艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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不吉な風の在り処

 

 今日、叢雲がこの場を訪れていたのはただの気紛れのようなもので、ついでと言ってはなんだが、御雲 月影に頼まれてなんてこともあったりする。

 名目上は、横須賀鎮守府司令官の代理で、先祖代々の英霊たちにその必勝と加護を祈願しに来たのであった。

 

 秘書艦として、長い間鎮守府を空ける訳にもいかないため、午後に艦娘の戦闘服のままで当然ながら艤装は置いてきた。鎮守府の事がやや心配だが、訓練はしっかりとしているだろうし、最近なにかとやる気を見せている司令官も放っておいても大丈夫だろう。

 

 念には念をと、護衛付きで『英雄の丘』まで車でやってきたが、先に黒塗りの車が数台停まっていた。入口には黒服姿の男が数人立っている。

 叢雲自ら乗り込む。当然、護衛に説得されたが待っているのは性分ではない。

 

「……どこの誰かしら?」

 

「そちらこそ、どこのガキだ?今は立入禁止だ。帰りな」

 身長は恐らく2mくらいあるだろう筋肉質の黒服が叢雲をちらりと見るとそう吐き捨てた、

 

「日本国防海軍横須賀鎮守府司令官付秘書艦、叢雲よ。これでも私を通さないと言うの?ここは私たちの祖先が祀られている場所よ。あなたたちこそ場違いじゃないのかしら?」

 

「ちっ、艦娘か」

 男は舌打ちをすると、近くにいた細身の仲間に目で合図をする。細身の黒服は奥へと入っていき、しばらくすると戻ってきた。筋肉質の黒服に耳打ちをする。

 

「通れ。我々の雇い主がお前と話したがっている。お前らはダメだ。なーに、危害を加えるつもりは雇い主にはない」

 細身の黒服がそう言った。護衛たちが何かと抗議を始めたが、叢雲はその前に手を差し出して止めるように促した。

 

「御一人では流石に危険です」

 

「いいのよ。そもそも、私に手を出してくる馬鹿はこの国にいないわよ」

 そう言って叢雲はそこへと足を踏み入れる。

 

 この場所の空気は本当に不思議だ。別世界なのだ。

 全ての喧騒から隔離された別次元の空間。ここには何かがあると言われても疑わない。

 暑さを感じさせない涼しい風が吹き、猛暑日の続くこの頃とは思えないような暖かな日の光が差す。自らの体重が少しだけ軽くなったように、足取りも軽く、悩みもなくなる。

 ただ、この冷たい静けさが時々気味悪くなる。心地よさから長くここに留まろうとしたくなるのは、この地の呪縛なのだろう。だからそれに囚われてはいけない。きっと戻れなくなる。

 

 遠くから見ても、誰かが石碑の前にいるのは分かっていた。

 小奇麗な黒いスーツ姿。どことなく気品を感じさせる後姿。やや白髪の混じった髪に歳を感じさせるがその背筋が曲がることなくピンと伸びて指先まで伸ばして、気を付けの状態で石碑の前に立ち尽くしていた。

 

「随分と柄の悪い護衛を付けているのね。どちら様かしら?」

 悪態吐いて声をかける。男は低い声で笑いながら、ゆっくりと振り返った。

 

「これはこれは、神の子と揶揄される横須賀の秘書艦殿ではないか。それは失礼した」

 年季を感じさせる初老の顔。オールバックの髪の下に浮かべた柔らかな笑顔はどこか不自然すぐに作り笑顔だと分かる。細い目の奥に野心が隠れているのが見え見えなのだが、どうせわざとなのだろう。

 

 こういう類の人間は、初対面で相手を試してくる。

 そして相手を格付けする。そういう世界を生き抜いてきたからこそ自然とそうしてしまうのだろうし、相手を見抜けるだけの眼を持っている。だから、嫌いだ。

 

「あなたは……あぁ、風影 大熙(かざかげ たいき)防衛事務次官ね。何の用でここに?」

 防衛大臣に次ぐ座にあり、事務方の頂点にある男。但し、その身は軍属であり、風影は叢雲の記憶では陸軍に所属していた。ただ、『軍服組』ではないのだが、それなりに鍛え抜いたのだろう。衰えこそ見えるもののしっかりとした身体をしているのが背広の上からでもはっきりとわかる。

 外見ではそんな印象なのだが、内面で言えば印象的に狐のような男だ。

 

「私もそうそう暇ではない身柄なもので、あなたがた艦娘に激励の言葉を向ける機会もなく、それでは国家の一翼を担うものとしてあるまじきと、こうして過去の英霊たちに祈願しに来たまででありますよ」

 理由としては十分だ。確かに、官僚たちがたびたび訪れることもある。

 ここは靖国に次ぐ、そう言う場所だからだ。艦娘史以後での靖国ともいえる。

 ただ、単独でここに訪れていると言うことだけが引っかかる。

 

「そう。ご立派なことね。私もそんなところよ。司令官の代理だけれども」

 

「もしかすれば、私以上に多忙な身かもしれませんからな。御雲の御曹司殿は。そう言えば、先日の月影殿のスピーチの方、拝聴させていただきましたが……あなたの差し金ですかな?」

 

「なんの事かしら?見当もつかないわ」

 

「ほっほっほ、艦娘に憧れ軍の道に走った者ならば知っておるでしょう」

 そう言って、風影は懐から1冊の本を取り出した。蒼色の表紙をしたそこそこの厚さのある本。

 よーく知っている本だ。御雲家では必ず見かけるし、吹雪が良く読んでいた1冊なので覚えている。

 

 『青と雲と錆の記憶』。

 風影が持っているのは上中下のうちの上巻。

 ある男がその生涯を描いた自伝記。そして、多くの謎を後世に残してしまった、世界の嘘を剥がそうとしたことで世に衝撃を与えた1人の男のつまらない生涯を描いたノンフィクションの物語。

 

「『御雲 夏月(みくも なつき)』、あの《叢雲》を生涯に渡って支えた前世代の英雄。あなたの祖先であり、御雲家を始祖。今の表と裏の一族を束ね、戦後の軍と国家を整えた《叢雲》が作った最強の司令官。存じないわけないでしょう?」

 

「えぇ、知ってるわよ。その男が《叢雲》のことを事細かに記したそんなものを世に出したせいで、歴史の中に隠されるはずだった、先代の存在が明るみになったのだもの。他の歴史的資料の中に、先代は驚くほどに現れないから」

 

「あまりお好きではないのですな、祖先の事が。まあ、この上巻の末尾に彼が語った言葉。悪名高き『鉄底海峡』を終えて心身ともに疲弊した多くの軍人と艦娘、その有様を見て絶望を抱いた市民。その全てに向けてはなった名もなき若き提督の言葉。それによく似ていた、あの時の月影殿の言葉は」

 

「さぁ、私は詳しくは知らないけど、アイツなりに憧れでもあるんじゃないの?」

 

「私には月影殿に夏月殿の姿が重なって感動を覚えた……まるでこの言葉を夏月殿が現代に蘇り語っているかのように」

 

「はぁ……あなたほどの狂信者を見るのも久し振りね。あまり期待をしない方が良いわ。あの男はあなたが理想を重ねるほど大きい男じゃない。小さい男よ。そう、未だに臆病さを拭いきれない小心者」

 

「ほう、自らの司令官たる存在をそのように評価しますか?」

 

「そんな大きな器は似合わないのよ。でも、小心者なりの戦いができる。臆病だからこそ、敵に情けを向けない。抜け目を許さない。一切の優勢を与えない。いつか自らに降りかかる火の粉をひとつ残らず潰し、煙すら立たせない。そう言う男に教育されている」

 

「ほっほっほ、秘書艦殿にそこまで評価されているのであれば、司令官としては本望でしょうなぁ」

 

「……そろそろ、お帰りになられたら?お忙しいのでしょう?」

 

「仰る通りだ。しかし、残念。生ける伝説『艦娘』その代表格である叢雲殿とはもう少しゆっくりと話を交えたいものでしたが」

 そう言って、石碑に背を向け去ろうとする風影の背中に叢雲は言葉を向ける。

 

「そう、あなたみたいな国家の犬はどこか胡散臭いから苦手なの」

 

「そうですか。では、一介の犬風情から、叢雲殿にご助言を」

 風影は足を止め、くるりと回り叢雲を向くと、素早い身のこなしで叢雲の耳元に口を近づける。

 

 

 

「司令官殿にお伝えください。『神風を忘れるな』と」

 

 

 

 耳元で囁かれたことに嫌悪感を感じたのではない。

 風影の声が生理的に無理だったという訳でもない。

 その言葉が反射的に叢雲の中で、臨戦態勢を整えさせるほどの意味を持っていた。

 

「―――ッ!!!待ちなさい!!!あなたっ、その名をどこで!?!?」

 振り返った時には既に風影からは随分と距離があった。

 どんな身のこなしをしているかは分からないが、やや特殊な足運びをしているようで、その背を負う気も起きなかったが、もし小銃を持ち合わせていたなら撃っていただろう。

 

「ほっほっほ、では」

 

「……ッ!ちっ!!」

 

 この世界に、この時代に存在しないはずだった。

 それは御雲一族に、いや、艦娘の系譜に属する者全てが禁忌としている名だからだ。

 決して許されることのない、人類が艦娘史において犯してしまった最大の罪。その名は、世に知れ渡ってはいけないと護られてきたはずだった。護り通すことこそが未来に科せられた贖罪であり、宿命であった。

 

 世界から弾かれた存在を。世界を破壊しようとした存在を。

 その身に余る力と運命を背負わされた、まさしく『呪い』。

 

 叢雲の心は一気に騒めいた。焦燥が思考を乱して、呼吸を乱して、汗が全身から溢れ出す。

 しばらく動けないままそこに立っていた。何をしに来たのかさえ忘れて、地面に落ちた抜け殻のようにただそこに在るだけの存在に成り果てていた。

 まだ青い葉が木から離れて風に乗って頬を掠めた。

 ようやく我を取り戻し、叢雲は乾いた口内を満たし始めた唾液を飲み込んだ。

 

 石碑に花を手向けると、少し目を閉じ祈りを捧げる。簡易ではあるが、これで片付け叢雲の足は石碑の後ろへと向かった。台座を飛び降り、植木を掻き分け、その奥に続く密かな道。

 

「叢雲……私はどうすればいいの?あの因果はあなたたちの時代で終わったはずでしょ?」

 足を進めながら、叢雲は自分の中に眠る魂に問いかけていた。

 木々に作られた道を抜けると、そこに広がるのが全く異なる景色。

 

 崩れた塀に囲まれた雑草の生い茂る空間。入口には錆びついた鉄門が崩れて枯葉の中に埋もれている。

 薄暗く寒気を感じるそこに在るのは、多くの墓石。白い石には苔が生し始めている。それがこの墓地に流れている年月を教えてくれる。叢雲はその中でも一番大きな墓石の前で足を止めて、跪いた。

 

 ふと、周囲の墓石に目を向ける。刻まれている名前は『被検体』から始まる名ばかり。

 ここに眠る者たちに名前はない。もしかしたら互いに呼び合っていた名前はあったのかもしれないが、それを知る者はこの世界にはいないし、きっと唯一知っていた者も忘れてしまっているのだろう。その名前が少女の中にないのだから。

 

 それは御雲家だけに知らされている真実。背負うことにした業。

 いったい、《叢雲》の亡骸はどこに埋葬されたのかという多くの疑問の答えがここに在り、いったい《叢雲》はどのようにして生まれたのかがここに在る。

 この場所『英雄の丘』には元々、別の施設が存在していた。

 名目上は深海棲艦の襲撃で親を失った子どもたちを集めた孤児院。

 その実態は、深海棲艦に対抗する兵器を開発するための被検体を収容するための鳥籠。

 

 彼女はここで育ち、ここに眠る。すべてはここから始まり、彼女がここで終わらせている。

 

 『御雲 ユキ』がここで眠ることで、全てが終わったはずだった。

 

 

 

     *

 

 

 

 合同演習から1ヶ月後。

 幌筵泊地に先行艦隊が集結し、作戦の開始が待たれていた。

 艦娘たちの士気は上々。後方支援として集結している、海軍の部隊も慣れぬ土地に早くも順応し、いつでも艦娘を送り出せる体制を整えていた。

 先行するのは、例の『改二』の力を手にしたばかりの軽巡と駆逐艦による水雷戦隊。

 そして、本隊への囮を務める軽空母と重巡洋艦を基幹とした機動部隊。

 

 臨時的に増設された大湊にその更なる後方拠点を展開。次段作戦の艦隊は一時的にここに集結し、作戦の開始を同様に待つ。航空防衛軍の偵察機による敵補給基地の位置は掴めている。そちらに展開する部隊はここで待機していた。

 

 そして、更にその後方。空母機動部隊が横須賀鎮守府を発つ。

 最終調整をギリギリまで行っていたために遅れる形となったが、彼女たちが大湊へ到着した時点で作戦は開始される。

 

 幌筵の艦隊の一部が、周辺の哨戒活動を行いながら、随時敵偵察機などの警戒を行っている。

 今のところ、目立った動きはなく、艦娘たちは戦艦も空母も重巡も軽巡も駆逐艦も、緊張を途切れさせることのできないまま、それでも今できる限りの温存をと、休息をとっていた。

 

 

 夜の帳が下り、やがて水平線から新たな日の訪れを告げる太陽が顔を覗かせる。

 ある者は眠りの中で、ある者は海の上で、ある者は風を切る中で。

 それぞれが様々な形でその日を迎え、そして数分後には皆が同じような面構えで列を作った。

 

「―――時が来た」

 青年の言葉は簡単に、そんな風に始まる。

 

「これより、君たちの名は歴史に刻まれる。

 

 君たちには大いなる先駆者が存在する。

 彼女は今や伝説となり、人々の中で語られるだけの存在となってしまった。

 

 世界は君たちに伝説を重ねるだろう。君たちは伝説に相応しい戦いを世界に強いられることになるだろう。

 

 だが、この戦いの果てに歴史に刻まれるのは、伝説の中で語られる君たちの先駆者の名ではない。

 語り継がれるのは、君たちの先駆者の戦いではない。

 

 例え辿る道が同じであっても、この時代を飾るのは君たちであり、この戦いに勝利するのは、君たちだ。

 

 過去の声に耳を傾けるな。聴くべき声は隣に立つ戦友の声であり、未来に続く声だ。

 

 さあ、この時代に生まれ落ちた少女たちよ。我らの最後の希望である戦乙女たちよ。

 

 この時代にその名を刻め。

 この海に生まれた意味を刻め。

 この風にその声を刻め。   」

 

 

「暁の水平線に、艦娘の勝利を刻め」

 

 

 

「日本国防海軍所属艦娘諸君全員へ、艦隊総司令官命令である」

 

 

「勝利せよ。生きて帰れ。以上だ」

 

 重い責務を背負わされた1人の青年の言葉に艦隊は鼓舞される。

 その直後に、別の青年の声が前線基地中に轟く。

 数奇な運命を辿り生まれ落ちた少女たちの、勇ましい声が呼応する。

 その足は波を切り、遥かなる海へと身体を進めていく。

 

 

 北方海域攻略大規模作戦――――開始。

 

 

 

 

 北東の海に今世紀、人類最初の大規模作戦が展開された傍ら、南西の一大拠点、呉には複数の艦娘たちが集結していた。とは言っても、1人の提督と、6人の艦娘のみ。

 

 始まりの合図とも言える青年の演説の終わりと共に、6人の少女たちは地を蹴った。

 海へと走る。朝日が煌めき眩しい海面に足を沈めることなく、進み征く。

 

「―――特務艦隊、総員出撃」

 呉の母港に残る若き女性提督の声が通信機越しに各員に届く。

 

 航空戦艦《日向》

 航空巡洋艦《利根改二》

 軽巡洋艦《夕張》

 駆逐艦《叢雲》

 駆逐艦《吹雪》

 駆逐艦《雪風》

 

 総員、6名。向かうは南方の海。目に映ることのない幻の島『天の剣』。

 

 

 

 片や、人類反撃の狼煙を上げ、片や人類存亡の大陸を求める。

 

 作戦の成否に問わず、その行く先を語ることができるのは、生き残った勝者のみ。

 いわば、この戦いとは、語り手の争奪戦。

 物語はどちらが始めたのか分からない。だが、それを語り継ぎ、終わらせるのは勝ち残る者だ。

 

 

 人類か、深海棲艦か。

 その行く先を静かに見守るかのように南海に漂う霧の中で、静かにそれは動き始める。

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

「いっちょ前に気取りやがって。お前は以前から人の前では格好つけるところがある」

 独り残った執務室を訪れたのは懐かしい顔だった。

 まだ陸と海の隔てなかった頃、幾度となく競い合った悪友。

 褐色の軍服、襟を短く刈り上げた頭に軍帽。軍刀に拳銃を携え、腕章には「憲兵」の2文字。

 肌は未だに色白で、ぼぅと浮かび上がっているかのように目立つ。

 

「黙っていろ、蜻蛉(あきつ)。貴様は今は俺より階級は下だろうが」

 俺がそう言うと、扉に持たれていた身体を起こして笑いながら執務机に近づいてきた。

 

 横須賀憲兵隊副官、蜻蛉 銀(あきつ ぎん)中尉。

 蜻蛉一族の次男であり、兄と異なり憲兵の道を進んだ。

 鏡ほどの長身ではないが、背が高くすらっと引き締まった体をしている。

 ただこれと言った特徴のない顔をしており、白い肌に真面目そうな男の顔(中身は割とやんちゃ)が能面の様に張り付いているような気分だ。

 

「階級か……2人しかいねえんだ。そんなもの旧友ってことで大目に見てくれよ」

 やや肩を窄めながらそういった旧友に、ふぅ、と短く息を吐いて笑いかけた。

 

「それもそうだな。銀、随分と出世したな。兄殿は息災か?」

 

「元気元気。海に遅れは取れんと今日も必死に頑張っておられるよ」

 

「そうか。兄殿が陸軍の顔となっている以上、蜻蛉の一族も安泰だろう。次男のお前は肩の荷が軽そうで羨ましいものだ」

 

「少し歳が離れすぎた。上官が兄の後輩で変に気を使われて疲れる」

 

「はっはっは、お前もお前で優れている。兄殿が居られなければ、そこにいたのは貴様だろう」

 

「荷が重いよ……俺には向かん。そろそろ本題に移るか?」

 何気ない会話の中で切り出したのは蜻蛉の方だった。

 座るように促したが、首を横に振って、執務机に軽く凭れ掛かって腕を組んだ。

 

「では、そろそろ……何の用だ?貴様がわざわざこんなところに」

 

「人事異動は聞いているだろう?横須賀に俺が配属されたのは」

 

「あぁ、俺はその理由を訊いている」

 

「警護だ。横須賀鎮守府艦娘艦隊司令官、御雲 月影のな。父からの命だ、俺だという理由は信頼のある者に任せたいからなのだろう。隊長殿も兄の後輩で信頼できる」

 

「俺の警護……?どういうことだ?その理由は?」

 横須賀鎮守府は海軍大本営のお膝下。艦娘の艦隊の総司令部が置かれる場所でもあり、警備であれば日本でも5つの指に入るレベルで高い。加えて横須賀の憲兵隊も常駐している。有事には十分な戦力は揃っており、俺個人の警護を必要とするような警戒体制ではない。

 

「端的に話させてもらう。月影、そして継矢や明、辰虎のガキ。お前らの警護を俺たち憲兵隊に任ぜられた」

 

「俺が訊いているのは貴様の任務ではない。その理由を――――」

 なぜか俺の中に生まれていたのは焦りだった。

 本来あってはならないものだった。時に、今は大規模作戦が展開されている最中。

 感情の乱れは指揮の乱れを生み出し、緻密に組まれた戦略を打ち壊す要因となる。

 

 それでも、何かと出し惜しみをする蜻蛉に俺は焦っていた。

 そしてようやく蜻蛉の口が開いたとき、

 

「―――葦舘1等空佐が暗殺された」

 そう、告げた。知らぬ名ではない。

 航空総隊対特例災害機動空挺師団長、艦娘の直接的な支援を行う航空防衛軍の特殊部隊、その責任者だ。今回の作戦について打ち合わせた際に何度も顔を合わせている。生粋の軍人気質だとひと目見て分かった。

 

「それだけじゃない、お前は知らないだろうが海軍からも陸軍からも数名、将官が殺されている。警備に当たっていた者たちからも犠牲が出ている。相当の手練れだ」

 

「馬鹿なっ……あり得ない!!なにも人だけが監視している場所じゃないはずだ」

 

「何も残っていないんだよ、痕跡が。動体検知や赤外線の配備されていないところだった。いや、気付かれないようにそこにだけ穴があった」

 

「……待て、お前の言い方は語弊を生むぞ。まるで―――」

 

「そのまま、お前が想像した通りの意味だ。言っただろう?父が、最も信頼できる者たちに任せたのだと」

 

 軍内部に犯人はいる。そして、もっと上の人間にも。

 俺が考えていたことはそんなところだ。敢えて答え合わせはしなかった。

 これだけで十分に最悪の事態であったからだ。

 

「……よりによってこんな時に。狙われていたかのようだ。いや、狙ったんだろうな」

 

「その通りだ。だから、お前を警護する。そしてお前には俺の任が解かれるまでの間、武装が許されている。俺の責任下での抜刀もだ。いいか?お前はお前の為すべきことをしろ。俺は俺の為すべきことに全力を注ぐ」

 

「分かっている……そのつもりだ」

 

 その後軽く今後の予定を話し合い、蜻蛉とは別れた。

 執務室を出るとすぐに待機していた部下に指示を出して厳しい警戒態勢を敷いていた。 

 頭を掻き毟る。連日、フル回転でギリギリまで作戦の調整を行っていた今、必要なのはリフレッシュなのかもしれないが、まだそんなことができる段階ではない。遠い地で彼女たちが戦っている。

 椅子から離れて、危険と分かりながら窓際に近づいた。

 錠を緩め、少しだけ窓を開ける。

 

「人と深海棲艦の前に……人と人か」

 季節に見合わぬ凍えるような冷たい風が吹き込んだ。

 不吉な予感を感じながらも、俺は深呼吸をして窓を閉めた。

 

「準備は……できているッ!!」

 そう、準備なら余るほどしてきた。

 だから、揺らぐことはない。揺らいではいけない。

 

 カーテンを閉める前に、窓の外の闇夜に潜む姿なき監視者を睨むかのように、細めた眼を向けた。

 

 

 

 




 やっと作戦開始ですが……変な話も出てきました。
 
 不穏です。めっちゃ不穏です。
 不穏な空気が終始漂いながら、この章は進んでいく予定です。


 爺さん亀進行ですが、今後ともよろしくお願いします。

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