艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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今回は妖精さんによる解説回です。ほとんど妖精さんしか喋ってないので、地の文がほとんどないです。

ざっと、流し見してください。細かなところはまた後で簡単にまとめると思います。


妖精イヴ

「では、結論から言うしかあるまい。深海棲艦が生まれ、私が生まれ、艦娘が生まれ、妖精が生まれた。深海棲艦を利用して艦娘の根底が築かれ、多くの犠牲の果てにその全ての技術を私と言うケースに収納した。そして、私は最初の艦娘を生み出した」

 妖精は淡々と語る。隠すつもりは更々ないという意思を見せるかのように。

 

「……は?妖精さん、今なんて」

 私は言葉を失いそうになった。頭が混乱していた。掻き乱されていた。棒で脳みそをかき混ぜられているかのようだった。表面に浮かんできた言葉を何とか拾い上げて言葉を発した。

 

「私が《叢雲》を生み出したのだよ。それ以前の存在は人間の愚かな背徳と傲慢が生み出したただの化物に成り下がったがね」

 

「そうか……其方が、其方がそうなのだな……」

 御雲大臣は妖精の言葉に思わず立ち上がった。まっすぐに背を伸ばしたその体躯は礼服の上からでも分かるほどにがっしりとしている。顔に浮かぶ皺とは関係なしにその肉体は健在なのだろう。

 問題はそこではない。

 強面で、威厳と恐怖しか感じさせなかった、御雲大臣が笑ったのだ。傷跡を派手に残しているその顔が喜々として笑みを浮かべたのだ。

 

「会いたかったぞ。『イヴ』」

 

「その名で呼ぶな。私は朋友より新しい名を授かったのだ」

 

「朋友か。我が祖先をそのように呼ぶのか……其方が」

 

「私の生涯の朋友はただひとりだ」

 

 

「えーっと、ちょっと待って妖精さん」

 

「どうした吹雪。すまないが私は今、頭の固い君の上司と話をしているんだ」

 

「いや……その、あなたって何者なの?」

 

 

「駆逐艦《吹雪》、其方はFGフレームについてどれほど知っておる?」

 御雲大臣は、そう私に問いかけた。突然の事だったし、相手の立場が立場なだけにピンと反射的に背筋が伸びてしまった。まるで校長先生の前で話してるかのような気分だ。

 

「えっ、あっはい!FGフレームについては……全てとは言えませんが基本的なことなら」

 

「なるほど。どうするイヴ?其方の口から語るか?」

 

「……はぁ、仕方あるまい。吹雪、艦娘とは何だ?」

 今度は妖精さんからの問いかけで、いくらか気分が楽だった、

 しかし、なかなか答えに困る問いかけをしてくれる。

 

「か、艦娘……?えーっと、深海棲艦と戦える唯一の存在。在りし日の戦船の魂と記憶をその身体に宿した少女たちの事で」

 

「一般的な見解はそうだ。この世界に広く知れ渡っているのもそれだろう。では、人と艦娘の根本的な違いは何だ?」

 

「違い?うーん……」

 

「人に何を付け加えたら艦娘になると思う?」

 

「それは、艤装かなぁ?でも、艤装はFGフレームの一部だから、FGフレーム?」

 

「その通りだ。君たち艦娘と、君の正面に座っている人間たちの違いはFGフレームにある。では、FGフレームとはどのようにして生まれたと思う?」

 

「えっ!?そんなの分かりませんよぉ。そもそも妖精さんが言ってたじゃないですか。どうやって生み出されたかはブラックボックスだって」(※第二章参照)

 

「まぁ、私も詳しいことは知らない。しかし、少なからず私が生まれた原因と関係していてね。君も勘づいていると思うが私は普通の妖精とは違う」

 

「確かに、妖精さんみたいなお喋りで態度のでかい妖精は他にはいないね」

 

「言うようになったな。妖精とは、ただ与えられた命令に従って作業を行うアルゴリズムを組み込まれた世界のプログラムのようなものだ。もっと正確に言うのならば、艦娘という存在をこの世界に縛るために、妖精という存在を生み出さざるを得なかったんだ」

 

「艦娘が生まれて、妖精が生まれた」

 妖精さんの言葉を聞いて、いつか教わった言葉を復唱するかのように呟いた。

 

「その通り。だが私は違う。私は艦娘よりも早く生まれた。全ての艦娘は私を始まりとして生まれたのさ」

 

 これから語られるのは私にとっては勉強のようなものだった。

 鎮守府で勉強させられていることの復習と応用の中間のようなもので。

 

 でも、これは今思えば私を作り出したこの妖精の重大な過去であって。

 この戦いの始まりを語るものだったのだと。

 

 1人の科学者の存在によって、総てが生み出されたのだと。

 

 

 

     *

 

 

 

「その昔、平賀博士と言う人がいた。はっきり言って彼女は天才だった」

 

 

「アルキメデス、ニュートン、レオナルド、ガウス、オイラー、アインシュタイン、ホーキング、その他にも多くの、ありとあらゆる時代に今までの人類の常識を凌駕する頭脳を持つ天才が生まれてきた。平賀博士は紛れもなく、その時代の選ばれし頭脳だった」

 

「そんな彼女が生まれ落ちた時代に、導かれるように、今までの人類の常識の及ばない存在が現れた。深海棲艦だ」

 

「知られていないが、最初に人間が深海棲艦と邂逅した時。それは駆逐イ級と後に呼ばれることになる個体が九州のとある浜辺に打ち上げられたことが始まりだったのだ」

 

「その姿を見た時、彼女は涙を流したらしい。『神が私をこの世界に生み落とした理由をようやく見つけた』と」

 

「彼女は宿命だと思い、若き時代の全ての時間をその研究に捧げた。そして彼女の頭脳はあっという間に深海棲艦というものを理解してしまった」

 

「深海棲艦は特殊な非定常振動を放つ「外骨格」に近いものを表皮付近に有している。これが周囲の空間に特殊な波を発し続けている。今まで人がオーラと呼んできたような、そんなものだ」

 

「周辺に発生した特殊な力場は、海水と反応し浮力を発生させる。同時にその足下に足場のような力場も発生させてしまう。身体の重心を中心として、その力場の最外端を最大とする球体の領域がその力場の及ぶ範囲」

 

「この領域に明確な名前はない。ただ『領域』と呼んでいた。だが、平賀博士はこの存在とその脅威をすぐに理解した」

 

「領域に侵入した物体のエネルギーを一瞬で発散させてしまう。これは恐ろしいものだ。運動エネルギーも熱エネルギーも何もかも0になる。放射線さえ電子や原子の運動エネルギーがなくなってしまえば意味がない。本来爆発するはずのエネルギーさえその領域内では消滅する。近代兵器は全て効かない」

 

「全てのエネルギーは彼らの足下に流れていく。広い大洋のさらに奥深くに。恐ろしいだろう?」

 

「深海装鋼という未知の金属が学会に出た時は大笑いされたらしい。しかし、その場にいた者は誰ひとり、深海装鋼を理解できなかったという皮肉もあるが」

 

「彼女は次に深海装鋼を人為的に作り出そうとした。しかし、それは不可能だった。深海棲艦と他の生物の身体的構造があまりにも異なっていたからだ」

 

「細胞の複製も不可能。残されたサンプルも僅か。手元にあったのは膨大な研究データだけ」

 

 

「平賀博士は考えた。これらの研究データを元に、新たな別のものを作り出そうと。最終的には深海棲艦と同じようにそれを人体に組み込めるように」

 

 

「彼女は天才だった。あっという間に新たな理論を構築し、人体細胞に沿った形の全く異なる組織格子の理論を作り上げてしまった」

 

「人体内部に存在する組織格子と、外部に存在する組織格子を特殊な引力で人体に沿うように結び合わせ、強固な「見えない外骨格」を作り出すというものだ」

 

 

「馬鹿馬鹿しいが、「魂の波動」というものを利用した。先程も言ったが、人が生まれながらにして周囲に広げている波動、オーラのようなものだ」

 

「これが組織格子の構築に不可欠だった。ヒトの持つオーラに干渉されると組織格子は強固な結合を見せて、更にオーラを変質させて外部へと放つようになった」

 

「深海装鋼の再現に近い形にまで完成していた。深海棲艦の持つ領域に近いものを」

 

「それは既に『生きている無機物』に近い存在だった」

 

「平賀博士は当初とは異なる形で、理論に派生できるようなもっと簡単な形で、それを保存しようとした」

 

「彼女が積み上げてきた研究データの全てと、彼女が構築した理論の全てを濃縮して、1つの存在を生み出した結果。それは確かな形としてこの世界に生み出されることになった」

 

「それが私だ。すなわち、私はFGフレームのプロトタイプの集合体によって成る存在であり、この世界で最初にFGフレームとして形を成した存在であり、この世界で最初に生まれた妖精だ」

 

 

 

「さて、不思議なことに私には自我があった。その理由を私は知っていた。この記憶は海の記憶だと」

 

「多くの命が生まれ、散りゆく海の記憶だと。FGフレームは波動に共鳴する。私が共鳴したのは海の波動だった。それ故に私は理解していた。深海棲艦の正体を」

 

「私は平賀博士に1つの答えを提示した。「在りし日の戦船のような兵器を作れ」と」

 

「そして始まったのが『イヴ計画』だ。私の中に存在している海の記憶の中からある魂を引き出し、それを無機物である『艤装』に定着させる。そこから生まれた魂の波動はFGフレームの定着を促し、FGフレームを解析して平賀博士は人体に組み込むFGフレームの設計を行った」

 

「後に私が魂を定着させるシステムを組み込んだ装置が『建造ドック』だ。これも何回か失敗して大変なことになったんだが」

 

「60回の人体実験が行われた。おおよそ50名ほどに同時にFGフレームを定着させようと試みるものだ」

 

「人体内部に「インナーフレーム」を作り出すために、60兆の細胞をわずかに変質させた。その結果遺伝子の改変にまで及び耐えられる人体はいなかった」

 

「実験が進むに連れて、人体内部のFGフレームの生成には染色体の影響があると考えられた。XとYの染色体では片方の染色体を改変させた際に耐え切れなかった」

 

「しかし、XとXの染色体は相互に補完し合う性質を見せた。遺伝子の改変が起きても欠損した部分を対となる染色体が補った」

 

「ここから、男性にはFGフレームが定着しないことが分かった。そこからインナーフレームの完成は40回目の実験で成功した」

 

「だが、「アウターフレーム」の生成は難しかった。言わば「外骨格」。無理矢理アウターフレームの形に合致するように人体を作り変えることに耐えられる者はいなかった」

 

「人間をプレス機械にかけて成形するようなものだ。失敗が続いた」

 

「だが、61回目で奇跡が起こった。アウターフレームの生成に耐えられた者が現れた。すぐにインナーフレームを結合し、強力なFGフレームが定着した」

 

「これがマルロクイチ計画だ。後に語られるすべての始まり」

 

「彼女が《叢雲》だ。この世界で最初に人体にFGフレームを有した人間――――始まりの艦娘だ」

 

「私は言及した通り、FGフレームによって成る存在だ。だからFGフレームを視ることができる。彼女のは強力だったよ」

 

「艤装と結びついた瞬間に、研究所すべてを包み込む領域を展開してみせた。まだ上手く調整ができていなかった。このせいで全ての電力が落ちたりと大変だったが」

 

 

 

「これが艦娘の始まりだ。そして、反撃の始まりだ。そして、私と言う存在と《叢雲》の関係だ」

 

 

「さて、妖精について語ろうか。FGフレームの中には「魂」が存在する。多くの者たちの魂が「船の魂」として1つに収束したものだ。船の魂と言う巨大な集合体からすれば、小さなものだが」

 

「FGフレームの放つ領域内では特殊な力が働くと言った。艦娘の中に存在する魂のひとつひとつがその力を表す存在を補う形として定義されたものが妖精だ」

 

「つまるところ、妖精は記憶の断片だ。それを引き出して妖精と言う形でFGフレーム内部で力を作用させているのだよ」

 

「人間には見えない理由がそこにある。ただの「力」だから見えない。しかし、FGフレームを有する艦娘にはその記憶を知っているようにその力を知っているからこそ、見えてしまうのさ」

 

「それが見えてしまう人間―――過去の提督たちはそれこそ数奇な存在だったのさ。特殊な遺伝子を持っていたとしか言いようがない」

 

「君たち、艦娘の子孫は、FGフレームを構築する際に改変された遺伝子を受け継いでいる。その一部が擬似的なインナーフレームを君たちの体内に作り出している。それが原因で妖精が見える」

 

「そして、ここにいる吹雪は不思議なことに、アウターフレームまで受け継いで生まれた存在だ。まさに艦娘になるべくして生まれた存在だと」

 

 

「これが妖精と、君たちの真実だ」

 

 

 

    *

 

 

 

「ねえ、妖精さん。私はそんなものを受け継いで生まれてきたの!?」

 

「あぁ、そうだ。君を見た時からそれは知っていた」

 

「で、でも、私はかつての戦船の記憶なんて持ってなかったよ?」

 

「それはある意味当たり前だ。君には艤装がなかったのだから。それにアウターフレームに合うまでに成長する時間が君にはあった。記憶と言うものはほとんど必要なかった。君の側にも1人いただろう?成長していた艦娘が」

 その言葉にすぐにある少女の姿を私は思い浮かべた。

 そういえば、彼女は生まれながらにして艦娘だったはずなのに、小学校の頃から背は伸びていたし、人間らしく成長していた。私の一番の親友は。

 

「今の時代の叢雲もそうだ。成長と言うものはアウターフレームに対する余裕を生み出している要素だ。そして、ある一定まで達した時にアウターフレームに制限をかけられる。その時に艤装が必要になる」

 

「FGフレームのインナーフレームには『形状記憶性』が、アウターフレームには『形状保存性』がある。アウターフレームは一定の形状に保とうとする、インナーフレームは一定の形状に戻そうとする。これは艦娘の修復にも応用されている技術だ」

 

「あぁ、入渠のことか。確かに人間の時より傷の治りは早いかも」

 

「ただこの性質には艤装から「魂の記憶」を受け取って、本来のFGフレームの機能を発揮させてから現れる。特にインナーフレームの方はな。形状記憶性の戻そうとする力によって、アウターフレームの保とうとする力に成長が負けるのを防いでいる」

 

「……そう言えば、艦娘の寿命ってどうなるの?私はこの姿のまま、80歳になったりするの?この姿に押し込まれてるってことだよね?」

 

「あまりこういうことは言いたくないが……君たち艦娘は定期的にメンテナンスを行い、ちゃんとした補給を続ければ、実質不老不死だ。FGフレームの戻そうとする力が成長を戻し、保存する力が形状を細胞レベルで保存する。もっと正確に言うならば、君たちは入渠や補給をすればいつでも同じ状態を保つことができる。一切変化のない身体だ」

 

 

「……まるで魔法だね。時間が戻ってるみたいだ」

 不老不死というよりもそっちの感じの方が私にはしっくりきた。

 

「悪魔の技術だよ。平賀博士の研究はその域に達していた。この性質は深海装鋼にはない艦娘固有の力だ。数的不利な状況を打開するために、平賀博士が作り出した」

 

「へぇ……すごいね。平賀博士ってひと。どんな本にも載ってなかったけど」

 私はわざとらしく御雲大臣に視線を向けた。

 あぁ、そうだよ、あなたたちのせいで闇に葬られた存在になってるんだもんな、この人。

 

「ねえ、ひとつ気になったことがあるんだけどね」

 

「なんだ?」

 

「もし、妖精さんがやろうと思えば、深海棲艦の中にあるような負の感情をもった魂を人間に、艦娘に、埋め込むこともできたんじゃないの?」

 

「なぜそう思う?」

 

 

「負の感情を持つ深海棲艦に対抗するために、艦娘には正の感情をもつ魂が与えられたって勝手に解釈した。伝わってる話もそんなものだし」

 

「艦娘は在りし日の人々の祈りや願いが形となった存在、か……今の話を聞いてもそう思うのかね?」

 

「変わらないよ。妖精さんに導かれたにせよ、深海棲艦に立ち向かわせていたのはきっとそう言った人間の感情なんでしょ?」

 

「確かに、私にも負の感情を与えることはできる。だが、吹雪。勘違いしてはいけない。私は別に負の感情を与えていなかったわけじゃない」

 

「えっ……?」

 

「人間と言うものは善悪の両方を持ち合わせて、秤で物事を判断する生き物だ。本能ではなく理性による善悪の判断は人間に備わった思考の最たるものだ」

 

「それが艦娘と何か関係があるの?」

 

「深海棲艦は負の感情を、いわば悪の感情しか持たない。これは確かだ。艦娘は正の感情を、いわば善の感情しか持たないと思うかね?君は本当にすべてをいいことだと信じ切って行動しているかね?君には悪いと思うことはないのかね?」

 

「……」

 

「違う。片方しか持たないものは、それは化物だ。人間じゃない。完全な善しか持たない者と、完全な悪しか持たない者には、善悪の判断なんてない。全て自分の思うがままに繰り返すだけの、初めから完全に秤の傾いた化物だ。私はそんな化物を作っていた気は一切ない。私は両方与えていた」

 

「ちょっと待って……じゃあ、艦娘の中には……深海棲艦の持つ負の感情もあったってこと?でも、それじゃ深海棲艦を」

 

「そうさ。深海棲艦を理解している。なぜあれがあんな風にあるのかを全て。感情と記憶だけに突き動かされているだけの存在と思ったのか、君は」

 

 

「綺麗ごとばかりじゃない。全てを背負ってでも、ある時代の人の祈りや願いを守ろうとした正義の現れた存在が艦娘だ」

 

 

「……吹雪、君の中にある想いは確かにそうなのかもしれない。艦娘たちは過去の記憶に従って戦っていたのかもしれない」

 

 

「だがな、あまり自分の理想ばかりを押し付けるのは良くない。現実はもっと残酷なものなのかもしれない」

 

 

「深海装鋼の理解ができた平賀博士は恐らく「魂の波動」を理解していたのだろう。だからこそ、「戦船の魂」というものも恐らく理解していたはずだ」

 

「逆を言えばな、深海装鋼にもFGフレームのように何かの魂が宿っており、記憶が宿っているということだ」

 

「深海棲艦は深海装鋼で構成される生命体だ。その記憶が人類の破滅を導くように彼らを動かし、その肉体が在りし日の戦船のような兵装をもっていたのならば」

 

 

「それと向き合ったかつての艦娘たちは何を思うだろうか?」

 

 

「やや身体を更生する成分が人間よりなだけで、艦娘と深海棲艦は酷似している。深海装鋼から生まれたのだから無理もない」

 

 

「当然思ってしまうのだよ」

 

 

「『あの中にある記憶はもしかしたら自分の中にあったものなのかもしれない』と」

 

「『この身体の中にある記憶はもしかしたらあの中にあったのかもしれない』と」

 

 

「宿命を感じてしまうさ。まるで生き別れた姉妹のようだ。中には自分が存在しなければ存在しえなかった存在だと深海棲艦を思う者もいた」

 

「あったかもしれない可能性。艦娘とはある意味、それを最大限に引き出している存在なのだよ」

 

「だからこそ、あったかもしれない可能性に人一倍敏感で、同情や共感や、後悔さえ、深海棲艦に抱いてしまった」

 

 

「これが答えだよ、吹雪。歴戦の艦娘になればなるほどにこの感情は強かった」

 

 

「正の感情なんかじゃない。それはその姿になれなかったという後悔と、その姿にしてしまったという後悔」

 

「善があるからこそ悪が存在すると言う二元論に基づいた正義の拮抗が生み出したジレンマだ」

 

 

「彼女たちの中にあったのは――――『償い』という戦いの理由だ」

 

 

「でも、それじゃ――――」

 妖精の言葉を聞いて私の中に生まれてしまった可能性が、耳の奥でノイズのように騒いでいた。気持ち悪かった。早く吐き出してしまいたかった。

 

 憎かった。そんな可能性が。

 

「そうさ。君たちは。艦娘の姿をして―――――」

 

「イヴ、それ以上は止めろ」

 この時、御雲大臣が、そう言ったような気がした。

 私はその声がもっと遠くの喧騒の中から湧きだすいくつもの声の1つのようにしか聞こえなくて、妖精から答えを受け取る前に、ただ私の中で生まれてしまった答えと言うのもを自分で言葉にしてしまっていた。

 

 

「私達は……深海棲艦になる可能性があった……」

 

 

 

 




 この話は第四章「小さな反逆、大きな変化」に一部がつながる内容となっています。
 
 自分が憧れて止まなかった存在が、
 自分が最も憎んでいた存在に結びついてしまうような可能性を持っていたのならば。

 そんな話です。

「艦娘⇔深海棲艦」という設定をやや仄めかしてしまうようなものですが、私の中でははっきりとはそう定義させてもらわずに、この物語を続けていこうと思います。

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