西日の差す教室に二人残り、ひとつの机に向かい合うようにして座る。
茶色い木板の机の上にある一枚の紙に向き合うように見せかけて、船を漕いでいる者と頬杖突いてその様子をじーっと観察する者。
「……」
こくりこくりと揺れる頭と、指で机を叩く音が苛立ちが増すほどに早くなっていき、
不思議と二人でリズムでもとっているかのような光景であるが、付き合わされておいて寝落ちされている少女の内心は当然穏やかではない。
「ちょっと、なに寝てんのよ?」
我慢の限界が訪れ、手刀が私の脳天に打ち込まれた。
「痛っ!え?何?深海棲艦の襲撃?」
「縁起でもない。一体、何の夢を見てたのよ……?」
「えーっと、その、ごめん」
寝不足のぼんやりとした頭を掻きながら、申し訳なさそうに目を逸らした。
結局あの後、家にある艦娘に関する書籍を読み漁ってしまった。
お婆ちゃんの書斎にはもっとたくさんあるので、そっちにも行きたかったが、今日の朝早くにお父さんと一緒に帰ってきたため、入ることはできなかった。
「また遅くまで本でも読んでたの?……艦娘の」
全て見透かしているかのようにラクちゃんは言った。
「う、うん、ちょっと気になることがあって」
「飽きないわね、ホントに。それよりも、早く書きなさいよ」
指でとんとんと机の上に置かれた一枚の紙を差す。
「……進路希望かぁ」
「ちょっと意外だったわ。あんたは研究者になると思ったから進学校に進学すると思ってたのに」
呆れかえっていた表情から一転、ラクちゃんは面白い者でも見たかのような表情をした。
いつも怠そうにしている目も、少しだけ大きく開いて私をじっと見つめた。
「うん……そうなんだけどね。ちょっとね」
「悩むほどのことかしら?」
「これでいいのかって思っちゃって。私のしたいことは本当にこれでいいのかって」
「違うの?あんたは艦娘について研究したいだけだと思ってたわ」
確かに、艦娘について研究することが私の将来の夢であることは間違いない。
だが、それはあくまで私が描く理想の中継地点なだけであって、その先にある確かな目標に対するビジョンが見えていないのが確かなことだ。
「……ラクちゃんに訊きたいことがあるんだ。笑わないで聞いてくれるなら」
「今更あんたのことで笑うことなんてないわよ。何よ?」
随分と酷いことを言う。私はいつも笑われていたのか。
それは置いておいて、こんな馬鹿馬鹿しいことを訊けるのは恐らくラクちゃん以外にいない。
本当ならば、口にさえしたくないことなのだが、今の私は自分以外の誰かからの答えが欲しかった。
「ラクちゃんは――――ヒーローになりたいと思ったことはある?」
「…………は?」
ポカーンとしていた。恐らく、今までで一番ポカーンとしている。ラクちゃんがここまで気の抜けた表情をするのはもしかしたら初めてかもしれない。
「絶対そんな反応すると思ったよ……あるの?ないの?」
「そ、そうね……しいて言えばないこともないかもしれないわ」
ちょっと意外だった。でも、誰にでもあるものなのではないか?
弱き者に手を差し伸べ、悪しき者を裁き、夢と平和のために戦う英雄に憧れることは。
「なにか人の役に立ちたいんだ。私は。そのヒーローみたいに。ヒロインの方が正しいのかな?まあ、英雄と読んだ方がいいのかもしれないけど」
「また、何か小難しいことを考えてるみたいね……結局、あんたが英雄とやらになりたいと言ったところで」
ラクちゃんは前髪を掻き上げながら、窓の外の方に目を向けていた。その横顔には正直優しさとかは感じなかった。
無表情とは言わないが、少し冷たい。
ちょっと間をおいて、息を吐くとこちらに目を向けて、
「……結局、艦娘のことなんでしょ?」
真っすぐに私の目を射抜くように、その眼を研ぎ澄ませて言葉と一緒に突き刺した。
「そ、そうなのかなぁ?ちょっと違う気がするから悩んでるんだけど」
「何が違うのよ。今のあんたは艦娘になりたいだけなんでしょ?自分が何か人の役に立っている。その実感が欲しいがために自分を理想に投影してるだけ。悩みなんて呼ばないわ。ただの妄想よ。それか理想と現実の差に困惑しているだけ」
分からない。
その時、何かが揺らいだ気がした。
「そういう訳じゃないよ。私は艦娘を知り、そのことで得られた何かで何か役に立てることがあるんじゃないかと思って」
「艦娘は今としてはロストテクノロジー。確かにその技術は私たちにとっては未知でしょうね。何か役に立つかもしれない」
そう、失われた超高度技術の結晶。
なぜかほとんど残されることのなかったその礎を探し求めることが…違う。そうじゃない。
私の中で艦娘とは一体、何なのか?憧れ?確かにそうだ。
私が描く理想は確かに艦娘だ。彼女たちに憧れて今まで生きてきた。
彼女たちになりたいと思ったのは、決して嘘ではない。
だが、それが現実にどう関係しているのかは別の問題だ。
彼女たちになりたいからと言って、私の将来の夢が艦娘のいる世界だということではないのだ。
気持ちの悪い矛盾が私の中で渦を巻き始めた。
「でも、よく考えなさい。当時は人類存亡の危機にあった情勢よ?そんな時代に使われていた技術が、この平和な世界でなんの役に立つの?きっと倫理も法も道徳も汚していたでしょうね。なんせ、少女たちを前線に出していたのよ」
「そ、それは……倫理とか、そういうのを捨てなきゃ勝てない時代だったから」
「そうよ。いつの時代の戦争もそういうもの。確かに戦争期に生まれた技術は私たちの生活の中にある」
戦争期に技術が進歩を遂げることは歴史が証明している。
コンピューターやGPSがその代表。私たちの生活の中に浸透したそれらの大元は戦争の中で開発された戦略兵器の一端だ。
「だからと言って、そのすべてが私たちを生かすためのものじゃない。そこには必ず兵器が存在する」
それは人を殺す兵器もだ。
「艦娘は兵器。そうでしょう?法も倫理も道徳もない世界に産みだされた命を持つ最強最悪の最終兵器。それを人はヒーローと呼ぶ。女神と呼ぶ。そういう時代だったから」
「違う!私の見た艦娘の姿は―――」
私の描く艦娘の姿とは―――――あれ?
何だろう?
「平和な世界に英雄は必要じゃない」
ラクちゃんの言葉が思考回路の止まった私の脳内に突き刺さった。
英雄が生まれるのはいつだって世界に混沌がはびこる時代だ。
その混沌を切り裂き、絶望の中で光となり、人々に希望をもたらす救世主が生まれる。
でも、彼らが必要ではない時代は訪れる。奇しくも彼らの手によってもたらされた平和こそがその時代なのだ。
伝説は語り継がれるものだ。そこに伝説を打ち立てた者たちの存在は必要ない。
ある者は、こう言う。
艦娘が伝説の存在と言われるこの時代に彼女たちが存在しないのはきっとそのためだ。
彼女たちが存在し続ける限り、この世界は彼女たちを求めているかのように錯覚する。
真の平和を生み出すために――――平和の犠牲となる。
私が作りたいのは彼女たちが犠牲となった証明ではない。
だが、彼女たちを知ることで得られる答えはその犠牲の先で得られた今が存在することだ。残酷な真実だからこそ、私は戸惑っている。
残酷な真実に理想を重ねるのはあまりにも酷なことだ。
犠牲を憧れと呼ぶほどの皮肉はない。
「……伝説のままじゃいけない。彼女たちがこの世界にあったことを伝説なんかにしちゃいけない」
「英雄が必要な世界には争いがあるだけよ?あんたは争いを望むの?」
「だから、違う!彼女たちの生きた証が何か……何かになるはず!私はその答えが知りたい……ただ艦娘が世界を救ったこと以外に何かを」
「……間違った道を進まない自信があるなら、あんたの夢を信じればいいわ」
ラクちゃんは優しい。きっとどんな道を行こうと私のそばにいてくれる。理由は知らない。
否定はするが、断ち切ることはない。明確な道を示すこともないが、よくよく暴走する私を諫めてくれるのはいつもラクちゃんだ。
ただ、それを優しさと呼ぶのは、甘えなのかもしれない。
「でも、これってどういう夢なのか、わかんなくて……」
それでも、私は彼女を頼った。頼るしかなかった。
これほど親身になって私に付き合ってくれる友は他にはいない。
「……前から思ってたけど、ラクちゃんって艦娘のこと嫌いだよね?」
「……悪いかしら?」
分かり合えないのは、この点だ。私と彼女の間で最も差があるのは艦娘に対する想いなのだ。
今日のように明確に艦娘が嫌いだということは滅多に無い。
いつものように黙って私の語りを聞いてくれるラクちゃんの姿から見れば、周囲の人は艦娘が好きなのだろうと誤解するだろうが。
ラクちゃんは艦娘が嫌いだ。
お互いに分かり合えるほどの仲でも、これだけは互いに譲れないものであるらしい。
それでも、私が艦娘に拘わることに極端に異を唱えようとはしない。今日のように、ある程度の持論をぶつけて、私の考えにある矛盾を指摘してくれる。
そうやって何度も軌道修正を重ねて私を支えてくれる存在に変わりはないのだ。
相反する理想を持つからこそ、私たちは親友なのかもしれない。
あぁ、そうなんだ。
大切な存在なんだ。
私のかけがえのない親友だからこそ、私も思いのうちをぶつけたくなる。
だったら、やることは一つだ。
押しつけがましいかもしれないけど、ここまで私のことを想ってくれているのならば…真っ向からぶつかるのみだ。
「……決めた」
さっさとシャーペンを走らせて、書き終えた進路希望調査票をラクちゃんに見せつけた。
「…………は?」
さっき質問した時よりも、驚き具合が増した感じだった。
私の思惑通りだ。まずは私の一勝と言ったところか……何の戦いをしているんだ?
『艦娘』
私が調査票に書いたのはたったその二文字だ。
「ラクちゃんが艦娘のこと好きになるようにするのが私の夢。そのくらい艦娘のいいところを見つけてやるのが私の夢」
さて、語るとしよう。
私が描く幼稚な夢を。
「いつか私が艦娘のことを知り尽くして、その先に作った未来で、ラクちゃんが『この世界でよかった』というのが私の夢」
肯定する。艦娘が存在したことの意味を。
いつか肯定させてみせる。彼女が私と同じ方角を見ていることを。
「だから、私が艦娘になる。正確には艦娘くらい艦娘のことに詳しくなる!」
あぁ…また訳の分からないことを口走ってると自覚しながらも、私はフンスッ!と胸を張って見せた。
ラクちゃんは立ち上がるとしたり顔の私にぐっと迫ってきた。
しかも、無表情で。
あまりの色のない表情に至近距離から迫られた私は威圧される。
だが、負けじと「ふんすっ!」と言ってみた。
バチン。
「痛いっ!」
でこピンがいい音を立てて私の額を撃つ。痛みに悶える私を他所に、ラクちゃんは深く溜息を吐いて鞄を手に取った。
「あんたバカぁ?……もういいわ。すっごく疲れた。書き終わったなら提出してさっさと帰りましょ」
すたすたと教室の出口の方まで速足で去っていこうとした彼女を追って、
「あっ、ちょっと待ってよ!痛っ」
立ち上がろうとして、思いっ切り膝を机に打ち付けて再び悶える。
馬鹿している私の様子を見かねて、帰ろうとした足を止めて戻ってきた。
「夢が艦娘って何よ。小学生なの?『将来の夢はマスクライダー』とか書く幼稚園児なの?」
「ひどい!結構真面目なこと言ったはずなのに!!」
「はいはい、楽しみにしてるわ。私が言ったような結果にならないことを祈ってるわ」
棒読みで一回も息継ぎなしに抑揚のない文をすらすらと口から吐いた後、ちょっと間をおいてラクちゃんは笑みを漏らした。
「……まあ、私が友達である内は、そうならないように諫めてあげるけどね」
そして、私を小馬鹿にするように額にチョップを軽く入れる。
「もーう!決めたからね!絶対に言わせてやる!!今日から今まで読んだ資料全部読み返す!」
筆記用具を鞄に仕舞い、席を立ちあがると、両腕を突き上げて大声で宣言する。
そんな私の変わらない様子を見て、ちょっとだけ笑みを浮かべながら、わざとらしく溜息を吐いた。
「今日は寝不足なんでしょう?早く寝なさいよ」
「ううん!思い立ったが吉日だよ!早速、艦娘記念館に……あっ」
あるキーワードに母から言われていたことがあったのを思い出した。
戸締りをして、少し先を進むラクちゃんの後姿を追いかけて尋ねた。
「行っちゃダメだって言われてるんだった。ラクちゃん何か知ってる?」
「何って何を?」
「お父さんから何か聞いてない?港に行っちゃダメだって。その理由とか」
「何も聞いてないわよ。てか、軍の問題を娘といえど話すわけないでしょ?」
「ま、まあ、そうだよね……」
顎に手を当てて、うーんと唸りながら考えてみる。と言っても、なんとなく答えは得ているようなもので、だが非現実的で確証がない。
職員室の前まで来て、まだうーんと唸っていた私を見てラクちゃんは、
「不審者の話でしょ?解決するまで近づかなければいいだけの話よ」
適当な答えを私に示して、職員室の扉を開けた。
後を追うようにして私も中に入る。静かな空間に、残っている先生はほとんどいないが、空調が効いていて廊下より涼しかった。
「……ラクちゃん、『黒い海』って知ってる?」
「……黒海のこと?ヨーロッパとアジアの間にある」
「違うよぉ!海が黒くなってるらしいの。おかしいと思わない?」
「また酔っぱらいの変な話でも聞いたの?何はともあれ、大人が港に近づくなと言ってるの。近づかない方がいいわよ」
「……うーん、気になる」
私たちの担任の先生の机に行くまでの間、そんなことを話してみた。
目的地に辿り着いたところで先生の姿はなかった。
「あら?先生いないのね。仕方ないから置いて帰りましょ」
「うーん……」
「まったく……変なスイッチ入ってるわね……」
職員室を後にしても、私は気が気ではなかった。もしも、私が今考えていることが事実ならば、それは只事ではない。
「ダメだ。気になる。今日も寝れそうにない」
「今日は寝なさい。それと……今日は一緒に帰れないわ。ちょっと用事があるから、迎えに来てもらってるの」
「そうなの?仕方ないね。また明日ね。気を付けて」
ええ、とラクちゃんは返して廊下を走っていこうとしたが、途中で立ち止まって私を見た。
「危険なことはしないでよ?」
「うん、善処する」
「何かしたら明日殴るわよ?」
「う、うん…じゃあ、またね」
最後まで怪しむ目を見せていたが、途中で諦めたように走っていった。
……。
さて、ラクちゃんには言われたものの、
「しかし、気になる……思い立ったが吉日とも言うし」
このままでは眠れないだろう。また、家の勉強机に座って本を読み耽ることになる。
いや、艦娘の本を読むことに関して全く苦痛ではないのだが、明日が休みという訳でもないし、授業中に寝て、先生に閻魔帳で叩かれるのは勘弁だ。
持っている知識の数だけ仮説というものが立てられていくが、それを証明する油断もなければ、私が仮説を立てている世界は「艦娘」という存在がこの時代にも存在していることが前提となる。
この世界から少しかけ離れすぎている論が正しいとは一概に言えない。
それこそ、現実と理想の差だ。
まあ、この後私が何をしたかと言うと、私の安眠を守るためには結局行動あるのみなのだ。
そんなこともあって、私の足は自然とある場所に向かっていき、気が付いた時には、
「結局、気になって来ちゃった……」
行くなと言われた港にいた。
今日は珍しく多くの船が港に停泊しており、行き交う人の数もかなり少ない。かなり離れたところに一人二人姿が見えるだけ。
私はこっそりかつ大胆に港の探索を始めることにした。
……ちょっとだけ!ちょっとだけなら大丈夫!ちょっとだけだから!
絶対に変質者とかじゃない。何かを隠してる。
それほどの事態が起きてるってこと……なんでもいい。私の知的欲求が満足するような何かが。
胸が高鳴ってじっとしてられない。
何かを見つけないと多分ぐっすり眠れない……そのためにも、ってあれ?
「なんだろ、あれ?」
身体を屈めて、誰の目にも付かぬようにこっそり移動して周囲の様子を窺っていた私の目に何かが映る。
「―――――――――――っ、――――――」
桟橋の方に何かいた。
この距離からじゃよく分からないが、とても小さい生き物のようだ。確かに動いている。
鳥?動物?ネズミじゃない。ここからじゃ、よく見えない。
「もっと、近くで見ないと」
私は思わず飛び出した。ただ、それを知りたいという知的好奇心という衝動に身体が突き動かされてしまった。
大人たちが隠そうとしたのはあれなのかな?別に危険なものじゃないように思えた。
動いてる。二匹……リス?違う、あれは人形?でも、動いてる。とても小さい。
そんな……小人なんているわけな――――
「――――何をしている?」
「――――え?」
腕を掴まれて私の意識は狭い一点から周囲の様子を把握するように広がっていった。
私の腕を掴み、その動きを止めた存在を確認するために、私はさっと後ろを振り向いた。
「スイ……ここで何をしている?」
高身長で締まった体をした細目の若い男性。それはよく知った顔だ。
「お、お父さん?」
間違いなく私の父だった。
とても芯の強い人で、自分の生き方に揺らぐことのない理念を持っている。
言いたいことははっきりという人で、周囲はとても厳格な人だと言うが、父はとても優しい人だ。
少し過保護なところがあるのが目立つが、それは父の理念であり、子どもは責任をもって育て上げ、家族は自分が柱となって支える。
父は理想の親の姿というものをよく私に語る。父は自分が父親であることを誇りに思い、それが自分の中で一番強い芯なのだと語った。
決して悪い人だと思ったことは一度もない。叱られることもあったが嫌いになることはなかった。
だが、私の腕を掴んだ父の表情を私は今まで一度も見たことがなかった。
「ここで何をしている?」
私の腕を引きながら低い声で父は尋ねた。だが、そんな父の言葉を遮り、私の身体を突き動かした衝動の熱はまだ冷めてはいなかった。
「あっ、そ、それより、あれ?いない……」
振り返り、桟橋の方に目を向けた。もう少しではっきりとその姿を得られたのだが、もうそんな影はどこにもなかった。
がっくりと肩を落とす私の身体を起こすように、父は強い力で私の腕を引くと、もう片方の手を肩においた。
何かの感情を孕んだ鋭い眼が私の答えを求めていた。
「ここで何をしていると聞いてる?港には近づいちゃダメだと言ったはずだ」
「お父さん、さっきあそこに小人みたいな――――」
そして、私の頭は私の知的好奇心を満たす答えを父に求めていた。
悪い熱を冷ますように、私の言葉を遮って、冷たい痛みが私の頬を打つ。
パシンッ!
「……え?」
冷たさが頭の中にあった何かを吹き飛ばす。
頬を打った感覚が徐々に熱を帯びて鼓動に合わせて響きだす。
歯を軋ませ、怒りの形相を露わにした父の顔を見た私は思わず一歩後ずさった。
「なぜ言うことを聞かなかった!!ここに来てはいけないといったはずだ!!お前の身に何かあっていたらどうしたつもりだ!!」
「え、え……お、お父さ」
戸惑いが私の心と頭を激しく掻き乱す。
「もし、私じゃなくて本当に変質者だったらどうする?暴力を振るわれていたらどうする!もし殺されていたらどうする?」
「そ、それは」
耳に反響する言葉が私の思考を掻き乱す。上手く言葉を紡ぎ合わせることができない。
「父さんはお前の身を思って忠告したんだ!お前には重ね重ね言ったはずだ!それなのにお前はここに来た!!」
母からだけではなかった。
朝、ちらっと父と会った時に、強く言われていたのを今になって思いだした。
あの時私は夜遅くまで起きて、頭がぼんやりとしていたから、記憶がはっきりとしていなかった。
「それなのにどうしてだ!父さんの忠告一つ守れないのか!!お前は自分がしたことが分かっているのか!!」
申し訳なさと恐怖が同時に襲い掛かり、私の身体は反射的に父を拒むかのように動いた。
肩と腕を突き放し、混乱した頭を整理しながら、上がってしまった息を整える父の顔色を窺っていた。
ただ、何をすればいいのかも瞬時に導き出せずに、父を宥めようと防衛本能が働く。
「そ、その……ご、ごめんなさい……ごめんなさい!ごめんなさい!!」
頭を深く下げて、命乞いをするかのように必死で叫んだ。
父は荒々しい息を整えて頬を伝う汗を拭って、身体の中の熱を追い出すように長く息を吐いた。
恐る恐る顔を上げると、そこにはいつもの父の姿があった。
「……まっすぐ家に帰りなさい。絶対にどこにも寄り道はするな。父さんもすぐに帰る。帰ってから話の続きだ。いいな?」
先ほどの剣幕が嘘であったかのように穏やかな声でそう言った。
「……はい」
「二度も父さんを裏切るな。絶対にまっすぐ帰りなさい」
「……はい」
「頬は痛むか?帰ったら冷やしなさい。母さんには父さんからちゃんと話す」
「……ごめんなさい」
最後に私の頭を優しく撫でると、港の倉庫の方へと戻っていった。
その背中をしばらく見つめていた後、真っ白になった頭は何も考えようとはしなかった。
頬に残った熱が考えることをさせようとしなかった。ただ無心で家路に着いた。
父が私をあそこまで叱ることは今までなかった。温和な父なのだ。叱るときも諫めるように優しく言葉をくれた。
見たことのない剣幕の父に私はただ困惑した。自分が悪かったと自覚するのを忘れるほどに。
最後に惜しむように一度だけ桟橋の方に振り返った。
あの生き物はもういなかった。結局、私は何をしていたのだろう?
言いつけ通りまっすぐ帰った。母は頬を腫らした私を見て黙って氷嚢を差し出した。
父が電話したのだろう。
父が帰ってきたが、一言「二度とするなよ」と優しく言ってすぐに出ていった。私がまっすぐ帰ったことの確認だろう。
ラクちゃんに電話したら、鼓膜が破けるほどに怒鳴られた。明日殴られる予定ができた。
「…………っ」
私は何をしていたのだろう……?
主人公の少女の名前は「
主人公の友人の名前は「
特に重要な名前ではないのですが、一応伏線的な意味合いはあります。
察しのいい人は気付かれているかもしれませんが…
艦娘という言葉は出るのに、本人たちが全く登場しない話が続いていますね(笑)
艦これタグ詐欺もいいところです。