訳分かんねえこと書いてるので、序盤の方はさらっと流してもらって結構です。
機能美。
イラストが多く載っている図鑑などを開いてみよう。魚、鳥、昆虫、写真とは違い、イラストは形状をはっきりと見やすいように、そして現実に近い形で記す。それはイラストレーターの腕にも依るが、今にも動き出しそうなものであることもあり、その絵を手がける者たちのほとんどは現実に近い形に非常に拘りを見せる。
何故ならば、自然に溢れるそれらの生き物たちのありのままの姿こそ美しいからである。
何故、美しいのか?それは膨大な歳月の中で、目まぐるしく変わりゆく環境の中で、生命が生き抜くために、必要な形を生み出していったからだ。大自然の中で荒れ狂う生存競争の激流に不必要なものの一切を削り取られていき、まるで研ぎ澄まされた日本刀の切っ先のような美しさを生み出すのだ。
あるべきしてある形状。なるべくしてなる形状。得るべくして得た形状。
その全てに機能美と言う美しさが秘められている。
風を切るように、水を切るように、土を掻き分けられるように、獲物を狩りやすくするように。
魚の尾ひれにかけての形状、鱗の配列。鳥の頭部から尾翼にかけての曲線、美しい羽根の並び。昆虫の硬い外皮、その内に格納された薄い翅。
マッハ
進む弾丸の周囲の鋭角に尖った「衝撃波」などと言うイラストで目にする方がいるかもしれない。
せっかくなので弾丸を使って説明すると、空気とぶつかる先端部から正円の波が広がりながら、弾丸は移動していく。これが超音速になったとき、連続して発生する正円の波は経過時間による波の半径の変化によって、移動した弾丸の先端から共通する接線を持つようになる。すなわち、正円で広がる波があたかも直線状の波を生み出しているように見える。3次元的に見れば、正円は球となり、直線は円錐を描く波になる。
超音速まで加速すると、急激な流れの変化から局所的な圧力や温度、空気の密度などが変化し、これが「衝撃波」となる。さらに速度が上がれば、この衝撃波は物体を離れて周囲に飛ぶ「ソニックウェーブ」となるのだ。
では、ジャンボジェットのような旅客機がなぜ戦闘機のような速度で飛べないのか。
戦闘機の速度で生じるマッハコーンに旅客機を置いてみると、両翼を断ち切るように衝撃波が走るのだ。
これではまともな飛行ができない。
現代の戦闘機と言われて思いつくものを想像してほしい。
その先端から尾翼にかけてまでのフォルムは、鋭角な三角形のようだ。
戦闘機はこの形状の為に、マッハと呼ばれる速度で飛行できるのだ。
空での戦闘に置いて、人類は速さを求めた。動力が移り変わっていき、材料が移り変わっていき、形状が移り変わっていき、そして新たな動力に適応するような新たな材料と形状を生み出してきた。
航空機にとって、これは生命の進化同様の技術の革新であり、今なお進化は止まらない。
だが、その形状が大きく変化していくことは恐らくないだろう。細かな差異こそあれど、戦闘機と言われて思いつく形状はほぼ共通しているはずだ。
これは、生まれるべくして生まれた形状なのだと。
これこそが、機能美なのだと。
超高速で空を駆るその機体にも、地球という環境で速くあるために、自然の摂理とぶつかって、削られて、得た美しさがあるのだ。
さて、前置きが長くなったが、ジェット機の登場は第2次世界大戦末期からその後にかけてだ。
高速・高出力で他の艦載機の追随を許さない可能性を秘めた存在として、工業国ドイツで生まれ、世界に広まっていった。
試行錯誤が繰り返されて軍用機として研究が進んでいく傍ら、徐々に民間機や旅客機への利用も広まっていき、空の世界は大きな変革を遂げることとなる。
そして、時代は深海棲艦との戦いになっていった。
着目するべき点は「深海棲艦は大戦期の兵装を模した兵器を用いる」という点だった。
すなわち、大戦が終わった後で生まれたジェット機に追いつける航空機を深海棲艦は保有していなかった。
そのために人類は制空圏を守り抜くことができたのだったが、できたことと言えば、せいぜい輸送程度。ジェットエンジンの戦闘機では撃ち落としたり、妨害したりすることくらいはできたが、破壊にまで至らないので深海棲艦側の戦力を本格的に削ぐことはできなかった。
挙句の果てに、馬鹿にならない維持費を艦娘の支援に回すなどと、徐々に衰退の一途を辿るのであったが、空輸の護衛、日本本土の防空、偵察や戦地への物資運搬などその高速性と戦闘力を十分に活かせる場が残っていたために、日本国などの一部の列強では、近代兵器の航空戦力を維持したまま、深海棲艦の大戦を続けることがあった。
その結果として、海上からのみでは展開不可能な作戦が立案され、また陸海空共同の深海棲艦に何かしら効果を得られる兵器開発なども行われ、日本は初期の主要軍港爆撃、及び舞鶴の悪夢を除き、その領空を深海棲艦に侵されることは一度もなくなった。更には艦娘による強行偵察の危険性も減り、その他の列強国との唯一の安全の確保された架け橋として機能した。
問題となったのが、その立場であった。
大日本帝国時代の名残を引き継ぐことにした日本国軍は、その時代に存在しなかった空軍の取り扱いに手を焼いていた。航空自衛隊として、残すのも既に「自衛」の範囲を超えた活動を行わざるを得ない戦争であり、軍として機能する他になかった。
そして生まれたのが「日本国航空防衛軍《
「空軍ではダメなのか?」という疑問に対して、「侵犯することが目的ではない。我々が行うのはあくまでも自軍友軍の防衛・支援行為であって、そこに一切の殺戮・侵略行為を含んではならない。その意志を示すにあたって防衛軍と名乗るのは適当である」などというのが軍部側の意見であった。
こうして、陸海空自衛隊に変わるデルタフォースが生まれた訳である。
無論パイロットたちに犠牲は生じた。ジェット機が優れているからと言って、深海棲艦相手に必ずうまく行くという保証は始めから無かった。海に広がる無数の砲門から逃げ切れるとは限らなかった。
しかし、彼らの勇気あってこそ、艦娘たちの勝利はあった。そのことに間違いはない。
戦後、そのまま日本には自衛隊に代わる組織、軍の状態で陸海空を守っている。
鋼の翼は、その紋章に大鷲の翼を掲げて。
*
一体、どれほどこの空を漂っているのだろう。
音速を越えた世界を飛び交い、計器に全ての間隔を託して、普通の時間や感覚とはかけ離れた世界にいるような気分だ。
今日の朝は何を食べたっけ?
確かリンゴを1個、それとレーションだったか?ココア味のプロテインドリンクも飲んだような気がする。
いや、そんなのはどうでもいい。どうして自分はこんなところにいるのか?
昨日…いや、もう一昨日か。違う、あれは3日前だ。
突然、横須賀などというお門違いな場所に呼び出されて、窓全部にシャッターが閉じた部屋で防衛大臣と航空総隊司令官となぜか自分。
とても3等空尉のいるような場所じゃないと思うのだが、なんて考えてたか。
あれから不思議な気分だ。ずっと今まで、夢を見ているような。
久々に向かい合って見た父親の顔は少し皺が増えたくらいで、大してなんの変化もない。
その後、横田まで航空総隊司令官と同じ車の中で移動して、夜中に輸送機で春日まで運ばれて。
あの日のせいで日にちの感覚が狂っているんだ、と今は言い訳をしておこう。
自分はつくづく軍人には向いてないと思う。なんでJADFに入ったんだろう。
まさか、F-35A-Jに乗って、極秘任務を与えられるなんて思ってもいなかった。
自分だけじゃなくて、他にも2人ほどいたが知らない顔だった。
年上の男性だったかな。1人は1等空佐、もう1人が2等空佐。やっぱり場違いじゃないか、自分。
パイロットスーツは初めて着るものだった。近頃、米軍が開発したでヘルメットがまるでライダーのフルフェイスのようになっている。
隠匿性の高い作戦などで用いられるものらしく、こちらで任意にロックを解除するまでスーツから外れないというバカ技術だ。かなり軽いのに至近距離からトカレフぶっぱなっても穴すら開かない上に、HMD搭載。いったいこれひとつ作るのに幾らかけたのだろう。
スーツも今までの耐Gスーツに比べると随分とシンプルになっている。確か、将来的には宇宙での活動に用いられるスーツの技術を使っているとか。
着替えてみれば、なんかどこかのロボットアニメのパイロットみたいな姿になる。
でも、乗るのは戦闘機。スーツだけ時代を先どってしまった気分だ。
で、だ。
別行動で、別の方角に散開したけど、なぜか自分だけ突然視界がなくなった。
霧みたいなものに囲まれたような感じだった。計器は正常に作動してたが、なぜか通信だけが途切れてしまった。
戸惑っているのも束の間、警報。計器盤に《ALART》の文字。我が目を疑った。
これはステルス機だ。なのに存在がばれてるし、何者かにロックオンされてる。
何者かに捕捉されるような距離まで近づいた覚えはない、なによりレーダーに……
レーダーに突然変な反応がひっかかる。一瞬だった。たった数コンタクトだけですぐに消えた。
いや、すぐ消えたように感じただけなのかもしれない。まともに感覚が機能している自信がなかった。逃げなければ撃墜されるのだ。
アフターバーナーを吹かして急旋回する。のしかかるGが意識を混濁させようとするが、こんなの慣れっこだ。
鳴り続ける警報。スーツの中で汗が噴き出す。脈拍が早くなっている。少し息苦しさが増していく。
躊躇うことなくフレアを放ち、そのまま旋回を続けて、なんとか警報が止んだ。
多分、その後だったと思う。不思議なものを見た。
きっと夢を見ていたんだと思う。
極度の緊張とそれからの解放。そして大きなGの変化で全身の血液の巡りがおかしくなって、幻覚でも見せていたのだろう。
霧なんてものはどこにもなかった。ついさっきまで一体何を見ていたのだろうか?
青く広がる海と空に、白い雲。凄まじい速度で流れていく景色のどこにも、あの姿はない。
やっぱり、夢だ。帰ったら姉にでも話したい気分だが、極秘任務なので話すこともできない。
鋼鉄の城のようなものが見えたとも、それが動いているように見えたとも。
きっと誰にも話せない。
その直後に、レーダーがまた何かを捕捉する。
速度を少し落として外を見ると、なにやら海の上で暴れている。
「なにあれ?」
旋回して何度か見てみたが、どうも人らしい。
そう言えば、この前ちょっと会った従兄がちょうどあんな感じの存在の話をしていたような気がする。
「……艦娘、か」
初めて目にしたその存在は、想像よりも随分と不思議なもので。
想像よりも随分と小さいものだった。
*
ブイン基地近海で発生した戦闘は、泥沼化しかけていた。
ヲ級改flagshipによる圧倒的な航空戦力に加え、未だ片方の主砲が健在であるル級flagshipの長射程からの砲撃。守りが堅すぎるのだ。更に途中で加わったと思わしき、駆逐イ級と軽巡ト級が数隻、壁となっていた。
そのために侵攻を全く止められないまま、利根率いる本島防空部隊は同航戦、陣形は輪形陣の状態で戦況を打開する一手を考えていた。
激しい対空砲火。
掲げている腕が疲れているなど感じる暇もない。
「1機たりとも基地に向かわせえてはならぬ!もっと弾幕を濃くするのじゃ!!」
砲音と機銃の音、空を飛び交う敵航空機の虫の羽音のようなエンジン音。それに紛れて掠れる利根の声は無線を通じてはっきり聞こえるが、周囲の音のせいで頭に入らない。
「くっ…何よ、この数。聞いてないわよっ!!」
艦艇の時代に対空演習はしたような気がするが、こんな身体のせいでその時の感覚はさっぱりない。この身体になってからも、幸いにも翔鶴がいたお陰で対空母戦を想定した訓練を何度か行ったが、相手が悪すぎる。
敵の新型機の速度、旋回力、そして火力、どれも訓練と比にはならない。
「ちっ…しぶとい虫どもめ」
「うわぁ…撃っても撃っても、ぎょうさん湧いてくる……しんどいわぁ」
「沈むわけにはいきません!雪風がお守りします!!」
「雪風っ!!魚雷じゃ!!その位置からなら……」
利根が振り返りながら無線のマイクに叫ぶ。雪風からヲ級改flagshipまでの直線状に艦影も艦載機も1機も存在していない。
「雪風!お願い!!」
陽炎も妹に全てを託すかのように叫ぶ。
雪風は答えるように頷くと、艦隊の進路からやや外れながら、ヲ級改flagshipに狙いを定める。
頬を汗が流れる。歴戦の駆逐艦と言えども、緊張を感じない訳がない。
「絶対、大丈夫――――っ!!魚雷、目標敵正規空母っ、全管発射!!」
4本の酸素魚雷が海中に放たれる。静かに水面下を駆けて、やや扇状に広がり青い目をした正規空母へと向かっていった。
「よしっ!」
当たった。そう確信した陽炎は小さくガッツポーズをする。
直後に轟音。ヲ級改flagshipの姿が水柱の中に飲み込まれた。
ついでに付近のイ級にも命中し、轟音が立て続けに空気を震わせる。宙を黒い金属の破片が飛び散り、気味の悪い色をした液体が撒き散らされる。
「……やったかっ!?!?」
利根は水柱に目を凝らした。一気に炸裂した酸素魚雷のせいで大量の水飛沫が宙を舞い、敵艦隊周辺の視界がやや悪くなっている。
ふと、利根の耳元に警報に似た音が響いた。
「……っ!!利根さん、戦艦の砲撃が来ます!!」
意識を引き戻したのは不知火の声だった。無口で冷静沈着な彼女からとは思えない酷く焦燥と恐怖に駆られた声だった。
黄色い炎のような光を帯びる鋼鉄の盾。その向こうに浮かぶ戦艦ル級flagshipの気味の悪い笑みが網膜に焼き付く。
マズい。命中する。
敵に制空権を奪われている状態では、戦艦による観測射撃が可能となる。より正確で当たれば致命的な一撃だ。
「回避じゃ!面舵一杯!」
「雪風ー!!はよ戻りー!!」
「了解です!!」
轟音。戦艦の重々しい砲音が海に衝撃を叩きつけ、黒煙に紛れて砲弾が艦隊を襲う。
駆逐艦の小さな身体に当たれば最悪、バラバラになって吹き飛ぶくらいの威力を誇る。
着弾。大きな波が立つ。
「あわっ!!」
陽炎の横顔を海水が撃つ。かなり近くに落ちたようだ。
「状況確認っ!みな無事かっ!?」
「陽炎、損害なしです」
ふと、周囲を見渡した。離れた場所にいる妹たちはやや苦しい顔をしている。
艤装の一部が凹んでいたり、切り傷のようなものがあったり。
どうやらあちらの方に着弾したようだ。
「不知火、小破……至近弾でやや機関の調子が不調です。魚雷管も…」
「黒潮、小破やで~……ちょっと砲塔に破片が当たってもうたわぁ…」
「雪風っ、無傷です!!」
戦艦の砲撃、ましてや至近弾を受けてこれほどの損害で済んだこと自体が奇跡だ。
もしかしたら、平然の無傷でいるあの妹の恩恵を受けているのかもしれないなどと、陽炎は考えていたが、すぐに電探が敵影をキャッチする。
「対空警戒っ!敵航空機健在です!!」
「何っ!?雪風の魚雷は当たったはずじゃ……」
利根の言う通り、あれは確実に命中した。確かめるかのように、陽炎は海の上にヲ級改flagshipの姿を探す。
海の上で膝を突く影が1つ。マントのような部位が風にたなびき、大きな格納庫の頭がゆっくりと持ち上がる。再び青い目が光った。ぞくりと背筋を駆け抜けた恐怖のようなものに吐き気を催す。
「敵正規空母健在っ、損傷軽微です!」
言葉を失っていた陽炎に代わり不知火が叫ぶ。
口の中に変に溜まった唾を飲み込んで、砲塔を掲げる。水煙を切り裂いて敵機の姿がはっきりと見えた。
「堅すぎやぁ…なんや、あの空母…」
「す、すみません……仕留めそこないました」
「……来るぞ!対空砲火開始じゃ!!」
やや苦い顔をした利根は劣勢の戦況に負けじと声を張り上げて艦隊を鼓舞する。
損傷軽微と言えど、明らかに航行能力が低下している。
戦艦も中破状態。先程の砲撃が外れたのも、それが影響しているはず。
倒せるはずだ。それなのに、倒せる気配を全く見せない。
なるほど。これが深海棲艦か。これが負の感情の化身か。存在そのものが絶望のようだ。
利根の横顔にふと笑みが浮かんだ。みなが空を見上げているため、それに気付く者はいなかった。
これが深海棲艦かと納得した。その瞬間に、自分たちの存在意義を、その理由を再認識した。
「運」と言うものだけがそれに気づいていた。
この戦場で唯一、微笑んだ彼女に、微笑み返したのだろう。
一瞬の出来事だった。
ヲ級改flagshipをこの海の上から薙ぎ払うかのように、その姿が吹き飛ばされる。
連続する轟音。水面下からの不意を突いた一撃。真横からまともに受けたヲ級改flagshipの身体は海面に叩きつけられた。
『――――みなさん、おまたせしたのです』
無線に少女の声が入る。
基地の方からこちらへ高速で向かってくる艦影が1。
大きな錨と盾のような装甲板を持った艤装のシルエットは、ブイン基地のエースの姿。
通常雷撃を撃つ距離からとは思えないほどの、遠距離雷撃を放って命中させる。
「とっとと片付けて、晩御飯の支度をするのです。電、基地防空艦隊に合流します」
そんなことを言いながら、対空射撃を始めていとも艦隊に撃墜していく。
どんな訓練を積めばこんなあっさりとした戦いができるのか、それはブイン基地に所属する駆逐艦全員の疑問だ。
駆逐艦娘、《電》がブイン基地第2艦隊に合流する。艦隊の最後尾に着いて、弾幕はさらに濃くなった。
『――――こちらも、お待たせしました……っ!』
続けて無線に入った声。それを途中で遮るかのように降り注いだ砲弾がル級flagshipの周囲に着弾していく。
「……まだ、負けません!!気合い、入れて、行きま……痛たたっ…てーっ!!」
その影はまだかなり遠くにありながら、ル級flagshipにかなり正確な砲撃を叩き込んでいった。
狭叉。至近弾。そして命中。
97式徹甲弾がル級flagshipの脇腹に食い込む。さらに砲塔に突き刺さり分厚い装甲を破壊した。
弾薬庫に引火し、砲塔が爆発する。誘爆してル級flagshipの身体は内側から破裂するかのように吹き飛んだ。
「よしっ!痛たたた……骨が折れるとやりにくいです~……」
巫女服姿の女性は、右腕を三角巾で吊っており、腕には鋼鉄の矢と何かの帯のようなもので応急処置が施してあった。
「比叡さん、ありがとうございます!攻撃隊、直掩隊、全機発艦!!」
その後ろに構えて翔鶴がすぐさま空に《流星改》と《零戦52型(熟練)》を放つ。勢いよく風を切り放たれた矢は光に包まれて、一気に航空機へと姿を変えた。
ゆっくりと起き上がるヲ級改flagshipの眼に向かってくる翔鶴航空隊が映る。
「アアァァァァァァアアアアァァアァァァァァアアアアアアアアアァァァァァアア!!!!!!!」
そんな叫びだった。ヲ級改flagshipの口から言葉とは思えない断末魔のような叫びが響き渡り、戦場に満ち溢れたあらゆる音を薙ぎ払う。激昂したかのように全身を包む黄色い光の強さが増し、目に点る青い炎はさらに強く燃え上がった。
頭部の格納庫、口のように開く隙間から青い炎が燃え上がり、大空に吹き出した。
その中から、いくつもの火の玉が飛び出して、翔鶴航空隊へと向かっていく。
炎を払って姿を現したのは、鬼。丸い球体の航空機。
歯が並んだ口のような割れ目から機銃が剥き出しになり、鬼の頭骨を思わせる白く角のあるフォルムは何ともおぞましい。
『――――全艦隊っ、聞こえますか!?』
「あっ、司令官」
無線に割り込んできた声は、若い男性の声。この鎮守府で司令官を務めている青年の声だった。
『戦況が悪化しているのは把握しました。確認に時間がかかりお待たせしてしまい申し訳ありません!』
馬鹿丁寧な性格を思わせるような敬語口調。
翔鶴がどんな方とお話しても失礼のないようにと叩き込んだものだが、こんな激戦の最中で飛んでくると少し笑えてしまう。
『翔鶴さんの艦隊は敵正規空母、及びその随伴艦の注意を引いてください。その隙に利根さんの艦隊は敵艦隊の前方に展開。丁字有利状態を勝ち取り、一気に敵艦隊を殲滅します!』
『数的有利な状況ならばこの作戦は可能です!誰ひとり欠けることなく帰還してください!』
「……了解しました!利根さんっ、お願いします!」
「うむ!お主ら、陣形を単縦に変更!魚雷を撃てる者は魚雷を撃て!撃てぬ者は砲撃せよ!」
「損傷の激しい方を奥へ!比叡さん、申し訳ありませんが護衛をお願いします!私も前に出て敵機を引き付けます!霞さん、皆さんのサポートを」
海上で激しい声が飛び交いながら、空で航空機による激しい戦闘が展開される。
後を追う者。後を追われる者。火を噴いて飛び交う機銃弾。海を裂き、翼を裂き、火の塊となって海に墜ち行く翼。
決死の思いで放つ航空魚雷は敵艦隊を叩くも、肉壁となって盾となる周囲の護衛艦に邪魔をされ、旗艦には届かず、そのまま頭上から迫る鬼にその羽を喰い千切られる。
それでも、彼らは諦めない。勝敗が決するその瞬間まで操縦桿から手を離すことはしない。
左腕の欠けたヲ級改flagshipの身体から紫色の液体が溢れ出す。
重油と体液とそれが混ざって海に広がり、滲んで高い波に揉まれて消えていく。
顔を上げる。正面に並ぶのは6つの影。
どいつもこいつも女ながら勇ましい顔をして睨みつけていやがる。
「―――――その艦、もらったぁっ!!!」
一気にこちらに向けられて主砲が火を噴いた。周囲の海を割り、この肉体を裂き、傷口にかかる海水が染みることはない。
痛みはない。この身体に溢れるのは、負の感情だけ。
どこから生まれたのかもわからない激しい怒りと憎しみと苦しみ。
「全主砲!斉射、始め!!」
真横からも砲弾が降り注ぎ始める。
近くにいた軽巡か駆逐艦か。大きく抉れてしまった残骸からはもう推測すらできない。
次々と憎しみの黒が消えていく。次々と悲しみの怨嗟が薄れていく。次々と深い怒りの炎が鎮まり返っていく。
何を思ったのか。徐に立ち上がって爆発しかけている機関を唸らせた。
今、出せうる全速力でこの海域から逃げようと。理屈はない。思考もない。希望もない。
形を変え続ける海面に、雨のように降り注ぐ海水と砲弾。身を掠め、鋼鉄の肉体を削っていく。
逃げなければ。生きなければ。ここで終わってはいけない。
その姿を水飛沫の中に見た翔鶴は思わず目を背けてしまった。
「―――――我が索敵機から……逃げられるとでも思ったか……?」
利根の索敵機がヲ級改flagshipの頭上を駆けた。ふと、ヲ級改flagshipは振り返る。
あぁ、空が静かだ。機銃の音も止み、全ての艦載機が翔鶴の下へと戻っていく。
ふと流れ星に似た何かが空を翔けるのを見た。まともな色も映せないこの眼だが、金属の塊のようなものが遠い空を翔けていく。
昼間の空を翔ける彗星。
利根の主砲が唸った。放たれた砲弾がヲ級改flagshipの格納庫を撃ち抜いた。
爆炎が上がり、一気に黒い煙と赤い炎が海の上に広がっていく。
「……戦闘終了です。両艦隊、帰還します」
静かに翔鶴が無線のマイクに呟いた。
『みなさん、お疲れ様です。急いで入渠の準備を始めます。最後まで警戒を怠らず帰投してください』
「はっはっは!大勝利じゃ!まぁ、吾輩がいる以上当然の結果じゃが……ん?翔鶴よ、どうしたのじゃ?」
「いえ……基地へと戻ります。みなさん、お疲れ様でした」
「はぁ……疲れたわね。不知火、黒潮、大丈夫?」
「えぇ、不安でしたが主機は正常に動きそうです」
「うちも大丈夫やで~!電はんが来てくれて助かったわぁ」
「……」
「あれ?電さん、どうしたのですか?」
「雪風さん、殿をお願いしたいのです。電は少しだけお仕事があるのです」
「……はいっ、雪風にお任せください」
「…………」
*
「はぁ…骨がくっつくのに半日もかかるんですかぁ……?せっかく今日は私もカレーを作ろうと思ってたのにぃ……」
「……ラッキーでしたね。黒潮」
「せやねー、雪風がとってきた魚が無駄にならんで済んだわぁ」
「えっ!?おふたりともどういう意味ですか!?」
「朝潮お姉さん、大丈夫ですか?」
「うん。ごめんね、大潮……迷惑をかけてしまったわ」
「大丈夫です。無事に生還できただけで十分です!」
「もっと……訓練……いっぱい。強くならなきゃ……」
「そうね、霰の言う通りだわ。次の作戦ではもっと……」
入渠ドックでは傷を負った艦娘たちが傷を癒していた。
大規模作戦の展開を予定して設置されたこの基地の入渠ドックは、電曰く「横須賀並に広い」らしい。
先程まで生死の境を彷徨っていた者も、負った傷に苦しまされていた者も、久方の癒しに一時は戦場を忘れ、身を包む温もりに身体も心も委ねてしまう。
そのせいか、やや和気藹々とした雰囲気になってしまうことも度々ある。
基地からやや離れた場所にかつて飛行場として整備されていた場所がある。
戦時は基地航空隊の飛行場として、戦後は空港として機能していたが深海棲艦の襲来により、崩壊。その後再び日本海軍の手により整備され、普通の航空機も利用できる飛行場となっていた。
「先程は、助けられたのです」
「……感謝される筋合いはないよ。へぇ、こうして近くで見ると結構小さいんだ」
F-35A-Jのコックピットから電を見下ろすその人物はヘルメットを脱ぐことなくそう言った。
「比叡さんへの敵正規空母の正確な座標、方位、距離。本来偵察機で行う観測射撃。制空権を喪失していたあの状況であの位置情報は助かったのです」
そう。制空権を喪失していたはずのあの戦場で比叡の砲撃がル級を撃ち抜くことができたのは、このパイロットの仕業だった。
丁寧に修正まで加えて随時観測を行っていた。ヲ級改flagshipの艦載機さえ届くことのない高度で。
「同様のものを電にも送ったのです。あれがなければヲ級を追い込むことはできなかったのです」
「あぁいう支援をする訓練は散々受けてきたから。そういうことができるような装備にも改装されてるし。実戦は初めてだったけどね」
パイロットはコックピットから飛び降りた。柔軟に膝で衝撃を和らげて華麗に着地する。
軽くスーツを叩くと、じっと電を見た。電もじっとパイロットを見る。
背はさほど高くないし、声色からして恐らくこのパイロットは女性だろう。
「JADF……航空防衛軍」
「そっ。私は空の人間。艦娘のくせに詳しいわね」
パイロットは腕を組むと機体に凭れ掛かった
「元々、本土にいたのです」
「へぇ。それで?何か気まずい事でもあった?ここが正規の基地じゃないとか」
ぴくりと電の肩が反応してしまった。
「……ヘルメットは脱がないのですか?」
露骨に話を逸らした。その話はやや電たちの立場的にマズいものなのだ。
しかし、パイロットはそれ以上詮索する様子は見せなかった。
「私は今ちょっとした任務中なの。迂闊に顔は晒せない。軍の人間なら分かるでしょ?」
例え、あなたのところの責任者でもね、と言って電の顔の高さからやや視線を上げた。
その視線の先から、白い軍服に身を包んだ青年が現れる。護衛の為か、陽炎と霞が付き添っていた。
「……私がこの基地の責任者です」
浅黒い肌に浮かぶ薄い色の唇、灰色の瞳が鋭く見据える。
首や頬など至る所に白や黒、中には青や黄色にも見える痣のようなものがあり、やや不気味な印象さえ抱かせる。
「んん……?あぁ、日本人じゃないんだ。多分階級とかはないよね。非正規の軍隊なわけだし」
「その通りです。この基地は完全に本土から独立した存在です、恐らく、本土はこの基地の存在にすら気付いていないでしょう」
青年のその言葉に、後方にいた陽炎が心底驚いたような顔をしていた。
霞の方を見て、「知ってた?」とでも言いたさそうな顔をしているが、とうの霞は白けた顔をして無視している。恐らく知っていたのだろう。
「……ふぅーん。まぁ、どうでもいいけど。それでさ、あなたがやってることについてだけど」
「えぇ、分かっています。それを分かっていて、私はあなたに取引を持ち掛けに来ました」
青年が詰め寄るようにパイロットへと近づいた。
「取引……?」
怪訝な声がバイザーの向こう側から聞こえた。青年が小さく、ええ、と答える。
「私たちの存在を、本土に知らせてほしい。いや、私たちを本土に連れていってほしいのです」
「「「はぁ?」」」
パイロットと、陽炎と、霞が同時にそんな声を上げた。
霞に至っては今にも罵倒しそうな勢いで蹴りかかりそうなのだが、陽炎が何とか制止していた。
「ちょ、ちょっと司令官さんっ!?それはもう少し先に計画していたことじゃ」
電でさえ、突然の青年の言動に戸惑っていた。
実のところ、本土と連絡を取ることは前々から計画をしていたのだが、戦力層の薄さと本土に達するほどの練度の艦隊が揃っていないために、まだ時期尚早と計画止まりになっていたのだ。
「たった今ちょうどいい仲介者を見つけましたのでチャンスかと思いまして」
青年はきょとんとした表情でそう答えた、自分の行動がさも当たり前のものであるかのように。
確かに合理的な点があると言えばある。しかし、そう簡単に話が進む訳がない。
「あのさぁ、悪いことは言わないから艦娘だけでも海軍に返してあなたは逃げた方がいいよ?多分バレたら最悪銃殺刑になるわ」
「いや、私はこの子たちの司令官であることをやめるつもりはありません。逃げるつもりもありません。既に同じ夢へと向かう道に立ってしまいましたから」
青年の灰色の瞳がまっすぐにバイザーの向こうのパイロットの眼と向き合っていた。
少しの沈黙。互いを探り合っているかのようにも思える。
「……取引と言ったわよね?私が得るものは?」
「あなたがこの基地にわざわざ着陸する必要はなかったはずです。着陸した理由として考えられるのは補給物資の確保。もしくは友軍に向けた救援申請。そのどちらでも提供できます」
「言っとくけど、
「精製します。ここの工廠の妖精たちは優秀です。ややコストこそかかりますが、質の良い燃料を作り出せます。軍関係者なら妖精の存在と力くらいならご存じなのでは?」
「……妖精ってそんなことできるの?」
陽炎が霞に話しかける。少し鬱陶しそうな顔を霞がしたが、
「知らないわよ……でも、司令官はいつも妖精と一緒に変なもの作ってるからできるんじゃないの?」
面倒くさそうに顔を背けながら、小さく答えた。
「……私が裏切る可能性は?あなたたちが裏切る可能性は?あなたたちのような非正規軍から信頼を得られると思う?正直、今の私はね……」
その瞬間、青年の眉間にまっすぐ黒い銃口が向けられた。
SIG220、9㎜口径セミ・オートマチックの小銃だ。
側にいたのに、3人とも反応できないほど早く、腰からそれを引き抜いて、一瞬で青年の眉間に当ててみせたのだ。
「こうしたい気分なの?艦娘の力を自分の手足みたいに振り回してるあなたみたいな存在にはね。妖精は知っているわ。艦娘についてもよーく知ってる。だから、その力も知ってる。そこの子も、そこの子も、そこの子も、みんな見た目だけは幼いけどとてつもない力を持っていることを知っている」
声に威圧が混じる。いつでも撃ってやるという覚悟も見える。
「…………」
それでも青年は黙っていた。
「だから、その力を素性も分からない人に使って貰いたくはない。例え、艦娘たちからの信頼があるとしても、これは日本国軍の、そして私自身のプライドにかかわる問題なの。あなたの素性がはっきりとしない以上、日本はあなたを提督と認めない。私も認めない」
「別に私は認めてもらおうとも思いません。私は提督なんて地位は別に要りません。ただ、彼女たちの夢が叶うのならば、その為にこの力も体を役に立てるのだとしたら、その為に尽くしたいのです」
青年の視線が少し上を向いた。両目の中央にあるそれが気持ち悪いかのように少し顔をしかめた。
「あの、これもやめていただけませんか?気が散りますので」
「……あなた立場分かってるの?」
「立場は分かっています。だからこそ、私を連れていってください。彼女たちを連れていってください。私には、彼女たちの明日を護る使命があります。例え、私の命が裁かれようとも彼女たちの明日だけは勝ち取ります」
「……死ぬのが怖くないの?普通、これ突きつけられたら、みんな黙るんだけど?」
「死ぬのは……仕方ないと思っています。それは人として生きる以上、仕方のない事です。あと、これはそんなものなのですか?初めて見るものなので怖いとかそう言うのは……」
「あー……あなた銃を初めてみるのね。どんな原始文明の中で育ってきたのよ。艦娘の艤装は見慣れてるくせに」
そう言うと、拳銃を下ろして引き金にかけた人差し指でくるりと回す。
「本気で撃つわけないでしょ……呆れた。ほら」
パイロットはそう言うと、電に持っていた拳銃を投げ渡す。
慣れた手つきで電がマガジンを外し、拳銃本体を陽炎に投げ渡す。陽炎はそれを落としそうなところで済んでのところで掴んだ。
うわぁ、意外と重い、などと呟いていて、緊張感のない姿に霞がまた溜息を吐いている。
「悪かったわね。いいわ、あなたたちが本土に行けるように話してあげる。私の階級から話が通るかは保証できないけど」
死ぬのが怖くないなら、別にそれでいいわ、と青年に背を向けた。
「こちらこそ、このような事態に陥るような真似をして申し訳ありません。では、補給等の作業を始めさせていただきます」
「はいはい、勝手にすれば。それと、これ動かした方がいいの?」
機体をノックするかのように叩いて報せる。
口をぽかんと開いた青年がちらりと電を見た。電は縦に首を振り、青年も応じるように頷いた。
「……電さん、誘導をお願いできますか?」
「はいなのです」
パイロットは再び操縦席に乗り込むと、窓に鳥のような影が映ったのを感じた。
消えようとするその影をすぐさま目で追う。背後の少し離れた崖に人影を見つけた。
「……はぁ、なるほどね。私は背中を取られていた訳だ」
弓を携えて白い髪を風に靡かせる女性が1人。その上を小さな航空機が旋回していた。
何か変な真似をすれば、いつでもこのF-35A-Jを破壊するつもりだったのだろう。彼女たちにとっては超高速で空を翔ける未知の機体だ。警戒しない訳がなかった。
この島を守る翼か。
空母とは相変わらず縁があるものだ。
「これは始末書かなぁ。最悪、除隊か……まあ、いっか……燃料持つかなぁ」
「艦娘ねぇ……」
その後、青年はJADFの力を借り、電と翔鶴を率いて横須賀の提督、御雲 月影に出会うことになる。
パイロットの素顔を見た翔鶴が驚く話と、翔鶴を見たパイロットが驚く話。
そして、青年が名前を得る話は、また別の機会にすることにしよう。
ブイン基地と本土が繋がったことによって、大規模作戦が展開されることになったこともまた別の話。
100年間眠っていた脅威が目覚めようとしている話もまた今度...
やや戦闘がメインとなりましたブイン基地編です。
提督となった青年があまり出てこない回でしたが。
青年ですが、艦娘の子孫ではなく自然に生まれた素質を持つ者です。翔鶴と電にこの世界について様々なことを教わり、一般的な知識と言語は習得しています。はっきり言って天才です。
以前にも書かせていただきましたが、私はあまり近代的な武器などには詳しくないので、用語などもかなりちぐはぐになっている箇所があるかもしれません。ご容赦ください。
パイロットの女性が目にしたもの、また彼女が負っていた任務は次章に大きくかかわってくるものとなります。
では、次回は横須賀編です。
吹雪が着任した横須賀、そこから各地に配属されていったその後までを書かせていただこうと思っています。
引き続き、よろしくお願いします。
※ 追記(投稿後日に書いてます)
書き忘れたことがあるので追加します。
F-35A-JはF-35Aの改良型ですのでほとんどオリジナルの機体です。米国と日本の共同研究で飛行可能距離やステルス性能が向上しています。
そして、深海棲艦側の艦載機についてです。私の作品内での設定は、ヲ級の格納庫内にある時は、艦娘の矢のような違った形状で収まっており、発艦と同時に変形します。また、水上発艦も可能である上に、深海棲艦そのものが水中での生態があると考え着水したくらいでは浸水による被害などはないとしています。このため、「ただ撃ち落としただけ」では無力化できず、艦娘の放った弾もしくは艤装で破壊することで無力化することが可能としています。