私は今更この運命を呪うことはしないだろう。
いや、きっと私は祝福する。私のあなたと出会ってから今までの人生の全ては、あなたの為にあったと言ってもいい。
だから、私はこの運命を呪うことはない。この宿命を恨むことはない。
誇りをもってこの名を掲げることができる。
全て、あなたのお陰。だから、あなたと出会えたこの運命を私は祝福する。
私はもう救われているのだ。
だから、この魂が生み出してきた怨嗟など微塵も残っていない。
この力が償いの為に存在しているのならば、私に償うべき存在など既に存在しない。
この魂は既に救われているのだ。
だからこそ、戦う理由をあなたに見出そう。あなたの為だけに戦う。
あなたが北へ征くなら私も北へ赴こう。
あなたが西へ征くなら私も西へ行こう。
あなたが東へ征くなら私も東へ足を進めよう。
あなたが南へ征くなら私も南へ進路を取ろう。
きっとあなたは私に夢を見せてくれるのだろう。
真っ白ではなく、嫌みを覚えるほどに澄み渡ったこの青い空のような世界に、色彩豊かなあなたの夢を。
でも、鏡に映るその姿は私に語りかける。
『――――駆逐艦《叢雲》……貴女が叢雲の名を持つことはここに来た時点で分かっているわ』
それはきっと私の理想だ。
私が在るべき姿なのだろうが、鏡の世界にこの手は入らない。
私がその理想を掴むことはできない。
『――――私はこの名と共に未来にあなたを託した。だからこそ、これを貴女たちに遺す。貴女が愛する者を、貴女を愛する者を守るために使いなさい』
私の知らないあなたがそこに居て、私を知っているあなたがそこに居る。
私の後ろに鏡はない。鏡があるのは私の前だけ。
合わせ鏡は無限の世界を作り出す。光の届く限り、その光は無限の影を作り出す。
その中に映る自分の姿に、この前に、その先に、存在している「私」という存在を映し出す。
幾度となく、受け継がれてきたこの名を、この力を表すかのように。
合わせ鏡こそ、意思の継承。
宿命の継承。それを呪いと呼ぶのならば、私の呪いはないのかもしれない。
一世代限りの運命。
私の前に映る「私」の姿が一つなのは、そう言うことなのだろうか?
『――――《叢雲》、呪いたければ私を呪えばいい。こんな運命を貴女に強いることを私はきっと死ぬまで後悔し続ける。でも、これは私たちが背負うべきもの。だからこそ、負の感情は全て私にぶつけなさい。貴女を前に動かすのは、正の感情のみ』
……私はこの運命を呪うことはない。
呪ってしまえば、この運命はあの子との出会いさえ呪ってしまうことになる。
運命とは切れないものなのだ。ずっと繋がって断ち切れない鎖だ。
『――――《叢雲》、護りたい人のために戦いなさい。その命をその為だけに燃やし尽くしなさい。全てが終わった後、その火が2度と灯ることがないほどに、激しく、熱く、高々と燃え上がりなさい』
私は人生が蝋燭だとは思わない。
激しく燃えれば燃えるほどに、早く溶けてしまう。そんなのは人生ではない。
人の命はいつだって激しく燃えている。
この時代に吹き荒れる強い風の中でも消えないように。
人生が蝋燭な訳がない。蝋燭如きで耐えられるほど魂の焔は小さなものじゃない。
この命の炎に照らされて、赤熱して光る運命の鎖に耐えられる蝋燭など存在しない。
この身体もまた炎なのだろう。人生もまた炎なのだろう。
私の魂に灯る火は、この身体の中にある火に過ぎない。例え、どれだけ激しく燃えようが、この身を焼き尽くすことはできない。
『いつか、戦いが終われば貴女は解体の道へと進む。そこから先はもはや貴女は《叢雲》ではないわ。でも、貴女は運命の呪いの鎖を切ることはできない。貴女は人として生き、人として運命を背負う』
『叢雲、貴女は……』
不思議と驚きはなかった。
密かに感情が昂っていたのかもしれないがそれ以上に強力な抑制が働いて、私の中に驚愕は生まれなかった。悲哀も、苦悩も、何もかも、その一瞬だけは感じなかったのだ。
もしかしたら、自己防衛だったのかもしれない。
崩れ落ちてしまいそうな衝撃を全て受け流して、この心を守ったのかもしれない。
とにかく、私は平然としていた。
だから、きっと誰にも悟られることはないだろう。
少し触れれば粉々に砕けそうなほどにひび割れた、私のこの身体を。
『――――までしか、生きられない』
私にはこの運命を呪うことなどできなかった。
それはあなたに出会ってしまった私の弱さだろうか?
でも、きっとあなたは私にそれ以上の強さをくれる。
だから、私はきっとまだ戦える。
私は振るう。その名を背負うこの剣を。
私は戦う。この背を預けるあなたの為に。
灰の一つも、何も遺らないほど、激しくこの命を燃やし尽くそう。
この生き様をあなたの中に刻めば、私はあなたの中で永遠に生きられる。
だから、私は灰になろう。この身を焼き尽くし、天を焦がす大火となろう。
青い空にこの名を刻む。
あなたは許してくれるだろうか?
勝手にあなたの青いキャンバスに1筆目を加えてしまった私を。
読了ありがとうございます。
はい。これで第4章終わりとさせていただきます。
長かった。
自分でもどうしてこんなに長くなったのか本当によく分からない。
若干脱線気味だったし、こんなこと言うのもなんだけど、これ描かない方が良かったんじゃね?とか度々思いながらも、何とか伏線?というかサイドストーリー的な感じで必要な存在だった気もします。
というか、この章で登場人物が多すぎて、少し整理するのが厄介になって来ました。
さて、少しだけ最後に次章に繋がるものを書かせていただきました。
第4章は、大まかな本筋の表面だけを少しずつ掬い取ったような場面が多々あって、完全に説明不足なんじゃ?と思うようなところもちらほら。
・吹雪が大本営で妖精の口からきいたこと。
・吹雪が資料室で雪風から聞いたこと。
・大本営に隠されたNavy-Codeのこと。
これも全て次章前半でちゃんと書きますのでご安心を。
私が言うのもなんですが、物語が大きく動きます。
発令される作戦名は『AL作戦』。史実とは異なり、北部海域への補給線断絶から本隊の撃破までを目的とした作戦が主として行われますが、一方で吹雪たちは逆の南の海へと向かうことになります。
そこで、深海棲艦が復活してしまった理由。そして、100年前に終わったはずの大戦に隠された大きな謎が明らかになっていきます。
一方で提督たちの身にも災難が降り注ぎます。
突然、継矢の前に現れた謎の男に、月之丈の側近が月影に残した謎の言葉。
陸軍、海軍、航防軍の中で次々に起こる上官の死。
その全てが、2つの艦娘の聖地へと、全ての者たちを導くことになります。
1つは、『英雄の丘』。
そして、もう1つが、『天の剣』。
なんか、無茶なシナリオだけ建ててるような予告ですが、できる限り自分の書きたいものから逸れないように努めていきます。
では、第5章『天叢雲剣』でまたお会いしましょう。
これからもよろしくお願いします。