艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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宿る者との語らい

「意外と驚かれないんですね?」

 雪風は私の顔を見ながらそう言った。

 

「こう見えても、驚いてるよ……」

 言葉の通り、驚いている。私が艦娘というものに興味を抱いて以来、暇さえあれば通い続けていた『艦娘記念館』。あの場所にある『投錨の間』にあった艤装。そこに目の前の彼女の名はあった。

 

 駆逐艦《雪風》、はっきりと覚えている。水上電探も、双眼鏡も。

 あの場所にあった艤装を持っている艦娘は数名ほど、この時代に建造されている。ある意味、私はそれが当然の事だと思っていたのだが、色んな疑問もここ数字で湧いてきた。

 

 そんな中で、雪風は私の目の前に現れた。

 

「厳密にはあの場所にいた《雪風》の一部だけを受け継ぐのが今の雪風です」

 

「えーっと、どういうこと?漠然とは分かってるけど、実のところ全部分かってるわけじゃないんだ」

 吹雪は雪風の正面の椅子に腰を下ろしながらそう尋ねた。

 向かい合って、こうやって見ると、幼い顔立ちながらどこか達観した独特の雰囲気を纏っている。

 

「100年前、艦娘はすべて解体されました。その際に、艤装の一部は解体されずにあの場所のように展示したりするために残されました。艦娘と艤装は2つで1つであって、人である艦娘の本体の記憶を、無機物である艤装も記憶しています。所謂、魂が宿るというようなものです」

 

「は、はぁ……」

 

「普通は、こういったものは時間をかけて少しずつ正しき場所に戻っていくんです。海の記憶の一部でしかなかった艦娘の記憶も、海へと還っていくものなんです。そして再び建造される時が来れば、それに応じて再び新たな魂として艦娘に宿る」

 

「でも、あの場所にあった艤装には、ずっと魂が宿ったままだった、ってことだね」

 

「はい。知っているかどうか分かりませんが、今の吹雪さんの中には《吹雪》だけではなく、あの記念館にいた艤装に宿る一部の魂が存在しています」

 

「……は?」

 言われたのかもしれないが、覚えていない。

 今の吹雪の艤装は、艦娘記念館にあった《吹雪》の艤装を元に造り上げられている。その際に、色々とあったらしいことは聞いているがそんなこと知らなかった。

 

「その中で、雪風だけは外されたんです。もう一度艦娘として生まれ直し、《吹雪》と《叢雲》、この2つの過去の艦娘の魂をそのまま受け継ぐ存在を見守るために」

 

「ちょっと待って……私の中に、吹雪以外の魂があるの?」

 

「心当たりございませんか?ふとした時に、吹雪さんの中にある別の艦娘の記憶に触れているはずです」

 

「……あっ」

 そう言えば、私のものではない感情がふと私の中に流れ込んできたことがあるような気がする。その時に、知らない光景が脳内を何度も過って、なぜか悲しくなった。

 

 ある時は、空を覆い尽くす鉄の鳥を見上げ。

 ある時は、全てを消し去った白い光に包まれて。

 

 

「私の中に……いるの?」

 

「はい、10人ほど……《雪風》の魂は途中まで吹雪さんと共にありましたが、海に出た際に一度、海に還りました。本来は横須賀で生まれる予定でしたが、調べてみると横須賀じゃなかなか生まれる機会に恵まれてなかったみたいなので、一度海に出て、雪風を建造できる場所を探していたんです」

 

「えーっと、何だっけ?潮の満ち引きと天文学的問題と風土と何かしらの確率で魂の波動を結び付けやすい云々って話だっけ?」

 

「大雑把ですがそんなものです。建造システムはなるべくして構築されたシステムです。明確な理論の下に、魂の降霊を行い、その波動を結びつけることですが、雪風はなかなか当てはまる日が来なくて」

 

「それでブイン基地に生まれたのかぁ……」

 

「はい。と言っても、雪風は吹雪さんに出会うまではこのことを忘れていたんですけど……船の記憶はともかく、艦娘の記憶と言うものはそう簡単に引き継げないんです。特に魂なんていう不安定な状態だと」

 

「そもそも、魂なんて概念は結構明確なものなんだね。艦娘になってる身で言うのもなんだけど。まぁいいや」

 

「……そろそろ、本題に移りましょうか。艦娘記念館にあった一部の艤装には艦娘の魂が残されていました。一部は吹雪さんを護る鎧となり、一部は海に還り、再び艦娘として蘇ります。吹雪さんが生まれた時から、歴戦の駆逐艦の如く動けたのは、吹雪さんの中に存在する無数の魂の記憶のお陰です」

 

「なるほど……私のルーツに、ようやく私は辿り着けたわけだ……」

 不思議と動いた身体。訓練もなしに多くの敵と戦えたこと。

 ただの艦艇の記憶ならば、そうも上手くはいかないだろう。艦娘としての記憶でもない限り。それも、ありとあらゆる戦闘を繰り広げてきた多くの歴戦の艦娘の魂が。

 

「―――さて」

 雪風はそんなことを口にして、腰を上げた。

 机に手を突いて、私の方に顔を近づけてくる。

 

「ここから先は、向こうの方々にお願いしましょうか?」

 スっと、私の耳元に彼女の左手が添えられた。何が何だか分からずに、私は動けないでいた。

 

「えっ―――――」

 

 パチン、と指が鳴った。

 その瞬間、目の前が真っ暗になった。眠りに落ちると言うよりは、意識を刈り取られる、と言うような感じだった。

 

 

 

     *

 

 

 

 頬を撫でた冷たい風に私は目を覚ました。

 目に飛び込んできたのは、空に浮かぶ明るいまん丸の月と、無限に広がるかのような海。

 波ひとつなく、とても静かで、その上に広がる夜空の色をそのまま映した黒く深い海だった。

 

 私は膝を抱えるように座って眠っていたらしい。

 少し離れた場所に桟橋が見える、コンクリートの地面の上。

 

 あぁ、この場所は知っている。私の始まりの場所。懐かしささえ感じる。

 

 

「―――久し振りだな。上手く戦えているようで何よりだ」

 私に誰かが話しかける。ふと目を向けると、夜風に艶やかに伸びた黒い髪が靡いているのが窺えた。その容姿は同性である私でも惚れそうなほど凛々しく、多くの女性の憧れを形にしたような人だった。

 前にここで会った時は、どこか甲冑に似たような衣装だったが、今は黒い外套を羽織って、夜に紛れているかのように、私の横に片足を伸ばし、もう片膝立てて座っていた。黒い革製のブーツはどこか高級感を纏っていて、彼女の魅力を一層に引き立てていた。

 少しだけ周りを見て、彼女に言葉を返した。

 

「……今日は艤装はないんですね」

 

「今は出撃するわけじゃない。いつも持ち歩いてるわけでもないんだ」

 そう、少しだけ申し訳なさそうに笑いながら答えてくれた。

 

「あなたは……長門、なんですね?」

 不思議なものだった。以前来た時に、彼女が長門である確信はしていたのだった。

 だが、私が目覚めている間、《長門》という存在がどんな姿をしているのか、全く知らなかった。こちらでみたことすべてを、私は目覚めているときに思い出すことはできないらしい。そして、不思議とこちらに来た時だけは、それを思い出すことができる。

 

「私が《長門》であるかどうかと訊かれると少し答えに困るな。私は《長門》であった者の記憶に過ぎない。かつて長門と言う名の戦艦の魂を宿した1人の女性の、記憶と、心と、想いの作り出した幻影のようなものだ」

 

「ややこしいですね。この際だから長門さんと呼ばせてもらいますけど……」

 

「まあ、その辺りは君が好きなように呼べばいいさ」

 

「どうして私の中に……?」

 

「……私の友の意志でな」

 そう言った長門さんは、そっと目線を遠くに向けた。天と地の狭間を見るかのような水平線。その向こうにある景色に、在りし日の思い出を重ね、想いを馳せるかのように。

 

「私達は選ばれたんだ。もしかしたら、訪れるかもしれない未来に備えるために。全ての戦いの記憶と知識を持ち合わせた状態で再び戦いの場に赴くために」

 

「でも、それは無理だったんですよね?」

 

「あぁ、私たちが解体と言う選択肢を選ばなければ、もしかしたら可能だったのかもしれない。しかし、君も知っているだろう?平和な世の中に、私たちのような過ぎたる力を持つ存在は、ただの恐怖を与えるものでしかないのだよ。仕方なかった、だからこそ私たちは魂としてこの世界を見守り続けてきた」

 

 いつか私の友人と語ったことがある。

 あの時まだ私は艦娘じゃなくて、彼女が艦娘であると言うことも知らなかったのだけれど、『艦娘は平和の犠牲になった』のだと、彼女は言っていた。

 

「一方で私の友は艦娘の業を背負った。一族を懸けて艦娘の力を代々背負っていくこととした。本来、私たちは再びこの世に降り立つ彼女に着いていくはずの存在だったが……君に出会った」

 

「わ、私ですか?」

 

「あぁ、何度も私たちの下に現れ、羨望と期待に満ちた眼差しを向けてくれた君だ。道行く人に声をかけ、まるで自分の事のように私たちの事を語ってくれていたな。嬉しかったよ。言葉を出せない私たちに代わり、その想いを代弁してくれる君が。そして、何より君の周りには愛が満ちていた」

 

「愛、ですか」

 長門さんの言葉を繰り返すように、私もその言葉を口にした。

 

「あぁ、そうさ。君の誰かを想う気持ち。私達や家族や友や君の故郷の者たちを想う気持ちが、巡り巡って君に人のより良い感情を集わせていた。相思相愛、というのは違うかもしれない。だが、君が向けた愛の数だけ、君には誰かの愛が返ってきていたのさ。時に、君が私たちに夢を語るときは、まばゆいくらいに君は多くの愛に満ち溢れていた。いつの日か、私たちは皆、君に惹かれていった」

 

「な、なんだか、恥ずかしいですね……自分のことをこうやって褒められると」

 

「ふっ、少し語りすぎたな。ただ、君は面白い身体もしていた。生まれながらにして私たちに近い存在だった。それは妖精から聞いているはずだ。だからこそ、あの日。私たちは君に賭けたのだ。本来、私たちを迎えに来るはずの存在は来なかったからな……それに、私たちもあの場にいた君を放っておくことはできなかった」

 

「あの時は、私も、私自身と向き合うことができました。長門さんたちが私を進ませてくれなければ、私はあのまま大切なものを全部失っていたんだと思います」

 

「そうか……それはよかった。あの日のことを君が後悔していなくて何よりだ」

 長門さんはそう言って優しく微笑を向けてくれた。こんなにかっこいい人でも、こんなに優しい笑みを向けることができるんだな、とちょっとだけ胸が高鳴った気がした。

 

 サァァっと海が鳴くような音がした。海面に波を作りながら、強い風が私たちに吹きかかった。

 髪が靡く。さわさわと髪が耳に当たる音がした。

 その音に紛れて、からん、と誰かがこちらへ来る音が聞こえた。

 

「あまり雑談に耽っている時間もありませんよ、長門。彼女をここに連れてきた理由は他にあるはずですよ」

 優しい声。この声もこの世界で耳にした気がする。

 

「懐かしい友と語っている気分なんだ、少しは大目に見てくれ、赤城」

 長門さんは彼女を「赤城」と呼んだ。

 あぁ、そうだ。前に私が来た時には彼女は弓道着姿だったが、今は艤装の1つも持たずに浴衣のような和服姿だった。からん、と透き通る音は下駄の音らしい。こうして戦いに臨まぬ姿を見ると、意外と小柄で、どこかおっとりとした雰囲気のある綺麗な大和撫子と言う言葉が似合う女性だった。

 かつて「赤鬼」と呼ばれた姿はいざ知れず。

 

「吹雪さん、申し訳ありません。突然、このような場所に呼び出してしまい……雪風さんにももう少し説明してからこちらに連れてくるように言い聞かせておくべきでした」

 

「い、いえ……私は大丈夫です。ここも懐かしい感じもしますし」

 

「懐かしい、ですか。不思議なものですね。貴女は以前来る前までは知らないはずの景色ですのに」

 

「吹雪の中には、以前の《吹雪》もいる。その記憶のせいだろう」

 

「なるほど。そう言うこともありましたね……少し歩きませんか?」

 

「……分かりました」

 ゆっくりと腰を上げて、立ち上がる。不思議なものだ。踏みしめた足にしっかりと力が返ってくる感じがする。ここが夢の世界だとちゃんと実感していないと、どちらが現実か分からなくなってしまいそうだ。

 

 私はここが良いのだが、と長門さんが愚痴を漏らしていたが。

 

「貴女は艦娘の時もずっとそこにいたでしょう?職務も放り出していつも海ばかり見て、大体貴女は」

 と赤城さんが愚痴を言い始めると、これは長くなりそうだ、と言いたそうな気まずい顔をしてさっと腰を上げた。伝説中の更なる伝説の存在が、こんなふうにやり取りをしているのを見るのは、なかなか新鮮なものだ。

 

 

 

 

「――――あの戦いは終わっていなかったのかもしれません」

 しばらく海岸線をゆっくりと歩いていると、唐突に赤城さんがそう言った。

 

「えっ?」

 

「貴女たちが100年前に終わったと思っていた深海棲艦との戦いは、まだ終わっていなかったのだと。そんな危機感は私たちが解体を受ける寸前まで、ずっとしていました。私たちの友が危惧するような言葉を私たちに向けたからかもしれません」

 

「1つ訊いてもいいですか?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「長門さんや、赤城さん、その他の艦娘記念館に残された艤装。あれは選ばれて残されていたんですか?」

 

「まあ、そう言うことになるのかもしれないな。全てがという訳ではないが」

 

「あの場所にいた者たちの多くは、艦娘であった時、最も私たちの友に近かった存在です。長きに渡り、同じ戦場を駆け抜けた最も信頼できる存在と言えるでしょうか。彼女の意志に賛同するには、それだけの信頼と、それに見合うだけの覚悟が必要でした」

 

「永遠に海に帰れない覚悟もあったのだ。悠久に等しい時間を、戦友たちの待つ海に帰ることもできずに、ただその時を待ち続けると言う覚悟を」

 

「100年、思えば早かったのかもしれませんね。私たちは1000年ほどは耐える覚悟をしていましたが」

 

「分かりました……それで、深海棲艦との戦いが終わっていなかったのかもしれないというのは」

 

 長門さんと赤城さんは一瞬だけ顔を見合わせた。

 その双方を交互に見て、私は未だに彼女たちが迷っているのだと理解できた。

 

 やがて、2人は頷き合った。

 

「深海棲艦の可能性……そう言うものを示唆されるようになりました」

 口火を切ったのは赤城さんだった。

 

「深海棲艦の可能性、ですか……?」

 

「時間の流れに伴い、新たな力を持って生まれるかもしれない深海棲艦の可能性だ。私たちのほとんどは第二次世界大戦時の艦艇であって、深海棲艦もまたそれに近い艤装を持つ」

 

「深海棲艦は1つの進化の辿り着いた結果だとされています。何者かが人為的に作り出したものではなく、何かしらの力が作用し、深海に沈む多くの船の残骸や、海水に含まれる貴金属が、生きた細胞に取り込まれ変異し、人間が想定していた進化の経路とは全く異なる進化を短期間で急激に辿った存在だと」

 

「……なんだか、衝撃なことを聞いている気がします」

 

「深海装鋼については知っているな?あれは金属ではあるが、正確には金属の性質を持った細胞だ。人智の及ばない経路で進化を遂げたものだがな……更に金属を取り込んでその情報を得ようとする性質がある。深海棲艦はそうやって進化を繰り返してきた、というのが私たちの時代の仮説だ」

 

「ならば、先の時代の情報を取り込んだ個体も、いつかは現れてくるはず。それが危惧された可能性です」

 

「より近代的な兵器を操る深海棲艦ですか……?」

 

「かもしれないし、もっと別の経路の進化を遂げた深海棲艦かもしれない。いつの時代だってそうだ。人類の科学は思わぬところで自分たちの首を絞めることになる。その一端を、彼女は既に気付いていたのだよ」

 

「……さて、ここまでが前置きです。そろそろ本題に移りましょう。ここにも着きましたし」

 そう言って、赤城さんは私に向けていた視線を前に向けた。

 私も釣られて、視線を前に向けると、全く景色が変わって、私たちの立っていた世界が変化した。

 

「えっ?」

 

 不思議な空間だと思ったが、そこは私の見覚えがある場所だった。

 いや、と言うよりは私の始まりの場所であり、私たちが出会った場所であり……。

 

「ここは……艦娘記念館ですか?」

 

「の元になった場所。第1号鎮守府工廠兼ドックだ。私たち艦娘の休憩施設のような場所だがな……ここは後の投錨の間と呼ばれた、談話室だ」

 

 そう言って先に長門さんが足を踏み入れていった。

 気付けば私たちは、その談話室とやらの入り口に立っていたのだ。

 

 そして、そこには――――8人の少女と女性たちが私たちを待っていた。

 

 

「やあ、よく来たね。こうして会うのはあの時以来だね」

 その声を聴いて私は肩を跳ねさせた。

 なぜならば、私の声と全く同じ声だから。

 

「《吹雪》……」 

 私は彼女の名を呼んだ。私であり、私ではない、もう1人の私である存在を。

 

「うん、待っていたよ、吹雪」

 私と全く同じ顔をして、全く同じ声をした彼女は柔らかな笑みを向け、私を部屋へと引き入れた。

 

 

 

 

 




 少しおかしな話となっていますが、割と真面目な内容です。
 というか、何も進んでいないような気もしますが。あれ?進んでないなこれ。

 区切りが良いので、とりあえず、ここまでとします(逃)。


 すぐにこの話の後編に当たる部分を書きますので、もう少しお待ちください。

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