艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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滅びの選択 EPILOGUE ーside 月影ー

「貴官に問う。嘘偽りなく、己が良心と軍人としての義務に従いて、よく答えること」

 よく見知った、厳つい顔の人物の隣にいた審議官らしき黒服の男がそう言った。

 

「はい。御雲 月影、この場に宣誓致します。この場における私の言動に一切の虚偽を無いものとすることを」

 面倒くさい。でも、こうしなければならないのだ。そういう決まりなのだから。

 

「よろしい。では、早速本題に入らせてもらう」

 よく見知った顔が口を開いた。

 低く重みのある声に、その身に背負った責任と積み重ねてきた苦労をなんとなく感じる。

 これでも、自分の肉親なのだから不思議なものだ。

 こんな血が自分にも流れているとは到底思えない。

 

 非情で、冷徹で、徹底的な、鉄と血の道を傍らを歩いているかのようなこの男の。

 

「先日の報告。偵察任務の件、滞りなく、十分な成果を得られたと把握している。それで、問題だ」

 海軍大将兼国家防衛大臣、御雲月之丈はデスクのコンソールを操作して、月影の周囲にウィンドウを展開した。どれもこれも、月影が提督となって以来、欠かさずに大本営に送り続けた報告書だ。

 最後に開かれたひと際大きいウィンドウに映し出されたのは地図。

 日本列島と、その周辺の海。赤い円が広がっていき、それは一定の範囲まで広がって止まった。

 

「先日の北方偵察の任務を踏まえて、4ある鎮守府の報告を合わせて情報統括本部が導き出した答えがこれだ」

 トントンと月之丈がデスクを指で叩く音だけが響き渡る、月影は口を閉じて静寂を保っていた。

 

「―――なにゆえ、これほどの遅れが生じた?」

 遅れと言った。目の前の偉丈夫はこれを遅れだと言った。

 確かに遅れだ、しかも致命的な。散布してはいるが包囲網がほとんど完成しつつある。第2次大戦下にあった大日本帝国のように、北も西も東も南も、敵がいる。

 日本は360度が海だ。島国だ。大陸と連なる陸路もなく、海底にトンネルがあるわけでもない。

 完全なる孤立が再び起ころうとしている。

 

 これは遅れだ。紛れもない、敗北への序章だ。

 100年前に集結した大戦の最中だって、この国は孤立していた。

 だからこそ、それは絶対に避けねばならない事態だった。

 

「既に敵の勢力は100年前と変わらぬほどにまで広がっている。この国も包囲されつつある状態だ。本来ならば、こんな事態は在り得なかった」

 

「要は、あなたは……大臣殿は私が怠け呆けていたと?」

 

「それ以上の事だ。其方は己が使命を忠実に果たさず、このような事態を招いた。もはや、其方1人の命で済むような事態ではない。100年。あの戦いから100年。その間、一定の権威を保ち、力を誇り続けてきた海軍の威信も、過去の戦いの英霊たちの栄光も、全てを無駄にする」

 

「そこまで言われるか……」

 自嘲気味の笑みを浮かべながら、こちらを見下ろす偉丈夫を見上げた。

 その顔には鋭い険しさしかない。今にも殺してやろうかと威圧している。

 

「もう一度問う。この遅れは何故生じた?」

 月之丈の2度目の質問に、月影は深く溜息を吐いた。

 その場全体にはっきりと伝わるほどの、あからさまで大袈裟な溜息。

 

 

 

 

「―――1人の少女は世界を滅ぼしたかったんだ」

 

 

「……は?」

 誰かがそんな疑問の声を発した。

 

「ならば、はっきりとお答えしよう。嘘偽りなく、はっきりと、何も包み隠すことなく、どうしてこんな事態を招いたのかを全て」

 知りたいのでしょう、とその場にいる者たちを嘲るような目を向けて言う。

 

「大臣殿、あなただってよく知っている少女だ。この世界に利用されるためだけに生み出された、いや遺されていた存在」

 

 

「彼女には、こんな世界滅ぼすなんて簡単にできた。分かっているでしょう?正確には『世界を救わないという選択肢を選ぶこともできた』ということですが」

 

 

「―――100年前、全ての艦娘は解体され、普通の人間に戻った。再び訪れるかの知れない脅威、その可能性を孕んだ未来に危惧した先代が、再び海の女神たちを甦らせるための術を遺した」

 

「待て……その術とは――――」

 誰かが驚きの声を上げた。

 

「あぁ、良く知っているはずだ。《叢雲》のことを」

 一気にざわついた。その名を知らぬ者はこの場にはいないだろう。

 彼らが必死になって、守り続けてきた存在であるのだから。

 

「馬鹿なっ!!彼女は先代の《叢雲》っ、この世界を救った艦娘の筆頭が遺した存在だ!!」

 

「そんなはずがない!!彼女こそ我ら人類の反撃の意志っ!!」

 

 罵倒のような言葉が飛び交う。席を立ちあがり、腕を振るって、我も我もと喚き散らす。

 こうなることは予想はしていた。あーあー、などと適当な声を上げて、月影は小さく息を吸い、

 

「勝手に祀り上げてんじゃねぇぞ。ジジイども」

 

 とはっきりと言った。今度は、一気に静まり返る。

 月影はややイラついたような口調で、かつ冷静に言葉を並べていった。

 

「彼女は艦娘である前に人間だった」

 

 

「それを艦娘としての使命に縛られた。進む道さえ選ぶこともなかった」

 

 

「分かるか?生まれながらにして、この国を、1億の命を。この世界を60億の命を。それを守ることを義務とされた少女だ」

 

 

「いくらそのために生まれたとしても、まるで彼女を偶像のように崇めるだけのあなたたちには永遠に理解できないだろう。そんなことする度胸もなければ力もない」

 

 

「そうだ。どうせならば人としての感情を抱かせるべきではなかった。そうしないように生まれさせるべきだった」

 

 

「そうしたら、私もこんなことを言わずに済んだかもしれない。こんな遅れを生むことにもならなかったのかもしれない。」

 

 

「だが、彼女は生まれた。今のまま生まれてきた。それは先代の《叢雲》がそうなるようにしたからだ」

 

 

「それはなぜだ?どうしてこんなに扱いにくいものを遺した?考えたこともないのだろう?あなたたちは」

 

 

「私はずっと考えてきた。彼女と出会ってずっとだっ!!」

 

 

「この私が―――兄である私が、彼女を理解していないとでも思ったか?」

 

 今ある全ての地位を投げ捨てて、もしこんな世界でなければ、もしかしたらそんな普通の関係としてあれたかもしれない。

 

 彼女は奇しくも歪な生まれ方をしてしまったが、もしかしたらちゃんと真っ当に人間として生まれてくることだってできたのかもしれない。

 

 

 

 

「私は彼女の味方だ。提督で叢雲で、ただの御雲月影と御雲楽で、それだけだ。私は彼女を護る」

 もし、という思うだけでどうしようもない理想ばかりを語るのもよくはない。

 しかし、その可能性があった以上、それを壊してしまっているこの世界が憎い。

 例え、生まれた時に背負わされた使命とやらがあったとしても、僅かながら残っているかもしれない可能性を殺す訳にはいかない。

 

 そのために、最低でも、自分の意志は貫き通したかった。

 そこまでも、その可能性を叩き潰そうとする目の前の大人たちから。

 

「子ども戯言もそこまでだ。其方の肩に乗った責任の重さを知らぬわけではあるまい」

 一切表情を変えず、殺意を込めて自分の息子に言い放つ。

 顔には出ていないが、相当怒り狂っているのだろう。

 自分の思うように生きてきたと思った息子が、こんなにも反抗的な子どもじみたことを言い始めたのだ。

 

「あぁ、分かっている。私は軍人だ。かつてある少女が作り出した栄光ある海軍の軍人だ。その誇りを忘れることはない」

 

「ならば――――ッ!!」

 

「その使命と責任を果たしてでも私は彼女を護る」

 

「それは矛盾だッッ!!軍人の務めは国家の防衛だ!!世界の崩壊を望む者の意志を汲み取り、其方はまだ戯言を吐くかっ!?」

 ドンっとデスクを拳が撃つ。まるで部屋そのものが揺れたかのような衝撃と音が広がった。

 

「矛盾していようともっ!!私は私を貫くっ!!たとえ、これが愚行だとしても、私がやらなければならない!!」

 

「否っ!其方がやってはならないことだ!それも理解できぬか!?」

 

「艦娘として戦うのがあの子の使命だとするのならば、それを導き、その意を尊び、共に道を進むのは、私が生まれながらに背負った使命だ。宿命だ!!」

 自分の胸を強く叩いた。拳に爪が食い込むほど強く握り締めて。

 ちょうどこの拳と同じくらいの大きさのものが激しく脈を打っている。

 そこから送り出される赤い意志が、月影に叫びを駆り立てる。

 

「この血が、それを肯定する。私は、俺は、間違ってなどいない」

 圧倒されていた。まだ齢25足らずの青年に、人生の大半の軍に捧げてきた男たちが。

 首を絞められているかのように言葉が出せなかった。

 

 くるりと軍人らしく整った回れ右をして背中を向ける。

 

「問いにはすべて答えました。私はこれで失礼させてもらいます」

 

「ま、待て!!まだ話は――――」

 

「最後にですが……」

 軍帽のつばを軽く下げた。そのまま首だけ少し振り返り、覗かせた眼で威圧した。

 

「今の彼女は、叢雲は、当分世界を滅ぼそうとなんて思わないでしょう」

 

「どこにそんな根拠が―――――」

 

「そんなもの、少しは自分の目で確かめられてはどうですか?大臣殿」

 

「其方の鎮守府に参れ、と?」

 

「えぇ、是非とも。歓迎しますよ。無論、私が提督を務めている鎮守府に、ですがね」

 

「……処分がないとでも」

 

「私の価値を十分に理解しているはずだ」

 

 

「失礼する」

 

 

 あぁ、彼女は怒るだろうな。

 だから、今日の事は話さないでおこう。あいつに怒られるのは少しおっかない。

 

 それに今の自分はどうしようもなくみっともない。

 軍人以前に人間としてどうにかしている。色々と破綻している気がする。

 

 それでも、一度でいい。

 この世界に、この宿命に、適当な形でいいから反抗してみたかった。

 子供らしいが。本当に子供らしいが。

 

 でも、吐いた言葉に偽りはない。

 彼女の味方であることは確かだ。いつでも彼女の言葉を遵守しよう。

 

 

 黒塗りの車に乗り込む前に、一度空を見上げた。

 少し気に障るくらいの澄み渡った青い空だった。

 

 いつだったか、彼女はこの空が好きだと言っていた。目を輝かせて、空に手を伸ばして、珍しく彼女がそんなことを言うものだからはっきりと覚えている。

 

 

 

 

 

「さぁて、帰るか」

 

 もう船は海のど真ん中にいる。引き返すことなんてできない。

 だったら、いっそ派手にやろう。徹底的にやろう。

 

 この運命に対する復讐は、そう簡単に終わらせるつもりはない。

 徹底的に、臆病者と呼ばれるほど、徹底的に、全てを叩き潰そう。

 そして血に混じる宿命も全て振り切って、その先にある未来を勝ち取ってみせる。

 

 そこから先は、お前の選んだ道を征け。

 できれば旅立つ前に、お前の夢を聞かせてくれ。

 

 

 俺は、ただそれだけでいい……。

 お前が見たい未来の空の色を、少しだけ見せて貰えれば、それでいい。

 

 

 その為にも、今はただお前たちを死なせないように戦ってやる。

 例え軍人に反していようとも、人間性を疑われようとも、

 

 俺はお前たちの提督で在り続けてやる。

 すべてが終わる、その時まで。

 

 

 

 

 

 

 

 


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