今回は、吹雪のひとつの秘密みたいな回です。
大きな楕円型のテーブルが置いてあった。
上質そうな木製のもので、中央がくりぬいてあって硝子板になっていた。その下に綺麗な石などが並べてあって、天井から吊るされたシャンデリアではないけれど、網状の球体をした電灯の光が、石をキラキラと輝かせていた。
壁には多くの写真や賞状。棚の上には錨のような形のガラス細工と数多くの勲章。
テーブルを囲むように、ソファーと木製の椅子。
ふわりと温い空間を漂うコーヒーと紅茶の香り―――どこか懐かしい。
11人が揃ってぴったりと言うくらいの部屋に、ようやく何か始まるのだと言う気分になってきた。この人数の為だけに用意された部屋。そんな感じだ。
私は1人用の椅子に腰を掛けた。
木製の椅子に敷かれたふかふかとしたクッションに身体が沈んでいくのが眠りに似た感覚で不思議な感じだった。
「―――あなたは何を飲む?」
私と同じ顔、同じ声をした少女が私に問いかけた。
少女は―――《吹雪》は以前会った時は、今の私のような姿だったが、今日は髪も解いてパーカーを羽織ったゆったりとした恰好をしていた。あの時代、こうやって安らぐ時間を与えられた時はこんな姿をしていたのかもしれない。
「い、いえ、私は何も……」
何か口にしたいような気分じゃなかった。少しだけ、この世界で味覚と言うものがあるのか気になったが、少なくとも嗅覚と触覚も働いているのだから、味覚も働いているのかもしれない。
「そう。じゃあ、長居させるのも悪いし……早速話しちゃおっか。いいですよね、長門さん?」
「任せる。私はどうもあまり話すのが得意じゃないらしい」
そんなことを言っていたが、記録じゃ提督に代わって人前に立ち、艦娘たちを激励したり、鼓舞したり、祝いの場では艦娘を代表して祝詞を述べたりしてたじゃないですか、あなたは。
「吹雪、貴女が話すのが一番でしょう。吹雪さんと貴女は最も近い存在なんですから」
赤城さんがそう言った。
私も《吹雪》も同じ吹雪なのだが、赤城さんは私には「さん」と付けて呼んでいるらしい。
「そうなりますよねー。なんとなく分かってました!」
そして、私の先代は伝説中の伝説に向ける言葉がやけに軽い。恐ろしい。
「じゃあ、単的に話すね。これから、吹雪がすべきことを教えるために――――」
と、突然話を進め始めた《吹雪》に私は掌を向けた。
「ちょ、ちょっと待ってください。せめてここにいる方々の事を……」
何の説明もなしに、突然知らない人たちに囲まれた部屋で話をされても困る。
いや、この人たちがどんな人たちなのかは、容易に想像できるのだが。
「……そうだったね。吹雪は知らなかったんだね。私たちがあなたを守るために、あなたに宿っていることを」
頭を掻きながら《吹雪》はちらりと右横を見る。
「こちら側の2人が、《榛名》さんと《高雄》さん」
黒がやや色が抜けて、灰色がかった長髪の女性が、私たちを気にも留めずに本を読んでいた。ヘアピンが2つ。メガネをかけているが、多分読書の時にだけかけているのだろう。そんな気がした。名前を呼ばれテーブルに置いた本は表紙が英文字だった。黒のシャツに白いカーディガンを羽織っていた。
もう1人は黒のボブヘアーで赤い瞳をしている、真面目そうな女性だった。なんか大人の女という雰囲気が溢れ出していて、不思議と緊張したのだが、優しい方だと向けられた笑みからすぐに分かった。青いニットから白いワイシャツの襟が覗いていた。
「戦艦《榛名》です、その記憶ですが……勝手ながら、共に戦わせてもらっています」
ぺこりと頭を下げたので、それに返すように頭を下げて、次にその隣の女性に目を移した。
どこか幼さを残しているような、でも少し悲しい雰囲気のある綺麗な女性だった。
「高雄型重巡洋艦《高雄》です。元気な子ね、いつも見守らせてもらっていますよ」
と丁寧に挨拶をしてくれた。なんだろう、この大人の余裕の感じさせる雰囲気は。彼女も少し難しいそうな学術書を読んでいた。背表紙から見るに医学書らしいが、なぜか似合う。
「で、そこのゲームしてる2人は《北上》さんと《Вер......響》ちゃん」
「んー、響っち回復玉投げt……あぁ、《北上》様だよー、よろしくー」
ソファーに横になって携帯ゲーム機らしきもので遊んでいる少女。私より少し年上だろうか。おさげ髪に後ろは三つ編みで。赤いジャージ姿という超ラフな格好。雰囲気全体からやる気というやる気を感じられないのだが、こんな人でも、結構有名なのだから不思議なものだ。幻滅はしてない、別に。
「私が《Верный》だ。呼びにくかったら《響》で構わない。よろしく」
その向かいのソファーに膝を抱えるように座る白髪の少女。白いワンピース姿も相まってどこか妖精のような雰囲気を感じる。私より少し年下なのだろうか、そんな印象。まだ幼さが残っているのに表情がびっくりするほど変わらない。携帯ゲーム機で遊んでいた。いつの時代のだろう。
「そこで将棋をしてるのが、《神通》さんと《木曾》さん」
テーブルの真ん中辺りでおっとりとした感じの女性と、眼帯を付けた女性が将棋盤を挟んでいた。
「私が川内型軽巡洋艦2番艦《神通》です。吹雪さん、よろしくお願いします」
穏やかな口調で小さく頭を下げた。長い茶髪で前髪は外にハネていてちょっと特徴的だ。少々気弱で内気、控えめな性格らしい感じがするのに、どこか身震いするのはなぜだろうか。白いブラウスに、黒のスカート、どこかのお嬢様のようにも見えた。
「俺は《木曾》だ。球磨型軽巡5番艦。まあ、よろしくな」
右目に眼帯を付けた深緑色の髪の女性……女性なんだよね?凄くイケメンなんだけど。肩にかかるくらいに伸びた髪を今は後ろで適当にまとめていた。ソファーの上に片膝立てて座り、肩に軍刀を立掛けていた。スラックスにベスト姿、どこかの執事だろうか。
「で、最後にこの方が《鳳翔》さん」
「《鳳翔》です。あまりお役に立てないかもしれませんが、よろしくお願いします」
黒灰色の髪のポニーテール。少し癖の付いた前髪に母性に溢れる優しくおっとりした顔立ちをしていた。さりげない笑みが安心感を与えてくれる不思議な人だ。薄紅色の和服を着て、長く余った時間を弄ぶかのようにお茶を飲みながらゆったりとしていた。
「これで全員、私含めて計10人。あなたはその魂を背負っている」
皆が皆、自由な私服を着ているせいであまり印象付かないのだが、名前だけ聞けば全員が歴戦の猛者たちだと、彼女たちの本ばかり読んできた私にはすぐに分かる。まるで、彼女たちの戦う姿が目の前に現れるかのように、そこに並ぶ10人の姿は私にはあまりにも壮観であった。
何を言うべきか。この面子を前にして、何を言えばいいのか。
決めていたはずなのに、全て吹き飛んで言葉を決めあぐねていた。
「えーっと……よろしくお願いします」
「うーん、固いなぁ。さて、紹介も終わったし本題に戻ろうか」
《吹雪》はそう言って、私をじっと見ると、先程までの楽天家みたいな雰囲気が消え、真剣な面立ちになった。
「あなたは次の作戦には参加しちゃいけない」
そして、いきなりそんな言葉をぶつけられた。
*
どさり。
テーブルの上に《吹雪》が分厚いファイリングされた冊子を持ってきた。
埃を結構被っていて、表紙の劣化も激しく、背表紙の文字も読めない。
鼻歌交じりに彼女はそのページをめくりながら、懐かしそうな目をしていた。
「作戦って……今計画されている北方海域奪還作戦ですか?」
なぜか、突然置いてきぼりにされた私は《吹雪》に問いかけた。
私が知る限りの作戦はそれだけだ。他に計画されているとしても私は知らない。私たちの中にいる彼女たちが私の知らない『今の時代』の計画を知ることは在り得ない。
「まあ、それの事だね。正直、その作戦自体時期尚早なんだけど、あなたに言っても仕方ない。問題は別の事だよ。多分、長門さんたちがもう話してると思うけど、私たちは1つの仮説が現実になった時、この世界をもう一度守るために、艤装に魂を宿したままこの世界に留まった」
「深海棲艦の可能性……?それって、新たな深海棲艦の出現ってことだよね?でも、艦娘はこの世界に復活してる。十分に対応できる問題なんじゃないの?」
「……話を少し変えようか。吹雪、あなたはこの世界で頂点に立つ生物は何だと思う?」
いきなり、全く関係性のない話題を振られた。
私は、深海棲艦か、艦娘か答えようとして留まった。
「人間」
深海棲艦は恐らく違うだろうが、艦娘を生み出したのは、実質人間だ。
「多分そうだ。ある人は機械、ある人はウイルスと答えるかもしれない。でも、人間はそれらを優に凌駕して抑え込んでしまう可能性を持っている。それは他者のあらゆる可能性を予測する能力があるからだ。論理的な、ある時は突拍子もない夢のような仮説を……それが恐ろしい」
「どうして?」
「じゃあ、これは何?」
彼女が手にしている冊子は、どうやらアルバムの様だ。
1枚の写真を抜き出して、テーブルの上に放ると、ちょうど私の目の届くところで止まった。
「……深海棲艦、これは駆逐イ級」
いつもは海で見かける深海棲艦。こんなことを言うのは何だが、一番弱い。
私が艦娘になったあの日は、あんなにも恐ろしかったのに。
「正解。じゃあ、これは?」
「……これは、戦艦ル級」
戦艦ル級は私が初めて挙げた戦果だ。
艦娘になったあの日、私の生まれ故郷を襲った艦隊の旗艦であり、私はそれを単独で仕留めることに成功した。
「その通り。そのふたつの個体の違いは何だろう?装備や、火力、艦種とかいう問題じゃない。もっと根本的な違いだよ」
並べられた2枚の写真。私はその両方を交互に見ながら、なんとなく直感的な答えを頭の中で決めた。
「ル級は人型だ。イ級は魚みたいな形だけど……」
「その通り。他にも、雷巡チ級、重巡リ級なんかも歪だけど人型をしている。ル級クラスになると、極端に人型に近づく。それ以上の個体、タ級なんかはっきりと指まではっきりとしている」
そう言って、3枚写真を投げる。
駆逐級、軽巡級、重巡級、戦艦級。ル級とタ級は艤装と肌の色さえなければ、人間の女性と思っても仕方がないほどだ。
「さっき、どうして、と訊いたね?他の生物が人間と同じことができた時、人間の優位性は徐々に失われていく。人間社会は終わりを告げる。理性と言うものはとても便利なものなんだよ。野性の中にはないものだからね、人間は今まで生きていけた」
「でも、深海棲艦の中にあるのは負の感情だけ。衝動的な感情があの化物を駆り立てているはず。理性なんか存在しないはずだよ」
そうだね、と言って《吹雪》は持っていたアルバムを閉じた。
そして、別のアルバムを手に取り、あるページを開いた瞬間、顔つきが変わった。
真剣みが増して、シンと冷たい目をしていた。
「じゃあ、問題。これは人間?それとも、深海棲艦?」
そんな彼女が10枚ほどの写真を今度は宙に放り出した。
不思議なことに、私の方に向かっていき、そのまま壁でもあってそこに張り付くかのように止まった。写真に目を向けると、それは動いていた。ややノイズがあるが写真の中で何かが動いていた。そして、音も聞こえてきた。私が視線を向けた写真の中で流れているのであろう音が、イヤホン伝いに私の耳に届くかのように。
「これは、私たちの記憶です。戦いの記憶です。これは実際に過去に存在していた深海棲艦の姿です」
写真に目を惹かれる私に赤城さんがそう言った。
この写真に流れている映像はここにいる誰かの記憶なのだろう。
コリナイ……コタチ……
オチロ! オチロッ!
オノレ…イマイマシイカンムスドモメ……!
ナンドデモ……シズメテ…アゲル……!
ドオ?イタイ?イタイ?ソレガ ホントヨ……アッハハハ……ッ!
「―――――ッ!!!!」
私は咄嗟に耳を塞いだ。鼓膜から伝わり脳内を駆けた禍々しい音が、心臓を握り潰そうとするような不快感を与えた。それは紛れもない、恐怖だった。
震えが止まらない。自分の体温が感じられない。口からヒューヒューと漏れる歪な自分の呼吸音と歯がカチカチと鳴らす音だけが確かに響いていた。
その声は、死を望んでいた。
深淵に魂を引きずり込もうとするような声だった。
叫ぶ声も、笑う声も、全てが命を嘲り笑うかのような悪を孕んだ気味悪い声。
拒絶しなければ、深い海の底に意識が落ちていきそうな気がした。
「ごめんね、ちょっと最初から刺激が強すぎたかな?」
気付くと私の肩に手を置いて、心配そうに私を見る《吹雪》がいた。
「どうぞ。例えこの世界でも、落ち着きますから」
耳を塞いでいた手を退けるとコトン、と私の目の前に綺麗な模様の湯呑が置かれた。
置いてくれた方は、確か《鳳翔》さんだ。
優しく向けてくれる笑みには、不思議と心が休まっていく。
「あ、ありがとうございます……」
柔らかな湯気が立ち上る。掌で包むと温もりがそっと寒気を取り払ってくれて、口に含むと不思議な香りと苦みの中にあるほのかな甘みが幸福感をもたらしてくれた。
ふぅ……と小さく息を吐いて、私はもう一度テーブルに目を向けた。
赤城さんが写真をしまおうとしていたので、「もう一度、見せてもらえますか?」と声をかけた。やや不安そうな顔をしながら、ちらりと長門さんの方を見る。目を閉じたまま寝ているかと思ったが、こくりと頷いて赤城さんは私に1枚だけ写真を手渡した。
「ねえ、《吹雪》。これは深海棲艦なんだよね?」
「そうだよ。深海棲艦の上位個体、俗に『姫級』『鬼級』と呼ばれる存在だよ。他のクラスとは異なり、独自の艤装、そして圧倒的な力。まるで私たちの考えていることを理解し、予測し、対応するかのような戦術眼を持っている」
「……人間みたい」
肌、髪、目、鼻、口、脚、腕、そして服を身に付けて、言葉を発する。
ル級やタ級のように、肌が白かったり、目が赤かったりするが、そう言った点さえ除いてしまえば人なのだ。
私は写真を赤城さんに返すと、赤城さんは私に問いかけた。
「吹雪さん、言葉とは何だと思いますか?」
「道具でしょうか?ひとつの意思疎通を図るための」
「私と同じ考えですね。体系化した言語は意思疎通を図ることにおいて最も秀でた能力を持つ道具です。だからこそ、私たちはそれを操る彼女たちを深海棲艦を統率する存在だと考えていました」
「深海棲艦に旗艦と呼ばれる存在がいるのは、彼女たちが艦艇としての本質を持っているためと思っていましたが……人間や他の動物のように、それらすべてを統率する、ボスのような存在があると言うことですか?」
「そうなりますね……『姫級・鬼級』はその名の通り、どこかの姫の様な姿であったり、鬼のような風貌であったり。角があったり、ドレスを着ていたり。ですが、そう言った点を除いて語れば、人語を操り、人に近い知性を持つ。限りなく人間に近い存在です」
「ある時には人間の文化を理解しているかのような、個体まで現れ、大戦後期になればなるほどに、彼女たちは確実に人間に近づいていった。人間だとも思えるくらいに。私たちのように人間でありながら、船の力を持つ彼女たちは私たち『艦娘』に近い存在なんだよ」
「……ひとつだけ。私も思いついたことがあるので言ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「仮に、人間以外の全ての生物。深海棲艦の下位個体まで含むものを1つの人間に対する生命体だとするのならば、人間の行きついた可能性の先にいるのが、私たち『艦娘』であるとすれば、深海棲艦の『姫級』や『鬼級』は、人間以外の存在が辿り着いた、『この世界に可能性』……つまり、本来、私たちに匹敵する存在でありながら、それが目指す先にあるものは」
仮説なんてものは意外と簡単に建てられるものだ。
そして、それはいくらでも誇張できる。だから、敢えて少しだけ誇張した。
ただ、素直に受けた見たもの聞いたものの印象から、私が感じ取ったものを言葉にするだけなのに……とても重たかった。
「―――人間。いや、人間を越える、そして人間になり替わる世界の支配者となるために生まれ落ちた。そう言うこと」
「大体、私たちが言いたかったことと同じです。あれはきっと人間なのでしょう」
私はただ聞いている身から、何か言葉を発する身になって、それらを討ち滅ぼす身でありながら、どこかで深海棲艦という存在に感心していた。恐るべき進化のスピードだ。この世界を学び、この世界に適応し、自らを変化させ、最適な形態を選びながら、種を維持していく。
生命の歴史が積み上げてきた進化を、深海棲艦という存在の中だけで完結させようとしている。そして、人間が辿り着けなかった更なる先へと―――――
「深海棲艦の人間的な思考のレベルは恐らく、それが元になっている第2次世界大戦だっただろう。恐らく、100年前までは」
割って入ってきたのは、ソファーに深く凭れ掛かっていた長門さんだった。
低い声で徐に口を開いて、テーブルに視線を落としながらそう言った。
「人間はあの戦いを経て、変わった。価値観も倫理観も、そして科学力も。それは艦娘大戦を経ても同じことが言える。勝った者、負けた者、どちらにも何かしらの変化が訪れる」
「効率化でしょうか?でも、それはあくまで敗者側に残党が残った場合では?深海棲艦はあなたたちが全て……」
私は一度言葉を止めた。
彼女たちがここに残った理由を考えた。深海棲艦の新たな可能性を彼女たちが生きていた時代から危惧せねばならなかった理由を考えた。
「―――倒しきれてなかったんですね。それに、あなたたちも気付いていた」
やや、彼女たちを責めるような口調で言ってしまった。
そんなつもりではなかったと言えないが、そうあるべきではないとは自覚していた。
きっと責められるべきなのは彼女たちではないはずなのだ。
「全て倒すのは不可能だった。そう言ってもらえると助かる」
長門さんはそう答えた。そう言って、ソファーに預けていた上体をゆっくりと起こした。
「病原体だってそうだ。ウイルスだって。徹底的に駆逐しようとするが、それでも全てを駆逐することは限りなく難しい。せめて、人間社会に影響が出ないレベルまで消去していき、次に対応する策を練るだけだ。私たちができたのもそれだけだった」
「ですが、最後の作戦で、上位個体は全て破壊しました。戦艦級、空母級、重巡級までは全て破壊したはずです。ですが……下位個体は全て補足することは難しかったのです」
「確か最後の戦いは、連合国軍がほとんどの深海棲艦を誘き寄せて一気に叩くと言うものでしたよね?結果は終始艦娘側の優位で、一方的に殲滅していったと」
私が読んだ過去の戦いの記録にはそうあった。
艦娘を有する国家が、太平洋、大西洋、インド洋の三大洋において、敵艦隊を誘導、包囲して時間をかけて殲滅していった。
海上に陸地を形成する陸上型などの攻略には手を焼いた上に、自棄を起こして暴走する深海棲艦はかなりの強敵だったらしいが、それでも補給を満足に受けられる状態での戦線維持が可能だった艦娘側の勝利は約束されていた。
「深海棲艦側の補給線を徹底的に絶った状態で、誘き出して包囲した、正当な作戦でありながら、やや人道的ではないものだったが、あれで艦隊という単位での深海棲艦は全て叩き尽した。世界的に見ても、残っていた深海棲艦は、艦娘よりも少なかったはずだ」
「あとは、残党狩り。各国で哨戒を続け、見つけ次第撃破。後30日間深海棲艦が確認されなかったため、終戦となった。それが、100年前のこと」
「どこかに、1匹や2匹。隠れていても仕方がなかったのかもしれないな。生憎、深海棲艦の寿命と言うものはどんなものか私たちも知らない。だからこそ、その生き残りがこの世界の歴史を見続けて、何かに化ける可能性があるかもしれない」
「そんな可能性を思って、この世界に残された唯一の艦娘が、君が良く知る存在だよ」
《吹雪》の言葉に思い当たる人物は1人しかいない。
私の一番の親友であり、今は戦友となった少女だ。
「残念なことに、可能性が実を結んでしまいましたがね。私たちは深海棲艦の自然消滅も可能性として示唆していたんです。ごく少数にまで減らされた生命体は基本的に絶滅するのが道理ですから」
赤城さんの言う通り、普通ならばそこまで減らされれば絶滅する。
だが、人間が100%深海棲艦の生態系などと言うものを把握していれば、それはあくまでも人間の予想の範囲内に収まるのであって、全てを把握していなければ、当然予想を越えたものが現れる。それも道理だ。
「あまり嬉しくないものですね。そういった種の再興と言うものは」
思わず、そう言葉が口から洩れた。
同じ命を持つものでありながら、その性質が違うあまりに、こうも深海棲艦という存在を排する考えをしなければならない。
「さて、議論を戻そう。深海棲艦は効率化を図っている。どういう効率化か」
長門さんは私を見てそう言った。これは問いかけなのだろう。
「人間を殺す方法。艦娘を沈める方法」
「その通りだ。人間を殺す方法の効率化は既に人間の歴史でなされている。より強力な兵器を作ればいい。NBC兵器なんて代表的だ。そして、こちらの犠牲を失くして、相手に手を下す方法を考えればいい。無人兵器なんてものがその代表だ。さて、深海棲艦が選ぶのは、いや、深海棲艦に残されていたものはどれだと思う?」
「深海棲艦が化学物質、細菌兵器を取り込むのは、きっと難しいはずです。それに海上ではあまり効果がない。放射能も艦娘のFGフレームは放射線を弾くので無意味なはず。だとすれば……より強力な兵器。それなら100年前から既に存在していたはず。深海棲艦には通用しなかっただけであって、人間には効果的。かつ艦娘に対して優位的であり、それを深海棲艦という概念の中に抑え込むとするのならば……」
深海棲艦の戦いの場は海だ。
海における大量殺戮が可能な兵器。
そして、それが「深海」に存在している可能性のあるもの。
「……イージス艦、ですか?あの時代には多くの艦艇が沈んだ。イージス艦も、日本にあったのは沈んでしまったはずです。ならば、深海棲艦がその力を得てもおかしくはない……いや、寧ろイージス艦から深海棲艦となるものが生まれてもおかしくはない」
「間違いではない。そして、それが最も恐ろしい。あのレベルの技術を艦娘の中に抑え込むことは不可能だ。もしそれが存在していれば、艦娘がそれに対抗することはできない」
長めに息を吐いて、やや疲れた様相の長門さんは再びソファーに凭れ掛かった。
「どうすればいいんですか?私たち、勝てないじゃないですか」
私は俯いて、弱音を吐くかのようにそう言った。
イージス艦、いや、護衛艦を含み、第2次世界大戦後の艦艇の性能は凄まじい進歩を遂げている。主に、大戦時から存在していたアメリカのレーダーのお陰なのだが、恐ろしい命中精度と火力を持つ。
装甲の方はやや薄いのだが「やられる前にやれ」理論ならば大戦時の艦艇など一掃できるレベルだ。対艦、対空、対潜、どれをとっても技術で追いつけない。
「安心してください。勝つための方法を教えるためにあなたを呼んだのですから」
赤城さんが俯く私を励ますかのようにそう語り掛けた。
「まあ、そういうことだ。何も絶望させるために君を呼んだ訳ではないし、私たちがこの世界に留まった訳じゃない」
「吹雪、あなたには作戦には参加しちゃいけない、って言ったよね?その理由はちゃんとあるの。あなたは探してもらいたいものがある」
「探してほしいもの?」
「うん、でもそれがどこにあるのかを私たちは知らない。知らないようにしてその存在を守ってきた。現実世界のどこかに、そのヒントがある。だから、探してほしい」
「ヒント……?機密情報なら一応心当たりはあるけど」
「じゃあ、始めはそこから探せば見つかるかもしれないね。よく聞いてね。これだけは君が向こう側に持って帰らなきゃならないことだから」
《吹雪》はそう言うと、私の肩に手を置いて、目を合わせた。
真剣な表情の彼女の眼に私の意識が引き込まれるような気がした。
彼女が小さく息を吸って、それにシンクロするかのように私の息は止まった。
「その場所の名前は――――『
「そこに私たちの友達が遺した人類最後の希望、《天叢雲剣》が隠されている」
「天の……剣……?場所の名前。分かった。必ず探し出して見せる」
「頼んだぞ、吹雪。それを見つけ出せるかどうかが人類の行く先を決める」
「お願いしますね、吹雪さん。私たちはあなたに全てを託しています」
「よしっ、これで話は終わり。そろそろ帰らなきゃね」
「ん?帰るってそう言えば、私ってどうやって帰れば……」
そう言えば、突然連れてこられたのはいいが、帰り方がてんで分からない。
初めてここに来た時には、不思議と目覚めたのだが。
「まあ、簡単だよ。こっちに意識が来てるのは所謂催眠状態。雪風ちゃんに頼んで、あなたは催眠をかけられているんだよ。それを解いてもらう。さぁ、目を閉じて」
《吹雪》にそう言われるままに、私は目を閉じようとしたが。
その前に、なんとなくこの場所の光景を目に残したくて、きょろきょろと辺りを見渡した。見送ってくれるのか、残りの7人の方も私を見て、目が合うとニコリと笑ってくれた。
「あっ、1つ忘れてた。探しに行くときは《雪風》ちゃんを連れて行ってね。あの子が艦娘として戦うことになったのは、あの子の運が必要になるから」
「あっ、はい。《雪風》ちゃんを連れていくんですね。分かりまし―――あれ?」
そんな中で、ふと部屋の隅にもう1人いることに気が付いた。
毛布を掛けられて、深い眠りに就いているようだ。
「ね、ねえ、あの子は?」
気になって私は《吹雪》に尋ねた。
「ん?あぁ、この子については……そっとしておいてもらえるかな。ちょっと私たちとは違うんだ」
なにか気まずいところでもあるのか、あまり気にして欲しくないような感じだった。厄介事のようにも思っている感じがした。
「その方も艦娘なんですか?」
「……艦娘だったのかもしれない。この子がここにいるのはあなたとは関係ない。関係あるのは私たち。私たちはこの子を見張っておく必要があるの。だから、あなたの中にこの子も宿らせてしまっている。でも、私たちが何とか抑えておくから、この子の事は気にしないで」
「とは言われましても……まあ、今はいいです。では、お世話になりました」
小さく周りの人たちにお辞儀をして、私は椅子に腰を掛けたまま目を閉じた。
ぱちん。
そう音がして、私の意識は白い光の中に包まれて、暗転する。
深い海の底にいるかのように暗い。
徐々に海面に上昇していくかのように、明るくなっていく世界。
「――――あっ、目が覚めましたか?よかったです」
ぼやけた視界に幼さのある顔が大きく映っていた。徐々にはっきりとしていき、私は机に突っ伏した身体を持ち上げる。
「……ゆき、か、ぜ、ちゃん?」
「突然、変なことをしてすみませんでした。でも、必要なことでしたので」
「あぁ、そっか……私、うん、大丈夫」
「こちらをどうぞ。意識がはっきりとします」
そう言って、雪風ちゃんから湯呑に入ったお茶らしきものを渡された。
覚束ない手でそれを持つと、ゆっくりと口に含む。
「あちち……ふぅ……」
不思議な香りと苦みの中にあるほのかな甘みが身体に染み渡る。どこかで飲んだことがある気がするが、どこでだったか思い出せない。
ぼーっとしていた頭がすーっと澄み渡っていくような気がした。
「うん、すっきりした。ありがとうね」
「いえ。それで、話はできましたか?」
「話……?あぁ、うん。えーっと、そうだ。『天の剣』を探せって」
今まで何をしてきたのか、なぜか聞くがはっきりとしない。
「私の中には、他の艦娘の魂がいて……私は次の作戦に参加しちゃいけなくて……雪風ちゃんと一緒に『天の剣』を探さなきゃいけない……もしかしたら、深海棲艦が、何だっけ?何か、恐ろしい、強大な力を手にしたときに、対抗するために」
「そこまで覚えているのなら多分大丈夫です。部屋までお送りしますね?今日はもうお休みください。吹雪さんの司令の方には、雪風の方から話しておきます」
「うん……」
そう言って、私は椅子を立つと、ほとんど独りで歩くことはできたが、一応雪風ちゃんが側に付いて、自室へと向かった。
100年後の未来に戦いを残す覚悟。
未来に戦いを先送りにしなければならなかった覚悟。
可能性でしかなくても、そんな可能性を未来に残してしまうことを。
きっと彼女たちは悔やんでいたのだろう。
ずっと、100年間。それはきっと《叢雲》ちゃんに対しても。
彼女が責を負わずに済んだかもしれないと言う後悔がきっとあったはずだ。
どうして、神様は私たちに与えなかったのだろうか?
深海棲艦に進化の機会を与えたのだろうか?
100年前の彼女たちが、今を生きる私の親友が、苦しみの果てにあり。
私たちの先を征く深海棲艦との熾烈な生存競争の運命の中にあり。
終わりの見えないこの戦いの連鎖の果てで、神様は何を望んでいるのだろう。
私は、いったい、何を望めばいいのだろう?
それでも、私はやり遂げなければならないのだろう。
その存在を見つけ出すことが、彼女たちの願いであるとするのならば。
私はそれを背負って、この青い海を駆け抜けなければいけない。
目指すのは、『天の剣』。ただ、それだけだ……。
空いた時間でちょこちょこ書いてると、
「こうしよう!」って思ってたことが良く頭から飛びます。
一気に書けるときはできるだけ一気に書けるようにしてますが……。
すらすらとアイディアの出る方がやや羨ましいです。
とにかく今は、書くのみ。書くのみ。