艦娘が伝説となった時代   作:Ti

63 / 65
約束の船

 あぁ、ここに来てどれほどのことを知ったのだろう。

 

 これまでの私の全ての戦いが――――私が人間であって、艦娘であった時間よりもずっと長い時間をここで過ごしていたような気がするほどに濃密な時間だった。

 

 多くの真実を知った。

 世に広く知られている事の真実を。

 世に決して出ることのなかった闇の真実を。

 

 ただひとつ――――この真実だけは私の胸の奥に留めるべきだ。

 

 そう決断したのは、私の為なんかじゃない。

 艦娘とか深海棲艦とか人類とかそんなものは一切関係ない。

 ただ、私は過去に確かに存在した1人の少女を知り、それを知るべきでなかったと言うことだけを知った。

 

 「少女A」という彼女はあまりにもイレギュラー過ぎた。

 なぜ艦娘の存在を過去の者たちがこれほどまでに隠匿したのかを充分理解できるほどに。

 ただ、彼女と言うただ1人の少女の為だけに、この100年は存在していたのだから。

 

 だから、これは何も知らなかっただけの私への楔だ。

 そして、この100年を偽りのものにしないための鎖だ。

 

 今はまだ話せない。

 私が知ったと言う事実さえもこの世界になかったかのように、私は明日からもあの子と接していくのだ。

 

全ての願いの代弁者になるはずだった彼女は、知っていたのかもしれない。

知らなかったのかもしれない。

そのどちらでもいい。私には知られたくなかったことなのは紛れもない確かなことなのだから。

 

 

 志童金安ではない別の神官装束の女性、比女河ユミに連れられた私は大きなカプセルの前に立っていた。数時間前に、呉の提督がこの島に辿り着き、今はそちらとの会談で志童は忙しい。しかし、私に託すために腹心にこの道を示して、私をここに連れてきた。

 

「彼女は旧人類が作り上げた鍵です。そして、あなたこそがその鍵を鍵穴に差し込み捻る者です」

 別れ際に志童さんが残した言葉の意味を深く考える必要はない。きっとそのままなのだろう。

 私の予想が正しければ、彼女は別の場所で、別の神官装束の人物に連れられて、この島の奥深くに眠る誰かに会っているはずだ。全ての核心である、誰かに。

 

 私も誰かに会っているのだ。

 目の前にあるのは巨大なカプセルだがそこには誰かが浮いていた。

 長い睫毛の眼を閉じて、まるで標本のように液体の中で眠りにつく美しい女性と。

 

 カプセルの下には、プレートがはめ込まれていた。

 恐らくこれがこの女性の名前であり、私の親友が会っている人が残した最後の盾だ。

 

 ブイン基地のあの人を思い出す。

 彼女は不意に100年後のこの世界に遺されてしまった。

 だが、この人は違う。誰かとの約束で故意にここに遺されている。ずっと誰かを待っていたのだろう。それはこの女性が約束した誰かの意思を継ぐ存在。

 

 ここに私が居ると言うことは、立たされていると言うことは、私がそういうことだ 

 だからこそ私は彼女に呼びかけるのだ、約束を果たしに来たと、脳裏を微かに掠めるかつての記憶を手繰り寄せながら。過去の彼女との記憶を、『私』から受け取りながら。

 

 

「――――起きてください、《大和》さん」

 

 100年前との約束の船―――戦艦《大和》を目覚めさせるために。

 

 

 

 

      *

 

 

 

「可能性ですか?」

 

「はい、可能性です。恐らくどこかで耳になされたのでは? 艦娘が人類の可能性であると同時に、深海棲艦は生物の進化の可能性であるということを」

 

 そう言えば、そんなことをどこかで聞いたような気がする。

 もう随分と昔のような気もするのだが、あれは妖精の口から聞いたものだったか。

 

「私の仕事は100年前に既に危惧されていたあらゆる可能性を想定して、それに対抗する策を練りながら約束の日を待つこと。先代の《叢雲》を始めとし、《長門》、《赤城》と言った艦娘たちを率いてきた存在は自分たちの存在が故に未来に起こりうるであろうあらゆる可能性を想定して、戦後の復興の中で多くの対抗策を後世に残しました。その1つは既にご存知かと思います、《天叢雲剣》です」

 

「全ての戦いを終わらせるシステムですね……あれは本当に使えるのでしょうか?」

 

「分かりません。一度も使われたことはないのですから」

 

 まあ、その通りだ。使われていたのならば、私がここに存在している訳がない。

 

「それに簡単に使う訳にもいかないので。あれは可能性を殺すものです。悪い可能性だけではなく、良き可能性までも。いざという時まで使うことができない諸刃の剣。それに対を為し、最期の瞬間まで人類を剣無くして守り抜くために、先代の《叢雲》はある艦娘と約束を交わしました」

 

「それが、彼女ですか?」

 

「はい。人類を守る盾、日本国が保持する最大最強2隻の戦艦のその1隻。彼女は戦時世話になった《長門》からの推薦もあり、《叢雲》の命でこの時代に残る決断をしました」

 

「……1つ疑問に残るのですが」

 

「なぜもっと早く《大和》を目覚めさせなかったのかですね。理由は非常に簡単ですが、やや複雑でもあります。その力が人類の手に余るためです。戦艦大和はその二番艦《武蔵》と同様、その時代のあらゆる技術をつぎ込んで生み出されたスペックだけでは最強と謳われても過言ではない存在です。今の時代ではオーバーテクノロジーとも呼ばれてもおかしくない前時代の遺物です。容易く人の手に渡れば、この力を乱用し、自らさえ死地に追い込みかねない代物なのです」

 

「来るべきのみに使われるべき、決戦兵器だと?」

 

「えぇ、皮肉にもそれは彼女が艦艇であった時代から変わりませんでした。そして約束でもありました。この地に辿り着いた艦娘によって彼女を目覚めさせるべきであると」

 

「例え、ここに辿り着く艦娘が存在せずに、人類が滅んでしまったとしてもですか?」

 

「はい、その通りです。そもそもこの時代において、艦娘がこの地に辿り着く以外に人類を救う術は存在しません。もう戦いはそこまで泥沼化してしまっています」

 

 

「……なんとなく理解できたような気がします。この島がどうしてここまで秘匿されてきたのかと言う理由が。それでも」

 

「それでも?」

 

「もっと早く知れてたのなら、失わずに済んだものがあったのかもしれないとどこか悔しさを抱いてしまいます」

 

「吹雪さんの戦う理由は、そのひとつだけなんですね」

 

 ユミさんはそう言って笑った。面白いものでも見つけたかのように。私を見て笑った。

 

「何かおかしいですか?」

 

 理由も分からず首をかしげて尋ねると、失礼な振舞いをしたかのように咳込んで無理やり笑いを止めたユミさんが急いで整えた真面目な顔で私に答えた。

 

「いえ、本来の艦娘の方々にはないものですから……そう言うものは」

 

 本来の艦娘にはない理由。あぁ、全くその通りだ。

 私が人間であったがために生まれた特別な理由。目的は一緒でも戦う理由が違うと言われるのにはいまだ違和感がある。彼女たちだって、守りたいものの為に戦っているはずなのに。

 

「艦娘にだって……ちゃんとあると思いますよ。こんな理由が」

 

 絶対に『償い』の為なんかじゃない。悪と対峙するために必然性が生み出した善の化身なんかじゃない。

 相対する者の姿を見て憐れみを、自責の念を、そんな感情ばかりを抱いた訳じゃない。

 

 人間であった私と、人間となった艦娘たち。

 少しずつでも近付いて行けるはずだ。彼女たちが今の時代を作り出したのだから。

 この世界を守ってきたのだから。戦いの中で、営みの中で、人間たちと触れてきたのだから。

 

 

 ふと、部屋の奥の方からカツンと足音が響いた。

 ふわりとなびいた長い艶のある黒髪は1つに結われていて、電探を模した簪のようなもので留められていた。

 

 

「準備が整ったようですね」

 

 ユミさんの言葉通り、目覚めた彼女はかつての姿を取り戻していた。

 紅白の装束は肩の辺りが露出していて、襟もとには軍艦の象徴である菊の紋印が飾られている。

 靴下が非対称で左足だけニーソックスになっており、「非理法権天」の文字が力強く描かれていた。

 長い睫毛、大きな瞳、美しい容姿に浮かぶ柔らかな笑みから窺える上品な気配は大和撫子と呼ぶに相応しい。

 

「おはようございます……吹雪さん、で良いのですよね?」

 

 身長も高く出るとこ出てて締まるとこは締まってるスタイルの良さに思わず見惚れるかのように彼女の顔を見上げた。と言うか、見惚れてしまっててしばらくぽかんと口を開けて我を失っていた。

 

「……はっ!はい、吹雪です……この時代のですけど」

 

 急いで自分を取り繕って、返事をする。口元に手を当ててクスクスと少し笑うと、

 

「大和型戦艦一番艦、《大和》です。盟友との誓いに従い、あなたの盾となります。よろしくお願いしますね」

 

「は、はい!」

 そう言って差し出された手を私は迷わずにとって強く握り返した。

 

 

 

 

      *

 

 

 

「―――沖合二〇㎞地点、艦影あり!!」

 呉より証篠たちを乗せて訪れたイージス艦《ちょうかい》の船内は慌ただしくなっていた。

 甲板の観測員より、CICに通信が入る。

 

「艦影だと? レーダーには何も映っていないぞ!?!?」

 CICに映るディスプレイのどれにも敵艦影らしきものは確認されていない。最新のレーダーを搭載しているため充分に捕捉できる距離と環境だ。それなのに、辺りに広がっているのは静かな海だけだ。

 

「目視により南方の霧の中に巨大な影を確認しました。南から東へ約20ノットで進行中。艦種の特定は難しいですがかなり大型かと」

 

「……とにかく証篠大佐に報告だ。本艦は戦闘準備を進めよ」

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 証篠と志童が会談している部屋にも異変の連絡は訪れた。

 やってきた使用人が志童の耳元に言伝をする。その様子を薄ら笑いを浮かべて見ていた証篠が、軽い口調で問いかけた。

 

「緊急事態かなー?」

 

「えぇ、沖合に巨大な影が出現したようです。艦娘の方々が艤装の返還を要請してきたと。全て返還するように命じておきました」

 

「ふーん……で、どこまでが想定のうちなの?」

 

「出現のタイミングはやや早かったようですね。ですが、接近はしてこないでしょう」

 

「迎え撃てばこちらが損害を被るだけと?」

 

「『あれ』は既にあなた方を捕捉しているでしょう。いつの時間帯にここを発とうともいずれ襲い掛かって来ます。それが霧の中になるか、視界の開けた海上でか、昼か夜かの違いしかありません」

 

「はぁ……叢雲と吹雪は?」

 

「まだ時間がかかるでしょう。特に叢雲さんの方は」

 

「それはこっちの責任でもあるしね。過去の私たちが『天の剣』に全てを隠してしまったのが発端な訳だし。じゃあ、楽しいお喋りもこのくらいにして私はあの子たちの指揮を執らなきゃいけないみたいだから」

 

 机に置いていた軍帽を手に取り頭に被る。その下にはいつものように無邪気な笑みを貼り付けている。

 扉を潜る際に手を振って志童に別れを告げただけで証篠はその場を後にした。

 

 

 

「しれぇ!! わっ!」

 

 走り寄ってきた雪風の頭に手を突き出して止める。慌てて走ってきた雪風の勢いが止まり、後を追ってきた3人の姿もすぐに見えてきた。

 

「はいはい、預けてる艤装を全部持って来て正面に集合」

 手短にそう告げて走っていく艦娘たちの後ろをやや早歩きで追っていく。

 

「……海に出るのか?」

 

「本当に影みたいだね、君。出ないよ、私はここで色々とやるべきことがあるみたいだから」

 証篠の隣をいつの間にか歩いていた陽里(ひのさと)にそう返した。

 

「そうか。それならいい。できればあの船には乗るな」

 

「どうして? 船酔いするから船も見たくないとか?」

 

「いや、違う」

 陽里の気配はほとんど感じられない。目で姿を見ていなければすぐにその存在を忘れてしまいそうになる。

 躯体が小さい一方で、突然目の前に現れるときの驚きは人一倍だ。

 

 そんな影のような存在がぼそりと呟いた。

 

「あの船にはお前への殺気がある」

 証篠はにやりと口角をさらに吊り上げた。そのまま何も聞かなかったかのように廊下を進んでいく。

 陽里はそれ以上何も言わずに、証篠の影のように側を歩いていった。

 

 

 

     *

 

 

 

「日向と利根の2人は先行して偵察機を発艦。雪風はその護衛。夕張は私の手伝い。まだあの2人が帰って来ないから少し厳しいかもしれない。だから深追いはNGね。ヤバいと思ったら今日だけは逃げてもよし」

 

 やってきたのは、艦娘たちがここに到着した時に辿り着いた海水の張られたドックだ。

 艤装を装着している艦娘たちを前にして証篠は手短に作戦の説明をしていた。

 

「撃沈は目的じゃない。警戒し続けること、それだけでいい」

 

 クレーンに吊り下げられた巨大な艤装から鎖が離れていく。航空戦艦《日向》は一足早く装着を終わり、水上機の数を数えながら証篠に問いかけた。

 

「単刀直入に訊かせてもらうぞ、提督よ。何か知っているようだがあれはなんだ?」

 

「遺産だよ。前の戦いの遺産。まあ、残念なことに敵なんだけど」

 証篠は即答した。訊かれると分かっていたかのように。

 

「先の戦いの遺産じゃと? じゃあ、あれは100年前に殺しきれなかった深海棲艦と言う訳か?」

 利根は念入りにカタパルトの確認をしているらしいが、その手を止めて証篠に訊いた。

 

「いいや、違う。生まれたのは恐らくこの時代。但し、他の深海棲艦と生まれた経緯がまるで違う。君たちと同じような原点を持ちながら、時代そのものが違ってしまった結果生まれた化物だ。そしておそらく、十中八九君たちじゃ勝てない」

 

 断定した証篠に、利根以外の手も思わず止まる。

 そんな艦娘たちの事も気に留めずに、証篠は脇に挟んでいたタブレットに指を走らせる。

 

「夕張、先にこれ持って来てくれる? 多分頼めば出してくれるから」

 そう言ってタブレットを手渡した。

 利根と日向の装備の手伝いをしていた夕張は駆け寄ってきてそれを受け取る。

 

「はいはーい……って、えっ!?!? いいんですか!?」

 

「出さなきゃ脅すからいいよ」

 

「脅すって……はい、分かりました」

 やや青ざめた表情のまま、夕張は施設の奥の方へと駆けて行った。証篠はその背中を見送ると、よしと一声呟いてから、遺された3人の方を向いた。

 

 

「さて、夕張が帰ってくる前に簡単に話してしまおう。よく聞いて。ぶっちゃけるとアレがこの時代のラスボスだよ。あれが《アダム》だ」

 

「―――――ッ!」

 スパナが地面に落ちる音が響いた。ついでに日向の水上機も彼女の手から滑り落ちた。

 何も落とすことがなかったのは魚雷管を弄っていた雪風だけであった。そんな雪風の手も止まったが。

 

「と言っても、ラスボスの意識が移ってるだけで、本体ではないんだな」

 

「どういうことだ?」

 水上機を急いで拾い上げながら日向が尋ねる。

 

「艦娘ってのは艤装に記憶があって、それと肉体がFGフレームによって連結されたときに記憶が共有されるって話は知ってるはずだよね。あれはいわゆる艤装であって、記憶が入ったケース。その記憶の主はまだ倒しきれていない」

 

 証篠は弄るものがないせいで暇を持て余しているのか、近くにあった球状のものを三つ手に取ってお手玉のようにして遊び始めた。不思議に思いながら皆がそれを見ていると証篠はふぅと小さく息を漏らして語り始めた。

 

「入れ物を壊せば、零れ出した記憶は海に解けて持ち主の下へと帰る。それまではひたすら深海棲艦を駆逐し続けるしかない」

 

「他の深海棲艦も同じだよ。倒しても倒してもキリがないように思えるのはこのせい。海上で戦う限り魂は母なる海を媒介として巡り続ける。でも、実はこれには限界があることが分かった。《天の剣(ここ)》の研究でね」

 

「入れ物である肉体が魂の濃度に耐え切れなくなる。巡りすぎた魂は万物の精気を吸い取るだけの出来損ないになる。鉄に憑りついたところでその身体は普通の戦闘では耐え切れなくなる。撃てば自分の肉体が吹き飛ぶほどに」

 

「そう言った魂たちは自分の魂を受け入れられるだけの器を探し始める。そして、1つの器に全ての魂が集まった時、そこに生まれるのが最後の深海棲艦であり、全ての始まりである《アダム》だ」

 

「いずれ、この世界に歪んだ穴が現れて全ての元凶との戦いの日が訪れる。そうなるように準備したのがこの100年だった。再戦の準備を整えていたんだよ。『表八家』も『裏五家』も皆があらゆる方面から、水面下でこの時の為に力を蓄え続けてきた」

 

 球が1つ落ちてしまい、証篠の言葉が途切れた。

 コロコロと転がっていき、ドックの中に落ちると、浮いているそれを雪風が掬い上げてビー玉を覗き込むかのようにじっと見ていた。

 

「君たちに勝利は求めない。時期が速すぎるし、技術の水準が恐らく違う。色々と聞き出したけど、悪い方向の期待に見事に応えてくれたようでね」

 

「悪い方の期待ですか?」

 証篠に球を返しながら雪風が尋ねた。

 

「君たちの祖先ってのは色んな理由で技術の転換期にあってね。あの時代を超えて先の世界では遥かに進んだ技術で船が作られていってね……それを元に深海棲艦が生まれたりしちゃったら結構ヤバいことなんだよね」

 

「……まさか」

 察したように平静を保っていた日向の顔に焦りに似た緊張が走った。

 

「そのまさかなんだよね……。昔この海域を航行していたイージス艦が3隻沈められてね。海底にあったそれを奪われた。全部。君たち艦娘をより効率よく殺すために」

 既に艦娘のモデルとなった艦艇たちが生まれて、そして沈んだ第二次世界大戦から200年の時が流れていた。人類の科学技術は艦艇の持つ兵器としての特性を一層洗練させていき、かつ多機能化していった。

 

「だから、勝てない。君たちじゃ勝てない」

 技術水準が違う。艦娘が初撃で敵に命中させることは稀だ。

 だが、現代の艦艇の持つ技術は百発百中の一撃で敵を屠ることも可能だ。

 FGフレームは艦娘が持つ唯一の優位である。それも対艦艇であればの話だ。

 

「ぐぬぬ……じゃあ、どう勝つつもりなのじゃ!?」

 しびれを切らした利根が尋ねる。証篠は飄々とした態度を崩さずに利根に微笑みかける。

 

「始めに言った通り、深海棲艦を倒し続けるしかないよ。いずれ魂が収束して身体は脆くなり自ずと崩れ落ちる。そこに戦艦の主砲一発でも叩き込めば、もしかすれば、だね!」

 静寂が走る。日向も利根も雪風も、誰も口を開くことが出来ず目線を落としていた。

 そんな中、台車のようなものが転がってくる音がした。

 

「提督!持ってきました!」

 駆け足の夕張が彼女たちの前に現れた。その後に人型ドローンに押されて運ばれてくる台車が数台。

 その上には巨大なビーカーのような容器に浮かぶ鋼鉄の鈍い光があった。

 それを見て証篠は手に持っていた球を一つずつ、艦娘たちに投げ渡して行く。

 

「これは?」

 雪風が不思議そうに見ていると、それは途端に形を変えていき、彼女たちの艤装に吸収されていった。

 

「《補強増設》、強制的に君たちのスロットを一つ増やすアイテムだ。本土には残されていなかったからもしかしたらと思ってね。案の定、ここに数個残されていた。そこに同じくここに残されていた《応急修理女神》を積み込む。ここの責任者と交渉してね、何とか君たちの分は勝ち取ったよ」

 艤装から小さな妖精がひょこりと顔を出した。頭に鉢巻を締めた職人風の妖精である。

 任せておけ、とでも言うような強い目が彼女たちを勇気づけた。

 

「そして、これも貸し出してもらったよ」

 

「試製シリーズ、ですね!!」

 喜々とした声で夕張が言った。眼を輝かせて興奮しているのは、証篠も同じであったが。

 

「君たちじゃ勝てない。君たちに勝利は求めない。でも、君たちに死ねと言ってる訳じゃない。私たちのやるべきことは負けないこと、死なないこと、そして最善を尽くすことだ」

 容器のロックが次々と外されていく。中から取り出された装備はクレーンで吊り上げられながら、三人の艤装へとリンク状況を確認。証篠の手により、FGフレームと接続される。

 

 その最中、証篠の端末にメッセージが届く。送り主は吹雪だった。

 内容を確認してニヤリと口元を歪めた彼女は、換装を終えて水面に並ぶ四人の艦娘たちに目を向けた。

 絶望の色はない。それは彼女たちにはあまりにも似合わない。艦娘とはいつの時代も希望であるべきだ。

 

 たとえその背後に隠された闇の時代があるとしても、それを犠牲のままにしないために。

 

「さて、悪あがきをしよう。負けると分かっていても、一方的にやられるのは性に合わないからね。それに君たちの力も、今に劣るものじゃないと言うことをここで証明しよう。艦隊、抜錨せよ」

 

 うねる海に現れた巨大な黒い影。それが動く度に静かな海に大きな波が生まれる。

 それは巨大だった。少女たちの躯体からすれば、あまりにも巨大だった。

 全長は800メートルに及ぶ。十字架に張りつけられた女神像のような頭部、海龍の如き躯体が海上を這って進み、鋼鉄の肉体からは歪な砲門が突き出し、鱗が剥がれ落ちたように無数のファランクスが口を開いている。

 

「あれはいずれ訪れる約束の船。叢雲はこれを読んでいた。艦娘と深海棲艦、そして人類の全ての因縁を終わらせる、来るべき戦い」

 護衛艦に乗り込みながら証篠は一人呟いた。海上を進む艦娘たちの姿をモニターで確認しながら。既にその表情に笑みはない。側に控えている陽里からは尋常ではない殺気が溢れ出している。

 

 不穏だ。全くもって不穏だ。

 因縁は艦娘ばかりではなく、彼女たちから続く血脈にも刻まれている。

 人間は深海棲艦よりも厄介だ。頬杖を突いた証篠は誰にも悟られないように舌打ちをした。

 

 

 不意に女神像の真下に亀裂が走り、黒錆が海面に落ちながら巨大な口が現れた。白い呼気が漏れる。腐敗した魚の死骸が飛び散った。海水が黒く濁っていく。時代を越えて遺された狂気に染められていく。

 

 裂けた鋼から金属を刃を擦るような叫び声が衝きだす。震える海面を進む彼女たちを歓迎するかのように。

 

 

「――――始まったみたいです、急ぎましょう」

 

「えぇ、久し振りの戦闘で腕が鈍っていないと良いですけれど……約束は果たします。あなたたちの足手まといになるつもりはありません」

 

「大丈夫ですよ。どちらにせよ、鍵になるのは叢雲ちゃんです。あの子の準備が終わるまで、私と大和さんで時間稼ぎできれば十分です」

 

 

「……戦艦《大和》、推して参ります!」

 

「駆逐艦《吹雪》行きます!」

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。