始めるとしよう。
因みに、俺が受付嬢にした告白の応えはビンタだった。
◆ ◆ ◆
はいはい、そんな物語がありましたとさクソが。
何が彼氏だ巫山戯んな。心の底からあの少女の彼氏が羨ましいし妬ましい。何度、モンスターのフンともえないゴミのギフトセットを送りつけてやろうと思ったことか。
「……此方が今回の報酬となります」
イャンクック討伐のクエストから帰還し、今日も今日とて冷たい視線を向けてくれる受付嬢から報酬をいただく。
「おや? 報酬の中に君が入っていないようだが」
「死ね」
生命力ばかりは人一倍あるからなぁ。残念だが、君の願いを叶えることは難しそうだ。それに、このままじゃ死ぬに死ねん。
あの少女との物語があり、少しはデレてくれたかと思ったが、そんなことなかった。てか、前より辛辣になっている気がする。どうしてこうなった。
「はぁ、ホントに貴方って人は……それとコレ、貴方宛に手紙ですよ」
そう言って、ため息を落としながら、受付嬢が封筒に入った手紙を渡してくれた。
そんな受付嬢も可愛らしい。
「ラブレターか? いや、嬉しいが、俺としては直接言ってくれた方がだな」
「はい、次の方どうぞー」
ついに無視された。無視が一番心にくる。
しっかし、手紙ねぇ……どうせ、また例のごとく戻ってきてくれだとかそういう……うん?
誰から送られてきたのかも確認せず、中身を見ると、其処には一枚の写真が。
「ああ、なるほど。はっ、随分と幸せそうなことで」
その写真だが……まぁ、察してくれ。俺はもう心が折れそうなんだ。
幸せな家庭を築いて末永く爆発しろ。
俺にはそんな言葉しか送ることができないが……まぁ、どうか君の人生が良いものとなるよう、心の端っこの方で願っておくよ。
あーあ、俺も素敵な嫁さんを見つけてーなぁ。
心の底からそう思うんだ。