「うぅ……やっぱり地底火山は暑いですね」
そればっかりはなぁ。
俺も寒いエリアより暑いエリアの方が苦手だ。寒いのは最悪、強走薬でも飲めば誤魔化せるが、暑い場合は体力を持っていかれる。クーラードリンクを忘れた日など悲惨だ。そんなときは素直にリタイアするのが一番だろう。
「クーラードリンクは?」
「はい、持ってきてます」
それは良かった。
下位クエストと違い、上位クエストは支給品が届くまで時間がかかる。酷い時は最後まで届かない時だってあるしな。
そして、元気ドリンコとクーラードリンクを飲み込み、準備は完了。
「そんじゃ、ひと狩り行くか」
「はい!」
可愛い女の子とふたりきりのクエストってことで、多少、緊張するところもあるが、相手はあのブラキディオス。そんなことしている場合じゃない。
今はただ、狩ることだけに集中しよう。
◆ ◆ ◆
「ブ、ブラキディオスってこんなに……大きいんですか?」
地底火山のベースキャンプから飛び降り、洞窟の奥へと入っていくと、ソイツの姿を直ぐに確認することができた。
群青色の甲殻に、発達した前脚。そして、角のように突き出した特徴的な頭殻。それは全てのブラキディオスにある特徴だが、コイツはまた……
「銀冠……いや、金冠サイズまでありそうだな」
無意識に舌打ちが出る。
体の大きさとソイツの強さは必ずしも一致するわけじゃない。中には滅茶苦茶小さいくせして、バカみたいに強い奴だっている。しかし、体が大きいモンスターは純粋に戦い難いんだ。
コイツの弱点は頭だが、此処まで大きいとその頭に大剣を当て難い。こりゃあ、最初の一頭目から苦労することになりそうだ。
「……行くぞ」
「は、はい!」
とは言え、文句ばかりを言っている場合じゃない。
例えコイツがどんな奴だろうと、俺は狩らなきゃいけないんだ。
こんな場所で止まっているつもりはない。サクッと倒させてもらおうか。
「落とし穴、置きました!」
「ナイス。そっちに誘導するぞ」
吹き出す汗は止まらない。流れた汗が目に入るのが本当に鬱陶しい。
あの少女が思ったよりも上手いこともあり、ブラキ自体とはなんとか戦えているが、とにかく場所が悪い。
汗で手が滑べる。だから暑いエリアは嫌いなんだ。
少女が設置した落とし穴へ近づき、ブラキの様子を確認すると、ぐっと体を縮めてから……一気に此方へ飛んできた。マジ洒落にならん。
そんなブラキのジャンピング土下座を緊急回避。そして、ブラキは少女が設置してくれた落とし穴の中へ。
「ラッシュかけろっ!」
「りょ、了解です!」
少女に指示をしてから、自分も急いで立ち上がり、ブラキの顔の前で抜刀からの溜め。
この大剣という武器の動作は非常に遅い。抜刀した状態じゃ、まともに走ることもできず、攻撃したところで、モンスターに躱されることも少なくない。
けれども――その一発の重さだけはどんな武器にだって負けない。
両腕に渾身の力を込め、溜めに溜めた大剣をブラキの頭へ振り下ろす。
「……すごい」
振り下ろした大剣はブラキのその立派な角を破壊。
でも、まだ俺の攻撃は終わっていない。
ブラキの角を破壊した大剣を今度は横ぶりで、その顔面をもう一度殴り、その反動を活かして今度は振りかぶるように、溜める。
俺にできる最大の攻撃を当てるため。
「ーーっらあああぁぁッ!」
そして、限界の限界まで溜めた大剣を腹の底から出した雄叫びと共に振り下ろした。
斬るんじゃない。そのブラキの顔面を
大剣がブラキに当たった瞬間、その部位が爆発。
残念ながら、ブラキに対してはそれほどのダメージを期待できないが、まぁ、ないよりはマシと言ったところか。
「えっ? あ、倒したんですか?」
「そうらしいな。お疲れ様」
全力でその顔面に大剣を振り下ろされ、更に爆発までさせたブラキの顔は悲惨なことに。そして、ブラキ自体も、落とし穴へ嵌ったまま動かなくなった。
確かに、大剣は片手剣などと比べて動作も遅く、扱い難い武器かもしれない。けれども、この武器には状況を一発で変えてくれるだけの力がある。
どんな武器よりも俺はカッコイイと思っているし、実際に強い。だからこそ、この武器はやめられない。
洞窟の切れ間から空を見上げると、ギルドの観測船が浮かんでいるのが見えた。これなら、このクエストが無事終わったことも伝わっているだろう。
「そんじゃ、ギルドからの迎えが来る前に剥ぎ取りをしちまおうか」
「はい、ありがとうございました!」
俺としては、まだ出てくれない方が嬉しいが……宝玉、出ると良いな。
◆ ◆ ◆
残念ながら、今回の剥ぎ取りでブラキの宝玉は手に入らなかったらしい。だから、宝玉は報酬に期待といったところ。まぁ、俺としてはまだ出ない方が良いんだが。
多分、もうこの少女は俺に惚れていると思うが、俺としてはもう少し仲良くなっておきたい。こういうのは焦らず、じっくりいくのが大切なんだ。
それにしても、最後の俺……絶対カッコ良かったよな。もしあの姿を世にいる女性たちへ見せることができれば、大変なことになりそうだ。
なんてことを思わないでもなかったが、あの姿はこの少女にさえ見てもらえればそれで良い。君のためなら、何度だってカッコイイ姿を見せてあげられる。
そして件の少女だが、今は就寝中。多分、緊張や強いモンスターとのクエストってことで、疲れが溜まっていたんだろう。そもそもブラキとの戦いに慣れていないんだろうが、全体的に動きが硬かった。余裕を持てとは流石に言えないが、もう少し肩の力を抜いた方が、良い動きになるだろう。
きっとこれからもブラキと戦うことになるんだ。どうか今はゆっくり休んでくれ。
パーティー……か。
ホント、懐かしすぎて、涙が出てきそうだよ。
アレから俺は前に進めているんかね? 誰か教えてくれないだろうか。
「あぅ……宝玉、ありませんでした」
「まぁ、そんなポンポン手に入る素材じゃないからな」
クエストから帰ってきて、受付嬢から報酬をもらい中身を確認。しかし、残念ながら宝玉はなかったらしい。
そしていつもなら、舌打ち混じりで報酬を渡してくる受付嬢も、今日ばかりは何故か優しかった。ツンツンしている受付嬢も可愛らしいが、そんな優しい受付嬢も……いやいや、落ち着け。俺にはこの少女がいるんだ。
いやー、モテる男は大変だな。
「それでですけど……あの、これからも……」
「もちろんだ。宝玉が手に入るまでは手伝うよ。中途半端に終わらせられるような性格でもない」
宝玉が手に入るまでなんて言わず、一生君を大切にしよう。
ただ、そんな言葉を落とすのはもう少しほど我慢。言葉にすることは簡単だが、落とすタイミングってのがあるんだ。
「本当ですか! その……私には何もできませんが、どうかよろしくお願いします」
俺の言葉に少女はぱーっと明るくなってから、嬉しそうに言葉を落とした。
いやいや、その笑顔を俺に向けてくれるだけで、お釣りは十分だ。
グッバイ、モテなかった頃の俺。もう二度と帰ってくるなよ。
帰って来てもこやし玉投げるからな。
「それじゃ、打ち上げしましょうよ! 打ち上げ」
「そうだな。今は冷たいエールを流し込みたい気分だ」
ああ、俺は幸せ者だ。こんな可愛らしく、性格も良い少女が俺の……
きっと今まで辛いことを頑張ってきたから今があるのだろう。訪れるのが少々遅い気がしないでもないが、訪れてくれただけで俺は満足だよ。
そして、クルクルと笑う少女に続いて、受付を後にしようとした時だった。
「あの」
「うん? どうした?」
いつもの受付嬢に呼び止められたのは。
申し訳ないが、俺はもうあの少女と一緒に人生を歩むと決めたんだ。大丈夫、君みたいな素敵な女性なら、きっと良い相手が見つかるよ。
「貴方のことを誤解していました」
「……誤解?」
はて、何のことだろうか。
いつもなら、一言目から容赦なく罵詈雑言を浴びせてくれる受付嬢だし、正直それには興奮しかしないが、どうにも今日は雰囲気が違う。
「女性にしか目がなく、腐ったような性格をしていると思っていましたが……貴方でも、そんなことができるんだなって。その……上手く言えませんが、どうかあの娘のこと、よろしくお願いします」
ごく自然に罵倒された気がしないでもないが、受付嬢の話をまとめると、要は俺の素晴らしさに気づいてくれたってことだろう。
もう少し……もう少しだけ、早ければ違う未来があったのかもな。未来なんて誰にも分からないが、俺は迷わず進んでいくよ。
「ああ、もちろんだ。一生大切にしてみせるよ」
そんな言葉を落としてから、受付嬢の元を後に。
きっと大切にしてみせるさ。嘘だらけの俺だが、それだけは胸張って誓える。
さて、そんじゃ、今日はパーっと飲み明かすとしようか。