艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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 ここまでこのタイトルで行きたいと思います。




天の剣(参)

 

「《天叢雲剣》とは1つの巨大なシステムなのです。この地球を覆い尽くす規模の、途方もなく巨大なシステム。そしてそれは生命の行く先さえ左右する大いなる力……本来ならば人間が立ち入ることは許されていないのでしょう。そのためか私たちの祖先はこれに関わる事を神事とし、関わる者たちを神に従う者として、いつの日からかこのような姿をするようになりました」

 誰に問われることもなく、誰に問う事も無く、彼は私たちの注意を引く事も無く静かに話し始めた。

 まずは自分たちの身形について。誰にも尋ねられなかったのにわざわざ話したのにはきっと理由があるのだろう。その理由に関係なく、私は独り頭の中で考えを巡らせていた。

 

 

 

 ―――地球。太陽系第3惑星。表面に海、大気中に大量の酸素を持つ生物生存可能惑星。

 宇宙から捉えたその姿は黒い海に浮かぶ青い宝玉のように美しいことで知られている命の惑星。

 とは言え、そんな比喩が成されていたのは当の昔の話だ。

 

 今、その青い宝玉は浮かんでいる黒い海に溶けそうなほどに黒く濁っていた。深海棲艦の『浸蝕域』の原因は未だにはっきりとしてはいない。いくつもの仮説が建てられながらそれを検証する術と勇気を持つ者がいなかった。そしてそれはただ、深海棲艦が生息している領域、としての酷く大雑把なものにまとまった。

 

「宇宙にあるんですか?それは……」

 空に目を向けながらどこか上の空気味に雪風ちゃんが口を開いた。無邪気さの残るその目が、果てしない闇に浮かぶ輝きを失いかけた宝玉に吸い込まれそうになっている。

 

「どうでしょうね。広い解釈をしてしまえば、ここ『天の剣』でさえも《天叢雲剣》の一部と言えるのです。残念なことに私たちもこれに携わっていながら未だにこの全容を理解しきっていないのです。ここにあるものだけを理解しているだけです。この映像は間違いなく宇宙より撮影しているものでしょう」

 

 

 宇宙開発競争は今となっては広く盛んに行われているものだ。徐々に枯渇してゆく地球資源に、増え続ける人口とそれを収容しきれない生活圏。溢れかえる地球規模の問題の解決策を地球の外に求め続けたのだ。そしてそれは完成間近であった。大規模な宇宙ステーションと火星のコロニー計画。徐々にではあったが、移住試験が始まったのだ。

 世界は解決策さえなければ、戦争に突入していただろう。悪夢の第三次世界大戦。核という強力な力を手に入れた人類の戦いは自分の首を絞める早期決着となっていたはずだ。

 希望と絶望が複雑に入り乱れる世界に先に悲鳴を上げたのは人類ではなかった。私がここに辿り着くまでの話を全て鵜呑みにするのならば、先に悲鳴を上げたのは地球の方だ。深海棲艦が人類を襲った。そこから先は私たちの歴史となる、

 

 随分と大きく話がずれてしまったが、最も重要なのは人類の問題や第三次世界大戦の危機などではない。

 宇宙を新たなフロンティアとして、技術開発競争が本格化し始めたのは1950年代。当然、地球の写真なんてものはその後に撮影されたものだし、今の宇宙の姿が常識化してきたのも、ここ200年くらいの話であって、天文学こそ古い学問ではあるが、この常識たちはまだ新しいものなのだ。

 

 つまり、彼女たちは―――艦娘たちは―――地球のこの姿を知らない。

 

 今、目に映るその姿こそが例え鉄屑の姿であったとしても自分たちが生まれ、死んでいった母なる星なのだと今この場で初めて目にしたのだ。言葉を失って、時も場所も忘れその姿に目を奪われるのもきっと仕方のないことなのだろう。

 雰囲気を壊すようなことをして申し訳ないが私は散々見飽きている。それに、黒く濁り始めているこの姿を長く見ているのはどこかやるせない。志童さんの相手は私がやった方が彼女たちの為だろう、なぜか叢雲ちゃんも我を忘れたかのように見惚れちゃっているところだし。

 

 

「それは……あなたが話していたガイアの意思に対抗する手段なんですか?」

 何やら複雑なのか単純なのか分からないのだが、どうもガイアの意思をやらは私たちを滅ぼしたいらしい。

 そのためにアダムなるものを生み出して、深海棲艦を生み出した。

 

 始めは対抗するために、イヴという妖精を生み出して艦娘を作り出した。

 だが今、艦娘の力だけではどうしようもならないことが起きるかもしれないと言うことで、先代艦娘様たちが作ったものを探しに来ている訳なのだが、どうもこれがそれらしい。 

 

「そう思ってもらって構いません。私たちは地球を、ガイアを掌中に収めようとしているのです。到底できるとは思ってもいませんが、崩れようとしているバランスに少しくらい手を加える事ならばきっと可能なのでしょう」

 

「あなたの言葉は推測ばかりですね」

 少し責め立てるような言い方になってしまった。志童さんは申し訳なさそうに眉を下げる。

 

「許していただけませんか?私たちがやっていることはいまだ誰も試したことのない未知の領域。理論上だけで事実をすべて語るにはあまりにも窮屈なものなのです。そもそもおかしな話です。地球に意思がある?深海棲艦は地球の意思で現れた?どれもこれもお伽噺のような……そう、現にそれと戦っているあなた方艦娘にとっては」

 目を細めて私を見る。この試すような目はあまり私は好きではない。

 

「そんなつもりはないですよ」

 小さく首を横に振りながら答える。

 

「これでも私は意外とすんなり納得しているんです。ただ、敵のスケールが大きすぎますし、それを本当に敵と呼んでいいのかもわからない。深海棲艦は敵です。お伽噺なんかではなく、私と言う艦娘の中でそれだけははっきりとしています。もう夢じゃないんです。私は五感の全てで認識しています」

 

「吹雪さんは、ガイアやアダムのように人間が滅ぶべき運命にあるとは思っていませんか?」

 

「いつかは滅ぶかもしれませんね。ただ少なくとも私が生きている間それが訪れることは阻止したいんです。私が生きているうちは私が守りたいものは全て守ります。そのために邪魔なんです、深海棲艦が」

 

「そうですか。あなたは少し不思議な方ですね」

 私をじーっと見る。私の目をじっと見る。あまりいい気分ではない。

 試しているのではない。私の中にある考えを見ようとしている訳でもない。

 その時の彼はどこか懐かしそうな……私に誰かの影を重ねているような雰囲気だった。

 

「ここを訪れるのは《叢雲》の血を受け継ぐ者。私たちはその者を待ち続けましたが……吹雪さん。祖先は、本当はあなたのような方も待っていたのかもしれないですね」

 そして小さくそう呟いた。

 

「後継である叢雲の、その側で決して揺らぐことのない強い意志を持ち、彼女を支え続けるような存在が」

 

「……そろそろ話を戻しませんか?私は推測ではなく、もっと具体的にこれについて知りたいんです」

 

「では、単刀直入に言いましょう。《天叢雲剣》はこの世界から深海棲艦を全て消し去ることができる力です」

 なぜか胸の奥が騒めいた。その表情に既に笑みはない。彼が冗談を言っている気は更々ない。私が彼の言葉を真っ向から否定する気も更々ない。事実として受け止めるだけなのに、どうして騒めいた?

 

「察しの良いあなたのような方には分かるでしょう?この力は同時に―――――」

 ああ、分かる。それがどのようにして行われ、どのような形に至るのかくらいなら推測が付く。私の頭はそんなにハッと結び付けられるような回転をする頭でもないが、何かが消えれば必然的に消えるものが生まれてくるのだ。

 

「それは――――」

 胸が騒めくのは、このせいじゃない。この答えはきっとまだ通過点に過ぎない。

 喉で詰まる訳でもなく、私の身体はすんなりと志童さんが求めていた言葉を口にした。

 

「艦娘の存在さえも消し去ってしまう……」

 その通り、とでも言いたげな笑みを浮かべる。かわって私は表情を少しも変えたつもりはなかった。

 

「艦娘史全てを無に帰す、終焉の剣。それが《天叢雲剣》です」

 

 

 

     *

 

 

 

「非常におかしな話なのですよ、これが。お話ししたようにアダムとガイアには互いを結び合うパスが存在します。簡単に言えば、《天叢雲剣》はこのパスを消し去ってしまうものなのです。ですが、パスの存在が見つけられたのはまだ最近の話。『天の剣』での研究により見つけられたものです」

 

「それなのに、それを消し去る存在があったことはおかしいということですか?」

 

「その通りです。まるですべてをあらかじめ知っていたかのような……」

 彼は何かに思いを耽らせるかのように一度言葉を切った。薄っすらと浮かぶ笑みには諦念が窺える。しかし、その服装で顎に軽く手を当てて考え込む姿は様になる。

 

「ええ、先代の駆逐艦《叢雲》だけではないでしょう。彼女を支えた多くの艦娘たちが知っていたのかもしれません。確かなことは彼女たちには現代にいたる未来のヴィジョンが確実に見えていたと言うこと。そうでもなければこんな規模の施設もシステムも作りません。いったい……」

 ふふっ、と笑いを漏らした。到底考えが及ばない。そんな顔がきっとここで長らく研究を続けてきた彼の本当の顔であって、それは彼が最も知りたい真実なのかもしれない。

 

「いったい、何者なのでしょうね?艦娘とは」

 

 私もそう思ったことがあります―――そう答えようとした。

 事実だ。私は未だにこの疑問を追い求めていると言っても過言ではない。

 彼女たちが何者であって、何を思い、何を為したのか。私は彼女たちと同じ海に立ち、彼女たちと同じように戦い、そして彼女たちが守った海の上にいる。それでも全然足りない。

  

 正確には言えなかったのだ。誰かが私の言葉を遮った。

 いつの間にか、ここには私と志童さんしかいないように思えた。

 その意識の外から聞き覚えのある声が差し込んできた。

 

「艦娘はただの化物よ。化物を倒すための化物。人間の皮を被った殺戮者」

 酷く冷めた口調で、でもそこが彼女らしいと言うか。ただその時の言葉は普段よりも一層に冷めた彼女自身の本心が現れていた。

 

「化物の考えていた事なんて考えない方が良いわ。想像できるわけないじゃない。人間が想像できるのは人間が想像できる範囲だけなの。化物の考えを持てるのは化物だけ。人間のあなたに想像できるわけないでしょう?」

 

「化物、ですか。それは―――」

 

「ええ、私自身に向けたものでもあるわ。否定しないわよ別に、本心であって事実なのだから」

 

「……あなたは、今のあなたが先代の《叢雲》が望んだあなたの姿だと思いますか?」

 

「どうして今、私じゃない私の話が出てくるのッ!?」

 叢雲ちゃんが明らかに敵意を向けた。それを受けた志童さんは平然とした表情をしている。冷めた雰囲気も感じる。感情を出した叢雲ちゃんを品定めするかのように目を動かし、彼は諭すように言った。

 

「それが重要だからです。私たち『天の剣』は、あなたには―――いいえ、あなただけにしか伝えられないことがあります。それを本当にあなたに伝えるべきか、それを見極める務めを私は委ねられています。本当に、あなたなのですか?」

 淡々と語る志童さんにはどこか鬼気迫るものを感じた。一句一句に彼自身が乗せる重みが全く違う。遊び心なんてものはない。子を叱る親のようなものでもない。向けられた敵意に答えるかのように、敢えてそれを関係ないところに受け流した上で、語調と表情で威圧してきた。やや悪い言い方をすれば、仮面が剥がれたような感覚だ。

 

「っ……知らないわよ。そんなの」

 小さく舌打ちしたようにも思えた。叢雲ちゃんは顔を逸らした。

 答えきれなかった。堪え切れなかった。そんな悔しそうな感情をうっすらと表情に出していた。

 

 

「あの~、いくつか窺ってもよろしいですか?」

 私たちの中に流れる嫌な空気をちょうどいいタイミングで夕張さんが切ってくれた。

 

「はい、いかがいたしましたか?」

 剥がれかけた仮面を急いで被り直すかのように笑顔を作った。夕張さんは正面のモニターを指差す。

 

「正面のモニターに映っているあれも《天叢雲剣》とかいう代物の一部なんですよね?と言っても、私の目には随分と近代的な兵器に見えるのですが……」

 

「話の順序が前後しますが、《天叢雲剣》には段階と言うものが存在します。あれはその1つであり、手段でもあるものです」

 

「手段?」

 

「ええ、どんな深海棲艦ですら物理的に一撃で葬り去ることができる兵器です」

 

「……はい?」

 妙な沈黙ののちに、凍った笑顔のままの夕張さんが首を横に傾げた。

 

「深海棲艦はその全身が深海装鋼と呼ばれる特殊な金属から成っているのはご存知かと。その特性ゆえにあらゆる近代兵器を無力化し、対抗できるのはFGフレームをもつ艦娘のみ。それが通説です。ですがもっと話を単純にすればよいとのことで作られたものがあれです」

 モニターに触れると映されていたそれが空間投影される。4本の巨大なプレートが十字の中央に空間を開けたような形で組み合わさり、螺旋のように縫い合わせることでそれらを結び合わせている。その外側を円環が歯車のように組み合わされている。砲のようにも見えない気もしないが、やけに無駄の多いせいか歪に映る。

 

「通称《アマノハバキリ》。深海装鋼を月より射出する兵器です」

 

「……はいぃ?」

 

「やや突拍子な話かもしれませんが全て事実ですのでご容赦ください。先代の艦娘たちは如何なる方法で行っていたか不明ですが、完全に無力化してかつ生存している一部の深海棲艦を鹵獲していました。理由はいくつかあります。主なものはやはり研究のためでしょうか?ここに来ていただいたときにその一部をお見せしたかと思います」

 ビーカーの中に浮かぶ深海棲艦。あれは綺麗なままだったが、その1つだったのか。

 

「それともう1つが、深海棲艦そのものをこちら側の武器とすること。あなた方は船としての性質を持っています。それは『領域』と呼ばれる個所接触した場合に見た目よりも大きなエネルギー、すなわち艦艇同士の衝突が発生し、予想だにしない損傷を引き起こします。それは深海棲艦でも同様なのです」

 

「『領域』……私たちのFGフレームがその周辺に発生させる特殊な力場のことですよね?」

 妖精イヴに教わったことだ。深海棲艦が有していた性質であり、深海棲艦に人類が追い詰められていった最大の理由であって、私たちが深海棲艦と戦える理由となるもの。

 

「そのため、深海棲艦の一部を深海棲艦に砲弾同様に射出すれば、一般人でも傷を負わせることができる。そう考えていたのですが……ことはそんなに簡単ではありません。深海装鋼は『生きた金属』です。ある程度の損傷を負うと死んでしまい、その性質を失うのです」

 

「で、でも、深海棲艦の形状は様々ですし、第一沈めることなく鹵獲するなんて……」

 夕張さんは自分の理解が追い付いていないように狼狽えていた。

 叢雲ちゃんはどうだろうか?さっきからそっぽ向いているがもしかしたらちゃんと考えているのかもしれない。他のみんなは難しそうな顔をしていたり欠伸をしたりしているがずっと無言だ。私に関しては分かるところだけを何とか理解するので精いっぱいだ。

 

「はい。主に駆逐艦級になります。タングステンを加工した巨大な柱に深海棲艦を格納し、それを宇宙まで運び、砲弾として利用したのです。電磁波と自由落下によるエネルギーで十分です。高速で落下した深海装鋼の塊は互いの『領域』が干渉し、艦娘の攻撃同様に破壊することが可能です」

 

「1つ、どうしてそれほどのものを隠してきていた?私たちなど必要なかったのではないか?」

 小さく手を挙げて日向さんがそう尋ねた。確かにその通りだ。

 私たちは私たちだけが深海棲艦に対抗できると信じていたのだ。それこそが艦娘の存在意義だったのだ。

 私たちの力もなく、深海棲艦を葬ることができるものがあるのならば、どうして使わなかったのか。

 

 それは《天叢雲剣》に関しても言える。

 深海棲艦を全て無に帰すことができるのであれば、どうしてもっと早く使えなかったのか。

 

「欠点は多いですね。月に隠していますのでどうしても時間が限られます。加えて国際世論です。深海棲艦の塊が降ってくるなど我慢出来ませんし、地形を変えるエネルギーを持っています。簡単には使えません。そもそも深海棲艦をこの世界に残してしまっている。その事実が、人類に対する裏切りに他なりません」

 

「ですのでこの《アマノハバキリ》は国際的に緊急を要する事態が発生した場合にのみ、あなたの判断で使用することができるんですよ。叢雲さん」

 

「は?私?」

 突然自分に話が回ってきてしまい、彼女は間抜けた声を出してしまった。

 

「ええ、あなたです。日向さん、あなたの問いのもう1つの理由はここにあります。この兵器は《叢雲》の意思を継ぐ者にしか起動できないのです」

 

「なるほど、そういうことだったのか……深海棲艦の存在しない、艦娘の必要ない世界に、人類がこの兵器を私利私欲のために悪用しないための対抗策と言う訳か」

 

「はぁ……面倒なものを押し付けてくれたわね。で、それを私はどうすればいいの?使えるならバンバン使えばいいじゃない。世論とか知らないわよ。ほら、ちょうど今北方で作戦展開中じゃない。一発くらい試し撃ちでもできないの?」

 

「いやいやいや、叢雲ちゃんちょっと待って。これ艦娘にも当たるとダメージ来るからね。人間だったら普通に死んじゃうからね」

 

「そこにいた奴が悪いわ」

 

「あなたの判断で使用できるといってもちゃんとした順序を辿っていただかねばなりません。大本営による要請、国連での決議、それを経て最終判断をあなたに委ねられるのです」

 

「はぁ……」

 気怠そうにしているのは演技でも何でもなく彼女の本心なのだろう。

 

「なんか大事ですね……でも」

 私は自分の記憶を探る。いつか現れるであろう艦娘を超える存在―――深海棲艦の可能性。

 

 私がここに探しに来たのは……もしかしたら《アマノハバキリ》なのかもしれない。でも、『彼女たち』はこれではなく《天叢雲剣》を探せと言った。まだ私の中でその整理ができていない。

 

「《アマノハバキリ》はあくまで手段の1つです。あなた方が必要としているのは《天叢雲剣》でしょう。本当にこの世界が終わってしまう前に、あなた方はそれを完全に起動できる準備をなさねばならないでしょう」

 

「準備、ですか……?」

 

「はい。今のままではまだ――――」

 そう言って志童さんは叢雲ちゃんに目を向けたような気がした。一方の彼女は飽きたとでも言いたさそうな表情だ。

 

「このくらいにしておきましょうか。突然の事で理解するには難しいでしょう。まだ『天の剣』には居られるのでしょう?その間、何でもお聞きください。答えることができるものならば、お答えいたしますので」

 

 それで私たちは午前の時間を使い切ったその場を後にした。

 所々で「作業の支障にならない範囲」で見学が許されて6人は散り散りになっていった。

 

 

「御二方はどうされますか?」

 どこに向かうつもりもない。いつもの私ならば隅々まで散策するのだろうが、その気が今は湧かずに叢雲ちゃんと二人で取り残されてしまった。

 

「私は部屋に戻るわ……私個人、ここに来る目的なんてなかったわけだし」

 そっけなくそう答えて独り部屋の方へと歩みを進めていく。

 あっという間に私独り取り残されるような形となってしまった。

 私の方の答えを待っているのか、こちらを見ている志童さんに何か答えようとしてしどろもどろになる。

 

「えーっと、私はどうしようかなぁ……?」

 何もすることがない。ぶっちゃけるとそんな感じだ。私がここに来た目的は果たされてしまったし、これからどうすべきかは明さんか叢雲ちゃんの決めることだ。

 

「では、少しだけ。私とお話しませんか?貴女と言う存在に些か興味がありまして」

 

「は、はい?」

 

「予期しえなかった存在。貴女はどう考えてもイレギュラーです。叢雲以外に人間より生まれた艦娘はあってはならない。それがなぜだか分かりますか?」

 

「推測ですが……叢雲という過去の存在を揺るぎないものにするために、ですか?」

 

「それが答えのようなものなのでしょうね。でも、貴女は現れた。それにはきっと何かの意味があると私は思っています……今朝お集まりいただいた食堂の方にでも行きましょうか。お茶でも淹れさせましょう」

 

 志童金安という男。叢雲ちゃんには心当たりがあるらしかった。でも私は知らない。

 信用している訳じゃない。10の言葉の中に1の嘘を隠しているような気がするのだ。ただ、私に彼との語らいを拒否する理由はなかった。私たちは知らなければならない義務があって、多少の疑惑や懸念を持っていたとしても自らそこに飛び込んでいく責務があるのだ。

 

「分かりました。お付き合いします」

 志童さんは胸を撫で下ろしたような表情をした。感情が読みにくいこの男にしては随分と分かりやすい反応だった。

 

「よかった。胡散臭いと思って断られるかと思いました」

 正直のところ胡散臭い。でも、断らない理由はさっきも言った。

 

「少しだけ、昔話をしましょう。きっと吹雪さんも興味が湧くような話を」

 そう言って2人で廊下を進んでいく。

 

 

 まだ――――私たちは知らなかったのだ。本当の悲劇と言うものを。

 

 

 

 

 

 

 

 




 多忙&多忙で更新どころじゃありませんでした。大変申し訳ありません。

 なんか突拍子もない話になってしまいましたが予定通りです。
 9割がた私のロマンで動いている部分がありますので、あまり深く追及されると「ぐぬぬ」となってしまうのでご容赦ください。

 さて、滅茶苦茶長い間放置してしまいましたが、そろそろこの章の核心を突いていこうと思います。


 誤字&脱字等ありましたら遠慮なくお知らせください。

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