艦娘が伝説となった時代   作:Ti

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新しい提督が出てきます。
電が島流し(?)に遭うまでの物語です。


狩人の後胤 -佐世保鎮守府にて-

 

 

 ―――――――佐世保鎮守府。

 長崎県佐世保市にある天然の良港。アジアの玄関口とも呼ばれる九州に属するこの鎮守府は対露、対中、また東アジアへの進出の根拠地として西日本地域一帯の海軍の中核を担っていた。

 「西海の護り」の名の下に、列強大陸に面する海の防衛、更には三菱重工長崎造船所による高度な造船技術。

 特に、造船の分野ではいまだに現役であり、戦艦「霧島」「武蔵」などの主力戦艦を民間の造船所として大きな功績を残している。

 街と1つの橋を架けて繋がっており、その庁舎が空襲により消失するまで、佐世保の街、長崎の街、そして九州を守る重要拠点であった。

 戦後は鎮守府跡地は佐世保公園となり、その役目は海上自衛隊佐世保基地へと受け継がれ、最も多くの護衛艦を配備された、今もなお「西海の護り」として、日本の西部一体の防衛を行っている。

 

 佐世保と言えば、食事の美味しいところである。

 「佐世保バーガー」と言えば、誰もが耳にしたことのあるグルメであろう。

 更に、ビーフシチューやぜんざい、ステーキなども、海軍縁のグルメとして有名である。

 

 観光面では「セイルタワー」が有名であり、佐世保基地巡礼に行った際には皆が訪れる場所であろう。

 多くの資料や模型が展示してあり、また佐世保鎮守府の歴史が多く学べる場所でもある。

 

 そして、時代は深海棲艦との戦いの時代に移る。

 南西諸島、及び南部海域方面の当初の本土拠点であった佐世保には、膨大な戦力が集結させられており、最大の攻略戦線の第一線とも呼ばれていた。

 徐々に、南西諸島方面に泊地や基地の展開が進んでいくにつれて、佐世保は本土と泊地を繋ぐ中継地点として機能。

 更には、呉、舞鶴からの南西諸島、南部海域への作戦介入における後方支援として大きな役割を担っていた。

 

 艦娘史にて戦況が落ち着いた頃に、佐世保は「屈指の水雷戦隊」が集う場所としてその名を馳せた。

 1人の軽巡洋艦娘、それに付き従う5人の駆逐艦娘。

 3部隊存在した佐世保の水雷戦隊。それぞれが一流の技量を持った者たちで構成されており、大規模作戦では作戦の先陣を切り、敵艦隊を蹴散らす存在であった。。

 

 圧倒的火力と統率力、情け容赦のない水雷戦で敵を葬る《鬼神部隊》。

 風の如き速力で夜の闇に紛れ、奇襲や偵察を得意とした《夜叉部隊》。

 まるで海を舞台のように駆け回り、敵を翻弄し戦場を掻き乱す《羅刹部隊》。

 

 各地に派遣され、その技術の継承を晩年には行っていた彼女たち。

 日本一の水雷戦隊、佐世保に在り、と言わしめた彼女たちの裏で、密かに海を守る存在が佐世保にはあった。

 

 佐世保にはもう一つ大きな役割があった。

 日本近海の海賊の盗伐。いわば、「海賊狩り」であった。

 深海棲艦の登場により、シーレーンが破壊された他に、海上の治安は著しく悪くなり、海賊などが命辛々生き延びて来た輸送船を襲撃するなどと言ったことが多発していた。その防止、及び破壊に艦娘として2人の軽巡洋艦娘が存在していた。

 しかし、彼女たちの名が表に出ることは少なかった。あくまで艦娘の裏家業であったためだ。

 表舞台で活躍していた佐世保の水雷戦隊旗艦である軽巡たちは知っていた。

 その2人は自分たちを圧倒的に上回る実力も持っていると。

 

 100年前の戦いが終わった後、彼女たちの子孫が今もなおその名を背負っている。

 海軍においても、超法的存在であるためその名は表に出ることはない。

 だが、確かに存在しているのだ。

 

 「狩人」の名を引き継ぐ者たちが。

 

 

 

 そして、時は巡り、佐世保鎮守府に横須賀より、駆逐艦娘《(いなずま)》が着任した。

 

 

    

     *

 

 

 

『――――んだよ。もう満足だろ?海軍様様が俺みたいな落ちこぼれ痛めつけて、正義の鉄槌だとか語るんだろ?じゃあ、もう十分だろ?』

 

『……いや、俺は別に正義がどうこうとか語るつもりもなければ、別にお前をそこまでボコボコニするつもりもなかった』

 

『あぁ?じゃあ、何だってんだ?俺の事は知ってるんだろ?』

 

『お前の家のことは、な。俺も代々海軍の一族の一端だ』

 

『はぁ……で?俺みたいな出来損ないをどうしたいんだ?』

 

『あくまで名目は、海賊気取りで港湾を荒らしている馬鹿をとっちめて来い、というものだ』

 

『じゃあ、もう終わったな』

 

『いや、違うな……お前は、「―――――――」』

 

『――――ッ!!うるせえよ!!お前に……ッ!!』

 

『すまない。少し俺の思い違いだったかもしれんな』

 

『……もう帰れよ。俺もこれを機に何もかもやめるよ。もう糞ったれな世界には飽き飽きだ』

 

『……命を捨てるのか?』

 

『引き留めるなよ?俺の家の事を知ってるなら、俺がどういう存在で、俺がどういう扱いをされてるのか、アンタも海軍の家の出なら分かるだろ?』

 

『……』

 

『どうして、親父たちは俺を生かしたんだろうな?邪魔なら殺せばよかったのにな……』

 

『……馬鹿をとっちめるのは名目だと言ったろ?』

 

『あ?』

 

『お前に仕事をやる。俺の本来の目的はそっちだ』

 

『はぁ?俺に……仕事?』

 

『楽な道ではないぞ。だが、きっとお前の力が役に立つ。だから、俺に付いてこい』

 

『……いいのか?今日の事、根に持ってアンタを襲うかもしれねえぞ?』

 

『その時は返り討ちにしてやる。来るのか?来ないのか?』

 

『……まずはその仕事の内容を説明しろよ。それからだろ?』

 

『お前に隠す必要はないだろう。再び、艦娘の力がこの世界に必要になる』

 

『…………は?』

 

『彼女たちを率いる者、その素質を持ち合わせた者が必要だ。お前はその一人になれる』

 

『ちょっと待てよ。艦娘の力が必要になるって……』

 

『どうする?その命、泥水の中に捨てるか?それとも、艦娘を率いる提督となり、お前を捨てた者たちを見返すか?』

 

『……』

 

『俺がくれてやるのは機会だけだ。そこから先の決断はお前がしろ。まあ、お前ならば……』

 

『……やるよ。やりゃぁ少なくとも今よりはまともに生きられるんだろ?』

 

『それはお前次第だと言っている』

 

『連れて行けよ。俺を』

 

 それで連れていかれたのは、真っ白な場所だったか?

 はっきりとは覚えていないが、冴えない顔の奴らと一緒に制服着せられて学校に通わされたなぁ。

 騙されたと思った。あの男を見かける度に後ろから殴りかかってやったが、いつも取り巻きに邪魔をされた。

 

 結局、一度もアイツには勝てなかった。

 だがこれから先は違う。深海棲艦が発見されたとの報告は、ある意味俺にとっては朗報だった。

 雨水に打たれて、泥水を啜って、濁った海に何度も突き落とされて。

 殴っては殴り返されて、拳銃の鈍い音が幾度も響く。水溜りに似た赤い血溜まり。

 

 怪我なんて数え切れないほどしてきた。骨なんて未だ治ってるかどうかすら分からねえほど負ってきた。

 

 戦いの場数において、生死をかけた戦場の数において、俺はアイツよりも場数を踏んでいる。

 

 アイツよりも俺は貪欲に生きて、強欲に戦い抜いてやる。

 俺の下に付くやつら全員に地獄で生き抜く術を叩き込んでやる。一人も死なずに、敵を葬り去る術を叩き込んでやる。 

 さて、艦娘とやらはかつての軍艦の魂を引き継いでいると聞いた。

 だとしたら、きっと鉄と血の匂いが好きな好戦的な奴らだろう。

 

 フフフ、楽しみだ。

 

 そう息巻いていたはずなのに、配属された鎮守府で楽しみにくる奴を待っていたのに。

 

 

「――――し、失礼しますっ!!なのですっ!!」

 俺の部屋に入ってきたやつは、随分と声が幼かった。

 ちょっと待て。冗談だろ?

 俺は―――――。

 

「し、司令か……はにゃああああああああああああああああ!!!!」

 

 

「うぎゃあああああああああああああああ!!子どもだぁあああああああああああああ!!」

 

 俺は、子どもが苦手なのに。

 それを知っていて、俺のところにこんなガキを送り込んできやがった。

 しかも俺の面を見て、悲鳴を上げるような軟弱な奴を。

 

 また、御雲の奴に騙されたようだ。今度会ったらぶち○そう。 

 

 

 こうして、俺こと天霧 辰虎(そらきり たつとら)の提督1日目が始まった。

 

 

 

     *

 

 

「……いきなり叫んですまなかった」

 執務机にゲンドウ座りから更に深く頭を沈めて座っていた。

 白い手袋、パリッと糊の利いた軍服に軍帽。全て今日に際して支給されたもの。

 やや、天霧には堅苦しいものであったので、黒いTシャツの上から上着を羽織るように着ていた。

 髪は短く軍人らしく刈上げも入って整えられているが、頬に走る3本の傷跡、太い眉の下に人を殺しそうな目つき、何より左目を覆う眼帯が、言葉にし難い威圧感を放っていた。

 その正面に立たされている電の脚は小さく震えていた。

 

「いえ、電こそすみませんなのです……ところで」

 身体の震えが声にも表れて、まるで生まれたての小鹿のようであった。

 

「あ゛?」

 無慈悲にも小鹿を鋭い眼光が撃ち抜いてしまった。

 

「ひぃっ!!い、いえ、なんで電に驚かれたのかと」

 

「お前……電とか言ったか?」

 

「は、はいなのです!!」

 

「この鎮守府にいる限り、俺の周囲2メートル以内に入るな。極力、背後に回るな。呼び止めたい時は、必ず遠くから声をかけろ。執務室に入るときは必ずノックをしろ。いいか?それがこの鎮守府のルールだ」

 

「はい……もし、破ってしまったら」

 

「その場で叩き斬る。反射的に叩き斬るかもしれん。警告できる自信はない。今、警告しておく」

 

「ひぃぃぃいッッ!!!」

 電の脚がまるで地震でも起きているかのようにガクガクと震え始めた。

 これ以上、この男の前に立たせていると失禁しかねないレベルで怯えている。

 

「ふぅ……」

 天霧は革の椅子に体重を預けて凭れ掛かり、木板の天井を見上げた。

 当初の目的から大きく外れたスタートとなった。天霧の中の野望とやらが無残にも崩れ落ちていく傍ら、そんな心配をしている暇もないことを天霧は感じていた。

 

「俺は子どもってのが苦手なんだ。あまり近寄られ過ぎると蕁麻疹が出るレベルでな。まさか艦娘とやらがお前みたいなチビっ娘だとは思いもしなかったんでな。少し驚いたんだ」

 

「ち、ちびっ娘……」

 何やら電はショックを受けているらしかったが、天霧の知るところではない。

 

「俺の名は天霧。天霧 辰虎。階級は特務中佐だ。あぁ~、面倒くせえ……もういいや」

 ガタン、と音を立てて背もたれから起き上がると、またそれに電がびくりと肩を跳ねる。

 

「今日は看板だ。自由にしていいぞ」

 選んだことは何もしないことであった。

 

「えっ、でも……」

 当然、電は戸惑った。まだこの鎮守府には自分しか着任していないはずである。

 その自分が何も与えられずに自由奔放とされては、誰がこの鎮守府で戦いの責務を担うのだ?

 

「あのっ、司令官――――」

 

「あー、あれだ。自由って言うのは、今のうちにこの鎮守府の隅々まで把握しとけってことだ。知ると言うことは利があると言うことだ。手前の拠点すら把握できてない奴にこの世界は広すぎる。一瞬で淘汰されるぞ。だから、今日は自由だ。何かするも、何もしないも、何か知ろうとするも、何か学ぼうとするも、全部自由だ。明日から色々する。それまでに把握できてないことがあったら罰走だ。分かったか?」

 

「えっ?あの……」

 

「それとお前、飯作れるか?」

 

「飯、ご飯ですか?い、一応、簡単なものならできると思うのです……」

 

「じゃあ、晩飯の支度もしとけ。この鎮守府にあるものは何でも使っていいぞ」

 

「えっ、その……」

 唐突に与えられた自由。正確には、食事作りという職務も与えられたが、電が予想していたものとは余りにも違い過ぎて小さな頭は混乱していた。

 

 与えられた時間。やらなければならないこと。

 余った時間。やっておきたいこと。

 

 ○○をしろと言われれば、その方が楽だ。自分のやるべきことが明確で、目標が明確だからだ。達成するまでの時間や過程を逆算できる。

 しかし、何かをしろと言われないと、自らすべきことを考え出して、不明瞭な目標までの道のりを、与えられた時間の枠の中に収まるような経路で作り上げていかなければならない。

 鎮守府について把握しろ、夕飯の支度をしろ。

 この2つを与えたのは、天霧としてはハンデのようなものだったのだろう。

 だが、それが「罰」と言う付加的存在によって意味を変える。

 

 どの程度まで把握すればいいのか?

 どのレベルの夕食を求められているのか?

 

 2人は初対面だ。互いの趣向を知るはずもない。後者は特に難しい。

 

 その能力はいずれ求められるものなのだ。

 どのような人間にも、更なる自身の向上のために。

 

「質問は?」

 おろおろとしていた電に畳みかけるように天霧は言葉を重ねる。

 情報処理の追いつかない電は、あまり待たせれば機嫌を損ねて身の危険を咄嗟に察知し、逆算して質問した。

 

「え、えーっと、じゃあ、消灯時間と……夕食のリクエストを」

 制限時間と、ヒントだった。

 

「消灯時間はフタフタマルマル。夜間警戒は俺がやる。ガキはさっさと寝ろ。明日は朝から訓練だからな。飯は米に合う美味いものだ」

 

「わ、分かったのです……」

 とりあえず、白飯を用意しなければならないことが分かった。 

 だが、そこまでだ。夕飯のメニューは追々考えるとして、やっておきたいことをやらなければならないことで埋まってしまう時間の隙間に詰め込んでおかなければならない。

 

 とにかく、天霧は厳しい。それが電の第一印象だった。

 電でなければ、適当だとか、雑だとか、そう感じるかもしれないが、少なくとも電にはその本旨が理解できていた。考え過ぎなのかもしれないが、初日から試されているのだと。

 下手すれば、自分の命が危ない。常に天霧が傍らに置いている軍刀の光を見ることになるかもしれない。

 

 面白い。結論として、電はそう思った。

 確かにこの提督は様相こそ怖いし、常に威圧してくるし、下手すれば叩き斬ってくるような提督だろうが、そのくらいの厳しい環境の方がいい。

 と言うか、叢雲の指導のせいであまりに温すぎるとそれもそれで嫌になっていたし、今の電は訳あって自分に厳しさを強いていた。

 

 だから、やりたいことがたくさんあった。

 やらなければならないことの合間にその全てを詰め込みたかった。

 冷静になって考える。きっとできるはずだ。 

 

「他、ないなら行け」

 天霧がそう言って、若干追い払うように手を払った時、電は半歩前に踏み込んで声を発した。

 

「あのっ!……えーっと、じゃあ、もう1つあるのです」

 初めて天霧に対して、電は芯の通った声を発する。

 

「なんだ?」

 ギロリ、と別に本人は威圧しているつもりはないのだろうが、恐ろしい眼光が電を差す。

 電は表情こそ、真剣なものであったが、実はこの時笑っていた。

 提督への少しの期待。それと、新たな生活から得られそうな何かへの期待。

 

「艤装の……訓練海域での使用許可を」

 試されているのならば、思いっ切り乗ってやろう。

 電の選択はそれだった。

 

 

 

 

 

 鎮守府の把握はそんなに時間がかからなかった。

 流石に横須賀よりは小さいし、設備の規模もそれほど大規模なものじゃない。

 出撃ドックもやたらと機械づくめの横須賀のようなものじゃなくて、普通に整備された桟橋のようなところだった。他に、入渠ドック、工廠、艤装保管庫、資源管理庫、その他の備品倉庫、戦闘面に関わるのはそのくらいだろう。

 生活面では、グラウンド、酒保、食堂、資料室、寮、談話室、と言った感じに上手く収まった感じに小さいながら充実していた。執務室の中に扉伝いで指令室が設営されているので、作戦などの立案、検討、任務中の指揮はそちらで行われることになる。

 少し離れたところに、軍が管理する一般開放の資料館が見える。そう言えば、横須賀にもあんな場所があった気がする。

 

 大体の場所に妖精がいたので、倉庫などでは簡単な在庫整理を行っておいた。

 後、特筆しておくべき場所と言えば、隅の方に武道場があるのだ。

 

 よく分からないが、鎮守府には一番最初に着任した提督の意向で1つだけ自由に施設を設けることができるらしいのだ。

 ある人は、剣道場を、ある人は、弓道場を、ある人は、工廠の拡張を。

 

 横須賀には何でもあった。ので、毎日なぜか訓練の一環で対人訓練があった。

 木刀振らされたり、殴り合いをさせられたり、投げたり投げられたり、まあ色々とした。

 

 天霧に挨拶をしたのが、ヒトサンマルマルくらい。

 今が、ヒトロクマルマル。割と手際よく動けたと思う。少し速足で艤装保管庫から、艤装を取り出して出撃ドックへと向かった。

 前までは、誰かが用意してくれてた的なども今回は自分で用意して、訓練海域内に敷設していった。

 的は大体駆逐イ級の正面から見た横幅を直径とした正円状のものだ。それを3つ並べた。

 

 目を閉じると、ふぅ……と深く、長く、息を吐いて意識を切り替える。

 この瞬間は不思議な感覚に陥る。自分は海の上にいるのに、青い世界に沈んでいくような感覚だ。

 艤装と身体を繋ぐときもこんな感覚に一瞬だけ陥る。

 別に心地よくも悪くもない、言うなれば不思議な感覚。

 

 閉じた目を開くと自分の全てを把握できる。

 人間とは少し違った感性で、艤装と言う付加的な肉体の一部さえ、自分の身体の一部のように把握できる。

 

 主砲が、魚雷管が、機関部が、電探が、その全てが五感と直結する。

 

 徐々に船速を上げていき、電の身体はジグザグに海の上を走り始める。

 基本的な之字運動を始めた。1人でやるにはこのくらいのことしかできない。

 船速を維持したまま、コンパクトにターンして折り返す。これを少しずつ速くしていき、最後には最大戦速で行う。一歩間違えれば転倒して大事故になりかねないが、横須賀で散々叩き込まれたことだ。

 

 駆逐艦はプロフェッショナルでなければならない。そう教わった。

 戦艦や重巡、空母のような戦略的価値はなく、火力も装甲も彼女たちに比べれば紙のよう。

 だからこそ、駆逐艦はどんな戦場でも生き抜く技術を身に着けなければならない。そして、その持ち味の全てを発揮して、自らの仕事を全うしなければならない。

 対空、対潜、水雷戦。護衛任務を主とする駆逐艦の仕事1つが任務や作戦に大きな影響を及ぼすこともある。

 主力を護り抜くための盾となる。結構。

 主力を護り抜くための矛となる。そちらの方が、泥臭くて、貪欲だ。

 

 そのために、駆逐艦はプロフェッショナルでなければならない。

 自分の持ち味を最大に活かし、誰よりも早く勘付き、誰よりも早く機敏で柔軟な行動をし、誰よりも考えなければならない。

 人の身体を持った以上、要求されるのはそのレベルだ。

 

 厳しさを強いた。電は彼女の考えに強い理解を示した。

 自分が強くなれば、それはいずれは誰かを護ることに繋がるのだと言うことを信じて妥協を許さなかった。どこまでも自分を追い込んで、誰よりも技術を身に付けて、そして誰よりも多くの事を学ぶことに時間を費やした。

 

 それでも、届かない。電の理想は霧の向こうに隠れている。

 

 

「――――――ッ!!」

 電は主砲を的に向けた。距離、二〇〇〇。狙いは中央の的。

 船速は、最大戦速のままなのでかなりの補正を必要としたが、そんなものもう慣れたことだ。

 

 初弾、狭叉。

 次弾、命中。

 

 訓練用のペイント弾が3つの的のうちの中央の的に当たる。 

 3発目も命中。出だしとしては上々だ。

 

 的が3つの為、1セットで3発まで撃つ。

 撃ち終ったら、再び海の上を駆け回る。基本的にはこの繰り返し。今日は時間の都合上、5セット行えればいい方だ。

 

 

 

       *

 

 

  

「―――――2999……3000ッッ!!ふぅ……」

 上半身には何も着ず、傷だらけの上体から暗がりの中で薄っすらと湯気が立ち上っていた。

 下には一応、道着を履いて、裸足で床の上で何度も摺り足を繰り返してきたその足の裏は固くなっていた。

 

 天霧は先程まで振っていた木刀を投げ捨てるように置くと、近くに乱雑に置いていた手拭いで額から流れ落ちる汗を拭った。

 木刀が木材とは思えないような音を立てて木板の床に落ちる。中に鋼鉄が入れてある鍛錬用のものだ。

 

 こうした鍛錬は日課のようなものだった。

 自らを追い込まなければ死ぬのは自分。どれだけその身体に死に目に遭うと言うことを叩き込むか、その刻み込まれた経験が土壇場で役に立つ。

 自然と身体がそれを強いていた。もしかしたら、それは自分の体の中に流れる血が原因しているのかもしれない。

 

 狩人の一族。それが《天霧一族》の背負った名だった。

 

 そして、自分は嫡子であったにも拘わらず、出来損ないの烙印を押された。

 亡き者にされそうになったところを慈悲で生き延びた。

 捨てられた肥溜めの中で生き残るしかなかった。その為に、血だけが疼いた。

 肥溜めにいるのはクズばかりだった。当然だ、こんな場所の気に当てられれば誰でもクズになる。そのクズを見る度に反吐が出た。

 

 

『……で、なんで俺のところにあんなガキを送った?』

 

『お前にピッタリだと思ったからだ』

 

『ガキのお守りが俺にピッタリだと?』

 

『違う。きっとお前たちは分かり合えるだろう。いつか分かる』

 

『分かり合える?何を……』

 

『悪いが、お前と長話してるほど俺も暇じゃない』

 

『……あまり俺を揶揄うなよ?面白がってんなら本気で潰すぞ?』

 

『揶揄ってなんかいない。ヒントを言うなら……お前ら二人とも盛大な勘違いしてる馬鹿だからさ』

 

『馬鹿だとは自覚してるが、勘違いってなんだぁ?』

 

『せっかく良いものを受け継いでるんだ、お前たちは。血も、魂も、意志も』

 

『はぁ?』

 

『思い込みや勘違いで自分の身を滅ぼすな。そう言ってやってくれ』

 

 そうとだけしか言わなかった。御雲はそれだけ言うと一方的に電話を切った。

 相変わらず意味深なことを言って、本質ははぐらかしやがる。

 天霧の中で、御雲 月影という男はいまいちその姿を捉えにくい男だ。

 いや、あの男だけじゃないが、今まで出会ってきた中では、提督とやらを志している者たち全員、何を考えてるのか分からない。それも「血」とやらが起因するのならば、本当に反吐がでると天霧は常々思っていた。

 

 壁に立てかけた軍刀を手に取ると、ゆっくりと引き抜いた。

 剣は誰に教わったものでもなかったが、誰よりも強かった。

 負けたのは、あの日が初めてだ。

 

 日が落ちていくにつれて暗がりの増す室内で、その刃は怪しげに光る。 

 鞘を投げ捨てて、虚空を薙ぐ。一閃、稲妻のような光が走り、天霧の口から呼気が漏れる。

 

 そのまま立て続けに休むことなく、白刃が千の虚空を斬っていく。

 

 全てが終わった時には既に日は落ちていた。

 鞘を拾い上げ、ゆっくりと納刀する。カチン、と音が響いた瞬間、静寂の張り詰めていた室内に、堰を切ったかのようにドッと音が流れ込んできた。

 波の音、風の音、鳥の鳴き声、遠くから聞こえる車の音。

 その中に紛れて、砲撃音のようなものがあった。天霧は首を傾げた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」 

 時間の流れを完全に忘れていた。電のいる時間の流れは完全に現実から切り離されていた。

 感覚が冴える。日が完全に水平線の向こうに沈んだというのに、まだ遠くの的がはっきりと見えるような錯覚を感じていた。

 

 主砲がカチンと音を立てた瞬間に、電の身体にドッと疲れが押し寄せた。

 急激に時間が動き始める。光が失われ、音が流れ込み、力が失われ、身体がふと重くなる。ぐらついた身体を足を張って支えた。

 

「す、少し……頑張りすぎたのです……」

 頑張りすぎたことは身体が語っていた。下手すれば、横須賀での訓練より激しく動きすぎたかもしれない。始めた頃はよく海上で吐いていたことを思い出した。

 

 舵を港の方に向けた。

 的の回収をしようと少しずつ近づいていったところで、ふと電は気付いた。

 

「し、司令官さん……?」

 出撃ドックの近くに誰かが仁王立ちしてこちらを見ている。

 的同士を繋げている鎖を引っ張って、やや急ぎ足でそこへと向かった。

 

「よう……」

 

「え、えーっと……」

 天霧は上半身裸の上に軍服の上着を羽織って、首から手拭いをかけているような状態だった。

 軍刀を両手を添えて杖のようにして、じっと右目が電を見下ろす。

 

「あぁ、上陸するな。と言うか近づくな。そのまま聞け。と言うか、俺が訊きたい」

 

「は、はい……」

 

「お前、何してるんだ?」

 

「は、はぁ……何って、訓練なのです」

 

「訓練か……やけに熱心だな。何の為にそこまで必死になる?」

 

「電たちは戦うために生まれてきたのです。訓練は今も昔も変わらないのです。日夜練度を上げて、少しでも長く生き延びるために」

 

「建前なんざどうでもいい。戦うために生まれてきた?そんなの人間も同じだ!!俺たちは毎日何かと戦って生きてんだ。お前たちだけじゃねえ。生きとし生けるもの全てが戦いの中で生きてんだ」

 

「で、でも、電たちは」

 

「強さを求める奴らには理由がある。お前の理由は何だ?なぜ強さを求める?誰かが強いたか?それとも、お前の中の記憶とやらがそうすることを訴えてるのか?」

 

「……」

 分からない。電にはどうして天霧が突然こんなことを訊いて来たのかが。

 だが、彼は真剣な顔つきで電を見ている。その一挙一動を観察して、試すかのように。

 

「生きる者全てに戦いがあるのならば……強さを求めることは普通じゃないのですか?」

 

「違うな。強さを求める者は、他人より強くなければならない理由があるからだ」

 

「だったら、それは電が弱いからなのです」

 

「弱い?なるほど、弱い、か。面白いな、お前」

 

「えっ?」

 天霧が笑っていた。威圧的な顔つきに口角を吊り上げて笑っていた。正直、怖い。

 珍しいものを見た、面白いものを見た、どちらかだろう。

 狂気に近いものだった。深海棲艦ほどではないが、その笑顔に電は不安を感じた。

 

「自分が弱いと知っている奴は一度自分の弱さを痛感した奴だ。その上で強さを求める奴は、そうならざるを得ない理由を突き付けられた奴だ」

 

「理由…ですか?」

 

「あぁ、お前、誰に何を言われた?大体わかるぞ。お前の眼はとても戦場にいる奴とは思えない。優柔不断とは言わないな。だが、自分の戦う意味に疑問を感じている。それはすなわち自分の存在意義だ。自分自身の存在理由を何かで固めなければ崩れそうなグラグラの基礎に支えられた弱さ。そうだな……大体のところ」

 天霧はフフフと笑いながら、少し目線を上げて何かを考えていた。

 言葉を選んでいるのか。いや、電の過去を探っている。そんな感じがした。

 

「敵を殺すことを躊躇ったな?」

 電の背筋が凍りつくような感覚がした。一気に顔が青ざめる。図星と自ら語っているかのようなものだった。

 

「なるほどなぁ……お前たちは深海棲艦を殺すために生まれてきた訳だ。で、お前はそれに躊躇いを感じて、大方誰かに『出来損ない』とでも言われたか。もしくは自分で勝手に出来損ないと思っているか……ハハハッ」

 不気味な笑い声が静かな港に響き渡る。

 

「おかしいですか…?例え、敵でも、その命を助けたいと、命を奪わずにこの戦いを終わらせたいと思うことがおかしいですか?」

 電は声を震わせながら押し出したような声でそう言った。

 その声の震えが、悔しさなのか、怒りなのか、恐怖なのか、それは分からなかった。

 

「いやぁ、別におかしくはないぜ?だが、お前は一生その疑問に苦しめられるだろうな。お前は逃げることはできないからだ。お前が艦娘である以上、戦いからは逃げられない。殺戮からは逃げられない。生きるためには敵の息の根止めるのが早いって誰かお前の知り合いも言ってたんじゃねえのか?」

 

「……電はきっと艦娘の出来損ないなのです。こんなの本当はおかしいと分かっているのです。平然と敵を殺している自分も、敵を殺すことに躊躇っている自分も、きっとどっちもおかしいのです」

 

「なぁ、もひとつ訊くぞ?それは、お前の中の記憶とやらが、お前に強いてることなのか…?」

 いつの間には落ちてしまっていた目線を起こして、天霧の顔を見上げた。

 はっ、と我に返る、そんな感じがした。

 天霧は真剣な目でこちらを見ていた。強い眼。真っすぐな眼。誤魔化さずにすべてをぶつけることを、その恐れから守ってくるかのような眼だ。

 

「多分、そうなのです……だから、電は頑張ることしかできないのです。強くなるしかないのです。これが出来損ないの電にできる最大限の事なのです」

 

「……出来損ない、か」

 ふと、天霧は遠くを眺めて思い出していた。

 御雲の言葉がなんとなく理解できたような気がした。

 お似合いだと言う言葉は少し癪に障るが、確かに天霧にちょうどいい艦娘なのかもしれない。

 なるほど、な。確かに似ている。だが分かり合えることはないだろう。

 少なくとも、今はまだ。

 

 すぅ…と大きく息を吐く。

 

「……大いに結構ッッ!!!」

 

「わぁっ!!!……えっ?」

 唾が飛び散るほど大きな声で天霧が突然叫んだ。

 突然の事で電は驚いて転びそうになったが、何とか堪えて天霧を見上げた。

 

「正直、お前の疑問とかどーでもいい」

 先程まで軍刀に添えていた左手で、天霧は耳を穿りながらそう言った。

 

「え?」

 態度の豹変ぶりに着いていけない電は完全に取り残されていた。

 小指に付いたカスを吹き飛ばし、再びフフフと笑い始めた天霧を見て、思わず後ずさる。

 

「だが、お前のその根性。特に、そのもがきっぷり。実に無様で俺好みだッ!!」

 

「は?」

 

「人間ってのは無様晒して泥臭さ晒してるときの方が、命が輝いて感じる。お前は今、自分が背負った運命に疑問を抱き、それに抗おうと強さを求めている。実に良い。フフフ」

 そんなことより、その話をしている天霧の顔の方が輝いて見える。

 なんでこんなに楽しそうに話しているのか、電には理解できない。

 

「は、はぁ……」

 

「地獄を……見るか?」

 

「え?じ、地獄、ですか?」

 

「もっと泥臭さをお前に与えてやる。もっと惨めにしてやる。もっと泥水啜ってでも生きようとする醜い生の執着を教えてやる。その先でお前はどうなると思う?」

 

「え、えーっと、どうなるんです?」

 

「お前は強くなる。確実に、だ。だが、それはただの強さじゃない。お前はきっと答えを選ぶ強さを得る。そして、それがお前の信念になる」

 

「し、信念ですか……?答えを選ぶ強さって」

 

「とにかく俺はお前が気に入った。お前を俺好みの最凶の駆逐艦に仕上げてやる。フフッ、楽しみだ」

 そこまで言って天霧は電に背を向けてその場から離れ始めた。

 少しだけ電は固まってその背中を見ていた。

 

「――――ッ!!ま、待ってくださいなのです!!」

 急いで上陸し、艤装を付けたまま後を追う。ガシャンガシャンと重いし、うるさい。

 

「司令官さん!本当に……本当にいつか答えは見つかるんですか!?電は、それが怖いのです!!このまま、何も分からないまま沈んでいくかもしれない明日を迎えるのが!!」

 電は叫んだ。溢れ出した。

 それは多分、自分の中にあった弱さの欠片だったのだと思う。

 

「……もう何も考えるな」

 

「で、でも」

 

「俺は、お前が何なのか。全てを知っている訳じゃない。だが、艦娘ってのは昔は勇敢に戦い抜いた軍艦の魂とやらを持ってるんだろ?」

 

「は、はいなのです……」

 

「俺にとっちゃそれが凄いことさ。海の上を駆ける鋼鉄の塊。そんなもの動かせる軍人ども。その熱く滾った想いが、お前の身体の中にあるんだろう?その戸惑いも、苦悩も、全部お前という、《電》という名が受け継いできた大切なものなんだろう?」

 

「…………」

 

「良いもん受け継いでるんだ。二度と自分を出来損ないだなんて思うな。お前自身に失礼だ」

 

「良いものを……受け継いでいる……?電は……《電》を……」

 

「正確にはそのもの、だったか?まあ、どうでもいい」

 天霧は止めた足を再び動き始めた。その背中が遠ざかっていく。

 

「強くあれ。強くなれ。それと、今日の晩飯期待してるぞ」

 

「―――っ!!はいなのです!!!」

 何がそこまで電の中で響いたのかが分からなかった。

 今まで我武者羅に頑張ってきた。電は駆逐艦であった。だから、駆逐艦として生きるために最大限の努力を誰よりもしてきた。

 きっとそれは正しかった。電は真っ当に強さを求めて、自分の中の迷いと戦っていた。そのことは決して間違いではなかったはずだ。

 

 それでも、電の中では確かに何かが響いたのだ。

 心よりもっと深い何かが、そこで揺れる蝋燭の火のようなものが。少しだけその輝きを増したような。

 

 命の輝きか。でも、なんで?

 

 強くなっても答えを得る訳じゃない。

 ただ、答えを得た時にそれを信念とする強さを得る。

 信念を得た時、どうなるのか?それは生きる意味に、強さに変わるのではないか?

 

 強くあれ。強くなれ。

 

 きっと迷いの霧はまだ晴れない。

 多くの疑問に苦しめられる日々も続く。天霧との出会いが何かに変わる訳でもない。

  

「……はっ!ご飯の支度をしたいといけないのです!!急ぐのです!!」

 ただ、また少し強く踏み出せた。

 足の裏に確かに感じる力を電は感じていた。

 

 

「はっ、なにが出来損ないと思うな、だ……ブーメランじゃねえか」

 一方、天霧は1人、自分の言葉に凄まじい自己嫌悪を覚えていた。

 

「あー、また御雲のクソ野郎が笑ってるような気がするぜ……むかつく」

 道端に唾を吐き捨てる。

 柄でもないことを多く吐きすぎたような気がして妙に虫の居所が悪かった。

 

 

 

 ちなみに、その日の夕食、肉野菜の味噌炒めとじゃがいもの味噌汁は天霧に好評だった。

 

 

 

      *

 

 

 

 サラサラと書類に慣れない手つきでサインをしていく。

 雑な字だが辛うじて「天霧」と読める程度ではある。寧ろ、その下の「電」の方が達筆なくらいだ。

 

 ふと、万年筆を机に置き、天霧は深く溜息を吐いた。また執務をサボるとか言い出すのではないかと思い、少し離れた秘書艦の机で書類のチェックを行う電は身構えた。 

 

「……解せん」

 突然、そんなことを呟いた。

 

「何がなのです……?」

 またこれか、と電は執務に戻る。今日は午後から訓練なのだ。午前中に終わらせることができるものは自分が秘書艦であるうちに終わらせておきたい。

 

「俺はだなぁ、一刻も早く御雲の奴を潰せるような強い艦隊を作りてえんだ。それなのによぉ……」

 

「いつも言ってるのです。こればかりは時間がかかることなので仕方ないのです」

 

「でもよぉ……」

 

 その時、ドンっ、と執務室の扉が勢いよく開いた。

 

 

 

 一気に少女たちが執務室の中に駆け込んできて、天霧に報告書を突き出して見せる。

 

 

 

 

 

 

 

「司令官!任務が終わったわ!他に何かすることはない!?いいのよ!もっと頼っても!!」

 

「ふ、ふん!この程度の任務、暁たちの手にかかれば簡単よ!!」

 

「小破したのは暁だけだけよ?」

 

「う、うるさいわよ!!ちょっと転んじゃっただけじゃない!!」

 

「……およ?暁ちゃんたちが戻ってきてる!お疲れ様にゃしい!!」

 

「あら、睦月たちじゃない!訓練は終わったの?」

 

「これからよ~。そ・の・ま・え・に、ちょーっと司令官に挨拶したかったのよ♪」

 

「……如月、司令官はいくら下着を大人なものにしても」

 

「おーっと、それ以上はマズい。弥生、また如月の怒りを買うことになるのは面倒だからやめとこう?それより、訓練なんてサボろうぜ~?」

 

「あっ!もっちー!!またサボろうとしてますね?めっ!ですよ!」

 

「げっ、わ、分かったよぉ…」

 

「――――こんにちは、司令官!あっ、電!これから訓練だよね!?急いで始めよう!今日はボクが勝つよ!」

 

「ぜぇ…ぜぇ…あまり全力で走らないでくれ。私はそんなに皐月ほど体力がないのだ……」

 

「……文月、ここは騒がしい。先に訓練場に赴こう」

 

「ん~?あーっ、菊月待ってよーぉ。でも、睦月ちゃんたちと逸れちゃうよー?」

 

「およよ~、如月ちゃんのパンツ、なかなかセクシー……」

 

「ちょ、ちょっと睦月ちゃん!?なんで覗き込んでるの?」

 

「……暁はまだ熊さんパンツでいいと思うわ」

 

「な、何よそれ!暁はレディなんだから、熊さんパンツなんて履かないわよ!!」

 

「はいはい…電!これ今日の報告書よ!」

 

「ありがとうなのです。雷ちゃんのは丁寧でいつも助かるのです!」

 

「当たり前じゃない!だって、私だもの!もーっと褒めてもいいのよ!」

 

 

 

 

「うるせえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」

 思わず、天霧は叫びながら立ち上がった。

 

「なっ!んっ!でっ!俺のところにはガキしか集まらねえんだ!!幼稚園か!?ここは幼稚園か!?あっ、くそっ、蕁麻疹が……」

 ガンガンッと部屋にある柱に頭を打ち付け始める。

 もはや、見慣れた光景なので、電は止めることはしない。

 

「幼稚園じゃないクマ。球磨の存在を忘れるなクマ」

 ドンっ、と扉を殴ってアホ毛が特徴的な少女がやってきた。

 今、この鎮守府に唯一いる軽巡洋艦娘《球磨(くま)》だった。語尾が「クマ」なのが特徴的なのだが、結構冷めている。

 

「うるせえ!マスコット!お前のその口調で今度は遊園地に思えてくるわ!!」

 

「誰がマスコットだクマ。それと、電。今日の開発の結果クマ。なかなかいい感じだクマぁ♪」

 

「三式水中探信儀ですか…っ!凄いのです!」

 

「それと、お前たちはさっさと散れクマ。睦月型は訓練所に行くクマ。電は後から行くクマ。睦月は妹たちのスカートの中を覗き込むなクマ。いくら姉でもやって良い事と悪いことがあるクマ。それと、暁。入渠ドックに熊さんパンツが落ちてたクマ。洗濯しといたから、干してあるところから取っていくクマ」

 まるで掃除でもするかのように執務室に集まった駆逐艦たちを追い払っていく。

 その様子はもはや姉にしか見えない。実質、駆逐艦の多いこの鎮守府では彼女たちの姉のようなものだ。

 

「畜生……ッ!なんでうちの鎮守府じゃどのレシピ回しても駆逐艦しか来ねえんだ……?軽巡が来たかと思えば、変な奴だし」

 佐世保鎮守府で行われた建造の結果は、なぜかほとんどが駆逐艦になってしまったのだ。理論上、重巡や戦艦が来てもおかしくないようなレシピでも、不思議な力で駆逐艦に変わってしまった。

 

「変な奴じゃないクマ。球磨は愛らしいクマ」

 

「いや、なんつーかお前、この前戦艦ふっ飛ばしたそうじゃん?愛らしさの欠片もねえよ。役所行って重巡に変えてこい」

 

「睦月が大破したから頑張っただけクマ。妹たちを守るのはお姉ちゃんの役目クマ。提督もいい加減、みっともない真似やめるクマ。正直眼帯とかダサいクマ」

 

「あ゛?やんのかぁ、ゴルァ?」

 

「良い度胸クマ。表に出るクマ。今日こそぶちのめしてやるクマ。簀巻きにして睦月型の部屋に投げ込んでやるクマ」

 

「やめろ。それは怖い。主に睦月と如月が怖い」

 

「……まぁ、茶番はこれくらいにしとくクマ。お手紙が届いてるクマ」

 

「お手紙、ですか?手紙と言うよりかは、結構大きな封筒みたいなのです」

 球磨の手には大きめの封筒が握られていた。そこそこに厚く、そしてその口は割り印が押されている。

 それがやや特殊なものだと語っていた。天霧は何かを察したのか舌打ちをした。

 

「ほら、寄越せ。どうせろくでもないことだろうが、クソ……」

 

「電はキリが良いところでやめて訓練に行くクマ。後で球磨が訓練所におにぎり持って行くから昼飯の心配は要らないクマ」

 

「あ、ありがとうなのです……でも、訓練中だと吐きそうなのです」

 

「そのくらいの厳しさがあった方がいいクマ。まだまだあいつら甘いクマ、早く電みたいになるクマ」

 

「……チッ、電、球磨、お前らも読んどけ」

 そう言って天霧は球磨に書類を投げ渡す。端を止められた数十枚のそこそこの量のあるものだった。

 

「んー、なになに……?」

 ペラっと1枚目をめくってみると、写真が挟んであり、目的がつらつらと書かれていた。

 

『某国にて不穏な挙動あり。3日後に不審船が某国より出港するとの情報。先回りし、この不審船を確保。日本国まで護送し、拿捕せよ』

 

「……なんだクマ?不審船狩りでもするかクマ?」

 それに続く長い文章に一通り目を運ぶと、電の方に投げやって小さく溜息を吐いた。

 

「その通りだよ。だが、名目は船団護衛だ。南方海域の方だからな、かなり深海棲艦の活動も盛んな海域らしい。そんな海域でお盛んなこった」

 

「……なんか変な感じクマ。そもそも、なんで不審船が」

 

「不審船ってのは俺たちに伝える際の名目だ。恐らく、その船は貿易を認められた輸送船だろう。だが、どうも国にとっちゃ不都合のある船らしい」

 

「えーっと、つまり、貿易国との船を不審船として捕まえろってことなのです?」

 大体の話の内容が理解できたらしい電は問いかける。

 

「このお国のトップが全員綺麗な奴なわけがねえ。中には非合法的ルートで利益を上げようとする奴らもいる。そんな権利を持った奴らが乱用してこういうことを私用で許している。それを狩れと言うことだ。報酬も悪くはねえし、護送と言ってる辺りおそらく依頼主が欲しいのは証拠だろう」

 

「これを……うちがやるクマか?」

 冷たく鋭い球磨の視線が天霧を突き刺していた。

 

「…………」

 明らかに艦娘に危険が伴う任務だった。

 命を賭してまで危険な海域に向かい、そこで得体のしれない者たちを捕まえ、最悪戦闘に発展することも考えられる。人間の火器など艤装展開した艦娘には到底通用しないが、最悪の事態は抵抗されている最中に深海棲艦に襲われることだ。 

 恐らくそこまで天霧には見えている。

 だが、天霧はニヤリと笑って球磨の鋭い目に答えた

 

「なんだ?俺の勘違いか?お前ら、こういうの好きだろ?」

 

「ハハハッ、冗談じゃないクマ……編成はこっちで考えとくクマ。何隻まで使っていいクマか?」

 

「6隻、1艦隊。旗艦はお前、電も編成に入れろ。後は自由だ」

 

「分かったクマ。あー、新しい仕事が増えたから午後からの秘書艦ができないクマ―。電も訓練だから、提督1人クマー。頑張るクマー」

 

「おい、待てコラ」

 止める前にすたこらさっさと球磨は逃げるように執務室を後にした。

 

「……じゃあ、電は訓練に向かうのです。ここにあるのは全部チェックが終わったので、あとは司令官さんのサインをお願いするのです」

 

「は?全部終わったのか?」

 

「終わらせたのです」

 

「……分かった、行け。後は俺でやっとくからとっとと出ていけ」

 

「じゃあ、行ってくるのです……多分、球磨さんは戻ってくるのです」

 

「だといいな……」

 薄い希望に期待はしないと言うような低いトーンで返事をすると、少し温くなったコーヒーを啜っていた。

 

「おい、電」

 

「なんなのです?」

 

「さっき球磨がまだ甘いって言っててな。もう少しきつい地獄を見せてこい。ついでにお前も地獄見てこい」

 

「……ふふっ」

 

「なに笑ってんだ?」

 

「何でもないのです……電はまだ答えを得てないのです。きっとまだこれから先も悩み続けると思うのです」

 

「あぁ…別に俺は答えをやるとは言ってねえからな」

 

「でも、強くはなれたのです。もう少しで、答えを選べるようにきっとなれるのです」

 

「……あぁ」

 

「その時は示してみるのです。司令官さんに、電の信念を」

 

「あぁ、期待しとくー」

 

「期待してないですね……じゃあ、行ってくるのです」

 

「おう……もっと強くなれよ」

 天霧がそう返した時には既に電は執務室を後にしていた。

 ようやく静かになった執務室に、小さく天霧の舌打ちが響いた後に、大きい彼の笑い声が響き渡った。

 

 

 

      *

 

 

 

「―――――どうしたのですか?電さん」

 

「……はわっ!ご、ごめんなさいなのです……」

 ふと、我に返ると電の顔を白髪の美しい女性が覗き込んでいた。

 

「いえ、最近働き詰めでしたのでいいのですが……少し楽しそうな悲しそうな、不思議なお顔をなされてましたので」

 

「あー、そうですね……なんというか」

 窓枠に肘を突いていた手で頬を恥ずかしそうに掻く。

 

「電が……ここに来る前にいた鎮守府の事を」

 

「あら?それは……早く戻ってあげたいのではないですか?」

 少し心配そうな声で彼女は問いかける。

 しかし、電は首を横に振った。

 

「確かに電の事を心配して待ってくれていると思うのです。でも、もしかしたら逆なのかもしれないと今は思ってるのです」

 

「逆、ですか?それはどういう?」

 女性の問いかけに、電はもう一度窓の外に目を向けた。

 温かい風が吹き抜ける。空は青一色で染まっている。鮮やかな色だ。

 

「きっと……佐世保のみんなは電が無事だと思ってるのです。それでも、電が戻らないと言うことは、答えを見つけたから、だと思ってると思うのです」

 

「答え、ですか。そんなこと仰ってましたね」

 

「はい。だから、電はもっと強くならなきゃいけないのです。きっとあの司令官さんはそう思ってるのです」

 この海の向こう側できっとまた、地獄のような訓練を強いられている駆逐艦たちがいるだろう。彼女たちを奇妙な笑い声で追い込んでいる眼帯をした怖い顔の男がいるだろう。

 今のままじゃ、彼らの下には帰れない。

 

「『今のまま帰ってくるな。もっと強くなって帰ってこい』と」

 きっとそう思ってるに違いない。

 強くあらねばならぬ。強くならねばならぬ。

 

 答えを見つけて、それがさらに自分を強くするのならば、もっと強く。

 地獄を見て、惨めで、恥をかいて、泥臭くて、貪欲で。

 盾ではなく、矛である、駆逐艦のプロフェッショナルに。

 

 最強の駆逐艦に。

 

 あの狩人の下で育てられたのだ。そのくらいの土産がなければ、きっと叩き斬られてしまう。

 

「今日ももうひと頑張りするのです!!」

 

 

 南の孤島で、元気のいい少女の声が鳴り響く。

 ここはブイン基地。旧南方海域攻略作戦中継泊地。

 

 

 

 





 はい、また長くなった!

 お察しの通り、電はこの後漂流してあの場所に流されます。
 この続きが第三章に続くわけですが、その前はまた少しキャラの濃い提督のところにいたという物語です。ちなみに、錨で殴るようになったのも、この鎮守府での訓練が原因です。

 では、今回の提督でしたが、天霧 辰虎(そらきり たつとら)。
 駆逐艦《天霧(あまぎり)》というのが存在してましたが、読みが違うように関係ありません。書いてて、「あっ、しまった」と思いました。

 物語でもあったように、とある軽巡洋艦の末裔として裏家業『狩人の一族』の名を背負っていましたが、生まれながら左眼が見えなかったため、一族から捨てられた過去を持ち、佐世保近郊で危ない仕事を繰り返していましたが、御雲によって提督にさせられました。
 無数の傷跡。眼帯。短く切り揃えた髪。そして、鋭い眼光。こんな強面なのに、大の子ども嫌いと言う弱点を持っています。リアルにもいるそうですよ、子どもが苦手で蕁麻疹出る人。ですが、彼の鎮守府には駆逐艦ばかり集まります。「自分が周りよりもできない」「自分は弱い」「何をやってもダメだ」という者たちを見ると、鍛え上げたくなる性格です。粗暴に見えて、下の者たちには優しさを感じさせる一面もあります。


 さて、次は「ブイン基地編」です。電と翔鶴、それと青年たちのその後について、少しほのぼのとした感じで書いていきたいと思います。

 今後の簡単な予告としては、ブインが終わって一度横須賀に戻ります。その後、呉二週目、舞鶴二週目、横須賀での佐世保一行の様子、横須賀での合同演習、そして次の章への布石を打って、この章を終わらせます。次章は本格的な戦闘ものになる予定です。

 また、長々と失礼しました。
 今後とも、よろしくお願いします。


 

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