艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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守り人の寝言

 

海軍軍事機密(Navy Code)

 

 レベルをC~Sまで設けられた海軍の機密情報である。

 取り扱える情報は、申請すればどの階級の海兵でも閲覧できるものから、一定の階級でなければ閲覧は不可能なもの、更にその上に一定の階級を持っていても閲覧を許されないものもある。

 

 そして、レベルS。3重の封印が施された防衛大臣は愚か、内閣総理大臣でさえ自由に閲覧はできない、軍事機密を超えた国家機密。その存在のレベルは、歴史上の機密とも言えるほどの扱いがされている旧時代の遺物である。

 

 その大半は艦娘にまつわるものであり、その存在そのものを知る者すら僅か。

 そうせざるを得なかった。それが無いものであったことにするほどに縛る他なかった。

 

 では、いったいそれは何なのか?

 

「あー、何と言うかね、簡単に言えば『設計図』だよ」 

 大本営から、それの一部を受け取って、すべてを一任された彼女はそう言った。

 特務任務に当たり、大佐相当の階級を特別に与えられているだけの彼女がこれを閲覧できることさえ、異例中の異例なのだろうが、これを解凍した御雲国防大臣自らの拝命であったそうだ。

 私がここに訪れたのは、ちょっとした偶然だったのだが、彼女が私と言う存在を、前々から興味を向けていたらしく、やけに親しげに話しかけられてここに留まることになった。

 

 

 証篠 明さん。呉と言う横須賀に次ぐ拠点を任された唯一の女性提督。性格は横須賀の御雲司令官も舞鶴の鏡さんもも手を焼き、佐世保の天霧さんに至っては、尻尾巻いて逃げ出すほどに破天荒、自由奔放、行動主義者。

 この世界で恐らく唯一、『艦娘の艤装を弄ることのできる』という能力を生まれ持ってしまった。

 

 この人、どことなく儚い雰囲気を感じさせる綺麗な方なのでいつも笑っているからあまり気にならないのだが、偶に真顔になると結構怖い。ただ、笑っているときは幼ささえ感じさせるほど(悪い意味で子どもっぽい)に飛び抜けて明るい人だ。そんなに話したこともないが、嫌いにはなれない人と言ったところだ。

 

 

「―――吹雪ちゃんは、艦娘の歴史に知られていないところを知りたいんだっけ?」

 話の切り口はそんな感じだったような。

 誰から聞いたんだろう。正確には、艦娘についてはっきりしていないところを突き止めるみたいな感じなのだが。

 

「それはどうして?」

 

「艦娘の技術は、もっと何か人の役に立つかもしれない。彼女たちが遺した武功や伝説や、それこそ世界を守ったと言う事実以上の何かがあるかもしれない」

 

「確かに。でも、わざわざ誰かが隠したんだ。知られない方が良いと思ったから。そうは思わなかったの?」

 

「思ってはいましたよ。でも、誰かが隠したものほど見つけ出したくなるのが、人間の性じゃありませんか?」

 

「その通りだ。触らぬ神に祟りなし、とは言うけど、人間の好奇心以上に原動力の根源となるものはないからね。あるとしたら怒りくらいだ」

 

「……妖精さんから色々と聞きました。それなりに知りたくもなかったことも。それとその他の人たちからも」

 

「そりゃ、望んでいなかったことも1つや2つ知ってしまうことになるさ。だけど、それは君が知ろうとしている者の中にいくらでもあるだろう。まあ、私も知らないから憶測に過ぎないんだけどね」 

 そんな事実を知った君にこそ、これは見せる必要がある。そう言って、彼女は私の前にそれを広げて見せた。

 

「これは一部だよ。【海軍軍事機密レベルS(Navy Code Level S)】の一部」

 

 その言葉を聞いて、咄嗟に目を逸らそうとしたが、いいのいいの、と気軽に明さんは私の肩を叩いた。

 

「……これは?」

 その言葉の通り、全く理解できなかった。単純に私に専門的な知識がないからだろうが、ずらりと並んだ数式も、図式もなにもかも。ただ、気付いたことと言えば、この紙が全く劣化していないことだろうか。

 

「あー、何と言うかね、簡単に言えば、これは『設計図』だよ」 

 

「設計図?設計図ってもっとこう、絵みたいなものなんじゃ?」

 私の思い描く設計図というものは、もっと形のあるものが並んでいて、そこに寸法や細かな情報が詰め込まれている感じなのだが。

 

「まあ君には理解できないだろうね、予想はできてたけど、一応見せて反応が見たかったんだ」

 そう少し意地悪そうに笑いながら、指でその紙の表面を指でなぞり始めた。

 

「君たち艦娘の根幹たるFGフレームは形に答えがないからはっきりと図示するのは難しいんだよ。でも、数式にして入力すれば、出力としてある程度定常的な解が得られるものだ。まあ、その解をどう理解するかに、もう少しコツがいるんだけどね」

 

「……証篠さんは理解できるんですか?これを」

 

「じゃなきゃ、私に任されないよ。というか、私はこういうことばかり専門的にやってたからね」

 

 天才の見える世界と言うのは、きっと常人とは違うのだろう。

 誰かが言ってたようなそんな言葉だけど、こうやって隣に立たれて、同じものを目にして、そんな答えを返されると、その言葉の意味がよく分かる。明さんに見えている世界はきっと違うのだろう。私が丸だと思っているのは、彼女の中では丸ではなくて、彼女が1だと思っているものは、私の中で1ではないものなのだろう。

 

「それで、これは何の設計図なんですか?艦娘の設計図なんてものじゃないですよね?」

 

「艦娘は設計図にはできないよ。でも、似て異なるものだ。君にはよく馴染みのあるもののはずだよ」

 

「私に馴染みがあるもの?」

 そう言われて、はっと気付ければ少しは私も明さんとまともに話が通じ合えるのかもしれないが、残念なことに私は凡人だ。

 

「『改造』の設計図だよ、これは」

 

「改造……」

 その言葉は、どこかで聞いたような気がする。

 きっとずっと昔だ。最近聞いた言葉じゃない。

 

「そう、君は正確には『建造』された存在じゃない。既に出来上がっていたような素体に『改造』を施したものだあっ、勝手に身体調べさせてもらってゴメンね」

 明さんに答えを教えてもらってようやく思い出した。

 私が《吹雪》となった時に、妖精さんが私に向かって言ったものだ。

 

 ……ん? 

 

 私の身体、いつの間にこの人に調べられたんだろう?

 私が明さんと会う機会はそんなに多くはなかったんだけど。

 まあ、今はどうでもいいや。

 

「いえ、別にそれはもう知ってることなので……」

 これは私が生まれた時に妖精に告げられていた事であったので、この際どうでもいい。私はまともに生まれてはいないのだ。普通の艦娘と違っているのは重々、承知している。

 

「FGフレームってのは、作り出すのは建造ドックで簡単にできるけど、人為的な変形を加えたり、性質を変化させるのはほとんど不可能に近い。ただ、『改修』とかでフレームそのものを強化することはできる。今の時代では『改修』は行われてないけどね」

 

「骨格そのものを形や性質を保持して、太くしていくようなもの、でしたっけ?」

 叢雲ちゃんが講師の、座学でそんなことを教わった気がする。

 

「そうそう。そんなもの。でも、『改造』は違う。特定の条件下で、艦娘のFGフレームを変形させて、別の形に作り替えて、強化する。膨大なエネルギーと危険性を伴い、厳密な制御を要する操作だ。そして、FGフレームは艦娘に対して固有のものだから、1つの成功例を他に応用できない。だからこそ、艦娘の数だけ、こうやって設計図が必要となる」

 

「へぇ……全くこの内容は理解できませんけど、すごいものですね。でもなんで封印なんかに?」

 

「【 Navy Code Level S 】に封印されている設計図は全て平賀博士が作り出したものだからね。彼女についての記録は全て封印されてるんだよ」

 

「また、平賀博士ですか……」

 思わず、舌打ちしかけた。近頃、この人の名前をよく聞く。

 

「あれ?聞き飽きた?まあ、仕方ないね。彼女を知れば、艦娘の全てが分かっちゃうからね。それに近づこうとした吹雪ちゃんが知るのは当然だ」

 

「でも、具体的にどうなるんですか?この設計図ってので」

 

「吹雪ちゃんは『改二』ってのは知ってるかな?」

 

「『改二』ですか……?いえ、知りませんけど」

 

「艦娘ってのは、とある艦艇の記憶をもった存在でしょ?でも、生まれ落ちた瞬間はその艦艇の特徴を大雑把に受け継いで、それとなくその艦らしいような感じになるんだ」

 

「それで、改二というのは違うんですか?」

 

「改二というのは、『可能性の終着点』と呼ばれている。と言うか先代の《叢雲》はそう呼んでいたって記録がある」

 

「可能性の終着点?つまりは、あったかもしれないってことを引き出す力と」

 

「それも1つだ。艦娘の中に納められたそれとなく続いている艦艇の記憶の中から、ある一部を特定的に抜き出して、そこから生み出される可能性を最大限にまで振り切ってみたものが『改二』の力だよ。艦艇の記憶というものは史実だ。歴史の流れであって、過去のある点から見ればいくつもの分岐が存在している。その一点を引っ張り出してみたり、あるいは史実通りに辿った一点を引張り出したり、そうして平均的な艦娘のスペックを一偏的に強化する」

 

「……聞いてみた限りだと、かなり欠点もあるような」

 

「問題ない。欠点なんてものは適当に補えるものだ。それ以上に、『改二』にはロマンと人類の夢がある。聞いたことはないかい?『艦娘とは人類の中に眠る可能性を引き出したもの』だと。その可能性の塊の中に眠る可能性を更に引き出すんだ。いったい何が生まれるのか分からない。どんな形になるのかも、どんな力を持つのかも」

 

 机をダンっと叩いて、私にぐっと顔を近づけた。

 

「これは、好奇心に憑りつかれた者として、探求せずにはいられない」

 まるで私に同意を求めているかのようだった。

 私も好奇心に憑りつかれた者だと言いたいのだろうか?否定はできないが。

 

「まあ、今預かってるのは、現段階で建造が確認されているすべての艦娘のものだけ。でも、ブイン基地のは確認が遅れたから次の作戦には間に合いそうにないね。それと、資源の都合上、改造できる艦娘も選ばなきゃならない。これは今日には決まるだろうけどね」

 

「そう言えば、最近続いてますね。作戦会議」

 今度の北方海域の攻略作戦だ。現存の鎮守府、基地を総動員して、海陸空の協力の下行われる。

 目的は、北方海域経由の日本海、更にその先の大陸への敵勢力進出の阻止。加えて、太平洋攻略に向けての拠点の確保と経路の確保だ。前者については安定しない太平洋経由の輸送を補う大陸経由の補給線を維持するためだ。本格的な包囲網が敷かれる前に動いて、叩く。

 

 大規模な作戦の為に、連日連夜作戦会議が行われている。

 

「今日の夜もだね。なんで夜なんだろうね。夜更かしは肌に悪いのにね」

 笑っているが笑顔が笑っていないという表現ができる謎の表情。明らかに怒っているのだろう。だが、その表情を私に向けないで欲しい。正直のところ怖い。

 

「さて、私の独り言も終わり。そう、独り言だよ?ここで私と吹雪ちゃんは何も話してない。いいね?」

 そう顔を近づけて、横一文字に結んだ口の前に立てた人差し指を添えた。

 

「あっ、はい」

 そう言えば、話してること機密情報でしたね。この人、何考えてるのか本当に分からないなぁ……。

 

「ところで、明さん。1つお聞きしたいことがあるんですけど……」

 

「ん?なにかな?質問は中身を選んでね?」

 要は、先程まで話していたことについては問うな、と言うことだろう。

 全く関係のない話なので、安心してもらっていいだろう。

 

 

「―――『天の剣』って知ってますか?」

 

 

 

 その瞬間、明さんの表情から笑みが消えた。

 思わず、私は後ずさる。いや、この人笑ってないと本当に怖い。

 

 

「どこで聞いたの?それ」

 光のない目が私をじーっと見つめる。

 

「あ、ある人から、私にこれを探せ、と……」

 

「どこまで知ってるの?」

 淡々と冷たい口調で、私に問いを投げかける。怖くて少し泣きそうだった。

 

「え、えーっと、どこかの場所のことだってことは……」

 

「誰かに話した?」

 

「あ、明さんが、は、はは、初めてです」

 そう言った瞬間、明さんの表情に笑みが戻って、アハハと笑い始めた。

 

「……そっか!アハハ!もう吹雪ちゃん、何の独り言?声が小さくて聞こえなかったけど、私に何か聞きたかったことでもあったの?もしかして、私の悪口?やだなーもう!」

 

「あっ、えっ?」

 

「そろそろ、戻った方が良いんじゃない?私も仕事あるしね!!」

 じゃあねーと、手を振りながら部屋の奥の方に戻っていった明さんの背中を見送りながら、呆然としていた私はそれ以上、なにかする気も湧かずにその場を去ることしか考えられなかった。

 

「えっ、あの……はい、失礼しました」

 

「ねえ」

 私が扉に手をかけようとしたときに、ふと背後から呼び止められる。

 

「吹雪ちゃん。ここから先は私の寝言だよ。私は寝てるから私が何を喋っているのか知らないし、君が私が言っていることを聞いたことを、私も知らない」

 

「…………」

 返事をせずにただ立ち止まったのは、それが寝言だから。

 寝言に返事をするのはおかしいだろう。

 

「―――明日、私のところに御雲くんの要請で【 NO.100 】と言うものが届く。そして、それに繋がるある場所を示す座標。存在しないとある島を示す座標だ。人が手にしてはならない力を、人の手に渡らないために、存在そのものごと封印された島の場所だ。その場所は天を貫く剣のような形をした建物があるらしい。霧に包まれて周囲からは見えないその島の名を《天の剣》と言うらしい。そして、そこにあるのは兵器だ。その名を―――《天叢雲剣》という」

 声に抑揚も、はっきりとした区切りもなく、ただ音を並べるかのように明さんは寝言を吐いていった。

 

「焦る必要はない。きっと君はこのことを知ることになる。私が教えることはない。でも、君は知ることになるよ」

 

 それが運命なんでしょ、と問いかけられるような口調で言ったが、私は返事はしなかった。

 

「……失礼しました」

 私はその場を立ち去った。扉を開いて、外に出て、扉を閉じて。

 

 どっと、汗が溢れ出した。

 全身が訳の分からない寒さに襲われて跳ねるほどに震える。

 

「あの人、怖いなぁ……」

 心の中に抱いた言葉が思わず、口に現れた。

 袖で額を拭って、私は廊下を歩いていった。

 

 何事もなかった。私は何も聞いてないし、何も訊いてない。

 ただ、それだけだった。

 

 

 

    




 やや前回に繋がる内容であり、次の話はややこしいですがこの日の前日の話になります。

 少しだけこの章は長くなる予定です。
 大体、20話くらいを目途に……(遠い目)。

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