『艦娘記念館』前
マンホールがガタゴトと揺れて少し浮き上がると持ち上がる。
少しずらして私の頭から妖精は外に飛び出した。この場所は港に近いために、もしかしたら危険があるかもしれない。そのために周囲の確認が必要であった。
「よし、大丈夫みたいだ」
そう言って妖精は蓋をずらし切って、私が通れるようにしてくれた。
「よいしょ、っと。ふぅ、やっと着いた」
「ここは?倉庫のようだが?」
確かに倉庫のように見えるのも無理はない。私にもそう見えるが、ここはれっきとした記念館だ。
「ここはね、艦娘記念館。海軍が開示しているほとんど全ての海軍の資料と――――解体されずに残った、艤装が残ってる」
元は海軍の施設だったと聞く。その一つをとり壊さずに残し、艦娘たちの戦った証を残す場として利用した。
扉の前まで走り寄り、開けようとして見たが鍵がかかっていた。
そう言えば、お店でしばらくの間閉鎖するとかいう話を聞いた記憶がある。きっと最近はずっと閉鎖されていたのだろう。
「ちょっと待ってて。鍵を壊すもの持ってくるから」
「いや、必要ない。私に任せたまえ。下がってなさい」
「え?でも……」
妖精さんは私に下がるように手で表すと、どこからともなく何かを取り出した。
小さいものだったのではっきりとは分からなかったが、何かの工具のようだった。
スパナ?
「……100年も経てば姿も変わるものだな」
なにか呟いたように思ったが、その直後に響いたガラスの割れる音で遮られてしまった。結構な分厚さがあったはずのガラス戸が粉々に砕けていた。一体、何をどうしたのだろう?
「火事場泥棒みたいだね」
「事態が事態だ。手段を選んでいる暇はない」
「そ、そうだね……泥棒じゃないけど、使えるものは盗んでも使わなくちゃ……うわっ、暗いなぁ」
記念館の中は非常灯の赤いランプのみが唯一の光源だった。だが、無料で入れるため1000回近くは訪れた場所だ。大体の場所は記憶している。
エントランスに立つと、右手に手軽な飲食のできるカフェがあり、その隣にお土産屋。左手には資料室があり、貴重なものはその横の展示室でケースの中に収められている。
そして、正面に行くとそこにあるのが「投錨の間」と言われている艤装の展示室だ。
シャッターが下りていたために、妖精が持ち上げると、いつも目にしている光景がそこには広がっている。
「…………これは」
どうもその声色は驚いた様子であった。
始めてきた人は恐らく圧倒されるだろう。艦娘は身に着けていたその艤装の存在に。
ここには様々な艦種の艤装が合計50点展示されている。
正面最奥にあるのは、戦艦「長門」の艤装。他の艤装よりも一回り大きく、重厚な装甲、巨大な砲身を持つ「41㎝連装砲」、そのすべてが圧倒的な存在感を持つ。
艦娘史における彼女は、連合艦隊旗艦。船であった時とは違い、艦隊を率いて最前線で戦い、同時にその場の指揮を一任され、勝利へと導く存在であった。
その隣に並ぶのが、高速戦艦として多くの作戦で活躍した金剛型の艤装。ここにあるのは「榛名」の持っていた艤装だ。
姉妹艦とは異なる少し特殊な艤装らしく、ダズル迷彩と呼ばれる縞模様が施されているのが特徴的だ。
右手の方に目を向けるとそこには空母と重巡洋艦の艤装が残っている。
正規空母「赤城」の飛行甲板。私の背丈くらいあり、少し霞んでいるが「ア」の文字が描かれているのが特徴的だ。
彼女は空母機動部隊の旗艦として、すべての空を護る空母そのすべてを率いた存在だ。赤城についての逸話は非常に多く、たった一人で敵艦隊を壊滅させた話などが有名どころだ。
その横にあるのが、空母「鳳翔」の飛行甲板。赤城に比べると一回り小ぶりなのだが、この世界に初めて生まれた空母の艦娘としての彼女の存在は大きい。
本来船でありながら人の身体を得た艦娘たちの特に空母の戦闘方法を体系化し、あの赤城を育て上げた方なのだ。
そして、艦載機「九九式艦上爆撃機」「九七式艦上攻撃機」「零式艦上戦闘機二一型」と空母が用いていた艦載機のレプリカが展示されている。
左手には、軽巡洋艦、駆逐艦の艤装が展示されている。戦艦や空母には迫力こそ劣るが、そこには深く戦いの跡が刻み込まれている。
軽巡洋艦「神通」の艤装が展示されているのだが、これはかなり壮絶なものだった。いわゆる大破状態のものなのだ。
「20.3㎝連装砲」「61㎝四連装酸素魚雷発射管」「探照灯」なのだが、魚雷発射管は亀裂が走り、おおよそ使えるものではなかった。
だが、艦娘史における彼女はいわゆる轟沈はしていない。これは最期の戦いにおける損傷で、水雷戦隊を率いて多くの深海棲艦を屠った彼女の武功の証らしい。
名指揮艦として名高かった彼女は駆逐艦の育成を行っており、水雷戦隊の文献では必ず彼女と「華の二水戦」の名前は登場する。
そして、ちょっと離れ駆逐艦「雪風」の艤装が展示してある。
奇跡の駆逐艦と呼ばれるほどの豪運を持っていたと言われる彼女は被弾した記録がほとんどない。その癖に参加した作戦は多くの被害が出た高難度のものばかりで、その作戦の中で展示されているその魚雷で多くの敵艦を沈めた武勲まで持っている。
その他に「22号水上電探」になぜか双眼鏡を展示されているが、これは彼女を指揮していた提督から譲り受けたものらしい。彼女にとってはお守りのようなものだったと残されている。
一部を掻い摘んだが、その他にも「高雄」や「妙高」「利根」「北上」「大淀」「響」「霞」などなど多くの艦娘の艤装が彼女たちのちょっとしたエピソードを添えて展示してあるのだ。
少し錆が目立つが、終戦後解体となり修復もされずに展示されたこの艤装は、当時の戦況をそのままこの時代に伝える一つの架け橋であった。
た だの鉄の塊ではなく、平和の祈りと願いの宿る鋼の魂。
広大なフロアに展示されるその全てが薄暗い空間の中にその存在を示すように微かな光を放っていた。
「どう?なにか使えそうなものはないかな?」
「……」
妖精の表情は決して豊かとはいえない。しかし、どこか物悲しそうな目をフロア全体に向けていた。
「妖精さん?どうしたの?」
「少しだけ見て回らせてもらえないか?じっくりと見てみたい」
「……うん、わかった。私ちょっと他のところも探してくるね。気になるところがあるし」
*
「―――君たちの魂はなぜここに留まっているんだ?もう戦いは終わったじゃないか……?」
妖精は問いかける。
返るはずもない問いを投げかける。
*
小学生のころだったか、夏休みの自由研究で私はこの町の歴史について調べ上げた。
と言うのも、この町にはそれなりの歴史、戦史があったので、多くの友達が同じような題目で作ってきていたのを知っている。
そんな中で私が取り上げたのは、この町に残る多くの謎というものだった。確か私が小学6年、12歳の時だ。
よくこの「艦娘記念館」に訪れていた私は、この施設の地理的な矛盾を感じていたのだ。
まずは入口にある館内地図。これはネット上にも転がっていたため簡単に手に入った。もうひとつは、図書館で手に入れたこの町の記念館周辺の地図と、この記念館の見取り図。図書館にもよるが、歴史的建築物の設計図や見取り図のコピーが収められているところがある。この町は奇跡の復興を遂げた象徴となる建築物が多く存在しているために、それが保存されている。
この2つを照らし合わせて、明らかにおかしな空間が一部。その場所は内部からも行ける場所なのだが、何もないのだ。ただの壁があるだけ。外からその場所を見てみても、ただの壁でなにもない。
もうひとつ。見取り図のコピーなのだが、ページ数が飛んでいるのだ。しかし、足りない箇所は一切ない。私たちに見えていない何かがあるとすれば、もしかしたらこの記念館には何か隠されているのかもしれない。
そんなことを6年生の頃に発表したら、結構いい評価をもらえた。あの頃は都市伝説なんかが好奇心をくすぐる頃だったので級友からも面白いとの声が多くあった。
先生には「面白い話だが、好奇心猫を殺すという言葉がある。お前は夢中になりすぎるあまり周りが見えなくなるから気を付けなさい」とのコメントをもらった。
そんなわけで私は資料室に来たのだが、何度見てもやっぱりここは壁なのだ。
「うーん、やっぱり何もないのかな?」
擦ってみたり押してみたり叩いてみたりしたが、何も変化はない。近くにスイッチか何かあるんじゃないかと、書棚を推したり引いたりして見たが、結局何も見つからなかった。
「内側からじゃなくて外からなのかな……よし、一回外に出て……あぁ、外は危ないんだった」
なにか仕掛けがあって隠し扉でもあるのかというのが私の考えだったが、そんなものはなかったらしく、私は肩を落としながら妖精のいる場所に戻ろうとした。
「あぁ。ここを嗅ぎつけるとは、君はいい鼻をしている」
妖精はいつの間にか私の側の書棚に乗っていた。
「あっ、妖精さん。どうだった?」
「まあ、一通り見てなんとなく考えはまとまった。それでここに来たのだが、君がいるとは……そこを開けるのは君の力では無理だろう」
そう言うと、妖精は書棚から降りて取り出したスパナで壁をぶん殴る。
といっても、妖精の背の高さだとかなり足元になるのだが、そこの壁が剥がれ落ちた。
「こんなに分かりにくい仕掛けはない。まあ、作った私が言うのもなんだが…」
「…妖精さんってどのくらい生きてるの?」
「私たちに生という概念はないよ。話せば長くなるが、よしっ」
小さなでっぱりがあり、それを引っ張り出すと、長い鉄の棒が現れる。途中に関節がありそこで折り曲げるとレバーのようになる。
思いっ切り横に倒す。ガコン、と何かが外れたような音がして、壁が少しだけ浮き上がった。
「さて、これで道が開いた訳だ」
―――――地下
壁が浮き、その先に道が現れた。と言っても、小さなスペースにあったのは階段。
地下に続く階段がそこにはあり、真っ暗な口が開いていた。
妖精はその先に何があるか知っているらしく、私もその後を続いた。
それほど長くはなく、視界は悪かったので壁伝いにゆっくりと降りていくと、錆びた鉄の扉があった。
なぜか鍵はかかっておらず、私はその扉をぐっと押した。
「―――何ですかこれは!?」
扉を開けた瞬間に、その前に広がった空間に明かりが点っていく。
その先に広がる光景に私は思わず声を上げた。
壁を伝う大量の配管。巨大なモニター。コンソールがその下に広がり、スロット台のようなものに数字が並んでいた。
クレーンが大量のコンテナの中から首を出して、まだ奥の方にも部屋があるらしかったが、地下にこんなに広い空間があるとは思いもよらなかった。
「あぁ、懐かしい装置だな。動けばいいが……」
妖精は足を進めていき、正面にあった巨大な装置を眺め始めた。
「流石に劣化はしているが、私たちの技術だ。使えるみたいだな。ちょっとだけメンテナンスをしよう」
「えーっと、これは何ですか?」
私は辺りを見渡しながら妖精の後を追った。
「君は知らないだろう。私も最初は気づかなかった。ここはかつて工廠だった施設だ。あぁ、錆がすごい…これは厳しいな」
「こ、ここが工廠?」
「艦娘は大戦後、すべて解体され、一部の艤装を除いてその技術も永遠に闇に葬られた」
妖精はどこからか装置の内部へと入り、ぼそぼそと呟き始めた。「配線が切れてる」だとか「油を差さないと」だと。
「だが、人間は臆病だった。政府にばれないように一部の技術を隠ぺいしたんだ。こんな外観まで作り変えて記念館にしてしまって、地上にあった施設をそのまま地下に移転させた」
小さな手が穴からひょこりと出て「その線をとってくれ」と言う。近くに巻かれておかれていた配線を取って渡すと手はまた引っ込んだ。
中でバジジジと溶接をするような音がする。パチン、と音がすると、装置からモーター音のような音が響き始めた。
これでよし、と妖精は穴から飛び出すと、今度は近くのコンソール板に乗り操作を始める。
「そ、それで、これは何なんですか?」
「これは―――建造ドッグ。艦娘誕生のすべてを司る母なる装置だ」
「えっ、じゃあ、艦娘を作れるの?」
「いや、流石に劣化が激しい。100年も経って使える機械など存在しない。だが、これを作ったのは私たちだ。少し時間がかかるが……なんとかなるだろう」
妖精は金槌を取り出すと、再び私の目の届かないところにいく。カーンカーンと槌を振るう音が響き始めた。
「……ねえ、教えて。何をするの?」
「ざっと見たところ、ハード側は一部使える部分がある。取り換えが効く箇所もあるからな。ソフト側をもう一度構築し直して、別のシステムに切り替える」
まあ、話すと長くなる、と話を切って、ふぅと息を吐く音が聞こえた。
「……改造ドックをこの場で構築する。建造ドックを壊してしまうことになるが致し方あるまい」
「これを壊すの?って、今から作るの?そんな装置を?」
キィィィンと何かの機械の音がして私の声はかき消されてしまう。少し待って音が止むと、私はもう一度尋ねた。
「今から作るんですか?」
「私たちを舐めてもらっては困る。昔は十秒に一隻艦娘を作っていた時代もあった。おっと、これは内密に頼む」
「本当に妖精さんってすごいんだね」
妖精の存在は多くの記録がある。その活動から様々な推測がなされたが、そもそも外部の人間に観測されたことがなかった。そのために彼らの技術には多くの謎が残っていたのだが、私は今それを目の当たりにしていることになる。
しかし、彼らは一体どこから来たのだろうか?
先ほどははぐらかされたが、この妖精はこの場所を知っているらしかった。
ここが作られたのは、96年前、大戦がが終了してしばらくしてだが、それだけの月日が流れている。
「生という概念もない」と言った。じゃあ、目の前で生きているこの生き物は生き物ではないのか?
「……ねえ、どこから来たの?なぜあなたたちは存在するの?」
艦娘に対してと同じような疑問を抱いた。
「話せば長くなる。今はそんな時間はない。あれを持ってきてくれ。押せば動くはずだ」
先程から話せば長くなる、とばかり。簡単な存在でないことは理解している。
だが、知るということを焦らされているこの状況はとても気持ち悪いのだ。
いつもは図書館に駆け込んで調べ上げれば分かることが多くあった。簡単なことなら携帯端末からネットにアクセスして調べればわかることだ。
だが、妖精の存在は、歴史上の謎なのだ。
そもそも、艦娘について知らなければ、その存在そのものを知ることがないくらいにその存在はあやふやだ。単に艦娘の存在が大きいだけなのかもしれないが。
「う、うん、また変な装置だなぁ。よいしょ」
私はベッドのようなクッションの付いた装置を押して運んだ。
「うーーーーん」
キャスターが付いている訳でもなく、押せば動かないこともなかったのだが、それなりに重く床を擦りながら動かした。
「……ところで、君はマルロクイチ計画を知っているか?」
ガチャガチャと音を立てながら、作業を続ける妖精は私にそんなことを訊いてきた。
「う、うん。第三次東京湾海戦から第一次近海奪還作戦の間に行われた計画、一番最初に艦娘が建造された計画だよね?」
艦娘史では欠かせない計画名だ。
すべての伝説の始まりであり、人類が反撃の狼煙を上げた始まりの計画。
今度は外に出てきて外部を槌で打ち始めた。リズムのいい音が静かな空間に響く。
「艦娘がどのようにして生まれたか、知っているか?」
「流石にそこまでの情報は……妖精さんが持ってきた謎技術ってことくらいしか」
艦娘は妖精がもたらした技術によって生まれた。
マルロクイチ計画は、有名な割にそれに関する資料が異常に少ないことでも知られている。
残っているものは、当時の防衛大臣の書状とその計画の概要を記す資料の断片のみ。計画そのものは別の資料に名前が登場し、これが艦娘の始まりだと考えられた。
どのようにして、艦娘を生み出す技術が生まれたのかは一切合切謎なのだ。
その後、登場した妖精と言う謎の存在が大きくかかわっているというのが今の段階での推論なのだが、妖精は首を横に振った。
「違うな。私たち妖精は艦娘たちより後に発見された。最初は人間の完全な試行錯誤だった」
電動ドライバーの音が響きながら妖精は大きめの声でそう言った。
「艦娘は人間をベースにして作られたんだ。一番最初はな。だが、150の実験を行い、3人だけしか成功しなかった」
思わず、装置を押していた手が止まった。
「他はみんな……死んだの?」
「あぁ、体が拒絶反応を起こした。負荷に耐えられなかったんだ。このケーブルを同じ色の端子に繋いでくれ」
衝撃的な話だった。
艦娘の始まりは人間であり、その過程で多くの犠牲が生まれていたことは。
私は彼女たちの武勇だけを見てきたわけではないが、彼女たちの記述はほとんどが華々しいものであり、また血生臭い戦いの中で勇壮に立ち振る舞う彼女たちの姿なのだ。
しかし、その姿が生まれるまでに、彼女たち自身にも闇というものが存在していたことに私はこのとき気づかされた。
「ちょ、ちょっと待って。50人に1人の割合って……艦娘は少なくとも200人はいたはずだよ?一体、どれだけの犠牲が」
装置を妖精の下まで運び終えると、ケーブルを投げ渡された。それを拾いながら問いかけた。
「だから、私たちが現れた。そもそも、人間の体に艦船の力を与えることが間違いだった」
つまり、歴史の順序が逆になる。
今までは妖精の登場が先だと考えられていた艦娘誕生秘話が覆る。
……あれ?私は今とんでもない話をしているんじゃないんだろうか?
「そうなるように設計した人工的な体を作るべきだったんだ。それが建造システムの始まりだ。あぁ、こっちを直視しないでくれ。光で目がやられるぞ」
妖精は溶接を始めるらしかったので私は背を向けながら、ケーブルを一つ一つ繋げていく。
「デザインベイビーみたいなこと?」
「簡単に言えばな。だが、面白いことに人間をベースにした艦娘。その3人だが他の艦娘よりずば抜けて強かった。それこそ欠陥はあった。だが、彼女たちは人間らしかった。人間だからこそだろう。あそこまで強かったのは」
「繋ぎ終わったよ。他にすることはある?」
「いや、これで終わりだ。さて、起動しよう。離れているんだ」
ピピピピピと音を立てながらコンソールを操作し始めると、装置が不思議な音を立てて起動したらしかった。
鍵が外れていく音がした後に、少しぎこちない動きではあったが、装置は大きく展開した。
「開いた……手術台みたい」
「なんとか起動までは持ち込めたな、ひとまず改造ドックを構築することができた」
「そ、それで、上にある艤装を運べば――――」
「さて、賭けをしよう」
そんな言葉で私の言葉はかき消された。その声が妙に重たく私は思わず言葉を絶つ。
「君を50分の1ギャンブルに参加させてあげよう」
「……え?」
「――――君が艦娘になるんだ。それか死体か。どちらにしても、君は私の前で啖呵を切ってここまで来た。覚悟はできていたんだろう?あれと戦う覚悟が。私は手を尽くしたぞ?」
耳を疑った。疑わざるを得なかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私なんかが艦娘になんて……」
「君は言った。この町には艦娘の兵器があると」
「私はここに展示されている艤装を使えば、戦えるんじゃないかって……置き砲台にとかできないの?台車に乗せて大砲みたいにしたり―――」
「何を言っている?艦娘以外の人間が艤装を扱えるわけがないだろう?あれはそんなに単純なものではない」
妖精は私の言葉を強く切り捨てた。
「そもそも艤装とはデリケートだ。ろくに整備されていない展示品など使えば爆発するぞ?」
手に持っていた槌を床に投げ捨てる。
ゴン、とコンクリートの地面に叩きつけられ、無言の私の耳に強く響いた。
「私は確信していたよ。この町にある艦娘の兵器、それは艦娘になり得る最高の素材、つまり君だ」
「そ、そんな……ど、どうして私なの?」
「初めから天秤にかけられていたことに気づいていないのか?」
「君は私が見えているんだろう?それが何よりの素質だ」
「あっ……」
妖精の存在が知られていながら、その存在が外部の人間に全く観測されずに記録が少ないことについて一つの仮説があった。
そもそも、妖精の様子などが明記されている資料の多くは艦娘自身が書いた手記や報告書などが元になっている。そこから妖精と言う存在が艦娘と共にあったのだという事実が知られたのだ。
艦娘が町の中を歩く光景があったとしても、妖精たちがそこにいることはなかった。
いや、なかったのではなく、「
妖精と艦娘は切っても離せない存在だ。彼女たちの間に何かしらの特殊な関係があってもおかしくはない。
妖精は人間には見えない。
それは逆に言えば、「妖精は艦娘には見える存在」と言うこと。
私が見ているものがすべて、イ級にこの命を屠られた後に見ている夢でないのだとしたら、私には妖精の姿が見えている。
「だから、建造ドックは不要なんだ。行うのは人体を艦娘に『改造』することだ」
私の思考は一度妖精の言葉に遮られた。
「ここにある設備と私の技術なら君を艦娘にできるかもしれない。確率こそかなり低いが…安心しろ。最高の艤装を作ってやる。簡単に沈むことはないさ」
妖精がコンソールを叩くと、装置の近くにあったクレーンが動き始める。
コンテナを持ち上げるのではなく、その先の釣り針でコンテナを叩く。衝撃で扉がひしゃげ中身がぶちまけられた。
大量の弾薬、鋼材、ボーキサイト。
その奥のコンテナは丁寧に扉がはがされ、大量のドラム缶に詰まった燃料。
艦娘を運用するには十分な……いや、一つの鎮守府が動かせるくらいの量がそこにはあった。
「覚悟を決めろ。守りたいならその身を捧げ。悪魔を倒すには悪魔の技術に頼るしかないんだ」
私自身が語ったことだった。深海棲艦は悪魔だ。もしくは神なのかもしれない。
それらを殺すには、悪魔、もしくは神に匹敵する力を手に入れる必要がある。
倫理も道徳もない「悪魔の技術」なのだ。艦娘たちは悪魔を殺すために悪魔の力を得た存在。もしくは、神を殺すために神の力を得た存在。
どちらにせよ、代償としてその体は人のものではなくなる。
並の重圧ではなかった。
発表会で前に立つ時よりも、プールの飛び込み台から飛び込む時よりも、強い。心臓を鷲掴みにされているかのような痛みに間違うほどの息苦しさ。
「……ねえ、一つだけ聞かせて。あなたが私の前に現れたのは偶然? それとも必然?」
「……それは私の知るところではないだろう」
「だったら、どうしてあの場所にいたの?」
「さあ、偶然じゃないだろうか?」
「私はね……艦娘にずっと憧れていた。駆逐艦も軽巡も重巡も空母も戦艦も……その他のすべての艦種の艦娘に。こんな形で近づけるだなんて、思いもしなかった」
あぁ、そうだ。艦娘は私の憧れなのだ。永遠に手を伸ばし続けたい夢の存在。
海の女神に憧れ、彼女たちと同じ道を歩もうと、彼女たちを知り、彼女たちのように生きて、何かの役に立つことを彼女たちから学びたいというのが私の夢。
そのことを真っ向から否定した友人のことを私はふと思い出した。
「私には友達がいるの。その友達がね、『平和な世界に艦娘は必要ない』って……『艦娘は平和ではない証』だって」
彼女は正しかった。ただの綺麗事を私の理想に重ねて夢を見ているに気付かせてくれた。
「正しいよ……悔しいくらいに正しかったよ。否定できなかったから誤魔化しちゃった」
私の根幹が揺らいだ。
彼女たちに憧れた私というものが揺らいだ。
「艦娘の存在意義は戦うこと。紛れもない兵器。それになるなんて……いくら憧れでも私一人じゃ決断できないよ」
揺らぎに揺らいだ私の脳裏に浮かぶのはかけがえのない存在。
仮に私が艦娘になったとしたらどうなる?私はその身を賭して人類防衛のために戦う身となる。
それこそ、護国献身。
己を顧みず、脅威に立ち向かうために、それ以外のものを切り捨てる勇気と覚悟がいる。
「お父さんもお母さんもお婆ちゃんも、友ちゃんも、うちに来てくれるおじさんたちも、学校のみんなも先生も…私には大切な存在だから、捨てきれないよ……怖いよ」
一歩先に踏み出すには、私の後ろ脚を引く存在が多すぎた。
一歩先に踏み出すことは―――いや、私にはスタートラインに立つ覚悟も勇気も資格もない。
所詮は「憧れ」という言葉で誤魔化し続けた卑怯者だ。
「――――ごめんなさい」
私は逃げ出した。
日曜の間に完結させたかった…