艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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 この章もようやく終わりが近づいてきました。


集う魂

 

 

 横須賀鎮守府の一般公開も2日目に突入した。

 海の上を少女たちが駆け巡り、足の主機を唸らせて、電探の感に耳を澄ませて、艤装を操り、砲火を交える。

 主砲が火を噴くごとに、港に詰め寄せる群衆の中からわぁっと歓声が溢れ出す。 

 

 しかし、その声が彼女たちに届くことはない。

 客見せの為の演習、というつもりは一切なく、完全に互いに殺す気でぶつかり合う。

 海の上で向かい合った以上、船としての魂を持つ彼女たちは、その本能を掻き立てられる。

 

 

 1つはやはり軍の需要により始まる。

 無人機による偵察、及び衛星カメラの更なる高精度の要求。

 もう1つは人の好奇心。

 外宇宙の観測。更なる外の銀河を覗くための望遠レンズ。

 

 より鮮明に、より高音質に、より高速度で、全ての現象を捉えるカメラと言うものが生み出されていくのは、膨大な時間と無尽蔵に広がる人の好奇心と進化を止めてまで得た高度な科学技術よりそれほどの時間を要することはなかった。

 10年単位で世界は変わりつつある。遠洋での戦いを目の前で感じるような技術さえ。

 元は紛争地帯の現在進行形の3次元情報を伝達。今はスポーツ観戦に用いられていたものであるが、ここで艦娘たちの勇姿を目にするために利用された。

 

 

 1つの演習が終わると少女たちは帰投する。

 演習用のペイント弾に汚れ、海水で濡れて、砲火の煤でやや黒くなった肌を晒して、そんな彼女たちを拍手で出迎える。

 その時、その姿を見た者たちははっきりと実感する。

 

 こんな少女たちが、あんな風に海の上で戦っているのだと。

 彼女たちがこの世界を護る者たちなのだと。彼女たちが艦娘なのだと。

 

 話でしか聞いたことのなかった伝説の存在が目の前で動いている感動と、同時にお伽噺のように聞いてきたすべての事が事実として目の前にあることの驚きと畏怖。

 

「―――私の勝ちだね」

 吹雪は港で先程まで戦っていた少女たちを出迎える。特に、派手にペイントで汚れた1人の少女に手を差し伸べた。

 

「……悔しいけど、負けたのです」

 

「次は分からないよ。正直、怖かったよ。すっごく強かった。1対1だったらどうなってたか分からない」

 手を掴んで、ぐっと桟橋に引き上げると、そのまま握り直して握手をする。

 他の子たちも一戦交えた好敵手を互いに讃え合うように手を取り合う。

 

 駆逐艦による短時間の砲雷撃戦であったが、恐らくその日、1番激しい演習光景だった。

 昔から、一番気性の荒いのは駆逐艦娘たちだと言われていた。どこまでも勝利に貪欲で、意地汚い。故に目を惹かれる。少なくとも人の本能に近い感情に呼びかけるのはそう言ったものだからだ。

 

「お疲れ様でした。今回は残念でしたね、電さん」

 

「あっ、司令官さん」

 顔に痣を持つ青年が電に声をかける。続けて、皆さんもお疲れ様でした、と他の駆逐艦娘たちにも言葉をかける。

 

「まだ、横須賀の方々には及びませんでしたね。こればかりは時間と練度の問題でしょう。十分な健闘でした」

 

「はいなのです!」

 電が元気よく返事をして、青年からも思わず笑みが漏れる。

 ブイン基地所属の司令官、クレイン。ひょんなことからブイン基地に流れ着き、生まれ持った妖精を視る力で提督となった青年。

 吹雪たちも話には聞いていたが、窺える肌全体に及ぶ、彼の出自を問いたくなる痣はなかなか衝撃的なものだった。

 しかし、それも気にならないほどに明るい雰囲気を振る舞う。

 吹雪の方にも歩み寄ってきて、小さくお辞儀をした。

 

「……吹雪さん、素晴らしいお力です。叢雲さんとの連携、それに率いる者たちの統制、全てが私たちより1つ上を行っています」

 

「あははは、そうですか?」

 吹雪はそのままに受け止めて照れていたが、すぐに背後から誰かに小突かれる。

 

「まぁ、当たり前でしょ。1つどころと思ってるの?2つも3つも私たちの方が上よ」

 なかなか上から目線な言動ではあるが、彼女の実力がその態度を許させる。

 叢雲はつまらなさそうな眼をしながらクレインの前に立った。

 

「ハハハ……お手厳しいですね」

 

「演習でも甘さは見せない質なのよ、私は、ところで、うちの司令官を知らないかしら?」

 

「御雲大佐なら……確か大本営に呼び出されたと」

 

「はぁ……こんな時に呼び出すなんて何を考えてるのよ、あのクソジジイは」

 頭を抱えて愚痴を吐いたと思いきや、海軍の大将をクソジジイ呼ばわりしたのは流石に周囲も動揺した。

 何よ、とでも言いたげな叢雲の睨みで、すぐに全員が無理やり納得させられたが。

 

「いいわ。クレインさん、あなたたちは休んで。ドックに行って整備をしてもらいなさい。入渠と着替えの準備もしてあるわ」

 

「ありがとうございます。こちらにいる間、お世話になります」

 

「客なんだからこちらがきちんともてなすのは常識よ。あとはそうね……そこいらの有象無象にでも手を振ってあげればいいわ」

 叢雲が顎で示した先には、警備員たちの壁に阻まれている多くの一般人たち。

 艦娘やそれを率いる提督をもっと近くで見ようと詰め寄るがそう簡単にはいかない。

 艤装がない状態ならば、接触を許せるのだが、艤装を装備している状態で一般人との接触や過度の接近は許されない。単純に危険だからだ。

 

「……出来る範囲でそうさせていただきます。では、失礼します」

 クレインは丁寧に横須賀の駆逐艦娘1人1人に頭を下げていってその場を去っていく。

 その後を足早にブイン基地の駆逐艦娘たちがきびきびと着いていく。

 

「――――電、強くなったわね」

 ふと、叢雲が電に声をかける。振り返ってこちらを見た電に、叢雲は笑みを向けた。

 

「負けないのです。次は」

 そう叢雲に返した後、吹雪の方をちらりと見る。

 吹雪は何も言わずに小さく頷いた。それだけで、十分に意図は伝わった。

 

「じゃあ、私たちも戻るわよ。白雪、初雪、深雪、磯波は吹雪と一緒に身体を綺麗にしてきなさい。終わったらそのまま巡回警備。一般人には適度に対応すること。じゃあ、行きなさい」

 返事をすると元気よく駆けだしていく深雪の後を3人が追いかけていく形で走り去っていった。一般客の方に大きく手を振る辺りが深雪らしい。白雪と磯波は一度立ち止まってお辞儀を、初雪は何もせずに走り去った。

 

「あはははっ、元気が良いなぁ。叢雲ちゃんは?」

 

「私は被弾してないからこのまま哨戒任務よ。交代の時間だから」

 驚くことに演習の中で一発も被弾していない。掠りも、至近弾も1つもない。

 吹雪は一発、電から小破相当の被弾を受けていた。艤装と制服に飛び散るペイントがなかなか目立っている。

 

「うん、わかった。じゃあ、また後でね」

 吹雪は先に行った者たちの後を追おうと足を動かした。

 

 

「吹雪さん」

 その時、誰かに呼び止められる。声のした方を見ると、1人の少女が立っていた。

 

「あれ?あなたは……」 

 演習の時に相手にいた駆逐艦の少女だ。ブイン基地の駆逐艦。

 ワンピースのセーラー服。頭に髪飾りのようについている電探と首から下げる古びた双眼鏡が特徴的で、まだ容貌にはあどけなさが残っている。

 

「《雪風》です。被弾していないので、特に着替える必要もありません」

 

「えっ?あっ、ホントだ。すごい」

 雪風と名乗った少女を見ると、本当に一発も受けていない。

 終盤ではかなり激しい砲撃戦だった。どちらかと言えば、横須賀の一歩的な弾幕によって圧倒していた。その中で、おそらく唯一1人被弾なし。

 凄まじい実力だ、と思いながら、それを読まれたのか雪風は 

 

「雪風には幸運の女神が付いていますから」

 そう答えた。吹雪もその言葉を聞いてようやく納得した。

 

「神がかりな程の幸運を引き寄せる伝説の駆逐艦《雪風》、あなたはそれだったね。でも、きっと運だけじゃないよ。凄くいい動きをしてた」

 

「ありがとうございます。あとで少しだけお話ししたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」

 

「話……?どうかしたの?」

 

「まぁ、それはその時に。今は互いにやることもありますし、今日でも、明日でも、夕食の後に。雪風は資料室にいますので」

 

「あー、うん。分かった。ちょっと今日は無理かも。明日会いに行くね」

 約束を交わして、吹雪は工廠に向かう足を再び動かした。

 吹雪にとっては雪風と言う駆逐艦と話せることも、どことなく嬉しかった。彼女ほどの武勲艦から話しかけて貰えただけでも実のところ、少し飛び跳ねたいくらいだった。

 

 “奇跡の駆逐艦《雪風》”、駆逐艦としても、艦娘としても、その名を知らぬ者はいない。

 

 

「――――待っていますよ、(すい)さん」

 

 

 

「えっ?」

 背筋にぞくりと悪寒が走る。雪風の声で名前を呼ばれた気がした。

 知らないはずの、自分が人間だった頃の名を。

 

 振り返ると雪風はもういなかった。気のせいだろうか?

 

 

「何してるの、吹雪。ぼーっとして。早く行きなさい!!」

 遠くから叢雲が声をかけてきた。首を横に傾げて、幻聴だったのかと疑う。

 

「何でもないよー!」

 そう返して工廠の方へと駆け足で向かった。

 

 

 

     *

 

 

 

 3日目。

 昼過ぎになると、海軍の音楽隊が集結して、横須賀鎮守府中に活気のある管弦の音が鳴り響く。

 空を隊列を成した小さな翼が飛び交って、観覧客たちを歓迎する。

 輪を描いて飛んだり、急降下と急上昇をしてみせたり、宙がえりをしてみせたりと、小さな空の狩人たちは自らの技術を見せびらかすかのように、楽しそうに鋼鉄の翼と共に空を翔ける。

 

 

「大きさこそ小さいが、数もあれば迫力もそう変わりはないな」

 窓の外を眺めながら、舞鶴鎮守府司令官、鏡 継矢大佐は後ろにいる女性にそう言った。

 

「航空ショーの始まりは1920年代。もしかしたら彼らの記憶の中にはそう言ったものに憧れて空の道を志した方もおられるかもしれません」

 心が躍るのでしょう、と女性は答える。

 旧航空自衛隊にもブルーインパルスという曲技飛行隊が存在しており、今のなおその跡を継ぐ部隊がJADFに存在している。空と言う一見限りのない広大な舞台で、軽やかに舞うその姿は万人の心を惹きつける。

 

「噂に聞くと、お前も一時期は志していたと聞くが?」

 

「戦いの道に自ら進もうとする人の方が少ないでしょう。私は継矢さんが正式に提督の道を征かれると聞いたので、今の地位に就けるよう努めただけですよ」

 女性はそう言うと、目の前にあった甘味を口にして、幸せそうに微笑んでいた。

 

「ん~、これが噂に聞く『間宮』の羊羹ですか。素晴らしいですね」

 

「お前が来ると聞いて1つ取ってもらっておいた。残りも持って帰ると良い」

 

「ありがとうございます!流石は私の継矢さんですね」

 

「なに、きっと喜ぶと思ってやったまでだ……」

 

 

 

 

「……あのさぁ、私邪魔かなぁ?継矢兄と瑞乃姉だけ残して退出した方が良いですかぁ?」

 背もたれのある椅子に逆に座って、むすっとした表情のまま織鶴 瑞羽は尋ねた。

 姉である織鶴 瑞乃と婚約者である鏡 継矢の何とも言えないいい感じの雰囲気に耐え切れなくなり、思わず不機嫌さをぶちまけてしまう。自分を忘れ去られているような気がして、寂しさ紛れに突っかかったところも少しあった。

 

「いや、そこに居ろ。また騒がれると困る」

 また叫びながら施設の中を走り回られると困る、と継矢は制した。

 

「……そんなことより、瑞羽。どうしてあなたここにいるの?」

 別に暇な身分ではない。航空防衛軍JADFのパイロットである彼女がこんな時間にそう簡単に職務を抜け出して来れるような場所でもない。

 

「ホントは挨拶だけして帰る予定だったんだけどさ。なんか葦舘さんに一般公開期間中、こっちで色々と勉強して来いって」

 何を勉強しろってのよ、と愚痴ってつまらなさそうに椅子を揺らしていた。

 

「そう、せっかくだから継矢さんと一緒に少しは弓でも引きなさい。ずっと怠けてるでしょ?」

 

「あーあーあー!私はいいの!!はぁ……工廠で何か整備してる時の方が落ち着くよ」

 

「海軍の工廠にお前が弄れるようなものはないぞ?」

 

「じゃあ、何しろって言うのよ……?」

 

「まぁそうだな。少しは空母の戦いでも見ていたらどうだ?学べることもあるかもしれないぞ」

 と、外で飛び交う艦載機たちを眺めながら継矢は提案した。

 

「……えっ?この後演習するの?」

 

「あぁ、鎮守府混合での艦隊だが、ほら、《翔鶴》も出るぞ」

 

「あー、うん。ちょっと興味ある。外で見てくる」

 先程までの様子が一変して、瑞羽はさっさと椅子を戻して部屋を後にした。

 どうやら気になるものがあるらしい。上手く釣れたと一安心して継矢は息を落とす。

 

 

「翔鶴さんですか。驚きました。自分と瓜二つの方と向かい合うとは」

 継矢の口から出た艦娘の名に、瑞乃は反応した。

 

「私も驚いた。不思議な縁だな。互いに互いの姉妹と間違えたということは、余程似ているんだろうな。お前は《翔鶴》に、そして瑞羽は」

 

「《瑞鶴》に、ですか。ここまで祖先と姉妹と言う関係まで酷似するとは、本当に奇妙な縁ですね」

 

「……まぁ、性格は全然違うがな。もし《瑞鶴》とやらが瑞羽にそっくりなら、お前は間違いなくその影響を受けているな」

 

「余計なお世話です……継矢さんこそ、私がお見かけした《加賀》という艦娘はもっと寡黙で誠実な方でしたよ」

 

「悪かったな、不誠実な男で」

 

「無愛想そうなところはそっくりですけどね。結局あれから会いに来てくれませんし」

 

「そう簡単に抜け出せると思うか?これでも舞鶴と言う拠点を任されているんだ」

 

「そうですけど……軍人と言う身分も厄介なものですね。時間も限られていますし」

 瑞乃はちらりと時計を見てから席を立ちあがった。

 

「では、私は戻りますね。羊羹、ありがとうございます。大事に食べさせていただきますね」

 

「あぁ、もうそんな時間なのか。時の流れは速いものだな。途中まで送ろう。どうせ私もそろそろ出なければならない」

 

「ありがとうございます。ですが、御自分の事情をわざわざ付け加えなければ、ちゃんと守って下さる優しいお方だと思えたのに変なところで継矢さんは残念ですね」

 

「悪かったな」

 そんなやり取りを交えながら、窓を閉じて椅子に掛けた軍帽を被ると、2人は休憩室を後にした。

 

 

 

     *

 

 

 

「――――加賀さん」

 航空ショーが終わり、一度海に出ていた艦娘たちは帰投する。各自補給と点検を行い、舞鶴鎮守府所属の航空母艦《加賀》も腰を下ろして自分で最後のチェックを行っていた。

 そこに長い白髪の女性が声をかける。加賀は少し目を細めてその姿を見る。

 

「あら、貴女は……その文字は……翔鶴だったかしら?」

 胸当てに記された「シ」の文字。本来は飛行甲板に記されていた空母の識別文字だ。

 空母は大体これで見分けがつくが、加賀はあまり好きではなかった。

 

「……元気そうね」

 

「はい。今日はお世話になります」

 翔鶴は大きく頭を下げると、加賀の隣に腰を下ろした。 

 

「こうして先輩方にもう一度お会いできて光栄です」

 

「不思議なものね。まさか人の身体で生まれ変わるとは思いもしなかったわ」

 

「えぇ……本当に不思議なものです」

 飛行甲板の調整や、袴、胸当て、矢筒など艤装以外の装備の調整を行っていく。

 艦載機の発艦は、弓道の精神に通じるところがある。道の一端を行く限り、一切の気の弛みを見せてはいけない。

 簡単なチェックであって、1からやり直すようなことはしないが、それなりに自分に厳しく行っていく。

 

「……1ついいかしら?」

 そんな中で今度は加賀が声をかけた。

 

「はい、何でしょうか?」

 

「遠回しに言うのはあんまり好きではないの。だから率直に言うわ」

 加賀は立ち上がると座ったままの翔鶴を見下ろしながら問いかけた。

 

「貴女、何者なの?」

 脚部の艤装の弛みを確認していた翔鶴の手がふと止まる。

 

「小さな挙動から、発着艦のひとつひとつ、しっかり見ていればこのくらい分かるわ。貴女の技術は既に一流の域に達しているわ」

 

「そんな……珍しいですね。加賀さんがそんなお世辞を」

 否定する素振を見せると、加賀は気に食わないというように眉をひそめた。

 

「世辞なんかじゃないわ。それに、私の前に仮面を被るのは止めなさい。バレバレよ、貴女。隙が全く無いもの」

 

「……相変わらず、加賀さんは加賀さんのままなのですね。安心しました」

 トントン、と踵を軽く打って翔鶴は立ち上がる。

 

「出撃前の整備はこうすると、加賀さんに教わりました……100年前の。生まれ変わっても、変わりはないのですね」

 

「100年前……納得言ったわ」

 

「驚いたりされないのですね?」

 

「驚くようなことでもないわ。既に自分が人間の身体になっている時点で色々と諦めているもの。私の理解の届かないことが多く起きていることに」

 

「……どんな時間の流れがあろうとも、私のとって加賀さんは加賀さんです。その実力も十分に知っています」

 

「どういうつもりか知らないけれど……来るなら全力で来なさい。納得を得るにはそれが一番早いわ」

 加賀も立ち上がり、先に出撃レーンの方へと向かう。

 

「先に行って待っているわ」

 そう言ってその場を去っていった。表情ひとつ変えずに、一切振り回される様子も見せないその姿を見て、翔鶴は懐かしさを感じながら、背筋を伝う汗を感じていた。

 

「やっぱり、お強いですね……いつの時代も」

 ふと、後方から明るい女性の声が聞こえてきた。

 飛行甲板を持っているところから、彼女たちも空母だろう。蒼と橙の弓道着を身に付けた2人組。

 と言っても、翔鶴からすれば良く見知った顔だった。この時代のではないが。

 

「一応、挨拶をしておきましょうか」

 そう思って翔鶴は2人の下へと歩み寄っていった。

 ただ、純粋に敬意を払って。そして、懐かしい声に触れたくて。

 

 

 

 

「龍驤さん、お待たせしました」

 沖の方へと向かうと小柄な少女が1人で立っていた。

 加賀たちとは違って弓道着ではなく、赤い和の装束。肩から掛けたベルトに大きな巻物を吊るしていた。

 

「おー、加賀、待っとったで~……ってどうしたんや?」

 航空母艦《龍驤》は大きな2つ結いの髪を揺らしながら振り返る。

 陽気な関西弁で加賀の姿を見ると同時に笑って答えた。

 しかし、すぐに怪訝な顔をする。顎に手を当てて、加賀の顔を覗き込むように近づいてきた。

 

「えっ?」

 

「笑っとるで、黄身?なるほどなぁ、加賀はそんな風に笑うんやなぁ」

 そう言われて、頬に手を触れる。触って分かるようなものではないのだろうが。

 だが、きっと笑っていたのだろう。感情が表に出ないとは自負していたが、抑え切れなかったか。

 

「そうですか……フフフ、確かに気分が高揚しているのかもしれません」

 

「へぇ、何かあったん?」

 

「えぇ、まぁ……もしかしたら。とんだ化け狐に首を掴まれているのかもしれないと」

 

「ほー、化け狐かぁ、えらいこっちゃなー」

 加賀の口調から龍驤も察したのだろう。期待するかのようににやりと笑みを浮かべた。

 

「慢心なく行きましょう。相手はただの5航戦風情ではありません。鶴なんて名前の似合わない狩人です」

 

「分かっとる分かっとる。蒼龍も合流したら1回作戦の練り直しや」

 

 久し振りに身体が震える。矢筒に納めた矢がカタカタと音を立てていた。

 武者震いか。そんなことを思いながら、身体の奥底で湧き上がる高揚感を密かに隠していく。

 龍驤の顔も先程から嬉しそうだった。やや狂気に染まった笑み。

 それを理解できる。戦闘狂の自覚はなかったが、もしかすると艦娘としての機能なのかもしれない。

 

 戦いが待ち遠しい。

 身体がそう叫んでいる。

 

 

 

     *

 

 

 

 1日が終わり、全ての一般客が鎮守府の外へと出ていった頃には、既にこの季節でも日が完全に暮れてしまっていた時間の事だった。

 訓練こそない1日であったが、1日中雑用として動き回っていた身体は休息を求めていた。

 

 今日の演習の見どころはやはり空母3隻に随伴の駆逐艦3隻による機動部隊の演習。

 空母は艦載機の練度が問われ、駆逐艦たちは防空演習の成果が問われた。

 

 舞鶴《加賀》、呉《蒼龍》、佐世保《龍驤》。

 ブイン《翔鶴》、横須賀《飛龍》、佐世保《瑞鳳》。

 

 両者ともに、正規空母2杯、軽空母1杯。戦力にそれほどの差はなく、一瞬の油断も許されることのない戦いとなった。

 白熱したのは、1航戦《加賀》と5航戦《翔鶴》のほとんど一騎打ちに近い激しい制空権争い。

 一歩も譲らないままに演習は終了。両者の決着はつかないままとなったが、翔鶴航空隊による大破判定2、中破判定1、小破判定1により、翔鶴たちの艦隊が勝利と言う結果となった。

 

 その後、蜻蛉釣りにほとんどの駆逐艦たちが駆り出された。

 双方、演習と言えど艦載機の損失割合が8割を超えていた。

 海に浮く妖精たちや、艦載機の回収に海の上をあたふたと動く少女たちの姿は、一般客たちからはどこか可愛らしいと好評であったが、当の駆逐艦娘たちからすれば見世物にされるようなことでもなかった。

 というか、妖精たちは艦娘たちにしか見えないわけであって、通常の人間からすれば、海の上でなぜかせっせと動いている少女たちがいるだけなのだが。

  

 

 

 すべてが終わり、吹雪が夕食にありつけたのはフタマルマルマルを過ぎた頃だった。

 疲れ切っているのに、食欲だけは不思議と湧いてくるのだから不思議だ。

 と言うのも、高級料亭『鳳咲』からこの行事の為だけに駆けつけてくれている料理人たちがいるのだ。

 『間宮』で働いている人たちもその人たち。艦娘たちの食事の世話までしてくれて、美味しそうなその匂いは食べる気力と言うものを与えてくれる。

 

「はぁ……至福の時間」

 口に含んだ瞬間広がる芳醇な旨みに思わずうっとりとしてしまう。

 

 

 あっ、そう言えば。と吹雪は思い出して食堂を見渡す。

 彼女の姿はない。もう食事を終えてしまったのだろうか?

 

「吹雪ちゃん、この後お部屋でトランプでもしませんか?」

 

「おう!負けたやつは買い出しな!」

 食事を終えた頃に白雪と深雪が誘ってきたが、先約があると言って断った。

 せっかくの姉妹とゆっくり触れ合える機会であったので少し惜しいことをした。

 

 資料室へと向かうと、明かりが点いていた。

 入口の管理人さんに軽く挨拶をしてから入室すると、奥の方で机が1つ電灯が点っていた。

 そこに彼女はいた。

 

「ごめんね。待った?」

 

「いいえ。お呼びしたのは雪風の方でしたので」

 雪風は呼んでいた本をぱたりと閉じて机に置く。

 その表紙を見て、吹雪はあっと声を漏らした。

 

 

「その本……『艦娘大百科』?」

 

「えぇ、そうです。吹雪さんがいつも読まれていた本ですよね?やや内容は子供向けですが」

 

「いつもって……やっぱりそうなんだね」

 その本はいつも『雪代 彗』が持ち歩いていた本だった。

 特に、『艦娘記念館』へと行くときはいつも持って行き、『投錨の間』のベンチに腰を下ろしてこれを読み耽るのが彼女の休日の過ごし方だった。

 

「こうやって会うのは初めてではないんです。雪風と吹雪さんは」

 

「うん、思い出したよ。何度も私たちは会っていたんだね」

 

「いつも、艦娘記念館に雪風たちを見に来てくれてましたよね、吹雪さん。いえ、(すい)さん?」

 

「あなたはあそこにいた……駆逐艦《雪風》なんだね?」

 

「はい、そのまさかです。雪風はあの時、あの場所にいた《雪風》です」

 

 

 





 加賀と翔鶴の戦いをカットしたのは申し訳ありません。
 書くと、もう二話くらい増えそうだったので、ちょっと控えさせ貰いました。
 要望があれば、もしかしたら書くかもしれませんが。


 次話が最終話です。
 大きく、次章への布石を打ってからこの章を締めくくりたいと思います。


 いつものエピローグは短めなのですが、この章はやや長めとなる予定です。
 
 

 

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