「……好きですよ。先輩」
俺の目をじっと見ながら後輩が言葉を溢した。
えっ? ちょ、ちょっと待って。お願い! ホント待って! いや、俺だってお前のことは嫌いじゃないよ!? 嫌いじゃないけれど……いやいや、これはダメだって。こういうのは本当にダメだって!
今の状況が全く理解できない。なんだ? 今、俺に何が起きている?
後輩の整った顔立ちから目を離すことができない。呼吸は荒く、心臓が暴れる。グルグルと回る思考。どうしてこんなことになったのか全く分からない。
「ずっと、ずっとこうしたかった……」
後輩の熱い吐息を感じる。そして、そんな優しげな言葉を落としつつ、一歩一歩、ゆっくり俺の方へ近づいてくる後輩。
何か言葉を出さなきゃいけない。どうにかして動かなければいけない。
そうだというのに――俺の身体は動こうとしなかった。
強ばる身体。荒い呼吸に暴れる心臓。
優しく、そっと、後輩の両腕が俺の両肩へかけられた。それでも……俺の身体は動いてくれやしない。
そして、目を閉じた後輩の顔がゆっくりと近づき――
はい、本編始めます。
前回のあらすじ。
後輩がちょっと関わっちゃダメな奴かもしれないってことが分かった。
良い奴なんだけどなぁ。良い奴ではあるんだが……これはこれからの付き合い方を考える必要がありそうだ。
そりゃあ常日頃からモテたいと思っていたが、こういうことじゃない。野郎にモテてどうすんだ。少なくとも俺はちっとも嬉しくない。
「先輩。今回はどうやって戦いますか?」
「作戦はお前らに任せるよ。俺はそれに合わせるだけ。そっちの方が良いだろ」
「あっ、はい。わかりました。それじゃあ、彼女と話し合ってきますね」
ホント、良い奴なんだけどなぁ……
さてさて、後輩がホモかどうかなんてどうでも良いんだ。いや、どうでも良いことじゃないけれど、今はそれ以上に考えなきゃいけないことがあるだろう。
相手はG級のラージャン。あのふたりについていけるかねぇ……
「と、言うことで、最初にシビレ罠を使います」
遺跡平原に到着し、後輩にお願いしておいた作戦を聞いた。
まぁ、作戦と言ってもシビレ罠を使うことくらいしか決まってないが。ライトボウガンの彼女が麻痺弾だったり睡眠弾を撃つことができればもう少し違っただろう。
「了解。シビレ罠にかかっている間、俺はどの部位を叩けば良いんだ?」
「……貴方は頭をお願いします」
おぉ、俺が頭かぁ……頭は後輩に任せてしまった方が良い気がするけど、良いのだろうか。
期待してくれてるのかもしれんが、本当に俺は戦力にならんと思うぞ? G級のモンスターと戦うなんて何年振りだよ。
いや、まぁ、できるだけ頑張ってみるが。
さて、そんじゃ行くとするか。
強走薬、硬化薬グレートを飲み込み、準備は完了。足を引っ張らない程度には活躍したいところ。
「先輩、鬼人薬は飲まないんですか?」
「持ってくんの忘れた」
てか、間違えてホットドリンクを持ってきてしまったんだ。見た目が似てるんだよ、鬼人薬とホットドリンクって。
「それじゃあ、僕のを半分飲みます?」
「い、いや、遠慮するわ。それにほら。俺、鬼人薬の味が嫌いなんだ」
俺の考えすぎであってほしいが、先程の後輩の発言が発言だけにどうにも、ね。
ライトボウガンの彼女がくれると言ったら喜んでもらうんだがなぁ。
◆ ◆ ◆
「だー! もうっ、なんなんだ、コイツはさっきから俺ばかりっ……」
「せ、先輩! そのままこっちの罠へ誘導お願いします!」
遺跡平原のエリア4と呼ばれるエリアに件のラージャンを発見。
普通のラージャンと比べてもその身体は小さく、別段おかしなところも見られない。しかし、いざ戦ってみると、動きは速いわ、連続で空中回転攻撃をしてくるわとちょっとヤバい。
そして、どうしてなのかさっぱり分からんが、このゴリラったらさっきから俺しか狙わない。後輩やライトの彼女の方が絶対に攻撃しているというのに、狙われるのは俺。どうなってんだよ。挑発スキルなんて発動してないと思うんだが……
こちとらG級クエストは久しぶりなんだ。もう少し手くらい加減してくれ。
なるほど、これがモテ期か。
なんて馬鹿なことを考えつつ、後輩が仕掛けたシビレ罠へラージャンを誘導。
「ナイスです!」
誘導は成功。
ラージャンはシビレ罠のある場所へ。
後輩がラージャンの後ろ脚。彼女が胴体。そして、俺がラージャンの頭を担当。
アイテムポーチから怪力の種を取り出し、口の中へ入れてからソレを噛み砕く。そんじゃ、散々追い回してくれたお礼といこうか。
怪力の種のおかげで一時的に増加した力を使い、いつものよう抜刀して溜め。んで、限界まで溜めたところで、大剣をラージャンの顔面へ振り下ろした。
それだけで倒せるわけないが、会心率は100%。手応えは充分。
更に、横振りから振りかぶるようにもう一度溜める。
「ーーっらあああぁぁッ!」
そして、雄叫びと共に大剣を叩きつけ、その勢いのまま薙ぎ払い。
残念ながら薙ぎ払いは顔じゃなく角に当たってしまったが、その代わりにラージャンの角を1本破壊。
斬れ味は良く、振り抜きも悪くない。流石はアイツの素材を使ってもらっただけある。良い大剣だ。
「……硬いですね」
「しゃーない。相手はあのラージャンなんだ」
それだけの攻撃をラージャンへ叩きつけてやった。それでも、ゴリラはまだ倒れない。
落とし穴を使えばもう一度ラッシュをかけることができる。それで倒れてくれんかねぇ。
「乗り狙います! 空いている人は落とし穴を!」
了解。頼んだ。
これで乗りが成功すればかなり大きい。ただ……ゴリラって乗り難いんだよなぁ。暴れすぎなんだアイツは。
シビレ罠を壊し、自由になったラージャンは大きくバックステップ。
そして、咆哮をあげながらその体を覆っていた漆黒の体毛を金色へと変えた。
――金獅子。
それはラージャンの別名。
こうなる前に倒せれば良かったんだが……まぁ、仕方無い。ダメージはそれなりに入っているはずなんだ。もう少しほど頑張ってみよう。
その体を金色へ変えたラージャンは直ぐに、口から雷属性のビームを発射。狙いは相変わらず俺。
この執念とも思えるような俺への攻撃はなんなんだ。きっと前世の俺がよっぽどラージャンに酷いことをしたのだろう。
ローリングで軸をずらしながらそのビームを躱し、その勢いでラージャンの頭へ横振り。そこから更に強溜め振り。
正直なところ、ずっと逃げ回っていたい。G級のラージャン超怖い。
ただ、ラージャンで一番起こりやすい事故は他人狙いの攻撃に巻き込まれること。つまり、俺ばかりを狙ってくれるこの状況は決して悪いものじゃない。……そう思うことにしよう。
「乗りました!」
そんな声を出しながら、高台を利用してジャンプ攻撃をした後輩がラージャンの背中に。頑張れ、超頑張れ。
「……落とし穴、設置します」
「あいよー」
これで後輩が乗りを決めてくれれば、罠も合わせてもう2回ラッシュをかけられる。それだけ叩き込めば、いくらG級のラージャンだろうと倒すことができるだろう。
なんてことを考えながら武器を研いでいたら後輩の乗るラージャンに吹き飛ばされた。だからラージャンは嫌いなんだ……
そこからは特に危なげなくラージャンの討伐が完了。
後輩もちょっと引くレベルで上手かったが、ライトボウガンの彼女もなかなかだ。相手はあのラージャンだってのに、俺たちが圧倒。
改めてG級ハンターの凄さが分かった。
「お疲れ様でした!」
「……お疲れ様です」
ああ、お疲れ様。今回は本当に助かったよ。
それにしても、この大剣は本当に良い武器だ。アーティラートも良かったが、この大剣はさらに優れている気がする。俺なんかにゃちょいともったいないかもな。
「え、えと、ちょっと良いか?」
「……どうしました?」
そして、気になったことがあったからライトボウガンの彼女へ剥ぎ取りをしながら声をかけてみた。あの後輩には聞こえないよう、小さな声で。
「あの後輩ってさ。その……ちょっと特殊な性癖と言うか……つまりだな、同性愛者だったりするのか?」
「へっ? い、いえ、そんなこと聞いていませんが……」
あっ、マジで?
なんだ。じゃあ、俺が勝手に勘違いしただけだったのか。良かった。それならこれからも後輩とは良い関係でいられそうだ。
でも、あのセリフは俺がそう思っても仕方無いと思う。
「ただ……そういうのも、私は悪くないと思います」
……腐ってやがる。
結局、あの後輩のことは分からなかったが、俺はもうそれ以上、聞かないと決めた。世の中知らない方が良いことだってあるのだ。
「先輩、今日はありがとうございました!」
そして、帰りの飛行船。
「此方こそ今日は助かったよ。お前らがいなかったらどうなっていたのか分からん」
俺の知らないところでこの後輩もちゃんと成長していたんだな。そのことは俺も嬉しいよ。
「……やっぱり貴方は上手いですね。それでも大老殿には戻られないのですか? アレだけの実力があるのなら、今だって充分すぎるほどの活躍ができると思いますが」
「無茶言うな。今日だってかなりギリギリだったんだ。俺にはもうG級のモンスターと戦えるほどの実力はないよ。その分、お前らが頑張ってくれ。後輩なんかそろそろG3の上になるんだろ?」
ライトボウガンの彼女の言葉へ対し、俺はそんな言葉を落とした。
どうにか今日は足を引っ張らずに済んだが、いつボロが出てもおかしくはない。それに大老殿はバルバレと比べて可愛い子がいない。そんな場所にいたら心が死ぬ。
そして、俺の言葉を受け、何故かふたりはなんとも複雑な顔になった。
なんだ? そんなおかしなことは言ってないと思うんだが……
「その、ですね……言い難いことですが、先輩がつけている勲章はもうないんです」
あら。そうだったのか。
んじゃあ、G3が一番上の階級ってことになるっぽいな。なんだよ、後輩ったらもう一流のハンターじゃないか。
「そりゃあ、またどうしてだ?」
とは言え、なんでまた廃止したのやら。別にあったところで悪いものでもないだろうに。
「……貴方たちのことがあったからと聞いています」
俺へ謝るかのようにライトボウガンの彼女が言葉を落とした。
……これはミスったな。
「なるほど、ね。あー……悪いな。そんなこと聞いちゃって」
ふたりが複雑な顔をしたのも納得。
まぁ、あんなことがあったんだ。確かに縁起の良いものじゃないわな。俺はあまりそういうことを気にしない方だが、ハンターは特にそういうことを嫌う。5人以上でクエストへ行かないのもそういった理由だし。
ん~……じゃあ、この勲章を持っているのは俺しかいないってことになるのか。それはまた、なんだかこそばゆいな……もう付けないようにしよう。
「いえ、先輩はあの後、直ぐに大老殿を離れてしまいましたし……」
しまったな。そんなつもりはなかったのに、雰囲気が重くなった。
此処で、懇親のギャグを披露するのも吝かでないが、其処までの勇気は俺にない。
「……本当に戻って来てはくれないのですか?」
今度はまるで訴えるかのような顔で後輩が言葉を落とした。
何度も戻る気はないって言ったんだがなぁ。どうして其処まで俺にこだわるんだ。俺なんかを連れて行くより、もっと良いハンターが沢山いるだろ。
「何度も言ってるが戻らないよ。なんだって其処まで俺にこだわる。俺より上手いハンターなぞいくらでもいるだろうに」
あの戦いで俺は仲間を失った。
俺が大老殿で活躍できたのは、仲間が――あのふたりがいたからこそのこと。
申し訳ないとは思っているが、ひとりになってしまった俺に期待されているほどの力はない。
「……これはまだ噂でしかありません。正式にそうだと決まったわけではありません。……そんな状態です。そんな状態ですが――」
俺の言葉を受け、顔を落としながら、ぽつりぽつり言葉を落とし始めた後輩。
……噂、ねぇ。
嫌な予感ばかりが膨らむ。
何故か、背中に担いでいる大剣がやたらと重く感じた。
「黒龍――ミラボレアスらしきモンスターが確認されたそうです」