艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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 ちょっと脱線。


分かれ道

 

 まだ梅雨に入り切っていない初夏のころ。今日は珍しく透き通った青い空。

 徐々に気温が上がっていく中で、初めて人の体で感じる季節の巡りと言う新鮮さを味わう訳でもなく、少女たちは無言のまま1つの部屋の中で作業をしていた。

 

「――――明日だね」 

 そこそこに広い部屋に2段ベッドが3つ。1つは空きで5つを少女たちが利用していた。

 明日になればこの場所もなくなって、この鎮守府にも2人しかいなくなる。

 少ない私物を鞄に詰めて、3人の少女は生まれてからずっと暮らしてきたこの部屋をぼーっと見渡していた。腰を下ろすベッドも今思えば寝心地の良いものだった気がする。

 

 駆逐艦娘たちの配属。

 日本5つの海軍の拠点にそれぞれ配属されて、多くの艦娘たちを率いる主力となっていくのだ。

 彼女たちを各鎮守府の「初期艦」と呼ぶ。

 彼女たちの存在によって、各拠点のほとんどの施設が機能し始める。工廠もドックも、そこにいる妖精たちを指揮するには初期艦たる彼女たちが、妖精に命を吹き込む必要がある。

 

「はぁ~、生まれてからこの方ここに住んできたからねぇ~」

 どさりと漣はベッドに両手を広げて寝そべった。

 電灯の吊られた木板の天井が空の代わりに広がっている。

 

「まあ、情も湧きますよね。なんだか不思議なものです……」

 五月雨は微笑んでそう言った。

 

「不安ってこんなものなのですね。私たちに乗っていた方々もこんな気持ちで国を離れていったんでしょうか?」

 胸に手を当てた電の言葉に2人は小さく「うーん」と唸る。

 

「さぁーね、あの時代は勇ましさだけもって飛び出ていったような感じだからねぇ~。今の平和を思うと恐ろしいよね、ガクブル」

 

「ハハハ、でも少しその差が気持ち悪かったりします。話に聞くだけではとても良い時代ですけど」

 

「こんな可能性も……こんな時代もありえたのですね……電は少し安心してるのです」

 

 ただの鉄の塊でしかなかった時代。まだこの身体が艦艇であった時。

 日本のどこを見ても、これは戦争なのだと思い知らされた時代。海に怯え、空に怯え、どこからともなく降り注ぐ火の雨、鳴り響く警報、鼓膜を劈く機銃の音に響く砲音、揺れる海。脳裏に焼き付くほど激しい光と音の衝撃。

 戦乱の時代を越えた先に、手に入れた一時の平穏。それを打ち崩す黒鉄の異形。

 平和をもたらした海の女神たち。勝ち取った平和と未来。

 

 輪廻が如く繰り返す平穏と戦乱。

 犠牲の果てに勝ち得た未来に立っている、この時代は平穏の後の戦争。

 自分たちの存在がそれを証明してしまっている。

 

「私たちの力が存在する方が本当はダメなんですよね」

 微笑みを浮かべていた顔が崩れ、五月雨は浮かない表情をした。まるでこの戦いの原因がすべて自分たちにあるかのような気がして。

 

「まぁ、生まれたからにはちゃんと役目を果たさなきゃダメっしょ?」

 そう言うと、漣は勢いよく起き上がる。

 

「まだまだ、これからなのです。ここまでも長かったけど、これからはもっと長くなるのです。意地でも生き延びて、もっと強くなるのです!」

 いつもは弱気な電が、ふと強い口調でそう言った。

 呆気を取られてしまった五月雨は、少し間を置いて微笑みを取り戻す。

 

「今度こそ、本当の平和を届けられるといいですね、みなさんに……」

 電にそう言った。彼女は少し笑って小さく頷く。

 

「うんうん、その意気その意気」

 その様子を嬉しそうに白い歯を見せて笑う漣。

 艦娘としてまともに生まれてきた3人、そのうちで通ずるものがある。少しの死線を駆け巡っただけだが、それが不思議な関係を築いていたのだ。

 

「さてと、決心も着いたところだし、そろそろご主人様のところに荷物持って行こっか?」

 

「はいなのです。ここともお別れなのです」

 

「あぁ!ちょっと待ってください!まだ仕舞ってないものが……」

 各々の荷物を手に取り、執務室へと向かおうとする3人。それほど多くもないので、各自で持っての各地への移動となる。艦娘がまだ少なく、貴重な存在であるため陸路か空路での移動となる。艤装も理解ある者の手によって厳重に管理された状態で輸送される事になっている。

 

 扉に向かおうとしていた彼女たちよりも先に、扉が開いた。

 その向こうには息を切らして肩を上下させながらも、喜々とした表情で3人を見る少女が1人。

 

「――――あっ、ここにいた!!」

 ぱぁーっと笑みを浮かべて、吹雪が彼女たちの部屋に駆け込んできた。

 

「あー、ブッキー、おっす。どしたのー?」

 

「ごめん!3人とも、私忘れてたことがあったんだ!お願いしてもいい!?」

 パチンと両手を合わせて頭を下げて頼み込む姿。かなり訳の分からない状況なのだが、吹雪からは得体のしれない必死さを感じる。

 

「えっ……?な、なんですか?」

 五月雨の問いかけに、吹雪はニヤッと笑って脇に抱えていたスケッチブックを差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

「サインください!!!」

 

「「「は?」」」

 3人ともぽかーんと口を開けてフリーズする。

 部屋の時計がかちりと音を立てて針を動かした。その音がはっきりと響く奇妙な静寂が広がる。

 何か様子がおかしいことに気付いた吹雪が、顔を上げておかしいな、と言うかのように頭を掻いた。

 

「いや、だって艦娘と言えば、過去に世界を救った海の女神たちで、その1人1人にかつての勇ましき戦船たちの魂が宿っていて、もうその存在と言ったら伝説のようなもので――――っ!!」

 突然、力説を始めた吹雪にようやく現実に追いつき始めた3人が意識を取り戻した。

 

「伝説って?」

 

「うん!伝説の存在だよ!3人とも!!」

 

「……こりゃダメだね」

 漣はふぅ、と息を吐いて両掌を上に向け首を横に振った。

 

「そう言えば、吹雪さんは人間の頃から艦娘オタクだったのです」

 冷や汗を流しながら、苦笑交じりに電がそう言った。

 

「思えば、叢雲さんが良く愚痴を漏らしていましたね。『あの子は暇があれば艦娘艦娘ってうるさい』って」

 

「えっ!?私そんなこと言われてたの!?」

 五月雨から明かされた衝撃(?)の事実に心底驚いたような顔をする吹雪。

 

「――――当たり前でしょ、このど馬鹿!!」

 そのバカみたいな顔を吹き飛ばすくらいの勢いで、叢雲の拳が吹雪の後頭部を打った。

 やや息が上がっているのはスケッチブック片手に駆けていく吹雪を見かけて、その行動を理解して、全力で追いかけてきたからだろうか。

 

「ぐへぇ!」

 

「もしかしてあんたこれから出会う艦娘全員にサイン強請るんじゃないんでしょうね!?」

 腕を組んでやや苛立っているかのような素振を見せながら、叢雲が問いかけた。

 

「えっ、そのつもりだけど……」

 きょとんとした表情で後頭部をさすりながら吹雪はさらっと答える。叢雲の溜息が増えた。

 

「あ、ん、た、ねぇ〰〰〰っ!!!」

 吹雪の肩を掴むと引き付けながら、体重の乗った方の脚を奥に蹴り飛ばすように払う。そのまま、前に崩れ落ちそうになる身体を上手く捌いて、強制的にその場に正座させた。

 流れるような綺麗な動きから、何の前触れもなく始まった説教劇。

 あまり声を荒げることなく、かなり静かな声で上から威圧的に降ってくる重圧の乗った言葉は、自分に降っている者でなくても背筋が凍りそうになる。

 

「あー、馬鹿だわ、あれ」

 

「……でも、分かる気がするのです。電も戦艦の方がいたら欲しい気がするのです」

 

「確かに、それは欲しいですが……私たちのサインなんて欲しがる方が珍しいですよね?」

 

「うーん、漣たちの前に艦娘がいたからね……割と漣たちってアイドル的な存在なのかも……ん?キタコレ?」

 へんな言葉を口にすると不同時に、漣は荷物を床に置いて腕を組んで考え込む仕草を見せる。

 うーん、と唸りながら徐々に顔が上がっていき、天井を見ながら、そのまま反り返っていって後ろの窓が見えるくらいまで、どんどん反っていく。

 

「……あっ、キタコレ!!漣良い事思いついたかも!」

 ぐわぁっと状態を戻して、右手を大きく挙げた。

 

「わぁっ!!さ、漣ちゃんどうしたのです?」

 

「ブッキー!スケッチブックじゃなくて、もっと良いものにしようよ!」

 

「ハイ、ソウデスネ」

 

「あっ、壊れかけてますね。それより、もっといいものって何ですか?」

 

「よっし、4人とも外に行こう!あとご主人様も呼んでこなくっちゃ!!」

 にやりと笑って五月雨と電に荷物を下ろすように促すと、軽く背中を叩いた。

 ひとりでに走り出した漣の後を追うようにして、2人も飛び出していく。頭に手を当てて悩ましい表情を浮かべた叢雲も、もう諦めたというような溜息を吐いて吹雪に手を差し伸べて、そのまま引っ張って連れて行った。

 

 

「俺に写真を撮れと……お前ら他所でも上司をこんな風に扱うんじゃねーぞ。俺が疑われる」

 それで5人が集まったのは、鎮守府の玄関口。「横須賀鎮守府」と大きく刻印された表札の隣にみんなで身体を寄せ合っていた。やや嫌々そうな叢雲は、吹雪が肩を掴んで強制的に寄せていた。

 笑顔ではあるが眉をぴくぴくと動かしながら、携帯端末のカメラを起動して構えているのは御雲。

 なぜか多忙のはずなのに、部下であるはずの艦娘たちに良いように使われている気がして、妙に癪に障っていた。

 

「ほらほら!ご主人様早く早くぅー!!」

 

「ごちゃごちゃ言ってないで早く撮りなさい!」

 

「はいはい。じゃあ撮るぞー、笑えー」

 もうこの際立場は忘れた方が気が楽だろうと、御雲のやや乗り気で彼女たちに呼びかける。

 カシャリと音を立ててシャッターが下りた。彼女たちを中心に、「横須賀鎮守府」の表札が大きく入った集合写真が撮れていた。

 

「じゃあ、ご主人様の執務室のプリンター借りるよ~!」

 漣は端末を御雲から受け取ると、また駆けだした。

 その後を走って追う4人の後を、何事だと御雲も歩いて追いかけていった。

 

 そして執務室に付くと、端末をプリンターに繋いでいる漣がいた。操作画面をちょっとだけ険しい表情を浮かべながら操作している。

 何をしているのかと、4人は肩越しに覗き込んでいた。御雲はデスクに腰を下ろし、資料に目を通しながら横目で彼女たちの様子を窺っていた。

 

「これをこうして……ほい!」

 プリンターがガシャンガシャンと音を立てて、妙にゆっくりと印刷を始める。

 少し時間がかかって、綺麗な写真が1枚出てきて、漣はそれを手に取ると、秘書艦の机に座ってポケットからペンを取り出した。

 

「あら、そう言うことね……」

 

「なるほど~、漣ちゃん少しおしゃれですね」

 

「きっと一生の宝物になるのです!」

 

「えへへ、よく映画とかであるじゃん?写真の裏に名前を持ってずっと持ってるの、あれを真似してみました!」

 写真の裏にペンを走らせていく。

 やや字の形を崩して、可愛らしくハートやウサギなどを混ぜたサインは漣。

 お手本のように、止め跳ね払いまで綺麗に形を整えた文字のサインは五月雨。

 気持ち大きめに書いたが少し角が丸くなってそこに愛嬌を感じさせるのは電。

 画数が多いのも相まって無駄に達筆さで文字にさえ威圧感を感じさせるのが叢雲。

 

 表に在りし日の5人の姿。裏には彼女たちが生きていた紛れもない証。

 

「はい!これでおk?」

 発案した漣が代表して吹雪に差し出した。

 先程までの勢いはどうしたのか、少しおろおろとしながら吹雪は両手で受け取ると、じっと見て目尻に涙を浮かべた。

 

「わぁ……みんなありがとう!!大事にするね!!私の机にずっと飾ってる!!」

 胸に抱きしめるように寄せて、その表情に笑顔が咲く。

 釣られて他の者たちも、各々に笑みを浮かべてしまった。 

 

「なんだ。そういうことか。漣、A3サイズで1枚プリントしとけ。執務室に飾っとくから」

 その様子を少し離れた場所から見ていた御雲が漣にそう指示した。

 せっかくの良い雰囲気だったのを邪魔された、と言うかのような苦い表情をして、じと目で御雲を見ると、

 

「えっ……なんか気持ち悪いです。漣たちの写真を自分の目の届くところに置いておくとか」

 あからさまに気持ち悪いものを見るかのような素振を合わせてそう言った。

 

「喧嘩売ってんのか?」

 

「冗談ですよ、ご主人様。お詫びに漣のサイン入れといてあげますから」

 ケロッと表情を変えて、プリンターを操作する。またガッガッガッなどと音を立てて大きめの写真が印刷された。A3サイズになるとかなり大きいため、なんとなく隙間が気になった漣は勝手にペンを走らせた。

 

「じゃあ、私のも!」

 

「電も書くのです!」

 

「……吹雪、あんたも書きなさい」

 

「う、うん!ふふふ♪」

 

 こうして、5人のサイン入りの写真が額縁に入れられて飾られることになる。

 厳格な雰囲気の執務室には、やや似合わない雰囲気の1枚ではあるが、吹雪が大事に胸に抱いている写真の同様に、彼女たちにとって大切なものとなっていくことになる。

 

 

 そして、翌日。少し広くなった部屋。その窓から見下ろす港に並ぶ3人の少女。

 それを見つめる2人の少女。その前に立つ1人の青年。 

 

「駆逐艦《漣》、《五月雨》、《電》。以上3名を呉、舞鶴、佐世保の初期艦に任命する。初期艦の責務を存分に果たし、我々人類の勝利に貢献せよ」

 

「「「はいっ!!!」」」

 誰ひとりの目にも恐れはなかった。躊躇いや未練もなかった。

 

「じゃあ、後は任せてある者たちに従って移動してくれ。お前たち個人個人の活躍をこの地この海より期待している」

 輸送機が飛び、近くの航空基地から護衛戦闘機が彼女たちを守るように飛び立った。

 やや大袈裟かもしれないがそれほどに彼女たちには期待が寄せられているということを証明している。

 その姿が見えなくなるまで目で追った後、御雲はゆっくりと口を開いた。

 

「――――では、吹雪、叢雲。俺たちは別の場所に向かうとするか」

 

「……はい」

 先程までの別れを惜しむ雰囲気も一転して、吹雪の表情に緊張が張り詰める。

 側にいた叢雲も、殺気を目に宿らせて吹雪の側に付く。

 

「大丈夫よ。万が一の時は私は護るから」

 

「正直のところ、俺もあまり赴きたい場所ではないがな。上層部の奴らと顔合わせすると寿命が縮む」

 黒塗りの車に乗り込む御雲の表情も誤魔化しているが苦いものだった。

 

「そんなの私もよ。ここから離れられるならどこにでも配属されてもいいわ……」

 

「だ、大丈夫かなぁ……?」

 誰ひとり不安を抱いていない者はいなかった。

 不穏な空気に包まれる車内の中であったが、彼女たちの意思とは関係なく、車は海軍大本営へと向かっていった。

 

 

 

 

 




 恐らく、明日明後日にはこの章をさっさと終わらせまーす(多分)

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